決戦アッシュ・ランチャー~荒波の向こうへ~

    作者:佐和

     5月2日の朝日が昇った後。
     波が打ち寄せる沖縄のとある砂浜でノーライフキングの軍勢を無事撃退した灼滅者達に、八鳩・秋羽(中学生エクスブレイン・dn0089)からのメッセージが届けられた。
    「アッシュ・ランチャー灼滅の、チャンス」
     再生された映像の中からぱちぱちと拍手を贈った後、秋羽はすぐに次の動きを知らせる。
     統合元老院クリスタル・ミラビリスの元老であるアッシュ・ランチャー。
     その艦隊は、沖縄揚陸部隊を撃退したと言っても、灼滅者達の眺める先、打ち寄せる波の向こうにまだまだ大多数が残っている。
     沖縄への上陸が叶わなくなり、今は撤退に向けて動き出しそうとしているという。
     しかし、未だ大規模な艦隊ゆえに、艦隊の再編や撤退の動きには相応の時間がかかる。
     今すぐ追撃すれば、艦隊への大規模な襲撃が可能だと予知されたのだ。
     もちろん、こちらから攻撃をしなければ、相手は何もせず撤退していく。
     だが、ここでアッシュ・ランチャーを灼滅しなければ、今回の沖縄襲撃のような軍事行動が繰り返されるのは予想するに難くない。
     それに、1体とはいえ統合元老院の灼滅は、謎に包まれたノーライフキング本拠地への侵攻の足掛かりとなるだろう。
     確かにチャンスだと、灼滅者達も頷き合う。
     けれども秋羽は、少し表情を曇らせて、でも、と続ける。
    「ご当地戦艦『スイミングコンドル2世』、合流してる」
     艦隊の中に、ご当地幹部アメリカンコンドルの戦艦の存在が予知されたのだという。
     さらに、スイミングコンドル2世内部には、闇堕ちした椎那・紗里亜(迷宮書庫・d02051)が囚われているのだ、と。
     どうやら紗里亜は、闇堕ちしたことでエクスブレインとは異なる予知能力を得ているようで、それを悪用されているらしい。
     心情的にも戦略的にも、救出か灼滅か、対応する必要があるだろう。
     ざわめく灼滅者達に、画面の中の秋羽はこくりと頷いた。
    「とりあえず、漁船とかボートとか、手配した」
     救出にしろ反撃にしろ、まずは敵艦隊に辿り着くのが先決です。
     操作方法マニュアルつきで船は用意されているが、相手は戦艦。
     ある程度近づいたら当然、撃沈されるだろう。
     とはいえ、それは通常兵器での攻撃なので、灼滅者達自身には問題はない。
    「届かなかったら……泳いで」
     ぐっと秋羽が両手を握って見せた。
     作戦には4つの重要な柱がある。
    「まず、撤退阻止」
     目標であるアッシュ・ランチャーは、撤退可能となった艦艇に移乗する。
     ゆえに、艦隊の中でも沖縄本島から遠い地点に配置されている、撤退準備が整った艦艇の制圧が必要だ。
     艦艇には、指揮官たる人甲兵1体とアンデッド兵数体、そして多数の一般兵がいる。
     艦内の人甲兵やアンデッド兵を殲滅した後、一般兵に言うことを聞かせて、制圧した艦を他の艦艇の邪魔になるように動かせば、艦隊全てを制圧する必要はないだろう。
    「あと、増援阻止」
     撤退が不可能と判断したアッシュ・ランチャーは、艦隊の人甲兵やアンデッド兵に、自身の居る艦艇へと集まり自分を守るように指示を出すという。
     それに応えて、救命ボート等を使ったり海を泳いだりして集結してくる増援は、人甲兵が300体程とアンデッド兵1000体弱。
     数も多く、また全方向から集まるであろう増援の全てを阻止するのは難しいが、ある程度減らさなければ、アッシュ・ランチャー撃破が困難となる。
     そして、そこまでを整えた上で。
    「アッシュ・ランチャーと、戦う」
     ちなみに、アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇は擬似的に迷宮化されるため、アッシュ・ランチャーを灼滅しない限り破壊する事は出来ない。
     戦力としても、首魁の一員である当人は当然ながら強力なダークネスであり戦闘力が高い上に、親衛隊たる3体の人甲兵もかなり強化されてるという。
     増援がなければこの艦艇にいる敵は4体だけとなるが、強敵揃いだ。
     さらに、アッシュ・ランチャーの危機には、アメリカンコンドルとご当地怪人の軍勢が横槍を入れに来てしまう。
     それを防ぐためには。
    「スイミングコンドル2世の、阻止」
     ご当地戦艦へも同時に攻撃を行い、その動きを攪乱しなければならない。
     制圧したノーライフキング艦艇での砲撃で沈められれば楽なのだが、さすがはご当地戦艦、通常攻撃は効かないらしい。
     ご当地怪人が多数いるため制圧はほぼ不可能だが、乗り込んで暴れ回れば、アッシュ・ランチャーとの連携は阻止できるだろう。
