戦神アポリアの提案~闇の同盟

    作者:九連夜

    「お集まりいただきありがとうございます。六六六人衆第七一位、『戦神アポリア』から武蔵坂学園に同盟締結の打診がありました」
     そう言って教室にに集まった灼滅者たちに軽く頭を下げた五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)の表情はいつになく難しいものだった。
    『戦神アポリア』。
     元は学園で共に戦った仲間である狐雅原・あきら(戦神・d00502)の闇堕ちした姿。武蔵坂学園の立場と六六六人衆の本質を知る彼の提案は、ある意味理にかなったものだった。
     曰く……。
    「灼滅者対が六六六人衆の全面戦争は人間社会に甚大な被害をもたらす」
    「しかし六六六人衆は仲間内での序列争いが目的で人間社会の支配に興味は無い」
    「現に六六六人衆のプロデューサーであるミスター宍戸は『人間』だ」
    「六六六人衆が人を殺すことに異論はあるだろうがこれはある種の自然の摂理であり、一定の人数を確保できるのならば、ある程度は武蔵坂学園の意向に従う用意がある」
    「六六六人衆の総数は他のダークネスに比べて非常に少なく、これは現実的な提案のはず」
     つまり殺戮に一定の条件を設けることで衝突を避けられないか、ということだ。
    「しかし、その条件というのが、非常に六六六人衆らしいというか……殺戮する人間の種類を指定して欲しいのだそうです」
     共存を望む場合、犯罪者に限る、老人に限る、外国人に限る、無職者に限る……など、武蔵坂学園が受け入れられる条件を考えて欲しい。そして指定する場所に『六六六人衆が殺戮しても良い人間のサンプル』を連れてきてもらいたい。
    「それをもって同盟の締結としたい、とのことです」
     姫子は灼滅者たちの表情を窺うようにわずかに語調を落とした。
    「……『戦神アポリア』は、六六六人衆が殺戮しても良い人間を10名連れて来るように連絡してきました。受け取り場所のそれぞれについて、10名の一般人です。1ヶ所だけではそのチームの独断であり、武蔵坂の総意では無い可能性が高いと考えたのでしょうね」
     そして多数指定された引渡し場所の過半数で10名の一般人が受け渡されたならば、他の引渡し場所で戦闘となったとしても、武蔵坂学園は同盟の意思があるものとみなす。そして次の交渉に入る。
     それが同盟締結の条件。逆に過半数の場所で引渡しが行われなかった場合は、今回の同盟提案は取り下げる……。
    「情緒的にはこの提案を受け入れる事は難しいでしょう。しかし彼の提案は一定の真実を含んでおり、検討の余地があることも事実です。ですから」
     姫子は皆の顔をぐるりと見回した。
    「この同盟提案をどう扱うかは、灼滅者の皆さんにお任せします。受け入れるならば10名の一般人を連れて引き渡し場所に。受け入れないのならば、戦争は不可避となるので、敵戦力を削る為にも引渡し場所の六六六人衆の撃破をお願いします」
     そして彼女は指定された引き渡し場所の一つについて説明した。
     鎌倉にほど近い海岸に立つ廃棄された倉庫。そこに深夜に10名を連れて来ること。なんとか電源は生きているので、会話にしろ戦闘にしろ困ることはないとのことだ。
    「向こうの使者は『閃光の刃』佐野原十次、と名乗る六六六人衆ですが、まだナンバーを得られておらず実力的にも六〇〇番台後半レベルですね。六六六人衆固有と解体ナイフ相当のサイキックの他には特殊能力もなく、一対一では流石に厳しいですが、皆さん全員であれば灼滅が可能な程度の実力でしょう。しかし……」
     姫子の説明は溜息まじりだった。
    「六六六人衆にはハンドレッドナンバーとして合流した闇堕ち灼滅者も多いので、こちらの情報はかなり漏れているのでしょう。この同盟提案も例のミスター宍戸のプロデュースで、六六六人衆の上位層も承認していると推測できますが、それなりに筋が通っているのが問題ですね。いずれにしても、決めるのは皆様です」
     姫子は表情を改めると、再び灼滅者たちに頭を下げた。
    「いかなる形にせよ、悔いの無い決断をお願いします」


