●流血道場
二人の男が板張りの床に向かい合って座っていた。活気ある通常時とは違い、道場は明るくも静かで、張り詰めた空気が漂っている。
体格の小さい、しかし静かな中に揺るぎない覇気を湛えた壮年男性が口火を切った。
「武は人を活かすため、人の為に揮われるべきだ。この道場の理念は一番初めに教えたはずだろう」
穏やかな言葉だったが、有無を言わせぬ強さがあった。向かいで黙って座る三十がらみの男は、壮年男性の二倍はありそうな体格をしている。にやにやと軽薄な笑みを崩さない不真面目な態度の男の名は、陣道・一真(じんどう・かずま)。空手道場に入門した当初は、恵まれた体格と才能をもてはやされたが、今は違う。眉をひそめた道場の主が重たいため息をついた。
「何度も忠告したぞ。今のお前の拳は、人をただ壊すだけだ。お前が心を改めないままならば、いずれここに置いておけなくなる。わかっているのか」
「ええ、お師匠さま。よぉおくわかってますとも。いいかげん、耳にタコができちまう」
どこか軽薄な言葉と共に、場の空気が激変した。陣道は、ほとんど予備動作もないまま上腕を振るった。
「――!」
師匠がとっさに反応できたのは、長年積んだ鍛錬の賜物と言えよう。だが、人間とダークネスの力の差はあまりに大きかった。
「っが!! ぎゃッ……!」
頭部を庇った腕を小枝のようにへし折り、腹部を庇おうと突き出された手の平など木の葉よりも容易く弾いて、小柄とはいえ鍛えた筋肉に覆われた師匠の体は、子どものように軽々と飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「あーっはっはっは! 一撃目は耐えたか、さっすがは師匠!」
陣道は、アンブレイカブルとなった男は、高らかに笑った。心からの大笑だった。
「けどやっぱりコレで仕舞いかぁ。なんとも呆気ないねぇ、お師匠様よぉ」
ぴくりともしない己の師だったものを見下ろして、陣道はこの瞬間の空気を、匂いを、一片たりとも忘れまいとするかのように、満ち足りた笑顔のまま大きく深呼吸した。
ああ、やっぱりだ。俺の方がずっとずっとずっとずっとずっと強いのだ。試したくて仕方なくて、来る日も来る日も我慢し続けていた内なる衝動が、今ようやく満たされた。
「嬉しいなぁ、嬉しいねぇ、やっぱり良いもんだ」
陣道の、アンブレイカブルの本能が体の中で暴れ回る。もっともっと、もっと強いやつと相見え、殺して殺して殺し尽くしてしまいたい。
興奮冷めやらぬアンブレイカブルは、戦闘欲で目をぎらぎらと光らせながら、血塗られた道場をあとにした。
●惨事の残滓
教室で、園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)が曇った表情のまま灼滅者達を見回した。
「サイキック・リベレイターを使用したことで、一般人がアンブレイカブルに闇堕ちして起こす事件を予知することができました」
闇堕ちするのは、元々『強さこそ全て、文句を言う奴は殴り倒す』という考えを持っていた者たちだ。彼らは自分の考え方を否定された事をきっかけに闇堕ちしてしまう。堕ちたばかりとはいえ、サイキック・リベレイターの影響のためか高い戦闘力を持っている。
「アンブレイカブルは、手に入れたばかりの力に陶酔している状態です。より強い者に挑んで、力を試そうとしているようです」
今回は、『アンブレイカブルが戦いを挑みたくなるような強者を演じて、アンブレイカブルを誘き出し、灼滅する』というのが主な作戦だ。
闇堕ちしたばかりのアンブレイカブルは、まだ彼の通っていた道場からそう離れていない場所でめぼしい強者を探している。人の気配の多い町中へとまっすぐ向かっているため、見つけるのはそれほど難しくないだろう。
「アンブレイカブルは『強者』を探しています。灼滅者が現れれば、喜んで攻撃をしかけてくると思います」
灼滅者たちの強さが分からないアンブレイカブルではないだろう。だが、強敵だと認識するよう服装や雰囲気に工夫があれば、おびき寄せるのはより一層確実となる。
「彼は、アンブレイカブルとしての自分の力に酔っています。逃走をはかるような事はないと考えて大丈夫です」
逃走の恐れはない、が、それはつまり、最後の一撃まで死力を尽くしてくるということだ。槙奈が心配そうに眉根をひそめた。
