キミのともだち。

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     放課後の校庭。
     すみにあるうさぎ小屋。
     キミは今日も、いつものようにその前に居て、小松菜の葉っぱを食べるうさぎをいとおしそうにじっと見つめている。
     
    「春日谷?」
    「は、はいっ!?」
    「……お前、何でいつも丁寧語なんだ」
    「すっすすすみません」
    「いや、別にいいけど」
     
     好きなのか、うさぎ。
     キミは言った。わたしは、こくんと頷いた。
     ほんとうの事だ。けれど、どこか嘘をついているみたいに思ってしまうのが、つらい。
     キミを見に来ているから、なんて言ったら、うさぎはどんな顔をするだろう。
     聞いているかな。長い耳をひくりとさせて。赤い瞳を、すこし不機嫌そうにゆがめるかな。
     キミなら、きっとうさぎの気持ちがわかるんだろう。
     それでも、仔うさぎのように縮こまってふるえる、わたしの気持ちばかりは届かない。
     ごめんね、うさぎ。そしてキミにも、きっとごめんなさいを言わなきゃいけない。
     けれど、弱いわたしは隣にすら立てず、金網越しに飼育小屋のうさぎを眺めるキミの後ろ姿だけをいつも追っている。
     秘めたままの言葉を口にすることがかなわないのなら、いっそわたしも、ただキミに愛されるだけの生き物になってしまえたら、よかったのかもしれない。
     
    「……春日谷?」
     ふと、怪訝な顔をしてキミは振り向いた。
     どうしてそんなに驚いた顔をしているのだろう。
     けれどなんだか、今なら勇気が出そうな気がして。
     
     わたしは、大きな口をぐおんとひらいた。
     
    ●warning
    「恋してる女の子って、応援したくなっちゃうよね! 今日はね、そんな子を闇堕ちから助けてあげてほしいんだ。名前は、春日谷のの花さん。中学三年生だよ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が、教室に集まった灼滅者達を見まわして言う。
     毎日のように起きている、一般人が闇落ちしてダークネスになる事件。春日谷のの花にもまた、灼滅者として目覚める可能性が残されているのだという。
     
    「えっとね。のの花さんには、好きな人がいたのっ! 篠田康平さんっていう同級生の男の子で、お家がペットショップなんだって。無口でクールなんだけど動物好きな優しい子で、彼自身も、動物に好かれる才能があるみたいだね。学校では飼育委員をやってるみたいだよ!」
     まりんは丸い眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせながら、一気にまくし立てた。
     それとこれと何の関係があるんだ……? という灼滅者たちの視線を受け、軽く咳払いをする。
    「お、おほんっ。それでね、のの花さんも動物好きでね、時々うさぎを見に行ってたのがきっかけだったみたいなんだけど。また、のの花さんが、すごく照れ屋さんな子でね……なかなか篠田さんと上手く話せなくて、色々悩んじゃってたみたいだね」
     いっそ私も動物になって、彼に甘えてしまえたらいいのに――そんな切ない恋心は、のの花を異形の獣へ変えるという最悪の形で表れてしまった。
     
    「篠田さんの前で、のの花さんはイフリートに変身しちゃうんだ。そして本能のまま、彼にじゃれついて――殺してしまうの。みんなはそこに止めに入ってほしいな。のの花さんにはまだ人間の心が残ってるから、呼びかけてあげれば止められるよ!」
    「でも、俺女子の恋愛とかよくわかんねーんだけど……」
    「そんな人のためにこれっ! じゃーん!」
     そういってまりんが鞄から取り出したのは……どこからどう見ても犬用のフリスビーだった。
    「……何これ」
    「のの花さんには篠田さんと友達になりたい、遊びたい! って強い気持ちがあるから、こういうペット用のおもちゃとかにも釣られてくれるはずだよっ。後は……どうせ避難させてる時間がないなら、篠田さんを説得して、止めるのを手伝ってもらうのもアリかな?」
     どういう手段を取るかは任せるけど、すべて通じなかったときは灼滅するしかないかな……そう言って、まりんは軽く肩を落とした。
    「でも、みんなならきっとやってくれるって、私信じてるからね。いってらっしゃい!」