     そうして、秋羽が作戦を説明し終えたところで、ふと、灼滅者の1人が首を傾げた。
    「何でアッシュ・ランチャーは最初からスイミングコンドル2世にいないんだ?」
     ディスクで届けられたメッセージに聞いても答えはないと思いつつも、疑問に思わざるを得ない1点。
     だが、秋羽はその問いを予想していたかのように続ける。
     というより、秋羽自身もその疑問を抱いていたのだろう。
    「紗里亜の、予知」
     最初からスイミングコンドル2世に移乗すれば、アッシュ・ランチャーを狙う灼滅者達が押し寄せてきて制圧されてしまう、と紗里亜が予知をしたのだ。
     紗里亜は今、スイミングコンドル2世のスーパーコンピューターに接続され、予知を行う為の装置として利用されているらしい。
     暴れ回る者と、紗里亜に対応する者。
     2つの思惑を持つ者達が、スイミングコンドル2世に乗り込むことになるだろう。
     自らは何を成し、誰に何を任せるのか。
     選択し、その確実な遂行が求められる難しい案件だが。
    「チャンス、だから……頑張って」
     秋羽はディスプレイから灼滅者達をじっと見て告げて。
     ぽつりと、付け加えた。
    「……でも、無理しない、で」


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)
    北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)

    ■リプレイ

    ●荒波を越えて
    「さて、此処からが本題だよな」
     海の上で風を切り、天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)は真っ直ぐに前を見据える。
     揺れる足場は漁船の甲板。進む先には大艦隊。
     アッシュ・ランチャーが企てた沖縄本島への揚陸作戦を阻止した灼滅者達は、反撃をと洋上を進んでいた。
    「いよいよ決戦っぽくなってきたよね」
     難敵に挑む船上にありながら、神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)はにっこりと笑い、どこか気楽な口調で言う。
     いつもと変わらぬ天狼に、橘・彩希(殲鈴・d01890)はふわりと微笑んだ。
     海風に流される長い黒髪を右手でそっと押さえながら、左手の双眼鏡を覗く。
     まだ遠くの艦隊をより大きく見渡して、その動きがぴたりと止まった。
    「あれがスイミングコンドル2世、かしら?」
    「……そのようだ」
     彩希の繊手が指し示す先に、吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)も双眼鏡を向けて頷く。
     見つけた目標へ誘導するべく指示を出せば、科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)が舵をきった。
    「あの巨体だ。最新鋭としても、旋回も後退も時間がかかる。
     充分追いつけるから、落ち着いて操舵してくれ」
    「ああ、任せとけ」
     昴の言葉ににっと笑う日方の傍らにあるのは、操船の説明本。
     とりあえず動かすのに必要なところだけを読んだだけのため、得意とする自転車ほど繊細な運転はできない。
     とはいえ、港を出た後は、障害物どころか道すらない海上。
     何とかなるさと逆に楽し気に、日方は挑み進む。
     向かうはご当地戦艦スイミングコンドル2世。
     そこにアッシュ・ランチャーはいないけれども、助力をしようとするアメリカンコンドル率いるご当地怪人達が集っているはずで。
     アッシュ・ランチャーを討ちに向かった軽音部の仲間を思い浮かべ、北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)はぎゅっと胸元で手を握りしめた。
    「みなさんのためにも、アッシュ・ランチャーと合流はさせませんです」
     他にも、逃走阻止や増援阻止に動いている仲間達もいる。
     そんな皆の想い全てへの力となれるように。
     そして、久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)は、スイミングコンドル2世に捕らわれている椎那・紗里亜(d02051)の無事も祈って。
    「みんなと、ただいまって笑い合いたいの」
     そのために自分が為せることを成すと、緑色の瞳に決意を宿し。
     隣に並ぶ朋恵の視線に気づいて振り返ると、2人でしっかりと頷き合った。
