運動会2017~なりきれ! コスプレ徒競走!

    作者:夕狩こあら

     二〇一七年、六月十一日。
     灼滅者にとって、この日ほど『天候』が気になる日はなかろう。
     或いはダークネスの灼滅に向かう日より大事な……そう、武蔵坂学園の運動会だ。
    「うおおおっ! 純粋かつ純然たる、仁義なき戦いッス!」
     気合十分に拳を突き上げる日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、
    「……おっと、手を休めちゃダメっすね」
     裁縫道具を再び手に取り、机に広げた生地に糸を通していく。
     見れば傍らに立つトルソーは製作途中の衣装を着て、もうひと工夫が欲しいところか――向かいの机でデザインの構想に耽っていた槇南・マキノ(仏像・dn0245)は、応援用の衣装作りに励む彼に頬笑む。
    「ふふ、皆のアイデアが詰まった仮装が見られるなんて楽しみね」
     トラックにどんな世界が広がるだろうと想像すれば、丸眼鏡が水を差して、
    「マキノの姉御はコスプレする必要ないッスよ。まんま仏像っすから!」
    「失礼よ、ノビちゃん」
     泰然自若――とは名ばかりのマイペースが、窓よりグラウンドを眺めた。

     目指すは、組連合の優勝。
     目指すは、個人競技のMVP。
    「そのうちコスプレ徒競走は、出場選手が衣装を着て走る競技っす」
    「賑やかで楽しそうね」
    「チッチッチ……姉御、甘いっす!」
     ノビルは差し出した人差し指を左右に揺らして言う。
    「この競技とて仁義なき戦い……ただコスプレ衣装を着て一着を獲ればいいという訳じゃないっすよ」
     丸眼鏡はキラリ光って、
    「重要なのはパフォーマンス! インパクト! エモーション!」
    「……スピードじゃない?」
    「うす! 競技中、ゴールまでどう駆け抜けるのかがポイントっすよ!」
     参加者が選んだ衣装でトラックを一周する。
     観客の前を走る間、そのコスプレに合ったパフォーマンスをして、観る者を魅了する。
     そうして最も感動を集めた強者にMVPが与えられるのだ。
    「それなら小学生から大学生まで平等に楽しめそうね」
    「運動が苦手だという人も、栄冠を掴める可能性は十分!」
     アイデアやユーモアで戦うのも面白い。
     勝利の鍵はひらめきにある、とノビルはアドバイスする。
    「単騎掛けも勿論カッコイイっす。でも、クラスや連合や友達同士で『テーマ』を決めて走るのもいいっすよね」
     様々な学年の者が垣根なく楽しめる。
     それこそがこの競技の素晴らしさだと、二人はにっこり頬笑んで、
    「楽しんだ者が勝ちよ。皆で運動会を盛り上げましょう」
    「っすね!!」
     窓に揺れるてるてる坊主にも衣装を着せたのだった――。


    ■リプレイ


    「今年もこの時期を迎えたか」
     低く艶のある声を隠した光影が、スタートラインに着く。
     端整を秘めたラバーマスクは海賊の親玉――その魂を降ろした彼は陽気に、
    「ヨーホー!」
     酩酊を愉しむ如く、豪快に歩き出す。
     彼が鳴らしたクラッカー銃が開戦の合図か、参加者は一斉に飛び出し、
    「往くぞ希沙之進。天下人の露払いを全うせよ」
     ぱしん、と畳んだ扇を碧落に、ホームラン予告をする小太郎殿が希沙侍を呼ぶ。
     紺地の羽織袴は爽風に翻って、
    「お館様、お任せを! 御幸を妨ぐ不届き者は、総てこの刀に斬り伏せましょう!」
     最初は照れていた侍も、抜刀一閃、華麗なる殺陣を披露仕れば、結い上げたポニーテールが愉しげに揺れる。
    「小太衛門様のお通りじゃ!」
