決戦アッシュ・ランチャー~血の晩餐

    作者:中川沙智

    ●怒涛
     沖縄への揚陸部隊9万人が壊滅した事で、アッシュ・ランチャーの作戦は大きく狂う事になった。引き続きアッシュ・ランチャーを灼滅する為の反攻作戦が実施される。
     依頼説明ディスクを再生すると、画面に小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)の姿が浮かび上がった。彼女は今現在の沖縄にはいないが、これで情報を得る事が出来るらしい。
    「沖縄に押し寄せた軍勢の撃退に成功したのね。お疲れ様! この勝利によって、アッシュ・ランチャーを灼滅するチャンスが生まれたわ」
     統合元老院クリスタル・ミラビリスの元老であるアッシュ・ランチャーを灼滅する事が出来れば、謎に包まれたノーライフキングの本拠地への侵攻も可能となるかもしれない。
     しかし敵軍の戦力は未だ強大であり、生半可な覚悟で反攻作戦を行う事は出来ないのが実情だ。
    「加えてノーライフキングと協力体制にあるご当地怪人の移動拠点、ご当地戦艦『スイミングコンドル2世』が、艦隊に合流したみたいなのよ」
     また、アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇は擬似的に迷宮化されている。そのためアッシュ・ランチャーを灼滅しない限り破壊する事は出来ず、内部にはノーライフキングをはじめとした強力な戦力がある為、攻略は非常に難しいと言えるだろう。
     だがここでアッシュ・ランチャーを取り逃がせば、今回のような事件を再び起こす可能性もある。是が非でも、ここで奴を灼滅するべきだと鞠花は告げる。
    「あとね、スイミングコンドル2世には、闇堕ち後に行方不明になっていた椎那・紗里亜(言の葉の森・d02051)さんが囚われている事も予知で把握出来ているわ」
     彼女は闇堕ち時に特殊な力を得たようで、エクスブレインとは違う予知能力を獲得しているらしい。その能力がノーライフキングにより悪用されているようだ。
    「未来予知能力を敵が得る事は非常な脅威になるわ。それに、彼女の意に反して濫用されないためにも、可能ならば……彼女の救出或いは灼滅もお願いしたいの」
     戦場できちんと見極めて、鞠花はそう願いを乗せて話を続ける。

    ●凄絶
    「今回の作戦について説明するわ。アッシュ・ランチャー艦隊は、艦隊を再編してゆっくりと撤退しようと動き出しているの」
     しかし、これだけの大規模な艦隊が簡単に動きだせる筈もない。今すぐ追撃すれば艦隊に大規模な襲撃をかける事が可能になっている。
     こちらから攻撃をしなければ戦闘を行う事無く相手は撤退していくが、アッシュ・ランチャーと艦隊が健在である限り、似たような軍事行動が再び行われるのは間違いない。
    「それを防ぐためにも、ここでアッシュ・ランチャーを灼滅しておきたいのよね。それにノーライフキングの首魁『統合元老院クリスタル・ミラビリス』の一体である、アッシュ・ランチャーを灼滅する事が出来れば、所在不明のノーライフキングの本拠地の情報を得る事が出来るかもしれない」
     鞠花は慎重に声を紡ぐ。次に説明するのは、艦隊への移動方法だ。
    「敵艦隊までの移動手段は、漁船やボートなども徴用しているけど、最終的には灼滅者の肉体による強行突破になると思うわ」
     戦艦の砲撃でも灼滅者はダメージを受ける事はないが、漁船やボートが耐えられる筈はない。
     漁船やボートの操縦方法のマニュアルは用意しているので、可能な限り漁船やボートで接近・撃沈された後は、灼滅者のみで敵艦に潜入して内部を制圧してほしいのだと鞠花は言う。最初から泳いで近づく事もできるが、漁船やボートが利用できればより迅速に敵艦に接近する事が出来るだろうから。

