ナンセンス・アドレセンス~結句

    ●奈落色アドレセンス
     煮詰めた炭化水素で草木の呼吸を殺し地上の気温を跳ね上げるだなんて、非常にナンセンス。
     しかしながら心躍らぬのは何故だろう?
     答えは明白。
     編み目のように日本列島貫く利便性重視の交通網を担うべく敷き詰められたアスファルト道路こそが、現代の常識(コモンセンス)だからだ。
     斯様に、常識とは時代と共に変遷する。
    『REサイクル・ブック』
     どこでも見かけるチェーンの新古書店の真新しい看板は、半年前まであった古本屋の跡地にできた店の顔。埃だらけの見目で人避けの結界が張られていた古本屋より遙かに賑わい、客数名の店員三名。
     こつこつとアスファルトにブーツの踵を喰わせていた娘は、看板直下で直角に曲がりチープな赤い敷物を踏みしめ止まった。
     ブゥン……。
     蜂の羽音めいた音たて開く自動ドア、マニュアル通りの「いらっしゃいませ」は歯牙にも掛けない。ただ莫迦莫迦しい程に明るい中、狭く真っ直ぐな通路を生み出すが如く均一に配された本棚へくすんだ瞳を向け、店内へと踏み込むのみ。
     そんな娘が翻すは、大正文化の華やかさ誇る女袴。しかし現代のエッセンスを多分に取り入れフリルも豪奢な和ゴシックとも言えるシロモノ。だが時間潰しで立ち読みに耽る客の目を惹くに充分な出で立ちとも言えた。
     此しきで、異物。
     でもこんな些細はナンセンスと語るには些かどころじゃなく、軽い。何故なら好み身につけている、そこには意味が生じてしまっている。
     なんて言葉遊びに身を窶すは、本物作家と為りたき遠い夢の残骸。
     そんな夢を抱えし娘の魂から堕ちた六六六人衆――無頼・三千年(ブライ・ミチトシ)とのP.N.を持つ彼女を以降は三千年と記す――は、懐に華奢な指を差し入れ万年筆を招き寄せた。
    「お……あった!」
     彼にとってのお宝絶版本、真横の客が嬉々として指を伸ばすは『戦時下の~』と銘打たれた白黒写真集。
    「『お国の為に我が命を尽くしましょう』なんて形ばかりの当時の常識を、現代この世で掲げれば指をさされて嗤われる」
     虚空滑らし一文綴るが如く、優雅に流麗に――そして残虐陰惨救いなんて一切合切なんもなくに、男は心臓まで届く傷を背中に穿たれ、上半身をぺきりと折って本棚に接吻した。
    「こんな風に」
     誰も嗤っちゃいないのに、ダークネスは自己完結。
    「ひ、ひぃい!!」
     ごとり。
     踏み台を取り落とした店員の悲鳴をBGMに、娘は艶然漂わす狂気の三日月の唇で周囲を血の海に変えていく。
    「『ただ愛する人の傍らで安寧なる生涯を』なんてのは、誰もしらない非常識(ナンセンス)」
     何故なら口にすれば処罰され命絶たれたものだから。
    「愉快と皮肉らねばやってられない程にくだらない(ナンセンス)」
     ……そんな浮かれた独り言、返せる者は誰もいない。