     折に振り返る翠瞳は愛し主に頬笑み、無表情に隠れる感情を擽った。
     面映い主従関係を愉しむは、ご令嬢と執事を演じる千朝と悠士も中々、
    「それではお願いするぞ、執事さん?」
    「ええ、行きましょうかお嬢様。お足元にはお気を付けを?」
     揃って持ち上がる語尾も何処か蠱惑的に、優雅なエスコートが絶佳を引いていく。
     然し之も仮装――慣れぬ洋装に桜花が脚を惑わせば、漆黒の燕尾が身ごと支えて護り、
    「あ、ありが、とう……、感謝するぞ」
    「いえいえ、お嬢様をお守りするのが使命ですから」
     眼鏡越しの微笑に、花はほろ、と色付いた。
    「折角の運動会なんだから、楽しい思い出を残したいよね♪」
    「観客を楽しませるには、先ず自分達が楽しまないと!」
    「とにかく楽しく楽しませる。これを念頭に!」
     ぱちん、と軽やかなハイタッチで駆け出る【大活劇】は義気凛然。
     トラック一周でチーム名通りの立ち回りを披露せんと、先ずは悪の忍者こと武流が闇黒を差し入れば、正義のくノ一奏音が之を追い、
    「俺を殺れるとでも?」
    「……負けないっ!」
     凄艶が防戦一方に回ると、須臾、一陣の風がピンチを救う。
    「この世に悪は許さない!」
     二人目のくノ一、あるな登場!
     麗しピンクに助太刀するは、元気溌溂のイエロー。お揃いのレオタード衣装に、瑞々しい脚を魅せる網タイツもお約束。
    「いいぞー! やれー!」
    「頑張れ~!」
     遠目にも分かる差別化された装飾。
     キャラクター性のある大きな動作と機動。
     そして瞳に飛び込む華やかなアクションに、喝采が湧いた。
     時を共有する愉しみを知る【武蔵坂軽音部】は、観客を巻き込む魅力に溢れる。
    「ようそろー! けいおん海賊団のお通りや!」
     まり花の鶯舌が高らかに囀れば、切り込み隊長の葉月が晴々しく先駆し、

     七つの海を股にかけ、
     心躍る冒険と 目にも眩き財宝を。
     我らは欲して求めてやまん。
     いざ往かん まだ見ぬ大海原へ。

    「さぁ、楽しもうぜ!」
     歌と踊り、そして華麗な跳躍に魅了するは、サウンドソルジャーたる彼の神髄。
     彼の玲瓏に熱を上げた者は、頬に触れる涼に驚いた事だろう、
    「今日は熱ィよな!」
    「きゃあ!」
     刻下。
     船長の錠が錨を付けたロープをブン回し、水飛沫をミストと降らせた。
     麗顔はヒール全開、
    「七つの海の総ての快楽はこの俺のモンだ!!」
    「キャー! 冷たくて気持ちいい!」
     観客の笑顔を略奪すれば、そこに海兵が現れる。
    「海賊は縛り首よ!」
    「兄貴、姉御、覚悟するッス!」
     マリンルックのマキノとノビルが正義を掲げて飛び出すも、投げ入れた水風船は驚異の早撃ちに破られ、
    「望む処さ、返り討ちにしてやるよ! ほらほらアタシに撃たれたいのはどいつだい!?」
    「かっこいい!」
     女海賊アン・ボニーに扮する時生に、挙手がにょきにょき生え揃った。
     衆人の心を鷲摑みにする彼女に、相方メアリ・リードを演じる夜奈も綻んで、
    「ジェードゥシカは子分、ね。はいバンダナ」
     と、巻き巻き。
     イブシ銀の老紳士が仮装を施される隣では、ややコワモテのくろ丸(女の子です)が海賊に変身しており、
    「うん、……僕も頑張ろ……」
     仲間の眩しさと香気に力を得たイチは、妖しいオーラを纏い、無表情で水銃を構えた。
    「伝説のお宝……りんずとノビルくんは、僕が頂くよ……」
     一つは宝箱からひょっこり顔を出した福猫。
     一つは大航海を予知に支える人型羅針盤。
