戦神アポリアの提案~贄の行方は

    作者:長野聖夜

    ●同盟提案
    「六六六人衆七一位『戦神アポリア』……かつてあきら君と呼ばれていた闇堕ち灼滅者が、ミスター宍戸及び六六六人衆の意向に従って武蔵坂学園と六六六人衆による同盟提案を持ってきた」
     淡々と呟く北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)の表情はまるで人形の様に無感動だ。
    「内容はこうだ。武蔵坂学園が六六六人衆に対してサイキック・リベレイターを使用したことを確認した。このまま灼滅者が六六六人衆を滅ぼそうとれば全面戦争になり、人間社会に甚大な被害が出てしまう」
     けれども、本来人間と六六六人衆は共存できる。
     プロデューサーのミスター宍戸は『人間』であり、六六六人衆は人間社会の支配に興味は無いから。
     加えて彼等は序列を争い、互いに殺しあうために一定以上の数には増えない。
    「だからこそ、唯一人類と共存が可能なダークネス組織だ、と言うのが彼等の意見だ」
     六六六人衆による一般人の殺戮。
     それは、肉食動物が草食動物を狩る食事の様なものであり、それが満たされるならば、武蔵坂学園の意向に従う用意がある。
     具体的には犯罪者、老人、外国人、無職者……など、武蔵坂学園が受け入れられる様な殺しても良い人間の条件を考えて欲しいそうだ。
    「共存を望むのであれば、彼らの指定した場所に『六六六人衆が殺戮しても良い人間のサンプル』を連れてきてくれれば、其れを持って同盟の締結とするらしい。……これにどう対応するか、それを皆に考えて欲しい」
     優希斗の声音は何処か暗く苦渋の響きが強く籠っていた。

    ●選択の時
    「……『戦神』アポリアは、六六六人衆が殺戮しても良い人間を10名連れてくるようにと要求してきた」
     無表情の中に感情を浮かべる優希斗。
    「受け取り場所は多数用意されていて、君達に行って貰うのは、人気のない神社の傍にある墓場になる」
     かつて先代『戦神』が封じられていたのと似た場所に殺戮しても良い人間を連れてくる様にと提案したのは、故意かそれとも偶然か。
    「但し、10名の一般人を六六六人衆に渡したのが一箇所ならそれはその班の独断であり、武蔵坂学の総意ではない、と判断される。戦神アポリアは、引き渡し場所の過半数で、10名の一般人が六六六人衆に引き渡されたら他の引き渡し場所で戦闘が起きたとしても、武蔵坂学園は同盟の意思があると判断し次の交渉を行うそうだ」
     逆に言えば、過半数の場所で引き渡しが行われなければ今回の提案は取り下げとなる。
     つまり……全ての選択は灼滅者達にかかっている。
    「感情論でいえば、この提案を受け入れるのは正直難しいだろう。だが……アポリアの提案は、一定の真実を言い当ててしまっている。ある程度此方も検討せざるをえないというのが実情だ」
     ダークネス以上に邪悪な心の持ち主は、人の中にもいる。
     人の全てが悪人ではないが、逆に言えば人の全てが善人でもないのだ。
    「皆がこの提案を受け入れるなら10名の一般人を連れて引き渡し場所に。受け入れないのならば、戦争は不可避になるから、戦力を削る為にも、引き渡し場所の六六六人衆の撃退を」
     優希斗の言葉に、灼滅者達は其々の表情で返事を返した。