    参加者
    ビスカーチャ・スカルチノフ(しべりあんぶりざーど?・d00542)
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)
    冥賀・ルイ(小学生ファイアブラッド・d00724)
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    迅・正流(黒影の剣士・d02428)
    藤森・一刀(心義一刀・d09000)

    ■リプレイ

    ●1
     喉の奥からぐる、ぐると、しわがれた不思議な声が漏れる。
     キミは、瞳を大きく見開いて――それから。

     春日谷のの花であったその『獣』が、地を蹴り跳躍する。
    「危ない!」
     間一髪、のの花と篠田の間に藤森・一刀(心義一刀・d09000) が滑り込んだ。
     救えるのなら、救いたい。
     それは飾りない、人としての善意だ。だから、わざわざ正義の味方を謳うつもりはない。
     ──可能性があるのなら、俺はそれに賭けよう。
     まだ獲物は抜かない。炎を纏った獣の痛烈な体当たりを、真っ向から受け止めた一刀の身体が数メートル程空を舞った。白い上着に火が燻ぶる。兎小屋へ向かわなかったのは幸運だったろう。
     右手にスレイヤーカードを掲げ、迅・正流(黒影の剣士・d02428)が鋭く声を上げた。
    「『鎧鴉!』」
     長身の足元から止まり木のように伸びる影。そこから小さな影鴉が無数に飛び立ち、正流の身体のそこかしこに嘴を突き立てれば、鴉を模る漆黒の鎧となる。左右非対称の形状は歪なれど、確かな威厳と時を刻んだ風格を漂わせる。
     最後に一際大きな影鴉が右手にとまり、身の丈よりも大きな剣へと変じる――常人の目では捉えることの叶わぬ速さ。
     爆炎の弾丸が爆ぜ、火の粉が舞う。一体何事かと、篠田は茫然とした様子だった。素早く前線へ戻った一刀が、口を開く。
    「篠田さん。落ち着け、とは言わない。まずは話を聞いてくれ」
    「あんた、無事なのか……一体誰だ? それにあの生き物は」
    「信じられないかもしれないけど、あれは春日谷さんなんだ。彼女には、不思議な力を発現させる才能がある。俺達もそうだ」
    「何だって……」
     篠田は信じられないといった様子で獣を見やった。数秒差で駆けつけた仲間達が、殲術道具と共にボールやフリスビーを握り獣に詰め寄る。一般生徒への対応に回っていたシャルロッテ・モルゲンシュテルン(黎明の唄・d05090)が走ってきた。
    「下校中の生徒さんたちは帰らせマシタヨ。それデハ……『MusicStart!』」
     カードから取り出したギターを挨拶代わりにかき鳴らし、ふんわりと微笑む。
    「思いの乗った言葉の強さ、お見せしマスネ!」
    「準備オッケーね。ほら、のの花先輩! 一緒に遊びましょう!」
     守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)がフリスビーを高く掲げ、杖で人気の無い方向を指し示した。アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)がその方角目がけてボールを投げる。
    「とってこーいっす!」
     うぉん! と高く吼え、獣はボールを追って走って行った。負けじとその横を並走するのはビスカーチャ・スカルチノフ(しべりあんぶりざーど?・d00542)と、霊犬の八丸だ。
    「ワタシも八丸さんも、あなたには、負けマセンヨッ!」
    「わんわんっ!」
     わんこしっぽとわんこみみをふわふわ揺らし、わんこ首輪まで装備したビスカーチャは気合十分。大好きなわんこになりきって全力疾走だ。八丸も、刀を落とさないよう必死に咥えて走る。二人に負けまいと獣も全力スライディングで応戦し、ボールを口でキャッチした。
    「よくできましたっすー」
    「ぐるるぅ」
     アプリコーゼに頭を撫でられた獣は、満足気に炎の尾を振っている。あくまで彼女の場合はだが、遊ぶことで一先ずイフリートの殺戮衝動を抑えることができそうだ。
    「あれが……本当に春日谷なのか?」
    「残念ながらそうなんだよね」
     篠田が微妙な顔をするわけも分からなくない。今一つ緊張感に欠ける光景に苦笑しつつ、セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)がカードを掲げた。
     望んだところで、容易く叶う夢なんてないけれど。其れでも、こんな形で終わらせるつもりはない。
    「『真白なる夢を、此処に』」
     雪の様な白い光が、ふわりと舞った。それはやがて一つの束となりセリルの左手に収まると、槍の穂先を持つ六花の聖杖へと変じる。
    「――さあ、いこうか」
     どんな悪夢の結末が身を焦がそうとも、雪華に秘めた決意は溶かさない。

