決戦アッシュ・ランチャー~灰燼に帰せ、不死艦隊

    作者:魂蛙


     沖縄に攻め込んだアッシュ・ランチャーの軍勢を撃退した灼滅者達に学園から届けられたのは、映像データが収められたディスクと再生用のモジュールであった。
     新たな戦いの予感と共に再生した映像は、黒板の前で一礼する須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)から始まった。
    「みんな、アッシュ・ランチャーの揚陸部隊の迎撃、お疲れさま! 作戦の成功をこちらでも確認したよ!」
     笑顔で灼滅者達を労ったまりんが、真面目な表情を作る。
    「早速だけど、今回の勝利によってアッシュ・ランチャーを灼滅するチャンスが生まれたんだ。統合元老院クリスタル・ミラビリスの元老、アッシュ・ランチャーの灼滅に成功すれば、未だ謎に包まれたノーライフキングの本拠地へも侵攻できるようになるかもしれないよ。ただ、まだアッシュ・ランチャーの本隊である多数のノーライフキングや人甲兵、アンデッドとの戦闘になる。激しい戦いになるだろうけど、みんなに頑張って欲しいんだ」
     加えて、アッシュ・ランチャー艦隊に加勢する勢力があるらしい。まりんの説明は続く。
    「現在の状況を説明するよ。揚陸部隊が倒された事で、アッシュ・ランチャーの艦隊は洋上で行き場を失っていたんだけど、そこにご当地怪人の移動拠点であるご当地戦艦スイミングコンドル2世が現れるんだ。スイミングコンドル2世には、闇堕ちして以降行方不明になっていた、椎那・紗里亜(言の葉の森・d02051)さんが囚われていたんだ。紗里亜さんは闇堕ち時に私達エクスブレインの物とも異なる予知能力を獲得したみたいで、その力をクリスタル・ミラビリスのノーライフキング達に悪用されているんだ。アッシュ・ランチャー艦隊はスイミングコンドル2世と合流した後、態勢を立て直してみんなの攻撃への備えをしつつも撤退しようと動き出すよ」
     アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇は擬似的に迷宮化され、アッシュ・ランチャーを灼滅しない限り破壊する事は出来ず、また内部にはノーライフキングをはじめとした強力な戦力がある。攻略が非常に難しいのは事実だが、ここでアッシュ・ランチャーを取り逃がせば、今回のような事件を再び起こすかもしれない。このチャンスをふいにするわけにはいかないだろう。
    「今回の作戦目標は5つ。まずはアッシュ・ランチャーの撤退を阻止。次に、アッシュ・ランチャーとの決戦時に増援が現れるのをくい止める必要もあるんだ。これら2つが成功すれば、アッシュ・ランチャーとの直接対決で灼滅するチャンスが生まれるよ。また、並行してスイミングコンドル2世にも対処する必要があるね。アッシュ・ランチャーを救出しようとするスイミングコンドル2世に直接乗り込んで、これを阻止するんだ。最後に、スイミングコンドル2世に囚われている椎那・紗里亜さんの救助もお願いしたいんだ」
     アッシュ・ランチャーの撤退阻止、アッシュ・ランチャーとの決戦時の増援阻止、アッシュ・ランチャーとの直接対決、スイミングコンドル2世によるアッシュ・ランチャー救出阻止、紗里亜の救出。これら5つの方針に、各チーム毎に振り分ける事になる。
     特に本丸であるアッシュ・ランチャーとの直接対決は、撤退阻止と増援のくい止めが成功しなければ勝利する事は極めて難しい。強大な相手とはいえ、戦力を偏らせ過ぎるのは危険だろう。

    「作戦の詳細を説明するよ。現在、アッシュ・ランチャー艦隊は洋上で再編中なんだけど、規模が大きいだけに再編には時間がかかっていて、こちらから攻撃を仕掛けるチャンスとなっているよ。漁船やボートとその操縦マニュアルは用意したから、まずはこれで艦隊を再編しつつあるアッシュ・ランチャー艦隊に取りつく事を目指してね。ただし、艦隊の砲撃による迎撃があるから、船舶は接近途中で破壊される可能性が高いよ。可能な限り船舶で接近して、最終的には自力での強行突破になると思う」
     砲撃はサイキックではないので、灼滅者がダメージを受ける心配はない。初めから泳いでいく事も可能だが、船舶を利用した方が接近は早いだろう。
    「アッシュ・ランチャーは撤退準備が整った艦艇に移乗して、戦域から撤退しようとするよ。つまり、艦隊の外側で撤退準備を整えた艦艇に乗り込み、制圧する事が第1の目標だね。艦艇には人甲兵とアンデッドの他に、一般人も乗っているよ。人甲兵とアンデッドを殲滅したら、一般兵の人達をESPを使ったりして言う事を聞かせれば艦艇の制圧は完了だよ。制圧した艦を他の艦艇の邪魔をするように移動させれば、アッシュ・ランチャーの撤退を阻止できる筈だよ」
