朱雀門高校攻略戦~蒼く染まる前に

    作者:篁みゆ

    ●情報
    「集まってくれてありがとう。早速だけど」
     神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)はクーラーの効いた教室へと灼滅者たちを招き入れると、すぐに和綴じのノートを開く。
    「ルイス・フロイスから、ヴァンパイア勢力の動きについての情報があったんだ。爵位級ヴァンパイアに従うデモノイドロードの一体、ロード・クロムが朱雀門高校の生徒全てをデモノイド化するという暴挙に出たらしい」
     この情報は、朱雀門高校に留まりつつ、ルイス・フロイスのスパイを行っていた生徒の一人が命からがら脱出した事で得られた情報だという。
    「朱雀門高校の組織は、ロード・クロムが掌握した事になっていたけれど、組織の重要な部分は、敢えて朱雀門に残ったルイス・フロイスのシンパが握っていて、ロード・クロムの情報収集を邪魔していたらしいね」
     その結果、爵位級ヴァンパイアは武蔵坂学園がノーライフキングと決戦を行った『胎蔵界戦争』の時期を察知する事ができず、武蔵坂学園を攻撃する絶好の機会を逃すことになってしまった。
     ロード・クロムは、その原因が『朱雀門内部にルイス・フロイスのスパイがいる』からだと考え、自分に忠実な生徒も含め全ての生徒をデモノイド化してしまうという暴挙に出た……という事らしい。
     ダークネスらしく、誰がスパイか分からないならば全員を殺せば良いと考えたのだろう。
     勿論、全ての生徒がデモノイドになる素質を持っているわけではなかった為、デモノイド化せずに死亡するものも多いだろうが、このまま放置すれば、デモノイドの戦力が増強されるのは間違いない。
    「今、朱雀門高校に攻め込めば、調整中のデモノイドが動き出す前に灼滅する事が可能だろうね」
     サイキックアブソーバーの予知が無い状態での突入作戦になるが、情報が正しければ、朱雀門高校内部の戦力はデモノイドのみと思われるので、力押しで制圧する事が可能と想定される。
    「可能であれば、デモノイドを撃破して、デモノイドの首魁の一人である、ロード・クロムの灼滅を目指したいところだけど、ロード・クロムの居場所は特定されていないから彼が朱雀門高校内にいるかどうかは賭けとなるだろう」
     そこで一度言葉を切り、そして瀞真は続ける。
    「今回の作戦の目的は、朱雀門高校のデモノイド勢力を打倒する事だよ。調整中のデモノイドを灼滅する事ができれば、戦力の増強に歯止めをかける事が出来るだろうね。確実ではないけれど、ロード・クロムが朱雀門校舎内に居る可能性もある。ロード・クロムを発見した場合は、可能な限り灼滅を目指してほしい」
     この戦いで『ロード』を倒す事ができれば、爵位級ヴァンパイアの勢力に少なくない打撃を与える事ができるだろう。
    「残念ながら、朱雀門の校舎内の何処にデモノイドがいて、何処に調整中のデモノイドがいて、どこにロード・クロムがいるかは判っていないんだ」
     どのような場所を主に捜索するか、どのような方針で捜索するかなど、指針を決める事が必要だろう。
     襲撃開始後、時間をかけすぎれば爵位級ヴァンパイアの軍勢が増援に現れるかもしれないので、素早く的確な行動が求められる。
     時間内に全ての調整中のデモノイドを灼滅する事が、目標の一つになるだろう。
    「ロード・クロムは、朱雀門高校の校舎に居る可能性は高いけれど、予知情報が無い為絶対とは言えない。存在しないロード・クロムの捜索に時間を掛けるわけにはいかないけれど、もし居るのならば、是が非でも灼滅するべきだろうね」
      ロード・クロムは状況が不利となれば、撤退する危険もあるので、撤退させない為の対策も必要かもしれない。
     1チームだけですべてを行う事はできないので、ある程度連携ができるのが理想となる。
     ロード・クロムは、朱雀門の生徒を利用する事で『武蔵坂学園に気づかれずに大量のデモノイドを作ろうとした』のだろう。
    「クロムナイトを利用して、シャドウのサイキックエナジーを奪おうとした事といい、ロード・クロムは手段を選んでいられない状況なのかもしれないね」
     朱雀門が壊滅した事で、爵位級ヴァンパイアは日本の情報を得る手段を失った事になる。これはロード・クロムの失策ではあるが……。
    「朱雀門高校のかわりに、爵位級ヴァンパイアがミスター宍戸に接触しようとするかもしれない。そうなると、かなり厄介だよね。まだ可能性の域を出ない話だけれど」
     そう告げて瀞真は和綴じのノートを閉じ、灼滅者たちを見回して。
    「予知のない状態だから危険も存在するだろう。けれども君たちなら、乗り越えられると信じているよ」
     いつものように、微笑んだ。


