戦神アポリアの提案~共存のための供物

     六六六人衆第七一位『戦神アポリア』を名乗るダークネスが学園側に接触してきた事を、初雪崎・杏(大学生エクスブレイン・dn0225)が伝えた。
    「灼滅者としての名は、狐雅原・あきら(戦神アポリア・d00502)。『戦神アポリア』の申し出は、こうだ」
     このまま六六六人衆と灼滅者が全面対決に及べば、一般社会にも甚大な被害が及ぶだろ う。しかし、知っての通り六六六人衆は、序列を争い、互いに殺し合う事で、常に一定の数を保つ。
    「これは他のどのダークネス組織にも無い特徴で、『唯一人類と共存が可能なダークネス組織』だとアポリアは主張している」
     六六六人衆は、一般人を殺戮する必要はあるが、それは肉食動物が草食動物を狩るのと変わらない。何より、一定の人数を確保できるなら、殺戮する人間は、武蔵坂学園側で指定しても構わないというのだ。
     犯罪者に限る、など、学園が受け入れてもいいと思う条件を示して欲しい、と。
    「提案を受け入れる場合、指定する場所に『六六六人衆が殺戮しても良い条件にあてはまる人間』を連れて来て欲しいそうだ。それで学園と六六六人衆の同盟の締結としたい、とな」
     受け取り場所は多数用意されており、場所ごとに10名の一般人を連れて来ることを希望している。
    「1ヶ所だけでは、一部の灼滅者の独断の可能性があるという事だろうな。全ての引渡し場所の過半数で受け渡しが行われたなら、学園に同盟の意志ありとして、次の交渉を行うつもりのようだ」
     もし引渡しが半分に満たない場合、今回の同盟提案は取り下げるという。
    「正直、心情的には受け入れがたいが……。もし同盟に賛成なら、選んだ10名の一般人を連れて、引渡し場所に。拒否するなら、敵戦力を削る意味も含め、引渡し場所に現れる六六六人衆を撃破して欲しい」
     『戦神アポリア』側は、引渡しが過半数を超えていれば、一部の引渡し場所で戦闘が発生したとしても構わないらしい。
     引渡し場所には、1人の六六六人衆がやってくる。
    「しかし、その六六六人衆は捨て駒に過ぎない。提案が却下されることも織り込み済みなのだろう。比較的戦闘力の低い相手だから、今の君達の実力なら、灼滅も充分可能だ」
     といっても、六六六人衆が強力なダークネスである事実に変わりはない。灼滅する場合は、相応の準備をして挑む必要はあるだろう。
    「君達の担当する引き渡し場所は、深夜、とある河川敷近くの橋の下だ。やってくるのは、鞭剣使いの青年、蛇堂(じゃどう)。自分が捨て駒なのは薄々勘付いているが、任務を果たせれば良し、灼滅者と戦えるならばそれはそれで好都合。自分の実力を示すいい機会だと考えているようだ」
     外見は、長髪を後ろで束ねた、細面の美青年。基本的には無表情。愛用の鞭剣を使い、相手を切り刻んだり、絞め殺したりするのを好むらしい。
     殺人鬼及びウロボロスブレイドのサイキックを操る。
    「『戦神アポリア』の申し出という事になっているが、これは六六六人衆上層部やミスター宍戸の意向のようだ。受け渡しを行えば、実際に同盟が締結される可能性は高いだろう。よく考えた上で決断して欲しい」


    参加者
    ヴィント・ヴィルヴェル(旋風の申し子・d02252)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    識守・理央(オズ・d04029)
    佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)
    ハノン・ミラー(蒼炎・d17118)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    赤松・あずさ(武蔵坂の暴れん坊ガール・d34365)
    ソラリス・マシェフスキー(中学生エクソシスト・d37696)