    ●戦力分析
    「俺の方で把握している引き渡し場所に来る六六六人衆は、名を『解体士』と言うらしい。その名の通り、人を解体する事が好きな六六六人衆なんだけれど……結局のところ、捨て駒に過ぎないみたいなんだ」
     今回の同盟提案自体が、ある種の実験的な要素を孕んでいるからだろう。
     その為に重大な戦力を使うメリットは低い。
    「リベレイターの影響を受けていても、8人の灼滅者の力で灼滅することが可能な戦闘能力と言うことらしい。とは言え、強力なダークネスであることには違いは無い。灼滅を目指すならば、相応の準備をして戦闘に挑んだ方がいいだろうね」
     解体士は解体ナイフと殺人鬼のサイキックを使用してくる。
     ポジションはメディックの様だ。
    「特に解体士は危険に陥ると隙をついて撤退しようとする。灼滅するのならば、撤退阻止のための対策はしっかりと練っておくべきだろうね」
     優希斗の言葉に、灼滅者達は其々の表情で返事を返すのだった。
    「2人の闇堕ち灼滅者がハンドレッドナンバーとして合流している以上此方の情報は六六六人衆にかなり漏れてしまっているだろう」
     呟く優希斗の顔に影が差す。
    「……かなり危険ではあるけれど。この同盟に乗ったふりをして、六六六人衆の力を利用して他のダークネス組織を滅ぼし、その後彼等と決戦を行うという選択もあるかも知れない」
     最も、危険な賭けなのは間違いないが。
    「この同盟提案は、ミスター宍戸のプロデュースなのは間違いない。それに乗るのか、それとも乗らないのかその判断は君達に任せるけれど……一つだけ頼みがある」
     ――どうか、死なないで。
     祈りと共に一礼する優希斗に背を向け、灼滅者達は静かにその場を後にした。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)
    アトシュ・スカーレット(黒兎の死神・d20193)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)

    ■リプレイ


    (「全くとんでもない要求ですね。戦う力を持っただけの学生に何を求めてるのでしょうか?」)
     アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)はふと、思う。
    『死』は例え子供であろうと大人であろうとある日突然にやって来る。
     何故わざわざ殺人鬼に間引いてもらう必要があるのだろう。
    「『戦神』アポリア……か、なんともまぁ、こんな因縁しかないような場所を指定してくれたもんだな」
     ぼやくアトシュ・スカーレット(黒兎の死神・d20193)の口調は少しだけ暗い。
     そうしながらそっと胸元に手を当てる。
     あの戦いの時に負った体の傷は癒えたが、その結果が今の状況を作り出した。
     何も思わずにいられる筈もない。
    「彼を救いたいのか、アトシュ?」
    「えっ?」
     文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)の問いにアトシュは顔を顰めた。
    「俺の知人に右九兵衛に後ろから刺された奴がいる」
    「……あいつの事か……」
     小さく呟いたのは木元・明莉(楽天日和・d14267)。
    「それでもあいつは右九兵衛を助けたいと言っていた。お前は……」
    「……本音を言えば、アポリア……あきらを助けたいってのはある。でも、不可能なら容赦なく斬り捨てるさ」
    「……そうか」
     迷いのないアトシュの様子に、咲哉が頷き返したところで現場に到着。
    『知りたい。知りたい。知りたい』
     澄んだ青い瞳を開き、かつて吸収した都市伝説を解放するアリス。
     その語りが耳に届いたか、飄々とした様子で墓石に座っていた白衣の青年が立ち上がる。
     手の中で解体ナイフを弄んでいるその姿はまるで恋い焦がれる相手を待ちぼうけしている様にも見えた。
    「来たんだね、灼滅者」
    「『知りたがり』拙いお話ですが、お聞きください」
     アリスの言葉に微笑を浮かべ、その場に集った人数を数える解体士。
    「……8人、か。なるほどそれが君達の回答ってわけか」
    「文月・咲哉だ。俺達はお前達との同盟を拒否する」
    「これはあくまでも、俺達だけの意見だがな。申し出は断らせてもらう。ま、サンプル連れ来ていない時点でお察しだとは思うけどな?」
     アトシュの呟きに、解体士は軽く肩を竦めた。
    「なあ、解体士。少し話をしたいんだけど」
     明莉の言葉に首を傾げる解体士。
    「話? 何を話したいのさ?」
    「個人的な興味だろ? 話聞くくらいはしてやれ。……どうせ、殺しあうことになるが」
     アトシュの言葉に、クスクスと笑う。
    「僕は彩瑠・さくらえだ。キミ達はこの同盟、本当に成立させるつもりで提案してるの? 歩み寄りにしては、随分とキミらに都合がいい内容になっている気がするんだけど」
     彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)の問いかけに解体士は微笑みを浮かべた。
    「僕達はかなり譲歩していると思うけど。だって、君達が殺していいっていう人間だけ貰えれば、僕達は手を打とうって話なんだからさ」
    「冷徹に見りゃそうかも知れないが。オレからすりゃ、同盟する気がさらさらない……と言うか、オレ達に喧嘩売っているようにしか見えないんだよ。お前らはオレ達の何を見て来たんだ?」
     白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)の言葉に益々笑みを深くする解体士。
    「そこのお兄さん達とお嬢さん、僕が逃げないよう牽制しているね?」
     逃走を防げるよう、レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)が明莉やアリスと一緒に様子を伺っていることに気が付いていたらしい。
    「正直、これ以上の話が聞きたいなら、こっちの方がシンプルだと思うけど、どうよ?」
     手の中で弄んでいたナイフを逆手に構える解体士を見て、狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)が影で編んだ鎖を左腕に巻き付けていく。
    「ダークネスとの共存は、オレも実現したいと思っている。だが、『殺人鬼(オマエラ)』と共存するのだけは、御免だね」
    「ふ~ん、じゃあ、他のダークネスならいいんだ?」
     からかう様な解体士に刑は答えずこう返した。
    「これより……宴を開始する!」