    参加者
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    風華・彼方(中学生エクソシスト・d02968)
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)
    フィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)

    ■リプレイ

    ●求めて
     武蔵坂の生徒たちが次々と朱雀門高校へと集結している。ロード・クロムの悪行に居ても立ってもいられない者達が駆けつけていた。
    「無線も携帯もダメみたいね」
    「妨害できる装置は、意外と簡単に手に入りますからね。きっとそのような妨害装置が置かれているのでしょう」
     他班との連絡にと用意した機器を試した明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)の言葉に、今思い当たったかのように灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)が答えた。
     今回は不思議な力による通信妨害ではなく、原因のはっきりした通信妨害が行われているのだろう。よく考えれば、通信妨害用の機器が比較的簡単に手に入る昨今、敵地で通信妨害が行われている可能性は高いことに気がつけた。
    「この見取り図も、あまりあてになららないでしょうか」
     姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)の手にした見取り図はルイスから手に入れたものだったが、相手はルイスの離反を知っているため、改築を行ったり罠を仕掛けている可能性も高い。
    「まあ今回は正面からの襲撃やし、俺達が向かうんはプールや。そう簡単に移動させられるものでもないやろ」
     迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)がそう答えたその時、正面方向が騒がしくなった――攻撃が始まったのだ。
    「行きましょう!」
    「ああ」
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)と共に遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)がグラウンドに面した塀を乗り越える。風華・彼方(中学生エクソシスト・d02968)やフィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)もそれに続く。同じように校舎以外を探索するチームも、次々と別の場所で塀を乗り越えていることだろう。
     全員が塀を乗り越えグラウンドに降り立った時、建物正面で火の手が上がっているのがわかった。どうやら火災が発生しているようだが、自分たちには自分たちの目的があるのと同様に、他班の策なのだろうと判断し、一同はプールへと向かった。

