少女は迷いし者たちを導いて

    作者:飛翔優

    ●夕暮れに未来をお話しよう 
     暮れなずむ路地裏で、茜色に輝く水晶玉。紅林美波と言う名の少女は手をかざし、その中心を見据えていく。
     固唾を飲んで見守るは、中学生ほどと思われる一人の少女。
     時計の針が一周し、涼しやかな風が吹き抜けた頃合いに、美波が言葉を紡ぎだす。
    「あなたは確か、恋に悩んでいたのですよね?」
    「……はい」
    「それも、既に恋人がいる相手への」
    「……はい」
     横恋慕、少なくとも現代においては幸いな未来など描かれようもない望み。美波は小さなため息を吐いた後、静かに顔を上げていく。
    「そうですね――」
     ――私の中にいる私が囁いた。力を与えてしまえばいい。その力で恋敵を排除して改めて想い人との絆を紡ぎだしてしまえばいい。
    「諦めろ、とは言いません――……ただ、待つのがいいと思います。友人関係を続けながら待つのが。もしも彼と恋人が別れた時、あなたが傍に居たのなら……ね」
    「……はいっ!」
     抗い、美波は導いた。インスピーレーションの赴くまま。
     笑顔で立ち去っていく少女を見送り、美波は椅子に深く腰掛ける。
    「……ふぅ」
     いつからか、囁いてくるようになった誘いの声。負けぬため、けれど占いを止めたくはないから路地裏に占いの場所を開いてはみたけれど、占うたび押さえつけるたびにどんどん衝動は強くなる。
     流されれば、どうなるか……。
    「……」
     震える体を抱きしめて、美波は小さく首を振る。そう遠くない未来、流されてしまうだろう自分が見えたから……。

    ●夕暮れに未来のお話を
     暮れなずむ教室にて、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は灼滅者たちを出迎えた。
     彼女は軽く頭を下げた後、此度の説明を開始する。
    「紅林美波と言う名前の女の子が、ダークネス・ソロモンの悪魔になろうとしている事件が発生しようとしています」
     通常、闇堕ちしたならばすぐさまダークネスとしての意識を持ち、人間の意識はかき消える。しかし、美波は元の人間としての意識を残しており、ダークネスの力を持ちながらもなりきっていない状況だ。
    「もしも美波さんが灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救い出してきて下さい。しかし……」
     完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を。
     葉月は声質を切り替えて、具体的な説明へと移っていく。
    「まずは美波さんについて説明しますね」
     紅林美波、中学二年生。占いが趣味で、それを通じて友人らにアドバイスを行なっていた。友人らがアドバイスを活かして成功する事が何よりも嬉しい、心優しい少女だったと言う。
    「ですが、ソロモンの悪魔として覚醒しようとしてしまいました」
     現在、美波は自宅がある埼玉県南部の街の路地裏で知る人ぞ知る占い師として活動しつつ、人々を導いている。……心を強く持ち、ソロモンの悪魔としての誘惑に抗いながら。
    「しかし、そんな彼女の占いに感化され、崇拝し、配下となってしまった一般人の方も出てきてしまっています。このままではいずれ、被害者が出てしまうでしょう」
     もしそうなれば、美波の心にも深い影を落とすことになる。それは避けなければならない。
    「皆さんには午後四時頃の、この辺りにある裏路地に赴いてもらいます。そうすれば、占い師としてお客さんを待っている美波さんと接触できますから」
     接触した後は、まずは説得することになるだろう。
    「内容はお任せします。美波さんが完全なダークネスとならないよう、解決策などを含めて説得して下さい」
     その後は、説得の成否に関わらずソロモンの悪魔が顕現。戦うことになる。
     美波自身の力量はそこそこ、得物は水晶。夕日にかざし、光を放つことで、一列に対してトラウマかプレッシャーをばらまいてくる。威力もそこそこ高い。
     あるいは、水晶越しに相手を覗き込み誘惑の言葉を囁くことで、催眠の力を秘める高い威力の攻撃を仕掛けてくることもある。
     一方、配下となる強化された一般人の数は五人。概ね徒手空拳だが、そこそこの威力を持つ上にブレイクやジグザグの力を秘めている。更に、初期位置では前衛、中衛をになってくる厄介な存在だ。
    「以上で説明を終わります」
     メモを閉じ、葉月は居住まいを正していく。皆へと改めて向き直り、締めくくりの言葉を紡いでいく。
    「美波さんは元々優しい女の子。本当はこんなこと、望んでいないはずなんです。ですから、どうか灼滅者としての素養があるのなら救い出して来て下さい、完全なダークネスになってしまうようならば灼滅して救って下さい。何よりも無事に帰ってきてくださいね、約束ですよ?」


