同情誘いの淫魔

    作者:るう

    ●とある高校前
    「以前の戦いで首魁『大淫魔サイレーン』は滅ぼしたけど」
     そんな風に切り出してから、竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)はそびえる校舎を指差した。
    「どうやら、その後も細々と活動していた淫魔が、この高校に入り込んだようなんだ」
     彼女の目的はご多分に漏れず、自分のハーレムを作る事。しかし、他人を色香で惑わす多くの同族らと違い、彼女は別の方法で一般人の気を惹いているという。
    「それは……可哀想な人を演じて同情を集めるって方法だよ」

     淫魔が周囲に語っているのは、こんな設定だ。
     彼女の両親は前近代的な思想の持ち主で、彼女は厳しく躾けられている。髪も染めず、三つ編みお下げで、スカートも膝下より短くしない地味な姿をしているのは、両親が派手な格好を許さないからだ。
     そればかりか彼女は、帰宅後に友達と遊ぶ自由も許されていない。なので、せめて学校くらいでは仲良くしてほしい……。

    「そんな事を言われたら、誰だって親身になりたくなるだろ? でも淫魔は、そうやって下心ある男子が近づいてくれば、純粋すぎて何も知らないフリをして不純な関係に持ち込ませようっていう、したたかな計算をしてるんだ」
     だが……その手口さえ判っていれば、灼滅者たちも彼女を罠にかけると思わせて誘い、逆に罠にかけようとする彼女を、さらなる罠で待ち構えて灼滅できる。
     つまり、段階としてはこういう事になるだろう。
    「まずは、転校して彼女にアプローチして、『信頼できる取り巻き』の座を手に入れる。それから彼女を呼び出して、そのまま灼滅してしまう。
     このうち、重要なのは恐らく最初なんだ……淫魔は敵意には敏感なはずだから、呼び出された先に信頼できない人がいれば、害意に気づかれて逃げられてしまいそうな気がするよ。なるべくみんなで信頼されておいた方が、灼滅失敗の危険は少なくなると思う」
     もっとも……そんな面倒な事をせずとも、一般人を巻き込む覚悟でいきなり攻撃すれば、逃さず灼滅できるだろうが。
    「でもやっぱり、それはどうにも信頼させられなかった時の最終手段にしたいな」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)
    富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)
    フィアッセ・ピサロロペス(ホロウソング・d21113)
    エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)
    秋山・梨乃(理系女子・d33017)
     

    ■リプレイ

    ●切っかけ
    「こんにちは、あなたが学級委員さんですか?」
     覗き込んでくる華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)の顔を、淫魔は驚いたように見返した。それから、気恥ずかしそうに目を逸らす。
    「いえ……私は違いますけれど……」
     俯いて呟いた。もしかすると彼女には、声をかけてきたのが自分好みの男子というわけではなかったので、とっとと話を切り上げたいという算段もあったかもしれない。
     けれど紅緋の方はといえば、そんな事お構いなしだった。
     しっかりと彼女の両手を取って、目をきらきらとさせてにっこりと笑い。
    「でも、真面目そうじゃないですか。あなたなら信用ができそうです。転向してきたばっかりでまだよくわからないので……この学校のこと、私たちに教えてくれませんか?」
    「私たち?」
     淫魔が怪訝な顔を作ると、紅緋は少し離れた席を指差した。そこでは美しい銀糸の髪を腰まで垂らした女生徒が、無関係な一般生徒らに囲まれている……広げたロリータファッション誌を読み進める事もできず、困ったような表情を浮かべながら。
     女生徒、フィアッセ・ピサロロペス(ホロウソング・d21113)は一度、すがるような視線を淫魔に向けてみせた。もしも彼女がかつての――あるいは未来の――自分であれば、それを足がかりに『仲良く』なって、『影響を受けてイメチェンした』という体で、自らの目的に利用しようとするだろうから。
     そんな淫魔というダークネスの本性を嫌というほど理解していながらも、フィアッセはそれから微笑みを浮かべた。
     その『目的』のために張り切りすぎていて心配な紅緋ほどではないけれど……彼女も考えずにはいられない。言葉を交わせる、まだ人間社会と共存できるだろう相手を滅ぼして得る『癒し』に、果たしてどんな意味があるのだろうか、と。