    ●水の代わりに
     プール施設に近づくに連れて、思わず顔をしかめてしまうような嫌な匂いが漂ってきたことに誰もが気がついた。それはプールに近づけば近づくほど強くなって……。
    「……」
    「……、……」
     嫌な予感が一同の脳裏に走る。けれども誰もがそれを言葉にしようとはしなかった。その代わり、駆ける足が自然と早くなっていく。
     漂う何かが腐敗した匂いに口元を覆う者もいる。それを止めることなど出来ないほど、腐敗臭は酷く。プール施設に入ってプール自体を目にした時――。
    「っ……!!」
     誰もが言葉を失うとともに、一気に怒りの感情が湧き上がる。
    「ふざけんなよっ……ッ!」
     穣の吐き捨てた言葉が全てかもしれない。
     水の抜かれたプールの中には、百体以上もの、裸の男女の腐乱死体が打ち捨てられていた。
     一部だけデモノイド化した者も混じっていて、その光景はさながらB級ホラー映画のようなものであったが、彼らが打ち捨てられている原因がわかる以上、恐怖よりも怒りが勝るだろう。
     ――彼らは『適合しなかった』から『捨てられた』のだ――。
     無理矢理デモノイドにさせらそうになり、適合せずにその命を落とした後は、ただ、ゴミのように打ち捨てられる……ロード・クロムの所業の酷さを目の当たりにした八人の心に浮かぶ思いは。
    「……酷い……」
     絞り出すように告げたセカイの瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。
    「疑わしきは全員処断などと……ロード・クロム、己の為に一体どれだけの数の想いを、笑顔を、未来を踏みにじったというのでしょう。絶対に許せません……」
     目の前の百体以上の遺体が、その被害者の一部である。それを見せつけられて、穣は壁に拳を打ち付けた。
    「絶対に許さねぇ」
     望まずデモノイドヒューマンにされた穣としては、今回の事件に強い怒りを感じざるを得なかった。その上、適合しなかったと打ち捨てられた遺体を見せられては――怒り以上に悔しさが湧き上がる。
     無差別デモノイド化の影響を見せられて、様々な思いを抱かせられた灼滅者達。
    「さすがに生存者はいないかしら」
     歌を歌いながら捜索するのは流石に自粛して、瑞穂が一歩プールに近づこうとしたその時。
    「……!? 奥の方の山が動いてます!」
    「あっちの方で音がするよ!」
     フォルケとほぼ同時に彼方が声を上げる。指された方向を見ると、確かに入り口からは奥にあたる、飛び込み台の下辺りの遺体の山がうごめいている。
    「生存者でしょうか!?」
    「だといいのだが」
     駆け出した翡翠にフィナレが警戒しながら続く。他のメンバーも後を追った、その時。
     ――ウォォォォォォォォ!!
     遺体の中から姿を表したのは、蒼い巨体。ぼとぼとと身体にまとわりつく遺体を振り落として、立ち上がったのはデモノイドのそれ。
    「デモノイド! いや、デモノイド・ロードか?」
     足を止めた炎次郎の声に答えるように、その巨体はぐるりと灼滅者を見渡して。
    「殺す殺す殺す殺す殺す……仲間を、友を実験動物のように殺された恨み……殺され、捨てられた恨み……殺す殺す殺す殺す殺す!!」
     おそらくは仮死状態で捨てられた遺体が闇堕ちしたのだろう。言葉を発してはいるが、その身体の全てから恨みの念が強く発せられていて、すべてを殺さんとする勢いで腕をふるってくる!!
    「っ……!」
     前衛を薙ぎ払うように振るわれた攻撃は重く、闇の深さを感じる。とてもじゃないが、怨嗟に染まったそのデモノイド・ロードが説得に応じるとは思えない。
    「畜生、ちくしょうッ!」
     デモノイドにされる苦しさを知っている穣が、十字架を手に、一番に動いた。
     自分も彼らも何故こんな目に合うのか――悔しさから滲む涙をただ堪えながら。

