黄昏影鬼

    作者:四季乃

    ●Accident
    「ラジオウェーブによるラジオ放送が確認されました」
     放置していればいずれ電波によって発生した都市伝説が、ラジオ放送と同様の事件を起こしてしまうだろう。そう前置きをした五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は、何を思ったのか右手の中指と薬指を親指に揃え、人差し指と小指をピンと立ててみせた。

     その一族は影を巧みに操ることで有名だった。
     己の十指はもちろん、どこにでもあるような小道具を用いては、描き出される影を様々な形に作りだし命を吹き込んだという。いわゆる、影遊びである。
     ふらりと街に現れては公園で遊ぶ子ども達に紙芝居のていで披露してみせたり、ボランティアで各地の公民館や小学校を回ってみせたりと、それはそれは大賑わいだそうだ。主な演目は影絵でのお芝居なのだが、それは童話であったり昔話であったりするらしい。
     けれど、ある特定の時間帯に現れる彼らは、決まって不気味な演目を披露するのだという。
     か弱き女が鬼に浚われ喰われてしまうだとか、あとをつけ回す犬から逃れようと駆けた瞬間に飛び掛かられるとか、そういう、妖怪の類。彼らはそんな不気味で恐ろしい演目を、陽が暮れる黄昏時に披露するのだという。それだけならば、ただ不気味な回に当たってしまったと思うだろう。しかしその演目を最後まで見た観客は、帰路について初めて気が付くのだ。
     共に居たはずの友人が居ない――と。
    「さぁさ、今日からお前は私の『影』なって、うんと働いておくれ」
     黄昏に幕を開ける影遊び。影に喰らわれ、囚われる。消えた心は、影の器を得た操り影鬼。

    ●Caution
     そのお屋敷では近々ボランティアで影遊びの一座が訪れるという。
    「もちろん、ラジオ放送の一族とは別の方々ですよ」
     コンコン、と右手で作ったキツネのポーズを揺らしてみせた姫子は小さく微笑する。なんでもそのお屋敷の持ち主であるご老人が一座の大ファンで、直々にお招きしたのだとか。だが、ラジオ放送があってのこのタイミングはいささか不安である。
    「なので皆さんには一座としてお屋敷にお邪魔してもらいたいのです」
     予め姫子がリハーサルと称して訪ねる旨を伝えてあるので、そこは安心してもらって大丈夫だ。
     どうやらこの都市伝説、影遊びの演目に夢中になる者を攫っては心を奪い、自身が操る影に閉じ込めてしまうとされている。そのため、影遊びを演じる者と、それを観賞する客とに分かれて誘き出してもらいたいのだ。
    「放送内では黄昏時に不気味な演目を、とありますので、あたかも一族が演じているかのように振る舞えば、同志と思い攫いに来るかもしれません」
     ちなみに都市伝説の数は明らかになっていない。『一族』と呼ぶくらいだ複数は居ることを念頭に置いた方が良いだろう。しかし、それらが一族に囚われた者たちの影である可能性も否めない。
    「たとえ放送内のお話とはいえ囚われた方々を思えば胸が痛みますが、どうか油断はされないようお気を付け下さいね」
     一族は影を巧みに操ることで有名。ならばその攻撃手段もおのずと影に絞られてくる。
    「また、これらは放送内で得た情報のため予知ではありません。万が一にも予測を上回る能力を持つ場合があるかもしれません」
     とは言え、今回は赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査によって、都市伝説を発生させるラジオ放送を突き止めることが出来た。情報を得られただけでも十分な収穫だ。
    「本当の一座の方々がおじい様を楽しませてくれる日が来ることを祈ります。皆さん、どうかよろしくお願いいたしますね」
     姫子はキツネのポーズを解くと、柔和な笑みを湛えて低頭した。


    参加者
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)
    卦山・達郎(一匹龍は二度甦る・d19114)
    榎本・彗樹(自然派・d32627)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)
    狼護・田藤(不可思議使い・d35998)