「アンブレイカブルは、空手道場に通っていたとはいえその戦闘スタイルは空手とはかけ離れたものです。人を殺めることだけを目的とした拳を、躊躇無くふるってきます」
強い相手を自らの手で屠りたい、ただそれだけを望み、衝動に身を任せて街中に血の雨を降らせようとしている。
「……彼の餌食になってしまった人のためにも、必ず倒して来て下さい。どうか、お願いします」
槙奈は最後に、悲しそうに目を伏せたままで呟いた。
参加者 | |
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鏡・剣(喧嘩上等・d00006) |
古海・真琴(占術魔少女・d00740) |
志賀野・友衛(大学生人狼・d03990) |
久我・なゆた(紅の流星・d14249) |
榊・拳虎(未完成の拳・d20228) |
新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218) |
篠崎・伊織(鬼太鼓・d36261) |
梯・槐(歪曲マーダー・d37878) |
●1
町中へと続く路地にアンブレイカブルとして目覚めたばかりの陣道・一真(じんどう・かずま)は居た。巨躯から放たれる威圧感で、道行く人々は皆一様に顔色を変える。後ずさる、硬直する、物陰に身を隠そうとする者もいた。嵐が過ぎるのを待つ野兎のようだ。
「ここにゃ強い奴はいないのかねぇ。おおい、誰も俺と殺しあってくれねぇのかい?」
あきれ顔で、逃げ出す通行人の背中に呼びかける。自分はただ、強者とぶつかり、早くこの力を試したいだけなのに。
「ふーん、つええ奴とやりあいてえのか」
聞こえた第三者の声に、陣道が目を見開く。行き先に立ちはだかるのは、オーラを揺らめかせ獰猛な笑みを浮かべた鏡・剣(喧嘩上等・d00006)だった。
「……なら存分にその望み叶えてやるよ、たっぷりとな」
ザッと足音が響く。そこにいたのは一人ではなかった。赤鬼の面で顔を隠した篠崎・伊織(鬼太鼓・d36261)が立ちはだかり、志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)が妖の槍『銀爪』を携え、白炎を揺らめかせる。エイティーンでないすばでぃーになった新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)は、グローブやブーツも装着しており見るからに戦う気マンマンだ。
「お? お? なんか面白そうなこと殺ってるやん、俺ら混ぜろや」
梯・槐(歪曲マーダー・d37878)が、人を喰ったような嘲笑を浮かべてひょこひょこと陣道に近づいてゆく。猫背気味の長身痩躯に「本日の主役」のタスキを引っかけているにもかかわらず、赤い瞳から放たれる剣呑な気配は微塵も損なわれていない。
彼らは、只者ではない。たとえ力に酔っていてもそれがわからぬ陣道ではなかった。
「おおっと……これはこれは。何だ、あんた達は?」
問いながらも、望みが叶いそうな予感で頬が緩むのを抑えられない。
「強い人を探しているんだよね。私達が相手になるよ」
空手着に身を包んだ久我・なゆた(紅の流星・d14249)が答えた。
「兄さん、何だか強くなった気でいるらしいっすけど」
愛用のボクシンググローブを首に提げた榊・拳虎(未完成の拳・d20228)が、指先で弄んでいた小さな塊を陣道へ向かって弾いた。勢いよく飛んできたそれに目を向けることもなく受け止めた陣道だったが、己の手を開いて興味深そうに眉を上げる。手の中にあるのは、ゲーム用のコイン……それが尋常でない力で曲げ潰されている。
「普通じゃないのは、アンタだけじゃないんすわ、実は」
「へえ……いいじゃないか」
陣道が満面の笑みを浮かべる。灼滅鎧をまとった古海・真琴(占術魔少女・d00740)は、今のうちに一般人たちが避難できるよう殺界形成を発動する。
(「……また筋肉相手ですが……偶然にも2連続。こう連続で来るのもリベレイターの作用かしら?」)
びりびりと刺す殺気にも陣道の顔色は変わらない。完全に灼滅者たちと戦う気になっている。どうやら、うまくいったようだ。友衛がこっそりと胸をなでおろす。彼女の狼耳だけが、心の内を表してぱたりと動いた。
幸い、通行人たちはもういない。みなうまく逃げ出してくれたようだ。ほかの灼滅者たちも次々と殺界形成とサウンドシャッターを発動する。誰にも邪魔をされないように、誰も巻き込まれないように。戦場はここに整った。
