魔法使いと時巡りの市

    作者:日暮ひかり

    ●intermezzo
    「皆さん、こんにちは! ……ええっと、初めましてかもしれませんけれど、ちょっとお時間よろしいですか? あっ、これよかったらどうぞ」
     この時期特有の冴えない空模様、じっとりとした空気にすっかり参り、教室の片隅でぐったりしている灼滅者たちにイヴ・エルフィンストーン(高校生魔法使い・dn0012)は球状の小さなアイスをさしだした。
     妙ににこにこしているから、きっとまた何か『いいこと』でも思いついたのだろう。そういう時期だったなと思い至る。驚いた事に今年で彼女も18歳になるらしいが、いつまで経っても天真爛漫でわかりやすい娘だ。
     6月12日は彼女の誕生日。曰く、『皆が笑顔で過ごせる素敵な一日』だそうだ。

    「今年はお城です。イヴと一緒に時間旅行に行きましょう!」
     そう言って、どん! と見せられた雑誌に書かれていたのは、とある城址公園で開催される大骨董市のお知らせだった。趣味が合わないらしく例年イヴの誘いには狼狽していた鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)と哀川・龍(降り龍・dn0196)も、今年はわりと反応がいい。
    「城ってまたどんなメルヘンな代物かと思えばこっちの城か。君にしては趣味がいいな」
    「はい。西洋のお城も綺麗ですけど、日本のお城もどっしりしてて素敵ですよね。君にしては、はちょっと失礼ですけど!」
    「骨董。あー、そういえばアンティーク好きなんだっけ。……ていうかアンティークってなに……?」
     アンティークというと敷居が高く感じるかもしれないが、要は古い品物だ。
     一応『作られてから100年以上経過した雑貨や美術品』という定義はあるが、厳密に区別はされておらず、比較的近代のものでもアンティークと呼ばれる事がある。
     何万もする高価な家具や絵画もあるが、一万円以内で買える手の届きやすい雑貨だってあるし、ボタンや鍵などのミニグッズになればワンコイン。小学生のおこづかいでも買える品が見つかる。
    「へー。思ったより難しくないんだな」
    「アンティークって実はとっても幅が広いんですよ。なので、見に来るだけでもぜひ!」
     当日は、公園内にさまざまな趣向を凝らした多種多様な露店が軒を連ねるようだ。
     収納や椅子などの家具、ガラス工芸品や陶器などの食器類。アクセサリーに時計やバッグ、カメラやラジオもある。かわいい人形やぬいぐるみもあれば不気味な置物の専門店もあるし、ワケあり品が並ぶ怪しい店には意外なお宝が埋もれているかも。古書や服だってアンティークのうちだ。
     世界各国から時を越えて集まった品々が、お城の見える公園を賑やかに埋めつくす。
     城下町を散歩するお姫様やサムライさんの気分ですよね、とイヴは笑った。
    「お城ですから、和服で来てみるのもいいかもしれませんね。それでは、イヴの魔法にかかりにきて下さいね。お待ちしてます!」

     今年の6月12日は、魔法使いの魔法でちょっとした時間旅行へ。
     梅雨の合間のお宝探し、ご一緒してみませんか。


    ■リプレイ

    ●二人の時間
     時間旅行という響きはいい。人を渡って来た品には何気なくとも物語がある。古着で浴衣とか覗きたいと思ったら、和装の似合うあの顔が浮かんだ。
     粋な誘いにも鈍い言葉で返す撫子、藤乃は今日も斜め上。珍問答の数々に供助も思わず苦笑いしつつ、藍地の浴衣を物色する。わざとか、素か――読めぬ横顔を眺めていたら見つけた、涼やかな一枚。
    「此れ、似合いそう」
    「私には可愛らし過ぎましょう」
     寄せられた白撫子柄に藤乃は狼狽し、苦笑を返す。
    「ならどんなのが好きだ」
    「いえ、お見立てに不満という訳では……雪輪柄などは好きですけれど」
     沈黙。
     あちらに妙な気配の蛙の置物がと突如踵を返す、不器用な誤魔化し方に供助はまた笑う。ならばその背を追って、よし、調査に参ろうぞ。

