戦神アポリアの提案～殺してもいい命を

■リプレイ

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　雑居ビルは、言われた通りに薄暗かった。
「見た感じ、ワンフロアぶち抜きみたいだな」
　月翅・朔耶（天狼の黒魔女・d00470）が周囲に視線を走らせ、そう言った。
　罠等を警戒していたカルム・オリオル（グランシャリオ・d32368）は、ビルの周辺を手早く一回りして、仲間達の元へ戻って来る。
「一応、窓とか出入り口には注意しとこか」
　外から見えるドアは一つ。他には、階段へ続くドアがあるくらいだろう。
「逃走されると厄介だからね」
　カルムの言に、新城・七葉（蒼弦の巫舞・d01835）が頷く。
　あきらの奴は何処まで堕ちれば気がすむんだか。表情には出していないものの、内心で独り言つのはヴォルフ・ヴァルト（花守の狼・d01952）だ。
　戦神アポリアを名乗るあきらの現状に、ヴォルフは心配するよりも呆れている。止めるよりは、殴るために行動したいというのが本音だった。
　六六六人衆の特質を思い浮かべて、饗庭・樹斉（沈黙の黄雪晃・d28385）は思考を巡らせる。特質から考えれば、今回の提案も、彼らなりに譲歩しようとしているのかもしれない。根本的な価値観が相容れなくて、どうしようもない気はするのだけど。
「まあともかく、行ってみないと話は始まらないよねー」
　そう言い終えると同時、樹斉の姿が細身の半獣人へと変わる。
　本気で、この内容で私たちが首を縦に振ると思っているのかしら。胸の内で溜め息を吐き、月姫・舞（炊事場の主・d20689）はスレイヤーカードを手に取る。
「あなたは私を殺してくれる？　それとも殺されるのかしら？」
　瞬く間に封印が解除され、彼女の黒い瞳は、入り口のドアに向けられた。
　このドアを潜ったら、もう油断は出来ない。いつもは明るい笑顔を浮かべているミカエラ・アプリコット（弾ける柘榴・d03125）は、今は少しだけ真剣な顔をしている。
　行こうと、誰からともなく声が上がり、耳障りな音を立てながら開いたドアの内側へ、前衛を担う者から入って行く。
　外よりも薄暗さを増した部屋。タイルの敷かれた床とコンクリートの壁に囲まれたその中央に、駆動していないチェーンソー剣を携えた細身の青年が立っていた。
「あー、来た来た。キミらが灼滅者だよね？」
　質問と言うよりは、確認の体で青年は言う。最後に入った灼滅者がドアを閉め、後に続く者がいない事を知ると、青年は芝居がかった声を上げた。
「あれー？　キミらだけ？　サンプルは？　殺してもいい奴は？」
「お察しの通り、武蔵坂学園の者です」
　華宮・紅緋（クリムゾンハートビート・d01389）が前に出る。
「まずは序列を教えておいてもらえますか？」
「んなこと聞いてどーすんの？　可愛コちゃん」
　赤で彩られた少女へ、青年はにっこり笑って首を傾げる。
　更にもう一歩、紅緋の前へ進み出たのはミカエラだ。彼女はこの提案について、思うところがあった。
「同盟は受け入れられない」
　ただし、とミカエラは言葉を続けた。理由は説明させて欲しいと。
　青年が傾げた首を、ゆっくりと元に戻す。舞と樹斉は後方から、朔耶は中衛の位置から彼の様子を窺う。
「答えは単純、『殺してもいい一般人』なんていないから」
　ミカエラにとって殺してもいい命は、意思を持たない眷属や都市伝説くらいのものだ。それがたとえミスター宍戸であったとしても、誰かに殺されかけていれば助けて見せる。
「ヒトの存在意義は複雑だから、基準は一つじゃない。ヒトに順位付けなんて、できないよ」
　室内に、ミカエラの声がよく通る。七葉は無言でその声を聴いていた。
　他人の生死に関われるほど、灼滅者は偉くない。そこまで傲るつもりはないと、ヴォルフも彼女の声を聞きながら思う。
