戦神アポリアの提案~天秤は何れに傾く?

    作者:篁みゆ

    ●戦神アポリアより
    「来てくれてありがとう」
     神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は教室に集まった灼滅者たちを見渡し、そして和綴じのノートを開く。
    「実は、六六六人衆と武蔵坂学園との共闘を目論んで、武蔵坂学園に接触してきたダークネスがいるんだ」
     接触してきた狐雅原・あきら(戦神アポリア・d00502)は、今は六六六人衆第七一位『戦神アポリア』を名乗っているようだ。
     今回の呼びかけは『戦神アポリア』の独断では無く、ミスター宍戸及び六六六人衆の上層部の意向に従っており、灼滅者が共闘を決断すれば、灼滅者と六六六人衆の同盟が締結される可能性が高くなっている。
    「『戦神アポリア』の呼びかけを要約すると、もし灼滅者が六六六人衆を滅ぼそうとするのならば、全面戦争になり、人間社会に甚大な被害が出てしまう。だが六六六人衆のプロデューサーである宍戸が人間であり、六六六人衆は人間社会に興味が無いのだから、人類との共存はできるはずだ、と」
     序列を争って互いに殺し合うことで一定の数以上になることがないという特徴は、他のダークネス組織にはなく、『唯一人類と共存が可能なダークネス組織』だといえるという。
    「六六六人衆は、人間が食事をし睡眠を取り、娯楽を楽しむように、一般人を殺戮する必要はある。これは自然の摂理の範囲であるし、ある程度武蔵坂の意向に従う用意があるという――……一定の人数を確保できるのならば、殺戮する人間については、武蔵坂学園側で指定した範囲で行うというように」
     犯罪者に限る、老人に限る、外国人に限る、無職者に限る……など、武蔵坂学園が受け入れられる条件を考え、もし、共存を望む場合、あちらが指定する場所に『六六六人衆が殺戮しても良い人間のサンプル』を連れていけば、それをもって同盟の締結としたいのだという。
    「……『戦神アポリア』は、一般人の受け取り場所に『六六六人衆が殺戮しても良い人間を10名連れて来る』ようを連絡してきたんだ。受け取り場所は多数用意されていて、それぞれについて『10名』の一般人を連れて来ることを望んでいる」
     1ヶ所だけでは、そのチームの独断であり、武蔵坂の総意では無い可能性が高いと考えたのだろう。
     『戦神アポリア』は、引渡し場所の過半数において、10名の一般人が受け渡されたならば、他の引渡し場所で戦闘が発生したとしても、武蔵坂学園は同盟の意思があるものとして、次の交渉に入ると言ってきているのだ。
     逆に、過半数の場所で引渡しが行われなかった場合は、今回の同盟提案は取り下げるらしい。
    「情緒的に、この提案を受け入れる事は難しいだろう。しかし、彼の提案は一定の真実を含んでおり、検討の余地はあるだろうね」
     瀞真は灼滅者たちを見つめて、続ける。
    「この同盟提案をどう扱うかは、灼滅者の皆に任せるよ。受け入れるならば、10名の一般人を連れて引き渡し場所に。受け入れないのならば、戦争は不可避となるので、敵戦力を削る為にも引渡し場所の六六六人衆の撃破をお願いしたい」
     引き渡しに指定されたのは、今は使われていない廃工場の倉庫だ。立ち入り禁止区域となっているために一般人はほとんど訪れることはないが、念のために人払いは必要だろう。
    「引き渡し場所に来る六六六人衆はサクと名乗る陰気な青年だよ。ただ捨て駒であるらしく、六六六人衆としては戦闘力が低く、8人の灼滅者の力で灼滅する事も可能みたいだ……といっても強力なダークネスであることに違いはないので、灼滅を目指す場合は、相応の準備をして戦闘を挑むようにしてほしい」
     サクの使用サイキックは、殺人鬼相当のものと、手裏剣甲相当のもので、一撃の重さよりもいやらしさで攻めていくタイプのようだ。
    「六六六人衆には、ハンドレッドナンバーとして合流した闇堕ち灼滅者がいる為、こちらの情報はかなり漏れているのだろうね」
     和綴じのノートを閉じて、瀞真は告げる。
    「この提案をしてくるという事は、戦神アポリアの価値観はダークネスのものとなっているのかもしれない。とにかく、これにどう対応するかは皆の決断に任せるよ」
     難しいと思うけど頼んだよ、そう告げて瀞真は頭を下げた。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    詩夜・華月(蒼花護る紅血華・d03148)
