戦神アポリアの提案～悲安全殺戮ディール

■リプレイ

●
「すごーく罠とかそう言う匂いだよね。あんな要求呑むとは思ってないだろうし」
　階段を上がる柴・観月（星惑い・d12748）。十束・唯織（獅子の末那識・d37107）も宍戸への疑いは拭えず、
「奇襲や強制闇堕ちの仕掛け位あってもおかしくねえな」
　全力で警戒している。
「てか柴くんって、既に灼滅者としては燃え尽きてたと思ってた……」
　そういう自分も既に爆散したと思われてるかもしれない戒道・蔵乃祐（逆戟・d06549）。
「六六六人衆との因縁か。感情に嘘はつけないよなぁ。でなんで着物？」
「かいどーさんはなんで剣道着？」
「この状況でそのメーンはどうかと思いますねにえは」
　踊り場の窓をがたがたしながら猪坂・仁恵（贖罪の羊・d10512）。
「中学男子しかも冬服の人に言われたくないです」
「しかもチャリチャリうるせーんですが」
「くっ、」
　言い返したら言い返され、蔵乃祐が階段の途中で屈んだ。すると、
「わ」
　面が前にいたルエニ・コトハ（スターダストマジシャン・d21182）の背に当たってしまう。
「ごめん、ルエニくん……」
　蔵乃祐はチャリチャリの原因のアンクレットを靴に押し込む。ルエニは、
「僕は大丈夫です。クヤ、非常階段さんを見てきましょう」
「朝比奈さんの神主服は恐ろしい位似合ってますね」
　村山・一途（毒忌世界・d04649）。強度を見ようと殴ったら崩れた壁を瓦礫で適当に塞いでいる。
「そうかな！」
　2階の部屋の1つを調べていた朝比奈・夏蓮（アサヒニャーレ・d02410）が顔を出した。
「して村山のお嬢におかれやしては、白衣とマントの赤の対比が御見事」
　撫桐・娑婆蔵（鷹の目・d10859）は3階を見回し、
「入念に支度を整えればこそコスプレ大会になる、これ真理。というわけでござんすね」
「ああ娑婆ちゃんのサングラスもそういう……」
　仁恵が踊り場のダンボールを踏みつける。観月はさて、と、
「一応作戦の確認だけど」
「突入と同時にサイキックで強襲だよね！」
　元気よくメーンが言った。が、反応がない。蔵乃祐は面を外し、
「突入と同時に強襲……ですよね？」
「情報を集めてたいんだが、それだと話にならなくねぇか？」
　唯織が言う。ルエニも、
「すみません、僕もきいてみたいことがあります。難しいのはわかっていることなのですけれど……」
　観月はふむと頷き、
「じゃあ、急襲はしないけどかいどーさんが1番に入るということで決定だね」
「エッ」
「罠きをつけてね」
「エッ」

●
　蔵乃祐がノブを回す。鍵はかかっていない。と、
「うわっ！」
　いきなり内側へドアが開いた。
「わーいひっかかったひっかかったー！」
　暗い部屋の中、少女はぴょんぴょんしながら大喜び。その間に全員が部屋中へ入り、唯織は後ろ手に鍵を閉める。
「あ、これじゃ暗いよね。よいしょっと」
　少女がしゃがみこんでライトをつけた。室内がぼんやり明るくなる。
「良い日ですね。こんにちは」
　観月が頭を下げずに言い、
「どぶりーでん、リコ」
　チェコ語で仁恵が挨拶。白いブラウスに髪より濃い茶色のジャンパースカート、片手に鋏。少女は大きな目をぱちぱち、
「どぶり？　ムサシザカのあいさつ？　それじゃどぶりにちはー！」
　とスカートの裾を持ってレヴェランスするが早いか、
「で、サンプルどこ？」
　わざとらしく背のびをした。
「人間は後から連れてくる」
　唯織が言う。
「それよりこんな同盟持ち掛けるなんてなんか企んでんだろ。知ってる事を全部ゲロって貰おうか」
　冷静を装ってはいるが唯織の眼鏡の向こう、緑の瞳が鋭い眼光を放っている。幼き日に六六六人衆により両親を惨殺された。今回の同盟内容は相当頭にきてもいる。だが嘘は総意ではなく、他の者の目的は達せなくなる可能性もあった。が、少女はあっさり、