「こっちからも、ひとつ提案」
　仲間達に見守られながら、ミカエラは言う。
「そちらが一般人に手を出さず、他種族の眷属と都市伝説だけを屠ることで同意してくれるなら、時限的な不可侵協定を結ぶことはできるかもしれない」
　本気で私たちと同盟を組みたいなら――後方から舞が静かに言う。
「あなたのような捨て駒ではなく、本人達が来なさい」
　戦神アポリアか宍戸か。帰って然るべき相手に伝えなさいと、舞は続ける。次に口を開いたのは樹斉だ。
「……一般人に犠牲が出る時点でダメ。眷属とか都市伝説とか、一般人関係ない物で代用駄目ですか？」
「ダメ、です」
　青年の声の終わりに、チェーンソー剣の駆動音が重なる。
「キミら、ダークネスを灼滅するのを止められないよね？　それとおんなじでさぁ、オレらも人間を苦しめて殺すの、止めらんないわけ」
　ああ、殺してぇ――空模様を呟くような気軽さで、青年がチェーンソー剣を胸の高さに構える。床を蹴った青年の動きに、紅緋が右腕を異形化させて応じた。
　肥大化した腕とチェーンソー剣の間で、耳障りな音が響く。
「お話になりませんね」
「お互いにね」
　腕を振り抜いた紅緋から、青年が後退って距離を取る。
「つーか、キミらも殺意満タンじゃん？　素直に殺し合おうよ」
　ふっと短い吐息を漏らし、舞は巨大な十字架を持ち上げる。
「……あなたの序列は？」
「今際の際に教えてあげる」
　頑張って殺してね。舞の問い掛けに、青年はにっこり笑って見せた。

●
　舞は十字架を持ち上げたまま青年へ肉迫した。鈍器とすら形容出来そうなクロスグレイブが、青年の体を幾度となく打ち据える。
　埃まみれのタイルの上を、朔耶の靴底が擦った。入った直後から室内の様子を窺っていたが、ひびの入った窓と二つあるドア以外は出入りに使える場所は無さそうだ。青年の真横に位置を決め、指輪から光弾を放つ。
　チェーンソー剣を受け止めた右腕をさすり、紅緋は青年に、生存権という言葉を知っているか尋ねてみたくなった。人が長い戦いの末に、初めに手に入れた基本的人権。六六六人衆はそんな事も知らないのだろうか。
「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
　青年を挟んで朔耶と向かい合う位置に立ち、紅緋は凛とした声で宣言した。彼女が腕を前へ差し出すと同時、赤い風が青年の周囲に巻き起こる。
「痺れてもらえないかな？」
　渦を巻いて上昇する風の中に、窓を背にした七葉が、祭壇を展開する。次いで、ヴォルフはガンナイフの引き金を絞った。足元を狙った弾丸はしかし、すんでのところで回避されてしまう。
「そうそう素直に受けてくれるほど、甘くないか」
　たじろいだ様子も無い青年に、舌打ちの代わりに軽く鼻を鳴らす。
「みんな、ごめんね。せっかく時間作ってもらったのに」
　半獣化させた腕で青年の脇腹を裂くミカエラに、カルムが緩く首を横に振った。細く繊細な金糸のような髪が、それに伴って揺れる。
「謝るようなことやないよ」
　青年の背後。入り口とは別のドアへの進行を塞ぐ位置に立ち、カルムはバベルブレイカーを持ち上げる。
「これまでもこれからも、僕らは大勢の一般人を守る側に立つ」
　正義の味方ではないけれど、人々を選定出来るほど驕っているつもりはない。バベルブレイカーの杭に、影が宿る。
「それが通じんのやったら、こうなるしかない」
　黒く染まった杭が背後から青年の肩を貫き、細身の体躯が軽く跳ねた。
「あれ？　囲まれちゃった？　ま、いっか」
　みなごろしだ。何でも無い事のように呟いて、青年が殺意を溢れさせる。どす黒い無尽蔵の凶器に、後衛が包まれた。
「すぐ治すから！」
　樹斉の手の中で交通標識が黄色にスタイルチェンジする。加護と共に、癒しが殺意に害された傷を塞いで行く。