     曇りなき六葩の小柄は、幼き頃に憧れた烏芥の父の遺品に瓜双つ。愛刀に差せば不思議と馴染んだ。透かし桜の髪飾りに柳は遠く懐かしの母を想う。守る強さを得るまで再会しまいと誓った日のことも。
    「僕は僕なりの強さを見つけつつある……と思う。日々の縁を大切に、いつか胸を張ってあなたに会える自分になる……そう思っているのです」
    「……私もです。必ず強く。彼の背中へ次こそ届くよう」
     幾度も胸に刻んだか、誰かに話した事は無かった。誓いを声にし響かせると気が締り、不思議と胸の裡も僅かに軽くなる。
     耳をすまし、互いの描く情景に想い馳せれば心は緩み、温まる。其れは己の新しい強さに繋がるものかもしれない。二人の武士の【柳烏】は、佳き移ろいに向け城下を出立する。

     一年経てば新しい部屋も物が増え、収納を増やしたくなる頃合。折角なら愛着のある物をと、新しき居場所を探す家具たちの中を歩く。ガラス扉の薬品棚にふと心ひかれ、壱は足を止めた。
     みをきも一目惚れし、「わぁ」と感嘆の声。理想のサイズ感、状態は良くはないが掃除して色を塗れば見違るほど輝きそうだ。曇った硝子も緩んだ取っ手も、二人が一緒に手入れしてくれるのを待っているかに見えた。
    「そういえば何仕舞うの?」
     大方食器や料理道具だろうか。壱の予想は不意打ちの告白で裏切られる。
    「壱先輩から貰った品々をいつまでも手に取れる場所で綺麗に飾っておきたいんです」
     だから、何を飾るかは――まだ、ナイショ。そっと返された耳打ちに、二人は目を見合わせてはにかんだ。

     髪色と同じ濃い紫の地に紫陽花の柄、薄い水色の帯を締めた拓馬に寄り添うのは、薄縹の地に菖蒲の柄の単衣に留紺の帯、白練の帯留めの樹。今日はペアの日用品を探しに来た。
     普通のペアも悪くないけれど、長い時間を過ごしてきたアンティークは、その間壊れずに大切にされてきている筈だからと樹は微笑みを交えて語る。
    「それにあやかって、ふたりの時間が長くなってもいい関係を続けていきたいのよ」
    「そうだね。それに普通にショップやネットで買うより、こうして特別な買い物で一緒に探して買ったものの方が、想い出として記憶にも深く残るしね」
     だから焦らずじっくり楽しもうと、拓馬はペアのマグカップを手に取る。一番はカップだけれど、他の物もいい。二人で末永く使えるなら。

     横から覗きこむ茅花へ、御伽は手に取った宝を披露する。触れるのは気が引けても、楽しさを語る瞳は雄弁だと笑って。
    「御伽さん。前にお願いしたの、憶えてる?」
     きらきら輝く視線の行先はまあるいパールのシンプルなピアス。交わした約束を一つ一つ辿り、あれか、と思い至る。
    「俺がピアス開けてやるって話?」
     正解。ぴっと伸びた指は決意表明と見え、和んで二つ返事した。華やぐ茅花の両手には、白と黒の対のピアス。
    「一個づつ付ける?」
     迷うような提案。きょとんと一拍置いたのち、御伽ははにかむように笑った。
    「……ふは、じゃあお揃いで付けるか」
     せっかくだし俺ももう一個ピアス増やそうかな。私が開けてあげようか。可愛い戯れに目を細め、返したのは勿論――Yesだ。

     何着てても似合うなぁ。精悍な袴姿に釘付けの華月へ、その言葉は返すと雷歌は照れ臭げに言った。
     古き良きものに親しむ娘は、白練の地に淡藤の麻の葉文様、鉄紺の帯で市を舞い遊ぶ。硝子の髪飾り、銀のピアス――次々目移りする姿も風に乗る羽根のよう。
    「雷歌さん、何探してるの?」
     ひょこ、と顔を覗かれたから、思わずうお、と声あげて。
    「あー……これ。似合いそうだ、と思ってな?」
     白い頬につまみ細工の簪を添えたら、悪戯に笑う華月の顔が驚きで染まった。
    「……私、に?」
     やっぱりそうだ。この青い髪には、紅がよく映える。
     時を纏って生まれる輝きに惹き付けられるのなら、この時間と想いも褪せることなく輝くように。そしていつか、二人の大事な宝物となりますように。

