蒼月の姫君と紅蓮の騎士

    作者:東加佳鈴己

     教室のドアをくぐると、赤と白に金糸の騎士の礼装で着飾った野々宮・迷宵(高校生エクスブレイン・dn0203)と、色射・緋頼(生者を護る者・d01617)が灼滅者たちを待っていた。迷宵は凛と微笑むと、灼滅者の一人へ手を差し伸べる。
    「いらっしゃいませ、わが姫。今宵はどちらに参りましょうか……」
     困惑していると、迷宵はおもむろに説明を始めた。
    「こちらにおわす緋頼姫が、ラジオウェーブのラジオ放送をお知らせくださいました」
     なるほど、今度は騎士と姫に関する都市伝説のようだ。

     玄関のかぎがかちゃりと開く音がした。高校生らしき少女、来姫(こひめ)はそっと息を吐き出して、リビングの端に飾られた写真を見る。
     優しい顔のお父さん。数か月前のわたし。もう二度と見れない、明るい笑顔のお母さん。
     足早に廊下を歩いてくる音、慌てたように開かれるリビングの扉。
    「おかえり、お父さん」
    「ただいま。テストは帰ってきたのか? 何点だったんだ」
    「赤点ぎりぎり……」
    「いつも勉強しろっていっているだろう!? ああ、片付けはいい、いいから部屋にいけ」
     いらだった口調で、もう遅いだろうと父は娘に告げた。卓上に並びラップがかかった料理は、半分以上は父がつくったものではあるが。
    「うん、お父さん……ごめんなさい」
     いい父親だと思う。母が死んでから、家事は殆ど父がやってくれていて、まだ中学生である私に負担をかけないようにしてくれている。でも、言動はいつもいらだっていて。その様子に、母を溺愛していた父は、代わりとして私の存在を許してくれているのかもしれないとすら、悩んだこともある。
     どこかへ行ってしまいたい。私が、私が必要とされているどこかへ。
     でも父は好きだ。母を失ったあの人を、見捨てることはできなくて。
     後ろ手に自室のドアをしめて、来姫はカーテンを開く。今日はひと際白く蒼く月が輝いていた。胸に下げたムーンストーンのお守りに手を当てて祈る。
    (「騎士様、騎士さま、わたしをどこかへ」)
     突如、少女をまばゆい光が包んだ。眩しさに耐えながら目をあけると、彼女の目の前には紅い鎧を着た若き騎士が佇み、彼女に手を伸ばしている。
    「探しておりました、清き乙女よ。さあ、お手を」
     魅入られたように、少女の手が伸びる。
    「イバラに捕らわれたわが姫よ。あなたの心を縛る荊から、助け出しにまいりました」
     騎士の言葉に、惚けたまま少女は身をゆだねる。二人の姿はゆっくりと夜空へあがっていき、抱えられた腕の下から、少女が少しずつ闇に蝕まれていく。
     そして月に姿が重なると、二人は完全に姿を消した。

    「ラジオで語られた後日談によると、後には、燃え盛る一軒家だけが取り残されたようです……さて、では依頼の詳細をお話ししますね」
     迷宵は後日談に触れまいと話を即座に打ち切ると、きりっとした表情を作った。
    「ご存知の方もいるかもしれませんが、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)さんの調査で、都市伝説を生むラジオ放送を突き止めることができました。ラジオウェーブの影響を受けたラジオの内容が分かれば、都市伝説が発生する前にわかるようになったんです」