     それを眺めたシエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)は、落ち着いた緑瞳を船の進む先へと向ける。
     静かに思考を巡らせて思うのは、生殖ゾンビという存在。
     それに関わらんとするご当地怪人の思惑。
    (「感染者を怪人や戦闘員に変える生物兵器の開発……ありえるでしょうか?」)
     想像は推測の域を出ないが、肯定にせよ否定にせよ、スイミングコンドル2世で何か情報が得られないかと、シエナは仄かな期待を胸に抱いていた。
     そして何よりも探し求めるのは。
    (「……ベヘリタスの秘宝」)
     シャドウが関わっていないと分かっていても、予知に何の情報もなくても。
     常に探し続けているものだからこそ、その邂逅を求め願ってしまう。
     様々な思いを乗せた漁船は波を生み進み続けて。
    「また攻めてこられるのも困るし、仕事はキッチリこなしていこうか」
     肩越しに笑いかけてきた黒斗に、昴も小さく笑みを返した。
    「砲撃、来るよ!」
     そこに天狼の警戒の声が響く。
     艦船に近づく漁船が見つかったのか、射程距離内まで近づいたからか、爆音と共に周囲に次々と水柱が上がっていった。
     素人に細かい操船など不可能と割り切った日方は、避けることは考えず、ただただスイミングコンドル2世との距離を縮めようと真っ直ぐに船を進める。
     そして、強く舵を握りしめながら、深く深く、深呼吸をして。
    (「誰かがしなきゃいけない事だから」)
    「覚悟決めてド派手に行こうじゃねーか。全員生き残る為に、な!」
     叫ぶような声と共に、船に砲弾が命中した。

    ●ご当地戦艦
     漁船が爆沈しようとダメージを負わず、海に投げ出されても溺死しないのが灼滅者。
     ゆえに日方が気遣ったのは、仲間がはぐれないように、という1点だけだった。
     また、最終的には泳ぐことになると予知されていたため、彩希のようにESP水中呼吸を使ったり、泳ぎやすい服装を心掛けたりと、それぞれに対応はしてある。
     そのため、さほど労せずに皆はスイミングコンドル2世へと泳ぎ着けた。
     壁歩きを使った朋恵と黒斗が静かに先行し、その手助けでこっそりと乗船を果たす。
     そうして8人全員が不利なく揃って戦える状況を作れたところで。
    「さあ、暴れるとしようか」
     にっと笑った黒斗が、隠れることなく堂々と立ち上がった。
     朋恵の傍らにはナノナノのクリスロッテが姿を現し。
     ライドキャリバーのヴァグノジャルムが、シエナの横でエンジン音を立てる。
     杏子は近くにあったコンテナを怪力無双で持ち上げて投げてみた。
    「戦艦って、他のお船みたいにエンジンは後ろにあるのかな?」
    「分かりませんけど……目指してみてもいいかもしれませんの」
     ぽいぽいしながら首を傾げる杏子の問いに、シエナは船の後方へと身体を向ける。
     陽動ならより重要そうな場所を狙う方が相手が釣れるだろうし、艦船の機動力を落とせれば援軍阻止としての戦果は大きい。
     考えは順当なものだが、懸念は1つだけ。
    「ただ、救出班と動きが被らなければ、ですの」
     スイミングコンドル2世には、紗里亜の救出に向かう者達も乗り込んでいるはずで。
     自分達が陽動の役割も担うべきと考ると、救出班とは別方向に動く必要がある。
     だが、艦隊では揚陸作戦時同様に通信機器は使えず、他班と連絡先を交換していた天狼も、肩を竦めてお手上げのジェスチャーを見せていた。
     目で耳で、状況を判断していくしかなさそうだ。
    「もちろん、気を付けるよ」
     杏子が頷くと、ウィングキャットのねこさんが先行するように動き出した。
     その後を追うように、灼滅者達は歩みを進める。
     目に付いたものを片っ端から壊して大きな音を響かせつつ。
     重要そうなものがないか探しつつ。
     でも不用心にならぬよう、特に奇襲を警戒し、少し手を止め周囲の様子を伺っていた日方に、シエナの呟きが届いた。
    「そういえば、ご当地戦闘員っていませんよね?」
     それは強化一般人がわらわら出てくる展開を懸念してのものだろう。
     騒動にはまず下っ端が状況確認に向かわされるのは大抵の組織の共通項。
    「確か、ヤンキー戦闘員っていうのがいたわね……」
     以前倒した相手を思い出し、手近な柱を切り裂きながら彩希が答える。
     大した敵ではないとはいえ、数を揃え、挟撃されたりすれば厄介だ。
     警戒を強くする黒斗は、先頭を行くねこさんがぴたりと止まったのに気付く。
     会敵かと構えれば皆も察して視線を向け。
