戦神アポリアの提案~熾火

    作者:中川沙智

     六六六人衆と武蔵坂学園との共闘を目論んで、狐雅原・あきら(戦神アポリア・d00502)――今は六六六人衆第七一位『戦神アポリア』を名乗っているダークネスから接触があったという。
     今回の呼びかけで灼滅者が共闘を決断すれば、灼滅者と六六六人衆の同盟が締結される可能性が高い。
     らしいのだが。
    「そんなことある? と怪訝に思いたくもなるわよね」
     小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)がため息をつきながら説明を続ける。
     六六六人衆と人類は共存できる筈だ、という申し出なのだから無理もない。六六六人衆はその名の通り、非常に数が少ないダークネスだ。序列を争い互いに殺し合う事で一定以上の数になる事はない。
     しかし。
    「六六六人衆は人間が食事をし睡眠を取り娯楽を楽しむように、一般人を殺戮する必要はある。でもこれは自然の摂理の範囲だし、ある程度武蔵坂学園の意向に従う用意がある……ってのが向こうの言い分」
     一定の人数を確保できるのならば、殺戮する人間については武蔵坂学園側で指定した範囲で行う――というのが六六六人衆側の提案だ。
     犯罪者に限る、老人に限る、外国人に限る、無職者に限る等、武蔵坂学園が受け入れられる条件を考えて欲しいと。
    「もし共存を望むなら、向こうが指定する場所に『六六六人衆が殺戮しても良い人間のサンプル』を連れてきてもらえれば、それを以て同盟の締結としたい、だそうよ」
     その人数は十名。
     一般人の受け取り場所は多数用意されており、合計で十名ではなく一箇所につき十名の一般人を連れてくる事を望んでいる。一箇所だけではチームの独断が疑われ武蔵坂の総意ではない可能性があると考えたようだ。
    「『戦神アポリア』は引渡し場所の過半数で十名の一般人が受け渡されたなら、他の引渡し場所で戦闘が発生したとしても、武蔵坂学園は同盟の意思があるものとして次の交渉に入ると言ってきているわ」
     逆に過半数の場所で引渡しが行われなかった場合は、今回の同盟提案は取り下げるとも。
    「……この同盟提案をどう扱うかは、灼滅者の皆に任せるわ。受け入れるならば十名の一般人を連れて引き渡し場所に。受け入れないのなら戦争は必至となるから、敵戦力を削るためにも引渡し場所の六六六人衆の撃破をお願い」
     引渡し場所のひとつはとある廃工場だ。黄昏時に、倉庫のひとつを訪れたのなら六六六人衆と遭遇する事が叶う。電気は通っていないので照明は必要だろう。
     件の六六六人衆は女だ。唇に赤い紅を引き、長い髪を項のあたりでひとつに纏めて流している。その色彩から女は『玄紅』と呼ばれているそうだ。獲物は髪から伸ばす幾本もの影だとか。妨害の技を得手としているらしい。
    「殺人鬼と影業のサイキックを使うと思っていいでしょうね。それと彼女どうやら捨て駒らしくて、灼滅者八人でも相手取れるくらいの戦闘力みたい。でも腐っても六六六人衆よ、油断は禁物だから気を付けてね」
    「六六六人衆にはハンドレッドナンバーとして合流した闇堕ち灼滅者がいるわ。こちらの情報はかなり漏れているんでしょうね」
     この提案をしてくるという事は戦神アポリアの価値観は既にダークネスのものとなっているのかもしれない。鞠花は伏せた視線を上げて告げる。
    「この同盟提案もまたミスター宍戸のプロデュースに違いないわ。どう対応するにせよ、悔いの残らないように立ち回ってね」
     人として如何に動くかが問われていると言ってもいい。
     鞠花は灼滅者達に毅然と向き直って言い放つ。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    雨咲・ひより(フラワリー・d00252)
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    苗代・燈(風纏い・d04822)
    烏丸・鈴音(カゼノネ・d14635)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)