     艦隊全てを制圧するのは灼滅者の戦力的に難しいが、これなら撤退阻止に割くチーム数を抑えられるだろう。無論、戦力は多いに越したことはないのだが。
    「撤退が困難であると判断したアッシュ・ランチャーは、艦隊のアンデッドと人甲兵を呼び集めて自分を守らせようとするよ」
     増援阻止班の出番、というわけだ。
    「集結する敵戦力はアンデッド1000体弱、人甲兵が300体程。これだけの戦力が防御を固めたら、アッシュ・ランチャーの灼滅は難しいね。救命ボートを使ったり泳いだりしてアッシュ・ランチャーの元に向かおうとする増援を可能な限り撃破していく事が、アッシュ・ランチャー灼滅の鍵を握るよ」
     この時点で何隻かの艦艇は撤退阻止班によって制圧されている筈だ。それ以外の艦からアッシュ・ランチャーの艦へと移動する最中の敵を叩く事が主任務となるだろう。
    「ここまで作戦が進行すれば、アッシュ・ランチャー座上する艦艇に乗り込み、決戦を挑むことができるよ。アッシュ・ランチャーと直接対決するチームの他に、親衛隊とも呼べる強力な人甲兵と戦うチームも必要になるよ。護衛人甲兵は3体で、それぞれ赤、青、黄に塗装されているんだ。アッシュ・ランチャーが強敵なのは当然だけど、この護衛人甲兵も戦闘力は高いから、戦力の分配には注意してね」
     また、くい止めきれなかった増援が、遅れて後方より現れる可能性が高い。これに対処するチームがいれば、作戦の成功率は上がるだろう。
    「スイミングコンドル2世についても説明するね。最初からスイミングコンドル2世にアッシュ・ランチャーを避難させた場合、灼滅者がスイミングコンドル号に押し寄せて制圧されてしまうという紗里亜さんの予知があった為、アメリカンコンドルは『アッシュ・ランチャー艦隊と灼滅者が戦って混乱した所』で介入する作戦を行おうとしているよ。これを妨害する為に、アッシュ・ランチャー艦隊への攻撃と同時にスイミングコンドル2世に乗り込んでもらう必要があるんだ」
     スイミングコンドル2世を自由にさせてしまった場合、アッシュ・ランチャーとの決戦に横槍を入れて、アッシュ・ランチャーを救出されてしまうだろう。
    「スイミングコンドル2世には通常の砲撃等は効かないから、直接乗り込んで攻撃する事になるよ。サイキック・リベレイターの副作用で、私たちはご当地怪人に対して予知できないから、敵戦力の詳細は不明だよ。でも、多数のご当地怪人がいることは間違いないだろうから、スイミングコンドル2世を完全に制圧する事はできないと思うよ」
     艦を指揮するアメリカンコンドルがいる事以外は不明だが、そもそも今回は完全に制圧する事が目標ではない。スイミングコンドル2世に乗り込み、盛大に暴れれば、アッシュ・ランチャー救出の妨害という目標は達成できるだろう。
    「充分な戦力があれば、アメリカンコンドルを灼滅できるかもしれないね。他に優先すべき目標もあるから戦力の分配が難しいけど、挑戦する価値はあると思うよ」
     敵戦力の詳細が不明な中でアメリカンコンドルの灼滅まで目指すのは、運の要素も絡んでくるだろう。ハイリスクハイリターンな選択肢であることは心に留めておきたい。
    「あとは、スイミングコンドル2世に囚われている椎那・紗里亜さんだね。彼女は、艦内のスーパーコンピューターに接続されて、その予知能力を利用されているんだ。アッシュ・ランチャー救出の妨害班とは別行動するチームに、艦内に潜入しての紗里亜さんの救出をお願いするよ」
     状況次第では、紗里亜を灼滅せざるをえなくなる可能性もある。複数のチームで臨んだ方が、不測の事態に対応できる可能性は上がるだろう。
    「スーパーコンピューターは戦艦の格納庫に設置されているみたいだよ。このコンピューターを破壊するだけでも、当面の予知を妨害できると思うから、頭に入れておいてね」
     紗里亜救出に関しては、その成否は今回の最大の目標であるアッシュ・ランチャー灼滅に影響しない。極論を言えば誰もこの方針を採らずとも、アッシュ・ランチャーとの決戦に問題は発生しない。だが、敵が紗里亜の予知能力を失えば、それはこの作戦の後も続くノーライフキングとの戦いで有利に働く筈だ。
