戦神アポリアの提案~血盟の啓示

    作者:夕狩こあら

     六六六人衆第七一位『戦神アポリア』が同盟を持ち掛けてきた――。
     教室に集まった灼滅者を前に、日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)の表情も険しい。
    「独断じゃないというのは本当か?」
    「うす。今回の接触は、ミスター宍戸及び六六六人衆の上層部の意向に従ったもので、兄貴らが共闘を決断すれば、武蔵坂学園と六六六人衆が同盟を結ぶ可能性は濃厚……」
    「……共闘、か」
     重苦しい空気が流れるのも無理はない。
     武蔵坂学園がサイキック・リベレイターを照射した事を確認した六六六人衆は、双方が全面戦争に突入すれば、人間社会に甚大な被害が出ると読んでいる。
     狐雅原・あきら(戦神アポリア・d00502)の呼びかけは、それを回避する為のものであろうが、
    「連中は人類と共存できるとでも思っているのか?」
    「プロデューサーのミスター宍戸は人間だし、六六六人衆は人間社会の支配に興味は無いから――と、なんともまぁプラグマチックな思考っすよね」
     六六六人衆はその名の通り、数が非常に少ないダークネスだ。
     互いに序列を争って殺し合う為、一定以上の数になる事は無い。
     この、どのダークネス組織にも無い特徴が、『唯一人類と共存が可能なダークネス組織』であると彼等は主張する。
    「然し奴等は……」
    「兄貴の懸念も当然っす。なにせ奴等は人が飯食って歯を磨くように、一般人を殺すのがライフワークなんすから」
     それは肉食動物が草食動物を狩るような、六六六人衆に於ける自然の理。
     生存本能には抗えまいか――然し彼等は『武蔵坂学園の意向に従う用意がある』と言う。
    「奴等は、『一定数を確保できるなら、武蔵坂学園側で指定した範囲で殺戮を行う』と歩み寄りを見せてるんス」
     それが犯罪者か、老人か、外国人か、或いは無職者か――武蔵坂学園が受け入れられる条件を示して欲しいのだ。
    「もし共存を望む場合、こちらが指定する場所に『六六六人衆が殺戮しても良い人間のサンプル』を連れてきてもらえれば、それをもって同盟の締結としたいと……」
    「サンプルだと!?」
     怒りの拳が、壁に叩き付けられた。
     一方で、義憤を冷静に殺した双眸が、詳細を聞かんとノビルを見る。
     丸眼鏡はゆっくりと頷いて、
    「あきらの兄貴……いや『戦神アポリア』は、一般人サンプルの受け取り場所に『六六六人衆が殺戮しても良い人間を十名連れて来い』と連絡してきたッス」
     多く用意された受け取り場所それぞれに、十名の一般人が要求されている。
    「一カ所だけでは、そのチームの独断と思うのかな?」
    「武蔵坂の総意では無い可能性が高い、という判断っすね」
     過半数の引渡し場所で十名の一般人が受け渡されたならば、他の引渡し場所で戦闘が発生したとしても、『武蔵坂学園に同盟の意思がある』として、次の交渉に入るという。
     逆に、過半数の場所で引渡しが行われなかった場合、同盟提案は取り下げられる。
    「…………」
    「……感情的に言えば、この提案を受け入れる事は難しいっす。唯、この提案は一定の真実を含んでいるんで、検討の余地はあるかと……」
     ノビルは沈黙を続けたままの灼滅者、その葛藤を理解した上で口を開き、
    「この同盟提案の扱いは、灼滅者の兄貴と姉御にお任せするッス。同盟を受け入れるなら、一般人のサンプルを連れて引き渡し場所に。突き返すなら、この後の戦争は不可避……敵の戦力を削る為にも、引渡し場所で待つ六六六人衆の撃破をお願いするッス!」
     選ぶ権利はこちら側にある、と強く訴えた。
    「灼滅を目指す場合の敵情報を教えて欲しい」
    「うす!」
     ノビルは引き渡し場所となる埠頭の古倉庫を示しつつ説明した。
    「引渡し場所に来る六六六人衆は、体のいい使い走りらしく、六六六人衆としてはやや戦闘力が低め……入念に準備をすれば灼滅できる相手っす」
     戦闘時のポジションはキャスター。
     捨て駒扱いされているようだが、易く勝てる相手でないとは、多くの六六六人衆と闘ってきた灼滅者こそ知っていよう。
