赤い拳

    作者:西灰三


    「お前なあ……。腹が立つのは分かるんだが、殴ったらその時点で負けだぞ?」
     とあるファミレスの一角にあるボックス席で、大学生らしき男性が二人向かい合って座っている。
    「だからと言って何もするな、ですか?」
     その片側の後輩らしき人物が苛立った様相を以て、もう片側の人物を責め立てる。
    「何もしなければ解決するんですか? それとも先輩がなんとかしてくれるんですか?」
     対する方は言葉を選びながらできるだけ答えていく。
    「今、なんとかしようとはしている最中だ。ただお前の事も問題として扱わなきゃいけないところまで来ているんだ」
    「何故ですか。自分は降りかかる火の粉を払っただけなのに」
    「払い方にも問題がある。そして悪いが正直今のお前のほうに重い処分を下さなきゃいけないと俺は考えている。そう言う意味で暴力ってのは弱いものなんだ」
     そこまで言って彼の先輩らしき人物がコーヒーに口を付ける。だか、すぐさまにカップを取り落とす。正確には、力を失って。
    「………」
     後輩のと思わしき人物、いやダークネスは血まみれの拳を引き抜いて、笑みを浮かべた。いつの間に自分にはこれほどの力が備わったのだろう。いやそんなことはいい、とにかくどこまで出来るか試さないと。
     そしてアンブレイカブルは立ち上がり強者を求める。己の強さを確かめるために。


    「サイキックリベレイターを撃ったお陰で、一般人がアンブレイカブルに目覚める予知ができたんだ」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)が集まった灼滅者達にそう伝える。
    「闇落ちする一般人は『強さこそ全て、文句を言う奴は殴り倒す』って言う分かりやすい考えみたいで、それを間違ってるって言う人達を闇落ちして殴り殺しちゃうんだ」
     ある意味でシンプルだが、この世界では甚だ迷惑な存在だろう。
    「で、そのアンブレイカブルなんだけどサイキックリベレイターの影響でかなり強くなっているんだ。で、その後は力を確かめるために強者を探してる……みたい。だから皆には『アンブレイカブルが戦いを挑みたくなるような強者を演じて、アンブレイカブルを誘き出し』て、灼滅してほしいんだ」
     やるべきことは分かりやすい相手である。
    「とりあえずアンブレイカブルは目覚めた後、街をさまよってるみたい。多分人が多いから『強い人』も多いって考えているんじゃないかな。で、そのまま接触しちゃうと一般人の中で戦闘になっちゃうからできるだけ人のいない……雑居ビルの空きフロアとかにおびき寄せて戦うといいと思うよ。……まあ灼滅者なら明らかに強いから釣りやすいと思うけど、あんまりにも弱そうな見た目だとスルーされるかも知れないから気をつけてね」
     そういう意味ではスレイヤーカードの取扱も意識しておいたほうがいいかもしれない。
    「敵のサイキックはストリートファイターのと殺人注射器のに似てるのみたい。取り敢えずどんな攻撃が来てもいいようにしておくのが無難かも。ポジションはクラッシャーだね」
     クロエは資料を閉じると灼滅者に声をかける。
    「アンブレイカブルは逃げたりはしないけど、強さだけはあるから戦闘に集中してきちんと倒してきてね。それじゃ行ってらっしゃい!」


    参加者
    神虎・闇沙耶(鬼と獣の狭間にいる虎・d01766)
    空井・玉(リンクス・d03686)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    中神・通(柔の道を歩む者・d09148)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)
    ロスト・エンド(青碧のディスペア・d32868)
    マギー・モルト(つめたい欠片・d36344)

    ■リプレイ


     人混みの中、アンブレイカブルの男は両側のポケットに手を突っ込んで歩いている。通り過ぎる人間を眺めつつもしきりにため息をつく。恐らくは誰も彼もが彼の拳を受けるに値しない人間ばかりだからであろう。もっともため息を付くのに飽きたならば、いくら弱いと分かっていても躊躇いなく男は拳を振るうだろう。
     ぴたり、と男は歩みを止めた。頭を振る男の口元には笑みが浮かんでいた。男の視線の先には重装備の神虎・闇沙耶(鬼と獣の狭間にいる虎・d01766)と道端のバイクを軽々と片手で持ち上げる中神・通(柔の道を歩む者・d09148)の姿があった。彼にしか聞こえない言葉を闇沙耶から掛けられ、人を超えた力の通を見れば顎の動きで男は導かれる。まるで力を試せる相手がいればどのような事でも受け入れるという面持ちで。
     彼らの動きが見える雑居ビルの空き部屋。窓から彼らの様子を確認していたのは待ち構える灼滅者達だ。あまりもあっさりと誘導に引っかかるアンブレイカブルをロスト・エンド(青碧のディスペア・d32868)の冷めた視線が見つめていた。
    「……しかし、リベレイターの諸刃の剣っぷりはなんとかなりませんかね、ほんと。被害を抑えるために被害を増やしている気がします、これ」
    「卵が先が、鶏が先か。リベレイターを撃ったから堕ちたのか、元々素質があったのか……ま、どっちでも良いことですがね。どっちみち危ない存在には違いありませんし」
     九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)とリーファ・エア(夢追い人・d07755)は世間話をするようにこの一件について交わしている。恐らくはリーファの言うことが今最もやるべき事なのだろう。武蔵坂学園がリベレイターを撃つという選択をした以上は。
    「……強さってなんだろう?」
     マギー・モルト(つめたい欠片・d36344)は小さく呟いた。
    (「力を求めて闇堕ちして、人を傷つけたり殺すのが強さ?」)
     それは図らずも力を手にした彼女には疑問符を付ける事だった。
    「さあね。やることは今回もいつも通りだ」
     淡々と空井・玉(リンクス・d03686)は言い放ち「Release」とスレイヤーカードを開放する。同時に外から囮役の二人がエレベーターを使い帰ってくる。これでこの階にアンブレイカブルはやってくるだろう。既にこの階に他の一般人が来ないようにESPの使用は終わっている。
    「さて、そろそろお客さんが来るかな。歓迎してあげないとね」
     咬山・千尋(夜を征く者・d07814)が軽く伸びをすると同時に、エレベーターが到着した音が響いた。