    「敵の幹部の一体であるアッシュ・ランチャーを灼滅できれば、ノーライフキングを大きく追い詰める事が出来る筈。連携が重要になる大規模な作戦だけど、みんななら勝てるって……、勝って無事に帰って来るって信じてるよ!」
     激励するまりんの笑顔で、映像は締めくくられるのであった。


    参加者
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)
    ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)
    無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)
    風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)
    荒吹・千鳥(舞風・d29636)
    柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ


     洋上の激戦の最中、灼滅者達が目にしたのは自沈覚悟の体当たりであった。
     先行した灼滅者のチームが制圧した艦艇の1隻は、撤退の動きを見せていた前線の艦隊に砲撃を開始。砲撃で数隻を撃沈するも、砲弾を弾く戦艦を確認。アッシュ・ランチャーが座乗しているであろうその艦を逃がすまいと、砲撃を行った艦が体当たりを敢行したのだ。
     アッシュ・ランチャー艦は無傷ではあるものの、前線の状況は一気に混乱、撤退を目前にして阻まれる事となった。
     一方、撤退準備を進める艦艇群を確認した灼滅者達は、予定とは違うものの逃がすわけにはいかないと既に移動を開始する。結果、増援阻止チームは前線の艦艇群と敵本隊の中間に位置取る形となっていた。
    「この辺りでいいだろう」
     小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)の合図で、漁船の操舵を担当していた夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)が船を止める。アッシュ・ランチャーの艦に近い前線の艦からの増援はそちらに急行する増援阻止チームに任せ、八雲達はこの海域に残ったチームと共に本隊からの増援を迎撃の構えだ。
     轟沈する艦を見つめ、荒吹・千鳥(舞風・d29636)が息を飲んだ。
    「艦が沈む……」
    「必要な判断だったのでしょうね。あのままでは撤退を許していましたから」
     肩を竦め客観的事実のみを述べるゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)の言葉を、灼滅者達は沈黙で肯定した。
     平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)は無線機を操作するが、戦場に入って以降ノイズを垂れ流したままだ。
    「やはり無線は使えない、か。せっかく用意してもらった物だが……」
    「使えないなら仕方ない。声掛けとハンドサインでどうにかするしかないな」
     無線機を用意した八雲の言葉に、和守も頷く。
     敵の対空砲火は予想以上に激しく、無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)も空飛ぶ箒を用いた上空からの索敵を断念せざるをえなかった。
     ただ、想定とは異なる状況がプラスになっている部分もある。迎撃すべき敵増援の大半は本隊の方から来る。上空からの目がなくとも、索敵は充分に可能だろう。
    「やぁ八雲ん。久しぶりの再会がこの決戦場とはね」
     拓馬がかつての級友に声を掛ける。八雲は漏らすような微笑に諦観と自嘲を滲ませた。
    「俺達は灼滅者だからな。そういう事もあるさ」
    「どうせ海の上なら、次は釣り糸でも垂らしながらのんびりしたいものだね」
    「おや、それはフラグ立てというやつですか?」
     横から話に入って茶化すゲイルを、拓馬は軽く肘で突き返す。
    「こっちは盾役だ。トチるなよヒーラー」
     肩を竦めたゲイルが惚けるように笑みを浮かべる。拓馬には、それで充分通じた。
    「それじゃ、僕は行きますね」
     水中からの索敵を担当する風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)がゴーグルを装着し、自身に繋いだ命綱を八雲に手渡す。