     素敵なお爺ちゃんをお迎えできるとええよねぇ。希沙らしい言葉に、小太郎もええですねぇと微笑む。絡めた手を揺らし、探すお宝は貯金箱。
     絢爛な品々に埋もれた、古い木箱と目があった。深みある木目には蔓が彫られ、際立つ金細工の鍵穴。控えめでもよく手入れされた品は味わい深く、何処かとても、こころに馴染む。まるでずっと待っていてくれたかのように。
    「……こたろ、これ、どやろ」
    「……出逢えましたね。お迎えして、分けっこしましょ」
     鍵と箱はふたりで分担。良いことあったらお金入れ、貯まったらぷち贅沢の幸せ貯金。貯める時も開ける時も、きっと笑顔のオレ達がいる――ずっと、いる。
     いつか一緒になる未来まで、その先も。ふたりの幸せを蓄え、刻んでいけますように。

    ●時巡りの魔法
    「もしも過去に戻れる魔法が使えたら、使ってみたいと思うか?」
     本当に時を巡ることが出来たら。確かに面白いが、出来るからといって何でもしてしまうのもなと幸太郎。その言葉にイヴは少し考えて。
    「でも使います。魔法使いが使わなかったら魔法は消えちゃいますから」
     魔法もある意味でアンティークか。過去に飛んだ魔法使いはオーパーツに入るのだろうかと、旅人達は空想談義を巡らせる。
    「おっと、誕生日おめでとさん。缶コーヒーは飲めるようになったか?」
    「来ると思って……大人の記念に買ってきました! 乾杯してくれますか?」

    「温故知新、ですか。ふふ、イヴもその言葉は大好きです」
    「時間は物事に魔法をかける偉大な魔法使いです。長い時間を耐え抜いたものは、それだけで重みを持ちます」
     様式はアール・ヌーヴォー。描かれた女性は春と冥界の女神プロセルピナか。目先の流行に目を奪われる方が多いのは寂しいと、紅緋は花瓶を見て呟く。難しい話や迫力のお宝を前に聖也は首をひねるばかりだが、おめでとうの言葉と微笑みにはイヴも礼を返した。
    「あ、このコイン、千円……私でも買えそうなのです。惹かれる物があるのです!」
     本物かレプリカか、描かれたのが何の植物か。気に入れば価値も意味もどうでもいいこと。大切なのは宝物にしたい気持ち。コインを綺麗と感じ、どの花を活けようか考える、その心だ。

    「歴史を感じられる小物とかいいですよね……あ、こういう懐中時計なんて……なんて……た、高い、ですね……」
    「まずは買ってみるのもありだよ。使っているうちに愛着がわくかも……?」
    「そうだよ、一期一会だし迷ってるなら買っちゃえ♪」
    「……よし、買っちゃいますっ」
     桁の多さにむむむと悩むオリヴィアだが、出会いは一期一会。凜とさくらえの言葉に押され購入を決意する。隣には真鍮のボディーに革のベルトのシックな手巻き時計が二つ。前の持ち主は夫婦だろうか。不揃いな傷跡に人の歩みを見て、久良は一目で気に入った。
    「人に歴史ありって言うけど、ものにも歴史があるよね。大事に使われていたものって気持ちが残ってる気がするんだ」
    「なら今日は沢山の人の気持ちに触れられそうだ」
     常連客達を連れ、ぶらりと時を旅する【フィニクス】の店長、勇弥が笑みを返す。
    「私はキッチン雑貨を探しに来ました。片手鍋がメインですが、お玉とか泡だて器も見てみたいな。こういうのは勇弥さんが詳しいですよね」
    「そうですね、神凪の家の鍋、そろそろ新しいのを買った方がいいかもですね。皆良く使いますし」
    「湯呑セットは持っているのですが、洋風のティーセットを持ってなくて。私達にもアドバイスを頂けますかね?」
     双調と空凛の夫婦が連れ添う姿に、義妹の陽和も嬉しそうだ。勇弥のプチ講義には皆興味津々で聞き入った。ティーセットと調理用具一式を抱え、思った通り荷物が多くなりましたねと双調は苦笑する。
    「まあ、これも楽しい時間に必要とあらば」
    「帰ったらすぐティータイムにしましょうか。もちろん、陽和も一緒に」
     羨ましげな陽和の視線に気づいた空凛が微笑むと、妹の顔はぱっと輝いた。浴衣姿の零花も和洋のティーセットを買い、愛猫にも何か買おうかと辺りを見回す。
    「この黒猫柄のお皿なんて可愛いですよ」
    「……あ、イヴさん。……お誕生日、おめでとうね」
     使ってくれるか分からないけども、と皿を眺める零花の唇がわずかに笑みの形を作る。浴衣だって見たいし、市には興味をひくものがたくさんだ。
    「俺もやっぱりこのあたりは気になるなあ」
    「神鳳さん、この花瓶もどうですか?」
     カウンターに飾ったら華やかになりそう、という凜の案を景気よく採用。食器や珈琲ミル、燭台にダムウエイターも……とめどなく溢れる店主の夢に、気心知れたるさくらえはくすくすと笑う。
    「めいっぱい迷ちゃうといいよ。運べる程度にね?」
     もっと色々充実させたくてさ、と勇弥は照れ笑いを返す。さくらえは隣の装飾品店に並ぶ簪に目を留めた。精巧な透かし彫りが施された金細工。和装にも洋装にも合いそうと、贈りたい人の姿を想像してみる。もらった人も嬉しいよという久良の言葉に、小さく笑んだ。
     鈴音と天音、氷上姉妹の探し物は互いのための贈り物だ。来月の誕生日にとローズクォーツの腕輪を見ていた天音は、金具で止めるワイヤータイプを見つけにっこり。これなら外すのも楽だし、お仕事中も小袋に入れてお守り代わりに持ち歩ける。今日も浅葱の袴の神主服が凛々しい姉は天音の誇りだ。
     そんな頑張り屋の妹へ、鈴音が選んだのはソーダライトのイヤリング。宝石言葉は恐怖心の払拭――私がいない間も大きな任務へ向かい、運動会の選抜競技ではMVPを取ったからそのお祝いも兼ねて。
    「このシルバーのブローチ素敵! 私でも買えそうな値段だし磨けばまた輝きそうだね」
    「ええ凜ちゃん、とても似合ってるわよ」
    「先輩達はどんな掘り出し物見つけたの?」
     見つけた宝物を抱え、感想を語りあう。皆の言葉にうんうん頷くイヴへ久良がにこりと笑いかけた。
    「イヴさん、改めて誕生日おめでとう。楽しい日をありがとう」
    「こちらこそ! 今度はぜひカフェにお邪魔してみたいです」
     鈴音からライラックの花を象った手作りキャンディ入りギフトボックス、天音からシトリンとムーンストーンのペンダントを受け取り、頑張る決意を新たにしたイヴ。これも似合いそう、と手にした指輪の値札を見た凜は……。
    「……ゼロの数が多すぎる……」
    「さ、さすがにそれは貰えません!」
     大慌てしあう二人を見て皆、朗らかに笑ったのだった。