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    仙道・司(オウルバロン・d00813)
    甘粕・景持(龍毘の若武者・d01659)
    上河・水華(中学生神薙使い・d01954)
    フィーナル・フォスター(悠久の時告げる光・d03799)
    イノンド・ディル(雨下の魔法使い・d07978)
    凍島・極北(絶対零度・d08712)

    ■リプレイ

    ●占い屋・紅林美波
     ひと気はなく、陽射しもない。猫すら近寄ることはない路地裏に、訪れるものは風ばかり。
     刺すような寒さから逃れるためマフラーに顔を沈めつつ、甘粕・景持(龍毘の若武者・d01659)は電柱の影に身を隠した。
     瞳の中には、怪しげな黒いローブを纏った少女が……紅林美波の占い屋。
     さすがに冷えてきたのだろう。度々手をこすりあわせている。かと思えばローブの前を抱き締めて、肌の面積を減らしていた。
     そんな彼女の下へ向かっていく仲間たちを、景持は見送った。
     イノンド・ディル(雨下の魔法使い・d07978)もまたその場に残り、隙なく周囲を見回していく。
     美波がダークネスとして集めたという配下の姿は見られない。
     今はいないだけなのか、はたまた隠れているだけなのか……。
    「こんにちは」
     そうしている内に、凍島・極北(絶対零度・d08712)が接触を果たしていた。
     一呼吸分の間を置いて、美波がはっと顔を上げていく。
    「あっ、こ、こんにちは。ええと……」
    「占いの噂を聞いてやって来ましたの。わたくしも占いを嗜んでおりますもので」
     若干混乱しているような表情にも動じずに、極北は挨拶を終えて横に退いた。
     上河・水華(中学生神薙使い・d01954)が前に出て、軽く頭を下げていく。
    「こんにちは。少し占ってもらいたくてきたんだ」
    「あ……だったら、うん。いらっしゃいませ、何を占いましょうか?」
     客と聞き落ち着きを取り戻したのか、美波は営業スマイルを浮かべていく。氷華は小さく頷き返し、若干身構えながら口を開いた。
    「俺を頼って自分では動かない奴が居るんだがそういうときはどうしたらいいのだろうか?」
    「んー、それは家族かな? 友達かな? それとも――」
     ――美波の占いが始まった。今回は簡単な質問からキーワードを拾い助言を行うのだろうと、水華の後ろで見守るコルネリア・レーヴェンタール(幼き魔女・d08110)はあたりをつけていく。
    「……わかりました。それでは、少々お待ち下さい」
     コルネリアが想像した通り、簡単な質問の後に美波は水晶へと向き直り占いを開始した。
     ローブの隙間から覗く横顔は、ソロモンの悪魔による囁きを受け続けているとは思えないほど真剣なもの。
    「……」
     右手で左腕を抱き、コルネリアはぎゅっと力を込めていく。瞳を伏せ、静かな息を吐いていく。
    「っ!」
     占いには必要ない唇を噛む仕草を垣間見て、コルネリアははっと息を呑む。気取られないよう呼吸を整え、代わりに左腕を抱く力を強めていく。
     ソロモンの悪魔。人の欲望に付け込んで、闇の道へと導くダークネス。……優しい少女ですら変えてしまう、悪魔。
    「……終わりました。結果をお伝えします」
     抑えた声音で、美波は告げる。外見上は迷う様子など微塵もなく、辛い表情など露程も見せずに。
    「時が解決してくれる……とは中々行きません。一度見捨ててしまうという方法もありますが……」
     言葉が途切れ、重い沈黙が訪れる。
     深呼吸の音が響いた後に、再び言葉は紡がれた。
    「……いいえ、やはり変化が必要でしょう。貴方を頼れない状況に、その方を追い込んで見るのがいいかもしれません。具体的な方法までは、残念ながら……」
    「……」
     占いが終われば、次は説得。変化するだろう状況に備え身構えつつ、物陰に隠れ見守るフィーナル・フォスター(悠久の時告げる光・d03799)は瞳を細めていく。
     占いとは、誘惑に使うモノではなく何かに迷っている人の背中を優しく押してあげる事に使うモノ。抗いながらも精一杯体現しようとした彼女が正しい道を歩けるよう、静かな祈りを捧げるため……。

