新人訓練プログラム『殺戮ゲェム』

    作者:夕狩こあら

     無機質な電子音が鳴り止まぬゲームセンターに、生々しい音が走る。
    「ああ、この肉を斬り刻む音……快ッ感ッ!」
    「こんなに簡単に人体をバラせるなんて……俺、最ッ高ッだ!」
     それは人間を超越したような――超クールな気分。
     画面を隔てずアンデッドを存分に駆逐できるエクスタシーに、若き男女が喜々と叫べば、
    「うっせ。たかだか8体殺っただけで興奮するとかダッセ」
    「……他人に返り血ブッかけるとか……マナーがなってなくてマジ勘弁なんだけど」
     傍らで血を浴びていたもう一組の男女は、陰湿なオーラを漂わせて言う。
     その二人の手も、惨たらしい殺戮の繰り返しで酷く汚れているようだが、足りぬと走る斬撃は、執拗に不死の肉体を斬り刻んで渇きを満たす。
     なにせ闇堕ちしたばかりなのだ。
     フレッシュな殺人は、片や饒舌に、片や寡黙に、
    「あぁンンッ、これで5体目とかおかしくなっちゃう!」
    「数えているうちはまだまだ、俺はもう数え切れねー止まンねーッ!」
    「訓練で興奮するとかダセェし……早く『俺が考えた最高の殺人』がしたい……」
    「私、お人形さんのパーツ集めにいきたいの……とっとと済ませましょ……」
     あれよあれよと迷宮を攻略し、最奥部で立ち塞がるノーライフキングのもとへ辿り着いた。

    「……兄貴、姉御。大変っす」
     暗殺武闘大会決戦で闇堕ちした久遠・翔(悲しい運命に抗う者・d00621)が動いているらしい――苦しそうに話を切り出した日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)を、灼滅者は暫し沈黙して見守った。
     丸眼鏡を持ち上げた翠瞳は、やがてそっと口を開いて、
    「……翔の兄貴は、ミスター宍戸の計画に協力しているみたいで、ミスター宍戸プロデュースによって闇堕ちした中高生を引率し、残存するノーライフキングの迷宮の探索訓練を行わせているようなんス」
    「ミスター宍戸、か」
     苦々しく眉を顰める者も多い。
     ノビルもまた眉根を寄せて言を続け、
    「迷宮の探索を行う中高生は、闇堕ちしたばかりのフレッシュな六六六人衆っす。謂わば新人なんスけど、持ち前の適性とサイキック・リベレイターの効果により、ノーライフキングの撃破は問題なく成功するみたいっすね」
     やはりミスター宍戸プロデュース、彼が見立てた人材は『六六六人衆になるべくしてなった』原石のようなもの。若き彼等が経験を積み、すくすく成長すれば、有力な敵になる可能性もある。
    「なんとか阻止したいわね」
    「灼滅者の兄貴と姉御には、連中がノーライフキングを撃破して、意気揚々と迷宮から出てきたところを奇襲し、灼滅して欲しいんス!」
     4人組の新人は完全に油断しているので、奇襲は成功するだろう。
    「最初のターンは一方的に攻撃できそうだな」
    「うす。更に奴等はノーライフキングの迷宮の戦いで消耗してるんで、敵数が多いとはいえ充分に勝機はあると思うんス!」
     接触ポイントは、迷宮化したゲームセンターの出口。
     連中がノーライフキングと戦闘を終えた直後、2~4割程度のダメージを負って脱出する所を奇襲することになる。
    「敵はよく喋る活発な男女と、ネクラな雰囲気の男女、合わせて4体。特に誰と誰が仲が良いという事はなく、それぞれが殺人衝動の儘に攻撃してくる感じッスね」
    「付け入る隙はありそうだな」
    「でも、戦闘が長引いた場合、引率者である翔の兄貴が救援に現れる可能性があるんス」
     ノビルは声を固くして、
    「翔の兄貴は既に強力な六六六人衆となっている為、戦闘すれば勝ち目はなし……幸い、兄貴は灼滅者の撃破より新人の回収を優先するんで、無理に戦わずに撤退すれば危険は無いッス」
     久遠・翔の救援が来る前に、可能ならば全滅――それが不可能でもできるだけ多くの六六六人衆を灼滅したいところだ。
    「新人の六六六人衆は、闇堕ちしたばかりなんで救出する事も不可能では無いんすけど、元の人間性が六六六人衆に近いようで、説得は非常に難しいッス」
    「……灼滅に絞った方が良さそうだな」
     コクンと頷いたノビルは敬礼を捧げ、
    「ご武運を!」
     危険な任務へと向かう灼滅者を見送った。


