花は道連れ、夜に泣いて

    作者:那珂川未来

    ●ラジオ
    「タタリガミの首魁とされているラジオウェーブのラジオ放送が確認されたんだ。放置すると、ラジオウェーブのラジオ電波によって生まれた都市伝説によって、ラジオ放送と同様の事件が発生してしまうから、何とかしてもらいたいんだ」
     仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は机に腰掛けながら、その放送内容を起こした資料を取り出した。
    「この内容は辻斬り、でしょうか……?」
     ざっと目を通したシルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804)は思い当たったことがあったのだろうか、口元を押さえつつその救われないラジオの内容に溜息を零した。

    ●辻斬りの噂
     みんな知ってるかな?
     某県某所の……ほら、大地にちりばめられた花の色彩と、天に輝く星の煌めきがとっても綺麗な……そうそうあの丘さ。あの丘のね、中央付近に突き刺さった大刀が表れてそれを見つめる女武者の霊が出るとの噂があるんだって。
     この人はきっととても大事なものを戦で失ったんだろうね。涙を流しながら見つめる様は、現実逃避しているみたいに希薄らしい――ああそうか、幽霊だもの薄くて当然か。
     で、その人は月の出る晩に花畑に現れては、人を斬るんだって。
     夜の花畑の景色に魅せられ訪れた人を次々と、千人斬るまで終わらない。

     ――きっと人は、自分が傍に行けない理由があるから、代わりに花を供えて道連れにするのね。私は貴方の元へ逝けないかわりに、此処に居る敵全てを道連れにするから。

     そんなことを呟いていた幽霊は、獲物を見つけちやった。天体観測に来た家族だ。ぎらりと目を光らせると花弁の様なものを撒き散らしながら、ゆっくりと近づいて――ああ大変だ。彼等の首が飛んじゃうよ。
     振り上げる刀に、どしゅっ、とね。

    ●献花の刃
    「この辺りは、そういった合戦があった場所なのかしら……」
     読み終えて、顔を上げたシルキー。
    「あったかも、ね。そういう噂を流せるような、おあつらえ向きの悲劇が。けれど、そういった歴史にも載らぬ様な小さな合戦も含めたら、戦の場所はきっと数多いから――だからこれは完全な悪意の中に生まれた噂。赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査とシルキーの予感があったおかげで見つけることが出来たから」
    「ええ、そうですわね。このご家族が被害にあわれる前に出会えた幸運を、今はきちんと生かすべきですね」
     沙汰に頷き返し、シルキーはもう一度資料に目を通す。
    「この都市伝説の女武者は、この地図の花咲き乱れる丘を、月夜に歩いている人がいると出現して斬りかかってくる。攻撃は手にした日本刀のサイキックを使う事が予測できるね。あと、身の回りに舞う赤い花弁も、攻撃に使用してくるんじゃないだろうか――広範囲攻撃かもね。現地に星を見に来た家族よりも早く女武者に接触し、退避させるなりなんなりして、危険を回避させてね」
     ただこの情報は、ラジオ放送の情報から類推される能力である為、可能性は低いが、予測を上回る能力を持つ可能性があるので、その点は気をつけてほしいと沙汰は言う。
    「油断しなければ大丈夫。女武者の背景に、思うところがある人もいるかもしれないけれど、なんとか被害が出る前に、お願いするね」
     そう言って沙汰は頭を下げた。


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    雨積・舞依(黒い薔薇と砂糖菓子・d06186)
    シルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804)
    東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)
    狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)
    深草・水鳥(眠り鳥・d20122)
    茶倉・紫月(影縫い・d35017)

