死を撒く子らよ、眠れ

    作者:六堂ぱるな

    ●若き死の運び手たち
     追尾してきた弾丸が体に食い込んで、ノーライフキングは呻き声をあげた。少年の繰り出すナイフがその傷をより深く、より残酷に刻みつけて引き裂く。短槍が冷気を撒き散らして翻り、ゾンビを凍りつかせた男の子が歓声をあげて振り返った。
    「手下は全滅だぜ!」
    「くそっ……!」
     水晶化した両手を掲げてプリズムの十字架を顕現させる。まばゆい光が迸ったが、かわした少女がその眉間にチェーンソーを叩きつけた。
    「はいはい、頑張った頑張った」
     無感動な言葉と共に回転する刃がノーライフキングを縦に両断する。どしゃりと倒れた身体は見る間に砂粒と化して崩れ去った。チェーンソーのトリガーから手を離した少女に、似た年頃の少年が倒れたゾンビを仰向けに転がしながら声をかける。
    「これでこの迷宮はおしまいかな?」
    「そのようね。これ以上奥はないみたい」
     ここに至るまでの枝道は探索し尽くした。これで彼らの踏破は完了する。
    「ゾンビ程度ではボクの真価は発揮できませんね。逃げ惑う人間が一番です」
    「それめっちゃくちゃ楽しそうだな! どっちがたくさん殺せるか競争しない?」
     坊ちゃん然とした男の子が銃を仕舞いながら不満そうに呟くのへ、槍をかついだ男の子がおおらかに笑って言った。ナイフを弄びながら少年が嘆く。
    「未だ訓練、か。かったるいけど仕方ないな」
    「私たちはまだこんな相手に怪我するような新米よ。こんな場所とっとと出て、引率の評価を貰いましょう」
     身を翻した少女を追って、少年と男の子たちが湿った石畳を駆けだした。

    ●危険の芽を摘め
     召集をかけた埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)は、複雑な表情で集まった灼滅者たちを出迎えた。
    「暗殺武闘大会決戦で闇堕ちした久遠・翔(悲しい運命に抗う者・d00621)が現れた。少々複雑な状況にある」
     翔は現在ミスター宍戸の計画の協力者だ。ミスター宍戸のプロデュースで闇堕ちした子供たちの引率として、ノーライフキングの迷宮で訓練を行っている。子供たちはなりたての六六六人衆だが、リベレイターの効果もあって迷宮踏破は難なく成功させる。
     経験を積んで成長すれば有力な敵に成長することだろう。
    「彼らに経験を積ませるわけにはいかない。諸兄らには彼らの灼滅を依頼する」
     そう言うと玄乃は地図を広げた。

     新人六六六人衆は高校生の男女一人ずつと、小学生の男の子が二人いる。
     全員が殺人鬼のサイキックを使い、他に少女が騒音刃、少年がジグザグスラッシュ、槍を持った男の子が妖冷弾、銃を持った男の子がホーミングバレットを使うようだ。
    「状況だが、彼らが迷宮を踏破して出てきたところを奇襲して貰う。彼らには迷宮での蓄積ダメージがあるので与しやすい」
     かつ油断しきっているので最初の1ターンは一方的に攻撃できる。
     迷宮は町の郊外にある廃病院の地下。地下の霊安室に入口の扉があるので、張り込んでいれば現れるはずだ。
    「懸念は、戦闘が長引くと『久遠・翔』が救援に現れる可能性がある。強力な六六六人衆となった彼に乱入されれば勝ち目はない。即時撤退して貰いたい」
     現場の位置を記した地図と院内見取り図を配布して、玄乃は目を伏せた。
     幸い追撃される心配はない。彼は新人たちの回収を優先するからだ。
     玄乃は資料を閉じると、集まった灼滅者へ釘をさした。
    「縁のある諸兄らには申し訳ないが、今は六六六人衆の撃破を主眼にして欲しい。新人たちも消耗しているとはいえ危険だ。油断なく対応し、無事に戻ってくれ」