    久織・想司(錆い蛇・d03466)
    イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)
    九重・木葉(蔓生・d10342)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)

    ■リプレイ

    ●決断
     廃工場にたどり着いた灼滅者たちに緊張が走る。彼らは戦神アポリアの提案を蹴る方向性で一致していた。ゆえに、一般人は連れてきていない。
    (「生贄を選ぶ権利は、私達にはありません……イフリートのエンジュさん達のように守ったり、ダークネスでも倒すべきか否か、選んできた私達に言える台詞ではないかもしれませんが」)
     指定された倉庫の外で中の気配を伺いつつ、深海・水花(鮮血の使徒・d20595)は強く思う。
    (「それでも、私は彼らの申し出を拒否します。そして神の名の下に、断罪します……!」)
     彼らの申し出は一考する価値もない、それがここに集った皆の総意。
    「倉庫の中にすでにサクはいるようだが」
    「仲間が隠れているとかはなさそうね」
     新沢・冬舞(夢綴・d12822)と神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)が半開きの扉から様子をうかがったところ、六六六人衆のサクはすでに到着しているようで。
    (「あの馬鹿猫は。二桁になったからって調子に乗って。いいっす、連れ帰って皆でお説教とお仕置きっす」)
     誰にも聞こえぬくらい小さく息を吐いてギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が思うのは、アポリアの元人格であるあきらのこと。
    (「それには、あいつを引っ張り出さなきゃっすね」)
     今回は彼に接触するための第一段階、そう考えてギィは仲間たちに視線を投げた。そして頷き合うと、一同は足並み揃えて倉庫内へと足を踏み入れる。もちろん、いつ攻撃を仕掛けられてもいいように最大限の警戒は忘れない。
    「……やあ、灼滅者達」
     足を踏み入れると、先に声をかけてきたのは倉庫奥で置き忘れられた木箱により掛かるサクだった。ひょろりとした体躯に目を隠すような前髪、猫背――陰気な雰囲気を纏った彼は少しばかり首を巡らせて。
    「……一般人を連れてきた様子……はないんだね。交渉に応じる気は……」
    「交渉? 悪いっすね。武蔵坂学園は人殺しとの交渉窓口は用意してないんすよ。お引き取りを、とは言わないっす。あんたはここで潰えるっすから」
    「――……」
     サクが何か返す前にギィが動いた。『無敵斬艦刀『剥守割砕』』を手に一気に距離を詰め、それを振り下ろす……と見せかけて炎宿した刃で斬りつける。
     久織・想司(錆い蛇・d03466)の殺界形成とイブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)のサウンドシャッターはすでに展開されている。思う存分戦っても、万が一のことはないだろう。
    「獲物を与えられて飼い慣らされるのがお好み? 随分と器が小さいこと」
     ギィの後を追うように彼我の距離を詰めたのは詩夜・華月(蒼花護る紅血華・d03148)。
    「うっかり潰されても、文句は言えないわね?」
     サクの反論を待たずに『葬滅花』で彼を切り刻んだ。
    「灼滅して、帰るよ。そんな回答、わかってて言ってきてそうだけど、後に何か控えてるのかな?」
     独り言のように零した九重・木葉(蔓生・d10342)が明るい声色で続ける。
    「でも、とりあえずアンタ倒しちゃわないと。8+3対1で申し訳ない。油断はしないんで、どーぞ、お手柔らかにねオニーサン」
     宣言してどす黒い殺気を放つ木葉。その横から飛び出した霊犬のわんがサクへと向かう。
    「こちらの情報はかなり漏れている、ということですから、この面子がそのような提案をハイ喜んでと受け入れるとはお思いではないでしょう?」
     優雅に笑んだイブ。
    「交渉は決裂――お生憎様です。貴方を愛し、灼滅します」
     笑んだまま放つ殺気で自らの力を高め、その間にビハインドのヴァレリウスが動いた。