    ●悪魔の囁きは優しくて
     占いの結果、感謝のやり取りなどの後、次はどなたを……と訪ねてきた美波の前に、仙道・司(オウルバロン・d00813)が歩み出た。
     彼は尋ねる、先の占いの一文を。見捨てるなどと本心ではないのだろうと。
    「……なぜ?」
    「知っているから。貴方の心の悪魔が、力を与える事によって解決を囁くと。それは本当の解決じゃないって事も」
    「……」
     欠けた情報の中、それでも察することができたのだろう。美波はフードを外し、司に真剣な眼差しを向けていく。
    「占いは悩みを整理する手段にすぎないよね。相談者が自分の意思で結論を出すのが最善ですもの」
    「……ええ、その通り。私は、そのお手伝いをしているに過ぎないわ」
    「だったら!」
     小さく頷く様を前に、司は明るく声を張り上げる。
    「相手の気持に寄り添う言葉を掛けられる人で居て下さい。助言で人が幸せになるのが好き……その気持を忘れないで」
     盛り上がる司とは対照的に、美波は酷く落ち着いていた。ソロモンの悪魔と化してしまったわけではないことは、変化しない雰囲気から気取る事ができたけど……。
    「強く優しき貴方なら悪魔の囁きにも抗えるっ!」
    「……それで、貴方方は何をしに来たのでしょうか? 私は何をすればいいのでしょうか?」
     ――説明が抜けていた。己等の目的と、美波が精神論以外で何を行えば良いのかと言う事を。
     幸いなのは、声音に拒絶は見られない。急いているように思えるのは、目的はうすうす感じ取っているからか。
    「……占いとは、人を幸せに導くためのものです」
     改めて伝えるため、コルネリアが口を開く。静かな声音を響かせる。
    「決して操る道具ではないことは、あなたもご存知。……私達は、そんなあなたを元のあなたに戻すために来ました」
    「……本当に?」
    「ええ、本当に」
     その為に、ここにいる。彼らも、物陰に隠れている者たちも。
     美波が盛大なため息を吐き出した。天を仰ぎ、迷いながらも声を響かせた。
    「なら、私は何を……っ」
     声が途切れ、美波の気配が変化する。
     水晶を引き寄せ立ち上がっていく彼女を前に、睦月・恵理(北の魔女・d00531)はカードを掲げていく。
    「さあ、私にも占って。私の目の前の女の子が素敵な子かどうか、教えて下さいな!」
     ――Neverending Story。
     決して視線を逸らさずに、希望の光だけを瞳にたたえ、戦うために武装する。何処かより現れた五人の配下を乗り越えダークネスを滅ぼすため、物陰から姿を表した仲間たちと共に身構える。
    「私は魔女。誰かに素敵な魔法を届けたい気持ちは判るつもりです。ですから、胸のときめく占いと笑顔を一緒に守りたいんです。たった一人で今まで耐えて来た、強くて優しい女の子と。……さあ、貴女はその子をどう占いますか?」
    「決まっている」
     美波は、美波の姿を借りるソロモンの悪魔は歪んだ笑みを張り付かせた。
    「我が勝利、そして……!」
     されど最後までは紡がれない。笑顔も瞬く間に崩れ去る。
     恐らくは、美波が抗っているが故。
     確かな希望を感じ取り、恵理は大地を蹴って駆け出した。