    参加者
    斑目・立夏(双頭の烏・d01190)
    蒼月・碧(碧星の残光・d01734)
    藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)
    空井・玉(リンクス・d03686)
    雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)
    琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)
    七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)
    三影・紅葉(あやしい中学生・d37366)

    ■リプレイ

    ●待ち居たるもの
     あちこち崩れた廃病院とはいえ、地上の光は霊安室までは一筋も差さなかった。
     既に霊安室の中に、本来あるはずのない扉があることを確認している。
     相手に気取られぬよう灯りを消し、七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)は霊安室の中の様子を窺っていた。ダークネス同士で殺り合うならともかく、一般人に被害が出る前に片付けないと。そう思っての参戦だ。傍らには彼女の魂の片割れ、霊犬の蒼生が伏せている。
    「人を治療する病院が戦場になるなんて、安心できる世の中じゃねえな」
     扉の陰に陣取る三影・紅葉(あやしい中学生・d37366)が溜息をついた。ふと目があった斑目・立夏(双頭の烏・d01190)に挨拶をする。
    「よろしくな」
    「よろしゅうなあ」
     腰につけた照明の角度を調整しながら立夏がにこやかに応じた。その横で黙然と前を向いているのは藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)。既に院内見取り図を一度見て、地上へのルートは頭に叩きこんである。
     小学制服の上に、勿忘草色と白を織り交ぜた着流し姿。顔の右側をお面で隠した琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)は廃病院の図面を精査し、久遠・翔が来た際の撤退ルートを想定していた。
    「平気で人を闇堕ちさせるなんて………許さないよ、宍戸」
     学園の人も、取り戻すのだから。
     カンテラの光量を調節した蒼月・碧(碧星の残光・d01734)が独り言のように呟いた。
    「六六六人衆の新人さんですか。でも、新学期は始まって大分経っているんですけど……いえ、ともかくその新入生さん達は、ここで断たせていただきますっ!」
     輝乃と同じ図面を見て雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)が考えているのは、万が一、狩られたノーライフキングの迷宮が消えなかった時のことだ。
     若き六六六人衆たちとて死にたくはあるまい。彼らを助けられたら、それはとても素晴らしいだろう。……でも今は止まれない、止まれば今までを無にするかも知れない。
    「残酷と言われるかもですが、手負いの相手ほど死力を尽くすでしょう。時間が限られた現状……情けをかけると私達から犠牲がでる可能性がある以上、速やかに灼滅します」
     暗視ゴーグルをかけた空井・玉(リンクス・d03686)は何も言わず、ただクオリアと時を待っていた。扉のむこう、霊安室で重いものがこすれて動く音がする。
     あの扉が開いて、六六六人衆たちが迷宮を出てきたのだろう。
     価値観なんて人それぞれ。種族が違えば尚更だ。考えの異なる者に一々ケチを付ける気は無いし、殴り掛かりながら説法を出来る訳も無い。
    「行くよクオリア。轢いて潰す」
     だからいつも通り、力尽くで片付けよう。

