戦神アポリアの提案~Gambit

    作者:西灰三


     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)出迎えた灼滅者達を前に神妙な面持ちで口を開いた。
    「六六六人衆のダークネスが武蔵坂学園に、共闘のための接触を申し込んできたんだ」
     余りにも違和感の大きいその言葉は、それぞれの中に色々なものを生じさせる。
    「接触してきたのは狐雅原・あきら(戦神アポリア・d00502)さん。……今は六六六人衆第七一位『戦神アポリア』って言ってる。そしてこの呼びかけはアポリアだけじゃなくて、ミスター宍戸や六六六人衆上層部の意向にも沿ってるみたい。もしみんなが共闘を決断すれば同盟が結ばれる可能性が高くなるよ」
     そこまでクロエは概要を説明するが、未だ肝心な事は口にしていない。
    「要約するとアポリアはこう言っているんだ。――もし六六六人衆を武蔵坂学園が潰そうとして全面戦争になったら、人間社会に大きな被害が出る。けれど六六六人衆と人類は共存できるはずだ、宍戸は『人間』で六六六人衆も人間社会の支配に興味はないのだから」
     ここまで一旦切ってクロエは次の言葉を絞り出す。
    「六六六人衆は一般人を殺戮する必要がある。これは自然の摂理のようなものなので、武蔵坂学園の意向に従う用意がある。……つまり、六六六人衆の殺人の対象を武蔵坂学園が選んでもいい。例えば犯罪者、老人、外国人、無職者みたいに」
     彼女の声は震えている。
    「もし、共存を望む場合はこちらが指定する場所に『六六六人衆が殺戮しても良い人間のサンプル』を連れてきてもらえれば、それをもって同盟の締結としたい」
     そこまで言うとクロエは手近にあったカップの中身を一気に飲んだ。そして大きく息を吐いてから灼滅者達に向き直った。
    「ちょっとごめんね。……それでさっきも言った通り、アポリアは『六六六人衆が殺戮しても良い人間を10名連れて来る』ように連絡してきているんだ。場所はたくさんあって、それぞれに『10名』の一般人を連れてきてほしいって。一箇所だけだとその班の独断と見られて武蔵坂の総意じゃないって向こうは考えるんじゃないかな。……引き渡しの場所の過半数で、一般人の引き渡しが行われたら同盟の意思があると判断して次の交渉に入るつもりだって」
     逆に過半数の場所で引き渡しが行われなかったら、同盟提案は取り下げるとも言っている。
    「気持ち的にこの提案を受け入れるのは難しいと思うんだ。けど、ある程度理には叶ってる。……選択はみんなに任せるよ、もし受け入れるなら10人の一般人を連れて引き渡し場所に、受け入れないなら戦争は回避できないから敵戦力を削るために引き渡し場所に来た六六六人衆の撃破をお願いするよ」
     クロエはぱっと地図を広げてとある廃工場を指す。
    「みんなに行って欲しい場所はこの工場跡だよ。ここに来る六六六人衆は捨て駒なんだけどあくまで六六六人衆の中で弱いというだけで、やっぱり他のダークネスよりも強いから戦うつもりならきちんとその意識で向かってね」
     続けてクロエは来る六六六人衆について説明する。
    「相手は男の子っぽい姿だよ。戦う時はキャスターのポジションで戦うみたい。サイキックは殺人鬼のと咎人の大鎌のを使ってくるよ。戦う場合は気をつけてね」
     クロエはそこまで言うといつの間にかにじんでいた汗を拭って灼滅者達に言葉をかける。
    「六六六人衆にはハンドレッドナンバーとして合流した闇堕ち灼滅者がいるから、こちらの情報はすごく漏れてるんだと思う。だからこんな提案をしてきたんだろうけど……。みんな、よろしくね」


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    仲村渠・弥勒(マイトレイヤー・d00917)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    明鏡・止水(大学生シャドウハンター・d07017)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)
    マギー・モルト(つめたい欠片・d36344)