    「……これはまた殴り甲斐がある人数ですね」
     灼滅者達を一瞥したアンブレイカブルは喜色を声に滲ませて言った。
    「『貴様は弱者に拳を奮って楽しいか? 強者なら我々の後を付いて来い。愉しませてやる』ですか。成程確かに外の連中よりは楽しめそうですね」
     闇沙耶の言葉を反芻して男はポケットから出した手を広げた。男の指先には赤茶けた汚れがこびり付いていた。
    「嬉しそうで何よりだ。これくらいの戦力ならアンタも充分試せるだろう?」
     通は慎重に間合いを計りながらも言葉を交わす。まだ相手はこちらを見分している最中だ。戦う意思を向こうが見せれば一気に戦いは始まるだろう。
    「お兄さん、なかなか強そうだね。闇堕ちしたての割には」
    「つまり私はあなた達の経験の中でも強い方に入ると。それは嬉しい事ですね。ですがまだ実感が伴っていないのですよ」
     千尋の言葉から自らの強さをある程度図った男に、皆無が意見を挟む。
    「それを試す相手を探すために街中を選ぶとは、もう少しマシな考えは浮かばなかったのでしょうか?」
    「結果としてこうしてあなた達が出迎えてくれたのですから、間違ってはいないのでしょうか。……次から検討しますね」
    「次があるとでも?」
     リーファが白銀のエアシューズで床を叩きながら相手を見定める。
    「ぜひそれが出来ることを証明したいですね」
    「……もう、遅いのね」
    「力に溺れ、力に飲まれた存在なのさ」
     口調は丁寧ながらもダークネス然とした目の前の男にマギーは無力さを噛み締め、対してロストは皮肉げに言葉を零した。
    「御託はいいよ。説法に来た訳でもなし、さっさと暴力で片を付けよう」
     玉の言葉に男は返す。
    「ああ、早速始めましょう」
     そしていつも通りの戦いは始まった。