    「ここから、敵艦にとりついた後、アッシュ・ランチャー撃破までの手順を説明するわね」
     アッシュ・ランチャーは『撤退可能となった艦艇』に移乗して、戦域からの撤退を画策している。
    「艦艇には、人甲兵やアンデッド兵だけでなく多くの一般兵が乗船しているわ。だから人甲兵とアンデッドを殲滅した後、ESPなどを利用して一般兵に言う事を聞かせて、他の艦艇の退避を邪魔するように移動させれば、アッシュ・ランチャーの撤退を防げるんじゃないかしら」
     撤退が不可能となれば、アッシュ・ランチャーは艦隊の人甲兵やアンデッドを呼び集めて、自分を守らせようとする。アンデッドや人甲兵は、救命ボートのようなもので移動したり、或いは海中を泳いだり歩いたりして集結してくるだろう。
    「集結する戦力は、アンデッド1000体弱に、人甲兵が300体程度よ。先の戦いを経た皆ならわかると思うけど、この戦力が集結したら打ち破るのは困難になるわ。だから、アッシュ・ランチャーを撃破する為には、この増援を阻止する事が重要になるの」
     ここまで作戦が進めば、アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇に乗り込み、アッシュ・ランチャーに決戦を挑む事ができる。
     アッシュ・ランチャーはノーライフキングの首魁の一員である為非常に強力だ。親衛隊ともいえる強力な人甲兵の護衛もいるため、撃破するには相応の戦力が必要となる。さらに後方から増援の人甲兵やアンデッドが押し寄せれば、撃破に失敗する可能性もありえるだろう。
    「撤退を阻止する、増援を阻止する、アッシュ・ランチャー及び護衛と戦うという3つの作戦を同時に成功させなければ、アッシュ・ランチャーを灼滅する事はできないわ。よーく考えて作戦を決めてね」

     また、アッシュ・ランチャーを助けに来ている、スイミングコンドル2世についても鞠花は言及した。ご当地怪人の移動拠点であるご当地戦艦だ。
    「最初からスイミングコンドル2世にアッシュ・ランチャーを避難させた場合、灼滅者がスイミングコンドル号に押し寄せてくるから、スイミングコンドル2世が制圧されてしまうという『紗里亜』の予知があったみたい。だからアメリカンコンドルは『アッシュ・ランチャー艦隊と灼滅者が戦って混乱した所』で介入する作戦を行おうとしているのよ」
     もし何も対策しなければ、アッシュ・ランチャーと決戦中にアメリカンコンドルとご当地怪人の軍勢によって横槍を入れられて、アッシュ・ランチャーを奪われてしまうだろう。
     これを阻止する為には、スイミングコンドル2世への攻撃も同時に行わなければならない。
    「スイミングコンドル2世の戦いでは、条件さえ整えばアメリカンコンドルの灼滅の可能性もあるわ。それとスイミングコンドル2世のスーパーコンピューターに接続され、予知を行う為の装置として利用されている『椎那・紗里亜』の救出あるいは灼滅も目的の一つになるでしょうね」
     様々な要素が絡み合うからこそ、慎重に判断をしてほしいと鞠花は呟いた。

    「敵は強力だけど、この状況はチャンスでもあるわ。うまくいけばノーライフキングを追い詰める事が出来るもの。だから精一杯、力を出し切ってきてね」
     手元の資料を閉じ、鞠花は画面越しに信頼を寄せる。
     すべての結実は灼滅者の手によるものだから。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    花藤・焔(戦神斬姫・d01510)
    各務・樹(カンパニュラ・d02313)
    近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)
    森田・依子(焔時雨・d02777)
    佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    烏丸・海月(くらげのくらげ・d31486)