    参加者
    万事・錠(ハートロッカー・d01615)
    ニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)
    風峰・静(サイトハウンド・d28020)
    羽二重・まり花(恋待ち夜雀・d33326)
    茨木・一正(狭間の鬼面・d33875)
    貴夏・葉月(紫縁は希望と勝利の月華のイヴ・d34472)

    ■リプレイ


     子供とは純粋だ。
     与えられた事をやり遂げれば、保護者が笑顔と拍手で迎えてくれると思っている。
    「はい、アタシがいっちばーん♪」
    「違ェし! MVPはラスボスにトドメを刺した俺だし!」
    「うっせ。俺の半分も殺してない奴の吼え声うっせ」
    「脚のパーツ欲しい……」
     ノーライフキングの水晶片を踏み敷いた子らは、迷宮を抜けた先に引率者が、久遠・翔が待っていると思っていた事だろう。

     ――愚かな。

     若き子らを迎えたのは、讃嘆でなく躑躅。
     天降るは無音(よばらず)――制音に優れた狩猟具【オトナシ】が星彩を散らすや、駆ける脚は超重力に楔打たれた。
    「ッッ、ッ!?」
     痛撃を知らぬ子は、我が身に起きた事態も直ぐには飲み込めぬ。
     吃驚に目を瞠るより先、或いは戒心を抱くより先、三味線【艶歌高吟】は幽玄を薫らせ、旋律に編み込まれる蠱惑のテノールと共に、馥郁たる音の世界に誘う。
     其は甘美なる地獄。
    「――……あああアアアア嗚呼ッ!」
     震える手が爪を立て、額を、頬を削れば、その変容を視る子らも息を飲むが、何事かと問う間もない。
    「きゃあアっ!」
     須臾、二筋の光条が悲鳴を交点に十字を描き、無垢なる狂気を灼く。
     激痛に歪められた瞳は、瞬きの後に惨澹を映して、
    「な……どういう……!!」
     不死を砕いた右拳が、虚しく宙に踊った。
    「は……俺の、手……?」
     優美を漂わせる馨香が鼻を抜けるや、神風が脇腹を抉り、どぶり零れる臓腑を押えようにも、その腕は銘を刻まぬ一刀に斬り離されて叶わぬ。
     己が腕を、己が血の雨の下で仰ぐ奇異は幾許、
    「ちょっ、意味分っかんねー! マジで!!」
     哀れな。
     子らは戦術を知らぬ故に、之を奇襲とも知るまい。
    「お前等、何なんだよおおおっ!!」
     絶叫を裂いて奔る翠光の五線譜【Notenschrift】が心臓を貫き、拍動を止めて。
     軈て耳を塞ぎたくなるような沈黙が、饒舌なる子の死を告ぐ。
    「ねえ、これって」
    「……死んだってこと?」
     漸く針が時を刻み、無機質な電子音が波と押し寄せた。