    「さて、予想通りですかい。……ま、せいぜい楽しませてくれや」
     アトシュが自らの身に戦神を降臨させながら鱶の様に笑う。
    「まっ、取り敢えず景気付けだよ!」
     解体士のナイフから漆黒の風が吹き荒れる。
     放出された其れが前衛を狙うが、カズミが明日香を庇い、さくらえがアトシュを庇っていた。
    「僕も、元・六六六人衆のヒトゴロシだから、キミ達の言わんとする事は分らないでもないよ」
     その玻璃に映るは己の過去に起こした深淵。
    『殺してもいい』と人間を殺し、結果として最初に堕ちた自分の過去と想鏡を通して向き合いながら、玻璃色の結界を生み出し毒に抗う。
    「俺達灼滅者は人間だ。人として命を護ろうと動いている同胞を殺す事を是とするお前達には意味不明かも知れないけどな」
     【十六夜】の切っ先に指を当てて照準を定めて咲哉が撃ち出した制約の弾丸をナイフで弾く解体士。
    「どうだろうね? 人を救う仕事をしている内にダークネスになった人もいるかも知れないよ? まあ、言わんとしたいことは分からないでもないけど」
    「なあ、お前殺すのは楽しい?」
     咲哉の影から飛び出した明莉が問いかけながらシルバーの十字架を掲げて接近しながら目潰しを放つ。
     顔を傾けて解体士が躱すがそれはフェイク。
     本命の十字架の乱打で利き足の肉を抉った。
    「そうだね。楽しいと言えば楽しいよ」
    「俺も楽しいよ。お前は遠慮なく『殺していい』相手だから」
     人の命を何とも思わず、ただ本能のままに人の命を奪う六六六人衆。
     そんな奴らに……信念を持った人々の命を容易く奪われたりしたくはない。
    (「こいつ……それなりに戦い慣れているか」)
     被害を最小限に押しとどめた彼の様子を見て明莉は思う。
    「人殺しは認めない。殺害対象が殺されていい奴等だとしてもだ」
     刑が呟きながらティアーズリッパ―。
     鋭い斬撃がその衣服の一部を引き裂きカズミが己が手で殴り掛かる。
    「そうかなあ。解体した人の部品を解析した方が人の為になることもあるんじゃないかな、と僕は思うけど」
    「そんなのは死体でやっておけば十分なんだよ。わざわざ生きている人間でやる必要はない!」
     解体士の呟きに違和感を感じながら明日香が帯を解き放ち、その身を締め上げる。
    「そう言えば、あなた達にとって人を殺すのは食事と同じだそうですね。そちらが提示した条件ですと、あなた達はわたし達学生が餌をあげるので『飼われる』立場になりますがいいのですか?」
     防護符でさくらえの傷を癒しながら淡々と問うアリス。
    「お前は自分が捨て駒である事をどう思っているんだ?」
     レイが呟きながら光の刃を放出して解体士を斬り裂く。
    「所詮僕は宮仕え。上の意向には逆らえないよ」
    「随分と割り切った考え方だな……文月」
     レイの呟きに、アトシュの喉元目掛けて放たれたナイフの前に咲哉が躍り出て【十六夜】でその攻撃を受け流すが、解体士は焦らず一歩踏み込み彼の腹部を容赦なく抉る。
    「ぐっ!」
     辛うじて致命傷は避けたが、決して軽い傷ではない。
    「元々僕は外科医として沢山の人を癒していたんだよ」
    「アリス」
     レイの指示にアリスがすかさずシールドリング。
     光の輪が咲哉の傷を塞いでいく。
    「咲哉さん!」
    「逃がすかよ!」
     咲哉の脇から、まるで花弁の様に舞い散る青い光を放出する帯を放ち、解体士を締め上げる明莉。
     同時にアトシュが解体士の死角から姿を現し、その左足を斬り裂いている。
    「六六六人衆にとって、殺すという行為はどれ程必要なんだ?」
     アリスの支援を受けた咲哉が青眼に構えていた【十六夜】で右足を斬り裂く。
    「それは個人の嗜好次第じゃない? 案外君達がくれる供物だけで満足できる奴も多いかも知れないよ?」
    「……例えそうであったとしても。その衝動に君達は抗えない。それが……君達六六六人衆の性の筈だ」
     呟きながらさくらえが裾を翻し腕を鬼へと変貌させて一撃。
     放たれたその拳に蹈鞴を踏む解体士を、刑が己が左腕を縛る影で解体士を締め上げ、見切りを避けるべくカズミがポルターガイスト現象。
     墓石の周囲に散らばる小石の群れがバラバラと解体士に叩きつけられると同時に、レイと明日香が同時に肉薄する。
     レイの縛霊手から放たれた結界が解体士のナイフを結界で締め上げ、明日香の不死者殺しクルースニクによる大上段からの一撃が解体士の体を袈裟懸けに斬り裂いた。
    「お前達にとってミスター宍戸は何なんだ?」
    「さぁね」
     明日香の問いに答えながら解体士が素早く地面を蹴って後退し強烈なまでの殺気を叩きつけてくる。
     さくらえがアトシュを、カズミが咲哉を庇うが、風に触れた玻璃色の結界が音を立てて崩れ落ちた。
     さくらえの影から飛び出したアトシュのティアーズリッパ―。
    「折角死合えるんだ」
     解体ナイフで攻撃を流した解体士だったが、そこに生じた隙を見逃さず、明莉が肉薄し拳を鋼質化させて殴り飛ばす。
    「逃がすかよ」
     墓石に激突する解体士を素早く蒼布を射出して引き寄せる明莉。
    「その闘争心、それが『君』の本能かい? それなら、僕達の本能も理解できるんじゃないのかな?」
    「そうかもな。実際俺は今素で良いから楽だし楽しい。お前みたいな奴と遠慮なく死合えるってことがな」
     明莉の言葉に、解体士は深い笑みを浮かべた。