    ■リプレイ

    ●翻
     戦場の空気が燻る。わだかまる風に、戦闘音が遠く聞こえる。
     自分達の役割はわかりきっている。
     スイミングコンドル2世による、アッシュ・ランチャー救援の阻止。そして椎那・紗里亜救出作戦のための陽動。これが至上命題だ。
    「立て続けの戦いだけれど、此処が正念場ね。裏方としての役割、しっかりこなしましょうか」
     近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)が気怠げな蘇芳の瞳を細めながら囁いた。佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)が、これから突撃する戦艦を眺めている。
    「……敵陣に乗り込み、暴れまわるだけ……ある意味、明瞭で楽な任務だな……」
     同じ作戦に臨むチームは四班。数を鑑みれば大将首を狙うのではなく、大暴れして惹きつける役目を担う事になる。攪乱のためそれぞれ別の場所から戦艦に乗り込む心積もりであり、他の班の姿は今は見えない。
     直接乗り込んでの戦闘を目指し、ジェット推進型ボートで接近。撃墜されたら泳いで戦艦へという手筈だ。灼滅者達はおよそ10人乗りのボートに乗り込んでいる。操縦席のすぐ傍で森田・依子(焔時雨・d02777)が様子を窺う。
    「行けそうですか?」
    「問題なさそうだ。よし、じゃあスイミングコンドル2世に向け突貫してやろうぜ」
     ハンドルを握った野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が不敵に口の端を上げた。仲間が全員乗っていると確認してからエンジンをかける。
     海上をボートが疾走する。
     戦場の合間をすり抜け進む。硝煙の匂いが漂う海域の向こう、それらしき巨大な軍艦のシルエットが浮かび上がった。
    「えと、あれではないでしょうか……!」
     烏丸・海月(くらげのくらげ・d31486)が指差す先にはまさにスイミングコンドル2世が存在していた。その迫力たるや遠景ですら凄まじいもの、それを見定めるべく各々が目を凝らしていた頃、甲板にぞろぞろと集まりかけている敵影がある。凄まじい勢いで接近するボートに敵も気づいたのだろう、遠距離攻撃を構える姿が肉眼で確認できたか否か。
    「――来るよ!!」
     だがスピードは落とさない。注意喚起を促したのは真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)の声、その直後に魔法弾と砲弾が次々と船首周辺を中心に穿ってくる。
     サイキックも交えた攻撃にはボートはひとたまりもない、ぐらり大きく船体を揺らがせた際に灼滅者達は海に飛び込む。
     あらかじめ用意した浮き球や浮力材を利用して、無事にスイミングコンドル2世の近辺まで近寄る事が叶いそうだ。地道な努力が成果への近道となる。
     出来るだけの隠密活動を心がけながら泳ぐと決めていた。そのために水中呼吸を用意した花藤・焔(戦神斬姫・d01510)や依子が水面に顔を出し、視線だけで頷く。仁貴も息継ぎを最小限に抑える心積もりだ。
    「皆大丈夫ね? 私はここからは空飛ぶ箒で水面近くを飛行、速度は皆に合わせて移動するわ。辿り着いたら船上まで高度を上げ、用意していた縄梯子を掛ける」
     それを上って合流して欲しい――各務・樹(カンパニュラ・d02313)が確認の意も込めて一連の流れを告げた。折角人民軍を止められたのだ、ここで元老を逃がす事だけは避けたい。
    「役目を果たしてみんなで帰るのよ」
     決意と共に互いに目礼を交わしたら、まずは解散となる。大体向かう方角は一緒だが、静かに迅速に、スイミングコンドル2世に到着せねば。
     流石に撃墜した後も自力で泳いでくるとは思っていないのだろう。敵の影は明らかに先程からは減っていた。その隙を縫って泳ぐ、泳ぐ、水をかき分け前に進む。
     暫く根気よく泳ぎ続けたなら、艦の側面にようやくたどり着いた。死角となっているためこの場は敵には見つからない。自力で泳いだ組が呼吸を必死に整えている。
     これからは樹の出番だ。
     目測で上甲板までの高さを推測する。同時に空飛ぶ箒の持ち得る高度も換算する。それらを整理し、水面に顔を出す仲間達に視線を走らせた。
    「一緒に乗る? 縄梯子、下ろすの手伝ってもらえると嬉しいわ」
    「は、はい! 自分で良ければ!」
     話を向けたのは海月だった。単純に壁歩きを行わない人間の中から選んだというのが実情だが、同じ魔法使いが箒二人乗りというのもそうそうない機会になるだろう。
    「気をつけて」
     塩梅を確かめつつ壁歩きを開始する由衛や御伽、櫟の激励を経て、箒は一気に高度を押し上げた。下には昇降手段を待つ仲間がいる。出来るだけ迅速に事を成さねば。
     甲板に姿を現したふたりの眼前に広がった光景は。
    「……! 結構な数ね」
     群れを成すはご当地怪人。フランス国旗を翻すその様はトリコロールの海のよう。オフランスペナント怪人といったところか。降り立った樹と海月は手早くカギ付のアルミ製3連縄梯子を下ろす。
     その時だ。
    「!」
     海月が息を呑む。箒で浮き上がった際に幾体かの敵の目を惹いてしまったらしい。怪人が怪人を呼び、周囲の敵が集まってくる。
     殲術道具を構える。果たして仲間が合流するまで二人で耐えきれるか。
     冷たい汗が頬を伝うのを、感じる。