    ●『四四四』P.N.無頼・三千年
    「無頼・三千年――現在の序列は、四四四。2年前に予知した時は五四〇、だったか」
     順当に上がった序列番号。
     それが記された資料に対し煙たそうに目を眇めては、白椛・花深(大学生エクスブレイン・dn0173)は此度集結した灼滅者達へと視線を向ける。
    「六六六人衆にサイキック・リベレイターを照射した結果、或る古書店に奴が現れて……殺戮を始める、新たな事件を予知できた」
     元から強敵揃いであった六六六人衆。
     それに加えてサイキック・リベレイターの影響で更に力が強化された為、従来通りの方法では灼滅は困難だ。
     しかし同時に『六六六人衆が戦闘後に撤退する場所』を予知にて割り出す事ができた為、二段構えの作戦が可能となったのだ。
    「三千年が起こす古書店の事件については――標が今話してくれてる。俺の予知は三千年が戦いの末に撤退した後について、だな。お前さん達にゃあ『戦闘後に撤退する場所』で待ち伏せして奴を急襲し、確実にトドメを刺して欲しい」
     頼めるか? と云う確認の眼差し向け、頷く彼等を見留めたのち、
    「で、だ。撤退する場所――っつーのは、此処」
     花深は幾つもの写真を机に並べる。
     それらはいずれも、朽ち果てた廃喫茶店内を様々な角度から撮られたもの。
     見憶えがある、と思い当たる灼滅者がひとり。
     花深は肩を竦めては、力なく笑う。
    「……厭な偶然だよなぁ。三千年が逃げ込むのは、奴が嘗て事件を起こした喫茶店なんだよな。店主も奴に殺されて――今はご覧の通り、比較的新しめの廃墟になってる」
     そっと写真に指先触れて、さらに深まる笑みは悔しさ滲ませる。
     ――救えなかった、命。遣る瀬無い想いが溢れかけるのを、ぐっと堪えては。
    「三千年は追い詰められても尚、非常識(ナンセンス)への興味は尽きない。……つーか、廃喫茶店に撤退後は傷を癒やしながら、更にお喋りになってやがる。原稿用紙も無いのに、机に万年筆で物語を書き始めたりさ。でも楽しげに愉しげに独りでぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。つまり、そう――狂ってる、って云ったらいいのか」

     ――ご都合主義のハッピィ・エンドより、救いのないバッド・エンド。
     ――意味を為さぬ、倫理観を無視した冗句やブラック・ユーモア。

     無頼・三千年と云う存在は、そういった血腥くも度し難い戯言を心より求めている。
     それ故に、奴の意識を向けて油断を与えるには、常に執着し続ける『非常識(ナンセンス)』な噺に効果があるのだと花深は言い添えた。
     無論、奴を相手取る為の戦術も確りと立てねばなるまいが、その『歓談』もまた灼滅に繋がる鍵となる。
    「何を話せば良いかってのはまあ……この際だ、興味を唆らせながらも好きにお喋りすりゃいいさ。一般人も居ないし、三千年自身も痛手を負っている以上は全力で迎え撃つだろうしな」
     然れど、相手は強化された六六六人衆。
     真正面からそのままぶつかるより、少しでも有利な手を選ぶことを推奨するとエクスブレインは語る。
    「……滑稽かもなぁ。自分が求めていた『非常識(ナンセンス)』が己の身を滅ぼす鍵になるなんて、さ」
     ――いったいそれ程までに拘る理由は何なんだろうな?
     ふと、毀れた呟きに答えられる者など無論、居らず。
     仕切り直すように小さく息を吐いては、エクスブレインは皆を見渡す。
    「こんな笑えねぇナンセンスなんてさ、塗り替えてくれよ。んで、これはいわゆる最終章。好きに描けばいい。……どうか、お前さん達が呑まれないようにな」
     勿論、精一杯に浮かべるは信頼の念を宿した笑顔。
     花深は資料を閉じたのち、非常識(ナンセンス)へ赴く灼滅者達を、見送った。


    参加者
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    白弦・詠(ラメント・d04567)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    霞代・弥由姫(忌下憧月・d13152)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)

    ■リプレイ


     或る、小娘の噺だ。
     華々しい文壇に憧れた小娘が居た。
     ――永久とも謂われる三千年(みちとせ)を、無頼に生きる。
     嘗て小娘と将来を語らった愛する人は、御国の為にと命を捧げてそれっきり。
     唯一送られた葉書に押捺された『検閲済』の赤文字もまた忌々しい。
     最期の言葉も全て識ることすら赦されぬ、むかしむかしの常識(コモンセンス)

