決戦アッシュ・ランチャー～沖縄カウンターアタック

■リプレイ

●曇天の幕開け
　一面の灰色の空、灰色の海原。
　仲間の後について船を操りながら、天方・矜人（疾走する魂・d01499）はなんとも言えない不吉な予感に胸を塞がれていた。旗艦突入班はアッシュ・ランチャーの艦の撤退阻止を待って動き出すことになっている。
　しかし目の前に広がる光景は芳しい状況とは言えなかった。
「これ、圧倒的に戦力が足りなくないっすか？」
　動き易いように青いボクサーパンツで、上に白いパーカーを羽織った榊・拳虎（未完成の拳・d20228）が独り言のように唸る。彼の言葉は一行の懸念を表わしていた。
　戦力配分が偏り、アッシュ・ランチャーの撤退阻止に割かれた班の数は多くない。それでも端から艦が次々と動かなくなっていくところを見ると、撤退阻止班の善戦が窺える。一方で、艦艇も次々と海域を離脱し始めていた。
　あの中のどこにアッシュ・ランチャーがいるのかもまだわからない。
「これは……ヤバそうだな」
　矜人が呟いた時だった。凄まじい轟音が連続で響きわたる。
　撤退しようとする艦艇へ、別の艦から砲撃が加えられたのだ。まさかの光景に誰も声が出なかった。一度では終わらぬ砲撃で艦が穿たれ、火の手があがる。
「ちょっと、待ってください……！」
　蒼月・碧（碧星の残光・d01734）が震える声をこぼした直後、艦は大きく傾くと沈み始めた。彼女に寄り添った赤松・あずさ（武蔵坂の暴れん坊ガール・d34365）が唇を噛み、傍で羽ばたくバッドボーイが悲しげな声で鳴く。
　強く握りしめすぎた片倉・純也（ソウク・d16862）の拳から血が滴った。
　このままではアッシュ・ランチャーの撤退を許してしまう。
　だから阻止班の中で苦渋の選択をした仲間がいたのだ。突入班を確実に旗艦へ行かせ、ここで仕留めるために。
　今あの場で直面している学園の仲間を思って、風宮・壱（ブザービーター・d00909）も言葉にならないものをぐっと飲み下した。普段は壱の頭の上でのんびりしているきなこも、今は船に四肢を踏ん張って背を丸め、尻尾をぴんと立てている。
　その時、険しい表情で戦況を眺めていた東雲・悠（龍魂天志・d10024）が眼を細めた。見間違いかと思ったが、間違いない。
「おい、あの奥の艦、砲撃が当たっても傷がついてないぞ」
　彼の指す先、戦域を離脱しようとしている艦艇のひとつが、砲撃を受けても何事もなかったように進んでいくのが見える。
「あれがアッシュ・ランチャーの艦ってことだよネ。よーし、逃がすか！」
　すぐに堀瀬・朱那（空色の欠片・d03561）が突入班同士の連絡を取ろうとしたが、携帯は通じなかった。船の無線も異音をたてるだけで役に立たない。沖縄の上陸戦と同じだ。
「行くぞ、振り落とされんなよ！」
　矜人が船のエンジンをかけた。他班も砲撃が効いていない様を見れば気がつくだろう。
　とはいえまだ距離がある。そして付近の艦の甲板から、人甲兵やアンデッドが海に飛び込んでくるのが見えた。
「さ、華麗にカウンター決めなきゃネ！」
　朱那があえて意気をあげると、碧もええと大きく頷く。
「防衛戦はこちらの勝ちです。この勢いのまま、灼滅させていただきますよっ！」
「アイツは絶対１発殴ってやるわ！」
　決意をこめてあずさも首肯した。一般人を平気で使い捨てにくるアッシュ・ランチャーにはたっぷり怒りをぶつけてやりたいのだ。

