美しく透き通った外骨格に光が走り、腕が切り離される。
「おおををヲヲヲヲッッッッ!!」
暫し宙を舞った腕――水晶の塊のようなそれは、我が身と本体を切り離した男を映し、冷たい床に転がったところを、彼の靴底に踏み敷かれる。
唇は僅かに動いて、
「歩……」
あゆむ。
そう聞こえた気がしたが、限りなく小さな呟きは、鈍く響いた破砕音と、ノーライフキングの醜い叫声に掻き消された。
彼もまたそれ以上を語らない。
「グウゥゥ、貴様ァァァ!!」
放射線状に射られる裁きの光を、全くの無表情で見つめた彼は、素早い動きで之をかわすと、敵の巨体に無数の斬撃を走らせていく。
無骨なサバイバルナイフは、固い水晶の躯を斬り刻んで、
「くッッッ……おッ、ッッ……――!!」
悲鳴が沈黙と変わる間際まで、不死を砕き切る。
そして。
細かな水晶片の一つひとつが、嘗て「久遠・翔」と名乗った男の姿を映した――。
「兄貴ー! 姉御ー! 翔の兄貴が、とある迷宮から出てくるッスよー!」
「! 翔が……!」
闇堕ちしたばかりの六六六人衆を使ってノーライフキングの迷宮を潰し回っていた、久遠・翔(悲しい運命に抗う者・d00621)の足取りを掴むと同時、彼の目的が分かった。
教室に飛び込んだ日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)の姿に、言に、長らく気を揉んでいた灼滅者達が立ち上がる。
その心配をずっと見てきたノビルは、間を置かず詳細を述べた。
「ミスター宍戸がプロデュースした六六六人衆の新人訓練に、翔の兄貴が引率者として協力していたのは、兄貴が探していたノーライフキング『殺戮鬼(キラー)』を殺す為だったんスね!」
「キラー?」
暗殺武闘大会決戦で闇堕ちした翔は、探すあてのない敵に辿り着く為に、奇しくもノーライフキングの残党狩りに乗り出す宍戸の計画に乗った。
彼は六六六人衆となったばかりの若者を迷宮に送り込み、探索訓練を行う傍ら、『殺戮鬼(キラー)』という個体を探していたのである。
「この探索が奏功して、兄貴はキラーの迷宮を探り当て、殺害に成功するッス」
「そいつとはどんな因縁が……?」
語尾を上げる灼滅者に対し、ノビルはそっと首を振る。
大切な人を殺されたか、求める強さを持っていた相手なのかは分からない。
彼と親しき一部の者は、或いは家族――兄弟という可能性もあるのでは、と呻るが、それも殺害に成功した彼を動かし得る要素になるかは怪しい。
「当初の目的を果たした今、兄貴の興味は『強者と戦うこと』のみ!」
どうやら彼は六六六人衆でありながら、人殺しが好きではないようだ。
ここで言う『人』とは、日常生活を送る一般人だが、弱者である彼等を殺す事には興味がなく、自分が強者と思える相手としか戦わない。
「弱者に振う刃無し、ってやつか」
「命を奪う、その価値もないと思ってるみたいっすね」
強者を殺す事にしか興味のない彼は、故に序列にも、己の名前にすら無関心。
「闇人格は名を語らず。ここでは『名無し(ノーネーム)』と呼んでおくッス」
「ノーネーム、ねぇ……」
灼滅者達が暫し沈黙したところで、ノビルは更に説明を加えた。
「兄貴と姉御は、この『名無し(ノーネーム)』がノーライフキングを殺害し、迷宮から帰還するところで接触して欲しいッス」
迷宮の出口付近で彼を迎撃し、救出、或いは灼滅する――。
それは先の実地訓練――新人の六六六人衆が迷宮を攻略した直後に戦闘を持ち掛ける形に似ているが、強力なダークネスである彼に奇襲を仕掛けるのは難しいだろう。
「先の戦闘で損耗しているのか?」