     高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)の瞳には幾許かの寂寞が滲む。
     ――愉快犯に命断たれたご主人の、此処が夢の跡……なんて笑えない。
     毀れた溜息でふわり、テーブルに積もる埃が舞う。露わになった天板に染み付いた血痕を見留めれば、丁度2年前のあの日の光景が厭でも過ぎった。
    (「……御話は、誰かに聞いてもらえて羽搏くものだと思うから」)
     夜伽・夜音(トギカセ・d22134)の想いは、此れより相対する作家気取りの信条には恐らく相反するもの。
     誰も耳を貸さない無意味など、羽化せず朽ちる蝶の蛹のよう。それこそある種のナンセンス。
     けれどきっと――そんなの、物足りない。
     そのとき、シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)の携帯が振動する。
     新古書店で戦いを終えたであろう灼滅者からの着信だ。曰く、『奴』は先ほど現場を離脱したと云う。
     手短に礼を告げてシェリーが通話を切ったのち、灼滅者らは店内の物陰へ隠れ待機し始める。
     幸いにも此処は荒廃した喫茶店。身を潜めるポイントは数多く、彼らはそのまま非常識な来客を静かに待つ。

     ――程なくして。
     かつ、かつりと。不規則に乱れたヒール音。

     壁伝いに蹌踉めき歩いては、血の手形を残して。
     然れど、くつりくつり。さも愉快げに喉鳴らし、六六六人衆たる無頼・三千年はテーブル席に腰を沈める。
    「この世は形ばかりの常識と、誰もしらない愉快な非常識でできている。変わらぬ、変わらぬ――……」
     紅滲む唇震わせ饒舌に。狂った調子で呟きながら、万年筆を手にテーブルに血文字を刻む。
     綴った文字の羅列を読み返しては、くつくつ嗤って悦に浸って。
     嗚呼、またもこのダークネスは自己完結。
    「よう、趣味の悪ぃ物書きサンよ」
     そこでぴたり、と音が止む。三千年は腰掛けたまま、声が響いた方へと首だけ向けた。
    「――悪趣味? この上ない褒め言葉だな、少年」
     揶揄されようとも以前変わらぬ曇り硝子の瞳。
     呼び止めた『少年』――赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)は灰眸眇めながらも唇の端歪め、笑みを返し。
    「待ち草臥れたぜ。アンタも語り足りねぇだろ?」
     相手になるぜと布都乃が誘いを掛けたなら、一人、また一人と。
     密かに出入口を塞ぎ終えた灼滅者達も、物陰から姿を現す。
     シェリーは奴がテーブルに刻んだ歪な文字列を怜悧なその瞳で拾い読み、
    「ねえ、愉しそうな噺だね」
    「血塗れのその得物で、良い物語……書けたかしら?」
     次いで小首傾げて戯れのように訊ねてみせたのは白弦・詠(ラメント・d04567)。
    「嗚呼、素晴らしく有意義な時間だ。灼滅者と謂う存在は揃いも揃って私に刺激をくれる。先程だってそう。血と臓物を詰め込んだ原稿用紙(にんげん)にただ書き綴る以上に愉しい噺を……ククッ」
     不気味な思い出し笑い。臆しもせずに城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)は前へと一歩、歩み出る。
    「戦った直後で傷も負ってるっていうのに書かずにいられないのって、物書きの性ってやつ?」
     千波耶がその大きな瞳を真新しい赤で染まった女袴へ向けたなら。
    「私はシラフじゃ筆が乗らないタチでね。お陰様で酔いが廻っているのさ……二年ぶりに」
     良質な物語を紡ぐならば、ある程度の刺激は必要――――その思想は、あれからも変わっていない。だからこそ。
    「折角だ、灼滅者諸君――そう、『君達』とも噺がしたいね。是非とも」
     くるり、と澱みなく万年筆を廻しては灼滅者達を見渡した。
     無意識に、霞代・弥由姫(忌下憧月・d13152)のかんばせに怪訝な色が滲む。想起するのはかつてヒーローを夢見た少年。奴からは『可愛い坊や』と呼ばれていたと云う。
     嗚呼けれど、その少年はもう、この世には。
    「まぁ、貴女の方からもお誘い? 光栄ね」
     くす、と小さく花笑みを咲かすは煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)。
     楚々とした振舞いは常のまま、藍錆色の篭手に鎧われた華奢な腕を広げては。
    「――さぁ、物語を語りましょう、噺をしましょう」
     あどけない声音で前口上を口遊んだなら、舞台の幕は、あがる。