     今回の都市伝説は、自分では解決が難しい問題などで『逃げ出したい』『誰か助けてほしい』と祈っている少女を、騎士が救いに来る……というものだ。トリガーになるのは、晴天の夜が3日続き、その期間、彼女が『ムーンストーンのアクセサリ』を通じて想いを月に祈っている、というのが条件である。出現時間は、深夜24時の来姫の部屋だ。
    「都市伝説は少女に語り掛けているうちは無防備です。ただ、敵に気が付けばそちらを優先します。姿を消すか、遠巻きにしていれば不意を打つことは可能かもしれませんが、少女を人質に取られる危険度が増します。特別な有効手段がない場合は、出現した時点ですでに少女を守りに入っていた方がいいと思います」
     宿泊にきた友人を装う、あるいは何らかの方法で不在時に侵入して隠れておくなど、何らかの方法で少女が襲われる現場に、護衛として側にいることが肝心だろう。
     なお迷宵の説明によれば、一定の条件を満たしていれば囮役を立てることは可能なようだ。条件を満たすものが二人いる場合、最もサイキックエナジーの高い灼滅者のもとにくるだろう。キーアイテムとなるムーンストーンのアクセサリは、必要であれば迷宵側で調達できるらしい。
     囮作戦をとる場合は注意事項が多くあるので、別途説明をすると迷宵はいい、都市伝説の戦闘能力についての解説を始めた。

    「今回の都市伝説、仮に騎士と呼びますね」
     ラジオの内容から推測した範囲では、騎士は炎系の能力と剣を中心に使うとのことだ。
     レーヴァテイン、バニシングフレア、クルセイドスラッシュ、神霊剣を、見切りを避けながらローテーションして使用してくると予測される。
     耐久力は標準、ポジションはクラッシャーとのことだ。
    「あくまで、類推した能力です……能力が上回る可能性はゼロではありません。また、一般人である少女を守る事と、深夜の住宅街であることは考慮に入れてくださると助かります」
     深夜の人通りは全くない、静かな住宅街であるという。予測では、事件発生前の10分前に被害者の父親が帰宅する以外、近隣を通るものはいないそうだ。
     戦闘音さえ聞かれなければ、野次馬などもこないだろう。

    「被害者に危害が及ばないよう、よろしくお願いします。油断しなければ大丈夫だと思いますが……少女の前で戦闘になった場合は、一言フォローしていただけると助かります」
     迷宵は心配そうに目を伏せたのち、集まった全員へ向けて頭を下げた。


    参加者
    雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)
    イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)
    城崎・莉々(純白しか赦せない人・d36385)
    篠崎・零花(白の魔法使い・d37155)

    ■リプレイ

    ●蒼い月の下で
     深夜24時。蒼く輝く満ちた月が、天頂へさしかかろうとしている。
    「ラジオウェーブも厄介なことをしてくれますね~」
     静まり返った住宅街の道を歩きながら、雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)は手にした小型ラジオのチャンネルを回し続けていた。耳に直接届くノイズ交じりの声は不気味ではあるが、目当ての情報ではなさそうだ。
    「拾えないでしょうか……また、後で試してみましょう」
     美しい月と夜の澄んだ空気を吸いながらの散歩を続けたい気分ではあるけれど。
     灼滅者としてラジオウェーブの所業をしっかり防がなくてはならない。菖蒲は仲間たちとの集合場所へと移動を始めた。

     囮として場所の条件指定はなかったため、場所はどこでもよいと考えていた。が、菖蒲の指摘により、万が一都市伝説の出現条件を満たせなかった場合のことを考えて、来姫の家の近くの公園を選ぶことにした。この距離なら駆け付けることはできるだろう。
     来姫の家へ体を向け、城崎・莉々(純白しか赦せない人・d36385)は黄昏月の十字架にそっと指を絡ませた。
    「主よ。来姫さんも彼女のお父様も心穏やかな日々を過ごせるよう、お救い下さい」
     都市伝説の排除は彼女らの命を助けるが、そのすれ違いまでは救えない。莉々は主に、どうか二人に祝福をと静かに祈った。
     イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)は、隣で祈る莉々と、それから囮として祈りをささげようとしている篠崎・零花(白の魔法使い・d37155)を見やってから、頭上の月を仰いだ。蒼白という言葉が似合う月。
    (「逃げ出したい事、助けて欲しい事から救う炎の騎士か……では、私では囮になりようがないな」)
     月下で佇む今だ幼い零花は小さく、庇護と救済を必要としているようにもみえる。
    (「そう願ってしまっては、これまでの行いに示しがつかない。私は……」)

