朱雀門高校攻略戦～有為転変

■リプレイ

●
　朱雀門高校、その郊外。
　何に使われていたのか分からない、かなり前に廃された小さな建物は、周囲の風景に溶けこみひっそりと存在していた。
「ここが、ルイスが用意していた朱雀門高校からの脱出路ですか」
　中に入った灼滅者たち。その中の一人、新城・七波（藍弦の討ち手・d01815）は地下へと続く階段を確認し、言った。
　隠匿された脱出路、その終点。
「緊急脱出通路は、一つだけってことだったな」
　地下を流れる空気の音は不気味だ――それを聞きながら、七瀬・悠里（トゥマーンクルィーサ・d23155）は言う。
（「こんな手にでるほど、あっちは余裕なくしてるってことなんだろうか」）
　そっと、懐中時計に触れる悠里。なんとなく時計の針に目をやった。
「ルイスは、対策がされているかもしれないので危険だと、そう言ったんだよね？」
　ルイスからの伝達――忠告を思いだし、武月・叶流（夜藍に浮かぶ孤月・d04454）が言った。
　彼が与えてくれた、ここまでの道のりの地図を懐へとしまいこむ。
　エクスブレインの予知が無い以上、確実なことがない今回の作戦。
「まあ、罠はあると想定する。
　だが、もしも、クロムが隠し通路に気付いてなければ容易い潜入が可能となる。
　気付いているなら自身の脱出路として利用するかもしれない」
　桃野・実（すとくさん・d03786）の言葉に頷く面々。
　僅かな確率でも潰しておくべきだろうと、灼滅者たちは脱出路を逆に辿る潜入方法を行うことにした。
「危険でもやる意味はあるだろ。デモノイドが逃げてくる可能性もあるしな」
　一橋・智巳（強き魂に誓いし者・d01340）の言葉に、こくこくと頷き返すのは久成・杏子（いっぱいがんばるっ・d17363）。
　彼女の持つ朱雀門高校内見取り図には新たに通路が書き込まれ、互いの出入口にバツ印が記されている。
「朱雀門高校側の出入口は敷地の中心にあるなの。みんなが潜入してから、そこに辿り着くまで時間がかかっちゃうから、こっちに逃げてくる可能性もあるよ。
　けど、心配なこともあるかなぁ」
　杏子が確認するように、荒谷・耀（一耀・d31795）を見た。ゆるやかに耀は首を振る。
「……通信が切れましたね……やはり朱雀門高校付近は、妨害されているようです……」
　情報は入らない。ロード・クロムが自身の勝率をあげるために、どのような行動に出るのかなどの情報も受け取ることが出来ない。
　地下への入り口で屈んでいたラススヴィ・ビェールィ（皓い暁・d25877）は、立ち上がるとともに鏡を懐へと入れた。
「常灯を確認。生物の気配は、付近には無い。音の響きからして換気扇などがあるようだ」
　きちんと整備のなされた脱出路。
　呼吸一つ分、その僅かな時間で灼滅者たちは覚悟を決める。