    ■リプレイ

    ●舞台裏
     まだ五月下旬というのに、日中の気温は三十度を叩きだしていた。白壁の奥から射し込む陽がじりじりと膚を照り付け、額には薄らと汗が滲む始末。
    (「人間の想像力というか創造力には毎度感心させられる。よくもこう色々な話を生み出せるもんだ」)
     淡い夕陽を浴びて橙色に染まる狼護・田藤(不可思議使い・d35998)と、そのサポートに回っている雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)の二人が、庭で舞台の設置に追われている姿を、柱に背を預けて眺めていた皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)は、そんな風に小さく吐息を零した。
    「影遊びってやったことないな~。どんなものなんだろう?」
     縁側に腰を掛け、細い両脚をぶらぶらさせながら舞台の完成を待ちわびるカーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)の横顔は、期待に満ちている。その輝く金の髪が彼女の笑みをいっそう深めるようだった。
     幸太郎自身、彼女のようにきらきらした表情を浮かべたり、はしゃいだりしてみせるのはキャラに合わないことを知っている。もちろん、ぼんやり見ているだけでは敵を誘き出すことが出来ないことも。
     ひとまず彼は被っていた帽子を目元が隠れるほど目深に被り、縁側に腰を下ろした。やれることはきっちりやるさ。誰に宛てるでもなく彼は胸の内で呟いた。

    ●開幕
     夕陽を浴びて目に沁みるような輝きを放つ菖蒲の髪が、風を含んでふわりと肩口に広がると、その細い顎を引き立たせるようであった。
     彼女の演目は、死してなお子供を守る母の霊の話だった。
     菖蒲の細い指先から道具を用いて作り出される二つの影。それは細やかで繊細な仕草によって生まれた、スクリーンの舞台上に生きるまさしく母子である。
     柔らかな語り口で紡がれる彼女の言葉に耳を傾ける榎本・彗樹(自然派・d32627)と卦山・達郎(一匹龍は二度甦る・d19114)の横では、初めて見る影遊びに花が開いたような笑みを浮かべるカーリーが居て、菖蒲がちょいとした動きで子の影を倒れさせると「アッ」と短く声が洩れた。悲しげに泣き崩れる母の小さな背中が嗚咽に震えている。それが影遊びだと言うことを忘れてしまった一瞬だった。
     さらさらと夕風を受けて黒髪を揺らす彗樹の表情は、あまり動かない。感情の起伏が少ないせいもあっただろうが、それでも緑色の双眸は真っ直ぐ舞台に注がれており、余所見の一つも見せなかった。その一方では、気のない風に座していた幸太郎の眸が瞬いている。
     影が動けば動くほど、そして菖蒲の語り口がなめらかに耳朶をくすぐってゆくほど、その視線が縫い止められる。時が経つのも忘れていれば、幸太郎は帽子の鍔を僅かに持ち上げ、物語に――いや、演技に引き込まれていった。
    (「これもまた、見入る一つの姿だろう」)
     それこそが、彼なりの『演技』であった。
     そんな彼らとは対照的に、座布団の上にどっかりと腰を下ろしているのは、あまり場にそぐわない恰好をした達郎だった。
     舞台にきちんと目を通していながらも、障害物を撤去させ広くなった庭のあちらこちらに視線を配っては注視しているようで、けれど少し物悲しくも心温まるエンディングを語り終えた菖蒲の演目には一番に拍手で迎えてみせた。
     舞台裏から現れた菖蒲が低頭する頭部から、サッ、と辺りの暗がりや物陰に視線を走らせる。
    (「さぁて、どっから出てくるかな」)
     裏で二人がごそごそと交代している気配を横目に、達郎は眦に滲みる夕陽に目を眇める。濃く落ちた影は、舞台と、自分たちの影、そして室内の暗がりだった。