    ■リプレイ

    ●暮れる
     黄昏時の廃工場は、どこか鈍い虚ろさに満ちている。橙色の落日が妖しく蠢いている。
     扉を開け、倉庫の中に入っていく。何人かが照明を用意したため、視界内はどうにか見渡せそうだ。今のところまだ六六六人衆は到着していないようだ。
     そしてここにいる灼滅者の総意は。
    「同盟には反対。理由は色々有るけど……何よりも、向こうの提案が嫌」
    「ええ。ですが騙し討ちとして最初は条件呑んだように見せ、隙を突ければ嬉しいですわね」
     雨咲・ひより(フラワリー・d00252)と御印・裏ツ花(望郷・d16914)の言葉に集約されているだろう。
     台車に乗せて持ち込んだのは布団で簀巻きにした人体模型が十人分。足元に転がしておく。
     取引用の一般人だと見せかけるつもりだが、果たしてうまくいくかどうか――。
    「貴方達が武蔵坂学園の灼滅者達ね」
     響く声。灼滅者達の視線が入口に向かう。
     一人の女が姿を現した。
     項近くでひとつに纏めた長い髪が、揺れる。暗がりでも鮮やかな唇の紅の色。
     玄紅だ。
     科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)は臆せず進み出でて、毅然と前を見据える。
    「ああ。武蔵坂から同盟の件で来たぜ」
     日方が話す間、玄紅の背後に静かに滑り込み、ドアを閉めたのは烏丸・鈴音(カゼノネ・d14635)だ。篠村・希沙(暁降・d03465)も同様に退路を塞ぎ、逃走防止のため念入りに注意を払う。
     時間を稼ぎ情報収集出来るに越した事はない。転がした布団に視線を投げ、苗代・燈(風纏い・d04822)はあたかも同盟を受け入れたかのように言い放つ。
    「……とりあえず約束の人間連れてきたけど?」
    「随分おとなしいのね、粗雑な扱いだこと」
    「気絶させているんだ」
    「そーそー、コイツらめっちゃ悪い奴だから動かないようにね」
     野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が用意していた台詞を呟き、燈が追従する。真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)の表情が険しいのは、皆で人体模型を簀巻きにしたシュールさを思い出して吹き出しそうになるからだ。さて、一芝居打つとしようか。
    「ご足労どうも。これがサンプル、法や権力に守られた重犯罪者」
     囮は遠目で見せるだけに留める。前に立ち遮り、じっくりとは見せないように意識した。櫟は続ける。
    「屑を秘密裏に掃除してくれるなら俺達も歓迎。これを以て、武蔵坂の総意として同盟を締結したい」
    「あら? 同盟締結のためには引渡し場所の過半数で十名の一般人が受け渡された場合と指定したはずよね。一箇所だけではチームの独断が疑われると、伝わっていなかったかしら」
     背筋に冷たいものが迸る。
     引渡し場所一箇所のみで総意の判断はつけないと知らされていたはずだ。事前の情報が脳裏に巡っていく。
     ここで折れるわけにはいかない。唾を飲み込み、告げる。
    「……引渡しの前に確認したい事がいくつかあるんだけど」
    「せや。はいどうぞってすぐ渡す訳やないんよ。ねぇ――」
    「お待ちなさいな」
     希沙の発言をぴしゃり、玄紅が止める。
    「気絶させるのは兎も角、姿を隠す必要性を感じないわ」
     にたり笑う。灼滅者達は直感する、女は見透かしているのか。あるいは疑っているのは間違いない。疑心を抱かれてしまった場合の方策は果たして用意されていただろうか。
     まずい。
     玄紅を人体模型に近づかせようとする者、遠ざけておこうとする者、考えに乖離があったのも問題だ。咄嗟の対応に仲間内で鉢合わせてしまったなら、玄紅が形のいい唇の端を上げた。
    「身代金を要求して、アタッシュケースの札束を確認しない犯人がいると思う?」
     必要以上に近づけないと判断したからか、髪先から鋭い影を疾走させる。布団を鋭く斬り裂いたなら、無機質な人形が顔を出す。
     灼滅者達は言葉を失う。
    「屑は誰かしら」
     目論見が露見してしまった以上、話を引き出す事は難しいだろう。覚悟を決めた灼滅者達は玄紅を包囲する。玄紅も結っていた髪を解き、そこに昏い影を潜ませる。
    「つまり交渉決裂、ね」
    「そもそも同盟を結べる程の信頼関係もないでしょ」
     逡巡する思いに今は蓋をして、希沙は殲術道具を構える。
     このまま戦闘になだれ込むだけだ。逃がす気など、毛頭ない。