●海原の攻勢
　艦隊も黙って灼滅者たちの接近を眺めてはいなかった。艦艇が逃げ行くのを背に、こちらへ押し寄せる人甲兵やアンデッドたちがぐんぐん数を増してくる。それだけではなく、撤退しようとしている艦のうち近くにいる何隻かが砲台をこちらへ向けてきた。
「さあ、振り切るぜ！」
　矜人の声と同時に砲撃が襲ってきた。進路を切り返してからくも避けるが続けざまにやってくる。すぐ近くに着弾して上がった水柱が船を直撃し、大きく揺れた。慣れない船の操縦で砲撃の雨をくぐり抜けるのはどう考えても難しい。矜人が怒りの叫びをあげた。
「ああくそ、近づけねえ！」
　アッシュ・ランチャーの艦まで遠いここで、船が沈んだら泳ぎでは追いつけない。
　焦りを胸に彼方を見ると、灼滅者が制圧したと思しき艦が砲撃をしながら追撃に移っていた。自身の艦が砲撃を受けながらもぐんぐん近づいていく。
「まさか、あれってぶつける気じゃない？！」
　あずさの叫びは現実のものになった。
　追撃をかけていた艦は、アッシュ・ランチャーの旗艦と思しき艦にまともに衝突した。アッシュ・ランチャーが座乗する艦には物理攻撃が効かない――それでも同じサイズの艦艇が体当たりして行く手を阻めば、艦は動けない。
　灼滅者が乗っていたと思しき艦は自沈した。目論見通り、アッシュ・ランチャーの旗艦は身動きがとれなくなっているようだ。
「別の艦に移る前に乗り込みたいところだな」
　悠が船縁にしがみついたまま彼方を見ていると、一行が乗っているのと似たようなサイズの船が数艘、旗艦の護衛に動いている艦艇の前へ疾走していった。突入班の中から足止めに向かった班が出たのだ。
　撤退阻止に回した戦力が純然と不足している為、旗艦を守ろうと次々と艦が灼滅者たちに向かって来ている。
「行けるトコまで行こ！　旗艦に乗り込めなきゃ逃げられちゃうし！」
「旗艦まで行ける気がしねえがなあ！」
　朱那の発破に応じ、矜人も砲撃の中で船を全速で進めた。
　小さな船が木の葉のように揺れ、波をかぶったきなこがぶにゃんと鳴いて壱の懐に飛び込む。吹っ飛ばされそうなバッドボーイを抱えたあずさと碧は、猛スピードで疾走する船の船首で手すりにしっかり取りついた。朱那と純也が船尾で後方に目を光らせる。
　ボクサーらしい眼のよさでそれに気づいた拳虎が声をあげたのは、海面への着弾で激しい波しぶきがあがった直後のことだった。
「矜人先輩、左舷に弾がきて……！」
　砲弾が船の左舷を穿つ。船は左へ半回転しながら海面を横転し、全員が投げ出された。