「あ、そういうこと。じゃあ帰るねー」
「待て。人間は受け取らないのか？」
　唯織が止める。少女はふんと鼻をならし、
「あのさーウソ下手すぎない？　それ位小学生だってわかるし？　どっちにしても約束とちがうし？　おじさんたちも帰っていいよ」
　ドアの方へ歩いていく。そこを、
「ごめんね」
　夏蓮が遮った。
「なにが？」
「連れてこなかったこと」
「わたしにあやまることないわ」
「もし連れてきてたら、どこへ連れていくつもりだったのかな教えてもらえる？」
「きいてどーすんの？　あ、いちもーだじん？　にでもしようっていうのかな？」
「そんなつもりじゃ、」
「どうやら、ケンカうってんのはそこのおじさんたちだけじゃないみたいね」
　少女が鋏で唯織を、次に娑婆蔵を指す。娑婆蔵の表情は動かず、ただサングラスを胸元にいれ、その下の赤い目がゴミを見るように見返しただけだった。
「リコさん。人ではなく、他のダークネスさんを殺すことで我慢はできませんか……？」
　ルエニが言う。
「がまん？」
　少女の目が吊り上がる。
「アンタたちもダークネス殺すなっつったら我慢するんだ？」
「そう君達は殺さなければ困る、にえ達も君達を倒さなければ困る。同じ穴のムジナだと知っています」
　仁恵がさりげなくルエニを後ろへ庇う。
「でもにえ達が戦ってきたのは『人類』を守る為なのです」
「それが？　わたしになんの関係があるの？」
　腕を組み、冷たく、大人びた声でリコが言った。
「いいハサミだね。ツヅキリコ？」
　蔵乃祐が言った。
「その名前に何の意味があるのかは知らないけど」
「わたしの名前よ」
　無表情にリコが言う。
「少なくとも今は、わたしの」
「そう、」
　一息、蔵乃祐は少し言葉を選ぶ。
「君達にも感情がある事は僕だって知ってる。さっきみたいに笑ったり、そうやって怒ったり、もしかしたら泣いたり。ただ、君達が人を殺さずにはいられない一点に於いて。僕達とは決定的に相容れられない」
「……私にも理由は色々ありますけれど」
　リコの後ろから一途が言った。
「言われるがままに誰かを殺すようなそんな恥知らずが殺人鬼の末路だなんて、嫌じゃないですか。私は殺人鬼ですから。それだけです。で、ツヅキリコ」
　リコが振り返る。
「あなたはいいんですか、それで」
「アンタたちに追い掛け回されるよりマシだわ」
　本心ではあるかはわからない。が、
「そうですか。いえ、どうだっていいんですけどね。最初から最後まで、これは私の勝手ですから」
　一途は答えは気にしていない。結局の所いつだって個人的。答え合わせをする気はない。それでも言えるとすれば、
「許される殺人なんて、そんな甘いものは、ないですよ」
「そんなの、」
「少なくとも私は許さない」
「死んでいい人とダメな人を選ぶなんて……そんなこと神様以外やっちゃいけないことだよ」
　夏蓮が言った。
「私は正義の味方だから。今生きてる人たちみんな助けたいの」
「だーかーらー！」
　リコがドンと片足を踏み鳴らす。
「もういいわよ。帰るからさっさとどいて！」
　観月は黙ってやりとりをきいていた。彼としては同盟は検討の余地はあったと思っている。しかし些か条件が曖昧すぎる事と、
（「一の被害に見合った千と万の完全な平和が約束されるかって言われると、信頼が足りないんだよねぇ」）
「ところで」
　観月がふくれっつらのリコに声をかけた。
「サンプルってあの男でもいいんですか？」
「あの男ってなに！」
「宍戸」
「アンタたちが選んだならそりゃいーでしょ」
「それならにえも宍戸くんをおすすめします」
「おすすめって……」
　きょとんとリコが仁恵を見、
「連れてきてないじゃん。アンタたちもしかして」
　少女の呪力が増したのがわかる。誰1人として彼女を生きて帰すつもりはない。
「バカ？」
