あなたも死ねばよかったのに

    作者:空白革命

     海。
     海。
     暗い海。
     冷たい海。
     深い海。
     苦しい海。
     海。
     海。
     海……。

     城・漣香(焔心リプルス・d03598)にとって、海は楽しいものの筈だった。
     愉快なパリピたちとスイカを割ったりビーチボールを飛ばし合ったり、水着の美女にはしゃいだり。
     けれど。
    「嫌だな。なんでこんなこと考えちゃうんだろ」
     頭をがしがしとやって、漣香は頭を振った。
     海と、死。
     破壊、硝煙、大きな揺れと沈み行く鉄の塊。
     そんな想像を振り払おうとしているようだった。
    「ごめんな。まだ海開きの時期じゃ無いけど、ちょっと来てみたくなってさ。いや、沖縄のほうだともう海開きしちゃってるのかな……」
     仲間たちは、漣香に誘われる形である海辺の埠頭へとやってきていた。
    「ここはさ、溺死した女性が幽霊になって引きずり込むって噂があるんだ。都市伝説として実体化してるかなって寄ってみたら、案の定って感じでさ」
     ぎゅ、と拳を握り込む。

     実体化した都市伝説というのは実にシンプルなものだ。
     溺死体がびちゃびちゃと水をならして歩いてきて、すがりついて取り殺すというものだ。
    「オレは、戦おうと思う。戦って、前に進もうとおもう。海がたのしい場所だって、あいつらに……自分に、思い知らせてやんなきゃだよ」
     だから。とは言わずに。
     漣香は振り返った。
    「一緒に行こう」


    参加者
    神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    城・漣香(焔心リプルス・d03598)
    シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    立花・環(グリーンティアーズ・d34526)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ

    ●感情が頷いてくれないなら、振り切るしかない。振り切れないなら……。
     夜闇。
     遠く聞こえる鳥の声と、風をなでるような波の音。
     そしてどこかさび付いた潮の香り。
     時折明滅する明かりの下で、神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)はぺらりとスレイヤーカードを取り出した。
    「しかし水死体の実体化とは、都市伝説もバリエーション豊かになりましたねえ」
    「実際の事件とは無関係でしょうけど……」
     腕組みをして着流しの裾をつまむシャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)。
     神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)が静かに彼らの後ろに立った。
    「まるで死人に鞭打ちだな。誰だ、そんな噂を流したのは」
     海辺に伝わる怪談話。
     死者が生者の足を引くというような、どこにでもある話。
     けれど、連想せずにはいられない。
    「…………」
     ひとり、集団から離れた所で海を見つめる水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)。
     誰かがこの海を見て、生者の足を引く死者を空想したのだろう。
     もしかしたら、知っている誰かを想像していたのかもしれない。
     自分が死ねば良かったのだと空想して、こんな噂話を作り上げたのやも……。
    「エリノア」
     一方で、彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)が小さく声をかけた。
     『べつに、大丈夫』といつも通りの涼しい顔で言うエリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)に、さくらえはあえて沈黙した。
     エリノアが思い出しているのは恐らく、つい最近の出来事。沈む船と、爆発。報告によれば少なくない死者が出たという。当然だ。そういう兵器だ。分かって、飲み込んで、理解して使用したのだ。
    「けど、心の整理は……まだついていないんだよね。だから、僕は」
     誰に聞こえるでも無い声量で、さくらえは呟いた。
    「見届けることにするよ」

