てるてる坊主の恨み

    作者:るう

    ●民家前
    「そこの家に住む小学三年生の童がのぅ」
     そう、ルティカ・パーキャット(黒い羊・d23647)は語り始めた。
    「大層、闇の力に囚われておる。聞けばどうやらその童、前々からてるてる坊主まで作って楽しみにしておったお出かけが、雨で中止になってしもうたようじゃの」
     いくら幼子とはいえど、てるてる坊主がおまじないにすぎない事くらいは知っている。それだけで闇に堕ちるほど、彼の魂は弱くない。
    「しかし……二つ上の兄君が、てるてる坊主の首を悪戯半分に切って捨ててしまっていたとあれば、話は別じゃろうて。童は大層兄君に腹を立て、黒く膨れ上がったてるてる坊主の姿を取って、夜な夜な、兄君の枕元に立っておる」
     その姿は……恐らくはシャドウ。シャドウは第3次新宿防衛戦の結果、ソウルボードに入ると消滅するようになってしまったため、彼は兄の夢に入り込み悪夢を見せる代わりに、夜中、繰り返し兄を揺り起こして自らの悪夢的な姿を見せるのだ。
    「無論、長くは続くまい。シャドウにとっては現実もソウルボードも命削る場所。弟を闇から救わねば、兄の落命と弟の消滅、果たしてどちらが早いやら?」

     シャドウになりかけてしまった少年は、シャドウハンターと同様のサイキックはもちろんの事、ひらひらと舞う布の内側の闇を、影業のように使ってくるだろう。既に人の姿を留めておらぬ彼であるから、その力は灼滅者たちを凌ぐに違いない。
     しかし……絶望には早いとルティカは語る。
    「童のシャドウへの変化は夜に限る。それは、今なら人に戻れる証拠じゃろうて」
     ならば、彼の闇が生まれた経緯――すなわち兄への憎悪さえ和らげたなら、彼の人としての心は闇に抗い、灼滅者として生まれ変わってくれるだろう。
    「そのために必要になる事は、善き方向へと向けた一押しじゃ。その一押し、我らの手でしてはやらぬかの?」


    参加者
    泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827)
    天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)
    霧島・サーニャ(北天のラースタチカ・d14915)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    ルティカ・パーキャット(黒い羊・d23647)
    如月・麗月(外道復讐鬼・d37915)

    ■リプレイ

    ●誘拐犯
    「私欲で侵入する訳じゃないわよ? 分かってるわね『神命』?」
     そう霊犬に言い聞かせると、ふわりと箒で舞い上がる神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)。分厚いカーテンの向こうは見えないものの、変声機を通したようなくすくす笑いだけが微かに響く。
     その部屋を突き止める際、デモノイドの鼻が役に立たなかったという事実が、如月・麗月(外道復讐鬼・d37915)を安堵させていた。
    「ならば、十分に引き返せるのだろう」
    「だから、必ずヤスシ君を助けなきゃ」
     麗月の言葉を噛みしめるように、天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491)は目を瞑る。瞼の裏に、一人っ子の彼女では手に入れる事すら叶わない仲のよい兄弟の姿を思い浮かべて、髪を留めるシュシュに手を触れて。
     彼女が羨むきょうだいの一組に、泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827)とその兄も含まれるに違いなかった。
     普段は火華流が兄をやり込めているように見えて、実のところこれほど尊敬する人物はいない。ヤスシにも、そんな兄がいてくれればよいのにと願う……だから。
     始まる、兄弟仲を取り持つための荒療治。華夜らとともに窓を破り飛び込んだルティカ・パーキャット(黒い羊・d23647)の腕が、闇に怯え、すっぽりと頭まで布団に包まる兄の体を、布団ごと窓の外へと連れ去ってゆく!
    「誰だ!? 待てよ!!」
     闇の巨大てるてる坊主は、思ったとおりに憎しみの表情を浮かべ、真夜中の誘拐犯たちを追ってきた。
     けれども……彼は困惑する。窓から出た彼が最初に見たものは、彼自身が想像したような邪悪で凶悪そうな人物ではなく、月下に咲く可憐な花のような笑顔だったから。
    「シャドウさん、シャドウさん……貴方はどこに行きたいのかしら?」
     肩に乗せた翼持つ猫に頬ずりしながら、うっとりした面持ちで訊く煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)。ずっと年上のはずでありながら壊れそうなほど純真な女性に少年が驚いている間にも、暴れる布団の塊は、無事にルティカから霧島・サーニャ(北天のラースタチカ・d14915)へと手渡されている……兄、タカシは地面に下ろされた直後、布団ごしに思いきりサーニャを蹴飛ばしたりはしたのだが。