    「こいつはうちのお宝や! 誰にも渡さへん!」
    「にゃご!」
    「ノビちゃんを海賊にはさせないわ!」
    「うおおお……迷うけど、そっす!」
     其々の保護者が死守を宣言すれば、さぁ開戦。
    「お宝はぜえーんぶ、アタシ達のモンだよ!」
    「ライバルには、ようしゃ、しない。とくにジョーは、顔面ねらう」
     心地よい涼を広げる水戦に、観客が沸いた。
     編入してきたばかりの千早には、学校行事の全てが新鮮。
     今回の仮装競走も興味津々、幸いにもビアンカの助勢を得て有難く思っていたのだが。
    「なんで女装?!」
    「キレイな顔してるし、似合うかなって!」
     魔法少女――彼女の言う通り似合う己が悔しい。
     唯、ノリノリで愉しむ先輩の姿は愛らしく、
    「れっつまじかる!」
    「まじかる~♪」
     彼女に恥はかかせまい、と走り出した。
     さぁ、皆々が颯爽とスタートを切る中、やや出遅れる勇弥。
    「衣装重っ! 下駄怖ぇっ!? 例年のコルセットやハイヒールより動き辛ぇっ走れねぇっ!」
     例年の、と零す辺りに歴史が窺えよう。
     俎板帯も高下駄も、彼の俊足を奪う枷でしかないが、メイクに着付、所作諸々を仕込んださくらえは満足気に、
    「さあさ之より花魁道中、婀娜に歩いて貰うよ☆」
     日本舞踊学を四年も学べば、最早置屋のおかあさん。
     遊女を愛でるシーボルトは、肩を窃笑に震わせつつ、
    「お手を」
     と、エスコートした。
     その二人を過ぎるナイチンゲールも、歴史を飾る一人であろう。
    「負傷者はいませんか?」
     シエナは戦場に咲く花と駆け、競技参加者のみならず、観客にも慈愛を注ぐ。
     聖女は一縷の傷も許さぬか、
    「負傷者発見ですの!」
     生徒の一人に擦り傷を見ると、そのまま一直線……コースアウトした。
     トラック一周で物語『シンデレラ』を紡ぐ名役者も居る。
    「あっ、ダメ……魔法が解けて……こんな姿、王子様に見られては……!」
    「姫は何処に行かれるか」
     掃灰娘の姿で先往くシャオは、ガラスの靴を持って追う優を時折振り返り、
    「ひゃ、っ」
    「やっと捕まえましたよ」
     麗笑に包まれた瞬間、手渡された靴は白鳩と変わり、無数の羽撃きが歓声を呼ぶ。
    (「……極めた手品がこんな処で役立つとは」)
     蒼穹を舞う純白の羽根が、二人を祝福するようだった(ただの友人同士です)。
     洋の華麗あれば和の風雅あり。
     今年は『竹取物語』を演じる【糸括】は、主役に屈指のヒロイン・脇差を据えて気合十分、
    「なんで姫役俺なんだよ、納得いかねー!」
     本人以外は満場一致でトレードマークの兎耳を眺む。
     姫を拾い上げた明莉お爺さんも、大事に育てた紗里亜お婆さんも愛情深~く瞶めて、
    「我が家の金のなる木を死守するのじゃあぁぁぁ!」
    「月になど帰させるものですかー!」
     カッと瞠目。
     くわっと刮眼。
    「求婚した身だけど、お爺さんがめついね? お婆さんも眼力すごいし……」
     これには時の帝・輝乃も不穏を嗅ぎ取るが、姫の濡羽色の艶髪に、やさぐれた鋭眼に惹かれるのは演技でない。
     その姫の成長に、美しきに呼ばれた者は数知れず、
    「お迎えにあがりましたよ、かぐや姫。さあ、私達と帰りましょう」
    「さあ、かぐや姫っ。一緒に月に帰りましょう! なのっ!」
     月からは天女の千尋が、青いウサギ杏子と共に使者と降り、仲間の証である兎耳をぴょこぴょこ、ぴーん。
     都からは庫持皇子ことニコが『蓬莱の玉の枝』(全力で自作)を手に駆けつけ。
    「姫? ……いや、姫。約束の品です! さあ、いざ婚儀を!」