     城・漣香(焔心リプルス・d03598)が黙って海を見つめている。
     いつもどおりの、陽気そうな顔のままだ。
     声をかけようと立花・環(グリーンティアーズ・d34526)が近づいた所で、エリノアが割り込むように声をかけてきた。
    「二人とも、すまないわね。あの時私が言い出したことで……」
    「や、オレは別にそんなこと」
    「えい」
     環がハモの剥製を突きつけてきた。ヒイといって後じさりするエリノア。
    「エリノアさんあなた、見た目のわりに引きずるタチですね」
    「だって、あれは」
    「作戦に言い出しっぺの法則なんかありませんよ。イヤなら止めてたってハナシですしね。あっ、漣香さんこれ」
     そっと紙を渡す環。
     受け取った漣香は、親指を立てて言った。
    「ひとりで背負うもんじゃあないさ、仲間がいるんだぜ!」
    「今カンペ渡したわよね」
     漣香は頭をかいて照れ笑いした。
    「振り切れないなら乗り越える。オレらがオレらのまんま生きてくためにはそれしかない。今日は、いい機会なんじゃないかな」
     ばしゃり。
     と、不気味な音がした。
     明滅する明かりの下に、ぶくぶくとふくれた醜い死体が這い上がってくるのが見える。
    「悪いけど、付き合ってもらうよ」
     カードを翳し、少年少女は向き合った。

    ●戦いは始まっていた。この世に生まれたその日から。
    「頭数で勝ってはいるけど、油断は禁物。速攻でいくわよ」
     シャルロッテは着流しを脱ぎ捨てると、身体に幾重にも巻き付けたサラシを解放して水死体たちに発射させた。
     水死体たちはいかにも鈍重そうな身体とは裏腹に、地面を跳ねるようにしてサラシを回避。コンクリート地面をバウンドしながらシャルロッテを襲う――が、街灯の柱をポイントにしてカーブしたサラシが水死体を背後から貫通。そのままぐるぐると胴体に巻き付いていく。
    「油断は禁物、ね」
     涼しい顔で息をつくシャルロッテ。
     次の瞬間、優と三成がそれぞれ別種の光を放った。
    「ヒャッハー! 荒事は久々なんでよお、手加減しそびれても文句言うなよな!」
     巨大な斧を振りかざし、炎を腕から順に纏わせていく三成。
     一方の優は鎖を放ち、水死体へと巻き付ける。鎖越しに伝わった冷気が大気中の水分までもを冷却させ、大きな霜が優の手から伝うように広がっていく。
     そうして水死体の半分を凍り付かせた頃、三成は斧でもって水死体の腕を切断。
    「まっ、手加減する気は毛頭ねえけどな!」
     赤黒いオーラを全身にたぎらせ、手刀を放つ。
     三成の腕は水死体を貫き、内側から更に膨張させた。
    「ワンコ、やれ」
     優の指示を受け、しっぽを振りみださんばかりにじゃれつく海⾥。
    「じゃれるな。あっちだ、行け」
     優に応えて刀を抜き、水死体を切り捨てる。
     オモチャをとってきた犬のように寄ってくる海⾥。優は息をついて頭を撫でてやった。
    「ああ、よしよし。よくやった。じゃあ次だ」