    「奴は殺人鬼に類する攻撃技に加え、殺人欲求を塗り込めた魔槍を手にバンバン攻撃してくる筈っす。すばしっこい奴なんで、機動力を削ぐのがコツっすね!」
    「……分かった」
     灼滅が可能なら、なおさら道は二つ――。
     凛然が揃った所で、ノビルは更に言を足し、
    「……連中に倣ってプラグマチックに徹すれば、ここで六六六人衆の力を利用し、他のダークネス組織を滅ぼした後で、奴等と決戦を行うという選択もあるッス」
     未来のカタチを決め得る選択でもある。
     ノビルは声色を落とすと、直ぐにも話し合いに入る灼滅者達に、そっと敬礼を捧げた。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)
    白星・夜奈(星探すヂェーヴァチカ・d25044)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ


     雑多に積まれた麻袋に腰掛けていた男が、庫内に響く跫音に漸う顔を持ち上げる。
    「はぁ、それがキミらの『答え』でっか」
     既に気配で理解っていた事だが、そこに約束の品――所謂『サンプル』はなく、同盟の不成立を認めた使者は、待ち人を苦笑で迎えた。
    「武蔵坂の皆さん」
     スッと瞳を細めた先には、斜陽に影を長くした千布里・采(夜藍空・d00110)が立ち、古都の風情を醸す抑揚に一蹴する。
    「えらいナンセンスな提案やで、お話になりませんわ」
     クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)は彼の言を継いで、
    「抑もその案件は交渉と呼べるものでは無いんでな」
     赫眼に宿る光に強い不同意を視た男は、クッと口角を吊り上げた。
    「ま、ボクもそう思うわ」
     手持ち無沙汰な指に麻袋を弄りながら、西の訛はよく喋る。
    「片方だけ生贄が要るんは交渉やない。そんならボクらも『灼滅して良いダークネス』を差し出すんが筋やで、兄ちゃん賢いなぁ」
     客観に徹する饒舌は、人道に根ざす騎士を嗤うよう。
     端から対等の取引ではなかったと、神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)は押し上げた眼鏡越しに邪を映して、
    「君らがしているのは隷属の要求だろう。一度『同盟』って単語を辞書で引き直すといい」
    「はは、ボクの辞書には載っとらんで、アポリアに捲らせたるわ」
     肩を揺する男の本意を探る。
     アポリア――皮肉から零れたその名に、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は銀の鈴を振るような声を添え、
    「そいつは随分と面白いことを考えるね。……本当に冗談が上手い」
    「とんだ高尚なお笑いですやろ」
     男が使者として現れながら、上層部の指針を白眼に静観する様を伺い知る。
     彼はくつくつと嗤って、
    「与えられたクズ飯で我慢せぇなんてボクは出来んし、キミらかてダークネスを見れば涎を垂らして噛み付く。どっちも本能に忠実な犬やで、なぁ?」
     ゆっくり語尾を持ち上げるのは、当然の同意を求めて。
     これにイラッと眉根を寄せた牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)は、相手をするのも億劫そうに、
    「同盟組んでやる理由もなし。口開けて餌を待つだけの人殺しを養ってやる必要もない」
     同盟には応じない。
     一つの命も差し出さない。
    「一般人をお前らの餌食にすれば、お前らと同じもんに堕ちるわ」
     相容れぬ立場を示すは、当初から花顔を曇らせた儘の今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)も同じ。
     男は彼女達の美しき剣呑に舌を嘗めずって、
    「まぁ、贄を代償に見える世界もありますけんど?」
     嘗て多くの支配者がそうした様に――。
     一切の情を棄てた言が悪魔の如く囁けば、白星・夜奈(星探すヂェーヴァチカ・d25044)は、ふるふる、と首を振って、
    「ヤナたちが、良い悪いを決める、ことじゃないし。それでころさせるなんて、ありえない」