     少し迷ったようだが、眩い十二単に暗示を掛けて秘宝を差し出せば、傍に転がってきた『龍首の玉』が脇腹を強襲し、
    「それが蓬莱の……ふっ」
     勝ち誇った笑みに一蹴した宝玉は、忽ちきらんきらんのレオタード姿を暴いた。
    「あたいのスパンコールを見よーっ♪」
    「――!」
     かぐや姫が課した五つの難題、正体はミカエラ。
     群雄割拠の混乱に、ネタ・カオス枠の和奏も動かずにはいられまい、
    「竹がなかったら姫は生まれてないし、おじーさんは無職だし! 裏の主人公は竹!」
     どやぁ、とたけのこ(手縫い)を武器に更なる混沌を齎す。
    「まさかの竹参戦」
     恐るべし、と柔らかく笑む渚緒は、宮廷衛士として姫を護るべきところ、
    「三蔵どのぉー、兎なんぞに遅れを取るでなあぁぁぁぁい!」
    「この翁なら一人でも相当やれるんじゃ……?」
     ずしゃーんずしゃーんと歩く重甲冑――金の亡者に、ぶるり悪寒を走らせた。

     果てさて、レースはどうなることやら――。
     高みより行く末を見守る太陽が、参加者達に頬笑むよう光を注いでいた。


     レーンを走る魔法少女ビアンカは、遊び心を忘れない。
    「とっておきのドロップスを皆にあげる♪」
     声援に応えるように飴玉を配る彼女に、千早も惹かれて、
    「不思議なドロップだね……もんじゃ味……」
    「ん? 興味あるの? ハイ!」
     未知なる味を確かめるが、彼は元々何でも美味しく頂く属性。
    「面白いねこれ、結構いけるよ先輩」
    「お、美味しそうに食べてる……なんか負けた気分……」
     但し敗北感が過ったのも一瞬。
     振り向いた純真は間近に迫った可憐に胸を弾ませるや、躓いて、
    「大丈夫?」
    「ご、ごめん」
     抱き留めた端整はほんのり色付き――魔法を掛けられていた。
    「さぁ、おいで」
    「まるで、夢のようだわ……」
     空色のドレスに衣装替えしたシャオデレラは、優王子に手を引かれて夢心地。
     速さや歩調を揃えて走る麗人は、時に転びそうになる繊月を姫抱きに、
    「怪我はない?」
    「ふぇあっ……あぅ、その、お、重く、ない……?」
    「大丈夫だよ」
     躊躇いつつ身を預ける姫君も愛らしく――まるで童話を観るよう、と周囲より歎美を集めた(ただの友人同士です)。
    「大人しく治療されるですの!」
     処置を施すに物理攻撃も辞さぬ矛盾は、ナース・シエナに無い。
     彼女は清き善意を施すや、再び救急アンテナを鋭く、
    「さて、次の負傷者を探すですの」
     ――行方知れずとなった。
     苦しげに伏せた光影に注目した観客は、己が面皮を剥いで起き上がるホラーに驚く。
    「きゃあ! 顔が!」
    「ヒーホウ!」
     既に死者であったか、髑髏は奇声を上げて舶刀を掲げ。
    「やべー、ドッキリしたー!」
    「いいぞー!」
     ユーモアを魅せた彼は、喝采を背に駆け抜けた。
    「んんー……ええい、予定変更じゃっ」
     先行く希沙の背がどうも馴染まぬか、小太郎は用意した科白を置いて駆ける。
     台本にはない動き――不意に絡む指に驚いた瞳は、続く言に揺曳し、
    「儂はお前を正室にすると決めた。これからは隣に居れ」
    「! ……え、えと、えと……私も貴方様の隣で、護らせて下さい」
     隣り合う位置に漸う安堵を得る恋人に、頬染めつつ是を奉げる。
    「懸想しておるぞ、希沙之進」
    「お慕い申し上げております、小太衛門様」
     めでたき哉、二人は祝言の支度をすべくゴールを目指した。
    「さあ……僕と永遠の航海に出よう……」