    ●散る
     力と思いを掌に集め、御伽は霊光を両手に圧縮し始める。
    「俺はお前らを信用しない。お前らも信頼を得ようとは思っていない、そうだろ?」
     眼前のダークネスを睨みつける。
    「つまり、その時点で俺らは一緒には生きられねぇってことだ」
     玄紅は薄く笑うのみ。それを砕くべく、オーラを一気に放出する。
     穿った傷狙い、続くのは裏ツ花だ。音を遮断する檻を展開した後、後方から異形化した巨腕を唸らせる。大きく振りかぶって力任せに叩き下ろした。
    「運の尽き、かしら」
     誰の、とは言わぬ。玄紅が不敵に笑む姿を見遣る。女が一歩踏み出したなら六六六人衆特有の仄暗さが滲み出す。
    「躍りましょうか」
    「!!」
     醸し出されたのはどす黒い殺気、蝕んだのは前列ではなく、後ろに陣取る灼滅者達だった。咄嗟に日方と希沙が庇いに入ったが、後衛全員を護るには至らない。更にジャマー能力が高められている事が、言わずとも明らかになっている。
     日方も一般人を遠ざける殺気を放ちながら、僅かに口の端を噛む。敵の加護を打ち砕く技を用意すべきだったか、だが今考えても栓無き事だ。
    「死んで良い人間なんていないんだよ。犯罪者だって、それなりに利用価値はある」
     櫟は黄色標識を掲げ、前に立つ仲間に耐性を注いでいく。眼鏡の奥に佇む瞳には、鋭い光が宿っている。
    「でもお前らには駒や手札の価値も無いって判断された」
    「そうかしら、世界中の犯罪者を集めて差し出してもよかったのよ?」
     相容れる事はない。その意志に静かに頷いて、希沙が進み出る。いずれにしてもこのまま見逃すことは出来ない。
    「お相手願おか」
     凄まじい膂力で殴り倒したなら破魔の加護が両肩に降り注ぐ。この力、目を逸らさずに構えていよう。眼前の敵に集中して決して逃さないように。続いて日方がシールドで横っ面を殴りつけたなら玄紅が零下の怒りを抱いたようだ。
     雪崩れるような攻勢。鈴音が薄い微笑み頂きながら一歩踏み込んだ時、涼やかな鈴の音が響いた。手先を振り翳し帯を射出したなら、次は更に確実な一手を繰り出せると予感する。
     分かり合う事のない六六六人衆。
     負けない。
    「こっちも続くよ!」
     燈が拳を前に突き出し、疾走した魔法弾が一気に敵に撃ち込まれる。制約孕ませたのを見計らい、ひよりも凛と前を見た。後ろとも迷ったが、まずは黄色看板の破魔の力を前衛に満たしていく。
     六六六人衆からの同盟の申し出と言う事自体に違和感が拭えない。
     訊きたい事、確認したい事は色々あるのに、仮初の交渉が上手くいかなかったために会話すら侭ならない。灼滅者の価値観では互いに何のメリットが有るのかすら飲み込みかねるが、六六六人衆の立場からすれば譲歩である事は確かだろう。好き勝手殺していた人間の範囲を限定するのだ。しかも灼滅者の指定する中で。
     だからと言ってそれを理解出来ないし、するつもりもないのが灼滅者の殆どというのが現状。
     今は。
     戦うだけだ。
     誰の足も止まらない。殲術道具を振るい、全力で進むのみ。