     ロープを固く握り締めた八雲に頷き返し、紅詩は海中へと飛び込んだ。
    「ノーライフキングによる人類の管理、か」
    「玲奈先輩?」
     呟いた柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)の横顔を、士元が気遣うように覗き込む。
    「ばっちり支援するからさ、先輩らしく思いっきり暴れてね?」
     悪戯っぽく笑った士元の言葉に、つられて玲奈も吹き出すように笑う。
    「人類管理者なんて名乗る傲慢な連中には、負けられないもの」
     お淑やかになる、というのも簡単ではないらしい。でも、自身の内に潜むノーライフキングが何と言おうと、私は私。それでいいのかもしれない。
     敵の小船が灼滅者達の射程に入ろうとしている。八雲はロープを気にするが、紅詩からの合図はまだなかった。
    「海中の敵はまだ、だな」
    「やはり船に乗っている方が足は速いか」
     頷いた和守が単銃身のガトリングガンHMG-M2C【ExCaliber】を構え、宣言した。
    「目標、前方の敵船群。カウント3で攻撃を開始する!」


     口火を切った和守の射撃に重ねる形で、ゲイルがソニックビートを掻き鳴らす。先頭の敵船は銃弾を躱そうと舵を切った所で音の壁と衝突、派手に跳ね上がった。
    「敵が投げ出された!」
    「待て、風間から連絡が……来た!」
     逸る拓馬を制した八雲が、ロープを引く回数による紅詩からの連絡信号を解読する。
    「11時の方向から2体、潜水したまま来るぞ!」
    「任せて!」
     玲奈が放ったダイダロスベルトが海風にはためきながら広がり、獲物を狙う海鳥が如く海中に突入する。ベルトは兵士ゾンビ2体を纏めて縛り上げ、そのまま海面へ急浮上した。
    「少なくとも無傷で通れると思うなよ……」
     八雲が鞘から抜き放った日本刀、荒神切 「天業灼雷」の刀身から赫い血煙として現出する殺意が溢れ出す。殺意の奔流は水面を走り、海上で身動き取れないゾンビを飲み込んだ。
    「次が来ているぞ!」
     撃ちながら警告する和守は、次いで来る2隻のボートに迂回させまいと針路を制限するように火線を放つ。
     1隻は火線にまともに突っ込み、エンジンを破壊されて航行不能となる。迂回を諦めて強行突破に移行したもう1隻ボート上の人甲兵が、自動小銃を乱射した。
    「下がって!」
     真っ赤なアーマースーツを纏う拓馬は船のへりに立ち、妖の槍で足元の水面を薙ぎ払う。その風圧で海水を巻き上げると、間髪入れずに極低温を宿した刃を返して槍を水平に振り抜き、氷の壁を作り上げた。
     射撃の切れ目を狙って拓馬は上段から振り下ろして槍で氷の壁を叩く。砕けた氷片は散弾と化して人甲兵に襲い掛かり、その体勢を大きく崩した。
     間髪入れずロケットハンマーを振り上げた士元が跳び上がり、思い切り海面をブッ叩く。生じた衝撃波は水面を走り敵ボートの舳先に命中すると同時に炸裂、水柱を衝き上げボートをひっくり返した。
     人甲兵が海に投げ出されたその音は、海中の紅詩の耳にも届いている。人甲兵が泳ぐ方向を確かめ、ロープを引いてそれを八雲に伝えた紅詩は前方に向き直った。
     先に海に落ちていたゾンビ2体が潜行してきている。紅詩は僅かに空気を吐き出し沈降し、周囲に影業を展開してゾンビを待ち構える。
     紅詩の気配に気付いたその時、既にゾンビは影業に飲み込まれていた。ゾンビは圧縮する影に捻り潰され、水底へと沈んでいく。
     後続のゾンビが拳銃を撃つ。水中でも問題なく発射された弾丸だが精度に乏しく、紅詩に掠りもしなかった。
     紅詩は集めた影を無数の刃へと練り上げ、腕を振り抜き放つ。影の刃は巨獣の爪が如く、ゾンビを容易く解体した。
     紅詩の頭上の海面を、敵の小型艇が高速で突破して行ったのは、直後の事であった。
    「真っ直ぐ突っ込んでくる!?」
    「この漁船じゃ強度で勝ち目はない。止めるぞ!」
     一切速度を緩めず、激突コースを疾駆する敵船に士元がたじろぐ。和守の射撃も機関部を射抜くには至らず、船上からの射撃を諦めライドキャリバーのヒトマルと共に海へ飛び込んだ。
     沈むに身を任せる和守を敵船からの射撃が狙うが、前に出たヒトマルが盾となる。和守はC・ODメイルのバイザーで保護された視界に敵船の後底部を捉えると、ガンナイフのAR-Type89を構えた。