●
「きます！」
　七波の声と同時に、路の先から青白い矢が飛んでくる。
　迫る鏃を避けるも、二射目を肩に受ける耀とウイングキャットのねこさん。
『オオォォォ……！』
　先から聞こえてくる声は怨嗟のものだろうか、嘆きだろうか、それともただの唸りだろうか。
　悼む心は彼らに届くだろうか――耀の脳裏に過るのは、沖縄戦での凄惨な海の風景。
（「……今更どれだけ一般人が犠牲になったって……もう所詮、私達は……」）
　自身の肩から香る血臭に内心自嘲する。
　灼滅者の道。
　歩むたびに重くなっていく気がするのは何故だろう。
　駆けるたびに何かを失っていく気がするのは何故だろう。
「……邪魔をするのなら……死んで……！」
　どす黒く無尽蔵に放たれた耀の殺気が、滑らかに路を覆いデモノイド三体を襲う。
　その中を道標のように光が走る――ラススヴィが顕現させた法陣だ。
　人狼形態となった肩から腕。鋭い爪先は、ラススヴィの心情を表しているのかカチカチと鳴った。
（「一般人までも無差別にとは実に気に喰わない」）
　ラススヴィの、前衛に天魔を宿らせる法陣へと斬りこむように、デモノイドが突出してくる。
『ガアアアァァ！』
　その姿は理性なきもの。人間が変貌したもの。
　人であった彼ら――杏子はそう見る。
「ごめんね」
　倒すことに、とても複雑な気持ちを抱きながら。
　心が、魂が、変質してしまった彼らを、一体一体、忘れないようにしっかりと見て。
　鎮魂歌を歌う少女の声は神聖さを感じさせた。
　寄生体に支配され、散ってしまった人の心は元には戻らない。
　それでも一つ一つ、その柔らかな手に集めるかのように、杏子は心をこめて歌った。
（「裏切り者がいるからって、信頼していた配下にまでこんなことをするなんて……。
　ともかく今は確実に敵の戦力を削っていかないと」）
　帯を射出した叶流が、サイキックエナジーを繰り、同時にそれを喰らうダイダロスベルトを自在に動かす。
　地を這い滑るように伸びた帯が、とある点で一気に上方へと向かい、デモノイドの体を貫く。
『ヴヴヴォォ！！』
　体液をまき散らしながらも、後退しようとするデモノイド。
「そう簡単に逃れられるとは思わないでね」
　言った叶流は帯を抜き、突くようにもう一撃。デモノイドの叫び声が響き渡るなか、悠里の九字を唱える声も聞こえてくる。
　手に持つmysterious*timeが淡く光ったその時、バチッ、バチバチバチッと太い筋のようなものが切れる音がデモノイドの中から発生した。
　うち一体が酸をまき散らし、崩れ落ちていく。
「残り一体だぜ！」
　悠里の声。苦しみ蠢くデモノイドに向かって智巳と七波が駆けた。
「こっちだ！」
　真正面からデモノイドの注意をひく智巳。雷に変化した闘気が弾け、スパークする。
　突き上げる拳が敵の巨体にめりこみ、蒼の寄生体を駆けるように雷気が広がった。
　智巳が振り抜いた拳はデモノイドの体を抉り、痕を残す。
　七波が死角に回りこむ最中に見出すは殺戮経路。
「切り裂け」
　寄生体を纏う蒼の巨体へと入っていく横薙ぎは途中、角度を変え敵の肉を厚く削いだ。
『オオオ！』
　反応したデモノイドが巨刃へと変えた腕を振るう。その斬線に霊犬のクロ助が入り、壁に叩きつけられるも着地と同時に再び駆けだす。
「先に吸血鬼相手とは予想外でしたが、隙を見せるだけなら付け込むだけですね」
　ロード・クロムの後ろにいる爵位級ヴァンパイアのことを考え、七波が呟いた。
　一尺二寸の非物質化した小脇差で、実が蒼の胴を斬り払えば敵の防護が砕かれ、素早く刃を引いたのちに繰り出す突きはすんなりと巨体へ入っていく。
　柄まで通った脇差が、敵の霊魂を破壊した。
（「――悪意の化身だか何だか言ってたかな……。
　この程度が悪意？　……悪意を言うなら、もっとこっちの精神削るような事をするだろ」）
　例えば、学園の生徒で闇堕ちした奴を張らせる、とかな――そう、実は考える。
　敵は焦っているのだろうか。
（「窮して鈍したかクロム」）
「まあいいや。
　……クソガキ。片づけの時間だ。消えろ」
　感情を向ける意味も、ない。
　それを表すかのような動作で徒姫を引き抜けば、デモノイドは唸り、地面へと倒れた。
　そんなデモノイドを見、そして主人を心配そうに見上げるクロ助。