    ●2
     ――おおきい。
     大きな翠の瞳が瞬いた。己の目線より遥か上にある獣の顔を見上げ、冥賀・ルイ(小学生ファイアブラッド・d00724)は素直にそう感じる。けれど、これはのの花なのだと思い直す。
     まだ幼いルイには、恋の話はすこし難しい。けれど。
    「(大すきな人がいるなら、きっと、闇堕ちからもどってこられるって、思います……)」
     人の心はそういう『チカラ』を持っているのだと聞いたことがある。愛する者を守る力を欲したその時、ルイの心に灯火が宿ったように。きっと、これは同じものだと感じることができる。
    「みなさん……やけどに、気をつけて、ください……!」
     ルイの展開した障壁が前衛に立つ面々を防御し、炎への耐性を高めた。
    「次は私が投げるよ! それっ!」
    「わっふー」
    「八丸さん、次は絶対に取るのデス!」
     結衣奈の投げたフリスビーを追って、獣ののの花が。その後ろをビスカーチャに八丸、アプリコーゼが走る。わんこの耳と尻尾は、アプリコーゼのトレードマーク。ビスカーチャ達にも対抗心を感じるところ。
    「負けないっすよー。おすわりっ!」
    「うぉんっ」
    「oh!」
     ついついおすわりしてしまうのの花にビスカーチャ。勝負はその隙をついて前に出たアプリコーゼと、主人の命令を守ろうとひた走る健気な八丸の一騎撃ちだ。
     一歩早かったアプリコーゼがフリスビーをキャッチした。しっかり口でくわえるわんこっぷりも発揮し、尾を揺らしながら結衣奈のところへ駆けていく。
    「すっごーい!」
     思いがけぬ芸に、つい瞳を耀かせる結衣奈。
    「次はこれで綱引き勝負っ……わ、ちょっとタンマっす!」
     紐のついたおもちゃを掲げれば、たちまち食いつく獣。凄まじい力にアプリコーゼがずるずると引っ張られていく。
    「あの犬人間はあんた達の仲間か……?」
     遠くで篠田が首を傾げた。正流と一刀は取りあえず頷く。
    「突然の事で難しいでしょうが、春日谷嬢の命を救う為……力を貸して頂きたい。貴方の呼び掛けが有れば、彼女は理性を保ち続ける事ができます」
    「彼女はまだ元に戻れる、俺達のようにね。でもそれには君の存在が必要不可欠だ」
    「俺の? すまんが理解が追いつかない」
     その時、炎を纏った獣が結衣奈に飛びついた。
    「あつつ、いた!」
     その巨躯に半ば押し潰される形になりながらも、結衣奈はすり寄る獣の炎に耐え、諭すように語りかける。
    「この力は同じような力を持った私達ですら傷つける。それはのの花先輩が望む事じゃないよね?」
     鬣を撫でたそばから掌に炎が移り、肌を焼く。のの花の恋心にも似ているように思った。彼女を闇に導くのも、また引き上げるのもそれであるのは皮肉だ。
     灯火が燃え盛る限り、諦めるには早すぎる。悲劇じゃなく、幸せな結末に。その為なら多少の傷は厭わない。
     その名を呼ばれた獣が、僅かに身じろいた。
    「見ましたか、篠田君。あの獣、いえ、彼女は」
     正流がカッターで自らの左手の甲を裂いた。傷口は炎を吐き、溢れた血を消し飛ばす。眉一つ動かさぬ正流の眼鏡の淵に、炎の橙が反射するのを、篠田は見つめた。
    「理性を呼び覚ました状態で斃せば、彼女は生き延びることができるのです。嘗てそうやって自分が救われたように」
     今の己があるのも学園のお陰だ。此度は、自分が救いの手になる番。ましてや原因が一途な恋心であるのなら、尚更闇堕ちなどさせたくはない。
     正流の掌で燃える炎は、動かぬ表情の代わりに彼の熱き心根を映す。
     だが途方もない話だ。信じていいものか。未だ迷う篠田にだめ押しをかけるように、セリルが言う。
    「申し訳ないけど、時間は多くはない。キミの決断が結末を決めるんだ。……!!」
     セリルが、正流が、一刀が、篠田の目の前で灼熱の炎に巻かれた。
    「やめろ! 春日谷!」
    「しのだ……クン……?」
     咄嗟に投げられた言葉。獣が振り向き、酷いがらがら声で拙く話す。
     その時――『彼女』が目を見開いた。