    ●躍
     剣戟の音が聞こえる。遙か遠くというほどでもないから、同じくスイミングコンドル2世で戦う仲間だろうか。他のチームも暴れているのなら、負けずに張り合おうと御伽は決意を固める。
     数人が壁歩きを用意したのは正解だったと言っていいだろう。船の側面を走ることこそ出来ないが、縄梯子をよじ登るよりは余程堅実かつ迅速に甲板へ向かうことが出来るからだ。注意深い行動を心がけていたのも大きい。それに甲板の様子を伺いながら姿を現す事も出来る――由衛は縄梯子が下げられた事を確認し、顔を覗かせたなら目を見開く。身を甲板へと躍らせる。
    「――っ、相手はこっちよ!」
     合流まで、時間にしてはたかだか2分程度だっただろう。しかしその間に敵からの集中攻撃を受けていた樹と海月は呼吸を荒くしている。護り手はいなかったものの回復手の海月がいたから、どうにか持ち堪えられたのは僥倖と言える。
     壁歩き組が敵前へ進み出る。由衛が十字架碑文でオフランスペナント怪人を強烈に殴打すれば、すかさず御伽は破邪の聖剣で斬り伏せる。彼が聖戦士の加護纏うのを実感する間に、目の前の怪人は赤白青の粒子纏い消え失せる。
     周囲の敵を見渡しながら嘯く。
    「どこ行く気だ? 俺と遊ぼうぜ」
     この怪人どもを陽動し蹴散らすのが自分達の使命と意を決す。その空気を汲んだ櫟は苦く笑い、デモノイド寄生体に殲術道具を飲み込ませる。
    「とんだ肥溜めだね」
     淡々と言い捨てた。利き腕を巨大な砲台に変えたなら、浴びせるのは死の光線。次の標的はこいつだと知らしめるように派手に毒をぶちまけて、次に馳せたのはビハインドのイツツバだ。霊光閃かす一撃をしたたかに打ち付けたなら、怪人はふらりのけぞった後、これまた赤白青の粒子を舞わせ消滅した。
     だが怪人も黙ってはいない。数十体の怪人達が連携しポーズを決める。ポーズは想像にお任せする。
    「やられてたまるか! トリコロールビーム!!」
     三色の色鮮やかな光線が放出される。先の攻撃で痛みに顔を歪めている樹を打ち据えようとしたその寸前に、櫟が滑り込んだ。受け止める。足取りが緩慢になる気配を感じるが、仲間を護るためならそれも上等だ。続く光線や打撃も護り手たる主従が懸命に抑える間、樹は口の端を拭い立ち上がる。
     まだ登場前の仲間もいるが、だからこそ巻き返せると確信する。気合と共にもう一度杭を足許に撃つ。発生した振動は押し寄せる怪人達を複数巻き込んでいく。数は多いが一体一体は左程体力もなく、力もない。ならば。
    「諦めなければ、勝ちね」
     そんな彼女の声を支えるように海月が帯を操り、光宿す鎧を構築していく。頷いた樹が背筋を伸ばし向き直る。仲間がいるから大丈夫だ。
     それからやや暫く、護りを固めながら戦い続けたところで。
    「お待たせしました」
    「皆さん、ご無事ですか」
     到着したのは真剣な面持ちの焔と、心配そうな眼差しの依子。縄梯子組も戦闘音で仲間が戦っている事を察したのだろう。
     戦う前に、深呼吸。
     覚悟は静かに、依子の口元には信頼と笑みが浮かぶ。
     あまり時間のかからぬ合流となったのは彼らが懸命に上ってきてくれたから。これで全員揃った。ならばもう迷いはない。
     そんな折、仁貴が懐から栄養ドリンクを取り出し飲み干して行く。
    「戦闘前の栄養補給だ……ここまで散々泳がされたからな……」
     視線を巡らすは敵陣。空になったドリンクの瓶を甲板に投げ捨て、転がす。ざわめきが起こる。
    「貴様、我らが艦にごみを捨てるなど……愚弄か!」
    「……だったらどうする?」
     激昂する怪人相手に、不敵に仁貴が笑み刻む。注意が確かに自分達に向かう様を捉えた。想定内だ。これから本格化するはアッシュ・ランチャー戦への横槍の阻止。
     さあ惹きつけてやろうか。
     灼滅者達は殲術道具翳し、怪人達の渦中へ飛び込んでいく。