「ノーライフキングには3割程度削られたみたいっす。でも、速攻の暗殺スタイル――瞬速の体術とナイフ捌きの精度が落ちている、という事はないっすスね」
問題は、その圧倒的殺傷力だ。
「強者にしか興味を見せない『名無し(ノーネーム)』は、その強者には異常な執着を見せ、本気になる時だけ、壊れた笑い声と笑みを浮かべるっす」
「本気か……」
戦闘時のポジションはクラッシャー。
殺人鬼に類する攻撃技に加え、手持ちのサバイバルナイフと、全身を覆うオーラを以て仕掛けてくるだろう。
普段は無口無表情、強そうなオーラや存在感は希薄だが、殺気を放つと一気にそれらが膨れ上がる。
伊達眼鏡を外した彼は、漆黒の瞳を狂気に輝かせ、強者との闘いに興じる筈だ。
「奴に『強者』と思わせ続けないと、興味をなくしてしまいそうだな」
「っすね。説得に偏りすぎてもいけないし、常に好敵手と思わせながら、って感じっす」
逃走の可能性もある上に、この機を逃せば確実に『二度目』はない。
もし今回、助けられなければ、もう助ける事はできなくなるだろう――。
「だからこその救出、或いは……灼滅っす」
ノビルは言いよどみそうになる言葉を最後まで伝えて、
「……兄貴、姉御! 宜しくお願いするッス!!」
全力の敬礼を捧げた。
参加者 | |
---|---|
羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490) |
聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654) |
神凪・陽和(天照・d02848) |
神凪・朔夜(月読・d02935) |
皇・銀静(陰月・d03673) |
長門・睦月(正義執行者・d03928) |
杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015) |
秦・明彦(白き雷・d33618) |
●
ノーライフキング『殺戮鬼(キラー)』を殺す――それが名も無き狂気の本懐であったなら、水晶に宿る不死を摧いた今こそ、血はくつくつと滾って躰を駆け巡ったろう。
然し声は低く、言は冷たく、
「……歩」
ジャリ、と靴底に破片を踏み敷いた彼は、永久が塵と朽ちるまで見届ける事なく去る。
再び往くあてを失くした足は、握る刃の赴く儘に、血腥い泥黎を彷徨うつもりだった。
それが、刻下。
「――」
ふとフロアに縫い止められる爪先に、舌打ちを隠す。
其は現れた者達を僅かにも『認めた』という事か――彼は、宿主の名で呼びかける者の声を静かに聴いた。
ひとつは右方から、
「翔さん。ご自身の目的、果たす事はできましたか?」
揺籃歌を思わせる春色の声音、紡ぐは羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)。
我が器が数年前に依頼を共にした――あの時の花蕾はふわり咲いて。
「目的達成おめでとう、先輩。で、元に戻る気はない?」
左方より精悍たるテノールを差し入るは、所属クラブで後輩と親しむ長門・睦月(正義執行者・d03928)。
六六六人衆の新人訓練にも戟を差し入れた彼は、やっと足跡が摑めたと、久方の邂逅に微苦笑を湛える。
その彼と戦場を同じくした皇・銀静(陰月・d03673)は、翔と特段の面識はないとはいえ、
「宿願を果たせたようで重畳。次は此方の目的を果たさせて頂きましょう」
と、背後より氷れる声を置く。
若き六六六人衆を殺めた虚無は、その引率を務めた者の強さに挑むべく、死地を求めてやって来たらしい。
「……失せろ、と言いたい処だが」