    ●弔うために
     プールサイドに上がってきた蒼の巨体は大きく、そして力強い。1体だというのにここまで強力なのは、それだけ恨みが強いからか。
    (「なんとも、言いづらいわねぇ」)
     瑞穂は前衛へと清らかな風を遣わせながら心中で呟く。医学部の学生として助けられるものは助けたいという思いがあるが、数多の遺体の中から唯一見つかったのがこのデモノイド・ロードである。腐敗した遺体の中には明らかに他の生存者はいそうにない。このロードを助けられればとも思わなくはないが、それも難しそうなのは分かっていた。
    「姫条さん、無茶はあかんよ? ……後で助けに行くことになるんは俺も辛い……でも、そうならんために俺は全力を尽くすで!」
    「はい、わたくしはわたくしのままで皆さんの未来を護る……それがあの時助けてくださった皆さんと『もう1人のわたくし』への贖罪です。いつも温かい迦具土さんの強さと優しさ、見習わせてくださいまし!」
     炎次郎とセカイが息を合わせて巨体へと攻撃を浴びせる。無差別に殺すことしかもう考えられぬそのロードを、一刻も早く楽にしてやりたいという気持ちもあった。
    「無差別に全員を改造なんて許せません。あなたたちの無念は晴らしてみせます!」
     霊犬のミナカタの回復を受けた翡翠が、服の裾を気にしながらも跳躍し、『刹那』による重い一撃を喰らわせる。その言葉が、想いを乗せた一撃が、目の前のロードに届いていると信じて。
    「この強さ、手加減したらこちらがやられるだろう」
     フィナレが『絶槍ウィンターミュート』から放った氷柱が、常以上の威力をもって巨体を襲う。
    「『処分』された成れの果て……か。クロムもこれは予想外だったのかな?」
     彼方がリングを射出し、フォルケが『M9 MacheteSawback"Dschungel Kralle"』を手に巨体へと迫る。
    「何でこんな事するんだよ……ッ」
     理不尽な現実に怒りを抱きながらも、穣は光の砲弾を放つ。苦しんで、傷ついて、殺されて――絶望させられたその怒りでロードとなったその巨体を救うには、倒すしかないのだろう。それは分かっていても、やるせない思いが消えることはない。
    「殺す殺す殺す殺す殺す――」
     恨みの念の強さが、この蒼の巨体の原動力なのだろう。飛ばされた強酸性の液体が、瑞穂を狙う。だが。
    「させへんで!」
     敵の動きをよく見ていた炎次郎が、液体が瑞穂に到達する前に彼女の前に立ちはだかった。自分の代わりに強酸性の液体を浴びた炎次郎に、すかさず瑞穂は治癒の力を持った暖かい光を向けた。
     治療を受けつつ炎次郎は、反撃とばかりに『Ogun』から魔法弾を放った。ミナカタが追うように巨体に向かい、セカイが合わせるように美しい歌声で旋律を紡ぐ。
     翡翠が異形巨大化した腕で巨体を殴りつけると、後方からフィナレの『Q's試作型ハクメン』が援護するように飛んできた。彼方の魔法の矢が狙い過たず飛んでいき、フォルケは素早く死角に入って斬りつける。
    「くそっ……!」
     吐き捨てて、穣は巨体の懐に入る。そしてオーラを纏った無数の拳を叩きつけた!
    「グアァァァァァァ!!」
     苦しげに叫びながら振るわれる腕。それは誰かを狙っているというよりも、誰でもいいから攻撃を当てたい、そんなふうに見えて。
     前衛の負った深い傷を瑞穂とミナカタが癒やしていく。他の仲間達は一刻も早く蒼の巨体を苦しみから解放してやろうと、攻撃を仕掛けた。
     自己回復も駆使して何とか戦線を維持していた灼滅者達だったが、先に崩壊が訪れたのはデモノイド・ロードの方だった。
    「ア、アァァァァァァ!?」
     巨体をふらつかせながらも、それでも攻撃をやめない。それほどの強い恨みに囚われた彼に、フィナレの鞭剣が食い込んで。彼方のリングとフォルケの漆黒の弾丸が襲うのを追うように飛び出した翡翠が、持てる全ての力を込めて巨大な刀を振り下ろす!
    「殺す殺すコロ……アァァァァァァァ!!」
     致命傷となる一撃を受けて、巨躯は倒れ伏し、そして、元から何もなかったかのように消えた。
    「ごめんな」
     穣の紡いだその言葉は、蒼い巨体に対してだけのものではないが。もしかしたら、救えたかもしれないと思うと、その言葉が出てきてしまう。けれども今回は倒さざるを得なかった、その判断は間違っていない。
    「他にも『何か』いないか、一応見て回りましょう」
     備え付けの更衣室やその他の部屋はともかく、腐敗した遺体の中を探すのは精神的にも辛いものもあったが、万が一ということもある。全員で手分けして探索を開始した。
    「特に何も見つからないな」
    「こちらもです」
    「何かあればと思ったのですが……明らかにここは『廃棄場』のようですからね」
     フィナレとフォルケの言葉に翡翠が、複雑そうに小さく息をついたその時、聞こえてきたのは校内放送だ。
     耳を澄ませてみれば、どうやらロード・クロムの撃破に成功したらしい。
    「これで作戦終了だね」
    「探索も終わりで良さそうやな」
     彼方と炎次郎が息をついたその横で、セカイが口を開いた。
    「あの……できれば、この遺体を弔ってあげたいと思うのですが……」
    「賛成だぜ」
    「数が多いから、手分けしてやりましょう~」
     穣と瑞穂がすぐに反応し、動き出してくれたことでほっと胸をなでおろし、セカイもまた動く。他の者たちの中にも提案に反対する者はおらず、遺体を外に運び出して土に埋める作業を行うことになった。

     数多くの遺体を埋めるのにはそれなりの時間がかかったが、これで少しでも、苦しめられて突然未来を奪われた彼らの心が静まれば、そう思いそれぞれ黙祷を捧げるのだった。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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