    ●裂く
     攻撃手に戦力を傾け短期決戦を目指していたが、予想外に戦闘は長引いた。
     玄紅の妨害の力が発揮され、思った以上に制約とダメージが嵩んでいるのだ。
     対策として自然と治癒を揮わねばならない。ひよりを始めとして鈴音や希沙が浄化の力を注ぎ、他の面々も出来る限り回復するよう努めていく。
     手数の多さではこちらが勝る。利点を生かし、どうにか押し切らねば。
    「……同盟なんて正直どうでもいいのだけれど」
     玄紅が髪の影で飲み込み覆う。標的となった裏ツ花が垣間見た心的外傷はどんな色をしていただろう。ひよりが天上の歌声紡いでいく傍ら、霊犬のハルルが浄霊の眼差し贈り、傷を軽減させていく。
    「どちらにせよ殺す事には変わりないものね」
    「……させません」
     今回の提案には裏がありそうだ、そう踏んでいる鈴音が炎を纏った激しい蹴撃を見舞った。薄暗い倉庫内に鮮やかに焔が咲く。
    「底知れぬものがありますよ。憎らしい」
     読み切れぬままに予感し、小さく呟いた。その声に顎を引いて御伽は紅の長槍を振るう。敵の思惑がどうであれ、戦う理由はいつだって自分が戦いたいから戦うだけ。
    「ワリィが俺は良い人間じゃねぇんだ。存分に喚け」
     螺旋の唸りは修羅の如く。体重を乗せて突き出せば玄紅の肩口を見事に貫いた。覇を増して、口許に浮かぶは悪鬼の笑み。そこに在るのは純粋なまでの闘志と衝動だ。
     背を追い、駆ける。燈の胸裏に浮かぶ思いは、大切な同居人に関するもの。
     その人の家族が極道一家であり、犯罪者ならば殺して良いなんて条件付けをされたら危険な目にあってしまうと危惧している。
    「……守る為に戦うよ」
     それが出来るなら、俺はどれだけ傷ついてもいい。そのために踏み込み降ろしたのはカミの力。激しく渦巻く風の刃を生み出し、六六六人衆を包み斬り裂いていく。
     玄紅がたたらを踏んだのを見逃さないながらも、様子を観察していた希沙は眉根を寄せる。それでいて玄紅の表情に動揺や躊躇が読み取れないからだ。単に好戦的なだけかもしれないが、まるで宍戸の思惑が滲み出るように、どうにも掌で踊らされてる感が拭えずに胸糞が悪い。
     同盟をどう思っているか攻撃ついでに尋ねてみたが、応える気がないのかはぐらかされて終わってしまう。護り手同士で苛立ちを付与したのを功を奏し、比較的攻撃を集められているのは僥倖だろう。
     決め手が欲しい。
     そんな思いを組んだように裏ツ花がドレス翻し反撃に移る。高貴な踵に流星の煌きと重力宿し、軽やかに腹を蹴りつけた。会心の一蹴となったそれは確かな手応えとなる。
     捨て駒として送り出される彼女の内は、如何様だろうか。
    「六六六人衆ですもの、死にたくないと思うかしら。それとも、殺し尽くされたいと思うかしら」
     せめて、後者であって欲しい願う――その思いが伝わったのか、元来の気質なのか。玄紅は血が滲む口許を力任せに拭い、戦いの愉悦に浸っている。
     その様を眉潜めて睨み、櫟は床を力強く蹴った。
     宍戸はこの決裂した交渉すらエンターテイメントとして楽しんでいるのだろうか。
     ――腹糞悪い。
     ビハインドのイツツバが霊気を籠めた一撃を叩きつける最中に、櫟は手の内を赤色標識に様式変換する。重くも鋭い殴打が六六六人衆を襲う。
    「このっ!」
     痺れ齎す打撃に続き、もう一種の赤色標識が顕現する。日方だ。思い切り振り抜いたなら玄紅の髪がばさりと音を立て広がった。
     小さな窓から覗く橙色。
     黄昏時、誰そ彼時。宍戸は得体が知れない。本当に何者なのだろうか。
    「命の選別とかできる訳ない。分かってて持ち掛けてきたんだろ、ムカつく」
     吐き捨てる。
     それに。
     あいつ等と同じのが自分の中に居るってのもどうしようもなく嫌だ。