    参加者
    皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(はお布施で食べていきたい・d11167)
    六藤・薫(アングリーラビット・d11295)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    九条・御調(宝石のように煌く奇跡・d20996)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)
    倉丈・姫月(白兎の騎士・d24431)

    ■リプレイ

     夏の夜の星空の下。夏至の夜に魔の山に集うという伝説の魔女さながらに、箒に跨がった人影が躍った。
    「ふう、いい風」
     ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)は昼間の熱をまだわずかに帯びた夜風を受けてなびく髪をかき上げると、大きく身体を傾けて眼下の建物とその周囲を観察した。
    「建物の様子に変化なし。周囲に一切の動きなし。近づいてくる車や船もなさそう……っと、そろそろ時間ね」
     腕時計に目を落とすと一気に高度を下げる。急降下から地面に激突……と見えた瞬間、体勢を立て直してふわりと着地。箒から降りて顔を上げたところへ小柄な人影が走り寄ってきた。
    「どうじゃ、何か異常はあったか?」
     直前で急停止し、声を抑えて問いかけた倉丈・姫月(白兎の騎士・d24431)に対し、ヴィントミューレは首を横に振った。
    「いえ何も。そちらは?」
    「おう。隣の倉庫の裏にその、佐野原とかいう奴が乗ってきたらしき車があったわ。あれなら何とか10人を詰め込めそうじゃな」
     少し得意そうに言った姫月は、そこでわずかに思案げな表情になって腕を組んだ。
    「罠も待ち伏せも無し、10人を連れ帰る用意まであるとなると、本当にこの話自体に裏は無しか? 彼奴らの提案のそもそもの意図は読めぬが、ならばここは素直に敵を討って返答とすべきかの」
    「さて、それはどうでしょう」
     倉庫に繋がる道路の先、何かが来るかも知れぬその方向をじっと見つめていた九条・御調(宝石のように煌く奇跡・d20996)が、ふと振り向くとどこか歌を口ずさむような口調で答えた。
    「逃がさないようにしたいですけれども、危険な目に遭ってまで深追いする必要もなさそうですよね……?」
     任務の目的が敵に拒否の意を示すことならば、灼滅は言い方は悪いがそのついで。そこに固執して返り討たれ、闇堕ち者を出しでもすればむしろこちらの被害が甚大となる。そうやんわりと指摘した御調に姫月は苦笑を返した。
    「わかっておるわ、無理をする気はない。ところで奇襲班は?」
    「薫くんならさっき裏手の方へ。スマホに連絡がありました、進入路を見つけたみたいですね」
     御調はしなやかに腕を上げて闇の向こうを指さした。その先の方へ目を向けたヴィントミューレが小さくうなずいた。
    「準備は全て完了ね。では私たちも突撃班に合流しましょう」
     その青い眼が倉庫入り口の大きなシャッターと、その横の小さな通用口に向けられる。
    「さて、中はどうなっているかな……?」