    ■リプレイ


     風が吹くなら花はささめき、煙る薫りに星はざわめく。
     丘は月明かりに濃い藍を映しながら満天の星空を湛え、そして一滴の哀を落していた。

     ――なんて美しくも、悲しい光景。

     こんな夜の景色には、白と黒のゴスロリドレスを靡かせる雨積・舞依(黒い薔薇と砂糖菓子・d06186)の姿も似合うものの――佇む女武者の悲壮感がより闇に際立つように感じたのは、彼女が纏う花が涙の様に蒼く光って見えたからだろうか。
     闇に顔を隠す様にして、皆の後ろをどきどきしながら追う深草・水鳥(眠り鳥・d20122)でさえ、その景色に思わず顔を上げたというのに。
     女武者の持つ刃は妙に生々しい血が浮いているのが、遠くからでもわかった。
     ざぁと吹く風が運ぶものさえ血の臭いが混じり、まるで花の命さえ刈り取ったかのようで。
    (「美しい場所なのに……怖い都市伝説……なのね……」)
     幾つものいのちを殺めようとする悪意と、その悪意の玩具にされた存在に、水鳥はきゅっと痛んだ胸を押さえる。
     大地に突き刺さる一本は、喪った人のものであると推測できる分。
    「強い愛が嘆きを生み歪んで壊れたか――」
     身に覚えのある感情と姿だな、と東郷・時生(踏歌萌芽・d10592)は独りごちた。重なる赫は、きっとこの女武者と近しい。
     何故「あのひと」たちが死に、自分が生きているのか。
     想いを焔に例えるならば、身を焼く煉獄の様なれど。
     けれど決定的に違う事は、今を生きている時生と死んだ女武者の選択肢が圧倒的に違う。

     ――死んで花実が咲くものか。

     生きているからこそ結べるものは、有り難いほど身にしみた。
     故に。
    「彼女を灼滅する事。それが壊れてしまった心を救う一番の方法なのかもしれません」
     嘆き悲しむ彼女の背を見つめながら、シルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804)は絶妙な時を見定めた様に言葉を零した。
     純白の裾を揺らし花の上を渡るシルキーの手には、ブーケに隠した銃剣。まるで、手向けの意味さえ歪めた女武者へ、真の意味を贈る為にあるように。
     都市伝説の持つ背景に、狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)に思うところがあるとするならば、憤り、或は罪悪感だろうか。多くは語れぬものを潰す様に、ぎりりと奥歯噛む様子そのままに放たれた殺意の結界に滞在を禁じられたように、遠くへと場所を移してゆく人影の足は早い。
     急いだおかげか――彼らを横目で見送った彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)は、まずは安堵を示すかのように一呼吸し。
    「こんばんは」
     目視できる距離に入って早々に、都市伝説の意識を奪う様に声をかけた。