    ●遊びの約束
     互いに真意を隠しての学校案内を終えて昼休み。一息吐いた淫魔の周りに、近寄る者はほとんどいなかった。
     でも……彼女はそれでいい。だって、寂しそうな彼女に声をかけてくる男子こそが、彼女の標的なのだから。
     ……が。
    「こんにちは! ボク、エメラル!」
     声をかけてきたエメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)は女の子だった。一方的に彼女は喋る。転校してきたばかりで友達がいなくて、手にお弁当を持ったまま、お昼をどうしようかと悩んでいたら……ちょうど目についたのが同じような境遇の淫魔!
    「お弁当かな? 学食かな? もしよかったら、一緒に食べよ!」
     エメラルは勝手に前の椅子に陣取って、あれこれ質問を投げかけた。淫魔は最初は戸惑った表情を、それからほっとしたような笑みを浮かべて、次第に自分のことを語り始める。
    「私は園池・ナツミ。あまりこうして他の方とお話する機会はないので、嬉しいです」
    「そうなの?」
     エメラルが不思議そうに訊き返すと、無理したような笑顔を作って答える淫魔。
     吐露する自身の境遇は、きっと、気を引くための嘘なのだろう。けれどエメラルは始終ニコニコとして。
    「寂しいね……。なら、放課後に遊べない分、明日からは休み時間にいっぱい遊ぼ!」

    ●忙しい日々
     次の日から、淫魔ナツミの周囲には、人がひっきりなしに訪れるようになっていた。
    「うちも両親に加えてお姉ちゃんまで五月蝿いので良くわかるのだが……友達と遊ぶのまでとは大変だな……」
     ナツミの身の上を聞いて絶句する秋山・梨乃(理系女子・d33017)。暑くても制服をきっちりと着込む、理知的で落ち着いた眼鏡女子の姿は、淫魔に自分が良き理解者である事をアピールして警戒心を和らげる。
     そこへと一人の男子が大量の紙束を抱え、満を持して登場!
    「そんな君に、多分向いていそうなゲームがあるんだ。TRPGっていう、会話で進めるタイプのゲームだよ。あ、オレは竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)。よろしくね、あき……あ、ごめん、中学の時の友達に似てたから!」
     思わせぶりな一言をつけ加え、淫魔が興味を持つよう仕向けてみた。実際、これから勧めるゲームは淫魔の衝動を発散させる役に立つと思うし、登としても同じ趣味の仲間が増えるほど嬉しい事はない!
    「ゲームなんてトランプくらいしかやった事ありません。……大丈夫でしょうか?」
    「もちろん! それなら、なおさら一緒にやろう! 義妹になって義兄を攻略するTRPGを!」
     なんか周囲の一般生徒がドン引きした気がするけど気にしない。いそいそと説明をしていると、続々とTRPG仲間たちがナツミの周囲に集まってきた。
    「ほう、そのシステムは初めてですが面白そうですね。ご両親が厳しいようですが……それを掻い潜って遊ぶのは楽しそうです。特にこんなゲームでは」
     ざっとルールに目を通し、手早く無駄に元気すぎて暴走する系のキャラを構想したのは富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)だった。彼のキャラ、「義兄の入っているお風呂に突撃!」だとか、「義兄の布団の中に侵入!」だとか、そういう演出を想定しているらしいけど……義兄を演じるGMが登だって事は解ってるね?
     梨乃も、一緒に遊べば理解も深まるから参加したいと申し出たけれど……君は同じ『テーブルゲーム研究会』の先輩相手に「べ、別にこれはおおお兄ちゃんのためじゃないんだからね!」なんて演技をするのかね? 両者恥ずか死エンドになっても知らないからね!?
     もっとも、部長の紅羽・流希(挑戦者・d10975)に言わせてみれば、それもまた青春の一コマに違いなかった。いつの間にか高校に潜入するのに『エイティーン』が必要になってしまった身としては、彼女らの若さが眩しい……もっとも彼自身、ノリノリでケモノっ娘を演じようって程度には若いが。
    「学校で、仲間とコミュニケーションが取れ、しかも楽しいと来ております……。さぁ、園池さんも一緒に楽しみませんか……?」
    「はい……皆さんに、是非ともご教授いただけると嬉しいです」