    「んん、惜しい」
     思わず男が膝を叩いたのは、あくまで人類に寄り添う灼滅者の人性に対して。
    「――ご破談、と」
     膝打つ音に併せて立ち上がった男は、使者として返答を持ち帰るつもりであったが、交渉を拒んだ彼等がどう出るかも、一応は読んでいる。
    「伝言を頼むより早く、此処でテメーを始末しても『答え』になるだろ」
    「……せやね」
     使者の首を刎ねるは、太古より最大の敵意。
     燃える様な緋色の髪を烈風に戦がせる夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)に、灼滅者らしいアンタゴニズムを視た男は、
    「その闘争、ごっつええな」
     と、嗤笑を噛み砕いた。


     口数と手遊びの多い男の名は密囲(ミツイ)。
     嘗て六六六人衆序列第五一二に据わった男は、アンブレイカブルの序列入りによって番外に追い遣られた経緯がある。
     ハンドレッドナンバーとなった闇堕ち灼滅者にも嫉妬はあろうか――傍観を決め込む男は、今の決裂を明らかに愉しんでいた。
    「ほんでも、ちょっとは興味あったんやで。キミらが尻尾振るかどうか」
     お手、とふざけて見せるが、ぶわり迸る殺気は嘗ての序列相応。
     窓より差し込む茜色が闇黒に飲まれると同時、息を吸うだに咽喉は焼かれて――。
    「ボクもサンプル見て確かめるつもりやったんやけど、無いもんなあ」
     ――チッ、と。
     惨澹に紛れた舌打ちが合図だった。
     瞬刻、無聊を託つ手指に魔槍を握らせた男が、黒ずんだコンクリート床を蹴る。
     狂気が一足で間合いを侵せば、直ぐさまジェードゥシカとプリューヌが軌道線上に立ち、
    「そんなにころしたいなら、ヤナたちを、ころせばいい」
    「活きの良いサンプルなら、此処に八人いる」
     其々の主が、夜奈とクレンドが凛然を差し込んだ。
     二人は切り別けた魂に冴撃を庇わせる傍ら、霊撃に挙措を挫かせ、
    「もちろん、大人しくころさせてなんて、あげないけど」
    「――同じくだ」
     片や中衛から、片や前衛より光矢を放って攻撃の精度を高める。
     決して無辜の命を巻き込まぬ――その昭然たる反駁は、晨星の煌く如く耿々と、
    「そらええな。ガキの使いやあらへんし、手ぶらで帰るんは忍びないで。貰てくわ」
     眩しさに眼を細めた男は、止められた足を再び蹴り出した。
     神速の機動を、天と繋いだ渦雷に阻むは柩。
    「ボクらを誰に渡すんだい?」
     彼女は透き通るような白皙を閃光に浮き立たせながら問い、
    「使いの先は戦神アポリアか、ミスター宍戸か……」
    「ボクの後を追えば居場所も分かるけど、キミら、帰してくれはるのん?」
     振り落つ稲光を紙一重で避けた男は、本気も本気、完全に灼滅を狙う高熱に薄笑いを浮かべる。
    「めっちゃ殺す気ですやん」
     多弁が更に喋ろうとすれば、采のレイザースラストが是を衝き入れ、
    「それが篤実やろ?」
    「、ッ」
     初手より大胆に心臓を狙った一撃は、咄嗟の身躱しで肩へと流れたものの、感覚を摑んだ夜明色の瞳は冴え冴えと、漸く訪れた沈黙に咲む。
    「蹴ること分かってて、何を企んではるんやろねぇ、宍戸さん」
    「……少なくとも、ボクが見る世界とはちゃいますわ」
     邪は距離を取って、
    「あの方も人や、同盟の真意はキミらの方が理解るんとちゃう?」
     言に染むは皮肉か――魔槍を旋廻させた男は、灼滅者の布陣を横ッ面から強襲した。
     蓋し角度を変えた攻撃は、しとど血潮を噴き上げる筈が、その切先は無数の紙片を徒に切り裂いて、
    「俺には馬鹿にしたようにしか取れない提案だ」
    「アポだかアホだか知りませんが、喧嘩売られてることは分かりますね」
    「――まぁ、売られた喧嘩は買うけど」
     声が交されたのも一瞬のこと。
     優が護符を舞わせて標的を隠せば、猛撃を逃れた治胡はカウンターアタックに縛霊撃を繰り出し、痛撃に縛された瞬間を麻耶の帯撃が貫く。
    「ずあッ!」
     太腿を穿った白刃が赫く染まり、先端より血を滴らせ。
     敵の俊敏を削ぐに成功したのは、三者の見事なコンビネーションは勿論、サーヴァントの助力もあってこそ。