    「スクリューの接合部を……撃ち抜く!」
     狙いを定め、和守はトリガーを引き絞った。
     放たれた弾丸は意志を持っているかのような精度で敵船のスクリューに襲い掛かる。マガジンありったけの銃弾を浴びたスクリューは、遂に根元から折れ落ち機能を停止した。
     急減速し始めた船から飛び降りようと、敵が姿を現す。
    「行かせへんよ!」
     千鳥は左手で印を結びつつ、右手の怪談蝋燭を切る様に鋭く振るう。と、激しく揺らめく蝋燭の炎が青に変わり、そこから生まれ出た無数の小鬼の幻影が飛び出し、人甲兵達に襲い掛かった。
     小鬼に纏わりつかれたゾンビは、抵抗さえできずに沈んでいく。人甲兵は水没こそ免れているが、小鬼を払いきれず海面でもがく。
     船から飛び出した八雲は人甲兵の肩の上に取りつくと、直下に敵を見下ろしながら天業灼雷をゆっくりと振り上げた。
    「久当流……始の太刀、刃星」
     袈裟斬り、左斬り上げ、水平斬り、逆袈裟、右斬り上げ。刹那の剣閃が五芒星を描いて人甲兵に刻み込む。
    「とどめ!」
     玲奈の声に応えて八雲が人甲兵の肩を蹴り跳んだ直後、玲奈が天高く掲げた左腕を鋭く振り下ろす。同時に頭上から降り注いだ一条の烈光が人甲兵を直撃、焼き尽くした!
     船に舞い戻った八雲が、水面の彼方を見据えて表情を強張らせた。
     その視線の先には、海面を埋め尽くさんばかりのゾンビと、その後方に並ぶ艦列。今まで敵は、船に乗って先行した一団に過ぎないのだ。
     本番は、ここからだ。


    「ゾンビが7分に海が3分だ……って、いよいよ冗談じゃなくなりそう?」
     呟いたのは士元だ。7分は言い過ぎとしても、冗談の1つも飛ばしたくなるような数である事は間違いない。
    「……海中の敵の方が接近が早い。1時の方向、距離400」
     紅詩からの連絡を受ける八雲のナビに従って、和守がExCaliberを構える。
    「方位、距離、了解した。後はその通りに……撃ち込む!」
     船上の灼滅者達の波状攻撃が始まり、海中の紅詩の前方に着弾する。その効果は確かにあり、敵集団に打撃を与える事にも成功している。が、倒した数よりも、後から押し寄せる敵の数の方が上回っていた。
     撃ち漏らしの対応に当たる紅詩が、徐々に敵群に押し込まれていく。これ以上は厳しいと判断すると、紅詩は味方の船の方まで後退した。
    「風間さんが……私も水中で迎撃するね!」
     紅詩の後退に気付いた玲奈が首にかけていたゴーグルをつけ、海へ飛び込んだ。
     士元が右手を水平に振り抜くと、その軌跡に無数の光球が生まれて浮かび上がった。士元はそれを制御して、海上で横一列に並べる。
    「マジック――」
     士元の腕の一振りで、光球は一斉に降下して海中に沈んだ。
    「――魚雷! いっけぇ!」
     連続発射された光球は海中を突き進み、敵に命中すると次々に水柱を衝き上げる。それを目印に、灼滅者達は更に追撃する。
    「おらおら、もっとこっちに来い!」
     ゲイルのラビリンスアーマーに守りを任せた和守は右手にExCaliber、左手にAR-Type89のフルバースト射撃で弾幕を展開、反撃を引き付ける。
     千鳥は和守を横目に見つつ、あないに撃ちまくったら気持ちええやろなぁ、心の内で呟く。
    「ほなら、うちも……!」
     千鳥は天星弓に矢を番えて打起し、キリキリと引分ける。会に至った千鳥は一拍の間を置き、天上目掛けて矢を放った。
     光の尾を天へと伸ばす矢はその最頂点で炸裂、しだれ柳の如く無数の光矢に分かれ海上に降り注ぐ!
     爆裂の燐光を反射する水飛沫が海面を制圧し、僅かに朱が差した頬を照らされた千鳥は残心のまま、熱い吐息を一つ零した。
     難を逃れた人甲兵はしぶとく泳ぎ続けるが、そこは八雲の間合いの内であった。八雲は持っていた紅詩のロープを士元に預け、船から飛び出す。
    「久当流……襲の太刀、喰兜牙!」
     水面擦れ擦れを翔ける八雲は人甲兵の頭上をすり抜け様に刃を一閃、人甲兵の頭を斬り飛ばす。そのまま水面を蹴るかのようなダブルジャンプで反転、再び船上に戻る事に成功した。
     激戦の最中、その予兆に気付いたのは拓馬だった。
    「艦隊の砲撃が来る! 衝撃に備えるんだ!」
     拓馬の警告の直後、敵艦隊の一斉砲撃が始まる。砲撃は至近に着弾、漁船を容赦なく吹っ飛ばした!
