新人教育は迷宮破りの実地訓練

    作者:麻人

    「き、貴様らっ!?」
     自らの創り出した迷宮の最下層にて、ノーライフキングは驚愕に慄いた。トランプを置いたテーブルを挟んだ向かい側。それぞれに違う学校の制服を纏った少年少女たち――闇堕ちしたばかりの六六六人衆たちが武器を手にしてにやりと笑っていた。
    「イカサマは許さんぞ!!」
     自らの迷宮をカジノに作り替えたノーライフキングはイカサマによってアンデッドたちを陥れてここまでたどり着いた彼らに憤る。
    「ギャンブルを舐めおって……」
    「申し訳ないけど、そんなもの存じ上げません」
     一見おとなしそうな少女は底冷えのする瞳で告げ、その背後に回り込む。ノーライフキングがそちらに気を取られた瞬間、躍りかかったのは髪を真っ赤に染めたブレザーの少年だ。
    「ぐえっ!?」
     蝶ネクタイの首元に鋼糸のようなものを巻きつけられたノーライフキングはくぐもった悲鳴を漏らした。
    「…………」
     耳元で少年は何かを呟いている。
     その度にノーライフキングの顔色が青くなったり赤くなったりした。彼は楽しんでいるのだ。肉体だけでなくその精神を壊すこともまた、極上の遊戯であることを知っている。
    「こっちがお留守ですよ」
    「ひぎゃあっ!!」
     鋼糸に絡めとられて身動きの取れないノーライフキングの背後から最初の少女が雑にナイフを振るった。
     飛び散る血飛沫の中を、残りの二人が歩み寄る。
     彼らは四人で行動していた。
    「共闘なんて糞くらえだが、引率の久遠・翔が言うなら仕方ない。せいぜい俺の邪魔をしないように動けよ」
     上着の中に暗器の如く隠し持っていた無数の凶器を取り出した少年は、隣の少女に仲間同士とは思えない一瞥をくれる。
     だが、彼女は鼻で笑ってノミのような殺人道具の先に舌を這わせた。
    「早い者勝ちって知ってる? 私はあいつの両目をもらうわ。人間の血の味は知ってるけど、ダークネスのそれはどんな感じなのかしらね。ふふ……最高に楽しませてね、ノーライフキングさん?」

    「ミスター宍戸プロデュースによって闇堕ちした中高生が、実地訓練と称してノーライフキングの迷宮破りを行っているらしい」
     村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)は顎に当てた指先をリズムをとるように動かした。
    「しかも、これに元武蔵坂学園の生徒が関わっているみたいなんだ。暗殺武闘大会で闇堕ちした久遠・翔(悲しい運命に抗う者・d00621)。彼が新人六六六人衆を引率して、残存するノーライフキングの迷宮の探索訓練を行っている、ということが分かった」
     迷宮破りを行っている中高生はまだ六六六人衆になりたてではあるものの、サイキック・リベレーターの効果もあって、ノーライフキングの撃破は問題なく成功するようだ。
     今はまだ戦い慣れておらず未熟な面があるが、彼らが経験を積んでいくことで後々は有力な敵になるかもしれない。
    「そうなると厄介だね。予知によって新六六六人衆たちが踏み込んだ迷宮の場所は特定できている。彼らがノーライフキングを撃破した直後、迷宮から出てきたところに奇襲をかけて灼滅して欲しい、というのが今回の依頼だ。数は4人。戦力的には厳しいけれど、あちらはノーライフキングの迷宮での戦いで消耗している。奇襲さえ成功すれば十分な勝機はあるだろう」