    ●跳
     怒涛。
     次々とオフランスペナント怪人を薙ぎ倒していく。
     やはり一体一体はさほど手強いわけではない。ただ集団で向かってこられた時が厄介だ。機動力ひいては回避能力を削いでくるトリコロールの光線と、破れかぶれで突撃しその身ごと看板に叩きつけてくる攻撃、どこからともなくフランス紅茶を取り出して飲むことで穢れをも晴らしてしまう回復技。どれも一手では差し障りないが重なると途端に面倒になってくる。
     それに指揮系統がある程度しっかりしているのだろう。まずは目の前に現れた自分達を蹴散らす事を目的としているように感じられる。
    「逃げられませんよ」
     焔は身体を屈め死角へと滑り込み、怪人に腱をも斬る一撃を食らわせる。消滅するその姿越しに、戦場を見遣った。潜入後スイミングコンドル2世の機関室を探し航行の阻害をと考えていたが、この数量が相手では難しそうだ。
     今出来るのは、こうして派手に戦い興味を惹き続ける事。単純だが大切な役割だ。
     仲間が揃ってからは戦線もいい具合に押し上げる事に成功している。やや戦艦外周に寄った位置で、灼滅者達は奮闘していた。樹は魔力で起点周辺の熱量を急激に奪い、怪人らへ死を齎していく。冷気で彼女の美しい金髪が靡き、そして沈黙する。
    「――落ちろ!!」
     その傍らを馳せたのは御伽だ。射線を確保したなら轟かせるは壮大なる雷。冴え渡る一撃はそれだけで怪人の体力を奪い尽くした。赤白青の粒子が霧散する。
     攻撃後の僅かな硬直を狙って、別の怪人が御伽にビームを放つ。身を挺して庇ったのは、依子だ。何度か食らううちに足取りは重くなっていくけれど、後方の海月から懸命で献身的な癒しが注がれる度に、また駆ける事が出来ると知る。
     片腕を半獣化させ、怪人の一体を銀爪で力任せに引き裂いた。落ちかけた髪を耳にかけて、前を見据える。
     戦いがある度思う。
     ただ守りたいだけで、歩み続けている毎日。ここを引き留めて守る事が、先の仲間と人の明日を守る結果に繋がるなら。
     何度だって立ち上がる。
     決意が滲む。
     そして、皆を、皆で。
    「帰ります」
     その声に背を押されるように、櫟が破邪の白光を刃に宿して袈裟懸けに斬りつける。とどめを刺された怪人が三色の光放って倒れ往く。イツツバは彼の背中にうざ健気な応援を送る。当然スルー。
    「怯むなー! 攻めろー!」
     まとめ役らしき怪人が号令をかけるも、灼滅者達は着実にフランス国旗を屠っていく。近づく者から壊滅させるが如く、仁貴は雪崩れ来る敵目がけ毒蛇を高速で振り回す。加速で威力を増しつつ敵群を斬り刻んでいく様はまさに嵐のよう。
     怖れのためか一歩退いた怪人を由衛は見過ごさない。掲げるは十字架、聖歌と共に放たれるは『業』を凍結する光の砲弾。残り少ない命の灯火すら氷と成し、砕け散った。
     どうにか数をこなしていくうちに、明らかに戦局がこちらに傾きかけていく。
     その刹那。
    「何をしているのかね!」
     張りのある声が響き渡る。
     身体はエッフェル塔。伸びる四肢はトリコロールで、気品ある居住まい。閃かせる剣は、どう見てもバゲット――フランスパンだ。他のモブ、もとい雑魚の怪人達とは一線を画するその風格。
    「ボンジュール、諸君。この場は君達に任せると言ったはずだ。……であるが、何だね? 随分と押されているようじゃないか」
    「エッフェル塔怪人様ッ……!」
     名前はそのまんまか。エッフェル塔怪人の登場にオフランスペナント怪人らがざわめき、首を垂れる。明らかに見た目はギャグだが、それはご当地怪人共通の特徴だから今更どうこう突っ込む事でもあるまいと由衛は顎を引く。
     それに。
     空気が張り詰める。
    「……駄目だ。目の前のアレ……じゃないあいつ、どう考えてもご当地幹部級だ」
     攻撃を交わさずとも理解する。櫟が前衛にいた仁貴と視線を交わす。歴戦の灼滅者は攻撃が命中するか否かで、相対した者の力量を幾らか判別出来る。そんな彼らにとって、目の前のエッフェル塔怪人は力量が段違いところか桁違いだ。この8人だけでどうにか出来るレベルではない。
     思わず唾を飲み込んだのは誰だったか。
     決断を下すのに時間はいらない。敵を陽動した上で、時間は十分に稼いだと言っていいだろう。後はアッシュ・ランチャー班が上手くやってくれる事を願うしかない。
     であれば、今すべき事は。
     ――――脱出だ。