    ●反発
    「返せよ! オレはそいつに復讐しなきゃいけないんだよ!」
     裸足で駆けて逃げてゆく兄を、灼滅者たちに囲まれたまま見送るしかなかった弟は、地団駄を踏んで悔しがっていた。もし、灼滅者たちがタカシを目に届く場所に置いたままにしていれば、復讐を邪魔された怒りのあまりに、今すぐ兄を殺してしまわんがばかりに。
     その無邪気な悪意を目の当たりにして、山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)はショックを受けずにはいられない。
    (「新宿の戦いで、シャドウさんたちとの戦いには決着がついたと思っていたのに……」)
     たとえ勢力としては無力化できても、新たな闇堕ちまでは防げないのがダークネスとの戦いというもの。それを灼滅せずに済むためには……どうにか説得を成功し、救い出す以外の道はない!
     けれども憎悪に駆られた少年は、マントのように変わった体を広げ、その中の闇を大いに変形させるのだった。
    「どいて! どかないと、お前たちもあいつと同じ目にあわせるぞ!」
    「何をそう苛立っておるのかえ」
     伸ばされた闇をルティカが掴んだならば、闇はその点を中心に、彼女を呑み込まんとするように膨れ上がる。色白の肌がみるみるうちに、ざらついた黒にて覆われてゆく……直後、ルティカの腕が気をはらんで吹き飛ばす!
    「たとえ兄を手にかけたところで、お主の恨みは永遠の悔恨に変化するだけじゃ」
     それでも闇に囚われた少年は、いまだ聞く耳を持つようには見えなかった。
    「う、うるさい!」
     もう一度影を伸ばそうとする少年。それは、横から飛び込んできた霊犬を掴み取り。
    「神命。少しだけで良いから引き止めなさい」
     そして華夜がその一瞬を狙う。
     華夜の足元から伸びる影。それは霊犬を締めつける影を逆に締めつけて、てるてる坊主の顔に苦悶を浮かばせる。
    「影の扱いなら私が上よ? そんな悪戯ばかりするならそれを解らせてあげる」
    「悪戯なんかじゃない! オレは本気であいつを殺したいんだ……オレがピクニックを楽しみにしてるって知ってて……なのに……自分はそんなに乗り気じゃないからって……オレのてるてる坊主を切って捨てたあのクズを……!」
     少年の苛烈な言葉遣いにはっとする華夜。けれど、一度困ったような表情を作った後で、華夜は優しく慰めてやった。
    「よほど大事なお出かけだったのね。てるてる坊主に込めた特別な想いを、ヤスシ君は踏みにじられたって思っているのよね?」
    「それは、さぞ無念でしょう? 悔しいでしょう?」
     歌うように語りかける朔眞。翼猫の『リオ』が、甘えたようににゃあと鳴く。
    「でも、だからってお兄ちゃんがいなくなってしまったら……てるてる坊主まで作って願った楽しみを、どうやって叶えるの? そのピクニック、ヤスシ君はお兄ちゃんと一緒に行きたかったのでしょう?」
     ……けれども。
    「まさか! あんなのと一緒になんて行くものか!」
     てるてる坊主の上にスペードの徴を作り、少年は地団駄を踏むように闇の触手を伸ばさんとした。
    「ヤスシ君……本当に、君はお兄ちゃんを殺したいほど恨んでいるの?」
     そんな火華流の問いかけに、まるで、その通りだというように。でも……。
    「お兄ちゃんのやった事を、忘れろ、とか、許してあげて……なんて言わない……けど!」
     旋風のように触手を蹴散らした火華流。怯んだところを追い討つように、サーニャの剣が切り刻む!
    「その仕返しの遣り方は……ヤスシ殿が思っているよりもずっと危険なのでござる!」
    「危険? そんなの、覚悟くらいしてる」
     世界の闇を知らない少年は、勇敢だが無謀な答えを返した。いや……ダークネスの危険さなどを持ち出さずとも、彼は誰かのいなくなった世界というものを、本当に十分に想像できているのだろうか?
    「例え先に生まれた兄弟だからとって、『許すものかー!』って気持ちは分かるでござる。しかし、喧嘩相手がいなくなるのも、存外つまらんものでござるよ」
     仲良い兄弟のハッピーエンドを、朗々と語り始めるサーニャ。ヤスシが思わず聞き入った後、すぐに怒りを思い出そうとすると……その誤った努力を正さんとすべく、麗月の剣が振り下ろされる!
    「思い出せ……お前は、謝って欲しかっただけなんじゃないのか? だから兄に罪を認めさせるため、そのてるてる坊主を模した姿になったんじゃないのか?」
     誰かを殺したい、なんて言葉は、よくある売り言葉に買い言葉というものだ。それが本心であるなどとは、麗月は決して思わない。
     そんな想いは真っ直ぐに、巨大てるてる坊主の脳天に刻み込まれたようだった。でも……頭では解っていても、心は、それを認めたくない。
     本人が意図しているか否かとは裏腹に、次々に吹き出してくるどす黒い感情。それに対抗するには今は力でねじ伏せるしかない事が、透流には堪らなくやるせないのだが。
    「それでも……弟がお兄さんを殺すだなんて」
     その悲劇を食い止めるためならば、ぐっと耐えて心を鬼にする。それでも少年の中で渦巻く怨嗟は、そんな透流をも翻弄せんと突き刺さるのだけど……。
     溢れ出すぎる闇の想念を、凜は片っ端から布帯で包んで捨てた。兄弟だから逆に、という部分はあるかもしれないけれど、恨んでも何も変わりはしないのだ……と。
    「だから……これからどうすればいいか、一緒に、考えてみようよ。試しに、お兄さんと普段過ごしていて、どんな不満があったのか言ってみるところから……」