    「……こういうの説明受けてないし」
     着順を競っていたレンジが斃れ、自らも十字の光に射止められたミュウが苛立つ。
     キッと睨めた先には、我が身を掣肘した少女――ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)が頬をぷっくり、
    「ミンナ違うよ! 女のヒト狙うイッタのにー!」
     六フィートを越える男達を前に、標的の相違を詰っている。
     一刀に紫電を閃かせたニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)は、音もなく着地した先で上目遣いに迎えられ、
    「おっと、これは済まない」
     とは言うもの、戦端が開かれるに併せて周到を、剣戟を遮蔽したとは秘密。
     鍔広の三角帽子の下に策士を見た万事・錠(ハートロッカー・d01615)――レンジに死を手向けた本人は、
    「そうだっけか?」
     と小気味良く語尾を持ち上げつつ、淡い嫣然に隠して。
     皆々、「策戦通り」とは言うまい。
     遠攻撃が乏しいミュウを怒りに繋ぐ傍ら、最も損耗していたレンジに戟を集めた戦術は、初撃に大功を齎したが、尚も手の内を明かさぬとは役者を揃えたもの。
    「え、こっちじゃないっけ? ごめんごめん」
     奇襲の鏑矢と為った風峰・静(サイトハウンド・d28020)が侘びがてら、つん、と少女の右の頬をつつけば、
    「そっちのお姉はんの方やなんて……堪忍なあ」
     魔弦を奏でた羽二重・まり花(恋待ち夜雀・d33326)は左の頬をつんつん、宥めるように空気を抜く。道すがら怪談を紡いでやってきた紅脣は、今度は空音を囀って妙々。
     彼女との見事なセッションに失楽園を見せた北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)は、青の透徹を見せる麗眸に血溜りを映し、
    「でも、もう殺っちまったしな……」
     想定以上の戦果を言い淀む彼の代わり、ビームを合わせた茨木・一正(狭間の鬼面・d33875)が糸目に笑みを深めた。
    「なら良しとしましょうや」
    「バカバカ、いいワケないし! これだと完クリにならないでしょ!」
    「はは、確かに」
     ミュウの怒声を飄々と躱しつつ、意識を置くは先に巡らせた殺界。
     久遠がいつ来るか分からぬ今は、之を踏み越える邪の跫音に警戒しているのだが、斯くも機知に富む戦い方を新人は知るまい。
    「ダッセ。あんだけイキッてて死ぬとか、まじダッセ」
    「うるさいのが減って良かった、それだけ」
     未だ外野を気取る稚拙に、貴夏・葉月(紫縁は希望と勝利の月華のイヴ・d34472)は嘆息をひとつ、
    「六六六人衆が狩るばかりと思っていたのなら、お気の毒」
     自ら属する殺戮集団の理を知らぬとは滑稽、と。
     先に神風を戦がせた月白の手を翻すや、光矢が虹の軌跡を描く先――蠍の尾を星と耀かせた。
    「チマチマ身内で潰し合う定めとかクソだろ? 愉しくヤりあうには世界が狭すぎる」
    「な、ッ」
     照映を受け取った錠は、ヒラリ身を躱すミュウを強引に杭撃ち、彼女の代わりに鮮血を躍らせる。無邪気さと妖艶さを併せ持つ斬撃は、殺人鬼たる彼そのもの。
     更に蠍は五連星を呼んで、
    「お前ら囚われてるだけだ。宍戸って檻にな!」
    「目ぇ醒ませ悪ガキども!!」
     一瞬の目配せで血煙を抜けた葉月が、白皙を穢しつつ【Cassiopeia】を揮う。
    「きゃあアッ!」
     敵が体勢を立て直すより早く行動を割り入るは、聢と繋いだ絆の賜物――相手が持たぬ力を以て、戦い方を訓えてやる。