　脱出路はまだ半ば――灼滅者たちは先を急ぐ。

●
　どれほど駆けただろうか。
　出現した五体のデモノイドに、足止めを喰らう灼滅者たち。
「四体はクロムナイトか。やはりこの通路はクロムの知るところだったか」
　実か冷静な声で言う。
　だが、と思考が続く。
　一本道ともいえる通路内を塞ぐ形となっているデモノイド。待ち伏せるにしても、もっと広さのとれる出入り口でより多くのデモノイドとともに張っていた方が効率的にも思えた。
　が、悠々と考える時間を五体のデモノイドは与えない。
　デモノイドが吐き飛ばした強酸性の液体が実の服を溶かし、肌を灼く。
　そのなかで彼は刀で一閃したかのような鋭い蹴りを放つ。
　迷企羅は目前のデモノイドの体を削り、その速度故に半拍遅れて炎が蒼肉を灼いた。
　敵の蒼の体が蠢き、巨大な砲台が――四つ。視認すると同時に高い毒性を持つ死の光線が前衛と後衛を襲う。
　前にねこさんが出て光線に穿たれるのを視界におさめながらも、杏子はギターを弾き続ける。
　頑張れ、と気持ちをこめて――。
　旋律は杏子の想いを反映し、灼滅者やサーヴァントたちに立ち上がる力をもたらす。
　ねこさんの尻尾のリングが光り、クロ助が浄霊眼を放った。
「みんな気を付けてね。何だか、クロムナイトの攻撃が大振りな気がするのよ」
「了、解っ！」
　杏子の言葉に応じながら攻撃を繰りだす智巳。
　紫のパイルバンカーが、空を割る雷の牙のように鋭く敵の体を貫く。
　その衝撃たるや。纏う鎧が砕け、仰け反り倒れそうになるデモノイドを、貫く障破裂甲が留める。
　しかしそれも一瞬。バベルの鎖が薄くなる「死の中心点」を穿たれたデモノイドが、その自重により、結局は体液を吹き出しながら倒れた。
「まずは一体だ。確実に削っていかないとな」

　守護する翼――耀の護法の鶴翼が叶流の全身を覆う。
　加護を与え、緩く解けるように弧を描きだした帯から駆けだす叶流。
『翼』を広げ、そのまま牽制行動へと移る耀の手には叢雲。
　デモノイドの大振りな攻撃は、通路の壁や天井を砕き、足元にその残骸が散っていた。
　彼らが出現してから数メートルほどは、灼滅者側が推す形で傷を残す通路ができている。
「動きを抑えた方がいいかな？」
　ジャッ、と放たれる刃。叶流のウロボロスブレイドがデモノイドの肉を斬り裂き、巻きつく。
　突き出した腕。その状態から叶流は柄を両手で掴み、体重をかけて下へと引けばウロボロスブレイドの刃はより深く敵肉を斬り刻みながら、解かれていった。
　飛沫した体液が、通路にこびりつく。
　理性なき破壊の化身であれ、本能は個体によりそれぞれなのだろう。
　クロムナイトではないと思われるデモノイドが動く。
『ウ……』
　追撃の手を緩めない灼滅者たちの隙を見て、灼滅者たちが来た方向へと駆け抜けようとするデモノイド。
　しかし、
「簡単に逃がすわけにはいかねえからな」
　帯を放出する悠里が、目前に迫ってきたデモノイド、その背後のデモノイドを纏めて捕縛する。
　サイキックエナジーを喰らい意思を持つ帯は、ギリギリと蒼の巨体を締め上げていった。
　突破されればそこは朱雀門高校から離れた出入口。
　そこは、デモノイドが人であった頃に過ごした平穏な世界への入り口だ。
　けれど今の『彼』に、今いる世界といた世界の区別はつくだろうか――魂を蝕む寄生体に完全支配されてしまった彼は暴虐の限りを尽くす。
「逃がしませんよ」
　静かな声だった。
　獣化した七波の腕、鋭い狼爪が袈裟懸けに痕を刻む。
『オオオオオ……ッ、ッ！！！』
　逃げようとしたデモノイドが倒れ、そしてその後ろに位置するクロムナイトに向かって、ラススヴィが冷気のつららが撃ち出す。
　変換され冷え冷えとした槍の妖気がラススヴィの狼毛を撫であげる。
　複数の冷気が敵を穿っていった。
「お前達が生き延びることはない、ここで仕舞いだ」
　残るは剣を持つクロムナイト一体。
　次々と攻撃を繰りだす灼滅者たち――攻撃を受けながら、応じながら、数歩後退したクロムナイト。
　その灼滅が成った時、事が起きた。