    ●ヒーロー
     吐露される心情。壮絶な感情。それらのどこまでが本当に思っていたもので、どこからが闇に増幅されたものなのかなど、本人にすら判らない。
     吐き出される度に毒となり、灼滅者たちを傷つけてゆく想い。この場に彼の兄が残っていたならば、その圧倒的な激情を前に、何を思った事だろう?
     丹田に力を込め、押しよせる負の感情を耐えきった後、透流は、苦痛に歪んだままの顔を隠すこともなく少年に訊いた。
    「それは……確かに酷いことだったと思う。だけど、逆にあなたがお兄さんに酷いことをしてしまったことは?」
    「なんだよ! オレが悪いって言うのかよ!!」
    「そうじゃなくて……」
     兄だってそれらが積もり積もった結果であったかもしれないのだから、一方的に責めないであげてほしい。
     そんな透流の懇願は、溢れ出る闇に押し流された。意固地な少年に明かすべき兄の寛容の証拠は、いまだ彼と兄の部屋のどこかに残っているに違いないのだが、それが具体的に何であったのかまでは、僅かに足を踏み入れただけにすぎない灼滅者たちには語れない。
     それでも……ただ一人、ルティカだけはその特徴的な光景を目に焼きつけていた。
     窓際に積まれたヒーロー玩具。その大半は空のベッドに近い側にあり、けれども一部が溢れるように、兄のいる側に向かって崩れている。
     それが彼と兄との関係の証拠ではないかと憶測し、試しに少年へと訊いてみるルティカ。
    「窓際の玩具棚。随分とヒーローものが多かったようじゃが……あれは、お主にとっての兄ではないのかの?」
    「そんなワケないだろ! ヒーローはテレビの中だけにいるもので、本当はどこにもいないんだよ!」
     ヤスシはそう答えたが、凜は、それは違うのだと思う。
    「ヤスシ君……てるてる坊主は、わたしも信じてた。晴れなかったときは願いが足りなかったかなって、しょんぼりして……」
     ピクニックなんてもうどうでもよくて、今は兄の性根が許せないのだ、と少年は返した。でも……晴れを願った少年の想いがきっと無駄じゃないのと同じように、もし少年が本当に選ぶなら、彼は、違う形で兄の心を入れ替えさせることができる。本物のヒーローになれると凜は信じている。
    「だから、元の姿に戻れるように……少しだけ我慢しててね」
     闇を癒さんと願う凜。頑ななシャドウは拒み続けるけれど、麗月の剣は炎をも帯びて。
    「何故、お前はてるてる坊主を飾るほどその日を晴れにしたかったんだ? その理由を思い出せ」
     確かに、今や彼の信用を失ってしまった兄は、ピクニックにいるべき人物ではないのだろう。けれど……彼が本当に望んでいたのは、兄を排除する事でなく、兄が信頼できる人物に戻る事ではないのか?
    「このままでは、仲直りも間に合わなくなるぞ」
     てるてる坊主の外套を焼き斬る炎。闇は、それでも足掻き続けるけれど。
    「ヤスシ殿も、ずっと喧嘩がしたい訳じゃないでござろう」
     シャドウの不規則な蠢きを、より変幻自在に波打つサーニャの鞭剣が、合わせるように絡め取る。
     が……まだ諦めようとしない闇。
    「わかったよ……変に苦しめたりせずに、今すぐ殺せばいいんだろ!」
     もちろん、そんなのは屁理屈だった。どうしてもヤスシを乗っ取らんと目論む闇へと向けて、火華流の破邪杭が空中から落ちてきて断罪する!
    「そんな事をするのなら……『弟である事』も『人である事』もやめなさいっ!」