●迫る魔の手
　壱が海面に顔を出すと、無傷のボートが近くを漂っていた。咳き込みながら身体を引き上げると、背中にしっかりきなこがしがみついている。苦笑しているとざぱっと水音がした。振り向くとアンデッドが船縁に手をかけている。
「ちょっと待った、俺が先だったからね！」
　断りを入れながらBrave Heatをオレンジ色に輝かせて叩きつけた。のけぞった背中に影を絡みつかせて海の中に引きずりこみ、代わってあずさが顔を出す。慌てて壱が手を貸して船にあげ、服を乾かすとあずさは息をついて辺りを見回した。
「ありがと風宮さん。バッドボーイ、どこ？」
　うにゃんと声がして離れた海上からバッドボーイが羽ばたいてくる。船の上ではきなこが思い切りブルブルして潮水を振り飛ばした。
「やっぱり壱先輩でしたか！」
　離れた海面で碧が歓声をあげた。悠と揃って泳いでくる。まだ暗い海面からだと壱が腰に付けたＬＥＤライトは目立つようだ。
　船に手をかけた瞬間、すぐ横に海中からアンデッドが顔を出した。愛用の槍を手にした悠が背筋だけで振りかぶって吼える。
「おまえは沈んでろ！」
　碧を躱した槍の穂先がアンデッドの心臓を貫いた。ぼそっと音をたてて崩れさる間に、碧を船の上に押し上げて悠が続く。反対側から咳き込みながら拳虎が這いあがってきた。
「参ったっすね。船はなんとかなったけど……」
　先ほどまでに比べれば飛び交う砲弾は格段に減っていた。代わりに船の船尾と船首から、人甲兵が一体ずつ這いあがってくる。照明で仲間を集めることには成功したが、敵も寄ってきていた。
「おーおー、随分とおいでなすってるな」
　どっこらしょと矜人も船にあがってきた。マスクマンの水泳とか死亡フラグしか感じないが、さすがに灼滅者、ぴんぴんしている。後衛の碧が手を貸して、泳ぎ寄ってきた朱那を引っ張りあげた。
「ぷあー！　ヒドイ目に遭った。アンデッドがしがみついてきたんだよ！」
「先達各位、壮健そうで何よりだ。ところで敵がここへ集中してきている」
　朱那の後ろから上がってきたずぶ濡れの純也が、後に続こうとするアンデッドを刀で切り払いながらぼそりと呟く。彼の鼻は業の匂いの源が集まってくるのを捉えていた。
「ゴメンみんな、服乾かしてる暇なさそうだね」
　距離を詰めようとする人甲兵の胴体に、軽いステップで宙を舞った壱の踵がまともに叩きこまれた。雷光迸る拳を掲げた矜人が改めて開戦を告げる。
「さあ、ヒーロータイムだ！」

●長き攻防
　ひとつはっきりしていることがある。もう何体目かわからない人甲兵に、構えた透徹から氷弾を撃ち込みながら純也が確認がてら声をあげた。
「旗艦へは辿りつけない。今から行っても決戦には間に合わないと推測する」
「ああ、残念だが俺もそう思ってる」
　霊力を溜めたアームで殴りかかろうとする人甲兵に影を絡みつかせて、悠が頷いた。船は得たが大幅に時間をロスしている。しかも今は自分たちの安全すら確保できていない。
「チョット残念だなあ」
　ぼやきながら甲板を滑走した朱那のAir Riderが炎を噴き上げた。くるりと鮮やかな回転をフェイントに、続けたハイキックが人甲兵のセンサーを破壊。躯体が炎に包まれる。
　倒れ伏す人甲兵を乗り越えてくるアンデッドへ、あずさと碧が目を見交わした。
「あずさちゃん、合わせてっ！」
「ええ、やっつけてやりましょ……碧ちゃん！」
　碧の構えた降魔の光刃が光の刃を生み、あずさが日本刀を構える。よろけるような足取りのアンデッドを前後から挟撃位置につき、同時に刃はふるわれた。ほぼ同時の斬撃がアンデッドを上下に断ち切ってのける。追ってバッドボーイの尻尾のリングが光り、前衛たちの傷を更に塞いだ。
　動かなくなって燃え上がる人甲兵を海へ蹴落とす矜人へ、隙とみてアンデッドが飛びかかる。寸でのところでその爪は矜人に届かなかった。
「生憎こちらは長物使いでな！」
　背骨を模したマテリアルロッドががっちりと受け止めている。押し返した瞬間にくるりと回ったタクティカル・スパインは、轟然としなってアンデッドの左脇を打ち据えた。
「スカル・ブランディング！」
　流し込まれた魔力が内側からアンデッドを爆発的に引き裂く。文字通り灰となって吹き飛んだ向こうから、人甲兵がぬっと姿を現した。素早く後退る矜人に代わり、懐へ飛び込んだのは拳虎だった。一時闇へと魂を傾けた代償に、拳には爆発的な力が宿っている。
「止まってるようなパンチっすな」
　紙一重で攻撃を空振りさせながら拳虎の腕がしなった。遠い軌道を描きながら拳が無骨な装甲へ叩きこまれる。壮絶な軋む音をたて、装甲はひしゃげてひびが入った。同時に素早い脚さばきで拳虎が距離をとる。
　絶対に波がかかりそうにない操縦室の屋根に仁王立ちしたきなこが、赤いリボンで結ばれた鈴をしゃんと鳴らした。これで治せる限りの傷は癒される。素早いステップで人甲兵を翻弄し、壱のオレンジ色のシールドが装甲をへこませた。
「センダツ、任せたよ！」
「任された」
　ふらついた人甲兵が向き直るより早く、寄生体に呑みこませた日本刀を上段に構えた純也が斬撃を見舞う。弱った躯体を見透かしたような一撃は、ざっくりと装甲ごと中のアンデッドをまっぷたつに断ち割っていた。
　最後に残ったアンデッドが壱へ襲いかかる。壱が避けた隙に朱那が横からシールドを叩きつけて転がした。同時に操縦室の外壁を蹴った悠が高く空へ駆けあがった。自由落下に任せて槍が唸る。
「これで最後だ！」
　雷が落ちるように穂先がわずかな光を撥ねて下った。串刺しとなったアンデッドがびくりと震え、一瞬置いて灰と化し崩れ去っていった。