    「これ……イヴさんに似合いそうじゃないですか?」
     水織と一緒に店を回っていたイヴは『妹想いの良いお姉さんですね』との店員の言葉に目をぱちくりさせる。その褒め言葉は水織に向けられていたからだ。髪の色や服装が似通った二人、水織のほうが背が高いのでそう見えたらしい。
    「ふふふ。水織さんも大人っぽくなりましたけど、イヴはもっと大人ですからこの高い指輪を買っちゃいます」
     あまり大人なコメントではない。その負け惜しみを耳にしたひよりは思わずくすりと笑った。
    「イヴちゃん、素敵なものは見つかった?」
     硝子釦に手編みのレース、細やかな刺繍のリボン。全部素敵で目移りしちゃうよねと、白い日傘から微笑みを覗かせる。淡い空色の木綿の着物、縹色の帯も淑やかだ。
    「今日のひよりさんが素敵です、なんて♪」
    「えへへ、そうかな。それじゃ、これもね。お誕生日おめでとう!」
     ひよりが渡したのはつるりと綺麗なエナメルの黒猫のブローチ。お揃いなの、と白猫のブローチを見せて笑いかける。
    「わあ……お揃いって仲良しの印みたいで憧れだったんです。やったあ、お揃い!」
    「お誕生日ってことで私もどれかひとつプレゼントしちゃうわ。さあ、この中から選んで!」
     セイナが自信満々に選んできた前衛芸術の数々を前にイヴは固まった。屋敷の高価な調度品も彼女の美的センスは鍛えてくれなかったようだ。
    「ええっと……このキリンのようでゾウにも見える……犬? のスプーン……ある意味可愛いです!」
     本当にこんな小物でいいのと首を傾げるセイナ。けれど、もう立派なレディねとお嬢様に褒められれば光栄だ。いつか色々気になるお屋敷にも遊びに行きたいな、とイヴは夢を見た。
    「イヴさん、お誕生日おめでとうございます。ささやかですが僕からの贈り物です」
     イヴさんのお眼鏡に適うか分かりませんがと敬厳は緊張気味だ。綺麗にラッピングされた包みを開けると、赤と緑のビーズの髪飾りが。
    「わあ、大人っぽくてとってもオシャレ。素敵です!」
    「アンティークには全く明るくないのですが、髪色にも合いそうだと思ったので……」
    「ふふ、せっかくだから今つけてみますね」
     店員にアドバイスを貰い、悩みに悩んで購入した品だ。気に入ってくれてよかったと敬厳は照れ笑いを浮かべた。