    ■リプレイ


     ひび割れたコンクリートの地面、土埃を上げながら幌付きの軽トラックがその上で停車する。車の周りには雑草たちが脆くなったコンクリートのあちらこちらから背を伸ばしている。その荷台から人影が地面に降りていく。
    「ついたか」
     中身を空にした缶を握り潰した槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)が外に出て辺りを見回す。少なくとも屋外のここには動くものの気配はない。
    「まああそこにいるんだろうな」
     明鏡・止水(大学生シャドウハンター・d07017)は視線を奥に向ける。錆で染められた四角い建物がそこにはあった。
    「もう来てるのてるのかな?」
     止水の携えている荷物を見つつも竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)は呟いた。どちらにせよ件の工場に向かう事に成るのだが。そしてそこで答えるべき意見も登の中で既に決まっている。たとえそれが物語からの受け売りだったとしても、本人は確信を得ている。
    「できれば先に待っていてもらえると助かるわね」
     すぐ終わるから、とアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は呟いた。椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)も肩を鳴らして備えている。
    「全員降りたー?」
    「ええ」
     運転席から降りてきた仲村渠・弥勒(マイトレイヤー・d00917)がそう問えばマギー・モルト(つめたい欠片・d36344)が乱れた髪を直しながら返す。
    「さあてとっとと行くか」
     淳・周(赤き暴風・d05550)は炎を内側に封じ込めたまま扉に向かって歩き出す。すぐさまに放つ事が出来るように。


    「やあ、いらっしゃい」
    「こんにちはー。まずは同盟提案と妥協案の提出に感謝を。色々考える事ができましたー」
     取引相手は既にいたようだ。六六六人衆の少年は錆びた扉を開けて入ってきた弥勒達の挨拶を聞いて笑った。その視線は止水の持ってきた袋に向けられている。
    「なんだいそれ? プレゼントかい? あ、死体ならノーサンキューだよ」
    「あ、ただのゴミ」
     弥勒が直ぐに答えるとにやにやと笑いながら止水を六六六人衆は見た。さすがにこの手のごまかしが効く相手ではないろう。
    「単刀直入に言うわ」
    「同盟提案は却下だ!」
     アリスとの言葉の後に周が断言する。彼女の言葉を引き継いで弥勒が説明する。
    「六六六人衆的に譲歩してくれてるのは分かる条件内容だけど、根本的にソレジャナイ感」
    「難しい事はよくわかんねーけどさ、殺していい奴なんて俺には決めらんねーし共存ってのはそーゆーんじゃねーと思う」
    「殺していい人間なんて、オレ達には決められないよ。例え死刑囚だとしてもね。だから、この交渉には応じられないよ」
     康也と登が口々に自らの意見を述べれば、笑みを崩さないまま六六六人衆は呟いた。
    「ふーん、そうか。武蔵坂学園はこの提案を断る、って事でいいんだね?」
    「ええ。ダークネスの人殺しに協力するなんてできないわ。それをしたところで、他の人たちの安全が保障されるわけでなし」
    「信用されてないねえ、僕らは」
     マギーの言葉に六六六人衆は声を漏らして笑う。
    「幾つか聞きたい。宍戸がやりたい事って言うのは、何なのか。あと、ここが取引場所になった理由も」
    「知りたがりだねえ。一つ目の質問だけど、同盟を結びたいんじゃない?」
    「本気で受け入れられると思って提案してきてんの?」
    「さあ? 僕は彼じゃないから分からないね」
     止水と周の問いかけに六六六人衆は肩をすくめた。末端である彼に聞いても今ある情報以上のことは分からないだろう。武流の考えるように罠かどうかさえ分からない。
    「二つ目の答え。なんかそれっぽくない? 取引とかこういうところでやったほうが雰囲気あるし」
     簡単に言えば趣味ということらしい。それだけのやり取りをすると六六六人衆は用が終わったというように歩きだす。
    「じゃあ、これで終わりだね。メッセンジャーの僕は帰るよ」
    「待ちなさい、もう一つ。……すぐ終わるわ」
     アリスが言うよりも早く、光の刃が少年を襲う。だがそれが彼に届くことはない。
    「ちょっと酷くない? 使者を斬ろうとするなんて?」
    「もともと、あり得ないってわかっていたことだろ?」
    「そんな判断を僕に求めても、ねえ」
     止水の言葉に少年は笑う。既に彼の手には大鎌が握られており、互いに既に戦闘態勢に入っている。
    「最初からやる気だったんでしょ? 僕的にはそっちの方が嬉しいけどね」
     天井から漏れてくる夏の日差しを受けて刃がギラリと光った。
    「……やっぱ俺、ぶっ飛ばす方が向いてるぜ」
     康也はそう言って構えを取った。