     海里が掣肘に出る中、揃って後衛に光環を降り注ぐ翼猫の息もピッタリ、
    「おい猫、背中を預けるが引っ掻くなよ」
    「ヨタロウ、汚れた所は拭いておくように」
    「後で褒めてやるから、早く行きなさいワンコ」
     但し主人との関係が良好かどうかは――揃いも揃って怪しい。
     時を刻む毎に強化を、特に命中率の底上げを図るはメディックの働きが大きかろう、
    「同盟を蹴れば戦う事になるんだから、序列外でも戦力は削っておかないと」
     紅葉は人差し指に嵌めた指環に口付けをひとつ、ダイヤのスートを解放すれば、白磁の指より放たれた光矢は超感覚を覚醒させ、
    「たとえ序列外でも」
    「あ~、キッツいこと言わはる」
     大仰に肩を竦めた男は、ならばと殺気を全開に、総ての窓を波動に突き破ると、硝子の雨を降らせた。


     奇襲の機は摑めなかったが、奇襲させもしない。
     同盟の提案とは逆に、全くの『対等』から戦端を開いた両者――その間には、大きな溝が理解を隔てると同時、断てぬ鎖で繋がれている。
    「お前らが言う『指定した範囲で殺戮』ってなんなの?」
     到底許容できない、と弓を引き絞る紅葉は、感情的な科白を言いつつ、内は冷静。
     能弁な敵には会話が有効と読むか、彼女は戦局と共に男の表情をよく観察している。
    「提案の通りやで。丁度キミらが自由恋愛を棄てて、娼婦や男娼で我慢するんと一緒や。はあ、どんだけ歩み寄っとんねん」
     蓋しこの男、喋っても手数は減らない。
     絶影が遺す斬撃に流血を許しながら、夜奈は清冽と【桜兎】を弾いて、
    「これが同盟だなんて。おちょくってるの? ナメてるの? それともほかに何か、あるの?」
    「……そりゃ共闘の先にある『共存』ですやろ。知らんけど」
     共存。
     これがリベレイターを照射した結果だというのか――、連中の狂える思考も、純然たる殺戮本能もやるせなく、怒りばかりが胸に針刺す。
    「ダークネスと共存なんて、考えたこともなかったよ」
     キャスター相手に命中率を極限まで高めた柩は、ここぞと【水晶片】を振り下ろし、
    「仲良くなったら黄金闘技場に招いてくれるのかい」
    「ま、相応の階段を昇らはったらな」
     飛沫を上げて鮮血を交換する傍ら、真偽の交じる会話を愉しんだ。
     それは彼を戦場に留める策でもあろうが、男もまた思惑は読んでおり、
    「それにしても、いけずやこと」
     気紛れな狂気を捕り逃すことのないよう、通用口方向を塞ぐサーヴァントらに窃笑する。
     個体数の多さが招く減衰も、優れた配陣で回避し、且つ全員が感情の絆を結び、手番を遅らせる戦術も抜かりない。
    「優秀ですわ。流石、戦い慣れてはる――殺り慣れてはるわ」
     男は返り血を浴びた貌に、ズル……と指を滑らせると、
    「戦い方は違っても、まるでボクらと同じや」
     べえ、と長い舌を垂らした。
     人間を苦しめて屠るのがダークネスの生殖で捕食――つまり生存活動であるのと同様、灼滅者もまた癒しを得る為、闇堕ちを避ける為にダークネスを狩らなくてはならない。
     刃を交える毎に似た運命を感じた男は、魔槍ごと飛び込んで問い、
    「共存は、あながち寝言でもないで?」
     凍てる氷楔を霊犬の冴刀に手折らせた采は、瞳を覗き込む魔に変わらぬ『答え』を衝きつけた。
    「ヒトは捕食者とは共存出来ない種族や」
    「でもキミらを挟めば分からんで」
     言は柔かに、十字を結んだ双槍がギチギチと噛み合う。
     渦巻く波動が互いの肌を裂くも、男は今の角逐を愉しんで、
    「ダークネスと灼滅者の関係なんて、いつも通りに殺し合う――それで十分でしょう」
    「せや。キミらには殺し合う相手が、パートナーが必要や!」
     抗衡を破らんと、三本目の槍を繰り出す麻耶には、麻袋を投げて致命傷を逃れた。
     目線か、爪先か、常に移動先を読んで割り込む彼女の炯眼と、その機動力を嫌った男は、錆付いたコンテナに影を隠す。
     然しその踵は、鋭く孤を描いた【BlueRoseCross】に撃ち抜かれ、
    「同盟を持ちかけた事に何かを言うつもりはないが、『殺すべき一般人』代表格の宍戸を傍に置いといて、その提案は笑えるね」