    ■リプレイ


     それは月明かり照らす、夜。
     河川敷の橋の下、敵の出現に備える刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)達。
     虫の音も聞こえぬ静寂の中、たたずむ識守・理央(オズ・d04029)らの背後には、『ある趣向』が用意されている。
    「この同盟申し入れは何の演出なんでしょうね。相手はいろいろとやるプロデューサーらしいですし、どちらに転んでもいいと思ってる、そう思えてなりません」
     ソラリス・マシェフスキー(中学生エクソシスト・d37696)の感じる違和は、皆にも共通のようだ。
     だが今回の一件は、一般人の命もかかわるもの。決断に重みがあるのも事実だ。
    「……もし、灼滅者の命と言われていたら、自身を差し出していたと思いますが、一般人を差し出すわけにはいきません」
     難しい顔のソラリス。
    「どうしても一般人を殺戮する必要があるってんなら、少しは考えざるを得ないけどさ……あの宍戸なら、こちらがどんな人間を用意してくるか解りきったうえでこんな提案してきたのだろうけど」
     ハノン・ミラー(蒼炎・d17118)が、指先に灯した炎を、ふっと吹き消す。既に周囲は、殺界形成によって、一般人の立ち入る領域ではなくなっている。
    「無論、戦となれば、甚大な被害に誇張なく、かの名古屋の一件を思えばそれこそ……万人単位の安寧を危めるのは事実。どのような事になるにせよ、覚悟を……拙者達は持たねばならぬでありますな」
     最悪の事態も想像したヴィント・ヴィルヴェル(旋風の申し子・d02252)の表情も硬い。
    「何にせよ、根っこの部分では考えが一致したようだな……」
     佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)は、学園の灼滅者の多くが、同盟拒否の意志を表明していた事に触れる。今回の一件、思うところに多少の差異こそあれども、『戦神アポリアの申し出に賛同できない』のは一緒のはず。
     向かう方を定め、この場に集った灼滅者達。
     そして赤松・あずさ(武蔵坂の暴れん坊ガール・d34365)は見た。取引相手である殺人者が現れたのを。


    「答えは用意してきたか」
     表情なく告げる六六六人衆の使者、蛇堂に、仁貴達は言葉を返さない。代わりに、ズダ袋を差し出した。その数、10。
     すると、蛇堂は突然剣を抜いた。八つ裂きにされた袋の中から出てきたのは……ただの人形。
    「どうぞ、お望みの物ですよ……残念でした」
     想々の皮肉にも、蛇堂の表情筋はぴくりとも動かぬ。
    「本人や、それに匹敵する外道が見つからなかったから、人形で代用させてもらった」
     蛇堂は、仁貴の用意した『ミスター宍戸人形』を見つめる。
    「提案、キャンセルで」
    「一度要求を受け入れれば、やがてエスカレートしていくでしょうし、『要求を受け入れた』事実はいつまでも残るでしょう」
     ハノンやソラリスが、人形を放り投げる蛇堂へ、意志を伝える。
    「だいたい、こんな条件でさ、同盟なんて結べると思ったの? ……武蔵坂学園を馬鹿にしないでよ!」
     今にも噛みつかんばかりの勢いを露わにするあずさ。
    「数多の無辜の命、差し出して同盟とするわけにはいかぬのでありますよ」
    「そっちだって、もとよりあり得ない同盟だって、わかっていたんだろ?」
     ヴィントや、渡里が言う。
    「ミスター宍戸の真意など構うものか。俺は、戦いと殺しができればそれでいい」
     あくまで淡々とした態度の蛇堂に、いよいよ理央の怒りが爆発した。
    「人間は、お前たちの家畜じゃないッ!! 僕は六六六人衆の存在を許しはしない。命を弄び穢し貶める者たちを、許すことはできない!」
    「それを言うなら、ダークネスとて灼滅者の家畜ではない。貴様らが種族としてダークネスを灼滅せねばならないように、我等も人間を殺すのは種族としての定め」
    「……たとえそれが真実だとしても」
     ソラリスは、蛇堂を見据え、
    「同盟を拒絶した事でもたらされる虐殺の元凶が、六六六人衆である事に変わりはない。その責任を転嫁される謂われはありません」
     すると蛇堂が答えた。……斬撃という形で。
     瞬時に伸びた鞭剣を、ハノンがシールドで弾いた。
    「ちっ、もう身内で仲良く殺し合っててくれねえかなあ?」
     蛇堂を迎え撃つべく、渡里がサウンドシャッターを展開。背から不死鳥の炎翼をはばたかせ、ヴィントが後退した。舞った炎は、加護となり仲間達に宿る。
     即座に陣形を為す灼滅者達。敵を逃がすつもりは毛頭ない。
    「使いの駄賃に、楽しませてもらうとしようか」
     蛇堂の顔に、初めて表情が浮かんだ。それは、残虐な笑み。