    ●重なりあわず
     霊安室の扉を開いて灼滅者たちはなだれこんだ。ベッドも何もない部屋の反対側、開いた扉の前で四人の少年少女が振り返る。
    「なんだ?!」
     反射的にナイフを構える少年――アルバスへ、速度を落とさず菖蒲が駆けた。首から提げた棒状のライトで相手の位置は把握している。
    「始めから全開で行きますよ!」
     菖蒲の手甲から無数の手裏剣が解き放たれた。それはアルバスと少女、裂花へ殺到し、かっと熱を帯びて爆発する。完全に不意を打たれて二人が巻きこまれて咳き込んだ。
    「ばかな、一体……」
    「こんな出会いじゃなければ、あなたたちと友達になれる機会があったかな?」
     灼滅者の用意してきた照明が灯され、浮かびあがるのは鬼のものと化した輝乃の腕。
     アルバスは頭から爪の一撃を浴びてたたらを踏んだ。
    「灼滅者だ!」
     驚きとも喜びともつかない声をあげたフェイクが槍を構え、次いで飛び出してきた碧へ狙いを定める。妖気を氷へ変えた弾が彼女にあたる前に、火線上にとびこんだ蒼生がきゃんと鳴いてダメージを引き受けた。
     碧の細い腰の後ろから藍の閃光と名付けられた飾りリボンが翻り、攻撃から逃れようとするアルバスに追いすがる。一方で彼女は問いかけてもいた。
    「ねぇ、その力ってどうやって目覚めたの? いきなり、なんてことはないと思いますけど……」
     碧とてまともに答えてくれるとは思っていない。ただ知りたかったのだ。案の定、裂花がチェーンソーのエンジンをかけながら首を振った。
    「回復役から狙うわよ。……目覚め方で占いでもするつもり?」
    「死に方の占いには、なるかもしれないね」
     後衛めがけて一気に加速する裂花に挑発を投げて、玉がアルバスのサイドへ回りこむ。クオリアの体当たりで体勢を立て直せない鳩尾めがけ、杖が思い切り食い込んだ。流し込まれた魔力で内側からも灼かれたアルバスが血を吐く。
    「おまえら何で?!」
    「自分ら、こないなとこでこないな事しててええん?」
     精神を揺さぶるような歌声の合間で立夏が問いかけた。無理かもしれない、けれどもし、まだ戻ってこれるなら。
    「帰り待ってる奴とかおるんとちゃうの?」
    「誰一人いませんよ」
     立夏の問いには、彼へ真っ直ぐ銃を向けながら真矢が答えた。利発そうな幼い顔が残酷な言葉と共に銃弾を放つ。
    「邪魔になったので殺しましたから。むしろこれがやらねばならぬことです」
    「ダークネスとして生きることを選ぶならば、灼滅対象として認識する」
     ジャケットごと背中を徹也に拳で引き裂かれ、アルバスが濁った怒鳴り声をあげた。
    「何を今さら! 殺しに来たんだろうが?!」
     目についた碧にナイフで切りかかる。咄嗟に割り込んで一撃を引き受け、紅音は妖祓刀『桃華』で反撃の刺突を見舞った。刃の桃花が血に染まり、少年の体から力が抜ける。
    「アルバス?!」
     フェイクの驚きの声を背に、倒れたアルバスは灰のように砕けて散っていった。
     声の主を振り返り、紅葉がダイダロスベルトを疾らせる。風を裂いて飛来する帯がフェイクの胸を深々と抉り、蒼生の斬魔刀が続けざまに引き裂いた。

    ●削り、削られ
     手負いといえど六六六人衆。灼滅者の怪我も決して軽くはないが、数を減じたことで戦局は否応なく灼滅者側へ傾いた。
    「なんだよこれ。こんな強いなんておかしいじゃん!」
     震える声でフェイクが叫ぶ。
    「しっかりしなさい。アルバスの二の舞になるわよ」
    「うるさい!」
     裂花の警告も耳に入らないらしいフェイクが、半ばやけっぱちのように灼滅者たちへ殺気を解き放った。どす黒い殺気が渦をまく。
     安堵したような顔になった彼の前へ、殺気を突き抜け紅音が姿を現した。
    「うわっ!」
     リノリウムの床を滑る万象霊靴『星嵐火風』が風を巻く。摩擦で炎が噴き上がると、鮮やかな軌跡を描いて鳩尾へ蹴撃が捻じこまれた。車にでも撥ねられたように体が吹き飛んで、奥の壁に激突する。
     フェイクが動かなくなると、蒼生の斬撃をぎりぎり躱した裂花は深い溜息をついた。
    「頭数にもならないとはね。なるほど、新米だわ」
    「ガキ相手やさかいちょい複雑な心境やねんけど、被害出すわけにいかへんさかいな」
     どこかすまなそうに言った立夏が歌声を響かせる。あの殺気から菖蒲を庇った紅音の傷はそろそろ深刻だ。皆で無事に帰るため、早めの回復を心がけないと。
     仲間を二人失ったわけだが、まだ真矢の態度は悠々たるものだった。
    「大丈夫ですよ、裂花。ボクたちだけでも戻れば充分です」
    「油断はしないで。こいつらやばいわ」
     地を這うように低い姿勢で裂花が駆ける。狙いは――変わらず立夏。紅音が庇いにくれば上々という狙いだろう。防具ごと引き裂こうとチェーンソーが唸る。
     咄嗟に間合いに飛び込んだ蒼生が切り裂かれて消し飛んだ。立夏を庇える位置をとった徹也が踏込み、逆に裂花のジャケットをねじ切りながら拳を打ち込む。
    「ダークネスは灼滅する。それが俺の任務だ」
     決して何も感じていないわけではない。強い葛藤を抱えてもいる。それでも徹也は無表情のまま言いきった。