●手は届かずとも
　気がつくともう周りに敵はいなくなっていた。周辺に敵の増援を阻止する灼滅者チームが到着したのだ。一行はひとまず息をつくことができた。
　彼方の旗艦には仲間が――灼滅者たちが乗り込んでいるはずだ。艦を捕捉した今、アッシュ・ランチャーに逃げ場はない。額に貼りつく髪を払って、朱那が悔しさをこめて艦を睨みつけた。
「うーん、一発、ガッてぶん殴ってやりたかったなあ。でももう逃げられないよネ？」
「ここまで持ち込めりゃ逃がすわけがねえ」
　矜人が鷹揚に笑って言いきった。この作戦には学園の手練れも多く参加しているし、今も目の前では学園の仲間たちが、旗艦へ向かおうとする人甲兵やアンデッドを阻止し続けているのだから。
　戦い詰めだった一行は撤収の潮時だ。とはいえ船は今も戦域のただなか。ちょうどボートで通りかかったアンデッドに槍の一撃をくれて、悠が陽気な声をあげた。
「司令官は艦と運命を共にするってのがセオリーじゃないか、なんとかなってるさ。ついでだ、帰りに出る敵も片づけるとするか！」
「それならお手伝いしますよ」
「ええ、ちょっと暴れたりないもの。拳虎さん、何体アンデッドを倒せるか競争しない？」
　くすっと笑った碧は標識を構え直した。まだまだ癒し手の仕事は終わりそうにない。悠の意気に賛同したあずさは拳虎を振り返った。
「おお、それは負けるわけにはいかないっすな。受けて立つっすよ！」
　勝負を持ちかけられては後へは引けない。拳虎がにかりと笑って拳を握りこみ、バッドボーイがにゃんと鳴いてあずさの傍らへ位置どる。
　邪魔をされたアンデッドが船にあがってきたのを見て、苦笑した壱が肩越しに純也に笑いかけた。
「皆元気だなあ。センダツ、帰って焼肉の前にもうちょっと頑張ろっか」
「了解した」
　頷いた純也は一度だけ船入り乱れる海域と、彼方の旗艦を一瞥した。
　アッシュ・ランチャーが元老院を、人類をどう思っていたのか、己の役割をどのように考えていたのかを知る術は断たれた。今は一般人の被害を最小に抑えることができた、そこを最大の戦利とすべきなのだろう。
　船が海の上を走りだし、純也は仲間と共に前を向いた。

　一行の迎撃戦は混戦のただなかで終わりを迎えた。打倒の願いは旗艦に辿り着いた者達へ託し、疲れた身体を休めるべく帰途に着く。
　その道さえも戦いの中をくぐり抜け、彼らは厚く垂れこめた雲の底を焦がす夜明けを迎えたのだった。

作者：六堂ぱるな	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年5月18日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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