    「小せぇ全能感に浸ってんなよ。その鼻っ柱へし折ってやる!」
    「痛ァい!」
     郷愁漂うゲーム卓に痩躯が叩きつけられれば、筐体を楯にモヨモヨとシュウが差し入り、
    「ボス攻略の後に連戦とか、ホント勘弁……」
    「つか、アンタ達が『隠し要素』ってンなら、殺るだけだし」
     タライは垂直に、鉄鉛は水平に、奇しくも格子を描く。
     忽ち音と衝撃で周囲が埃立つ中、静は口角に笑みを湛えて、
    「ガチの攻め合いで守りがこれだけ。いやぁ、アガるね」
     こくり首肯を返す菫さんとの二枚楯――攻撃に超特化した故の布陣、それを存分に活かすべく、向かい来る金属塊を悉く炎に蹴散らした。
    「僕が護るんだ、絶対に」
     赫灼に照る金瞳はキリリと勇ましいが、時間差で落下したタライには「んぎゅ!」と変な声が出る。
    「あっはは! なに今の! ツボる~!」
     これにミュウがケラケラと嗤えば、まり花はむむ、と眉根を寄せて、
    「騒がしいお口どすな……ちょっと黙っとこか」
    「にゃあご」
     はしたない、と蒼炎の幻影に口を噤ませると同時、三毛のりんずはタンコブをなでなで、嘲笑ごと掃ってやる。
    「あんさんら、こないな事に首突っ込んで、手ぇ真っ赤に染めて……ほんま幸せなん?」
     幼気な狂気にそう問えば、紛うことなき是が返って、
    「ガンガン幸せだっつの」
    「画面越しにブチ殺すバーチャルに戻れる訳ないし……」
     後衛の二人は、瞳に映る電子画面を次々に破壊しながら、生ける肉を屠りに掛かった。
     然し飛燕は――ニコは舌打ちを置いて擦り抜け、
    「一方的な殺戮は楽しかったか? だが此処から先、斯くは往くまい」
    「ちょっと、何でアタシばっか――!?」
     狙いはあくまでミュウと、冷徹が黒刃を翻す。
     彼等と同じ鏖殺の技とは皮肉も中々、低音は鋭く言ちて、
    「其の生き様を貫く難易度は至難。寸分違えば即、ゲームオーバーだ」
     間隙許さず追撃を駆るファムも、愚かな嗜虐性を戒めるに猛撃を躊躇わない。
     祖霊(トーテム)の碑を抱えた可憐は、片言の言に打突を連れて、
    「サッキの迷宮攻略、チュートリアル。ココから先、リフジン凄いよ」
     其は現実という理不尽。
     ルールに守られたゲームとは違う――残酷を突きつけた。
    「それでもゾッコー、したい? スコア見て満足するヒマ、もう無いよ」
    「ッ……ッッ、ッ……!!」
     叫喚すら失う饒舌を、冷笑に付するは一正。
    「おや、自慢の脚で踊らないと。簡単な譜面をフルコンするのが楽しいんでしょうや」
    「く、っ!」
     彼は矜持を煽りながら、無地の旗【道無】を不穏な赫色に染めて近付き、
    「ああ、でも残念! 時間切れ!」
    「ッッ……――!」
     今際の絶叫を聴く猶予はない。
     その標は血潮に濡れつつ、ミュウを黄泉路に案内した。
     相次ぐ仲間の死を視たモヨモヨとシュウは、尚も淡然を崩さず、
    「ま、しゃべくり女も殺られて当然……」
    「南無って事で」
     視界を遮る守壁を執拗に削っている様だが、その実、水をあけられているとは知るまい。
    「貴様は我の道具。今は楯に徹して散るがいい」
     彼等を密かに突き放すは葉月。
     彼女は菫さんを庇いに専念させつつ、堅牢を、強靭を、妨害を高めて優位を固め、
    「其の働きに相応しい褒美を遣ろう」
     己が魂の欠片を下僕と使役しようとも、恩義を忘れぬツンデレ主は、献身の代償に勝利を約する。
     それは刻限を――件の跫音を捉える前に齎された。