　鋏がもう1度鳴った。一触即発の緊張が走る。
「そろそろこいつで語りましょうか。古今東西、拒否は戦に発展するものなので」
　観月の掌の上に槍が浮かび、
（「全面戦争は人間社会に甚大な被害を出すかもしれない。それでも」）
「僕は選ぶ」
　封印を解除した蔵乃祐の身体の周囲を取り囲む様に鞭剣が現れた。
「僕は、」
　ルエニの指先には天体のモチーフが描かれた護符が携えられ、
「僕の周りの人が犠牲になってほしくないから。僕のわがままで、リコさんを倒します」
「はあ」
　リコは溜息をついて夏蓮を見ると、
「セイギノミカタさんが『リコ』殺しにきただけかー」
　夏蓮はこみあげる思いを耐え、
「そうですね」
　仁恵が言った。救いたい者を全て救うには自分の手は小さすぎ、目の前のこの『リコ』は、もう拾えないとも知っている。
「逃げないで倒れてくれると嬉しいです」
　そう言って片腕に静かに鬼を降ろした仁恵の前、
「殺していい人間なんているわけねぇだろ、ふざけんなよ？」
　敵意を剥き出しに唯織がリコを見下ろす。
「いちいち俺の癇に障る事いってんじゃねぇよ」
　リコは目を丸くして唯織を見上げ、
「ぷっ」
　噴き出すと腹をおさえて笑い始めると、
「あはは、ザコほどよく吠えるってほんとね！」
　リコの髪が生き物の様に舞い上がった。対し唯織は予定のサイキックが反応しない事に気づき、直ぐに手持ちから選び出すが、先にリコの鋏が激しく鳴り、血飛沫が上がった。だがそれは唯織の血ではなく、
「う」
　リコが呻く。両足を引き寄せて飛んだ体勢、娑婆蔵が身体を斬り裂かせながらも片手でリコの顔を思いきり掴んでいた。娑婆蔵はそのまま逆の拳でリコの呪を破壊し殴り飛ばし、倒れたリコの腹を蹴り潰そうと狙う。
「ざけんな！」
　リコが横転から起き上がった。紙一重隣に着地した娑婆蔵が間髪入れずに蹴りかかってきたのをさらに避けた後ろ、縛霊手を自分の左肩の上から振りかぶる蔵乃祐。咄嗟に鋏を向けた視界の端には軽やかに跳ぶ仁恵。逃がすつもりはないとばかり広がる黒い霧は一途の殺気。ゴホとリコがむせ唇から血が伝う。仁恵と蔵乃祐に殴りつけられ霊力で縛り上げられ、続く異様な冷気に天井を見上げたリコの目に観月の作り出した氷の楔が映り、
「美少女を痛めつけるのは気がひけるんだけどね」
「ッ！」
　落下したそれが走り出そうとした細い足を容赦なく床へ縫いつけ、ビハインドが飛ばした楽譜が鋏へ次々と貼りついた。
「ここはまかせてください！」
　クヤにも耐性づけを指示してルエニが言う。頷いた夏蓮の足元に花が咲いた。それは可憐な、
（「せめて貴女になる前の貴女の為に」）
「灼滅するよ」
　夏の涼風に揺れるが如く。舞い散る花弁はリコへ真っ直ぐに向かった。ルエニの差し向けた帯は疾駆する娑婆蔵に追いつく。クヤのリングの瞬きは仲間に破魔の力を与え、唯織は壁を蹴った。
「！」
　帯から抜け出た娑婆蔵がリコの首へ手を伸ばす。リコは咄嗟に飛び越えた。しかしそこを夏宵散華が掴まえる。肌が服が髪が切り裂かれ血の筋を宙へ飛ばしながら、リコは片手をついて着地した。そこへ炎の代わり、シューズを刃と唯織の蹴りの斬撃が襲いかかった。
「死ね」
「アンタがね！」
　重ねて身体中を斬り裂かれながらも逆手に鋏を持ち替え、リコは唯織の心臓を狙う。
「さっすが」
　胸に深々と刺した鋏をリコが引き抜いた。傷口から血が噴き出す。
「セイギノミカタだけあるね」
　両腕をいっぱいに開き揺るがずに庇い立つ夏蓮に、リコが言った。

●
「回復するよー」
　観月が剣に軽く触れ刻まれた祝福を開放する。風が走り抜ける隙、リコはビハインドの楽譜を鋏で斬り散らし壁側へ回りこむが、
「っ！」
　前に蔵乃祐がいた。リコは踵を返す。
「駄目です。逃げないで」
　一途の声。夜明け色のベルトがリコの足首を断った。舌打ちをしてリコは叫び、丸みのあるフラットシューズで再び駆け出す。