    「アイギス……ワイドガード」
     ――yes、master。
     向かい来る配下たちを前にして、景持は盾を広げていく。放たれた拳を受け止めた後、体重を乗せて弾き返した。
     そのまま前線を押さえ込み、それ以上の進軍を許さない。横合いから蹴られてもオーラで防ぎ、殴られても日本刀で受け流し、ダメージを最小限に抑えていく。
    「力に飲まれそうなら……制御すればいい」
     ひと通りの攻撃をいなした後、意識を向けるは美波の下。盾の隙間から瞳を射抜き、優しく語りかけていく。
    「大丈夫、出来る場所を知っています。……僕達も一緒なんですよ……貴方と……」
    「っ!」
     破れかぶれの光線は、盾に隠れて回避した。
    「これが……貴方の望んでる事なのですか?」
    「……それを聞いて、どうする?」
     無表情を保っていた美波の表情が歪んだ笑顔へと変わっていく。
     構わず景持は続けていく。
    「……心で負けてはいけない。諦める必要は」
    「全て、先に言うべきだったな。それは、何をすればいいのかも分からぬ者にとって思いつく限りの唯一の方法だ」
    「でも!」
     抗う力が弱まったかケラケラと笑い始めた美波を横目に、水華は放つ石化の呪詛を。先頭に位置する配下を捉え、動きの精細さを著しく減退させていく。
    「お前にはまだ、先があるんだ! それだけは変わらない! だから、諦めずに抗え!」
    「頑張っている者に頑張ってと伝えても追い込むだけにしかならん!」
    「俺たちが止めてやる! お前が希望を抱いている限り!」
     反論にも屈せずに、ただただ言葉をぶつけていく。届いているのか否かが判るほど表情に変化は訪れなかったけれど……。
    「俺はお前を助けることを絶対に諦めない……だから……!」
    「……不安なく貴様らに委ねていたのならば届いたかもしれないな」
     叫ぶ水華を前にして、美波は溜息と共に語りだす。
     方法も分からぬまま、幾ばくかの信頼を鍵に委ねた戦い。いつ終わるのかというビジョンも見えないから、全身全霊を持って抗うだけ。
    「もとよりしていることを頑張れと囁く、ああ、なんと残酷な事だろう。頑張っているのに、周囲には怠けていると思われているように見えていると感じてしまうのだから」
    「……」
     鋭さを増していくようにも思える水晶の輝きが、前線で戦う者たちを焼いていく。霊犬のカルムを一瞥し、支障ないと判断し、フィーナルは配下へと糸を放っていく。
     縦横無尽に波打たせ、強化された体を切り裂いた。
     後一撃で倒せるからと、カルムは踵を返し別の個体へと向かっていく。
     斬魔刀が軽く配下を薙ぐ中で、フィーナルは美波へと視線を移した。
    「私には自分を信じる強さがあります」
    「他人を信じる強さはないのに?」
    「紅林さんも……いいえ、紅林さんを、信じます。貴方に、抗うだけの強さがあると」
     思いのままに言葉を切り替え、再び配下へと意識を移す。
     司の投じた冷たき糸が先頭に立つ配下を優しく包み、意識だけを刈り取った。
     引き戻す勢いのままに美波へと向き直り、元気な笑顔を向けていく。
    「そう……美波さん、私は信じてる……貴方が自分の意思で最善の結論を出すとっ!」
    「その為にも……あなたたちは、邪魔です」
     横合いを、イノンドの呪いが駆け抜けた。
     姿勢を崩す個体諸共、ビハインドのフェンネルが空間を震わせ薙ぎ払う。
     反撃も、威力自体も、決して強いわけではない。呪いにさえ気をつければ問題なく戦える。
     攻めの姿勢を保ち雪崩れ込む。少しでも早く、美波をソロモンの悪魔から開放するために……。