現に、足を止めたのは事実。
エクスブレインの予知があったとはいえ、左右と背後に気配を許した彼は、強さに執着するからこそ、彼等の去るを許さない。
加えて、
「ノーネーム、久遠さんを返してもらうぞ!」
正々堂々、眼前に相対する秦・明彦(白き雷・d33618)の気概も悪しからず。
奇襲や伏撃は弱者の戦術と見做されるかと、一切の姑息を棄てた立ち位置は、決して蛮勇でなく――その義気は認めざるを得まい。
強者にしか興味を示さぬ貪欲に、灼滅者は極上の宴を広げて、
「まぁ殴りあって語ろうや、名無しの権兵衛君よ?」
聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)は、我が拳こそ『歓談』するに相応しいと、飾らぬ言葉で言ってみせる。当初より全開の闘志と殺気は、無口な彼と幾千の言葉を交せそうな――危うい予感をさせた。
「さて、この声を覚えてるかは分からないけど、バトルといこうか」
時折発声にノイズが疾る、杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)の声を聴いたのは、もう一年以上も前になろうか――伊達眼鏡を、此岸との疆界を取り払った双眸は、無言でサバイバルナイフを握り込める。
その冷然を視た神凪・朔夜(月読・d02935)と神凪・陽和(天照・d02848)は、俄に漣を立てる胸に手を宛てて、
「……似てるんだ、殺意を秘めた心が、燐姉に」
「翔さんは、私達の実姉と同じ深い悲しみを秘めた人で」
「決して他人事に思えないから――」
「燐姉を助けるつもりで、助けます!!」
灼滅ではなく救出を誓う合う二人の傍には、姉の神凪・燐(伊邪那美・d06868)がサポートに立つ。
「眼鏡で殺意を制御している点も私と同じですね」
翔とルーツを同じくする彼女は、細指に押し上げた眼鏡越しに、対角より訪れる義弟の壱越・双調(倭建命・d14063)を見遣り、
「私には殺意を制御するのに苦労する義姉がいまして。とても他人事とは思えず」
その隣には、彼のパートナーである黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)が、愛らしく尻尾を振る絆を連れ立って現れる。
「誰よりも深い悲しみを背負う故の強い殺意が、燐姉様に通じる様で――」
凶邪を囲い込むは、逃走を阻む為。
この機を逃すまいと、囲繞を完成させる東雲・蔓(求める兎・d07465)は嘆声を零して、
「ボクがまさか男の為に動く事になるなんてね……感謝しなよ、翔?」
表情を喪った端整を小気味よく詰った。
槇南・マキノ(仏像・dn0245)は、頼もしき仲間の言を噛み締め、
「貴方が求めた強さに、これだけの強者が応えてくれたわ」
だから先輩を返して頂戴、と錫杖を構えた。
●
「話すことは幾度あれ、戦うことはなかったな」
血闘の端を開くは宥氣。
戦闘開始前におやつを食べて糖分を補給した彼は、ヘッドホンの電源をオンにして深呼吸をひとつ、
「とくと値踏みすればいい」
光を手放した銀瞳を赫々と、その彩に似た猛炎を繰り出した。
視界を灼光に包まれた邪は、然し一切を語らぬ儘、
「――」
足りぬ、と評を下すように、翻した刃に烈火を裂く。
無口な彼が強欲に力を強請れば、凛凛虎と銀静は望み通りの強靭を差し出して、
「強者にしか向けぬ刃、か。くだらねぇ」
「僕等がその刃を向けるに足る相手かは……試してみるといいですよ」
紫電一閃、鋭刃を楔打つ初手が揃って抗雷撃とは妙々。