　入り口のドアへ続く動線上に立った舞の足元から、影が滑る。刃物の鋭さを得た影が青年の二の腕を切り裂いた。
　朔耶から伸びた影は、しなやかに青年の足首を縛る。紅緋が床を蹴って青年の懐に飛び込み、巨大化した拳で顎を下から打ち上げた。
「響いて……」
　七葉の声が紡ぎ上げたのは、神秘的な歌声。青年が瞬きをする間に、ヴォルフが銀爪で脇腹を抉った。
　ミカエラのウロボロスブレイドが彼女の周囲を包む。カルムの刃が閃いて、青年の背中が小さく血を噴いた。
　青年は傷口を確認しようともせず、チェーンソー剣を唸らせる。軽く響いた足音は、死角へ忍び寄る音。気付いた時には、回転し続けるチェーンソーの刃がミカエラの腹に突き立っていた。引き抜かれて溢れた血に、思わず足元がよろめく。
　樹斉が歌い、天上の調べがミカエラを包む。しかし、足りない。
「ミカエラセンパイの回復お願い！」
　その声に応じたのは、七葉だった。指先へ集めた霊力へ、一言命じる。癒せと。
　舞が一足で青年との距離を詰め、クロスグレイブで青年を叩き潰さんばかりに打ち据える。朔耶の影業が刃の形に尖り、青年の二の腕が裂けた。青年と近しい位置にいた紅緋は、霧状のオーラを拳に集束させる。赤に染まった拳で、みぞおちを連打した。
　続いて青年に接近したのはヴォルフ。零距離で繰り出された一撃が、青年の加護を一つ砕く。カルムがバベルブレイカーの杭を打ち立てて、再び青年にトラウマを植え付けた。
　青年がチェーンソー剣を下に向け、緩やかに両腕を広げる。笑みを崩さないその目が中衛を見ていると気付いた瞬間、ミカエラはノエルと共に仲間の前へ身を躍らせていた。
　音も無く零れる殺気。容赦の無い殺意の黒さの中に、ミカエラの体が沈んだ。

●
　樹斉の背から白い帯が伸び、勢いを得て青年の脇腹を刺す。タイルに積もった埃の上には、青年のものとも灼滅者のものともつかない血痕が幾つも落ちていた。
　すらり、と白鞘から引き抜かれた舞の日本刀が、薄暗い室内で輝きを放つ。冴えた刃を上段に構えながら、舞は言う。悪を極めんとした、男の業（わざ）と業（ごう）を見なさいと。
「血河飛翔っ、濡れ燕！」
　まっすぐに振り下ろされた重い斬撃が、チェーンソー剣の刻み刃ごと青年を切る。変形した朔耶の解体ナイフが青年の肉を抉り取った。
　次いで攻撃を仕掛けようとした時、紅緋は床に沈ませた足が痛むのを感じた。小さな体に不似合いなほど肥大化した腕が、その膂力でもって青年を殴り付ける。
「ん、ここは注意だよ」
　七葉の交通標識は、先程から黄色に変化しっ放しだ。ヴォルフの指輪がきらめいて、魔法弾が青年の足を射る。
　青年に十分な数の麻痺が付与されたのを見て取ると、カルムはバベルブレイカーの構えを変えた。狙うはバベルの鎖が薄くなる場所。ジェット噴射の勢いを得て飛び込んだ杭は、死の中心点を貫いた。
　青年の様子を注視していた朔耶の傷口に、チェーンソー剣の刃が滑り込む。抉られる苦痛に呻きを漏らして、朔耶はその場に膝をついた。
「朔耶！」
「悪い、ちょっと退かせてもらうな」
　痛みを堪えヴォルフに笑んで、朔耶はミカエラを引きずって壁際まで下がる。
　交通標識を黄色に変えながら、樹斉は二人の戦闘不能で開いた穴を塞ぐように立ち位置を変えた。舞がそれに続き、影を滑らせる。
　七葉が前衛に、幾度目かのイエローサインを放つ。半獣化したヴォルフの腕が、青年の腹に赤い染みを作った。
　足元へ迫って来た黒い殺気を、カルムは半歩退く事で避ける。
「……あっぶないなあ」
　独り言つと、彼はバベルブレイカーに影をまとわせる。軽く細められた緋瞳は揺らがず青年を見据え、杭が新たなトラウマを生み出す。
「後衛の回復は、僕だけでも大丈夫だけど……」
　黄の交通標識を振るった樹斉は、そう言って不安げに眉を寄せた。一度に三つ。時には四つ与えられる状態異常は、灼滅者達の体力を確実に削り取っていた。