    ●交渉、あるいは詐術
    「ふざけるな!」
     さほど大きくもない倉庫の中、まだ若い声の怒号が壁で幾重にも反響しながら響いた。
    「来たには来たが「見本」を一人も連れてきていないだと?」
     壁際に若干の廃材が散らばる以外はがらんどうの倉庫の、その中央に鬼気を纏って立つ高校生ぐらいの男の表情は明らかに苛立っていた。殺気すら籠もったその声に答えたのはあくまでもマイペースの、のほほんとした声だった。
    「まぁそう言われましてもねぇ。殺してもいい10人をとか言われると、こちらとしても用意するのに時間がかかるんですよぉ」
     船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)はいきり立つ相手に素のままの笑顔を向けると、背負っていたリュックを下ろしてその中からお茶のポットとお菓子の袋を取り出してみせた。
    「私たちは先行で連絡に来ただけですから、まだしばらく待たないといけないと思うんですよぉ。それまで一緒にどうですかぁ?」
    「舐めるんじゃねえ! 六六六人衆相手にそんな戯れ言を吐くなんざ、いい度胸――」
    「ふむ」
     沸騰直前まで苛立った相手の様子を観察し、あまり煽りすぎても逆効果かと考えた皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)は細い手を伸ばして亜綾の前を遮るようにした。
    「気を悪くさせたなら謝る、佐野原……殿。しかし我々にも都合がある。そちらにも都合があるように」
     ダークネスの視線が零桜奈に向いた。疑念の眼が彼ののみならず周囲の3人の顔をもなめ回す。
    「都合だ? 交渉するなら約束時間に間に合わせるのも含めてだろ? 俺らダークネスに対してそんな言い訳が通るとでも?」
    (「チンピラダークネスのくせに正論を吐きよる」)
     そんなことを考えながらワルゼー・マシュヴァンテ(はお布施で食べていきたい・d11167)は会話に割って入った。
    「まあそう言わんでくれ。貴殿とて元は人間だったはず、人間の社会の面倒くささは熟知しておるであろう。それにだ」
     これも素のままの、しかし亜綾とは正反対の傲岸不遜な態度で言い放つ。
    「武藏坂と同盟を組もうというには、あまりにも条件が厳しくないか? もう少し譲歩して貰えれば、我々も再考の余地があるのだがな」
     再考。
     つまり、実は現在の条件で同盟を組もうという意思などなく、今やっていることは時間稼ぎ。
     その事実を正しく連想されると非常にまずいことになると気づき、ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)は急いで前に進み出て己が教祖様(注:ワルゼーのこと)の言葉を誤魔化しにかかった。
    「ここは私にお任せを。……佐野原殿。誇り高きダークネスの一員である貴殿がお腹立ちになるのも当然と思います。されど」
     事前情報では相手は厨二病患者の気があるとのこと。ならばそういう台詞で相手の気を惹けばいいと気づいたユーリーは己の心のリミッターを解き放ち、相手の目をのぞき込むように見つめつつ微笑を浮かべた。
    「聞いておられると思いますが、我ら灼滅者は己の非力さを知恵と勇気で補い修羅場をくぐり抜けてきた者。そう、武蔵坂学園は数多のダークネスが集う恐るべき戦場の数々を超えて、この場に立つまでに至りました。ですから」
     右腕を胸の前に、左腕を腰の後に回し、頭を下げて古式の大仰な礼をとってみせる。
    「殺戮の名手揃いの皆様、六六六人衆との同盟交渉の使者として、武蔵坂より参った我らのこともまた、認めてはいただけないでしょうか」
    「ふん」
     佐野原は鼻で笑うように返答した。が、どこか嬉しそうだった。ユーリーがたてた作戦に見事にハマったようだった。
    「数任せの戦いでのし上がってきたって聞いてるぜ? ま、どんな手であれ勝ちは勝ちだ、その点は認めてやるさ。それで、待てっていうのは実際にどのぐらいの話だ? 限度ってものがあるぞ」
    「それは……」
     さてどうつじつまを合わせたものかと、ユーリーが考え始めたときだった。シャッター脇の通用門が開き、3人の男女が入ってきた。ヴィントミューレと御調と姫月。警戒班、と認識した零桜奈が即座に駆け寄り、小声で尋ねた。
    「状況は?」
    「罠も増援も兆候無し。想定通りに」
     御調が微笑と共に短く応じる。
    (「お。来たか」)
     ほぼ同時にワルゼーのポケットの中のスマートフォンが震えた。別行動中の六藤・薫(アングリーラビット・d11295)が配置についたという合図だった。さりげない動作で仲間たちにそれを知らせつつ、ワルゼーは振り向いた。
    「待たせたが、どうやらようやく準備が整ったようだ」
     手早くポットやらお菓子やらを片付けながら、亜綾が言葉を続ける。
    「それでは引き渡しますねぇ」
     にっこりと笑う。
    「引導を」
     それはあまりに自然な調子だったため、佐野原の反応が一瞬、遅れた。
     それが戦いの明暗を分けた。