     一騎当千の将を狩るが兵法なら、全能を気取る狂気を削ぐも、優れた軍略と布陣。
    「ねぇコレ、久遠パイセンが用意した裏ステなの?」
    「体力削られた後とか、まじ鬼畜」
     前衛に比べて後衛の損耗は小さいものの、先の戦いで許した二割が手痛い。
     モヨモヨとシュウは我知らず後退しながら、『連携』という未知の力で迫る灼滅者を、奇異の目で拒んでいた。
     何より彼等は、いかなる猛撃で反駁しても怖じず、それ処かより真剣を増して迫る。
     硝煙弾雨が肉を切る中、葉月とニコは双翼を為し、
    「お前らが足を突っ込んでいるのは、死ぬまで続く修羅の道だ」
    「歩みを躊躇う心が僅かにもあるなら、まだ間に合う! 此のゲームから下りろ!」
     鮮血が雫と落ちるより先、膨大な魔力を解放し、凄まじい波動に戦場を突き上げる。
    「ッ、ぐァ!」
     シュウがアップライトに叩きつけられた瞬間、モヨモヨは爆轟を抜けて飛び込み、
    「マジ殺すブチ殺す叩き割る擦り潰す……」
     冴ゆる邪眼が、それとよく似た錠の翠瞳を間近に映した。
    「俺もお前らと大して変わんねェよ。コッチ側で見てみろって」
     殺人衝動を否定せず、嫌悪もしない彼は、然し加減もせず。
     零距離で狂気を交換する二人はまるで合せ鏡の様で――惨澹たる血の宴に鉄の匂いを嗅いだシュウが、淡々と言ちた。
    「つかお前等はどーなんよ」
     彼にしてみれば、眼前に揃う八人こそ『こちら側』。
     何故まだ此岸に居るのかと問えば、静は縛霊手に跳弾を手折りつつ嗤って、
    「こっちはこっちでクソゲーだよ。でもやりがいはある」
     素晴らしき世界だと繕いはしない。
     己が血に視界を赫く染めながら、尚も光を喪わぬ双眸は直截と答えて――それがやけに焦燥を掻き立てる。
     黒布に世界を隔てた葉月の言は、突き放すようでいて、逆に突き刺さるようで、
    「私は干渉しません。道を選ぶのは、あなた方ですから」
     殺戮で自己存在を主張する一方、自律を欠く子らの心を騒めかせる。
     彼等が元の寡黙に戻れば、ファムは佳声を差し出して、
    「今、アタシ達の手、取ってくれるなら、手伝うよ。アナタ達の夢、叶えるの」
     闇に堕ちた時分、身勝手なルールに興じた彼女は、今の彼等に『鏡』を見る様な気がして――誰より歩み寄る。
     然し。
     その太陽を浴びた躯は、モヨモヨの魔眼に何とも美しく映って、
    「手は持ってるから、それ、頂戴」
     皮を膚をと伸びた手が、少女を液晶卓に叩き付けた。
     欲望に塗れた爪が深く柔肌に沈む――その時、
    「……残念やけど、もう手遅れや……」
     英断に踏み切ったまり花が、唇を噛みつつ三味線を構える。
     和弦の響きに羽音を大きくした夜雀は、黒叢と化して狂暴を引き剥がし、
    「バカのお守りも大変だね、引率者はお疲れさん!」
     一正は呆れた様な嘆息と共に、颯爽と踵を撃ち落とした。
     耀ける婚星の墜下に挙措を断たれたモヨモヨは、異音で故障を訴える筐体に歯切りを混ぜるも、その躯は二度と起きるまい。
    「悪夢から醒めたくないなら、恐怖と後悔を抱いて眠れ……クソガキ」
     葉月が紡ぐ揺籃歌は、優しく、甘やか。
     鼓膜を引き裂き、三半規管を掻き混ぜた音色は、禍き魂を混沌に連れ――、
    「うわダッサ。やっぱ俺が強かったんじゃん」
     独り残されたシュウは、ここで初めて笑みを見せた。
     不慣れな歓喜は、その顔貌を酷く歪めて銃爪を弾き、
    「死ね死ねマジ死ねくたばれ俺以外」
     鉛は雄弁に多弁に、未だ噛み付く孤狼を撃ちまくる。
     底知れぬ執着と死への好奇心が、踏み堪える静を血溜りに滑らせるも、命を摘めぬが口惜しい。
    「あとよろしく、ねぇ」
     と、崩れる躯は、泥濘に沈む前に宙に投げられ、
    「ごめんなさい! 投げます!」
    「にゃごにゃご!」
     予め擦り合せた通り、負傷者を戦闘圏外にうっちゃる葉月とりんず。
     見事な孤を描く彼に、癒しの幽光を届けて見送るのが、限りない優しさだ。
    「うっわ、殺させないとか鬼ゲー」
     この、苛立ちが銃口の向ける先を変えた瞬間が、最大の隙であったろう。
     彼は、最凶最悪のコンビーネーション――そのトリガーを引いて、
    「ディフェンダーがこれだけ仕事してくれたなら、俺達もキッチリ働かねーと」
    「せやな……お兄はん、せめて苦しまずに逝かせたる」
     血塗れた銃身の左より錠とまり花が、右よりファムと一正が一斉に羽撃いて、
    「テッポウダマのお通り! いっくよー!」
    「あいな、合わせますや! 二つ合わせて、今必殺の! 仁侠砲!」
     光刃の輝きが。
     燭光に揺らめく綺譚が。
     一条と束ねられる光粒子が、昏き深淵を貫いた。
    「――ッッ!!」
     光の波濤に影を灼かれたシュウは、白く浮き立つ視界の際で終焉を視る。
    「責任を取らせて貰う」
     其は眼前で久遠の闇堕ちを見た責任か。
     それとも、若き命を容易く宍戸に奪われた責任か。
     或いは、その命を救済できなかった責任かは……理解らない。
     ニコは頬に返る血が直ぐに熱を手放していく、その冷たさを感じつつ――別れを告げた。


     久遠が来るまでに新人四名を灼滅した灼滅者は、然し彼を待たない。
    「殺界に異常なし、と。撤退しましょうや」
    「では殿を務めます」
     一正が殺気の波動を収めると、全員の創痍を癒し終えた葉月が後尾に据わる。
     迷宮を去る脚は速やかで、
    「今ここで、お強い殿方に会うたら大変や」
    「全員を灼滅した今、『回収』に来るかも怪しい」
     まり花とニコの懸念は尤も。
     彼と接触を図るにリスクが大きい今は、現場に遺した紙片に頼むべきか、

     ――闘技場で祭をやるなら、武蔵坂の参加枠も寄越せ。

    「いずれ連中も動き出す」
    「首洗って待ってろ、宍戸」
     アドレスを置いた錠は、遠くない未来に激動を見る友・葉月に頷く。
     そう、最早届かぬ相手ではない。
    「さっきのはメンチなの?」
    「ヤクザビーム! こう!」
     バックブリーカー気味に運ばれる静も、彼を抱えるファムも逞しく。
     六六六人衆との血闘を制した彼等の足音こそ、確かな未来への歩みであったと――電子の喧騒が叫ぶ様だった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月30日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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