●
「何だ……？」
　クロムナイトを貫く智巳の障破裂甲。手応えは充分にあり、しかし圧がかかる。
　最期の力を振り絞るようにクロムナイトが手にした剣で壁に斬撃を放った。
　瓦解しはじめる天井――灼滅者は目を走らせた。視認できる範囲以上に、嫌な音を立て深い亀裂ができていく。
　戦闘のせいではない、これは敢えて施されたもの。
「仕掛けか！」
「こっちだ！」
　実が叫び、智巳が貫いたままのクロムナイトを盾にすべく壁に押し付け仲間を呼ぶ。
　駆けだす灼滅者にゆるされたのは、二歩分。
　刹那、体を叩き押し潰す瓦礫――視界は暗転する。

　普通ならば死に至る罠だが、バベルの鎖がある灼滅者は、その超常なる力故に物理的なダメージを受けない。
　そう、生きていた。
　怪我はしているがきちんと意識があり、サイキックやサーヴァントの生み出す光源でそれぞれが確認をすれば、ほぼ四方は土と瓦礫に覆われている。
「……、みんな、無事かな？」
　深呼吸したのちに無事を確かめる叶流の声。
「だ、大丈夫なの。……罠だったのねぇ」
　ねこさんのリングが光り、杏子の場所が分かる。近くには七波がいた。
　次々に声が上がって全員を確認でき、叶流は安堵する。
　次に、この状況をいかにして脱するか、ということを話す。
「換気扇があるってことは、通風孔もあるよな。そこから、どうにか……できるんじゃないかと思ったぞ」
　そう言った悠里が身じろぐ。からりと瓦礫が転がって、耀の一部が見えた。動けないので動かないのが最善と考え、彼女は返事をしたあとは、じっとしていた。
「……通風孔なら、クロムナイトの頭の上にあるぜ」
　智巳の声。空気の通りが良いようだ。
　そこまでどうやって行くか、近くにいて動けるのは誰かと話し合う。
「狼の姿になれば、通ることもできそうだ」
　と、ラススヴィ。
「俺も猫変身すれば、いけるな。今はとにかく、誰かが動ける幅を確保することだ」
　クロ助が膝に乗った体勢となっている実が言う。
　そのあとは、瓦礫を破壊し、誰かを動けるようにしていけば――時間はかかるだろうが脱出できるだろう。

「わたしたち、いわゆる生き埋めの状態だったのよね？」
　叶流が乱れた髪を撫でつければ、硬い感触。ぱらぱらと砂礫っぽいものが落ちていく。
　脱出成功した灼滅者たちは、通路のかなり先の方で抜け出したようだ。
　けほんけほんと杏子が咳をする。
「口の中が、じゃりじゃりしているのよ……」
「灼滅者がこの通路から潜入作戦を行なった場合の、対策だったのでしょうね」
　土を払いながら耀が言う。
　なかなか、酷い目にあった気がする――目を据える灼滅者たち。
「今回は、地上のデモノイドを他のチームが掃討していたので助かりましたが、これが本当の少人数の潜入作戦だったならば……全員が殺されるか囚われるか、してしまったかもしれないですね」
　七波の言葉はありえた事だ。
　死に至らない罠とはいえ、使われ方によっては死地に陥る。
　仲間の声を聞きながら、ふと、悠里が懐中時計を見れば、長い針が一周するところ。
　ともあれ今は、
「――地上の様子が気になります。気をつけながら、急ぎましょう」
　耀の声で再び先へ進み始める灼滅者たち。
　この罠を仕掛けたロード・クロムを見つけることができたのだろうか――学園の仲間と合流すべく、駆けていくのだった。

作者：ねこあじ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年7月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。