     追いかけてくる真矢の銃弾に足を穿たれ、立夏が瞬たたらを踏んだ。ただでも当たりやすいこの技を狙撃手にやられては避けきれない。
     尚も包囲を突破しようとする二人の前に回り込み、玉は裂花の懐へとびこんだ。短く吐いた呼気とともに渾身の拳を連続で放つ。体格に見合わない重い連撃に晒されて、裂花が苦鳴をあげてよろめいた。すかさずクオリアが体当たりを食らわせる。
     もはや言葉は意味をなさない。手に馴染んだ降魔の光刃を構え、碧も切りかかった。輝くサイキックエナジーが体を薙ぎ、血を撒きながらなんとか裂花が後じさる。
     菖蒲は腕を狼のものへと変えながらその後を追った。人狼の本性、獲物をとらえる銀の爪がカンテラの灯りを照り返す。
    「いきますよ、刃よ爆ぜなさい! 白き狼よ、その威を示す時です!」
    「あああああっ!」
     一撃を真っ向から食らいながら、相討ちに持ち込もうというのか裂花がチェーンソーを振りかぶった。一瞬覚悟した菖蒲の前にクオリアが滑り込み、代わって一撃を引き受ける。フレームが大きく歪んだクオリアはエンジンを噴かそうとして成らず、消えた。
    「お母さん、お願いっ!」
     輝乃の声が響いた。守護の願いを込めた片翼のfamilia pupaが展開し、砲門を開く。放たれるは業を凍りつかせる砲弾。
     轟音とともに撃たれた裂花が大きくよろめき、紅葉の足元から滑り出る影が炎をまとって彼女を貫いた。身を焼く炎が勢いを増し、少女が大きく喘いだ。
    「……くだらない。こんなところでつまづくなんて……」
     自嘲するように吐き捨てた裂花の手からチェーンソーが落ちる。白い肌が青黒く変わり、干からび始めて、彼女はべしゃりと濡れた音をたてて倒れ伏した。
     これで残るは弱り始めた真矢一人きり。押し切れる。

    ●永劫の眠りへ
     灼滅者たちに包囲され動きを捕捉されている真矢の狂乱は、予想以上のものだった。
    「ああああっ! こんな、こんな奴らなんかに!!」
     逃れようと駆ける真矢の横から飛び出して、輝乃の彩葉秋――真っ赤に紅葉した紅葉の枝が振り抜かれた。小さな体が勢い余って霊安室の壁に叩きつけられる。咳き込みながら壁を蹴って離れる真矢に追いすがり、槍を携えた菖蒲が囁いた。
    「怨むなら怨んで頂いて結構……それだけの事をしていますからね」
     繰り出す穂先が螺旋の軌跡を描いて体を貫く。血の糸をひいて身をよじり、力任せに逃れた真矢が槍を蹴って距離をとった。尚も逃走を試みる。
     包囲を突破しようとする前に回りこみ、玉はS.M.E Act.2のジェット噴射で一気に距離を詰めた。驚愕の表情を浮かべた真矢の胸の中心に現れた『死の中心点』へ、杭を思いきり叩きこむ。
    「げはっ?!」
     跳び退りながら杭をリロードする玉とすれ違い、碧は唇を噛んで降魔の光刃を構えた。
    「ボクも堕ちて助けてもらっていなかったら、こうなっていたのかも……」
     でも、だからこそ、今この時がとても大切だとわかる。
     真矢には救いの手は現れなかった。あるいはその手を、彼は拒んだ。
    「だから、ここで、止めさせてもらいますっ。それに……堕ちて傷つけることを喜んでいるのなら、許せないからっ」
     刃が紅蓮の炎に包まれる。碧にとって光の道標となった刃は滅びの切っ先となり、たたらを踏む真矢の胸をざっくりと切り裂いた。
     脚がもつれて近付く紅音を避けきれない。この地に宿る畏れを纏った双紅月斧『暁月』の赤い刃が、したたかに真矢の背中を割る。
    「くそッ……!」
    「おっと」
     闇雲な乱射を避け、身を捻って跳び退りながら紅葉が足元から影を放った。うねる影が真矢をとらえ、呑み込み、彼のトラウマを呼び醒ます。
     銃をとり落としかけて舌打ちをする真矢に、訥々と徹也の問いが投げかけられた。
    「周りを見ろ。これがダークネスの生きる者の世界だ。この様な死を望んでいのたか。人に戻る意思はないのか」