     見回りから戻ってきた菖蒲が戻ってきたのを確認して、零花はムーンストーンのお守りを両手で握った。
     2日間、祈りは欠かしていない。今夜が3回目。
     願いは唇に乗せず、零花はただ静かに月へ祈った。

    ●密やかなる祈り
     3人が見守る中、零花は祈り続けた。公園の時計の針がかちりと動く。
     24時。
     突如、零花をまばゆい光が包んだ。彼女の輪郭すらおぼつかなくなるほどの強い光が、手にしていたムーンストーンのお守りからあふれ出てくる。
     眩しさに耐えながら、目を開けると、予知通りに。
    「探しておりました、清き乙女よ……」
     紅い鎧を着た若き騎士が零花へ手を差し伸べると、光が収まった。
    (「ちゃんと、こちらに来ましたね」)
     菖蒲は来姫の家の方角で何も起こっていないことを確認し、百物語を使った。これで光柱の異常に気付いて近隣住民が寄ってくることはないだろう。

     都市伝説は攻撃の意思を見せず、零花へ静かに語り掛ける。
    「イバラに捕らわれたわが姫よ。あなたの心を縛る荊から、助け出しにまいりました」
    「……どこへ、連れて行くというの」
    「貴女の声が届く場所へ」
     優しく微笑む──遠くからみていた3人には酷薄にも見える笑顔を浮かべて、騎士がもう一度手を差し伸べた。
     零花は小さく息をのんだ。隙をみせた零花の手を、騎士が取り、立ち上がらせようと引く。
    「……っ」
     零花はその手を振り払うと、即座にサウンドシャッターを展開した。
     ESPを合図に、宵闇に紛れていたソラとイサたち灼滅者たちが次々と戦場内へ躍り出る。
    「何をなさいますか、姫!」
    「……ごめんなさいね、貴方の望む、守られるだけの姫になんてなれそうにないわ」
    「私はただ、姫の祈りを叶えに──!」
     零花は、答えない。ソラが彼女にそっと頬を摺り寄せる。手を伸ばす騎士を、菖蒲が高速で振り回すウロボロスブレイドが襲う。すかさず距離を取る零花。追おうとする騎士を、イサが遮った。
     冰剣「ユウェナリス」から光と共に放たれた一撃を、炎の騎士もまた手にした大剣を紅蓮に輝かせて受け止める。
    「ふふ、炎の騎士とは対極だな……この氷の騎士がお相手しよう!」
    「まずはあなた方を倒さねば、姫を連れ帰れないというですか、よいでしょう」
     両者は後方へ飛ぶと、それぞれの愛剣を掲げなおした。

    ●強きもの、儚きもの
    「やはり、敵を把握するなりそちらを優先するのですね」
     怒りの声と共に、莉々はシールドバッシュを放った。
    「笑止千万……!姫を護るというのなら、自らが滅ぼうとも、彼女の無事を最重視すべきです!覚悟を見せなさい!」
    「何を!私を侮辱する気か!」
     怒る騎士の兜を、零花のマジックミサイルとソラの猫魔法が吹き飛ばした。
    「姫、貴女まで」
     露になったのは炎の塊でできた相貌。異形と呼ぶにふさわしいいでたちだ。頭から噴き出した炎が、鎧を覆う赤いサーコートを少しずつ焼いていく。菖蒲のレイザースラストがかすめて炎を散らした。
    「私は、ただ、救いに」
    (「救いか。お前のような異形から人々を守ることが、私の救いだ」)
    「篠崎さんは望んでいないといっていただろう」
     イサは項垂れる騎士にも容赦なく、スターゲイザーで足止めを狙う。
    「茨どもめ!戯言を……!」
     騎士のクルセイドソードから神霊剣が放たれ、強烈な攻撃を放ってくる菖蒲を狙うが、イサが庇った。
     衝撃に声が上がりかけるのを、「くっ、この程度の攻撃など!」、と、唇を噛んで耐える。
    「主よ!救いの光を!」
     莉々のジャッジメントレイがイサを包む。たちまち傷を癒していくが、完治には至らない。アルビオンも続いてリングを光らせた。 零花とソラは着実に、影喰らいと肉球パンチでダメージを重ねる。
    「そろそろ威力の高いのでいきます~」
     菖蒲は腕に装着したバベルブレイカーを構えた。ジェット噴射で菖蒲が跳ぶ軌跡を、ダイダロスベルトが補正する。蹂躙のバベルインパクトは的確に騎士の肩を貫いた。
     騎士は苦悶の声をあげながらも、砕けた肩装甲から炎を引き出すように炎を剣に宿らせ、菖蒲に叩きつける。
     吹き出た炎を鎮火させんとばかりに、イサの妖冷弾が着弾する。
     莉々は主に救済の光を祈り続ける。単体主体の騎士の攻撃は予想よりも強く、莉々とアルビオンのコンビはなかなか攻撃に回れない。
     零花とアルビオンは冷静にダメージを重ねていった。