     海水をたっぷりとしみこませた水死体が飛びかかってくる。
     紗夜は迎撃するように緋牡丹灯籠を発動。燃え上がった青い炎が水死体を包み込む。
     それを突き抜けた体当たりで、紗夜はその場に押し倒された。
     水死体の肉がはじけ、内側からあふれた形容不明な物体が紗夜を包み込んでいく。
    「紗夜っ、離れろ!」
     影業を足に巻き付け、水死体を蹴り飛ばす漣香。
     形容不明な物体から引きずり出された紗夜は、酷く息を荒げていた。
    「大丈夫か? なにかされたんじゃあ」
    「大丈夫だ」
     紗夜はそうとだけ言って、大きなハサミを手に取った。
    「エリノア、追撃を」
    「分かってる!」
     さくらえが錫杖をどこからともなく取り出し、構えも半端に走り出す。
     漣香に蹴り飛ばされて弾む水死体に、体勢を戻す前に詰め寄るためだ。
     両手でしっかりと握り込み、錫杖を叩き付ける。
     上方向からのスイングによって地面とサンドされた水死体は、中からおかしな物体を拭きだした。否、ヒルである。さくらえに張り付いたヒルが彼の血を強引に吸い出してはふくらんでいく。
    「この――」
     祈りを込め、ヒルを散らすように吹きはらう。
     一方のエリノアは、割り込むように水死体に組み付いていた。
    「私が決めたことなのよ。後悔なんてしてないわ。私が――!」
     槍を生み出し、水死体に叩き付ける。
     叩き付け。
     叩き付け。
     叩き付けて突き立てる。
     幾度も突き立ててから、エリノアは粗く息を吐いた。
    「……」
     さくらえは、あまりにも彼女らしくない戦い方を見て、今はただ沈黙した。
    「うわあ、水死体って思ったよりエグいんですね。いや、都市伝説の実体化だから実物とは違うんでしたか。まあともかく」
     環は砲台化させた腕で右から左に水死体を薙ぎ払いつつ、片手間とばかりにギターを地面に叩き付けた。
     割れるような不協和音が響き渡り、エリノアやさくらえに張り付いていた水やヒルが弾かれていく。
    「…………」
     感情のよく分からない真顔のまま、環は折れたギターを放り投げる。
     また新たにギターを虚空から引っ張り出すと、それを肩に担いだ。
    「『私が』かあ、無自覚に追い込んじゃってますねえ。もしかしてあなたのガールフレンド、カラオケでマイク握ると暫く離さないタイプです?」
    「えっと……」
     急に変なことをいうもんだからとさくらえが困っていると、環は片眉だけを上げて言った。
    「正論を話すのは後にしたげます。今はぐちゃぐちゃになっとく時間なんでしょう、きっと」

    ●戦いは終わっていた。戦うと決めたその日のうちに。
     紗夜は、彼女にしか見えない幻影に襲われていた。
     だが彼女はあえてされるがままにしていた。
     殺されてあげれば、『  』は楽になれるだろうか。
     『  』のためになら、死んでもいいかもしれない。
     『  』に殺されるなら。
     いや。
     『  』と一緒に死んでおくべきは……。
    「ああ、だめだ」
     身を任せ、いつのまにか吹き出た血やどこからかついた泥をぬぐい、紗夜はため息のように言った。
    「僕はどうやら、死ねないらしい」
     後悔をしながら。
     苛まれながら。
    「生きていくしかないらしい」
     いつのまにか目の前まで迫っていた水死体に、手のひらを翳す。
     それだけで彼女の足下にできていた影が巨大な猫に変わり、水死体をばくんと喰った。
     潰れ、はき出される水死体。
     エリノアはそれを見て、槍に自らのエネルギーを充填させた。
    「この――!」
     投擲。
     貫通。
     どこかの倉庫の壁に槍が突き刺さり、水死体は串刺しにされたままぶら下がった。
     うわごとのように、もしくは自分に言い聞かせるように呟くエリノア。
    「提案したのは私。責任を負うべきは私なのよ。他に誰も罪にとらわれる必要なんかない」
     拳を握る。
     握りしめ、殴りつける。
     血が吹き出て、顔にかかった。
     なおも殴る。
     殴る。
     殴る。
     血まみれの拳を振り上げ――。
    「キミは負うことにしたんだね」
     そっと手が誰かに包まれた。
     いや、この暖かさは知っている。
     さくらえが横に並び、そして握った拳に炎やシールドをまとめて纏わせた。
    「僕も一緒だ。どんなに無様に汚れようと」
     さくらえの拳が水死体をたたきつぶし、まき散らした。
    「生きてやる。笑って、生きてみせるよ」