     陳腐な常識(コモンセンス)は此の舞台には不要。
     ――戯れに語らうならば不条理(ナンセンス)と、ほんの少しの思ひ出(アドレセンス)さえあれば良い。


     脚に炎纏いては、零距離から繰り出す捨て身の蹴撃。
    「さて、語るか。――あるガキの噺」
     それを見舞った後、口火を切るのは布都乃だ。
     語って吐かせて油断を捉えながらも、警戒は緩めず。
     そうして語られたのは或る少年の末路。
     仲間を救うため闇に堕ち、王へと挑みながらも散り果てた三流怪人――そう、布都乃は皮肉る。
    「どうだい作家。バットエンド好きにゃイイ題材だろ?」
    「嗚呼、在り来りな幸せ(コモンセンス)に到るよりは」
     けたたましいエンジン音を耳にしたなら、「続きは後の愉しみにして置こう」とそちらへ向き直る。
     ぱき、とチョコプレッツェルを噛み砕き、愛機のキャリーカート君と共に肉薄するのは一葉だ。
     迫る一葉の顔を見留めたなら、三千年は「あの日の悪食娘か」と大層嬉しそうに彼女を呼ぶ。
    「久しぶり。憶えててくれてたんだ?」
    「よくもまぁ、飽きもせずに食うなと、ね」
     歪んだ紅い三日月から毀れる笑みを、確りと見据える一葉。
     テーブルに獣の爪の如き荒々しい痕残し、ひらりと躱した三千年へと向き直る。
    「ねえ。この退廃さも、キミの好み? 二年前に語ってたよね、この喫茶店がナンセンスに壊れ果てたなら――だったっけ」
     首肯代わりにくつくつ、と喉奥で嗤ってみせる。
     そんな相手の様子に肩竦め、一葉は「そう」と答えたのち、
    「じゃあ、キミがそうやって壊れていくのも、キミにとっては好物なのかな」
    「……ほう?」
    「だって壊れきってしまったら、自分が自分であることすら忘れてしまいそう」
     それは、果たしてナンセンスなのか。
     一葉は問いかけながらも、意識を鈍らせることなく。
     彼女の愛機から放たれる銃弾。廃れた店内に立ち篭もる硝煙の香り。
     それらを受けながらも三千年はペン先を宙に踊らす。
     前衛担う灼滅者達を襲うは、紅い竜巻――否、毒孕む『検閲済』の血文字の嵐。
    「自分であることすらか。いとおしいこの『無頼三千年』と云う名に変わりはないさ。今も、嘗ても」
     戯けて嗤い、語りたがりは騙りたがる。
     それが文字通り、口から出た虚ろであると一目で朔眞が見抜けたのは自分もまた『うそつき』だから。
     陽光閉ざす漆の帳。夜示す彩糸花の得物を掲げては、夜音は癒やしを齎し。
    (「――でも僕は、人の御話をちゃんと聞きたいと思うから」)
     喩えそれが、相容れぬ常識的(コモンセンス)であろうとも。
     そうして夜音の癒やしに重ね、朔眞に寄り添うリオもまたリングをきらり光らせて。
     そして踊るようにふわり、揺蕩うは詠がまとう海の彩。
    「ねぇ、貴女のは何れ程の狂気なの? 喩えるならそうね――愛について、だとか」
     聴かせてちょうだいなと、耳朶に這う甘い囀りは試すような口振りで。