     そこに、両手と両膝をついて横に並んだ2体のペナント怪人と、その背中に乗ろうとしている1体が、いた。
    「あ、早い。ちょ、ちょっと待てよ。待ってろよ」
     1体がそう声を上げ、慌てて2体の上に乗る。
     そして2つの背中それぞれに手と膝を片方ずつ置くと、3体は、よし、とか、いくぞ、とか互いに声をかけあってから。
    「侵入者どもめ! お前達の狼藉もここまでだ!」
    「我らピラミッドペナント怪人が相手をしよう!」
    「この先には絶対に進ませんぞ!」
     四角錘状のピラミッドが描かれたペナントな顔を上げて、運動会とかでよく見る組体操の2段ピラミッドを完成させたピラミッドペナント怪人達は、順番に台詞を叫んだ。
     予想外の光景に、朋恵は目を瞬かせ、杏子は思わずパチパチと拍手をしたりして。
     困ったように指差しながら振り向く黒斗に、昴は額を押さえて俯いた。
     どうしたらいいのか迷う微妙な空気が漂います。
     それを切り裂くように、彩希が炎と共に駆け込むと、下の1体を崩すように蹴りを放ち。
     隣の1体を、天狼の槍が捻りと共に穿ち貫く。
    「戦闘員だろうと怪人だろうと、とりあえず殺せばいいでしょ?」
    「そういうことですね」
     組体操を崩すペナント怪人を冷ややかに見下ろして言い放つ彩希に、天狼がにっこりと小悪魔のように笑いながら頷いた。
     それを機に我に返った日方が、起き上がりかけたペナント怪人を赤い交通標識でさらに殴り倒せば。
     昴の放出する殺気と共に、黒斗が殴りかかり網状の霊力でペナント怪人を捉え。
     スニーカーに虹色の炎を纏った杏子が、煌めく流星を伴った朋恵が、蹴りを打ち放つ。
    「ああっ。ペナントの端が欠けたっ!」
    「ピラミッドの体勢だと動き辛いのを分かっていて卑怯な!」
    「だが我らもやられてばかりではない!」
     なんやかや言いながら、ピラミッドペナント怪人達も反撃してくるものの。
    「ヴィオロンテ、癒すですの」
     シエナが広げた無数の赤薔薇の蔦が、クリスロッテのふわふわハートが、すぐさま回復に向かう。
     支援に支えられた皆は、攻撃を重ねて。
     ペナント怪人の一撃を受け流した日方を影にして回り込んだ昴が、鎬のない無骨な太刀を振り抜き、1体を切り伏せ、倒した。
     残る2体は動揺を見せながらも立ち塞がったが。
    「ここは任せて、お前は応援を呼べ!」
    「わ、わかった!」
     声を交わすと、うち1体が踵を返して走り去る。
     その逃走を杏子はあえて見逃し、ねこさんにも待ての指示を送っていた。
     杏子達の目的は艦船の制圧や大物の灼滅ではなく、陽動と増援阻止のために、この艦内に混乱を引き起こすこと。
     だからこそ、逃げる1体に騒ぎを広めるための囮を担わせたのだ。
     そして残った1体に着実に攻撃を重ねて。
     さほど経たずに、ペナントを切り裂かれた怪人は倒れ消える。
     1つの戦いの終わりに朋恵が小さく息をつき、シエナが皆の負傷具合を確認して。
     昴は、アリアドネの糸を紡ぐ天狼に視線を送り、退路の確保を再確認。
     そしてそれぞれに頷き合うと、歩みを再開した。
     その進む先は、先ほどペナント怪人の1体が逃げ去った方向。
     更なる敵が待っていると容易に想像できる。
     気を引き締め、警戒を強めながらも迷いなく進んだ先に。
     今度は3段のピラミッドがありました。
     その横で、1体のピラミッドペナント怪人が片膝をつき、仲間の組体操を称えるかのように両手をひらひらさせています。
     ペナントが欠けている所を見ると、横の1体は先ほど逃げた怪人のようです。
     そして、先ほどより高い組体操を、今度はきっちり間に合わせて完成させたピラミッドペナント怪人達は、6つのペナント頭を上げる決めのポーズを取った。
    「侵入者どもめ! お前達の狼藉も……」
     今度は灼滅者達に戸惑いはなかった。
     呆れてはいたけれども。
     台詞を待たずに昴が祭壇を展開し、続けて日方の銃撃が放たれ。
     天狼が魔導書を開いて禁呪を解き放つと、3段ピラミッドは崩れる。
     重なり倒れたところへ容赦なく、彩希の花逝が、黒斗のBlack Widow Pulsarが、鋭い斬撃を刻んでいった。
     先制攻撃で叩き、尚も畳み掛ける灼滅者達だが、今度は相手の数が多く。
     朋恵もオーラを癒しの力へと変えていく。
    「言動は雑魚でも、しっかりダークネスなんだよな。ご当地怪人ってのは」
     苦笑して零す黒斗に、昴は返す言葉が思い浮かばず無言で毛抜形太刀を振るい。
    「彩希先輩、疲れたら言ってくださいね?