    「人殺しが人と共存できる、と。本気でそんなことを。笑わせる。そもそも人間の世界に人殺しなんて要らないんですよ」
     余裕をみせたる無表情で想司は掌に集めた『殺々自在』を放つ。
    (「俺も、人殺しだ」)
     心中に浮かんだそれがどういう意味を持つのか、それに対してどう思うのかは想司のみぞ知るもの。
    「望みどおり断ってあげるわよ。どう?」
    (「断られる事が向こうの目論見通りなのかもしれないけれど、それでも受ける理由は全く無いわね」)
     明日等が放った帯は真っ直ぐにサクを狙い、そして貫いた。ウイングキャットのリンフォースはリングを光らせ、前衛の仲間たちに力を与える。
    (「宍戸の真意は他にあるのだろうな。こんな同盟自体、意味があるとは思えない」)
     冬舞が感じているものを、おそらく同じように感じている者が他にもいるだろう。無意味に見えるこの提案の真意は何なのだろうか。
    「人間は己を喰らう者達と共存出来ない種族だ。狼しかりかつてのヒトしかり、いずれも滅ぼして来た。その歴史を知っての提案なのか?」
     サクに問うても意味が無いことはわかっている。彼は捨て駒だ。
    「クヒヒヒヒヒヒヒ……」
     灼滅者たちの攻撃を受けたサクがいやらしく嗤う。冬舞は水花に帯を纏わせながら、サクの様子を注意深く伺っていた。水花の賛美歌の旋律がサクを襲う。
    「……やっぱり交渉決裂だね……なら」
     サクが放つのは爆発する手裏剣。前衛に投げ込まれたそれは、常以上に穢れを振りまいた。
    「あきら、聞いてるっすか!?」
     穢れの中から飛び出したギィが、オーラを宿した刀を手に、サクに一番近づいた時点で声を上げる。
    「必ず自分の所へ連れ戻すっすからね! 愛を交わす日々を取り戻すっす!」
     それは盗聴器がある前提での行動。戦神アポリアがサクに盗聴器を持たせているという可能性にかけた、愛する者への叫び。
     盗聴器の有無はこちらでは判別できない。けれども可能性にかけることを誰も止めはしなかった。ギィは言うべきことを言うと、そのまま刃を振り下ろした。
    (「今のところ逃走する様子はないわね」)
     冷静にサクを観察しつつ、華月は半獣化させた腕を振り下ろした。ガツッ! 手応えはある。そのままサクとの距離を取り、そして逃げられぬよう包囲するように位置取る。
    「死んでもいいやつなんてたくさんいるんじゃない……? そういった奴らすら差し出さないんだね……『素晴らしい』正義感だよ」
     サクの言葉はまさに嫌味だった。でも、木葉は考える。
    (「死んでもいいヤツって、確かにいる。でも――「アンタらの思い通りに動くのは嫌」もしかしたら、それだけなのかも」)
     手にした『ユーグレナグラシリス』を掻き鳴らし、前衛を清めようと試みながら、思う。わんは指示通りにサクへの攻撃を続けていた。
     イブは自分もまた傷ついたと言うのに、それよりも想司が傷つけられたことが許せない。一気に距離を詰め、盾を振り下ろす。
    「彼を殺すのはわたくしなんですから」
     そんな彼女に合わせるように、想司はオーラを放ち、ヴァレリウスもまた攻撃を仕掛ける。息の合ったコンビネーションでサクを傷つける3人。
    「差し出せる人など誰一人いないわ」
     明日等がその言葉を示すかのように、『火石槍』から鋭い氷柱を放つ。リンフォースは味方を援護するように、動いていく。
    (「ポジションの予想はしていたが……当たりそうだな」)
     ならば、と冬舞は漆黒の弾丸を放つ。サクの右肩に命中したそれは、ポジション効果もあって、常以上の穢れを振りまく。
    「前衛を回復します!」
     水花はしっかりと自身の行動を伝え、剣から喚び出した清らかなる風を前衛へと放つ。他の仲間が回復と清めに回る可能性もある以上、回復手として自分の行動をはっきりとさせておくのは重要だと思ったのだ。まだこちらも余裕はあるが、戦況が進んでからのそれは、要となるはずだ。
    「ククク……どうやって苦しめていこうかな……」
     それはボソリと呟かれた。けれどもサクの言動に注視している灼滅者は、その呟きを聞き取ることができた。直後。
    「……!!」
     どす黒い殺気が前衛を襲い、そして穢していった――。

    ●推移
     エクスブレインの情報通り、サクはいやらしい攻撃を重ねてきた。重ねられる穢れ。穢れを浄化せねばこちらの行動がうまくいくかも怪しいとなれば、解除が優先となる。仲間を庇いながら穢れをその身に受け、回復を試みる役目の者もいたが、その行動自体が不発になってしまうこともあった。