    「ぐゥ、ッ……フフ……じゃあ彼を寄越しはったら良かったんに……」
     眼鏡を外した優の、研ぎ澄まされた麗眸が虚勢を組み敷く。
     宍戸がサンプルだと言うなら、彼のような者を殺戮対象としただろう、と言う男に対し、クレンドは空音ごと【不死贄(ふしにえ)】に叩き付けて、
    「その宍戸を連れてきた処で、殺すかどうかの決定権はそちら側にあるのだろう」
     端から抜け道の用意された提案であったと――凄然たる沈着が能弁を説破した。
    「ぐあ嗚呼アアアッッ」
     慣れぬ激痛に咽喉を裂いた男は、頬を掠める圧倒的高熱に気付くのが僅かに遅れる。
     後退った先には、赤々と燃え立つ治胡が屹立し、
    「下っ端のテメーから情報が得られるとは期待しちゃいない。――その信憑性もな」
     絶叫も許さず、己が煉獄に突き堕とした。


     双方の互譲により解決を図るは、世界を掌握するに必要な詮術であろうが、そうでない灼滅者の義強と、純然たる強さを、密囲は割と気に入っている。
    「精々序列を競って殺し合ってるがいいわ。ろ、ろろろっ……」
    「お嬢ちゃん噛んでんで」
    「、もう! このろくでなし!」
     星降る如く墜下する紅葉の蹴撃を間際で躱した男は、然し臓腑を絞る超重力に嗤笑を歪めつつ、次撃を継ぐ麻耶を迎える。
     風を切る双翼を連れて差し入った芙蓉の顔(かんばせ)は、咲めば大層美しかろうが、
    「偉そうなのがイラッときたんで」
    「にゃご」
     印象の悪さで、斯くも鋭い打突が繰り出せるのだから興味深い。
     これだけの力を得て、世界の支配に色気を出さぬとは――我が組織、六六六人衆と大いに共通点が見出せそうなものの、
    「我儘と嘲笑われても、強欲と罵られても構わない。唯、俺達は何一つ手放さない」
    「そう、それや! ボクが嬲りたいんは、その強さや!」
     守護の盾が、世界の理に楯突く――美しき強靭を見せるクレンドに、胸は頗る躍った。
     畢竟、馴れ合う相手ではない。
    「――灼滅者ナメんなよ、ふざけんな」
     何処で身につけたか、夜奈は花を零しそうな紅脣よりヤンチャな科白を言い放って、
    「はは、どっちが悪役や」
     殺気より怒気に近いメンチを受け取った男は、肉に染む激痛に笑みを浮かべる。
     少女に続く祖父の杖撃は魔槍に手折るも、次に連なる海里の霊撃は逃れられず、
    「ッ、ッッ……!」
    「さて、使者の方は冥土にお引き取り願おうか」
     終焉の到来を告ぐか――優は冷やかなテノールを添え、夜霧を放った。
     漆黒の狭霧は、追撃を駆る仲間の鋭撃を直前まで隠し、
    「テメー個人に恨みは無いが……灼滅させて貰う」
     ――来い、猫。
     我が炎に帳を灼いて現れた治胡が、魂を分つ赫翼を呼んで、敵懐に飛び込む。
    「あ嗚呼ああアアァッッッ!!」
     良い反駁だと、極上の痛みだと、最早褒める口はなかろう。
     柩は痩躯より絞られる絶叫を聢と聴き終えて、
    「さあ、そろそろ仕舞いとしようか。ボクが『癒し』を得る為の糧となってくれたまえ」
    「……癒し……せやね……キミらが生きるに必要な『悪』やな……」
     決して正義を掲げる訳ではない。
     純粋を繕うでない彼等に、共感に似た好感が湧く。
     但し、お喋りもここまで。
    「死合いで語るんが、六六六人衆やろ?」
     幾千幾万の言葉より饒舌な一撃が、今度は確かに心臓を貫いて。
    「――これまでも、これからも」
     采は死という静寂を以て、埠頭での交渉における『答え』を差し出していた――。

     帰らぬ使者は、それ自体が『伝言』となろう。
     戦神アポリアが提案した同盟は、この場に立つ八人の灼滅者は突き返したものの、厳然たる拒否を受け取った六六六人衆側がどう動くかは、まだ定かではない――。
    「…………」
     敵を倒して尚も収まらぬ胸の騒めきが、身に絡む荊棘を嗅ぎ取っているようだった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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