    ●どこまでも自分の足で
     強力な騎士といえど、多勢に無勢。
     零花の着実なダメージに弱り、炎はイサに塞がれ、攻撃は莉々の祈りの前に。そして。
     菖蒲が腕を振り上げた。人狼としての姿が、腕を覆っていく。何度も鎧を砕いた彼女の幻狼銀爪撃が、こんどこそ胸甲を裂き、衝撃でぼろぼろと鎧がくだけていった。
     騎士は2、3歩歩くと、零花の前へ膝をついた。燃え盛る炎の火の粉が天へ舞っていくように、光の鱗粉が月へと昇っていく。
    「なぜです、か、姫」
    「……ごめんなさいね」
    「わた、し、は姫を連れ帰れず……そ、のここ、ろ、すら救えず……」
     ひと際、炎が強くなり。姫を求めた赤き騎士は、後悔の言葉だけを残してその場から消え失せた。

     騎士が消えた場所へ、イサはユウェナリスを突き立て、剣に体を預けるように立った。失血が酷い。ぐらつく意識の中、消えざまの騎士の言葉にぼんやりと思う。
    (「この都市伝説は、まさか自ら救いを求めて、姫の手を取ろうと……?」)
     浮かびかけた考えに、イサはゆっくりと首を振った。
     莉々がイサの背に触れ、「主よ」と短く祈って回復サイキックをかける。
    「悪いな」
    「いいえ。私は、誰かを救助することができればと、助け手でありたいと常々思っていますから。これは私の役目です」
     騎士がいたはずの場所を、莉々は苦々しい思いで見つめる。私は、自身が求める優しく無垢で清浄な世界のために。これからも自分の手で、人々を救っていきたいと願っているのだ。彼女は今回のような騎士を呼ぶことは万が一にもないだろう。その願いの祈りは、すべて主にささげられているのだから。

     人狼の手から人の手に戻し、菖蒲はしまっておいた携帯ラジオを手に取った。かちゃかちゃ、とチャンネルを漁ってみる。
    「う~ん、やっぱり無理かなあ」
     発生した都市伝説からは、ラジオウェーブの痕跡は得られないようだ、と菖蒲は思った。

     3人から少し離れた場所で、ベンチに腰掛け零花は月を見上げていた。
    「……分からなくてもないんだけどもね」
     ねえソラ、と零花が呟くと、ソラがそっと近寄ってくる。
    「言葉が、届く……か、今でも聞いてないから分からないけども」
     相槌を打つかのような羽ばたき。零花はソラにしかわからないほどささやかに、困ったような笑みを浮かべた。
    「まぁ、そうね、話し合ってみるべきなのかしら」
     寄り添うソラは、慈愛をたたえた瞳で、零花の言葉を聞いていた。

    作者:東加佳鈴己 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月2日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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