    ●導き出された明るい未来
     細かな傷を受けながらも、配下は無事なぎ倒した。イノンドは寝息を聞き生きていることを確信した後、美波へと向き直る。
     魔力を数本の矢にして放ったなら、合間をフェンネルが駆けていく。水晶を掲げて矢を防いだのに合わせて屈み込み、力強い足払いを打ち据えた。
     よろめいた隙を見逃さず、ライドキャリバーが突撃する。
    「……恐らくはあなたが思っている通り、地位も、お金も、名誉も、人の心も、その力があれば思うがまま」
     主たる極北も魔法の弾丸を撃ち出して、度重なる打撃を前によろめく美波を貫いた。
    「けれど、どこにも幸せはない。少なくとも、あなたにとっては……ね」
    「くっ……」
     色を変えた説得の言葉に、美波の表情が歪んでいく。されど唇から漏れ出るは、誘惑にも似た呪いの言葉。
    「だが、人は大概にして地位や金や名誉があれば幸せなもの。なくとも幸せなど一部の例外……!」
    「今は美波の事を話しているのですわよ?」
     全く動じた様子なく、極北は優雅に受け流す。再びキャリバーに突撃させながら、弾丸の生成を開始する。
     再び放たれんとした反撃の囁きは、景持が割り込み受けきった。
    「さあ、目覚めましょう。助けを必要とする人たちのためにも!」
     ナノナノのふぃーばーによる治療を受けながら、更に距離を詰めていく。
     ふぃーばーの主たるコルネリアは天を示し、激しく輝く轟雷を。
    「ソロモンの悪魔……あなたに、居場所はありません」
     誤ることなく落ちる雷に、追随するは極北の弾。
     避ける事もできずよろめく美波。動きが鈍っているのは、きっと……。
    「今も美波さんは戦ってるのよね、判るわよ」
    「何を……」
     笑顔を浮かべ、朗々と声を張り上げて、恵理は紡ぐ信頼の言葉を。
    「占う未来も描けない言いなりの下僕を作るだけの偽占いじゃ、彼女の望みに掠りもしない! 乗っ取れなくて当然よね、誘惑下手の悪魔さん!」
    「ッ……!」
     畳み掛けるような煽りを受け、美波の顔が憤怒に歪む。されど、水晶より放たれた光は弱々しい。
     難なく弾き、恵理は放つ。ダークネスを打ち砕くための魔法の弾を。
    「これで、終わりね」
     掲げられた水晶を貫き、打ち砕き、胸元へと打ち込んだ。さすれば断末魔の声を上げることすらできず倒れ始めて行く。
    「……誰かを助ける為に力を使用すれば、いつの日か自分を助ける力になると私は思っています」
    「……ええ」
     得物を仕舞い語りかけるフィーナルに、美波は優しく微笑み返す。されど倒れ続けていく彼女の体は、カルムが素早く支えていく。
     風に乗り聞こえてくる、安らかな息遣い。無事救い出せたのだと、誰からともなく安堵の息が漏れていた。

     空に茜色が混じり始める頃、美波は静かに目を覚ました。軽く首をかしげた後、恵理に抱きしめられていることに気がついて、小さく目を瞬かせていく。
    「あ、えっと……」
    「助けたかっただけで、支配したかった訳じゃないんだもの……辛かったよね」
    「……あ」
     周囲には、同様に安全な形で寝かされている配下だった者たち。目覚めたなら朧げな記憶の中、自分を取り戻して日常生活へと戻るのだろう。
    「貴女は悪魔に最後まで抗えた。それは貴女の願いが綺麗だった証……だから、どうか諦めないで。もう一人で抱え込む必要はないから……」
    「……うん」
     瞳を閉じ、美波は恵理を抱き返す。小さな涙を零して行く。
     安堵か、懺悔か……いずれにせよ、致命的なことが起きる前に救い出せたことに違いはない。
     しばし温もりを得た後に立ち上がろうとしたけれど、腰が抜けてしまったよう。だから極北が手を引いて、優しく支えてあげるのだ。
    「行きましょう美波。わたくし達と一緒なら、きっと楽しい未来になりますわ」
    「……ええ」
    「あ、もし下宿先に困るようであれば寮を紹介……いや、なんと言うべきか」
     武蔵坂学園を紹介した後、水華が選択肢を示していく。
     ありがとう、と語る美波の表情は明るくて、とても優しい笑顔だった。
    「え、えっと」
     だからだろう、司は真っ赤になりながらも切り出した。
    「今度ボクも占って貰えますか。れ、恋愛運とか」
    「ええ、もちろん!」
     そう遠くない未来、占い師への約束を。コルネリアとも契を交わした。
     語る声音に迷いはない。美波はこれからも、占いで導き続けていく。
     優しく、暖かく、少しだけ迷っている人々を。自分が救い出された分も含めて、全力で……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 1
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