    「青和くんがホラー怖い……んび!」
     くろ丸の俊敏に敵を撹乱し、その隙に仕留める――イチは本気も本気。
     仏像に水掛けして怯ませた彼は、ノビルを幽霊船の乗組員と誘うと、その首筋に涼を当てられ「ぴゃっ」と身を強張らせる。
     射手は葉月。
    「先は行かせないぜ!」
     一番槍は譲らぬと、派手な立ち回りは声援に包まれて更に躍動し、
    「なかなかやるじゃねェか、だがお宝は頂いてくぜ!!」
     横取りするも海賊ならでは。
     錠は俵担ぎならぬ姫抱きで丸眼鏡を奪取した。
     然し、「はわー!」とうっとりするノビルを危ぶむ夜奈は、感化を、ゴールを許さず、
    「ヤナが、まもる。まだ、チョコもらってないし」(キリッ)
     のびる しってるか。
     ――三倍返しは、既に利子が加算されている事を!!
    「んおー! 身ぐるみ捧げるッスー!」
     戦慄した海兵は、少年海賊の下僕になる事を誓った。
     さて、もう一つのお宝を巡っては、まり花と時生が交戦中。
    「やい船長、お宝が欲しくばうちと勝負や!」
    「りんず宝箱はぜったい確保! スキ突いてかっ攫うわよ!」
     水濡れる美女の戦いは妖し麗し、グラウンド中が大盛況。
     冷涼を撒く海賊団は、宛ら五線譜のレーンを翔けるようだった。
    「くのいちかっけー!」
    「もっとやれー!」
     奏音は嫋やかに、リボンを縄鏢の如くして手裏剣乱舞を手折り。
     あるなはクナイを手に宙返り、漆黒の忍者刀と火花を散らして切り結ぶ。
     二人と渡り合う武流も相当の腕だろう、演技上「わるいかお」をしているが、身は心と共に躍動し、
    「いくよっ!」
    「せーのっ!」
     阿吽の呼吸で迫る可憐に、自身も以心伝心、心地よい一体感を得る。
    「おおー!!」
     トドメは分かり易くキックで、と炸裂した衝撃に、時代劇の悪ボスさながらクルクル回って倒れれば、そこが丁度ゴールライン。
     一礼を揃えてゴールした三人に、拍手が驟雨と降った。
     履き慣れぬ洋靴も今は有難いと――ミモレ丈のドレスが淡い昂揚に揺れる。
     聢と悠士に導かれた千朝は、やや息を上げてゴールを駆け抜けると、その手をキュッと握って長躯を引き寄せ、
    「素敵なエスコートであった。ま、また、……その、お願いしたい」
     ふわり、頬に桜脣を捧げる。
    「お嬢様――」
     彼女をリードし続けた年下紳士も、最高の報酬に一気に熱を上げたか――時を奪われ固まった。
    「ゴールが遠い……」
     遼遠を望む勇弥は自棄で、だからこそ身体を張れよう、
    「ワタシは医師として、美しい日本のお嬢さんに珈琲の飲用をお勧めします」
    「之は芳し舶来の」
     彼はさくらえが片膝をついて差し出すカップに紅脣を寄せて、
    「馨り立つ薫香に舞を添えてくださいな」
     笑顔が強張り、鳥肌が立とうとも、指導通りに科を作って舞うは、総てカフェと皆の為。
    「歴史のある珈琲を、是非『カフェ:フィニクス』で」
     震える裏声が艶っぽく宣伝すれば、
    「珈琲は万能長寿の薬……」(ゴクリ)
    「思考がババアっすね! でも自分も飲みたいッス!」
     早速二名の客を得ていた。
     さて、かぐや姫を巡る攻防は、ゴールに近付くにつれ激化する。
     月の使者は水銃を構えるや、敵の悉くを――或いは姫まで(!)濡らし、
    「邪魔者はこうだあっ!」
     杏子は渋いサングラスを掛けるや、凄腕のスナイパー然と一撃必殺! 蒼穹に七色の虹を掛け、観る者を涼ませる。
    「ひょっひょっひょ! 地球の蛮族め。月の文明人に敵うと思うてか?」
     千尋が注ぐ緑色のビーム砲は、なんとメロンソーダ!