     誰もが攻撃の手を止め、彼の答えを待った。
     それは興味の有無に関わらず、彼がもう逃げられないと明らかだからでもある。

     顔を引きつらせた真矢は、霊安室の中を見回した。とうにアルバスやフェイクの死体など影も形もない。裂花の体だけは転がっていたが、それも黒く萎み異臭を放ち始めている。
     そこにあるのは人のものとは違う死、灼滅という滅びだ。
    「死にたくなんかありませんよ!」
     絶叫する真矢が弾丸を放ったが、ふらつきながらの射撃では徹也にかすりもしない。
    「だから腕をあげるんでしょう。楽しく殺して、殺して、殺して、殺し続けたらボクは生き残って、序列というご褒美も貰える。それだけです!」
     紅音の深い傷を塞ぎながら、徹也の想いを知る立夏が声を詰まらせた。
     何がおかしいのかと喚く真矢の姿は、子供の姿とはいえ、ダークネスだった。殺す本能と殺す快楽を食らって生きる闇そのもの。
    「そうか」
     淡々と呟いて半歩引き、葛藤を呑み下して徹也はぐっと拳を握りこんだ。
     放つは渾身の拳撃。オーラを集中させた拳が真矢の身体を凄まじい連打で擦り潰す。骨が砕け、銃が落ち、膝が崩れ――。
     真矢は声もなく、倒れた。

    ●交わせど交わらず
     何とも言いようのない沈黙が落ちた。すぐにこの場を立ち去れば久遠・翔に遭遇することなく戻れるだろう。玉が手早く仲間の怪我を治療し、なかなかに傷が嵩んでいた紅音も息をついた。
    「……うん、大丈夫。動けそうよ」
    「では早めに帰りましょうか」
     菖蒲が仲間を促した。この状態での遭遇は避けたい。
     もし久遠・翔に遭遇したら、助けようとしている人がいることを忘れないでほしいと伝えたいと輝乃は思っていた。幸か不幸か、その機会は得られなかったが。
     照明を回収して一行は霊安室を出ていく。
     徹也が振り返ると、真矢の小さな遺体がぐずぐずに崩れていくところだった。人をやめた彼らの遺体は人と同じようには残らない。
     霊安室を出ながら、徹也が小さな声をこぼす。
    「すまない」
     その言葉を、すぐ隣を歩く立夏は聞いていた。想いをこめて彼の肩をぽんと叩く。
    「わいらやどうしようもできんこともあるさかいに」
     万能ならぬ身には、ままならないことが多くて。
     気落ちした様子の碧が続き、最後に紅葉が戦いの跡が色濃く残る霊安室を一瞥した。何も言うことなく、身を翻して立ち去る。

     未熟な芽を摘み実を奪う、それが戦の常道であれど、思うところは誰にもある。
     この屍がいつか何かに手が届く糧となるのか。まだ今は、手掛かりすら見えない。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月4日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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