「大丈夫。こっちは任せていいよ」
　ヴォルフへ祭霊光を飛ばしながら、七葉は樹斉を振り返る。紅緋がシャウトで、状態異常の幾つかを吹き飛ばした。
　ちきり、と舞の日本刀の鍔が鳴る。鋭い斬撃の音が響き渡り、その残響が消え去った時には、チェーンソー剣の駆動音が僅かに小さくなっていた。ヴォルフの指輪が輝き、薄闇を裂いて光弾を放つ。
　カルムの見出した弱点に刃が突き立った時、青年が小さく呻いた。チェーンソー剣が死角から大振りな動きで振られ、まともに攻撃を受けたリキが一声鳴いて消え去る。
　青年がそれを見て、タガの外れた笑い声を上げた。チェーンソー剣の刃を伝って床に落ちているのは、しかし青年自身の血だ。
　あと一押し。未だ立っている灼滅者達は、気合を入れ直した。

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　紡がれた美しき調べは、樹斉の歌声。部屋中を満たす旋律に、青年が頭を掻きむしった。舞の影が躍り、尖った黒の刃が青年の胸を刺す。
　紅緋が呼んだのは、幾度目かの赤い風。霧のように血の混じるその風の中へ、ヴォルフが飛び込む。彼が零距離格闘に移る間に、七葉は前衛へイエローサインを施した。
　ぎぎ、とチェーンソー剣が軋んだ音を立てる。最も青年の近くへいたヴォルフの肩の傷へ、刃がめり込んだ。振り抜く刃は防具ごと彼を引き裂いていた。
　カルムがウロボロスブレイドの切っ先で正確な斬撃を放つ傍ら、樹斉は天使を思わせる歌声でヴォルフを癒す。
　チェーンソー剣を持つ手が、力無くだらりと下がった隙を舞は見逃さなかった。鋭い太刀筋が、チェーンソー剣ごと青年の腕を打ち据える。僅かに体勢の崩れた青年の脇腹へ、紅緋は容赦無く異形化した腕を叩き込む。反撃にか青年は彼女へ黒死の斬撃を見舞ったが、命中率の落ちた一撃では大したダメージではない。
　樹斉は無敵斬艦刀を振り上げ、力任せに青年の肩に叩き付ける。大きく仰向けに傾いだ青年の背に、カルムのバベルブレイカーが迫った。
　死の中心点を貫いた杭が、背中から青年のみぞおちに抜ける。意味を成さない音が青年の喉から漏れた。
「約束だったね。オレの、序列は――」
　湿った声が急速に力を失い、消えて行く。青年の体がうつ伏せに倒れて、バベルブレイカーの杭が抜けた。
「おやすみさん」
　倒れ伏した青年へ、カルムが静かに告げる。
　青年が倒れてからも暫しの間、樹斉は警戒を怠らなかった。止めを刺した者を、強制的に闇堕ちさせる。かつての事件を連想したからだ。
　１分。２分。その心配が杞憂に終わった事を知ると、ようやく灼滅者達の中で張り詰めていた糸が緩んだ。
「宍戸から何を指示されてここに派遣されてきたのか、アンブレイカブルはどう反応しているのか、聞いてみたかったけど……」
　倒れた青年を見やり、七葉は呟く。戦いの終わった今となっては、無理な話だ。それでもとりあえずの一段落だねと、仲間を労う。
　壁際の朔耶とミカエラが立ち上がる。二人とも、そこまでの深手を負った訳ではなさそうだ。
　倒された青年は、チェーンソー剣以外の物を持っていない。装備を封印し身なりを整えた後で、灼滅者達は早急にこの場を立ち去る事にした。
　悪夢のような同盟案は、今この場で破棄された。灼滅者にとって、殺してもいい命など無いのだと、知らしめる事が出来ただろう。
　甲高く軋む扉を開け、灼滅者達は薄暗いビルから抜け出した。

作者：牧瀬花奈女	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年7月11日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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