    (「なんだろうな、こいつの戦い方は?」)
     何処か歪だ、と咲哉は思う。
     ――例えば、さくらえ達と協力して包囲することで阻止しているが危険なら撤退の姿勢。
     ダメージを蓄積させればさせるほど、解体士は立ち回り周囲の墓石を伝うなりなんなりして逃げようという姿勢を取る。
    「逃がしはしない」
     レイがレイザースラストで解体士の地面を抉って牽制し更にさくらえが接近してスターゲイザー。
    「ちっ……!」
     後退しようとする解体士の背後に回り込み、傷だらけのカズミが解体士を殴りつけ。
    「大分、やられちゃったなあ……」
     夜を思わせる霧を生み出す解体士に接近し【十六夜】で脇腹から肩にかけてを斬り裂く咲哉。
    「もう、その手はお見通しなんだよ!」
     そのまま遁走しようとする解体士に明日香が叫びながら咎人の大鎌・絶命に『死』の力を宿して大上段に振りかぶり。
    「何度も同じ手が通用すると思わない方がいい」
     明日香の脇から懐に飛び込んだレイが下段からサイキックソードを撥ね上げ虚ろな影を斬り裂くと同時に明日香の鎌が解体士を残虐に斬り裂く。
    「……これで終わりだ!」
     何時の間にか堕ちた殺人鬼の様な歪んだ愉悦に満ちた表情を浮かべていたアトシュが彼の『自分を犠牲にしてでも守りたいもの』への想いが実体化した聖剣alba Mistilteinnを非物質化させて解体士の魂を切り刻んでいる。
     その感触が心地いい。
    (「そうだ……これが……俺達……」)
     アトシュを満たしているであろう感情を推測しながらさくらえが其の玻璃に宿す己の深淵……かつての自らの罪を認め、闇を恐れず望む未来へ突き進む思いの具現化した叶鏡の先端から全てを凍てつかせる玻璃色の弾丸を撃ちだし、解体士を凍てつかせている。
    (「……六六六人衆の、殺人鬼の持つ殺人衝動」)
     故に、さくらえはそれを拒否する。
     そこに綺麗ごとは存在しない。
     あるのは自分の都合だけだから。
    (「かつて、僕が起こしたヒトゴロシとしての過去を容認する事だけは……絶対に出来ない」)
    「足止めします」
     アリスがそう呟き、イカロスウイング。
     解体士がくぐもった声を上げる。
    (「人殺し、か……」)
     刑にとっての、『人殺し』。
     その定義は決して仲間達には伝えられない。
     でも刑は自身の手が常に血で濡れ続けていることを知っている。
     ……『血』で濡らし続けなければ己が己であり続けられないと知っている。
     殺影器『偏務石』から生まれた影の斬撃がズタズタに解体士を引き裂いた。
    「ならば……!」
     呻きながら解体士が再びその刃を振り抜き漆黒の風を生み出し前衛を狙おうとするが。
    「フェイクですね。本命は刑さんです」
     冷徹に状況を観察していたアリスの呟きに応じる様に、漆黒の風が一筋の斬撃となって刑を死角から襲おうとする。
     カズミが辛うじてその場に割込み耐え切れず消滅。
    「カズミ……すまない」
     謝罪を告げながら影を解き放つ刑。