     新六六六人衆は4人ひと組で活動している、とエクスブレインは詳細な説明に入った。
    「ただ、組織だった戦いは苦手というか、最初からするつもりはないようだね。もちろん新人だからということもあるんだろうけれど、性格的にも互いを仲間だとは思っていないようだ。4人のいずれもが1番強いのは自分だと思っている」
     1人めは見た目こそ大人しげな少女・鳥居大路。物腰こそ落ち着いて丁寧だが、容赦なく弱点をついてくる冷酷な高校一年生。解体ナイフに似た得物を使い、死角を突いて敵の懐に潜り込む。
     2人めは髪を真っ赤に染めた高校二年生の少年・伊砂。鋼糸のような形状の獲物を使いこなして、相手の動きを妨げる。肉体的な苦痛よりも精神的な心傷を与えることを好むサディスト。
     3人めは、まだ小学六年生の少年・槐。制服の上着の内側に無数の凶器を隠し持っており、遠距離からの狙撃を得意とする。このなかでは最年少ながら、最も自信過剰で気が強い。
     そして、4人めはノミのような殺人道具を愛用する中学二年生の少女・桜染。狡猾に漁夫の利を得ようと、仲間の獲物を横取りするチャンスを窺っている。
    「と、こんな感じの連中だからね。あっちは戦闘というよりも己の殺戮欲を満たすために暴れてるって感じだ。基本的に連携もとらないし、各自が好き放題動くだろう」
     ただし、とエクスブレインは声をひそめた。
    「戦いが長引くと引率者である久遠・翔が救援に現れる可能性がある。彼は強力な六六六人衆だから、手を出されたら勝ち目がない。幸い、こちらの撃破よりも新人たちの回収を優先するから無理に戦わなければ撤退することは難しくないはずだ。彼が救援に来る前に、可能ならば4人を全滅させる。不可能でもできるだけ多くの六六六人衆を灼滅できるように、頼んだよ」

     ひと息をついてから、エクスブレインは慎重に言葉を選んだ。
    「なかには説得して助けたい、という人もいるかもしれない。新六六六人衆は闇堕ちしたばかりだから、救出できるかできないかで言えば不可能じゃないからね。だが、連中はああいう人間性だし……それに、時間がかかれば久遠・翔が救援に現れる可能性が高まる。彼にはどうしても成し遂げたい理由があるようなんだ。ノーライフキングの中に殺したい相手がいるという、この作戦を行うに値する目的がね」
     最後に、エクスブレインは戦場となる場所の説明を付け加える。
     そこは夜の廃団地。
     建物が障害物となる、屋外の広い戦場だ。
    「彼らはそれを利用してすぐに散開するはず。うまく仕留めて、久遠・翔の作戦を阻止してくれるかい?」


    参加者
    ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)
    無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)
    リアナ・ディミニ(絶縁のアリア・d18549)
    香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)
    刃渡・刀(伽藍洞の刀・d25866)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)
    ニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)
     

    ■リプレイ

    ●開幕
    (「幽霊でも出て来そうな雰囲気だな……」)
     暗視ゴーグル越しに見る夜の廃団地は肝試しに最適な廃墟群といった風景だった。土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)は状況に異常がないことを確認して、同じく暗視機能付の単眼鏡で観察していた無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)と視線を交わし、頷き合った。ニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)だけはそのまま単眼鏡を覗き続けている。ぎり、と噛みしめた奥歯の音が隣で耳ならぬ『鼻』をすましている香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)にまで分かるほどだった。反対側にいるリアナ・ディミニ(絶縁のアリア・d18549)の闇に解け混じる微かな吐息が、罪悪感とはまた別の――無力感に近い歯がゆさを物語っている。
     仲間たちの憤怒やもどかしさは敵の業の深さに比例するかのようだ。翔は軽く肩を竦め、より嗅覚に神経を集中させるために目を閉じた。
    (「殺戮をすればするほどお前たちの業は深くなる。だけどオレは、その深まった業を感じるのが得意なんだ」)
     闇にそびえる団地群の一角を翔が指差したのはそれから幾らもたたない内のことだった。
    「あの悲鳴、最高だったわね。殺しちゃうのがもったいないくらい。ずっと飼い殺して毎晩寝る前に聞きたかった――」
     頬を紅潮させて人影の中ほどを歩いていた桜染は、はっとして言葉を切った。
    「蒼の力、我に宿り敵を砕け」
     翔の手元でカードが翻り、刃渡・刀(伽藍洞の刀・d25866)の背後から紅の着物を纏ったビハインドが姿を現す。ライトが点灯して戦場を照らし上げた。コントラストを作り出すのは、刀の足下からせり上がった刃。影絵のように浮かび上がる、五つの刃――ビハインドと影も含めた五刀流の使い手は仲間達息の合った動きでまずは伊砂を包囲の中に閉じ込めた。