    「さぁバッドボーイ! 熱く戦う時よ!」
     ウイングキャットと共に進撃するあずさ。やがてバッドボーイは主より先行し、守備の任に就く。
     月光といくばくかの灯りの中、赤く光り軌跡を描くのは、想々の双眸だ。己を仲間の盾としつつ、エネルギー障壁を拡大。蛇堂の殺気を遮断するように、仲間達を包む。
     それをものともせず、後衛を狙おうとする蛇堂だが、ハノンが張り付き、自由にはさせない。
    「ジャマだ」
     鞭剣がハノンに牙を剥いた。一度喰らいついたそれは、肉に食い込み離さない。まさに蛇の牙の如し。蛇剣、と呼ぶにふさわしい。
    「さあ、苦悶の顔を近くで見せてくれ……何っ」
     蛇堂の楽しみを中断させたのは、飛来した刃。蛇剣が離れたのを確かめると、ソラリスの影の刃が再び闇に溶ける。
     ハノンが解放されたのを見て、仁貴が切りかかった。『クルセイドドラゴンソード』と、蛇剣、竜と蛇が火花を散らす。蛇堂を負傷者から引き離すべく。
     敵の動静を見極めながら、ヴィントが聖光を放つ。破邪の力を反転させたそれは、夜闇を切り裂き、味方の斬り傷を癒していく。
    「サフィア、ハノンを回復」
     霊犬のサフィアに指示を飛ばしつつ、渡里が動く。先行する理央やあずさと連携するためだ。
     理央が怒りをこめた灼熱の流星となれば、あずさは闘魂をこめたドロップキックを繰り出す。
     左右からの蹴撃。ツープラトンを思わせる連携攻撃が、蛇堂の細身を吹き飛ばした。1回、2回と地面をはねた体が、受け身を取って起こされた時、渡里が待ち受けていた。
     月光を反射して煌めく鋼糸が、相手の肉を裂き、緋色の線を刻む。しかし、体をひねり、致命傷は回避するあたり、六六六人衆といったところか。
     畳みかけようとする灼滅者達を、不可視の圧力が吹き飛ばした。歴戦の殺人鬼とて、このように濃密な殺気は放てぬ。
    「なめるな」
     ゆらり、立ち上がった蛇堂の周囲の空気は、より黒く、濃密さを増していた。