    ●開演
     ゆるやかな速度で沈んでゆく夕陽の影が、徐々に伸びていく。
     生温い風に慰められながら観客の四人は人間が鮫に喰われるシーンを見て、言葉を失っていた。
     田藤の演目『影鰐』は、菖蒲のそれと違って中々にスリリングであった。人間の表情が鮮明に描き出されていないのが幸いしたが、それでも田藤のおどろおどろしい語り口は背名に冷たいものを寄越してくる。
    「光と影は表裏一体……一方が欠ければもう片方も存在する事は出来ない。影もまた、自分の投影であり分身である。ならば、影を喰われて生きていられる道理があろうか……」
     己の傍らで定型を保たぬビハインドのやそが、風に揺れる葦のようにゆらめいている。ちらりと見やった田藤は、巧みな指捌きで更なる影を生み出し、命を宿す。
    (「【やそ】に喰われた都市伝説もまた然り……何れは私も幻影の藻屑か……」)
     そのとき、だった。
     ワッ、と誰ぞの口から声が洩れ、はて驚くような動きはしなかったのだが、と田藤が小首を傾げた際、舞台の奥でサウンドシャッターが展開された事に気が付いた。サッと菖蒲と目配せすると二人は左右に分かれて舞台裏から飛び出し、表に向かう。
     それは広間の暗がりから姿を現した。影の中から身を乗り出し、ぬぅっと上体を寄せる二人の男たち。その奥、流水模様の襖絵の前。灯りを落とした部屋の薄暗さの中で、一人の男性が、傍らに形を保てぬ影を従えてにんまりと笑っていた。
    「さて、都市伝説とは広がり歪む時があるとは言え……ここまでくると食い止めませんとね。さぁ、百物語を語りましょう」
     菖蒲は敵の姿を見止めた瞬間、百物語を唱え、人払いに回った。
     その言葉にスイ、と片眉を持ち上げた座敷の男ではあったが、手前の者たちは、一人がカーリーの顔を覗きこみ、もう一人は少し様子の違う達郎の横顔を覗きこんでいた。
     それらは総じて黒い着物のような装束を身に着けており、裾に彼岸の花が咲いている。まるで鏡写しのように同じ動きを持って両名へ近づく人物たちが、エクスブレインが言っていた双子なのだと悟る。
     至近でその薄暗い、奈落のような瞳と視軸を重ねた達郎は、頸を傾げる片割れに向かうと「悪いな」そう、呼びかけた。
     刹那。
     瞬時に呼び起こしたバベルブレイカー『Dragon Strike』を両手で握り締めた達郎の躯体に赤きオーラが舞い上がる。彼は大きく踏み込んで片割れの背後に回り込むと、
    「俺は影として人に操られるつもりはねぇんだ。お前もそんな暗いお遊びばっかりしてないで、とっとと成仏されてなぁ!」
     ジェット噴射の勢いで敵へと突っ込んでいった。細い躯体をそのまま庭へ押し出すような形で突き動かせば、回転を交えて吹っ飛ぶ無防備な男の背中を逆巻く羽衣が貫いた。
     ギャッと短く呻き声を上げた片割れは、地に落ちるとジタバタと四肢をもがいてのた打ち回る。その半身の姿に、咄嗟に縁側から駆け寄ろうとした残るもう半身。
     しかしその行く手を阻むかのように現れた朱い炎の花。短く息を呑んだように、たたらを踏んだ男は、
    「畏れることはないよ。呑み込んでおやり」
     背後から聞こえた『声』に頷くと、装束の袖から大蛇を出現させ、緋牡丹灯籠を放った田藤ごと締め上げようとしたのだ。主の背後からするりと身を現したやそが霊障波で迎撃するが、大蛇の大口からは逃れられぬ距離にある。
     カーリーはその動きにいち早く気付くと、エネルギー障壁を展開、シールドで田藤の守りを固めて少しでも緩和させると、それに続くように彗樹が前衛たちのために防護符を取り出し、放ってゆく。
    「そっちのお兄さんも庭に来たらどうだ?」
     こっちの方が濃い影が生まれるぞ。庭の砂を踏み締め、室内を振り仰ぎ目を細める彗樹の言葉に、男は三日月のように双眸をしならせた。しかし夕陽が描き出す影に魅力があったのだろう。
    「誘われてあげましょう」
     尊大な態度を持って、縁側に出、敵の動きに注視してどのように動くか見極めていた幸太郎の傍らを通り過ぎてゆく。それに追従する影は、陽の下に出るとひどく苦しそうに――いや、眩しそうに身をくねらせると、それらは徐々に形をなしていき、一匹の狼と、一匹の鳳凰へと姿を固定した。
     敵は、心を奪われた者は影のなかに囚われてしまうのではなかったか。ならばあの獣は――そこまで考えた幸太郎は、小さな吐息を零すと、鍔の下から男を睨め付ける。
    「『影』を使えるのは、お前たちだけじゃないんだぜ」
     くん、と右腕を持ち上げると、その動きに伴い彼の足元に濃く落ちた影がぶわりと起き上がる。まるで意識を持つ生き物のようなそれらは、二つの影を従える男に向かい、牙を剥く。
    「おや、あなたも影をお使いに? よろしい!」
     だが、男が仰々しく両手を広げると、彼の右側に居た狼が砂を蹴って飛び掛かってくるではないか。大きく口を開け、前足で幸太郎が放った影を引き裂こうとする。二つの影は絡まり合い、もつれるようにして庭の地面に崩れ落ちる。どうやら相打ちのようだ。