    ●完全包囲網
    「お勤めご苦労様。帰る前にオレ達と遊んでいってよ」
     宣戦布告する翔の眼前で、行き場をなくした伊砂が声を失っている。彼らは敵の奇襲を察知した瞬間、ほぼ反射的に散開体勢を取った。それを逆手に取られ、まさか自分一人が取り囲まれるとは思ってもみなかったのだろう。
    「酔って溺れてるようでは程度がしれますね」
    「ッ!!」
     刀のまるで眼中にないとでも言いたげな透徹した物言い。
     瞬時に感情の沸点を超えた伊砂は鋼糸を手繰り寄せるが、先手は既にこちらが取っている。焦りが伊砂の横顔に走った。7対1ではさすがに分が悪過ぎる上、後手を踏んでいるとなれば何もできないまま蜂の巣という事態も有り得たのだが――。
    「有象無象に毛が生えた程度のシリアルキラーもどきには、使い潰しの道具がお似合いでしょうね」
     ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)は挑発とも本音ともつかぬ声色で己と筆一、ニアラの布陣する戦場を霧の中に包み込む。筆一は彼が包み込んだ範囲とは逆――即ち、残りの四人の周囲を霧で満たした。
     連鎖するように刀の掲げる標識の色が黄色に代わり、周囲の仲間に警告を促す。リアナは闇に目立つ警戒色の標識を視界の隅に留めながら嵐を呼び起こした。
     隣人と千鳥。二体のビハインドが織りなす霊衝波の衝撃と半ば融合するかのようなうねりとなって、それらは伊砂ただ一人へと降り注ぐ。
    「く……」
     眼を庇う伊砂の両脇から突き込まれた、二本の槍――と、正面から躍りかかる闇の刃。
    「がっ……!」
    「腸は常に煮え滾り。心臓は常に沸き蠢く。貴様等の罪業は永劫贖われること不能。故に死すら不等と解く。値するは無。無謬の塵と成す」
     血を吐いて呻く伊砂へと、闇を迸らせたニアラは血走った眼差しを差し向けた。右から踏み込んだ拓馬の螺穿槍が更に伊砂の脇腹を抉る。
    「こっちの武器は連携でね。一人ずつ潰されていく気分はどうだ?」
    「自分の意思でやってるんだから、文句は言えないよね。オレだって殺戮兵器だ。どっちが強いか勝負と行こうか」
     反対側に回り込んだのは翔。三人の攻撃はぴたりと同期。にも関わらず、伊砂は唇の端を笑みに歪めた。
    「なら……悠長に体勢を整えてないで、一気に止めを刺しに来るんだったな。奇襲の意味知ってるか? こっちの予想もつかない方法あるいは状況で不意打ちし、混乱に陥れて反撃の猶予を与えないこと」
    「やべっ」
     避けろ、と拓馬が声を上げた。
     鋼糸は瞬時に周囲へ張り巡らされて、強固な檻となる。間に割り込んだリアナが拓馬を庇い、右腕に絡みついた鋼糸の先を掴み寄せた。
    「愚兄を守るのも楽じゃあないです。ヘマ、しないでください」
    「ああ、ディフェンスは任せるよ愚昧」
     頼もしさと寂しさを感じつつ、拓馬は槍の柄を握り直す。その背後で迸る殺気があった。
    「もらった!」
     飛び込んだのはノミの切っ先を突き出した桜染。
    「だから、させないって言ってるじゃないですか」
     リアナは目まぐるしく立ち位置を変えた。桜染の凶器から拓馬を庇い、その場に留まることなく伊砂へと槍の穂先を叩き付ける様は舞踏の如く華麗に激しい。
    「リアナさん、頑張って、ください」
     筆一が操る帯を鎧に変換。
    「こいつら、戦い慣れてる……?」
     桜染は後ろに飛びずさって距離をとる。リアナは他の六六六人衆もろとも彼女を一切無視。刀は五刀全てを抜刀。その刀身に炎を纏わせ、包囲の中心に捕らわれた伊砂へと飛びかかる。
    「……斬ります」
     鋼糸を引き戻すタイミングを狙われた伊砂は血を吐いて膝をついた。
    「そのまま囮役、お願いしますよ」
     奇襲の衝撃から立ち直った鳥居大路は無情にも言い捨て、ナイフを繰り出す。
    「おっと」
     背後を狙われた翔の額を冷汗がつたった。
    (「掠った程度でこれなら……」)
     彼らが経験を積み、仲間と共闘するという戦い方を覚えた時、どれほどの敵となるのか知れない。
    「背後、気を付けてください」
     ビハインドの千鳥と背中合わせに死角を消しながら、刀はニアラの背に迫る凶器と切り結ぶ。視界の先には屈辱の怒りに震える槐がいた。