     ――いい夜だね……って、言いたいところだけど。

     振り返る刹那にもすでにその目は怨嗟に塗れている目を見て、さくらえの脳裏に過る言葉はそれ。突き刺さった刀を見る目はどうだったのか、そんな事も確かめる余裕すら女武者は与えてくれない。
    『――全員斬るッ!』
    「これより……宴を開始する!」
     怒気を漲らせ、女武者の居合が闇に奔るのと、刑が左腕に影で編んだ鎖を幾重にも巻きつけ始めるのは同時。
     ビハインド・カズミの霊撃と共に殺刃器『断波』を閃かせる刑。交差する刃から赤が飛ぶものの、シルキーの唇は愛を謳い、舞い上がる夜露が生命を讃える様に煌めいた。
    「こうして同じ場所に居ても、僕が見えているものとキミが見えているものはまるで違うんだろう」
     刑への一打を遮り、歌の雫を身に受けながら、さくらえは呟いた。
     きっと美しい夜ではなく。
     流れた時の世を知ることはなく。
     嗚呼ここは戦国のように。
     まるで、その時の歪みの中に引きずり込まれそうな――戦乱に対峙しているかの如く。 例え女武者が何を見て、何に悲しんでいるのか、見えなくても。具足が地を鳴らす音や鬨の声が、さくらえや茶倉・紫月(影縫い・d35017)には、聞こえてくるようだった。
     モノ。
     ヒト。
     オモイ――。
     紫月は舞い上がる花弁が闇に溶けてゆく様を見ながら思う。ソレが強い程、壊れた時の反動が凄まじいのだ、と。
     自分から離れた赤のひとひらをそのままに、さくらえは想鏡に女武者の罪や怒りを写し取るかのように展開し。
     正々堂々武士らしく正面へと踏み込むなら、玻璃の光と、紅蓮の花弁が交差する。
     そして、その凛と空を奔った音を掴む様に、紫月の足元にたゆたう暗黒の海から伸びる影が脇を狙っていく。
    「八つ当たりは、めっ……」
     戦闘中であっても、人の気配というものに敏感の水鳥は、伏せ気味の面であるが。その両手に翼の様に広げた符を大気へと解き放つようにして、
    「他人は、あなたが供える花でも、道連れでも、ない……」
     女武者の歪んだ視界を、ある意味現実へと正すかのような導眠符。
    『その口で何を語る!! 死ね、全員皆殺しだ!』
     女武者が吠える。
     けれど気魄で空気すら支配しそうな形相も、怨念も、何もかも。戦が始まる前までは、ただ飄とした態度で言葉なく夜の風を切っていただけの影道・惡人(シャドウアクト・d00898)であったが。豪快に空へと踊り出るなり、一瞬にして溜め固めこんだ破裂の弾丸を嬉々として発射する。
    「灼滅てなぁ毎日の朝グソと一緒さ……溜まったもん(内なるダークネス)出すだけの作業さ」
     所詮は倒すだけの『物』
     戦いに感情を持つ理由を、惡人はもたない。礼すら不要であるが故に、その口元は相変わらず不敵で、態度はいい加減で、振るう手元は容赦ない。
    「感情は戦闘の前と後にだけありゃいんだ、今は欠片もいらねぇ」
     着地ざま地面を食む様にしながら走る影の顎をけし掛ければ。
     どんと弾け飛ぶ土煙。しかし気魄の叫びを上げながら突き抜けてくると、冷たい月光の斬撃が乱れ飛ぶ。
     それを遮る舞依の麗しいドレスの裾が翻る。
     誰かの大切な人を護る為。ひいては昔大切なものを亡くしたあの時の自分をいつか救いたくて――。
    「大切なものを喪った時間だけが永遠に凍りついて其処に在る……それはきっと地獄ね」
     例えつくられた話の中の人であっても。舞依には重なる光景があるから。
    「生者が花を手向けるのは、決して道連れや身代わりなんかじゃない。喪われた御霊が安らかに眠れるよう願いを込めて捧げているんだよ。さぁ、好き放題やるからにはやられる覚悟も決めておけよ!」
    『刺し違えようとも殺してくれる!』
     女武者の焔を交わし、時生が荘厳と苛烈を刀で表わすならば。舞依は凛としたたかな麗しさを伴う爪先で穿つ。
     愛する人と川で隔たれ、死しても届かぬ彼岸を夢見て罪を犯しているかのような様を見ながら紫月は呟く。
    「事実無根から生まれた存在でも、その存在にとってソレというものは本物なんだろう」
     例え刹那でも。今を「生きる」彼女にとっては真実なのだ。
     そもそも生まれて消えてゆくということに関しては、此の世に存在するものは有形無形問わずいずれは行きつく先であるのだと、Memento mori -carpe diem-を霊質化させ穿ちながら、紫月は感じていたのかもしれない。
    「けれどどんな理由があれ、人を傷つけてはいけませんわ。花畑には流血など似合いませんもの――」
     冷たい月光の斬撃を、シルキーは可憐なガーベラを散らす様な輝きを以て癒すと。
    「花と葬ってあげましょう」
     水鳥から飛び立つ庇護の符の羽ばたきに合わせる様に、シルキーはダイアンサススーティーの花舞う様な、漆黒の斬撃を以て。
     紫月の刃が幾重にも切り裂くならば。絆縁の白き帯は、遥か彼方の歴史から、女武者の大切な人を探しに行くように光を帯びる。
     さくらえの絆縁に穿たれよろける女武者へと、刑は殺刃器『断波』を逆手に、
    「貴方の元へ逝けないかわりに……だと? 巫山戯るな、巫山戯るなよ」
     相変わらず奥歯を噛みしめ、血さえ滲ませそうな顔で肉薄すると、
    「そんな理由で人殺してないで、とっとと成仏して消えちまえよ……!」
     刑にとって、如何なる理由があれど人殺しは罪であり、自分の為にしかならないもの。しかし、乱雑に見えながらも正確に脆い場所を狙って鎧を痛めつけている様は、まるで自らの罪を戒める様に。
     女武者が怒声を上げ放つ花嵐が前衛を苛む。
    「ご心配なく。皆様は、私が支えますわ」
     シルキーの洋風の標識から綻ぶ花弁は、視界を塞ぐ力を洗い清める様にして皆を後ろから補佐して。
    「おぅそっち行ったぜ?」
     月光の乱舞を惡人は庇ってもらいながらも、軽い口調で注意を飛ばし、女武者の背後から容赦なくオーラの弾丸をぶっ放す。
    『死ね!』
     ただ怒りに任せ、狂った様に刀を振るう女武者には、戦略も何もないが、しかし攻撃の精度は鋭い。
    「嘆きに哀しみに飲まれるな。生者をいくら斬ったって何も戻っては来ない! ただ苦しみが増すだけだ!」
     喉元に朱を貰おうとも、時生の前のめりの姿勢は変わらない。
    「誰一人、貴女の凶刃に膝をつかせたりはしませんわ」
     シルキーはその信頼のまま支える様に、メロディに癒しを乗せて。
    「わたしなら大切な人を想って、罪もない誰かの大切な人に仇なしたりはしない」
     舞依はあの時から、大切なものをたくさん知った。
     それは自分だけではなく、その大切な人にもあるたくさんの大切。
     ゆえに失う怖さも知り、悲しみも知っているから。
    「わたしたちが敵に見えるなら、戦って、そしてそこへ逝けばいい」
     女武者の怒りを受け止める様に、舞依が紅玉の様な血の欠片を撒き散らしながら弧を描く爪先は、モノクロームの焔を芽吹かせる。そして、それらを伴う様にして放たれた刃は時生のもの。
     女武者とは反する凛とした気魄を纏い踏み込むと、涅槃の時を刻む様な一閃は、火炎で出来た花弁と共に放射状に広がって。
     更に舐めた口調で悪態見せる惡人の影が籠手の一つを吹き飛ばす。
    『あああああ!』
     血痕綻んでも。襲いかかってくる武士を斬り捨て、彼の人の亡骸を守るかのように。叫び、荒々しく焔が噴く。
     シルキーを守る様に立ちはだかるさくらえの肩に、紅蓮の桜花が咲いた。
     必死に。
     必死に。
     涙をぼろぼろと零しながら月光を放つ女武者。
     置いてけぼりをくらった女武者の目を、さくらえはきちんと正視して、受け止めながら思う。