     命のやりとりは、なおも続く。
     蛇剣によって、灼滅者達の肉体を蝕む呪縛。それを解いたのは、聖なる風だった。印を結んだヴィントの足元、地に突き立つ聖剣がその源だ。
     しかし、蛇堂の無情なる一撃が、回復中のバッドボーイを切り裂いた。
     空中であずさが受け止めようとした小さな体は、寸前で消滅する。奥歯を噛みしめ、蛇堂を睨むあずさ。
     守り手を中心に、灼滅者達が消耗する一方、蛇堂も無傷ではない。それでもなお挙動に乱れが感じられないのは、六六六人衆の技量ゆえか、飽くなき殺人衝動のなせる業か。
     蛇堂の鞭剣が、想々に巻き付いた。肌が裂かれ、血が零れ落ちる。
    「私を絞め殺すんですか? ……やってみればいい」
     愉悦の抑えきれぬ様子の蛇堂に対し、流れた血を舐め、微笑う想々。
     内心がこぼれたのに気付いたか、蛇堂は即座に笑みを消す。
    「たとえ一定数を決めたって、貴方達はもっともっとと欲しがるでしょう」
    (「……私みたいに」)
     心中でそう付け足しながら、想々は蛇堂に光剣を突き立てた。わずかに緩んだ束縛から逃れ出ると、血をぬぐう。
     傷口を押さえる蛇堂の反撃に先んじて、渡里が切り込んだ。殺人技使い同士、1対1ならば蛇堂に軍配が挙がるのも道理。しかし渡里は灼滅者。多人数での連携をも視野にいれた技術なれば。
     ソラリスの影業が、蛇剣と絡み合うように衝突。続いてハノンが地面を蹴って蒼炎をおこすと、首筋に回し蹴りを叩き込んだ。
     切れ間のない猛攻に、蛇堂もよろめく。しかし、その攻撃を受け続けた前衛陣も、限界が近い。
    「貴方は人間である宍戸に使われて、ここでゴミみたいに消えるの。彼に使われて終わるより、最後に宍戸に爪痕でも残したら?」
     想々の声ににじむ嫌悪と怒りは、この場にいないミスター宍戸に対して向けられたもの。
     すると突然、身を翻す蛇堂。ここで倒れる事に意味はないと悟ったか。だが。
    「名は体を表すか、藪へ逃げ這うのがお似合いのようで。同じ這うものでも、百足であれば不退転なれど……」
     マフラーを刃の如く変じさせ、ヴィントが退路を断つ。突破をはかる蛇堂だが、ソラリスが矢を射出して攻撃の軌道をそらさんと試みる。
     包囲陣の一角を為す渡里の手から、再び鋼糸が伸びる。
    「自分のやりたいことを二の次にするから、捨て駒にされるんでしょ。おこぼれを貰うくらいしか能がない、実力がないって自己紹介してるもんだ」
     ハノンが蛇剣をしのぐ盾の影から、言葉を飛ばす。
     技を放ち続け、蛇堂のまとう念の強度は、相当のものだ。しかし、それを理央が許しはしない。
    「『灼滅』なんて言い方はしない。僕はお前を『殺す』」
     仲間の援護を受けて、光剣を繰り出す理央。加護を砕くのはもちろん、相手の魂までも届こうかという気迫で、剣を深々と肉に突き立てる。
     一気に突破しようと、薙ぎ払いがくる。守り手が膝を屈する中、仁貴はそれを耐えきった。渾身の一刀が、蛇堂の胸を斜めに切り裂く。それでも、蛇堂は倒れない。
     ……いや。
    「……!?」
     ぐらり。
     かしぐ蛇堂の胸には、氷の柱が突き立っていた。あずさが近距離より放った氷槍だ。
     万全ならばかわすことも難しくはなかっただろうが、今の蛇堂は甘んじて受けるより他なかった。
     脱力し、その場に倒れる蛇堂。束ねていた長髪がほどけ、地面に広がった。無数の蛇の如く。
    「そもそも……今回の目的は交渉とは別のところにあるんじゃないのか?」
     仁貴が問うも、その唇は真一文字に結ばれたまま。そして最期の時を迎えるまで、もはや開かれることはなかったのである。
     六六六人衆、蛇堂、灼滅。
     しかし灼滅者達も、その傷を癒すには少々休息が必要だった。
    「六六六人衆、本当に嫌な連中よ。さっさと戦いを終わらせたいかな……!」
     復帰したバッドボーイを撫でながら、あずさが決意を新たにする。
    「学園側が同盟を拒否するのも、どうせ予想通りだろう。宍戸め、次はどうくるつもりだ」
     険しい表情を崩さぬ理央。ダミー人形の残骸を回収しながら、渡里が呟く。
    「またハンドレッドナンバーを探し出していそうな気はするが」
     いずれにせよ、ミスターによるショーの幕が下りるのは、もう少し先か。
     無論、ただの演者になってやるつもりなど、灼滅者には毛頭あるまい。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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