    ●血の福音
     その手で肉を断ち、断末魔の叫びを無慈悲に聞き流し、灼滅という名の無を齎すことにニアラの憤怒は収まるどころか激しさを増してゆく。
    「槐。語意は幸福。端倪すべからざる不適な名と解く」
     槐と対峙するニアラの背後で伊砂の体が前のめりに倒れ、灼滅されていった。仲間の最期を目の当たりしても他の六六六人衆に悲しみの色は皆無。あるのは不意をつかれ、いいように挑発された屈辱による怒り。
    「だからぞろぞろと連れで動くのは嫌だったんだ。俺の足を引っ張るなって言ったってのに……」
     どうでもよさそうに拓馬が微笑んだ。
    「成長したいなら死線を越えていくことだ。生き残れたらの話だがな」
    「言ってくれるじゃないか!」
     大きく翻した上着の内から槐は無数の凶器を取り出す。
    「来るぞ」
     眼前に魔法陣を描き出しながら背後のゲイルに一声をかけると、彼は「いつでもどうぞ」と帯をくゆらせながらも小さな溜息。
    「あんなに挑発しちゃって、狙われても知りませんよ」
    「期待してるよ歩く薬草君」
     言い終わるが早いか、錯綜する凶器と魔力を凝縮した魔弾の鍔迫り合いが激しい閃光を引き起こして闇夜に爆ぜる。
    「悪いけど、ここで始末させてもらうよ」
     翔は狙いを槐ただ一人に定め、妖槍を砲台代わりに撃ち抜いた。発射された凍てつく妖弾が槐の肩を貫いて周囲を凍結。
    「くそ――」
     槐は迫る弾丸と帯の急襲に気づいて目を見開いた。
    「ぐっ!」
     まさかここで回復手であるゲイルと筆一によるブレイク狙いの一撃がくるとは予想もしていなかったらしい。
    「あいつら、攻撃もするのか!?」
    「そうやって……相手を、見くびるから、窮地を招くんです」
     かつて、闇堕ちした仲間を――そして自らも同じ体験をしている筆一だ。その表情には決意の色が浮かんでいる。
     ちっ、と槐が舌を打つその間にもニアラの放つ気弾、リアナのけしかける獰猛な影が連続で幼い体を切り裂く。状況を考えれば残る3人で共闘するかいったん退いて体勢を立て直すべきではある。しかし彼らの自尊心がそれを許さない。
    「んー、どうしよっかなあ」
     戦場を己の殺気で満たしながら桜染は思案する。
     狙い撃ちにされている槐が応戦する一方で、鳥居大路は綻びを誘うように一撃離脱の戦法を繰り返す。だが十分な回復手段を用意した灼滅者たちの布陣は厚く揺るがすことまかりならない。
    「標的がこれだけいると迷っちゃうわね。背後からちょっと抉ったくらいじゃ他の奴らに回復されちゃうし――」
     桜染は不満げに頬を膨らませた。
    「槐も鳥居大路ももっと頑張んなさいよね? あんたたちがいいとこまで削ったのを私が横からかっさらうって寸法なんだからさ。傍から見て全然いけてる戦いになってないわよ……って、あっ」
     桜染の眺める前で、ついに槐が撃ち負ける。
    「仕留めた」
     蛇腹剣で槐を絡めとった翔は、ぐっ、とそれを引き絞って命の限りを搾り取る。捕縛が極限に達した時、槐の喉から掠れた悲鳴が漏れた。瞬く間にその姿が崩れ、跡形もなく灼滅されていく。
    「ちょっと、時間がかかっていますかね?」
     薄れた夜霧に切なく響く癒しの調べを口ずさむゲイルは、独り言のように首を傾げた。
    「スタートダッシュが……あまり、決まりませんでしたからね。安定感はあると思うんですが」
     筆一は、「えっ、次は私!?」と驚きながら取り囲まれ始めている桜染を見据えつつ頷いた。このまま戦えば押し切れるだろう。
    「でも、この戦いには……時間制限があります」
     ぶる、と筆一は身震いした。
     まるで間近に迫る脅威を本能で感じ取ったかの如く。