     ――……かえり、なさい。

     言葉にならない想いと、美しい金色の髪と普段はつんとした表情をくしゃくしゃにしながら飛び込んできた愛しい人。
     たとえそれが自分自身の意志に反した事であっても、大切な人達を置いていってしまうのは罪なのかもしれない。
    「……ごめんね」
     都市伝説が喪った「誰か」の代わりに紡ぐ謝罪の言葉。そして誓う様に掲げた寂静の先端は光を生む。
    「千人斬ったって、その隙間は埋まらないものを……大切な誰かを失うと、隙間が出来てウロになってしまう。それは埋まらない事の方が多い。大切であればあるほど、余計に埋まらない」
     更に身を刻まれた女武者の傍へと、するり猫の様に音もなく寄りながら、紫月は語る。まるで死人桜は紅を求めるように、言の葉は刃となる。
    「此世に執着するモノがなきゃ道連れされたって構わなかったが、生憎執着持ちなんでな。その為に生きなきゃならないんだよ……」
     左耳の夢見の欠片に触れながら、漆黒のその背を思い浮かべて。
     そんな紫月の言葉を聞きながら、刑は自らの「空虚」を押さえる様にして顔をしかめ、小さく呻いた後。
    「大体ッ……人殺しが、望んだ場所に逝ける訳がねぇんだよッ!」
     明確な殺意のまま迸る鎖を、まるで天から喰らい付き噛み砕くが如くひとごろしへと解き放つ刑。
     半身に酷い衝撃を貰いながらも、刀を振り上げその腕を斬り捨てようとした。その矢先。
    『五月蝿いっ! 全員殺――!?』
     女武者の気魄は空回り。
     催眠に自らの刃が首元を滑り、鮮血が飛んだ。
    『――嗚呼』
     血を吐き出しながら、女武者の唇は揺れた。幾重にも埋め込まれたトラウマに苛まれているかのように。

