戦神アポリアの提案～我が道は、和の道か、灼く道か

■リプレイ

●
　八人が歩く町の道。
　すれ違っていく人々を見ながら、雨積・舞依（黒い薔薇と砂糖菓子・d06186）は周囲を警戒していた。
　戦神アポリアの提案は、人と灼滅者とダークネスの関係を考えさせられるものだった。
　人の行き交う道に背を向けるように、灼滅者たちはひと気の無い道へと入っていく。
　日常の音が遠くなる。
　明るさが違う。
　空気が違う。
　一歩向きを変えれば、そこは違う世界にも思えた。同じ世界であるというのに。
　雑然とした路地を抜ければ、そこは戦神アポリアが指定した――閑散とした場所に建つ廃ビル。
（「気がつけば止められない流れの中にいるもんだ。行き着いた先の責任は負わなければいけないのに」）
　硬質な扉に手をつきながら、水城・恭太朗（妄執ドミナンス・d13442）が思う。
　開けるか開けないか――戦うか戦わないか――生かすか殺すか――道は、常に選択だ。
　ギィ……と音の立つ扉を開けば、窓から差し込む光はあれど、薄暗いビルのなか。
　まず、灼滅者の目を惹いたのは煙草の火だ。
「成程」
　男の声。
　火に向けていた焦点を、笑みを浮かべた男に合わせたラススヴィ・ビェールィ（皓い暁・d25877）が応じる。
「まぁ、分かるかと思うが一応」
「残念ながら今回はご縁が無かったという形で……。
　そちらも、その方が分かり易いでしょう？　私たちも人類代表……とかそんなのでも無いですし」
「そちらの意に沿う事は出来ない。申し訳ないね」
　リーファ・エア（夢追い人・d07755）と、それに続く桜井・夕月（もふもふ信者の暴走黒獣・d13800）の言葉に、揶揄めいた声が応じる。
「いや、ありがたい。何故、殺す者を指定されなければいけないのか――」
　言いながらゆっくりと自身を囲おうとする灼滅者を見、正面にいる者たちに向かって煙草を指で弾いた。
　放物線を描くそれの火は、途中、不自然に消える。
「――腑に落ちなかったもので、ね！」
　煙まじりの埃臭い空気が、濃密な殺気に塗り替えられていく。宰屋の殺気が火をかき消したのだ。
「ティン」
　一般人を遠ざける殺気を放ちながら夕月が呼べば、出現した霊犬のティンが疾走し恭太朗を庇う。
　動きから目を離さないまま夕月は己の腕を鬼のそれへと変化させた。
　どす黒い殺気を前衛へと放ち動く敵と同時に、右へと動いたのはリーグレット・ブランディーバ（ノーブルスカーレット・d07050）。そして、直ぐに動ける体勢をとっていた木津・実季（狩狼・d31826）だ。
　Prouderを振るえば、その軌道に冷気が放たれ、殺気を刈り取りながら壁を穿つ。
「っ」
　右の非常口へと向かおうとしていた宰屋が息を呑む。
「逃げるのか？　こんなに獲物がたくさんいるのに」
　掌で長槍に刻まれた赤い獅子紋を捉えながら、堂々とした声色でリーグレットが言った。
「君の殺人衝動はそんな物か？　もっと、死に物狂いで襲ってこい。
　では行くぞ、我が魔弾、その身に受けて朽ちるがいい」
　新たな冷気のつららが放たれ、その余波、冷え冷えとした空気が実季の短い髪を撫ぜていく。
「捉えましたよ」
　呟く前に宰屋の肉に斬りこまれる刃。
　見出した殺戮経路は直後、敵の動きに隠され、実季の刃が辿るはその残像だ。
　濃密な敵の殺気に灼滅者たちのぶれた視界を明確にするかの如くリーファのオーラの法陣が出現し、異常な空気を払い仲間を護ろうとするラススヴィが黄色標識を振るう。
「俺達が生贄だ。連れて行きたかったら、力で持っていけ」
　彼の言葉に、灼滅者の位置取りを見る宰屋。
　ライドキャリバーの犬が機銃掃射を行うなか、灼滅者は一気に距離を詰めていく。
「バトラー、参ります」
　研いだ鋭利な刃のようなサイキックエナジーを放てば、ロイド・テスタメント（無に帰す元暗殺者・d09213）のダイダロスベルトが呼応し動く。
「同盟は結びません。ですから、灼滅させていただきます」
　瞬間、敵を前にしたロイドの気配が変わる。弾丸が如き速さの帯は敵にいなされながらも身を刻んだ。
　足を止める敵。その死角から斬撃を放つのは舞依だ。
「こんな提案到底受け入れられないのはわかっていると思うんだけど……このまま帰すわけにはいかない……とか悪役側のセリフよね」
　逃走の意を削ぐように鞭剣を振るう。
「まあ、自分が正義の味方だとか思ったこともないけど、人を殺す存在は放っておけないの。
　――ごめんあそばせ」
　間を置かず恭太朗の水鯨が敵を穿つ。長物の半分を占める巨大な刀刃に、飛沫した敵の血が付着する。
「残念ながら戦争だよ。誰だったか覚えてないけど、今後の為死んでくれ」
　そう言った恭太朗の槍を、宰屋の手に出現した光刀が打つ。
「面倒な用件の気晴らしに、帰路は玩具を持ち帰ろうかとも思ったが、成程これも悪くない」
　殺しも悦楽。
　痛みも悦楽。
　宰屋は笑んだ。