     邪悪に囚われていた少年は、迷わず人をやめる事を選ぶかと思われた。
     けれども……その時少年が思い浮かべたものは、両親であっただろうか? それとも友達だったろうか?
     一瞬の躊躇を見逃さず、火華流の杭は勢いよく貫いた。
    「彼の体を乗っ取って生き永らえようとしたかもだけど……死にたくないなら彼の中で大人しく眠っていることね」
     シャドウに向ける哀れみの視線。もう十分じゃないのかしらと、華夜も彼を止めたヤスシへと語りかける。
    「てるてる坊主の姿であまりお兄さんを恐がらせたら、作ってもらったてるてる坊主が、終いには貴方にも怒っちゃうわよ?」
     影を鍛えたがごとき漆黒の剣が、少年を捻くれさせ続ける影をお仕置きし。
     破れる布。
     てるてる坊主の頭部の中から、手足を折りたたんだ少年の姿が覗く。
     シャドウは大いに怯えてみせた。何故なら、彼が封じたはずの人格が目覚める事こそが、ダークネスにとって最も恐ろしい瞬間だから。
    「今の君なら、お兄ちゃんのごめんって素直に謝ることができない気持ちを、一番理解できるはず」
     燃え上がるてるてる坊主から少年を取り出す朔眞の口元が、一度、儚げに微笑んだ直後。
    「……大丈夫。次は、いい夢を見られるわ」
     引き剥がすように蹴倒されたてるてる坊主は、すぐに、忽然と消えてゆく……。

    ●夜明け
     この戦いで壊されたものは、突入時の子供部屋の窓だけだった。
     ならばこの後、2人はまた元どおりの兄弟に戻れるのだろうか?
     凜は、そんな事を思わずにはいられない。思わず逃げ出してしまった兄も、じきに戻ってくるだろうから。
    「どうじゃ。許しがたき兄とも対話できるヒーローに、なってみせてはくれぬかの?」
     手を差し伸べるルティカ。最早、記憶すら覚束なくなってしまった自身のヒーロー――炎の中の兄の姿を、その手を取り立ち上がった少年に託しながら。
     これで仕舞いね、と華夜は囁いた。この後、兄弟喧嘩くらいは起こるかもしれないが、それは今までの続きではなく、新たな2人の関係の始まりのはず……その時の華夜の表情は、きっと微笑ましく見守るものになっているだろう。
    「さて。問題は、どうやってお兄ちゃんにこの苦しみを解って貰うか、でござるな……」
     ヤスシを無事に闇から救い出せたとはいえ、切っ掛けはタカシのせいには違いない。兄弟の健全な関係を取り戻すためを願って、サーニャが、顎に手を当てて悩んでいると……。
    「そうだな」
     にやぁり。麗月が生真面目そうだった表情を不意に崩して、まずは緊張した様子のヤスシ少年に、次にほっと胸を撫で下ろしていた透流の方に、意味ありげな視線を向けた。
    「よし、てるてる坊主にはてるてる坊主で仕返しをしないとな。なに、サプライズという奴だ」
    「私が作ってきたてるてる坊主のこと? これはどうしても説得が上手くいかなかった時、今からでもやり直そうって納得してもらうために作ってきたものだったんだけど……」

     かくしてタカシのベッドの上は、大量のてるてる坊主で埋め尽くされた。
     その具合を眺めて良しと頷いて、火華流もほっと溜め息を吐く。
    「こういう形での復讐だったら、シャドウもヤスシ君の魂に手出しはできないよね」
     火華流が兄に向けるような敬愛を、ヤスシもタカシに向けられるようになるのを願って。サーニャも、そのために今度こそ2人がちゃんと話し合えるよう祈り……。

     気づけば朔眞の手に引かれて戻ってきていたタカシ。彼がこの後どうするかまでは、朔眞は見届けたりはしないだろう。
     何故なら、この兄弟が得た未来は、とても眩しいに違いないから……時に、それを直視できない者がいるほどに。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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