    ●一つの回答
     金属がひしゃげる嫌な音が倉庫内に響き渡った。破壊された換気扇の残骸の影から弾丸のように躍り出たのは紫と黒の影。
    「アンタも貧乏くじ引いちまったな」
     佐野原が振り向いて見上げるよりも早く、薫は右手の縛霊手を振り上げる。
    「望みの無い同盟の使い走りなんてよ!」
     空中から真下に叩きつけられた強烈な一撃は過たず佐野原の首筋を捉え、コンクリの床に這いつくばらせんばかりによろめかせた。
    「な、貴様ら!」
    「汚いのは承知の上、ですが……」
     くるりと一回転して着地した薫の脇から、「暁王」を銘を持つ剣を手にユーリーが突進する。
    「このぐらいやらねば、六六六人衆の皆様には勝てませんのでね!」
    「っ! ざ、けんなっ!」
     ユーリーの袈裟懸けの一刀に合わせるように佐野原が右手のナイフを逆袈裟に振るう。互いの刃は共に胸の辺りに食い込み、二人は駆け違うように飛び離れた。
    「直します!」
     即座に御調が上げた手から光が放たれ、ユーリーの傷を癒やす。代わって躍り出たのはエアシューズの駆動音を響かせた姫月だ。
    「この同盟話、最終的には他勢力対策が狙いかの? 個々の戦闘力は兎も角連携はないからのお主らは」
     助走をつけて一気に宙に舞うその技はスターゲイザー。強烈な跳び蹴りと共に問いの言葉を叩き込む。
    「それとも何らかの法で我らを取り込む心算では無かろうかの?」
    「いまさら教えるかよ! この、クソガキがあ!」
     佐野原は両腕を交差して打撃をこらえ、絶叫と共に大きく後に跳んで間合いを空ける。そこへワルゼーの槍と零桜奈の剣が同時に殺到し、さらに敵の回避ルートを封じるようにヴィントミューレと亜綾のバスタービームが放たれた。佐野原はとっさに受け止め、あるいはかわす。だが全ては捌ききれなかった。新たに少なからぬ傷を負い、彼は再び絶叫する。同時に漆黒の殺気が噴出した。
    「まとめて、死ねぇ!」
     殺気は後衛陣の間を駆け巡り少なからぬ被害を与えたが、そこまでだった。
    「っと。流石に一筋縄じゃいかねえな。だが」
     次の攻撃の期を窺いながら呟いた薫に。
    「ええ、これなら行けそうですね」
     御調が己の傷を癒やしながら明るく応じた。
     さらに互いの技がかわされ、怒号が飛び交い、幾つもの傷が刻まれる。だが時がたつにつれて灼滅者たちの優位は明らかになっていった。佐野原は決して弱くはなく少なからぬ傷を負わされはするものの、御調のあるいは傷を負った者自身の治癒により戦闘不能に至ることはなく、やがて再び薫が叩きつけた縛霊手の直撃を受けて佐野原の眼が泳いだ。自身の不利を悟り、逃亡を考え始めたようだった。
    「逃がさぬ! シス・テマ教団の力を見るがよい!」
     朗々と歌い上げるようにワルゼーが宣言し槍を掲げる。その元に集うかのように御調と姫月とユーリーが同時に動いた。
    「行きます!」「続くのじゃ!」「合わせます!」
     前に出た御調の縛霊手が打ち据え、姫月の跳び蹴りが突き刺さり、ユーリーの炎の一刀が切り裂く。
    「受けてみよ!」
     さらに螺旋状の気をまとったワルゼーの槍が突き込まれ、胸の中心を直撃された佐野原の膝が落ちかけた。
    「貴様がリーダーかっ!」
     局所的な事実の指摘と共に反撃のナイフが振るわれたが、ワルゼーはあえてかわさず受けた。胸を大きく切り裂かれながらも一歩前に出て微笑した。
    「どうした、六六六人衆がこの程度か?」
    「く、そ……」
    「今こそ裁きの時ね。この交渉に正義があるのかどうか神に問うといいわ」
     怨念のうめきを上げた敵にヴィントミューレが言い放つ。
    「受けなさい、これがあなたに対する洗礼の光よっ」
     ジャッジメントレイ、裁きの光の名を冠する技が少女の手から放たれ、ダークネスを貫く。彼はたまらず膝をついた。今こそ決め時と見た亜綾が己の霊犬を抱え上げた。
    「いきますよぉ、烈光さん」
     肩の後に大きく引くと、投球のようなフォームで投げつける。(注:斬魔刀です)
     どこかあきらめ顔の烈光は宙をくるくる舞いながら敵に斬りつけ……ようとして、見栄も外聞も無く地面を転がった佐野原にかわされてそのまま彼方へと飛んでいった。
    「あれ? ま、いっかぁ、必殺ぅ、烈光さんミサイル抜きグラヴィティインパクトっ」
     右腕のバベルブレイカーのジェット噴射と共に佐野原の懐に飛び込み。
    「ハートブレイクエンド、ですぅ!」
     一呼吸おいてトリガーが引かれ、心臓を狙った一撃はわずかに外れて水月に撃ち込まれた。
    「ま、まだ……」
     息も絶え絶えとなった佐野原はそれでも大きく跳び下がり、逃亡の機会を狙う。が。
    「とどめだ」
    「…」
     冷徹に宣言した薫に無言で立ちはだかる零桜奈。退路を塞ぐ形に布陣した二人が同時に突進した。助走をつけて跳んだ薫の蹴りが佐野原の顎を蹴り上げ、浮きかけたその身体を零桜奈の叩き潰すような凄絶な唐竹割りの斬撃が捉えて。
    「……あ」
     微かな声を残して、六六六人衆からの使者は灼滅された。