●
　透明化した宰屋の刀は攻撃の際に、光の残像を残す。
　的確に中衛を――舞依を狙った斬線に跳びこんだのは実季だ。
　舞依であろうが実季であろうが構わないと微笑みを浮かべ斬りつける宰屋を、夕月は見た。
「実に良い。女の柔らかな肉を裂く感触ほど、勝る高揚は無い。
　怯えなど、あればよい程度。所詮添え物にしか過ぎないな」
　灼滅者たちの表情を、じっくりと観察しているのだろう。敵は、そんなことを言った。
「――こんな信用ならない同盟を誰が組むもんですか」
　彼の攻撃は実季に三歩分の後退を促した。駆けるティンが浄霊眼を放つ。
　その最中、彼女の踏破した部分に影が残り広がっていく。風に波打つ植物さながらに床を覆っていく影の蔦は壁と天井をも飲みこんでいく。
「誰を殺していいかなんて私達が勝手に決めるべき問題じゃないんです。一昨日来やがって下さい」
　下半身を覆い喰らう影蔦に宰屋の動きが止まり、全速で疾走する犬がキャリバー突撃し、敵を轢き潰した。
　この隙に灼滅者たちの攻撃が叩きこまれた。
　その間、リーファがダイダロスベルトを繰り、実季の全身を鎧の如く覆い防護力を高めていく。
　高純度に詠唱圧縮した魔法の矢を造り上げるリーグレット。
（「内容は兎も角、その殺人に対しての拘り、生き様には一定の評価はしていたのだが」）
　今回の提案――まさかこちらへと歩み寄ってくるとは。本気だとは思っていないが、聞いた時は心底がっかりしたことをリーグレットは思いだす。
　精度の高い魔法の矢が敵の胴を貫き、続き攻撃を行なおうとする仲間の動きを視認したリーグレットはそれに助力すべくついでとばかりに牽制の矢を幾つか放った。
　牽制に一瞬、体の軸がぶれた宰屋へと夕月が踏みこむ。
　床に刺さった矢が残滓となり、駆けた夕月の動きに翻弄され舞い溶けていく。
（「別に灼滅まではと思わなくもなかったけれど」）
　この男は見逃せば、この後、確実に誰かを殺すだろう。
　やはり、この道は選択だ。枝葉のように広がる道――、分かれ道へ差し掛かるたびに一つ一つ選んでいく。
　それならば、
（「同じ他人なら弱くて善人と思える方を、敵の生存より味方の安全を選ぶわけで」）
　下方からクロスグレイブを突き上げ敵を穿った夕月は、その勢いと遠心力を利用し相手を叩き潰した。
　その時、重低音を伴う風が起こる。
　地面を破壊する勢いで、ラススヴィが交通標識を打ち下ろし、地に敵を繋ぐ時間を伸ばした。
「人を選別した時点でお前達の負けだな。
　それを人は二度としてはいけないと、そう歴史から学んでいるからだ」
　ラススヴィの言葉に、敵は笑みを浮かべたようだ。
「……学んだ？　そうして行き着く先は平穏や安寧の地か？　反吐が出るな」
　起き上がり様に言っする光が煌々と熱く放たれ、ラススヴィと舞依の肉を灼く。
「妹子、ススス君！」
　恭太朗が呼び、駆ける。
　持論だが、と言う宰屋。
「人間なんざ下に見ろ。あいつらは餌だ。闇堕ちすれば俺達と同じダークネス――やはりお前たちの糧となるのだろう？」
　やはり、餌じゃないか。
　喰い喰われ――終わりが見えない。
　終わりを見出すのは、人か、ダークネスか、灼滅者か――。
　刹那、敵の誘う声色を断つかのように、畏れを纏った恭太朗が水鯨で突き上げる。
「考えろ、人が死ぬのに流れで決断しちゃダメだ。自分で考えて行動して初めて決断なんだ」
　喰いこませた穂先を翻し、一気に敵胴を斬り払う。
　叩きつける水音が、床を汚した。
「全てにおいて不服なんだよ、こうなるまで平和だった自分も全部。この結果はいつから決まってたのか？
　このふざけた答えの元を……決断の結果を見届けなきゃ」
　自分たちの選択で人を犠牲にしてしまう可能性――それに気付いた恭太朗は、
（「戦争して削り合って犠牲の上に生きる方法しかなくて」）
　そこに立つまで考えることなんて、ない。
　自問した呟きは、今は答えがない。