攻撃と同時に耐性を得るは、格上を相手に相応しい気構えであろう、二人は己に注がれる支援を堂々受け取り、
「何……僕は君の強さに挑みに来ただけですよ」
片や仲間の声を届ける為に、
「いつも通り全力で殴り合えば良いんだな。分かり易くて良い」
片や我が身の損耗を惜しまず、一撃に魂を賭す。
その拳骨より赤々と血が滴れば、陽桜は青葉の香る爽風を戦がせ、
「貴方が強者を求めているというなら、ご縁に関わらずシンプルです」
魂を切り分けたあまおとが、斬魔刀を咥えて駆け出す――その純白の尾を見送った。
「死合いましょう」
貴方の求める強さは、此処に在ると。
万の言葉に代わる剱閃が、沈黙を貫く麗貌を掠めた。
「――」
獣と侮る勿れ、マキノの光矢に精度を上げた刃撃が、冷たい頬に一筋の血河を模れば、黒瞳に映る僅かな吃驚を捉えた双子が、須臾の時を偸んで、
「翔さんは元々穏やかな方なんでしょう」
「人好きのする優しい方なんだと思う」
声も同時なら、爪先を弾くも同時。
陽和が光の法陣に天魔を降ろせば、朔夜は黄の標識に警醒を促し、攻撃の要である前衛を手厚く支える。
「でも貴方は心に深い闇と悲しみを抱え、普段は殺意を抑え込んでる」
「私達にとって母のような存在である燐姉と重なるから、秘めた殺意の強さは分かります」
言は凛々と、それでいて優しく。
燐は血を分けた弟妹と呼吸を合わせ、
「殺人鬼は基本的に殺戮衝動を伴うもの。私も制御に苦労します。秘める殺意の強さも似ている故に、この儘にしておけませんので」
細指に嵌めた指環より魔力を解き放ち、二人の術力を底上げした。
心を近しくされた方は、ただ一言、
「……よく喋る」
凡そ感情の乗らぬ低音を呟いて、己が最も欲する『強さ』を求めんと、絶影の機動で間合いを詰めた。
激烈たる斬撃を、黒鉄の拳で受け止めるは睦月。
「強者としか戦わない? ではその『強者』とは何だ?」
父より託された【強化鉄人・豪毅】に雄渾を迸らせた彼は、両脚に衝撃を踏み込み、
「そもそも強者と戦ってどうするんだ? 勝って自分の強さを誇示したいのか?」
力の顕示に隠れる『弱さ』を問い質す。
冷酷な黙(しじま)が、刹那の蹴りで之を拒めば、続く明彦は身ごと鋭槍の如く駆って、
「お前のように、強いのに一般人を巻き込まない奴は嫌いじゃない」
「――」
(「自分が闇堕ちしたら、こうであって欲しいとさえ――」)
弱者を嬲らず、強敵を求めるその姿は敬意に値する。
強敵に届けられた篤実なる爪撃は、仲間の支援に研ぎ澄まされて銀の軌跡を描き、
「……フ……、フフ……」
袈裟に創痍を走らせた男は、「これぞ」と喜悦の相を浮かべた。
●
超絶たる殺傷力を有する相手に『強者』と認めさせる――其が力一辺倒では敵わぬと、彼等はよく心得ている。
だからこそ、主たる役儀を負うクラッシャーは怜悧に、
「理由はどうあれ、戦わねばならない時はある」
銀静は常に自己強化を図りながら、流血を代償に打ち合い、
「お前は何かを得たつもりか? いや、因縁の戦いを終えても、結局は『キラー』を殺したって事実しか得られていない」
凛凛虎は高火力を誇る敵に躓きを与えつつ、血塗れた拳に言を託す。
彼等が攻撃に専念するのは、仲間の支援を信頼してこそ、
「前衛を優先気味に強化していきます」
「神凪家の皆で、翔さんを救うんだ」
サポートメンバーらとも絆が深い陽和と朔夜は、敵に手番を譲る事なく、密に連携を取り合った。
目まぐるしい損耗と癒しの応酬に、陽桜は適宜バランスを視て、
「速攻スタイルの強敵には、一手も無駄にできませんから」
「ええ、声を掛けあっていきましょう」
マキノと回復の重複を避ける傍ら、敵の消耗や表情の変化まで注意を欠かさず。