     男が言葉を置き去りにして拳を突き出す。その相手は千尋だった。放たれた拳は彼女の体を宙に舞わせるが、即座に彼女は天井を足場に飛び蹴りを返す。
    「これなら私も満足できそうだね」
    「……これがちゃんとした戦いというものですか」
     服についた汚れを片手で払いつつも、続く灼滅者からの攻撃に男は対応していく。腕を鬼にしてからの通の一撃を男は掻い潜りかわす、だがそんな彼を待っているのは前衛からの集中攻撃だ。
    「どうした? 君が本当に強いなら、俺なんか簡単に殺せるはずだろう?」
     ロストの旋風輪が男に向けられるが、男は涼しい顔でつぶやく。
    「そんな弱い攻撃で私を怒らせようと?」
     ロストの攻撃はあくまで多数を相手にした時に最も力を発揮する技である。守り手として攻撃を引き付けるのならもっと適した手段はあったろう。無論無いよりは敵を引き付ける力は高いと言えるが。
    「ようこそ。日常に戻れぬ哀れな落とし子よ。貴様が踏み込んだ世界は人の時よりも残酷で非情な世界だ」
    「力が意味のない世界なら、こちら側の方がいいですよ」
     闇沙耶の足元から伸びた影を手刀で裂いて防ごうとしたところで、裏から重ねられていたもう一枚の影が男を捕まえる。
    「……力でねじ伏せることが正しいと信じてるなんてかわいそうね」
    「力の価値を認められない世界の方が正しくないのさ」
     手足に絡みついた影を振り払うべく、拳に稲妻を纏わせる男のその腕を皆無が掴む。
    「強さこそすべてですか、哀れな人ですね」
    「それは強者の発言と取っていいのでしょうか」
     男は笑みを浮かべると反対の腕で殴って振り払う。
    「強さこそ全て……って考えている内は、案外あっさりやられちゃいますよ」
    「それは弱かっただけの話でしょう?」
    「まあ、その考えにも一定の理はあるだろう」
     回復に動くリーファの助言にアンブレイカブルらしい答えを返す男に、玉は軽く頷いた。
    「無論許容するつもりもないが。……行くよ、クオリア」
     玉と共に急発進したライドキャリバーが男に突撃する。男は顔をしかめるが、まだ意気軒昂である。
    「さすがに簡単には行かないか」
     まるで試合中の相手を見る様に通は呟く。たとえここが命のやり取りの最前線であっても、彼は相手を見定める。
    「簡単な戦いであれば甲斐が無いですよ」
     男は赤く濡れた拳を突き出して自らを立て直そうとするが、それを守りに徹しているロストに防がれて余り効果を発揮できない。
    「スタンドアローンでの持久戦には慣れているんだ。気の短そうな君には、鬱陶しい戦い方だろうけれどね」
     皮肉げに言うロストだが、決して浅い傷では無い。即座にリーファが傷を癒やすが完全には塞がれない。そこにマギーのネコが光るリングをかざすことで十全とは言わないまでも充分に耐えられる状態になる。彼らが戦線を維持している間に、残る灼滅者達は猛攻を掛ける。
    「先も見えたことですし、攻めましょう」
    「まだまだこれからですよ」
     皆無の攻めを防ぐ男の動きは先程までよりも鈍い。続けて放たれる千尋の赤い斬撃も直撃とは言わないまでもかわせないでいる。そしてそれは闇沙耶のジグザグスラッシュを受けてより決定的となる。


    「強いが、脆いな」
    「何を……」
     ここに来て戦い慣れをしている灼滅者と目覚めたばかりのアンブレイカブルとの間に認識の差が生じている。無論油断するような状況ではない、だが油断さえしなければ灼滅者の勝利は揺らがない。それを闇沙耶は淡々と語る。
    「そのままの意味だ。一つ細工すれば貴様の自慢の力も……虚弱な刃となる」
     切っ先で足元を指し示す。戦いの中で付けられている種々の傷が数え切れないほどになっている。
    「要するにいつも通りの戦いだ。私達にとっては」
    「この戦いもその程度でしか無いと?」
     玉の言葉に男は眉をひそめる。
    「壊すのはきっと簡単だわ。でも守ったり癒したり、作り上げたり……。そういうことはとても難しい。……難しいほうをできるほうがずっと「強い」んじゃないかって」
    「世話になった人を殺して、力に溺れて、こんな所で私達に出会ってしまう。その仮初でしかない強さでは、私達には決して勝てませんよ」
     マギーと皆無の言葉に苛ついた様に拳を男は振るうが、攻撃で与える以上に傷が増えていく。
    「……あなたは闇堕ちして強くなったと思ってるんだろうけど、きっと根っこは弱くなってしまってるんだわ」
     マギーの更なる言葉に激高した様子で更に攻撃は激しくなっていくが、一度傾いた趨勢が覆ることはない。彼女はもう戻ってこない相手に対する痛みを感じながら、攻撃を放つ。
    「何事もほどほどに控えめなほーがいいんですって。今からでも改心しません? しませんよねー……」
     リーファの言葉に男は答える余裕はない。「弱い」とたった今言われてしまった事でそれを払拭するのに必死だ。犬とともに攻撃を行い決着を招き寄せる。
    「あんたはダークネス、暴力で解決するのは簡単だ。でも感情を制御する……それも強さのひとつだと思うけどね。まあ……今のあんたにはわからないか」
     隙だらけの攻撃に言葉とともにカウンターを千尋は返す。既に戦いになっていない状況に男は気づいていない。乱雑に放たれる当身を掴んだのは通である。
    「やっぱりアンタ、間違ってるよ」
     気合の一声と共に大外刈りの要領で地獄投げを決め、床に男の頭蓋が強かにぶつけられる。同時にダークネスらしくその体はゆっくりと消え始める、それを当の本人は信じられないように見ていた。
    「何故自分が負けるのか、まだ気づいてないんですか? ……強さに惑い貴方が見失ったものを私達が忘れてないからですよ」
     言い放つ皆無の言葉は届いているのだろうか。男は目を見開いて呻くことしかできない。
    (「力無き正義は無力、正義無き力は暴力、か……。今の俺には、どちらも足りていないかな?」)
     消えていく敵の姿を冷めた目で見ながらロストは内心で呟いた。その間にもこの世界から男は消失していく。
    「戦いの果てに死ねて満足でしょう? せめて安らかに散りなさい」
     男に最後に投げかけられたのは、皆無の言葉であった。
     ――斯くして一体のダークネスが生まれて消えた。だがこれは激しい戦いへの序章でしか無い事をこの場にいる灼滅者達は理解していた。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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