    「“戀”と云う字を識ってるか? 糸し糸しと言ふ心と書く」
    「それならば“愛”は、心を受けるとも書くわね?」
    「然れど、糸も意図も絡み合うものさ。結ばれることはない」
     陳腐でくだらぬものだと皮肉る三千年に、詠は「興醒めだわ」と吐息混じりに歌を紡ぐ。
    「おや? 愛にご執心かな、オヒメサマ」
     これは失敬と仰々しく一礼し、時代錯誤な大正娘は紅滲む袖を翻す。
     洒落にもならない冗句混じりに、交わされる死合い。
     恩恵宿した得物振るい、懐へ飛び込む弥由姫。
     まるで今にもその身を何処かへ投じてしまいそうな程、弥由姫は捨て身で挑み続ける。
    「この店に来て書くのって、以前の続きだったりするのかしら」
     常の調子を崩さず訊ねるのは千波耶だ。黒杖の頂に飾る碧玉から綻ぶは、魔力まとう幻影の花。ひとたび振るえば花弁舞う。
    「ホラーの続編にあるわよね、前の主人公が以前の現場で殺されちゃうの」
    「嗚呼それもまた悲惨で救いがたい、心惹かれる筋書きではないかい?」
    「ええ、そうねでも……なんで来ちゃうのって、思わない?」
     くす、と千波耶が漏らすは普遍的な少女の笑み。
    「だから訊きたいのよ。貴方はなんでここに来ちゃったの?」
     直後。三千年の華奢な躰は魔の力で爆ぜる。
     されど未だ血の軌跡を描き、反撃を見舞って「愚問だ」と嗤う。
    「私自身がそれ(ナンセンス)を求めているのだ。――逆に、君は如何かな? 見たところ今の世に溶け込む凡庸さだが嫌いではない」
     作家気取りは見透かすようにのたまう。
     普遍(コモンセンス)から見え隠れする無秩序さに魅せるものがあると。
     それはじぶんすらもしらない、じぶん。
     斬撃と共に千波耶の大きな茶の瞳が不安で泳げど、杖を強く握って再び見据える。
     無論、畏れは在る。けれど――――。
    「そう。救われず、報われない」
     此の場にはそぐわぬほどの穏やかな声音でシェリーは紡いで。
    「血腥くて残酷で。けれどそれが刺激的で素敵だよね」
     人形然とした貌には『ひと』らしい微笑み添えて。
     美しさ故のその歪さに、曇り硝子の眸は茫、と彼女を映す。
    「君が堕ちる前の作品は無いの? その筆が綴る物語にも興味はあるけれど、わたしは其方も読んでみたかったな」
    「――――」
     滲む、躊躇いの綾。
     されどゆるりと目蓋をおろして開いたならば、元の暈した硝子色。
    「私と『彼女』を混同されてはな。嗚呼然れど『私』が綴る物語ならばそう、花を手折るような」
     紅を滴らせ千鳥足。宛ら、死ぬまで踊る赤い靴だとシェリーは瞳眇めては得物を携える。
     血と臓物詰まったビスクドールと云うのもまた――美しい、と作家気取りは恍惚に囁いては、
     一閃。
     互いに迸る鮮血。シェリーは白膚に滲む紅を拭う。
    (「手折られる? まさか。君の筆が折れるまで付き合うよ」)