    ●新たな明日へ
    「ふう」
     一刀を振り下ろした残心の姿勢のままで、零桜奈は大きく息を吐き出した。そのまま塵と化して消えゆく敵の姿を見つめる。
    (「人殺しは…こちらもだけど…赦されるはずもない…」)
     いかなる言い訳をつけようとも殺しは殺し。そこに妥協の余地はないのだと、彼は己の信念を確かめる。その隣で、同じく敵の消えた空間を見つめながらも、ワルゼーはまったく別の思いにふけっていた。
    (「いくら666との正面衝突を避けるとはいえ、こんな無謀な提案を武藏坂が飲むとは、奴らも思ってはいまい。となると奴らの狙いは同盟以外の何か……警戒せねばなるまいな」)
     そこまで考えたところで、彼女は別の可能性に思い当たった。
    「……いやひょっとすると、一種の威力偵察か? 複数の使い捨てのメンバーを使って武蔵坂全体の反応を確認しにきた、という線もあるか」
     学園が上意下達式の一枚岩の組織ではないことはすでに知られているはず。提案に対する回答の「割合」を見ることで学園が本当に意図していることがわかる、そのように「読まれた」可能性はないか?
     そんなことを考えながら顔を上げると姫月と視線が合った。姫月がうなずいた。
    「こちらの事情が筒抜けとなると……此度同盟を持ち掛けたのは強大なヴァンパイア対策かもしれませぬな。それとも……」
     最後の言葉は口にされずに消えた。
    (「本当にこのまま我らを取り込む腹積もりか。例えばもし、強制的に闇堕ちを誘発させる術があれば……」)
    「ともあれ、任務は完了です。戻って学園に報告しましょう」
     思案にふける姫月とワルゼーに、ユーリーが努めて明るく語りかけた。
    「そうです。先のことは、他の戦場の結果を見てから改めて考えても遅くはありませんしね」
     御調が明るく、もの柔らかに応じる。
    「じゃ、学園に戻るとすっか」
     薫は素早く身支度を調えると己の戦果を確かめるように最後に倉庫の中をぐるりと見回し、そのまま踵を返して歩き出した。
    「烈光さぁん、帰りますよぉ」
     投げ捨てられてもとい最後の突撃が外れて壁際でうずくまったままの使い魔に声をかけ、亜綾もさっさと歩き始める。
    「さて、明日はどうなっているかしらね」
     ヴィントミューレはどこか楽しげに独語すると、外に続く扉を大きく開け放つ。途端に吹き込んできた夏の熱い夜風を浴びて、彼女はわずかに眼を細めた。

     ――そして彼らが一つの回答を示したこの戦いを経て、武蔵坂学園と六六六人衆の争いはまた新たな局面を迎えることになる。

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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