     穢れのたまり具合が早い。そうなれば自身で回復にあたる――けれどもその分、攻めの手数が減ってしまう。だが穢れを払わねば、攻撃行動が阻まれる可能性もあって……判断が難しい。
    「いやらしいですね」
     水花が息をついて仲間たちを癒やし清めていく。
    「だが奴には癒やしてくれる仲間がいない」
     冬舞が告げて、赤の標識でサクを殴りつける。そう、サクにもまた、こちらが放つ穢れが溜まっているのだ。初期よりも攻撃が当たりやすくなった気がするのは、そのおかげだろう。そしてこちらはじわじわと、穢れ耐性が効いてきているのを実感できるようになってきた。
    「……」
     水花が破壊に出る余裕はなかったが、華月の繰り出す鋏が、サクが自身にかけた効果を、1つずつではあるが壊していく。
     戦いは、長引いていた。前衛にいたサーヴァントは消されてしまった。それでも。
    「あぁぁぁぁぁっ!!」
     サクが今までとは別人のように吠えた。裂帛の気合の籠もったその叫びは、彼に与えた穢れをも払拭していく――だが、これで振り出しに戻ったわけではない。
     穢れは浄化されてしまったが、こちらが自身の能力を高めた効果は消えてはいない。ということは。
    「残念ながら、振り出しには戻らないっす」
     炎を宿した刀を、真っ向から振り下ろすギィ。その後ろから飛び出した明日等が、槍を突き刺す。
    「逃しもしないわよ」
     死角に入り込んだ華月が告げて、サクの足を斬りつける。
    「人殺し(あたし)がこのチームの眼(スナイパー)なのだから、お前の考えなど、お見通しだわ」
    「アンタももう、ギリギリだよね」
     木葉が手にした『蔦葛の守護』をサクに叩きつける。狙いが自分に向いてくれるなら、儲けものだ。わんは傷の治りきっていない仲間を癒やしている。
    「……ギリギリ? そうかもね……」
     それでもサクの放つ手裏剣の爆発は前衛を狙って。だが、即座に水花が癒やし清めることで事なきを得た。
     癒やしきれぬダメージは互いに溜まっている。サクが叫んだのは、やはりギリギリだからなのだろう。傷の深さに差異はあるとはいえ、灼滅者達はまだ8人。その攻撃をすべて受けいく。もはや戦闘開始直後のように避けられない。勝利の女神がサクに微笑む可能性が低いのは、彼にもわかったはずだ。
    「捨て駒なら捨て駒らしく足掻いてみせると良い。それがお前達の誇りだろ?」
     畳み掛けよう、冬舞のその声に、イブと想司が飛び出して。ギィや明日等、華月や木葉も続く。一撃で倒れそうな者はいない、そう判断して水花も攻撃に加わった。
    「ぐ……せめて、ひとりだけでも……」
     ぐらりとふらつきながらも体勢を直してサクが素早く走り込んだのは、想司の死角。けれども。
    「彼を殺させません。彼を殺すのはわたくしだと、申し上げましたよね?」
     彼らの間に入り込んだイブが、その身体でサクの斬撃を受ける。そしてそのまま流れるように繰り出した盾での一撃に合わせるように。
    「終わりですね」
     想司がサクの死角に入り、そして彼を切り捨てた。

    ●了
     サクの身体が黒い靄のようになって消える。
    「はあー、片付いたっす。だけど、あきらの元へ辿り着くまで、どれだけの戦いが待ってるんでしょうか」
     それを見ながらギィがため息にも似た言葉を吐き出して。
    「傷を見せて」
     周囲に他の敵がいないのを確認した明日等が、そんな彼の傷の手当てにあたる。
    「怪我はしているけど皆、無事ね」
    「無事だね」
     華月の言葉に木葉が答え、水花やイブ、想司もそれぞれ仲間たちの治療にあたっていた。
     そんな中、自分の傷を自分で癒やした冬舞は、サクの消えた辺りを見つめていた。
    (「ダークネスとは共存出来るかもしれない。だが、それはあくまでもヒトとの共存可能な範囲だ。シャドウには共存の道はあると思うから」)
    「――おやすみ」
     物思いののち、小さく終わりの言葉を告げた。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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