     甘~いベタベタが敵の武装を重くして、
    「近未来的で格好いいけど、地味に被害が甚大!」
     渚緒は月人の戦略に驚きつつ、ふと、「もっと可愛い子が姫ならなぁ」と労働の対価である護衛対象をチラ見した(睨みが返った)。
    「竹は植物だから水だって怖くな……吸収して重い!」
     どの陣営にも属さず、自由に走っていた和奏も遂に奥義を暴くか、
    「お返しいっくよー!!」
     と、葉を揺らして水分を撒いたはいいが、やはり着ぐるみ、可動域を超えて転倒。
    「わしの前を歩くモンは押し潰してでも止めるぜ! ――うおっ!」
     これにわるいかおで無双していた明莉翁が巻き込まれ、十八貫を優に超える重装が十二単の裾を踏み、愛し姫を「ぶぎゅ」と転ばせた。
    「立って。共にゴールを!」
     そう手を差し伸べるニコ皇子は、月の護衛も育ての親も蹴散らして愛を貫くか、
    「あっ花嫁は古式ゆかしく花婿の三歩後を歩いて」
     否。
     このエスコートはさり気なく己がゴールを先んじるムーブ。……愛、とは……。
     ミカエラの言は更に如実で、
    「チーム内の順位が今年のクラブ内の序列に関わるんだよー♪」
     時に『仏石の鉢』は堅牢なる楯となり、『燕の子安貝』は強靭なる鉾となり、傘を手に走る難題は小気味良く水合戦を攻略する。
    「野郎の求婚とか例え演技でも縁起でもねー」
     先行する精鋭を見た脇差姫は舌打って、
    「駆落ちするぞ、俺と一緒に来い!」
    「! うん!」
     コクンと頷いた輝乃帝は、引かれる筈の手を握り返し、姫抱きに彼を運んだ。
     一気に熱を上げる姫を否応なく抱えるは、慣れぬ格好で走る苦労に対する配慮だが、
    「ふふっ、折角だから、ぎゅーっとくっつけちゃいましょう♪」
    「!」
     我が子の幸せを祈る紗里亜婆さんは、投げ縄に二人を縛し、ぎゅぎゅーっ!
    「ゴールには行かせないけど、ゴールインさせてあげます♪」
     物語の結末を悪戯に彩ったユーモアに、観客は大きく手を叩いた。
     めでたし、めでたし――と。


     一人、二人とゴールを潜れば、笑顔が増える。会場が沸く。
    「お疲れ様でしたッス! 自分感動したッス!」
    「衣装の準備から演出まで、皆とても素晴らしかったわ」
     空を裂く歓喜を代表して一同を労ったノビルとマキノは、止む事のない拍手の雨の中、場内アナウンスに耳を澄まし、
    「――コスプレ徒競争のMVPは、涼しさを振りまいて観客の笑顔を略奪した大海賊、万事・錠さんです! おめでとうございます! MVP受賞者は、運営テントに……――」
     更に大きくなる拍手は、スピーカーさえ遮るほど。
     大地より突き上がる大音量には太陽も驚いたか、瞬きした光は雲を払って、空の蒼を尚のこと澄ませる様だった――。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月11日
    難度:簡単
    参加:31人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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