     男――主はたいそう嬉しそうに顔をほころばせている。自分以外の影を操る者と出会えて嬉しいのか、あるいはそれを取り込んだ時を思えば興奮するのか、はたまたその両方か。
     彗樹はその様子をちらと盗み見ながらも、己の役目を全うするべく防護符を次々と配布。その様子を目にしたカーリーはワイドガードで前衛たちをサポートし、回復と補助を徹底する。
     しかしそこへ、双子たちが左右から挟み込むような形で彼女に向かって飛び掛かる。その袖からは四本の大蛇が頸を長くしてちろりと舌なめずり。夕陽に照らされ、妖しく蠢く大蛇たちに、「わあ!」と声を上げたカーリー。彼女は展開していたWOKシールドを仕舞い、咄嗟に身構えたのだが。
    「影が貴方の専売ではないんですよ? 覚悟してください。妖よりも恐ろしき執念深き怨念は人でない貴方にも向けられてますよ」
     影で作った触手を放った菖蒲は、右の片割れを絡め取ると、それはぐらりと身をよろけさせた。なんとか踏んばってみせたものの彼から放たれる大蛇は目測を誤り地面と衝突し、目から星を出したようにクラクラと頭を振っている。
    「しっかりなさい。倒れるには早いですよ」
     叱咤され大地を踏み締めて起き上がろうとする男は、しかし己の傍らを飛来していく輝きに短く息を呑んだ。それが己が主に向けられていると分かるや否や、もはや条件反射の勢いで庇いに出たのだ。
     残る片割れも、大蛇がカーリーの細い腕に喰らい付いているにも関わらず目線が主を追っている。
    「ま、そうなるよな」
     達郎は辺りの影を蹴散らすようなまばゆい炎を燃え上がらせると、大地を力強く蹴ってその片割れに向かって駆け出していく。グラインドファイアの強い炎に両翼を広げ飛翔しかけた鳳凰や双子の意識がそちらに注がれる。
    (「周りの敵を俺に引き付けりゃ、仲間が主とやらを集中攻撃できるだろ?」)
     その狙いは、まさしく成功であった。
     ハッ、と短く我に返った鳳凰が空中からミサイルのように下降、その嘴とメラメラと滾らせる黒い炎で達郎の心臓を狙っている。それを見やり、ダンッ、と右足を蹴り上げ鳳凰に向かって飛び上がった彼の脚が鳥の横っ面を蹴り倒す。
    「あぁっ! なんと可哀想な」
     肩を竦めて鳳凰を見守る主、しかし――。
    「カタシハヤ……エカセニクリニ……タメルサケ……テエヒアシエヒ……ワレシヒニケリ」
     聞こえてきた呪詛にビクリと身体を跳ねさせる。
     ぞっとするほど近く、吐息すらかかりそうな距離で聞こえたその言。男は気配に気付き、背後を振り返るが既に遅し。
    「私の言霊に呪われるがいい」
     達郎が放つ残炎のその向こう。
     揺らめく焔に隠れて顔を手で覆い、指の間からこちらを見据えている田藤が眸に映り込む。だが、その時点で彼の胸部は田藤から放たれたレイザースラストが真っ直ぐに、撃ち抜いていた。ダイダロスベルトを通じて滴る血が庭の砂を赤く染め上げる。ゆっくりと引き抜かれたその背後からは、妖艶で蠱惑的な肉体の美女に姿を変えたやそが霊撃を放ち、追い打ちをかけて、息つく暇など与えない。
     主の肉体は、彼らにも通じていたのだろう。恐らく都市伝説という一つの括りに囚われているせいか。ゆえに主が膝を突けば、双子と影たちもその身を硬直させた。ぐ、とのどを締められた様な苦しげな声を洩らし、しかし彼を守ろうと懸命に立ち上がる仕草を見せた。
     だが、その姿に、
    「よーし、ボクもいくよー!」
     ふるん、と歳不相応な胸のふくらみを揺らしてぴょこんと飛び上がったカーリーは、オーラを拳に集束させその狙いを主に差し向ける。慌てて双子が彼女の眼前に躍り出て大蛇を振り下ろすが、背後から飛び掛かった達郎と菖蒲の攻撃によって二人は地に伏せ、ダウン。
    「ありがとう!」
     すれ違いざまにこりと笑ったカーリーは、五指を握り締め勢いよく後方へ振り被ると、今度は狼が彼女の脚に喰らい付こうとした。四足で駆ける獣は、握れば折れてしまいそうなほど細い脚を目掛けて牙を剥く。
     しかし。
    「これでも食ってな」
     大口を開けた獣の口内に鋭く研ぎ澄まされた影の刃が飛び込んだ。幸太郎から放たれた斬影刃は、そのまま獣の影を引き裂き、宙へと舞い上がって霧散する。
     では残る鳳凰が両翼から放たれた風を持って迎撃したが、カーリーはそれを浴びて一瞬、身を竦めたものの、何とかその場に踏み止まり、傷を負っても彗樹から施されたラビリンスアーマーで癒しを受けると、そのまま突っ込んで行った。
    「ま、待ちなさい! そのような乱暴をしてはわたしは死んでしまう! やめっ――」
     男の悲鳴が、みっともなく夕空を跳ねあがる。
     しかしカーリーの拳は止まらない。男の顔面、胸部、腹を打ち砕き、その唇から息が止まってしまうほどの苛烈さは、その身体が大事に這いつくばるまで終わらなかった。