「いいねえ、いい殺し合いができそうだ。さあ、あんた達はどのくらい楽しませてくれるのかね」
陣道が獰猛な笑顔で構えをとる。それが開始の合図となった。
●2
友衛の『銀爪』から放たれた妖冷弾が宙に煌めき、瞬きも許さない早さで陣道へと突き進む。サイキックのつららが炸裂するのとほとんど同時に、凶悪な笑みを浮かべた剣の両手から、オーラキャノンが迸った。
「さぁ、勝負だよ……!」
なゆたが、そして桃子が地面を蹴った。
「いっくよー! せーのっ!」
二人分のエアシューズから放たれる流星の煌めきが、轟音と共に重力をまとって陣道へと飛び蹴りを喰らわせる。
「武道を誤った使い方をする者は、許し置くわけには参りません! いざ御覚悟を!!」
堂々とした宣言と共に、真琴がマテリアルロッドを振りかぶってフォースブレイクを叩きつける。息つく間もない灼滅者達の攻撃を受けても陣道は平然とにやついている。
(……とは言ったモノの、やはり気圧されますね……)
く、と唇を引き結んだ真琴の側をすり抜け、伊織が抗雷撃を繰り出す。のんびりとした雰囲気はお面に覆い隠され、別人のような激しさだ。続けて幻狼銀爪撃を繰り出しながら槐が煽るように言った。
「強い奴と戦いたいんやろ? ここには強者しかいないぜ」
「なるほど、師匠よりは長く殺し合えそうだ」
灼滅者達の攻撃を避けもせずに一通り浴びたアンブレイカブルは、得心がいった風に頷いた。
「それじゃ、一緒に楽しもう、か!」
軽い予備動作のあと、振るわれた腕。固い、鍛えられた拳が、前衛の桃子へとまっすぐ叩きこまれた。
「っ!」
桃子が小さく悲鳴をあげ、驚きに目を見開く。空気まで震えるほどの衝撃音。ズザザッ、と踵が路地のコンクリートの上で滑り、体ごと押し込まれるように後退する。陣道がさらに追撃しようとするのを許さず、炎をまとった剣がレーヴァテインを叩きつけた。
「はっ、どうしたよ、その程度か、口だけの野郎ならさっさとかえってママのおっぱいでも飲んで寝てろや」
「あっはっは! 咆えたなクソ餓鬼!」
陣道が大声で笑う。いっそ無邪気とすら言っても良いくらいに裏表の無いはしゃぎっぷりだ。狂気すら覚えるほどの。
(「欲望に任せて力を振るう……それでは鬼と同じだ。これ以上の犠牲を出す前に止めなくては」)
友衛が静かに武器を構える。青い瞳がまっすぐに前を見据えた。
(「強敵との戦いを望むというのなら、私も全力でそれに応えよう」)
戦いで静かに高揚した彼女は、しかし力に呑まれることのない静謐さを湛えて陣道を正面に捉える。
(「今の私の力がどこまで通用するか、確かめてみよう」)
目が合った。にやり、と笑うアンブレイカブルに向け、『畏れ』を纏った友衛が鬼気迫る斬撃を放った。斬撃を追うように、拳虎の鍛えられた肉体が陣道へと肉薄する。舞い踊るような足運びであっという間に間合いへと飛び込んだ少年ボクサーの青いグローブが残像となって空を切る。
「!!!」
気合いと共に雷をまとった一撃。拳虎の強烈なボディ&アッパーが炸裂し、すぐ側で踊るように閃く伊織の日本刀『雷天轟刃』へ雷光が反射して輝く。
(「さて、どちらが強いかな?」)
面の下、赤い瞳を細める。構えから放たれた早く重い斬撃が、アンブレイカブルの余裕の笑みを断ち切らんと襲いかかった。
●3
サイキックが飛び交い、真琴のウィングキャット『ペンタクルス』となゆたのウィングキャット『レム』がその合間をすいすいと動き回り、リングを光らせ皆を回復してゆく。混戦の中、ソーサルガーダーで自らの傷を癒した桃子が立ち上がった。
「戦って、勝って、強さを証明する……気持ちは理解できなくもないけどね。でも、誰彼殺すのは頂けないし、一般人を巻き込むわけにはいかないね」
ぐっと両手を握りしめ、地面を蹴る。
「これでもくらえっ!」
先ほどのおかえし、とばかりに強烈な鋼鉄拳をねじ込んだ。呻きながら後退する陣道は、けれど楽しげな表情を止めない。
「強者……強者ねぇ、何をもって強者とするかだな」
満身創痍の槐が、闘いで高揚した薄笑いを崩そうともせず、へらり、と笑ってアンブレイカブルを煽ってみせる。
「最も、暴力を強者の定義と履き違えたお前じゃあ『強者の証明』は出来んやろけどな」