     ――何故逝けない?
     ――どうして逝けない?

     自問自答にどれほどの時を費やし、何をどうやっても自分だけが時の彼方に置き捨てられ、全てが変わり誰もが忘れ果てて、血脈すら時代の流れに消え果てているというのに、永遠に大地に縫われた地縛霊は、いつしか逝けないことに諦めを覚え、そうして――。
     鬼と化して人を殺す。
     しかし何か聞こえたところで、それはただの雑音で、屁にも等しいとばかりに、惡人の芯はぶれることはない。
    「ぁ? 勝ちゃなんでもいんだよ」
     相変わらず鼻歌でも歌いそうな軽快且ついい加減な仕草が常の惡人は、疾走する様な影と共に、女武者の懐へと重い一撃を打ち込んだ。
    『殺す……』
     刀を支えにして立ち上がろうとする女武者を、時生は何とも言えない顔で静かに見つめ。
    「潔く逝けぬ理由はなんだったのだ? 戦では死は常。なのに何故なのだ? 何故耐えきれず壊れてしまったのか?」
     答えはない。ただ見えるもの全てを殺すだけと、煙る花嵐がいのちを逃がさぬように広がった。
    「……嫌い」
     逝けぬ呪いに、更に呪いを重ねる様な所業も。
     安寧とも言える美しい場所を穢す行為も。
     血まみれになりながらも尚延々と刀を振り回し、彼の人の道連れを探す女武者へ、水鳥はぎゅっと手を握りしめながら。
    「――嫌い。道連れにすれば慰められる……そんなことあるわけ……ないの……」
     一体誰が喜ぶのかとキツく精一杯の口調で。
     終止符へと繋がる様に舞う風。それこそ惡人の言う様に、都市伝説の中の世界は、決して現実とは似て非なるものだから――。
     けれど――と水鳥は突き刺さった刀を見る。ヒトが物語に心を動かされることも、否定することはできない。
    「きっと、嘆いていらっしゃるわ」
     鎮魂歌を歌う様に、シルキーは艶やかな唇を動かしながら、彼の人を偲ぶ。
    「ああ。お前を放ってはおけないよ」
     時生は静かに腰を落とし、居合の構えをとり、
    「……その光景に終わりを贈るわ。全てが敵に見える悲しみにも、花に憎しみを添わせる切なさにも」
     舞依は漆黒の剣技を以て。
     己が研ぎ澄ました得意の剣技を以て葬ろうとするのも、相手への敬意ともいえ。
    「僕らがキミを、キミが会いたいと願う人の元に送ってあげるから」
     そしてさくらえは、寂静を手に地を蹴った。
    「……ごめんね」
     もう一度。悪意から生まれた悲劇の主へ。誰かの代わりに手向ける灼滅の力。
     鮮血と花弁が月光に浮かぶ中。
    『あ、あああ……』
     濃い藍に染まった花のうえ、どさりと落ちる儚きいのち。
    『……やっと……』
     彼の人の刺さった刀に手を伸ばす女武者は、やはりぼろぼろと涙を流しながら。そして最初から其処に何もなかったよう、音もなく、跡形もなく、消えた。
     戦い過ぎれば、ただ静かな風に揺れる月下の花が、美しく広がるのみ。
     刑は何もなくなった場所をじっと見つめたあと、そっと果ての無い空を仰いだ。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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