    ●壊れる
     厄の重ねがけをもひっくり返す、灼滅者達の胆力が勝る。
     体力を著しく損なった後でも、逃走は決して許しはしない。
     出入口を阻むのは勿論の事玄紅の一挙一動を注視していたのが功を奏した。包囲を固めたなら残りは削り尽くすまで。
     争わずに済むならそれが良いに決まっている。
    「けれどわたくし達が戦うのは人の為。投げ出すことは出来ません」
     それが灼滅者としての矜持。裏ツ花は毅然と前を見据える。聖歌と共に放つは業を凍結する光の砲弾、鳩尾に直撃を食らわせたなら玄紅の顔が歪んだ。
    「もうそろそろ終わりの時間や。逃したり、せえへんよ」
     すかさず希沙が指先示せば、制約抱く魔法弾が迸る。傷口を再度穿ったならば、橄欖石の瞳を思わず眇めた。
     殺していい人なんていない。誰にも決める権利なんてない。
     その気持ちが自然と通じたような気がする。ひよりは前に立ち続ける仲間に黒い炎をともした蝋燭から癒しの黒煙を棚引かせる。皆の攻撃の手を止めないよう、回復を全部賄うくらいの気概で動いた事は、確かに仲間の生存という形で具現化している。
     立て続けに攻撃を食らわせる。日方は一足飛びで玄紅の足許へ滑り込んだなら、足の腱狙い鋭く斬り上げた。更に燈が生み出したのは激しく渦巻く風の刃、真直ぐに疾走させたなら幾重にも斬り刻む。
     鈴音は六六六人衆の女を見遣り、目を細める。風鈴が鳴る。
    「……俺達とは違うんですねー。今更ながら再認識しましたよ」
     戦闘は普通に好きだ。しかし六六六人衆とは異なる美学を持っていると理解が及ぶ。
     分かり合えない。
     創出したのは妖気で織り成す冷気の氷柱だ、指先閃かせ敵に撃ち出す。凍った傷口が何度も罅割れする。赤い血が倉庫の床を濡らしていく。
     終わりが近い。櫟が一気に肉薄したなら槍の穂先を眼前に突きつける。穿つは螺旋の捻りを据えた全体重を乗せた一撃。力籠め、漏らさずに、体力の一滴まで奪い尽くすと決めたそれに悉く抉られる。
     熱く熱く、魂を燃やすように力を込めれば、闘争本能のままに果てまで往こう。
    「これが俺達の答えだ。――砕けろ」
     低く呟き御伽が馳せる。勢いに乗せて玄紅を殴りつけると同時に魔力を流し込む。刹那、何度も何度も体内で弾ける、爆ぜる、乱れ咲く。
     声にならぬ声は断末魔。
     黒と赤に染まる六六六人衆は絶命する。崩れたなら暗黒色の灰となり、隙間風に散らされ、跡形も残さなかった。

     夏の陽は長い。
     倉庫を出たなら影が長く長く伸びていく。
     希沙が念のため周囲を警戒するが、更なる敵襲の気配等は見当たらない。
    「六六六人衆は他の勢力を退けて、何か目指すものが有るのかしら」
     ひよりの呟きがぽつり、橙色に溶けていく。
     玄紅は捨て駒だったと聞く。交渉については流石に把握していただろうが、宍戸の思惑までは知り得ない可能性が高いだろう。
     灼滅者達の燻る疑問が、夕焼けに晒されていく。
     日方が顎に手を添え、首を捻る。
    「アポリアが元武蔵坂の灼滅者って向こうも知ってるよな。情報渡ってんなら、俺らがどんな回答するか想像つくはずなのにな」
    「それは確かに。それになんであいつらは宍戸を殺しの対象にしないんだ? 奴だって一般人だ、殺さない理由が何かあるってのか」
     少なくとも宍戸のやり方が六六六人衆に合うものだったのか。現状では知り得ない。
     裏ツ花が赤の瞳を黄昏に向ける。夏の温い風が燈と鈴音の背を押し、流れていく。
    「……ひとまず、帰ろうか」
     櫟の声には晴らしきれない無念さが浸っている。拳を握る。今日という日の焔を胸裏の奥に据える。このやりきれない思いを何時か、きっと。

     日は沈む。これからは闇の時間だ。
     その先に掴むものに、手が届くか――それは灼滅者達次第なのだろう。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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