偽りの力に溺れたなら

    作者:飛翔優

    ●不良少年の末路
    「これが、何度目になるかわからない。だが、何度でも言おう。いいか、今はまだ……」
     とある中学校の生徒指導室。一人の男子生徒が、老年の男性教師からの説教を受けていた。
     何度その男性教師の説教を受けたかわからない。そのたびに少年は聞き流し、反省するふりをしていた。
     強い者が勝つ。
     強い者こそ正義。
     強い者が好き勝手振る舞って何が悪い。
     だからこそ知っている。自分より強い者がいることを。怒りのままに男性教師をぶちのめせば、より強い者たちが自分を拘束しに来るだろうと。
     いつもは反省するふりをして聞き流し、見つからないよう裏で色々とやっていた。老年の教師は知らないだろう。説教を行っている内容は、少年の悪行の一つに過ぎないことを。
     それでも苛立ちは溜まっていく。
     抑えきれぬほどに溢れてくる。
     説教が続くに連れて、それは闇色の衝動へと変わり……。
    「……うるせぇ」
    「何?」
    「うるせぇ!!」
     男性教師をぶん殴り、黒板へと吹っ飛ばす。
     大きな音を立てて黒板が砕けていくさまを、少年は冷めた瞳で見つめていた……。

    ●教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、メンバーが揃ったことを確認し説明を開始した。
    「一般人がアンブレイカブルに闇落ちして事件を起こすという予知を、サイキック・リベレイターを使用したことで確認できました」
     闇落ちする一般人は傾向として、強さこそ全て、文句を言う奴は殴り倒すという考えを持っている。そして、その考えを否定するような親や先生、先輩、上司などを、闇落ちして殴り殺してしまうようだ。
     そのアンブレイカブルは闇落ちしたばかりだが、サイキック・リベレイターの影響もあり高い戦闘力を持つ様子。
     更に、そのアンブレイカブルは手に入れた強力な力に陶酔しており、その力を試すべく強者を探しに街へと繰り出している。
    「ですので、急ぎ街へと向かい、アンブレイカブルが戦いを挑みたくなるような強者を演じて、おびき出して灼滅してきて欲しいんです」
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「アンブレイカブルが発生しているのはこの、東京都多摩地区のベッドタウン。アンブレイカブルになったのは、中学校に通っていた男子生徒ですね」
     葉月は、中学校を中心とした区域に丸をつけた。
    「この辺りを強者を装って歩いていれば、何よりも灼滅者であることを悟らせれば、喜んで向こうから攻撃を仕掛けてくるかと思います」
     ただし、何らかの理由で見た目が弱そうな場合は一般人を目標にしてしまう可能性がある。そのため、アンブレイカブルが強敵だと認識するような服装をしたり、雰囲気を出せるような工夫があると良いだろう。
     また、アンブレイカブルは自分の力に酔っているため、たとえ不利な状況になっても逃走することはない。
    「最後に、戦闘能力について説明しますね」
     個体数は一体。戦闘方針は攻撃特化。
     攻撃方法は四種。加護を砕くためにぶん殴る、毒などを浄化する加護を得ながらの頭突き、掴んで何度も殴りまくる、肘鉄を急所に撃ち込みとどめを刺す。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は資料をまとめ、締めくくった。
    「力が強く、性質も凶暴。非常に危険な状態です。ですのでどうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    久我・なゆた(紅の流星・d14249)
    榊・拳虎(未完成の拳・d20228)
    四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)
    刃渡・刀(伽藍洞の刀・d25866)
    有城・雄哉(大学生ストリートファイター・d31751)
     