     薄幸そうだが強く頷いた淫魔の毎日は、これから忙しくなりそうだった。
     朝、遅すぎず早すぎないいつもの時間に登校したら、姿を見つけて廊下の向こうから飛び込んできたエメラルにハグされて。
     授業と授業の合間には、フィアッセに雑誌を見せてもらってファッションのお勉強。占いや、話題のスイーツや、お洒落なカフェの話を真剣に聞く彼女の姿は、きっと男子たちからは頑張り屋さんと評価されるはず……もっとも、例のエキセントリックなTRPGが、折角の評価をTG研の面々の評判ごと地に堕としそうだったのだけれど。
     それでも彼女の立場なら、「自分は誘われたから律儀に参加してるだけ」という受け身の姿勢を貫く事で、周囲からは「変な奴らに巻き込まれた可哀想な人」と同情して貰えるので悪くなかった。それも、ゲームに参加する男子たちには唾をつけたままで……。
     両立には、バランスが大事になる。時には別の先約を入れておいて、申し訳なさそうに彼らの誘いを断らないといけない。だからそういう時、ナツミは紅緋に、羨ましそうな顔で懇願したりする。
    「あの……雑誌にあったみたいなドレス、お持ちなんですよね……?」
    「ええ。よければ家から持ってきますので、明日のお昼休みにでも試着してみます?」

    ●小さなファッションショー
    「こんな……感じでしょうか?」
     女優のように一回転してみせたナツミへと、幾つかの拍手が投げかけられた。
    「ええ、とても素敵です。三つ編みを解くと、長い黒髪がよく映えて……」
     満面の笑みの淫魔を褒め称えながら、フィアッセはふと考える。
    (「今、彼女が演じているのは、闇堕ち前の自分なのでは? こんなささやかな喜びも、闇の力を得なければ許されなかった境遇……」)
     フィアッセは貴女のお友達ですよ。そう、彼女に伝えてみる。淫魔が驚いた顔を作ると、さらにエメラルが飛びついてハグ。
    「園池さえ望むなら、ボク達は友達になれるんだよ? だって、ボク達はこんなにキミと友達になりたいんだから!」
     その時、彼女が一瞬だけ哀しげな顔を作った事に、淫魔は気づいてはいない。何故なら全身を強く抱きしめられた彼女は……。
    「あの……苦しいです……。特に、胸のあたりがキツくて……」
    「ああ、そーですか」
     ナツミが恥ずかしそうに白状すると、紅緋はわざとらしく口を尖らせて、拗ねたように腕を組んだ。いかに地味っ娘淫魔といえども、その肉体は豊満である。関係を結ぶまではじっと隠すが、いざ事が起これば獲物を掴んで離さない強力な爪に、紅緋の胸が太刀打ちできるわけがない!
     けれど、そんな話は誤魔化すように、紅緋はそのまま別の話へと発展させる。
    「それより、普段からできるファッションも考えましょう。手首にシュシュとか、三つ編みにリボンとか、家にいる時だけ外せばいいものもあるんじゃないですか? 明日、試しに幾つか持ってきてみましょう」

    ●いもうと!
     次のTRPGセッションの日、ナツミは紅緋から貰ったシュシュを、控えめに手に嵌めて現れた。それでもイマイチな印象を受けるのは……恐らく、その方が彼女の目的に都合がいいからだろうけど。
    「最初から無理しても仕方ないのだ」
     そんな梨乃のアドバイスもあって、どうにか苦労して作り上げたナツミのキャラは、彼女自身をモデルとした、控えめで地味な、大人しいタイプになっていた。
    「これなら、ありのままにキャラクターを演じられるだろう。ただし、いざという時は積極的にアプローチをするのだ」
    「はい……」
     曖昧な返事をする淫魔。恐縮そうに身を縮こませながら、どこまで『本気』を出すべきかを見計らっているのかもしれない。
     ならば梨乃も登もここで、『基準』を作ってやらねばなるまい。
    「か、勘違いしないでよね! こうして助言したのはあなたのためでも……ま、ましてやその方がお兄ちゃんが喜ぶからってわけでもなくって……そ、そう! その方が私が楽しめるからよ!」
    「ひゃーはっはっはっは! それでこそ、この私の妹よ! 貴様が存分に楽しんでこそ、この兄も歓びを味わえるのだ……! さあ、他の妹たちよ、貴様らも存分に楽しむがよい……望むなら、寛大なこの私がその手助けをしてやろう!」
     そんな演技を横で見て、顔を見合わせる流希と良太。
    (「いやはや、秋山さんも竹君も、既に気合いは十分ですねぇ……」)
    (「空き教室を確保して、サウンドシャッターを使っておいて正解でした。ところで僕たちは……あの難易度の高そうな義兄を攻略するのでしょうか?」)
     ……やるしかない。
     二人の意見は一致した。ゲーム難易度がどうであろうと、ロールプレイのリアル難易度が至難であろうと……ついでに淫魔の地味な見た目が梨乃の姉に似てようと、真剣に立ち向かわねばTG研の名がすたる。
    「では僕は……お兄ちゃんが建物の屋上で高笑いしているところに、後ろから抱きついてやりましょう。『おっ兄ちゃ~ん! 見つけたーっ!!』 それはもう、一歩間違えたら一緒に落ちてしまうのではという勢いで」
    「ふむ……確か富山君のキャラは、お兄さん以外は目に入らないタイプでしたよね? ではここで(ころころ)登場して、ちょうど駆けてくる足元にいたという事にしましょう。『ふにゃーっ!? 尻尾を踏まれたにゃーっ!?』 そのまま、わけもわからずお兄さんに飛びついた……という形で同時攻撃しても構いませんか、竹君?」
     そんな好き放題な彼らと比べると、淫魔は地味に、だが時折、本性の片鱗を垣間見せるように動く。では、次のクライマックスシーン……彼女のキャラクターが溜め込んだ恋慕を解放とする時が、ナツミが正体を明かす瞬間になるのだろうか?
     が、その時、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。
     明日が……運命の日となろう。