    ●3
     わたし、誰。
     何をしてるのだろう。
     けれど、なんだかとても。
     悲しかった。キミのその顔を見たとき。

     攻撃が止まる。獣は細く悲しげな遠吠えをあげた。
     思いだそうとしている。彼のことを。そして、本当の自分――のの花の気持ちも。
    「神薙ぐ風よ! 我が意に従い闇を撃ち、傷に癒しを!」
     美しい白翼を掲げた結衣奈の杖が、心鎮める穏やかな風で前衛を癒す。
     呼びかけが届いた。ここからは彼女自身に訴えかけ、闇を祓う。
    「ダークネスになっちゃうくらい、篠田さんが、すきなんですね……すごい、です……」
     自らの炎でのの花に与えられた加護を祓うと、ぽつりと呟くようにルイが言う。
    「でも、なかよくなるなら……うさぎとか、ダークネスとかより……のの花さんそのままのほうが、いいと思う、です……」
     今度は、真っ直ぐに前を見据えて。
     ――ワタシ、ノ……?
     うめくのの花に、少年は強く頷いて見せた。
     人間同士なら、こんな風に一緒に話したり、笑ったりできるからと、心から微笑んで。
    「きっと、そのほうが、楽しいと思う、です……!」
    「痛いかもしれませんが、ダークネスを追い出すマデ少し我慢してくだサイ」
     ビスカーチャが銃を構えた。照準をのの花に合わせ、エネルギーを充填する。
    「ビスカーチャ・スカルチノフ、狙い撃つゼーッ!!」
     魔法光線がのの花を撃ち、怯んだ所を八丸が刀で薙いだ。次いでセリルが武器を構え、懐へ走り込む。
     自分の気持ちに素直になることは、簡単そうでとても難しい。一たび道が見えたなら、迷わず進まなければまた雪に埋もれてしまうから。
    「此処で、断ち切る!」
     穂先に力を籠め、躊躇無く繰り出す低い位置からの斬撃。身体をめぐる魔力が腹の底で爆ぜ、獣の大口から白い煙が噴き出す。
    「もっと他に、貴女がしたかったことはあったはずデス! その言葉、本当に伝えずじまいでいいんデスカ?」
     シャルロッテの歌が響く。魂を揺さぶるような激しいリズムで叫ぶ。獣の耳から少女の心根へ届けるため、歌う。
    「わたシガ、シたかった、コト……」
     声から段々と獣の澱みが抜けている。シャルロッテの顔にぱっと明るさが滲んだ。
    「ほら、今あなたは勇気をだして彼の元へ行くことだって出来たじゃないデスカ。 でも、そのままでは言葉を伝える事はできマセン。だから、もどってきてくだサイ」
     思いを伝えられずに悲劇の結末を迎えるのは、とても悲しいこと。自分の歌や言葉で何かが変わる――どんな時だってそう信じてきた。
    「今のあなたならきっと、どんなに時間がかかっても、思いをのせて言葉を紡ぐ事が出来るはずデスカラ!」
     誰だって、一歩踏み出すことが出来ればきっと同じだ。
    「のの花さん、がんばって……!」
     ルイの声に、のの花はゆっくりと篠田を見やった。静かに、一歩一歩間を詰めていく。
     あと少し。一刀が笑んで、篠田の肩を叩いた。
    「篠田さん。最後は他人の俺達じゃない、君の力が必要だ。彼女が悪い子じゃないのは、他ならない君が知ってる筈だ。それに、男が女を見捨てるなんて真似……格好悪いと思わないか?」
    「格好悪い……か」
     それを聞いた篠田は、ふと前を向く。
    「正直事情はよく分からん。だがあれは春日谷のようだし、あんた達が悪人とも嘘吐きとも思えない。俺に出来る事があるなら……やってみる」
    「有難う。何でも良い……! 君の言葉をぶつけてやってくれ!」
     篠田がのの花に向かって足を踏み出した。のの花も足を止め、篠田を見下ろす。
     毛むくじゃらの前足に、鋭い爪が見えた。校舎の窓硝子に映る、この化け物は、わたし。
    「春日谷?」
    「篠田くん……わ、わたし」
    「お前がそんな風に悩んで、何かそうなる事、あるのかもしれないし……だからさ。春日谷が苦しんでるなら、話せよ。俺、いつも上手く話せなくて、悪い。でも兎見に来てくれて、嬉しかったから。力になりたい」
    「……篠田くん」
    「今っすよ。おすわりーっす!」
    「ふぎゃん!?」
     アプリコーゼの声につられてかしこまるのの花。正流が高く跳躍し、頭上高くに掲げた斬艦刀をのの花に向けて一気に振り下ろす。
    「無双迅流口伝秘奥義! 冥皇破断剣!」
     落下の勢いを乗せた一撃が、のの花の背を一文字に裂いた。一刀がようやく刀を構える。
    「刀を抜く以上、相手が誰であろうと俺は違わず全力だ……!」
     掴むのは未来。断ち切るのは悲劇。ひとつ息を吸い、駆けた。天高く掲げた太刀を一気に振り下ろす。
    「この一刀に、一瞬に、俺の全てを乗せる! おおおおおおっ!」
     一刀の剣は正流の作った傷口をなぞり、刹那のの花の身体が火柱に包まれた。闇の獣が最期の咆哮をあげ――炎がすっかり消え去った跡には、ひとりの少女。
    「ほら、貴女はこうして勇気を持って力に抗えマシタ。それだけの意志があればきっと……!」
     もう限界だったのだろう。シャルロッテが伸ばした手を掴みそこね、のの花はふらりと倒れる。
     少しだけ泣きながら、彼女は笑っていた。