    「正直、自分の好きな相手を殺せないとか個人的にやだしねえ」
     まるで食事の好き嫌いを語るように少年は同盟の件について語る。その間にも前衛に向かって黒い波動が向けられている。少年の攻撃は前衛に固まっている面々から戦闘力を効率的に奪っている。
    「生贄を差し出せって、ファンタジーのドラゴンじゃないんだから!」
    「そうだよね、ドラゴンも好きなの食べられなくて嫌だよね?」
     なんとか敵の攻撃を掻い潜りながらリヴァイブメロディで自らを回復する登。元々の体力が低く、かつ被弾率の高いディフェンダーにいてはすぐさまに回復を行わなければ前線を維持できない。かろうじてマギーが回復に専念することで前衛は崩れないが、着実に戦う力を落としていく。武流が守られながらも攻撃を仕掛けるが、こちらもいとも簡単に避けられてしまう。
    (「一人と一匹だと辛いなー……」)
     弥勒は隣のネコを見た。このままでは相手に一太刀与えるのさえ苦労するだろう。まず味方の攻撃を当てるようにするにはスナイパーたる自分たちの動きが重要になるが、手数が足りていない。
    「『新約聖書』「ルカによる福音書」に曰く、百匹の羊を連れた羊飼いは、その群れの一匹がはぐれた時に、残り九十九匹の羊を置いてたった一匹の羊を探しに行ったという」
    「ふーん、それで?」
     当たれば威力を発揮するアリスの攻撃もやすやすとかわされる。間に気のない返事を入れるくらいの余裕もある。
    「私は六六六人衆という狼に、一匹の羊も渡すつもりはないわ。大人しく灼滅されなさい」
    「それってさ、羊飼いは羊食べないの?」
     心底不思議な表情で少年はアリスを見る。その瞳にバベルの鎖を集めて彼女は次を狙う。
    「灼滅者が人間守るってのが根底にある以上、その提案受け入れた時点で根本崩れるし。仮にやったとしても灼滅者ガンガン闇堕ちしちまうかもしれないからな」
    「すればいいじゃないのさ。我慢は身体に毒だよ?」
    「やっぱ俺、お前ら気に食わねーわ!」
     周の加減知らずの攻撃も、康也の爪の一撃もいともたやすくかわされてしまっていた。端的に言ってしまえば灼滅者達はこの場に置いて劣勢に立たされてしまっている。
    「ただでさえわたしたちはあなた達と近いところにいる。わたしたちがあなたと違うのは、「ひと」として皆を守ること、そのために戦うことよ」
    「人ではないのに人になりたいの? 酔狂だねえ」
    「そうよ。だから人質だって差し出したりしないわ」
     相手の激しい攻撃の中でもマギー達灼滅者の心は折れない。回復をし続けてなんとか戦線を維持し続けている。
    「ついでに言えば、オレ達は人類の代表でもないからね。単にダークネスと戦える人間ってだけでね」
    「噛み合うなら、一般人じゃなく俺達灼滅者を狙えばいい。リスクのない相手ばかりで、序列をもたれてもな」
    「君たちを狙う、一般人も狙う。ほら、バランスって大切だと思わないかい?」
     登の攻撃に紛れて止水も攻撃を行うがかすらせるのが精一杯だ。灼滅者達の全ての攻撃が外れているわけではない。ただ、こちらの与えるダメージ以上に受けるダメージが嵩んでいるのだ。そして戦況は更に悪い方へと傾く。