    ●友情の明日は
     そして全てが終わる日がやってきた。
    「この一週間、一緒にゲームをして楽しかったですよ」
     約束どおりにやってきた淫魔へと、良太は率直に声をかける。
    「今から、クライマックスが始まります。これからも一緒に遊びたいのですが……あなたはどう思いますか?」
     できれば、と小声で頷く淫魔。だって……長かった計画もこれで成就するんだもの。
     けれども、彼女の期待とは裏腹に、流希は手に持っていたダイスを机に置いて、淫魔の前に立ちはだかった。
    「ただ……できれば、続きは別の場所でやりたいのですよねぇ。ご存知でしょうか……『武蔵坂学園』という名前を」
     その瞬間、さっと蒼白になる淫魔。すぐさま部屋から飛び出そうとするも、扉付近にはエメラルや紅緋、フィアッセの姿も!
     けれど、身構える淫魔とは裏腹に、彼女らはそっと手を差し伸べた。
    「あのね、ボク、嘘ついてたの。園池の話が嘘だって、知ってたんだ。でも……」
     紅く傷ついた翼を広げてエメラル。
    「……友達になれたらな、っていうのは、ホントなんだよ?」
    「……」
     淫魔が窓際にちらりと目を遣ると、そちらも流希に押さえられていた。逃げ場はない。けれど……今のところは殺意もない。
    「私は、ダークネスとの共存を目指したい」
     紅緋ははっきりと断言し、それから新生ラブリンプロダクションの映像を見せた。
     今は保護という名の学園の監視下にあるものの、アイドル道を見出した淫魔たち。演技派のナツミが門戸を叩けば、一般人を堕落させずとも、彼女の欲望を満たせるかもしれない。灼滅者たちとて採用の保証はできないけれど、ナツミが本当に望むなら、彼女らも受け入れてくれるのでは……?
    「せっかく仲良くなったんだから学園に来ない? 18禁展開はお断りだけど、多少の無茶なら大丈夫だから」
     そう言ってから登はつけ加えた。
    「これからもTRPGをしようよ、一緒に遊んで楽しかったし」
    「その通りです……ここで無益に争うより、手を取り合った方が建設的だと思うのですが」
     流希の誘いは脅しにも近かったけれど……灼滅者たちが淫魔にほだされたわけではないと明らかにする事は、決して忘れてはならぬ一線。
    「他の形の愉しみを見つけませんか?」
     フィアッセは訊いた。ダークネスと灼滅者の関係に戻りたくはない……彼女の注げる精一杯の情に、淫魔は応えると三つ編みを解いた。
    「そうね……私は愉しい生活が続くなら何だっていい。死ぬよりは窮屈でも後ろ盾のあった方が遥かにマシだわ」
    「ええ。ダークネス同士も利害が一致すれば手を組みますからね」
    「む……お姉ちゃんに似ていると思っていたら、本性を出すとぜんぜん違うのだ」
     そう語る良太と梨乃。淫魔は妖艶に微笑んで、自ら灼滅者たちの手を取った。
     果たして、彼女は共存への道を踏み出したのか? それとも、これもナツミが灼滅者たちを騙しているだけなのか?
     それは、すぐには評価できないけれど……少なくとも今回の一件は、誰の血も流れる事なく解決を見たのだ。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月12日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
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