     ……心配するくらいしかできないですけど」
    「あら。天くんが頑張ってるんだから、私も頑張るわ」
     横目で声をかける天狼に、彩希は嬉しそうにふふっと笑う。
     互いに傷は増えているけれども、それでもと2人は足並みと切っ先を揃え、ペナント怪人の1体を倒す。
     日方も怪我などないかのように、余裕があるように笑って見せる。
     できる事があるならば、迷ってなどいられない。
     絶望も諦めも生まないように、全力で戦い続けるのみと、強く握った拳にオーラと共に思いを乗せて、連撃を放った。
    (「この船には、さりあ先輩がいるの。
     そして、救出しようって、がんばるみんなが、いる」)
     歌を紡ぐ杏子も、自分達の役割を果たすためにと、その旋律を癒しへと変えて。
     守る気持ちをいっぱい込めた応援歌を送る。
     この場の仲間達と共に戦うために。
     そして、他の場所にいる大好きな先輩達に聞こえるように。
     シエナを庇ったヴァグノジャルムが消えると共に、ペナント怪人はさらに1体減って。
     じわりじわりと削り合いの様相を呈してきた頃。
    「お前達か。私の配下を手こずらせているのは」
     新たなピラミッドが現れた。

    ●金字塔
     赤胴色で逞しい上半身を見せつけるかのような、腰布だけを纏ったシンプルな服装。
     鮮やかな腰帯が、首元や手首を彩る金色の装飾品が、そこに豪華さを添える。
     縞柄の頭巾に覆われた頭部はペナント怪人達とは違い本当に立体の四角錘。
     中央には翡翠を囲む金と赤の一つ目が大きく掘られていた。
     そして額の蛇形記章やコブラの巻き付いた杖が、堂々たるその出で立ちが、古代エジプトの君主であるファラオを思い起こさせる。
    「エジプトピラミッド怪人様!」
     ペナント怪人達の歓喜の声で、灼滅者達はその名を知った。
     いや、名前だけならば既に知っている者もいる。
     アメリカンコンドルが世界を巡り見つけた怪人の1人として。
    「ご当地幹部……っ」
    「いかにも」
     誰かの呟きをしっかり聞きとめ、エジプトピラミッド怪人は鷹揚に頷くと、右手に持つ杖をゆるりと掲げて見せる。
    「その証、見せようぞ」
     言葉と共に、杖に巻き付いたコブラから猛烈な炎を生み出すと、日方とシエナを焼き、ねこさんとクリスロッテをかき消した。
     攻撃の威力を目の当たりにし、そしてペナント怪人達とは違いすぎる格を肌で感じて。
    「撤退する」
     短く告げた黒斗は、日方を支えると後ろへ下がった。
     充分に時間は稼げたはずと信じて。
     そして、誰1人欠けることなく帰るために。
    「つかまってくださいです」
     朋恵もシエナに手を貸して、天狼が示す糸を辿り戻ろうと走り出す。
     その動きを見たエジプトピラミッド怪人は、左手を無造作に前に掲げて。
     唐突に現れた巨大なレンガ石が、シエナの背に襲い掛かった。
    「させないの!」
     そこに杏子が割り込み、飛び来る巨石を受け止める。
     だが、その威力に堪えきれず崩れ落ちた杏子を、天狼が抱き止めた。
     その隙に間を詰めた2体のペナント怪人は、彩希の黒刃が舞い、昴の太刀が袈裟懸けに斬り下ろされて、足止めすらできずに姿を消す。
     ほう、と感心するようなエジプトピラミッド怪人の声が聞こえたけれども。
     灼滅者達は振り返ることなく、そのまま来た道を駆け戻り。
     アリアドネの糸が終わる最初の場所から海へと飛び込んだ。

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月18日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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