     影に身を締め上げられた解体士の内側に明莉が踏み込み、冬に咲く桜より作られし魔の樹木に籠められた魔力を爆発させて吹き飛ばす。
    「ぐっ……はっ……!」
     解体士は、既に虫の息。
     傷だらけになりながらも、尚立つ咲哉が歩み寄り。
    「さっきは伝えられなかったが、この同盟案お前達側からすればお前の言う通り大きな譲歩だろう」
    「そうだね」
     咲哉の呟きに、頷く解体士。
    「だが人を殺すことが出来る条件を俺達は呑めない。故にこの同盟は拒否する。こんな形の返答ですまない」
    「……そうか。もう、僕にはどちらでも良いことだよ。僕の命は、此処で終わりだ」
     血反吐を吐きながら呟く解体士に目を細める咲哉。
    「……お前は、お前自身がこうなる可能性を、何処かで想定していた。違うか?」
    「……さて、どうだろうね?」
    「……思うにお前は好戦的じゃなかったんじゃないか? でも……お前は、誰かを殺すという行為を止められない」
    「……」
     解体士は何も答えない。
    「ならば俺は其れを阻止するために動く。それが……俺の選択だ」
    (「咲哉さん……」)
     考え方や、信念を持つ人を、明莉は好きだ。
     そんな風に真直ぐに自分の意思を貫いて。
     そう言った人達の姿はキラキラしていて。
     だから……自分の主張を捨ててでも、その希望を叶えたくもなる。
    「そうか。これで僕も救われる」
     解体士は笑う。
     疲れた様に笑う。
    「お前……」
    「自ら、死を受け入れますか」
     明日香の呟きと、アリスの溜息に解体士はて口元を歪めて片手を上げ。
    「さよなら。君達はしっかり生き抜きなよ。君達が選んだ道には更なる困難が待ち受けているだろうからね」
    「……そうだな。それでも私達は前に進もう」
     レイの呟きに、解体士はほろ苦い笑みを零す。
     その姿を目に焼き付けながら咲哉が脇構えにしていた【十六夜】を閃かせる。
     それは、解体士の肉を引き裂き、骨を砕いて。
     【十六夜】から伝わる『敵』の命を奪う重みがずっしりと乗って来るのを咲哉は感じながら、その刃を振り切る。
     ――そうして。
     解体士は光となって消えて逝った。


     暫しの黙祷を捧げる咲哉。
     さくらえ達がその間に粛々と周囲の墓を整え直す。
     全ての墓を整えなおした時、そっとアトシュが独り言のように呟いた。
    「……どこまでがミスター宍戸のプロデュースなのかね……」
    「さあな。ただ、中には同盟提案を受け入れた班もいるだろう。そいつらに宍戸はどう反応するんだろうな……」
     明日香の問いに刑が空を見上げる。
    「……嫌な雲行きだ」

     ――呟きは虚ろな闇に吸い込まれて消えた。

    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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