　答えは、歩いた先、振り返った時に見えるものなのかもしれない。
　だが、その道程に添い、敵が誘う。
「心を軋ませ続ければいい。ただの人であれば、お前は容易く堕ちていきそうだ」
「まだ話すのか？　余所見してたら、背後を取ってしまうぞ？」
「――！」
　宰屋は、一瞬にして生まれた炎を背後に感じ取った。
　振り向いた瞬間、身を捻ったロイドが遠心に任せた勢いある蹴りを放つ。
「全てを灰にしてやろう」
　煌々とした炎が、ロイドの赤髪を輝かせる。
　鋭い角度、そして重い一撃で入った炎纏う蹴りは宰屋を後方へと飛ばし、壁に叩きつけた。
「元より六六六人衆の案には少々不満があってな。罪は消すのではなく償うモノだ」
　ロイドが言う。
　罪人であれ、人間。贖いたいという者もまた、善人なのかもしれない。
　人間の性質もまた色々なのだ。
　縫い止めるかのように続く灼滅者たちの攻撃に、壁は宰屋の血で染まっていく。
「生贄を差し出し、最悪に備える……ですか。
　まあ悪くはないとは思うんですけどね、実は」
　自らの心の深淵に潜む暗き想念を集めるリーファの声は、いつもよりやや低い。
「だけど、残念」
　形成した漆黒の弾丸を放ち、リーファ。
　自身を蝕むの漆黒の弾丸を受け、敢えて宰屋は声なく笑った。
「あなたの上司……宍戸が関わっていなければまた違ったかもしれませんね。
　流石に今更、彼と手を取り合って……なんて出来ませんよ流石に」
　世界とか、人類とか、ダークネスが統治する社会とか、灼滅者が統治する社会とか。
　枝葉を象る道は、考えるだけで途方に暮れるけれども。
　だが、身近に在りたいのはただひとつ。
「自分だけでなく誰かの大切な人も護りたいから」
（「その想いでいつも戦っている」）
　呟いたのち、弱った敵の殺戮経路を見出した舞依が数歩分、滑りこむような体勢で高速接敵する。
　四肢を斬り裂いていく舞依――敵の中心、胸を狙うはリーグレットだ。
「猛りを上げろProuder、眼前の敵がお前の獲物だ」
　凛とした声。魔槍が宰屋を貫き、壁を一部突き崩した。
　されど敵は身動き長柄を掴んだ時、夕月の影が宰屋を喰らった。
「この選択が罪だとしても、自分で選んだ事だから、まぁ、受け止める。
　……じゃあ、縁があったら地獄か来世でまた会おう」
　影を遠ざけ、槍を引き抜けば、六六六人衆の体が地面へとずり落ちていき、赤黒い血が壁にその跡を残す。
　ゆるやかに床を侵食していく血溜まりに、何やら示唆めいたものを感じてしまう灼滅者たちであった。

●
「大丈夫です？」
　実季が声をかけると、恭太朗が頭を振った。
「マタギ白虎……いや、うん、考えるって疲れる」
　対して、
「この世の六六六人衆は灼滅しなければ、増える一方でしょう」
　一貫するロイドの言葉は揺らぎがなく、佇まいは悠然としている。
　ラススヴィと舞依が周囲を窺っている。
　いつかのように見張りがいても不思議ではない――こびりつく殺気の残滓を振り払い、気配を探っていた。
　そんな二人を見て、夕月も周囲を見回した。
「まあ、何事もなく終わりそうで良かったです」
「宍戸がどんな反応をみせるのか、その進展が、学園に帰って分かれば良いですけどね」
　リーファの言葉に、頷くでもなくリーグレットが歩む。
「では、帰還するとしよう」
　帰った先に何が待っているのか。
　敵との関係。宍戸の思惑。武蔵坂学園を中心に変わっていく情勢に、灼滅者たちは思考しながら帰路につく。
　さながら、いつしか聴いたわらべうた。
　けれど、行きも帰りも、灼滅者の歩みは同じものであるのかもしれない。

作者：ねこあじ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年7月11日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。