     飛来するヒルの群れ。
     地面に叩き付けへし折ったギターの音で無理矢理に蹴散らすと、環はマグロランチャーをデスペラード姿勢で構えた。
    「私がこのナリで言うのも変ですけどね」
     放たれた毒の光弾が水死体に命中。腹を貫通して海へと消えていく。
    「あの日の選択、私は後悔してませんよ。選択しなきゃ、多くの命がぎせいになっていたでしょうから。それも、死ぬ覚悟なんか全然してない人たちが熱湯流し込んだアリの巣みたいに殺されていくっていうじゃあないですか」
     ふう、と息をつき、ハモの剥製に周囲のサイキックエナジーを流し込む環。
     勝手に動き出したハモが水死体の吐きつけた泥をはねのけた。
    「それにあの人たちは少なくとも死ぬ覚悟があった人たちですから。立場は違えど、お互い様なんですよ」
    「だーぁ! なんか事情はわっかんねえが!」
     三成が割り込み、斧とバベルブレイカーをそれぞれ両手に振り上げた。
    「命張ってなんかぶっ殺したってんなら胸張れ胸ぇ! でもって――」
     ずん、と水死体に杭を打ち込む。
     更に振り上げた斧を叩き付け、水死体を真っ二つにした。
    「またぶっ殺せ」

    「どうやら、過去のなにがしかと重ねているようだけど……」
    「あなたもそのクチかしら?」
     優とシャルロッテは漣香を両側から挟むように立ち、水死体に向けて構えた。
     といっても二人の構えは戦闘の構えとはとても思えないような堂々としたものだったが。
    「まー、そのクチっちゃあそのクチ」
     頭をがりがりとやって、漣香はちらりと泰流を見た。
     あなたも死ねば良かったのに。
     あの時は。
     あの時は、どんな風に言われたんだっけ。
    「けど、オレたちはずっと囚われてるわけにはいかないんだ。海、好きだし。姉ちゃんも海好きだったし」
     水死体が転がるように襲いかかってくる。
     シャルロッテはサラシを、優は鎖を放ち、海⾥と泰流が素早く切りつける。
     全身から血を吹き出し、崩れ落ち、上半身だけで這いずってくる水死体。
     漣香はそれを抱きしめた。彼の腕が切りつけられ、血のかわりに炎があがる。
     炎は広がり、彼自身もまたサイキックの炎を自らに纏い始める。
     水死体をめらめらと焼きながら、漣香は目を閉じた。
    「昔のオレじゃあないんだ」
     気づけば水死体は焼け落ち、優もシャルロッテも腕組み姿勢で武装を解いていた。
    「いつまでもびしょ濡れだと、風邪ひくわよ」

    ●もうすぐ夏が来る
    「いやあ、あれは二度と体験したくないですねえ」
     戦闘中の雰囲気はどこへやら、穏やかに笑う三成。
    「…………」
     シャルロッテは折角仕込んだネタの使い道がなかった次の機会にとっておこう、とよくわからない呟きをしながら海を見つめていた。
    「よしよし、よく頑張った。ああ、そうだ……」
     わんこを撫でていた優が、環に向けて振り返った。
    「もしあの時、あの状況で足止めを任されていたなら俺も同じことをしたよ。犠牲に感謝こそすれど、罪も悔いもなかったろう」
    「どうも」
     ハモにぺこりと頭を下げさせる操作をして、環は目をそらした。

     エリノアが肩をふるわせている。
    「後悔はしないわ。絶対に」
    「うん」
    「あの戦いを否定することになるもの、だから」
    「うん、分かってる」
     さくらえに肩を抱かれ、エリノアはうつむいた。
    「お疲れ様、頑張ったね」

    「…………」
     紗夜が、黒い海をぼうっと眺めている。
     表情に違いはないが、なにか張り付いていたものが落ちたような、そんな雰囲気があった。
     刺さったトゲに苦しみながらも、その痛みごと受け入れることにしたような……そんな、不思議な雰囲気だ。
    「ねえ、みんな。あのさ……」
     振り返る漣香。
    「海に行こっか。こんな真っ黒な埠頭じゃなくてさ、海開きされたビーチに。スイカとかビーチボールとか持って、水着のおねーさんとか見にさ!」
     夏がもうすぐやってくる。
     きっと幾度もやってくる。
     生きている限り、ずっとずっと。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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