    「此れは、ある少女のお噺」
     穿つ槍の一撃放っては、朔眞は切り出す。まるでお伽噺の語り部のよう。
     大好きな人を自らの手で殺めた少女は忘却を演じ、一生を純白と偽り生きてゆく。
     ――血塗られた掌を隠し続けながら、家族を喪った家族と共に。
    「酷い話ね、可怪しい噺よね。……貴女ならどうこの続きを描くのかしら?」
    「装う白。まるで、その少女は造花だな」
     褒め言葉か揶揄か、或いは双方か。
    『少女』――朔眞は一層笑みを深くする。幾重にも、花弁を編むように。
    「ツクリモノめいた純白にも心惹かれるね。造花の美は永遠だが、安直に散らすよりは彩を重ねたい」
     綴るならば少女の末路。
     穢れた花束携えて、赤黒く乾いた手が再び鮮やかな紅を重ねる――白は、紅を美しく魅せるから。
     其処へ視界を掠めたのは、黒髪の少女の影。
    「――三千年さん、キミの御話を、聞きに来たんだ」
     夜音の実る柘榴の眸は、硝子玉と視線交わす。語りに合わせ――伽枷奇譚、『少女』は影の枷と共に戯れる。
    「彼女の名前はリオ。彼女の御姿は"理想"。黒髪黒目、日に弱かった僕の白髪、紅い目とは違う色――」
     それはきっと僕の理想。叶うことのなかった夢想。
     両親の手を取り、幸福に過ごすと云う有り触れた望み。噺が終焉を迎えるにつれ、枷に喰い込まれる『少女』。
    「『ただ愛する人の傍らで安寧なる生涯を』――それもまた、希えぬ非常識(ナンセンス)」
     つい先程嘯いたばかりの断章を口遊み、夜音が謳う奇譚の悼みを敢えてその身に受けて答える。
    「幸せが欲しくて欲しくてたまらなくって、それでも手に入れられなかった」
     ――きっと、キミも。
     その一言は、夜音の心中に留めて。
    「人並みの幸せこそ陳腐なコモンセンスさ」
     嘗ての少女としての願いを嘲るように皮肉り、作家気取りは再びペンを執る。
    「そう、だから貴女の狂気に愛が孕んでいないのよ」
     くすくす、はじける泡みたく軽やかに笑う詠。
     蒼に映える緋色の光帯びた得物を振るっては、
    「貴女の殺人衝動には、どんな形であれ愛が足りなくてよ?」
     生命を啜り、海色の瞳を愉悦に細めて。
     詠からの甘やかな誂いにも、三千年は喉奥鳴らして新たな血文字を綴ってゆく。
    「いずれは朽ち果てるものさ」
     故に、いまこの『身』は在るのだから。
     そうして折を見て、布都乃が再び続きを語らう。
    「さっきのだがな――トコロがどっこい」
    「――?」
    「悪逆の王は足元掬われ、裏切ったガキのせいと嘆いて逝くのさ。アンタも会ったコトあるガキなんだがな」
     一杯食わされたと、眉根顰めては「やはり坊やの末路か」と吐き棄てる。
     そうして噺を継いだのは弥由姫だ。
    「勧善懲悪を常識とするならば、巨大な悪に屈する矮小な善というのはまさしく非常識ですわよね」
     少年を死を目の当たりにしながらも無事に逃げ帰る、正義の灼滅者が聞いて呆れる。
    「あの子は最期に王すら欺いた――と。道理で敵わぬ訳だ」
     嗚呼、またも六六六人衆(ひとごろし)らしからぬ憂い顔。
     それを見計らっては弥由姫が死角から斬り裂く、閃撃。
    「それもナンセンスな話でしょう? ……私達や貴女には日常的でも」
     重ねるようにして一葉が静かに迫り寄る。
     ――殺人鬼たる意味を求めることなど、ナンセンスに等しい。
    (「じゃあ殺人鬼が人を殺さなければ――それもきっと」)

     不条理こそが日常(コモンセンス)。
     そうした日常に身を投じる我々もまた、異常(ナンセンス)。

     くらり、裂かれた腱から赤いブーツが蹌踉めき崩れ落ちる。
     がしゃん、と物音響かせ娘の躰はカウンターへ。
    「……或る、小娘の噺だ」
     朽ちる感覚を憶えながらも最期に切り出す。
     滔々と、語り終えたなら血濡れた壁へと身を預ける。
    「最期に聞く。アンタになる前の名を」
     未だ開いたままの硝子玉へ、布都乃は問いかけた。
     同時に、非常識は救いだったのか――を。
    「『章代』と云う。幸せを希うには、此の手は検閲の赤文字よりも穢れすぎた」
     ぱき、と最期の力で万年筆を自ら折る。
     倒錯した非常識(ナンセンス)。願いを棄てる逃避の選択。
     霧散してゆく娘の躰。傍らに落ちた万年筆の欠片を拾い、朔眞は薄紅の瞳伏せて。
    「……大丈夫、次はいい夢を見られるわ」
     ――だから悪夢はもう、おしまい。

     嗚呼けれど、斯くも今の世は愉快な程に不条理(ナンセンス)。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月4日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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