    ●選んだ道の果て
    (「焦ってはだめ、です。けど、急がなければなりません」)
     残る2人のうちの片方、六六六人衆の新人たる少女・桜染に迫るリアナの心に焦燥が生まれ始めていた。桜染は喚きながら凶器を振り回して暴れ続ける。
    「こんなはずじゃなかったのに……! 鳥居大路、なんとかしてよ」
    「黙ってください。私だって……こんな状況に追い込まれるとは遺憾の限りです」
     悔しげに唇を噛んだ鳥居大路は自らの戦力を高めるためゲイルや筆一と同様に発露した夜霧に紛れ、大人しげな外見からは想像もつかない濃さの殺気を放つ。
    「タダ乗りさせてもらうわよ」
     ぺろりと舌を出した桜染は夜霧の恩恵を受けつつ、ノミを握る手に力を込めた。そこから活性化させた因子の奔流に身を委ね、受けた衝撃をなんとか埋め合わせようと試みる。回復持ちの2人が残ったのは彼女たちにとっては運が良かったかもしれない。影の如く襲い掛かるニアラの懐から無数の拳が放たれ、癒す以上の傷を負わさんと踏み込んだ。
    「うわ、と、とっ」
    「不毛たる足掻き。愉快で在るが故に憤怒も亦潰えぬ憎悪と化す」
    「きゃあっ!!」
     耐え切れず後ずさったところを刀に横殴られた桜染は、無様に地面を転がった。せっかく積み重ねたENがこれで台無しだ。
    「いったたた……」
     彼女が起き上がる寸前の隙を見逃さず、翔は全体重をかけた螺穿槍を桜染の脇腹に突き立てた。
    (「まだだ」)
     手ごたえの悪さを悟った翔はすぐに体を引き、他の仲間に場所を譲った。既に距離を詰めていた拓馬の神霊剣が縦に振り下ろされ、ゲイルの差し向けた弾丸がのけぞった桜染の胸元を貫いた。
    「あ……嘘?」
     乾いた笑いが桜染の喉からこぼれ落ちる。
     拓馬は最後の六六六人衆・鳥居大路目がけて地面を蹴った。鳥居大路はその一撃を避けきれず、肩口に傷を負う。同時に刀とリアナも鳥居大路の退路を塞ぐように布陣を変えていた。
    「こんなところで……私が、死ぬ……?」
     底冷えする声色と同時に放たれたのは重い殺気。前衛に向けて放たれたそれは、刀が触れた途端、どん、と上から抑え込まれたのかと錯覚するほどの重量感を持っている。
    「く……」
     膝をつきそうになるのを堪え、刀は不屈の意思で顔を上げる。
    「ええ、あなたはここで倒します」
    「はい……」
     筆一は鳥居大路の放った殺気を夜霧で紛らわせようとする。同時にゲイルがギターをかき鳴らして、刀の標識が瞬く間に黄色へと変わる。
    (「いけるか……?」)
     久遠・翔はまだ来ない。危険は承知の上で、翔は必死で夜霧に身を隠す鳥居大路を追い詰める。後ずさる彼女の眼前に立ちふさがったのはリアナだった。
    「……互いに選んだ道なら、後悔は無い筈ですよね。結末がどうであれ、です」
     ぎり、と鳥居大路が奥歯を噛みしめる。
     しかし既に背後にはニアラの振りむかずとも察せられるほどに膨れ上がった憤怒が在った。
    「我が憤怒は限界を超越」
     影――リアナとニアラの足下から、それぞれ違う形をした斬影刃が同時に鳥大路へと襲い掛かった。彼女は観念したように目を閉じる。くぐもった呻きが聞こえた後、その手からナイフが落ちた。
     体の輪郭が崩れ、微かに発光しながら消滅してゆく。
    「やりましたね」
     灼滅を見届けるゲイルの隣で、翔が目を見開いて遠くを見つめていた。
    「どうしました?」
    「いや……」
     一瞬感じた、桁違いの量の業。だがすぐにそれは遠ざかって今は何も感じない。翔は気持ちを切り替えるように頭を振り、仲間たちを労った。
    「生きてるかね、愚昧」
    「見て分からない?」
     拓馬とリアナが軽口をたたき合い、筆一は忘れないうちに絵に残しておこうとスケッチブックを取り出した。慣れた手つきで描きはじめる。
     闇に沈む廃団地には静かなる帳が下ろされ、真夜中にはまだ早い宵の空が深く遠く広がっていた。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月22日
    難度:やや難
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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