わずかに表情が険しくなる陣道へと、傷ついた肉体などものともせず『喰い殺』してやるとばかりに躍りかかる。槐に続いて伊織も強く地面を蹴った。縫うように戦場を走り、面の下からなびく緑髪が跳ねる。一瞬で死角へと回り込み渾身の力で容赦無い黒死斬を浴びせた後、あえなく膝をついた。
激しい攻防の中、灼滅者達だけで無く、陣道の顔にも次第に疲れが現れ始めている。
「あと少し……!」
ウィングキャット達に混じって真琴のワイドガードが前衛をつつみ、少しでも皆を回復させようと立ち回る。友衛の怪談蝋燭『白炎灯籠』が揺らめいて炎の花を宙に散らし、アドレナリン全開の剣が、己のダメージなど忘れたかのような猛攻撃をくりだした。
「強さを求め、戦いに心が湧く……それが間違っているとは言わない。だが、どれだけ強くても力は手段でしかない。大切なのは、それを扱う者の心だ」
友衛がアンブレイカブルへ静かに語りかける。だが陣道に、彼女の心は届くのだろうか。
「……それが理解できないというのなら……残念だが、ここで倒させて貰う」
陣道の眼前には、なゆたが迫る。鍛えぬかれた超硬度の拳をより強く握り締め、脇を固め、片方の手を引いた型から繰り出されるのは、鋼鉄拳。
「えい!」
気合い一閃、ポニーテールが跳ねた。
「力を手に入れちまうと、どうしてもそれを振るいたくなる。だからこそ『自制』に意味があるんすがねぇ……」
ぽつん、と呟く拳虎の眼光が、アンブレイカブルを貫く。ボクシングの構えを崩さず、一足飛びに懐へと飛び込めば、射程距離圏内に標的を捉える。
「まぁ、もう言っても詮無いんすよね。せめて、これ以上世の中に迷惑かける前に黙ってもらうっすよ」
ふっと鋭い呼吸音が拳虎の口から漏れる。瞬く暇もない速度で繰り出された強烈なストレートが、激しい打撃音と共に陣道を打ち据えた。
●4
勝負は、ここに終結を迎えようとしていた。
「は、は、は、やるじゃねえか……」
肩で息をしながら、陣道は心底嬉しそうに笑う。対照的に、なゆたのぱっちりとした大きな瞳は珍しく険しい色を浮かべていた。彼女にとって思い入れある空手が、こんな使い方をされているなんて。
「空手っていうのは……人をただ殺めるための技じゃないんだ!」
小さな道場主である空手家の末娘にとって、陣道の在り方は決して見過ごせるものでは無い。赤毛が彼女のまとったオーラにあおられて揺らめく。
「そんなのは空手じゃないっ、強さじゃない! ……私達の拳を、受けてみろぉっ!」
熱い叫びと共に拳に集束させたオーラでもって、なゆたの閃光百裂拳が、凄まじい連打でもって陣道を打ちのめした。
轟音が路地に響き渡る。ついに、アンブレイカブルの巨体が地面に倒れた。
「ああ……残念だ」
陣道は心の底からの無念さを口にした。まだまだずっと、一秒でも長く楽しんでいたいこの素敵な時間が終わってしまうなんて。
「もっともっと、もっとたくさん、オマエらと殺し合いたかったぜ」
悔しさを滲ませた呟き。歯噛みするような声音とは裏腹に、陣道の表情は穏やかで満ち足りていた。ダークネスが消えてゆく。灼滅者達が各々の想いをもって見守るなか、生まれたばかりのアンブレイカブルは、何かを得たような顔で消滅した。
「終わった、な」
剣が拳を納め、拳虎が脱いでいたパーカーを羽織り直す。桃子も額の汗を拭った。安堵のため息をついた真琴は、急に鎧の重さを感じたのかちょっとの間へたり込む。ふう、と肩を上下させ、誰ともなしに呟く。
「……武の道における自己反省は常に練達への機会なり、でしたっけ?」
すぐ気を取り直して立ち上がり、アンブレイカブルが消えた方へ向き直り、黙って一礼した。
(「道を誤った者は武人とは言えませぬが……私もかつては『球を蹴り合って』勝負をした身。終わってしまえば、敬意を」)
「まだ、戦いたんねぇんですけどー」
傷だらけなのを気にもとめない様子の槐がうそぶきながらも、大人しく学園へと足を向ける。伊織の赤鬼面はいつものように右目を隠す位置へと戻され、まとう雰囲気も普段ののんびりしたものへ戻っていた。友衛の耳は少しぺたりと寝ている。
「戦い滅ぼし合うだけでは、きっと駄目だ。分かり合えるアンブレイカブルも居ると思いたいな……」
任務を終えた灼滅者たちは、再び平和に戻った路地を後にした。
作者:さめ子 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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