    ●退
     その気配すらエッフェル塔怪人は余裕たっぷりに見据える。
    「ご退場かね? 折角だ、少々私とも踊って欲しいのだが」
     実力の差が歴然としている。そこを攻め立てるのは勇敢なのではない、無謀だ。
     自分達の仕事はここまでだと判断し、撤退を試みる。敵陣に深入りせず長期戦の構えでいた事が幸いした。護り手達が向かい来る敵を押し留める間、狙撃手らが後方の退路を確保すべくサイキックを連発した。
     焔が地を踏み締め、超弩級の斬撃を振り落とす。力づくで拓かれる道を蹴り、走る。走る。そして海へと飛び込んだ。
     幾つも上がる水飛沫。必死に泳ぎ続ける彼らを、敵は追いかけてはこないらしい。恐らく、本気でかかれば物の数ではないとエッフェル塔怪人が判断したからだろう。
     どのくらい泳いだだろう。どこかの班が削り落とした甲板に手をかける形で、各々が呼吸を整えていた。ようやく人心地ついた気がする。
    「……アッシュ・ランチャー狙いの班は上手くいったかな」
     御伽が視線を果てに投げて小さく呟く。どうでしょうね、と依子が睫毛を震わせる。きっと成し遂げていてくれると信じたくなるのは、自分達の戦いが無為に終わっていないと信じたかったからだろう。
     遠く、火花と煙が立ち込めている。

     終わりを噛みしめるのはまだこれから。
     掌に確かな成果を掲げ、帰ろう。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月18日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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