    「お誕生日おめでとうございます……えと、クッキー焼いてきました……」
     夕刻、人目を避けて現れたミリア。猫や帽子の形が可愛いクッキーにイヴは破顔する。
    「わあ、20個も!」
    「イヴさんの年齢に届きませんけど……今日でひゃくじゅう……?」
     凄い誤解があるようだが、魔法使いだし不老不死もいいなとイヴは満更でもなく思った。オススメした『あんちーく』な猫のぬいぐるみの値段も取り違えている所を見るに、英語の赤点は注意力の問題……かも。
    「はぅ、イヴさんに先に卒業されそうです……」
    「が、頑張りましょう!」

     失われたもの、変わらないもの、移ろうもの。
     好んで集める奴なら傍にいる。馴染みもあるが、自分も手に入れたいとは思わない。手元に置くより誰かに預かってほしいとキィンは語る。
    「扱うと壊れそうなものはそばに置いときたくない。特に物となるとあまり大事にする自信がなくてな」
    「優しいんですね。ではお気に召した子、イヴが今日の想い出と一緒に大事にお預かりしましょうか」
     ふふりと無邪気なおねだりには面食らうも、買ってくれ、とは言わないか。確かにレディに近づいたかもなと思った――18歳、おめでとう。

     残り物にゃ福がある。ちらほら店じまいも始まる頃、悪びれぬドヤ顔でやっと現れた錠に葉は思わず「死ね」と毒づく。殺意のじゃれ合いも程々に駆けこんだのは、所狭しと宝が並ぶ年代物のレコード専門店。
     渋くてカッケェと錠が手に取った一枚は、四半世紀以上活動している海外ロックバンドのファーストLP。何処かで見たような――ああ、そっか。
    「……お前プレイヤー持ってる? なきゃ俺が自前の持ってくわ」
    「持ってる。俺ンじゃねぇけどな」
     金色の西陽が、葉の遠い記憶を懐かしく縁取る。くるくる回る黒い円盤を面白がって見ていた日。また俺等の部屋には家具が増え、色褪せた時を染め直す。
     会計トレーの脇に並んだ真鍮のハットピンに、親愛なる魔法使いの顔を見る。プレゼントにしよーぜと悪戯に笑み交わし、葉はその分の代金を上乗せした。

     白地に紫陽花柄の香乃果、蘇芳色に白ウサギ柄の穂純。浴衣姿も愛らしい女性陣が楽しげな一方、普段着で来た峻の目が死に気味なのは市の物価のせいか。相変わらずな【リトルエデン】を見つけ、イヴは駆け寄った。鷹神と龍も一緒だ。香乃果にまた半年遅れの誕生祝いを貰ったらしい。
    「大量に本を買い込んでしまった所にブックマーカーは嬉しいな。お前も勉強しろよ哀川」
    「…………頑張る。ありがとな」
    「今日のイヴさんはアンティークプリンセスさん! お誕生日おめでとうございます!」
     今年も魔法で一日いい天気だった。青空も時間旅行に参加したかったのかも、と穂純は無邪気に笑う。真珠みたいなパーツと星型パーツがいっぱい付いた髪飾りは、キラキラきらめいて魔法のよう。きっとイヴさんに似合うよ、とさしだした。
    「とっても可愛い! 穂純さんのセンスが光ってます!」
    「俺からも5年目5回目のおめでとう。5年分の感謝の気持ちと共に受け取ってくれ」
    「関島さん……お財布が心配ですが有難うございます!」
     峻からは苦心して選んだ蝶の形の翡翠のブローチ。和服の時は帯留にもなるとは店員からの受け売りだ。
    「18……そうか18……え、穂純ももう中3だと……やばいな」
    「関島さん1人で時間旅行しちゃった?」
    「時の中を歩み続けるから喜びや幸せと出会えるの。良かったら、今日見つけたり贈られた宝物を入れて下さいね」
     最後に香乃果が渡してくれたのは――猫脚の可愛い宝石箱だ。
     時は過ぎゆく。だが時が流れるから思い出も増える、つまりはこういう事。もっと思い出を増やそうねと笑いあった一日を、大切にしまうための場所。今一番探していたものかもしれませんと、イヴは宝箱を眺めて微笑んだ。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月19日
    難度:簡単
    参加:39人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 4
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