    ●4
     目覚めたのの花に武蔵坂学園の事を話せば、彼女は不安げな顔をしながらも考えてみますと言った。ビスカーチャがふうと息を吐く。
    「いやぁ、良かったデス。あなた手強かったデスカラネ……」
    「すすっ、すみません。わたし、またいつこんな風になっちゃうか分からないんですよね。友達や先生に迷惑かけたくないし……わたしも、いつかなってみたいです。皆さんみたく勇気のあるひとに」
     シャルロッテと結衣奈が顔を見合わせ、ひっそりと笑いあう。どうやら考えていることは同じのようだ。
    「先輩っ!」
    「えっ? えっ?」
     のの花と篠田の手を取って、重ねあわせた二人の手を上からそっと包みこめば、確かにそこに流れる熱を感じることができる。
    「この温もりは、二人が勝ち取ったものだよ」
     人のあたたかさ。結衣奈が微笑めば、のの花は頬を赤く染めて俯いてしまった。好意に気づいているのかいないのか、篠田も若干こそばゆい顔をしているようにも見える。
    「勇気を出して、まずは彼に一言……デスヨ!」
     シャルロッテが耳打ちすれば、のの花はがちがちになりながらも頷いた。
    「しっ、篠田くん!」
    「何」
    「わたし、転校しちゃうかもしれませんけど。またうさぎ、見に来てもいいですか」
    「学校じゃなくて俺んち来い」
    「えっ!!? ……きゃあああああ!」
    「……春日谷!」
     恥ずかしさのあまり遠くへ走って行ってしまったのの花を見送って、灼滅者たちは苦笑を浮かべる。彼女が勇気ある戦士になれるのは、まだまだ先かもしれない。
     そういえば大事なことを言い忘れていたと、一刀がふと篠田を向き直る。
    「篠田さんも、本当に有難う。春日谷さんと仲良くしてあげてね」
    「……ん。こっちこそ。俺の友達を助けてくれて……有難う、な」
     そう言って、彼は微かに笑った。
     一刀も一瞬目を丸くして――安堵したように、笑みを浮かべた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 0
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