     額に浮かんだ汗が頬を滑り顎を伝うと、庭の砂地に染みを作った。
    「『やそ』は『八十』…多重の存在に喰われてその一部になるがいい……」
     苦しげな声を洩らして顔面を砂だらけにした男は、その言葉に顔を上げる。すると眼前にカパ、と口を開けたやそが居て「ヒイ」と情けのない悲鳴が上がる。
    「え、食べるのか……?」
     彗樹はその光景に目を瞠ったものの、問い掛ける頃には既にやそが咀嚼しており、そこに影一族の姿は無い。だが、霧散して空中に漂っていた全ての影が、田藤の元へと吸い寄せられるのを見て、ああ吸収したのだと彼らは納得したのだった。

    ●終幕
    「んー、ラジオに異変ありませんかねぇ~。変な番組やらあったら楽しいんですが」
     菖蒲は持ちこんだラジオでラジオウェーブを検証できないか試しているようだが、どうやらそれらしきものは掛からない。縁側に腰掛け、戦闘後の缶コーヒーを嗜んでいた幸太郎は、その様子をちらりと見やり、茜色に染まる景観をゆるりと仰ぐ。
    (「いつの日か今日の出来事も影遊びの題材の一つになるかもしれない。そうなった場合に…演じるのは……観るのは誰か……それを知るのは影ばかり…かな」)
     仲間を労う達郎の快活な笑い声が庭に響く。近い内に訪れる屋敷の賑わいを思えば、今はただ無事の灼滅に安堵するばかりであった。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月31日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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