    ■リプレイ

    ●力に溺れた少年を探して
     学生も、教師も、子供も、親も、車も、バイクも、自転車も……人の力によって動くものは月村・アヅマ(風刃・d13869)を除いて遠ざかった、中学校近くの小さな通り。
     降り注ぐ陽射しのまばゆさに目を細めながら、アヅマは落ち着いた調子で歩いて行く。
     人の気など探ることのできない風は街路樹をざわめかせ、鳥たちは殺気の届かぬ空を飛び回る。時には土草の香りが鼻孔をくすぐり、近くに自然が残る場所があることを教えてくれた。
     大きな変化が訪れたのは、大通りに近い丁字路へとたどり着いた時。
     中学校の方角から歩いてくる人影を発見した時。
    「……」
     武装し、立ち止まる。
     人影を睨みつけていく。
     殺気を放ち続けている以上、この場を歩いている者が人であるはずがないのだから。
     近づいてくるにつれて、徐々に形が見えてくる。
     ブレザーの前を開け、だらしなく裾を引きずっているいかつい顔をした男だ。
     彼もアヅマに気づいたのだろう。互いに踏み込まなければ殴りかかれないくらいの位置で立ち止まり、ガンを飛ばしてきた。
     アヅマは肩をすくめ、笑みを浮かべた。
    「あー見付けた見付けた、ハイどーも、こんにちは」
    「……あ?」
     凄む様子を見せてきたが、アヅマの表情は変わらない。
     踵を返し、肩越しに語りかけながら歩き出す。
    「ん、俺? なに、ちょっとばかり人より強くなった程度で調子に乗ってる世間知らずに、お灸を据えに来たお節介焼きだよ」
    「……ちっ」
     舌打ちしながらも男は追いかけてきた。
     どことなく、その歩調は弾んでいる。まるで、強敵との出会いに喜んでいるかのように。
     その感想は間違いではないのだろう。彼はアンブレイカブルという存在になってしまったのだから。
     やがてアヅマはベンチが設置されているだけの小さな公園へと到達した。
     広場となっている中心にいたると共に立ち止まり、ゆっくりと振り向いていく。
    「さ、ここで」
    「死ねやオラァ!」
     眼前に拳が迫る。
     アヅマは、動けず――。

    ●軽い拳、重い力
     ――動かず、盾のように固めた蒼炎だけでその拳を受けきった。
     微動だにしない様を前に男が舌打ちして飛び退く中、草むらの中から四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)が飛び出していく。
    「VITALIZE!」
     スレイヤーカードを解放しながらアヅマの前へと到達し、愛用の棒を突きつける。
     隣に、新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835)のウィングキャット・ノエルが並んでいく。
     仲間を護るために動きはじめたノエルを見つめながら七葉は、男からもっとも遠い場所にて帯を放った。
    「迷い惑わせ」
     衝撃を全て体に留めただろうアヅマを抱き、きしんでいるだろう骨を癒やしていく。
     刃渡・刀(伽藍洞の刀・d25866)が治療のための矢を重ねれば、アヅマは万全の状態を取り戻した。
     一方、青いグローブをはめた榊・拳虎(未完成の拳・d20228)はアヅマの、悠花の横を抜け、身構える男に殴りかかる!
     顔をかばうように構えられた腕に受け流されながら、身を寄せ言葉をぶつけていく。
    「兄さん、何だか強くなった気でいるらしいっすけど」
     拳を戻し、ジャブを放つ。
     硬い手応えを感じながらフックへと繋げていく。
     右へ、左へとさばかれても引きはしない。
    「普通じゃないのは、アンタだけじゃないんすわ、実は」
    「知らねえなぁ!!」
     半ばにて男が拳を放ってきたから、顔をかばう形で受け止めた。
     地面を削りながら後退するも、姿勢が崩れることはない。
    「……その拳、全然痛くないっすよ」
     力を手に入れると、どうしてもそれを振るいたくなる。
     だからこそ自制に意味があるのだけれど……。
    「……糞が」
     男は瞳にギラつく光を宿し、集結する灼滅者たちを見回してくる。
     七葉は拳虎を帯で抱くさなかに目が合った。
    「ん、力に溺れて帰ってこれないなら、そこまで、だよ?」
    「……説教か、ああ?」
     拒絶し、睨みつけてくる男。
     反応を見せず、七葉は拳虎を治療し続けていく。
     情報通り、一撃一撃の威力そのものは重いらしく、七葉が刀の治療補助を行うタイミングは多いと予想される。
     けれど、振るう拳は良く言えばとても素直、悪く言えば考えなし。
     込められている想いも、軽い。
     練度を上げ続けてきた仲間たちにとって、いなすのはきっと容易いはず。
    「前はお願い、ね」
    「ああ、もちろんっす!」
     治療を終え、七葉は拳虎の背中を押した。
     意気揚々と拳虎が男へ迫る中、久我・なゆた(紅の流星・d14249)のウイングキャット、レムの放つ魔法が弾かれていくさまが見える。
     直後、なゆたがポニーテールをなびかせながら開いた腕の下に潜り込んだ。
    「っ!」
    「そんな心のない力は、本当の強さじゃない――私たちの力、見せてあげるよ!」
     反射的に身を固めた男の足を払う。
     すっ転んでいくさまを横目に飛び退れば、入れ替わるようにして青の髪と青の瞳、破れた学ランに包まれている筋肉質な体へと変わった有城・雄哉(大学生ストリートファイター・d31751)が飛び込んだ。
     起き上がろうとしてきた男に防衛領域を広げた盾をぶつけ、再び地面に頭を付けさせた。
     怒りに満ちた瞳を受け止めながら、雄哉は男を見下ろし続けていく……。