　どれ暗い時間がたっただろう。盾役は派手な傷を度々負うものの少なくとも目に見える傷の回復は十分。予知の通り上位程の戦闘力を持たず手数でも不利なリコはいつ逃走を図ってもおかしくなかった。が、
「逃げる？　見くびんじゃないわよ！」
　後ろから突き出された長杖に脇腹を突かれ、振り返りながらリコが言う。片手で押し返そうとするが杖は離れない。虚ろと曇る灰色の瞳が見返し杖の先に金の火が灯った。リコの顔が苦痛に歪む。タンとあかいくつの爪先が地面を叩き、杖を跳ね上げて仁恵が飛び退いた瞬間、注ぎ込まれていた魔力が爆発を起こした。リコの目から鼻から口から、血が噴き出る。
「逃げるならそいつぶっ殺してからよ！」
　リコの鋏が唯織へ刃を広げた。ジャキンと音がし、ハサミが喰らう。娑婆蔵の黒髪を。
「またアンタ？　こんなん庇う価値あん、」
　娑婆蔵が光剣でリコを真っ向から叩っ斬った。唯織が身体を沈める。サイキックの不備と命中率への見通しの甘さで計画通りにはいかないが機を逃すわけにもいかない。唯織はナイフの刃を変形、リコの無防備になった腹を鉤裂きに抉った。途端リコが跳ぶ。そして真上から唯織の顔にハサミを突き刺そうとした。だが、
「ギャア！」
　リコの頬に滝の様に血が流れる。娑婆蔵の指が背後からリコの左目を抉り側頭部を掴み、逆の手が髪を毟り返した。
「この野郎ッ！」
　バランスを崩したリコが娑婆蔵の足にしがみつき、噛み付く。娑婆蔵は身体をくの字に体勢を戻し両膝をリコの腹へ入れると、跳ね上がってきた額に頭突きを食らわせた。
（「……しゃばぞーくんは」）
　胸の内を推し量るも推し量らぬも手元から伸ばした鞭剣の音の裏に。娑婆蔵は着地し、リコは空中で蔵乃祐の鞭剣に巻きつかれ、切り割かれた血だけを零す。
「しゃばぞーくん！」
　夏蓮が両手を差し伸べ、煌々瞬く星々を送る。クヤに回復を任せルエニは素早く詠唱を開始、圧縮した魔法矢を飛ばした。足取りの重いリコの背中に刺さった矢が爆発する。リコは一瞬息を吸おうとした。だが唯織が視界に入り、リコは回復を捨て再び唯織を狙い、狙い続け、
「グ、」
　ついに唯織の胸元を一文字に斬り割いた。倒れた姿にリコが笑う。それが隙だった。最後の。
　二本の十字架が踊る。リコの肩を砕き、頭蓋を割る。
「ぐふ」
　一途と仁恵のモノリスが前後で組み合った。間に血塗れのリコを挟んで。
「遺言あったら、どうぞ」
　一途が言う。リコはニイと笑い、
「……クソババア」
「そうですか、覚えておきます」
　悪態は返ってこなかった。

●
　娑婆蔵は室内を調べていた。が、
「監視カメラの類は見当たりやせんね」
「……まあ次がどうなるか。いや」
　観月は残されたランプを見ながら、
「次に期待。かな？」
　仁恵はリコの死体の側にしゃがむと指から鋏を外し、掌にのせた。
　何の変哲もない文房具。書かれた名前はツヅキリコ。
（「これで本当に良かったのでしょうか……」）
　まだルエニは、その思いが拭えない。夏蓮は黙って仁恵を見ている。
「にえは教師になりたいんだったか」
　蔵乃祐が言う。
「でも、今回みたいなのは手遅れだぜ」
　聞いているのかいないのか、一途は唯織の手当をしていた。
「お前、何だかんだで慕われてるんだから……腐るなよな」
　仁恵が立ち上がった。

作者：森下映	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年7月11日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 2／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 7
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