    「うっ! ごめん……。オレ達はここまでみたいだ……」
     前線にいた登とその相棒のダルマ仮面がほぼ同時に倒れる。元々サーヴァント使いは身体が2つあるようなものであり、そこに複数を対象にする攻撃を受ければダメージを倍受けてしまう。ましてやディフェンダーなら攻撃を受ける回数も多い。早めに倒れるのは当然の結果だろう。無論その分だけ武流やアリスの傷は浅いが、それもどれだけ保つか。
    「あ、このまま殺されてくれる? 僕的には嬉しいんだけど」
     少年の構えた鎌の切っ先は後衛にいる弥勒やマギー達に向けられている。今、最も倒しやすい相手が彼らだからだ。くるりと鎌を一回転させて殺意を力にして叩きつけてくる。
    「守りきる……!」
     既に満身創痍の康也がマギーの前に立ちはだかり彼女への攻撃を引き受ける、だがそれも一人まで。今度は後衛が猛攻にさらされる。
    「このままだと……!」
     止水が癒やしの矢を弥勒に撃ち、回復とともに彼の感覚を研ぎ澄ませる。
    「これならー……」
     弥勒は敵を見定める。後は自分が倒れるまでにどれだけやれるか、だ。攻撃を受けてうずくまっていた状態から不意を打つように、流星のような蹴りを放つ。
    「おっ……と、まだやる気かい?」
     足を少しばかりよろめかせながらも、少年は余裕を崩さない。実際、一度傾いた戦いの天秤を元に戻すのは容易なことではない。
    「ええ、予想以上に手こずらせてくれるけど」
     アリスからオーラキャノンを受けた少年は笑う。
    「いいねえ、たまにはこれくらい噛みごたえがある方が僕としても嬉しいよ」
    「言ってな、最後に勝つのはアタシたちだから!」
     周は叫ぶ。追い込まれた灼滅者達と少年との戦いは熾烈を極める。弥勒が肉体を魂で凌駕しながらも相手の動きを制せば返す刀で後衛を全滅させる。互いに代償を払いながらも、ジリジリと灼滅者は戦況を返していく。
    「そこまで僕らを信じないかい?」
    「……ああ」
     意思だけで立っていた康也の膝が折れる、先程までマギーの援護を受けていたが彼女も既に気力まで使い果たし倒れている。彼が地に伏せるとともにアリスと武流の攻撃が少年を襲う。これまでの犠牲を払った攻撃で灼滅者達の攻撃は敵を捉えられるようになっている。
    「いやあ凄いね。灼滅者。気力だけでここまで盛り返すなんて」
     そう言う少年の身からはぶすぶすと黒煙が上がっている。これまでの戦いの中で身の中に着いた炎が大きくなってきているのだろう。
    「さて、そろそろ決着をつけよう」
     止水が言う。もはやここまで来たら意思を押し通す以外に灼滅者の活路は無い。互いに死力を尽くしぶつかり合う。そして。
    「……これで、決着」
     言葉の主は周、倒れたのは少年。炎をまとった拳を握りしめたまま彼女は少年を見下ろす。
    「あーあ、もう少し殺したかったなあ……」
     そんな言葉を残し、ダークネスは灰となり消えた。同時に周りに立っていた灼滅者達も気が抜けたのか急に脱力する。何せ死闘がやっと終わったのだ。
     六六六人衆は強敵であることを、彼らはこの一幕で強く実感するのであった。

    作者:西灰三 重傷:槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877) 竹尾・登(ムートアントグンター・d13258) マギー・モルト(つめたい欠片・d36344) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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