     突き出された拳を、風車のように回転させた棒で受け流す。
     半ばにて放たれた膝蹴りは体内に溜めていたオーラで受け止めた。
     男が苛立ちをつのらせていく様子を見せる中、悠花は棒に紅蓮のオーラを走らせていく。
    「そんな力で勝てるとお思いですか?」
     回転の勢いを乗せて下から突き上げた。
    「っ!」
     膝を打ち据え、男を後退させていく。
     深追いせず、ただただ見つめ続けていく。
    「……」
     歯ぎしりしながら男が距離を取った。
     仲間たちが猛追していく中、暖かな力を感じて肩越しに視線を向けていく。
    「刀さん、ありがとうございます」
    「いえ、ご無事なのなら何よりです」
     受け流しても残滓程度は感じただろう痛みを癒すため、悠花に気を注いでいた刀。
     その横を千鳥が駆け抜けて、男に切りかかっていく。
     拳に弾かれていくさまを見つめながら、続いて仲間たちに視線を送った。
     問題ない。
     誰ひとりとして、余計なダメージを残したままの者はいない。
     戦いが始まった時と全く変わらぬ勢いで、アヅマが魔力を込めた小ぶりな棍を振り上げた。
    「よっと」
    「ちっ」
     振り下ろした棍がクロスする腕とぶつかりあった時、魔力を爆破。
     勢いに負け、吹っ飛んでいく男。
     着地とともに視線を走らせ、最も近くにいた雄哉に殴りかかる。
    「この、このぉ!!」
    「……」
     ただただ怒りに任せているだけの拳。
     全て受けた。
     逞しい体で。
     間に闇のオーラを走らせる事なく、防衛領域を滑り込ませることもなく。
     痛みはある、内臓が傷ついていくのも感じている。
     けれど軽い、一撃一撃が。
     自らを駆り立てていく闘争本能が、まるで薄い紙を一枚くべられた炎のような反応を見せるほどに。
    「……」
     冷たい瞳で見下ろす先、男は口の端を持ち上げていた。
    「はっ、偉そうなこと言っといて大した事ねーじゃねーか。ははっ……」
    「力を振るうのは、楽しい? たとえそれが、暴力だとしても?」
    「あ?」
     表情を消し――。
    「当たり前じゃねーか!」
     ――男は笑う。
    「力がありゃなんでもできる。もう、サツに怯える必要もねぇ。てめぇらみたいなの倒してきゃ、それが更に更に広がってく。こんなに楽しいこたぁねぇ!」
     雄哉は瞳を閉ざし――。
    「……今、わかった」
     ――強く、強く見開いた。
    「同じ力でも、僕と君では力を持った意味が違う! だから、僕は君を殺す」
     下からえぐりこむかのようなアッパーカット。
     反射的に両腕を構えた男をふっ飛ばせば、なゆたが距離を詰めていく。
     ポニーテールを揺らしながらの正拳突きが男を後退させていく中、同様に追いかけようとしていた雄哉の体に暖かな力が注ぎ込まれた。
    「治療が終わるまで待って」
    「……わかったよ」
     僅かに力を抜き、雄哉は身を委ねていく。
     滞りなく治療を施す中、刀は悠花に殴りかかっていく男を見据え、目を細めた。
    「人であろうとダークネスであろうと……力に溺れ、道を見失った者の末路など先が見えています」
     末路を示すかのように……悠花が振るわれた拳を巻き込むように棒を回転させ、のけぞらせる。
     直後、防衛領域を纏った拳で殴り飛ばしていた。