     海に投げ出されたゲイルは、荒れる海面に拓馬の姿を見つけて泳ぎ寄る。
    「まだ生きてますね?」
    「ああ、お陰様でな!」
     治癒を施すゲイルに拓馬は軽口を返しつつ、周囲を見渡す。
     最早この海域は敵味方が激しく入り乱れる状況だ。サイキックではない砲撃では双方共にダメージを受けないが、状況を混乱させて1体でも増援を通そうという腹なのだろう。
    「ちょっと寒くなるから、覚悟しろよ」
     拓馬はゲイルの返事を待たず振り上げた右手に魔力を集束させて――、
    「足場がないなら、作るまでだ!」
     ――海面を叩く!
     瞬間、フリージングデスが炸裂、ゾンビを巻き込み海面凍結の波が広がっていく。
    「また随分と強引ですね」
     氷の浮島に登った拓馬は、呆れ気味に呟くゲイルを引き上げ、にっと笑いかけるのだった。
     砲撃で振り落とされたのか、無人のボートを見つけた玲奈が泳ぎ寄る。ボートに乗った玲奈が一つ息つこうとしたその瞬間、反対側のへりを掴んだのはゾンビの手であった。
     が、更にその後ろの水面から顔を出した士元がゾンビを引き剥がし、ハンマーで叩き伏せる。
    「運転は任せて!」
     引き上げられた士元が操舵席に着き、近くの敵へ向けてボートを発進させる。
     目標はゾンビ2体と人甲兵。士元はボートを旋回させて接近と離脱を繰り返し、その度に玲奈が振るうウロボロスブレイドでゾンビを削り倒していく。
    「ゾンビの一本釣りだ!」
     士元は人甲兵に鞭剣を巻き付けると、そのままボートを疾走させ、一気に剣を振り抜く。海面から引っこ抜かれた人甲兵が、ボートを越えてその前方へと投げ放たれた。
    「このまま突っ込むよ、先輩!」
    「ええ!」
     応えた玲奈がボートの舳先に立ち、愛刀の怨京鬼を抜き放った。
     人甲兵の落下にタイミングを合わせ、玲奈はボートの加速を受けつつ跳躍、裂帛の気合いと共に怨京鬼を振り抜き――、
    「はぁあああっ!!」
     ――人甲兵を両断した!
     海中にいた為、砲撃の影響が軽微だった紅詩は、海に投げ出された仲間と合流しつつひたすらゾンビの各個撃破に努めていた。
     ゾンビの群れに仲間と分断された紅詩を、人甲兵が狙う。紅詩は炎を四肢に纏わせ応戦し、打撃を1つずつ交換する熾烈な格闘戦を繰り広げていく。
     紅詩の右拳を受けた人甲兵は、それでも止まる事無く紅詩に迫り、その首に両手をかける。紅詩も膝蹴りにも人甲兵は怯まず――、
    「これは……?」
     ――そして、首にかけた手に力を込める事もなかった。


     紅詩が人甲兵を押すと、そのまま力なく離れていく人甲兵は脱力したまま動き出す気配がない。
     海面に浮上した紅詩の目に移ったのは、海面を埋め尽くさんばかりに浮かぶゾンビ否、只の死体であった。この状況は、主たるアッシュ・ランチャーの力が失われたからに他ならない。
     それはつまり。
    「俺達の勝ち、か。いやぁ、疲っかれたぁ……」
     氷の上で大きく息をついた拓馬が座り込む。同じく氷の上の八雲は、辺りを見渡して仲間の無事を確認している。
    「しかし……」
    「ん?」
     同様に周囲を見回していたゲイルが呟き、拓馬が顔を上げる。
    「どう片付けたものですか、この惨状……」
     拓馬は改めて見る。一般人が乗っているであろう艦隊が所在なさげに佇み、無数の死体が浮かぶ、この惨状。
    「放っておくわけには……いかないよなぁ」
     どうやら、拓馬が休めるのはまだまだ先の事のようであった。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月18日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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