     浮かぶは苛立ちか、焦りか怒りか。
     余裕など欠片も残さず、男は散発的な攻撃を繰り返す。その全てに、もはや開幕時の精彩はない。
     なゆたがポニーテールを置き去りにする形でしゃがみ込み、突き出された拳を回避。
     腕が伸び切った瞬間に足を払い、倒れ込んできた体に拳をねじり込んでいく。
    「ぐ、がは……」
     空気を吐いていく音色を聞きながら、襟元を掴んでぶん投げた。
     即座に体を向ける中、男は姿勢を正すこともできずに地面に叩きつけられていく。
     体中を震わせながら、立ち上がっていく。
    「てめ……えら、絶対に、絶対に許さねぇ……!」
    「残念だけど、もう、その拳は届かない」
     静かな声音で告げ、アヅマが踏み込む。
     身構えることもままならない男の中心に杭を突きつけ、着火。
     ジェット噴射の勢いを乗せ、その体を貫いた。
    「……力あるって、そんなに嬉しい事かね……」
     ぼそりと呟くとともに持ち上げ、トリガーを引き、杭を炸裂させて打ち上げた。
     身構える猶予すらも与えずに、七葉が数多の弾丸を浴びせかけていく。
    「この数……いや、その姿勢じゃ避けられるはずもないね」
    「ぐ、この……」
     もがく男を弄び、大地へ戻ることを許さない。
     ノエルが魔法を重ねる中、刀が千鳥と背を重ねた。
    「……斬ります」
     影に一刀、それぞれの両手にも二刀。
     合計五つの刀を構え、落下点へと踏み込み……。
    「が……」
     鼓動よりも早く、けれど決して重ならぬ斬撃を浴びせかけ、地面に転がしていく。
     全身から血を流しながらも、呼吸を乱しながらも、男は立ち上がろうともがいていく。
    「まだ……こんなことじゃ……これから、これから楽しくなるところだったんだ。こんなところで、俺は……」
    「……」
     拳虎が言葉なく踏み込み、ボディーブロー。
     体をくの字に折った男の体を、拘束したのはレムの魔法。
     拳虎が離れる中、代わりになゆたが踏み込んだ。
     睨みつけてくる男を正眼に見据え、ただただ右腕に力を込め……。
    「が、あ……」
     衝撃を内部へと伝える掌底を。
     男は一歩、二歩とよろめいた後、糸の切れた人形のように崩れ落ち……。

    ●力を得たものが選ぶ道
     力に溺れ、男は滅びへと導かれた。
     涼し気な風が戦いの終わりを伝えてくる中、拳虎は自らの拳を見つめていく。
    「……一歩間違えたら、とは思わないっすけど……それでも、力を持つからこそ自制が必要なんっすよね」
    「心無き力はただの暴力。そしてより強い力に折られるだけだよ」
     七葉が語り、瞳を閉ざす。
     頷く雄哉は心のなかでつぶやいた。
     ――もしもあの時、一歩間違えていたならば。あるいは、自分も……。
    「……」
     首を横に振り、元の姿に戻っていく。
     さなかには、悠花が男を見つめていた。
    「それでも……この方にも、家族がいたはずです。ですから……」
     瞳を閉ざす。
     口をつむぐ。
     静寂の中、ただただ思いを馳せていく。
     それは祈りか、それとも自戒か。
     今はただ、取り戻された平和に身を委ね……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月23日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
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