また、可能な限り収蔵品の損壊を押さえようとする配慮も冷静の賜物であろう、周囲の展示物に紛れがちな仏像は、彼等の細部に至る周到に感心した。
その彼女より光矢を受け取った明彦は、朱塗の槍に凶刃を弾いて、
「己の誇りに懸けて、真っ向からぶつからせてもらう!」
「……」
強引に懐をこじ開けた一本気に、ダークネスにはない照映を視た男は、感情を欠落した相貌をべっとり朱に染め――沸々と笑んだ。
「……フ、フフ……ハッ、いいだろう……認めてやる」
先ず狙うは盾。
「柊 急の型――絶迦崩天撃!」
邀撃に構える宥氣にフェイントを掛けた男は、脇腹に迫る発勁を刃に串刺すと、その手首から肘まで痛撃に屠り、
「俺を失望させるな」
価値ある死合いをと、直ぐさま二枚目の盾に斬りかかった。
刹那、睦月は咽喉に迫る凶刃に鋼鉄拳を噛み合わせ、
「俺はアンタよりも強者だ。なんせ戦う理由があるからな!」
しとど血潮が噴く中、凄まじい狂気と角逐した雄渾は、激痛に膝を折るより早く、慈雨の如く降り注ぐ癒しに慰められる。
紡ぎ手は空凛と双調。
「闇堕ち前の依頼を拝見しました。飄々とした態度の中に、深い悲しみを秘めた方を、どうしても放っておけません」
「学園でも、翔さんを待っている方がいらっしゃいます。帰って頂く為には、助力は惜しみませんとも」
二人は赫々たる血盾を清めながら、間隙を縫って飛び込む蔓を見守った。
多くの闇堕ち灼滅者を救った、翔の純粋と闇を知る可憐は声を張って、
「君は口調こそ悪ぶっているが、根は優しく仲間思いなんだよ……じゃなきゃ仲間を守る為に闇堕ちを選ぶなんてしない筈さ」
殺戮鬼(キラー)を探し求めていたのも、其を兄と思う彼は、禍き不死を砕き、永遠に休ませる為であったか――それでも、本懐を果たして消ゆ命ではないと、彼女は手を伸ばす。
「誇りなよ自分の名を! 君の意思で名無しを噛み砕け!」
名無しと呼ばれた闇は、壊れた笑いに一蹴して、
「フ、フフ……ククク……アハハハ、ハハッッッ……!」
咽喉を焼くような殺気を連れ立って迫れば、銀静が「待っていた」とばかり大笑に迎えた。
「きひっ……きひひっ……っひひっ……! ひっ……ははっ……げあーーはっはっはぁ!」
狂気に呼応した魔剣【Durandal MardyLord】は、血飛沫を浴びて惨憺と、肉を斬り、肺腑を刻み。血の宴に興じよと、躍る、舞う。
戦闘も佳境と読んだ宥氣は、宙に掲げた右手で円状に梵字を書き連ね、
「clothe……bound……反転滅絶、断ち切る!」
額にスレイヤーカードを翳した後、羅列を斬り払って換装する。
ここに陽和と朔夜も攻勢に転じ、
「凄まじい殺気……私達を『強者』と認めて頂けた様ですね」
「この本気に耐えて、打ち勝って、翔さんを必ず連れ戻すんだ!」
自陣を強化し尽くした二人は攻撃にあっても以心伝心、月が対具【鳳】に狂気を縛せば、【天つ風の靴】を駆る太陽が、ふわり墜下して超重力に圧搾する――何と見事なコンビネーション。
「クハハハ……ッ! オレを倒せたら宿主は返してやるが……この程度か、灼滅者!」
紅血を浴びる毎に疼き、昂る男はまさに修羅。
然しその機動力に磨耗を見た陽桜は、凛冽たる花顔に【さくら・くるす】を添え、
「……『強者』として期待に恥じない死合と共に、貴方を引き戻してみせます!」
灼罪の光条に右腿を鋭く射抜いた。
凶邪が蹈鞴を踏んだ瞬間、影を落とすは明彦。
「久遠さんを待っている人がいるからな、ここで倒させてもらう!」
「――ッ」
常に闇に向き合う彼の攻撃を『まともに』受けた事実こそ、回避力を喪った証――そこに終焉を視た凛凛虎は、深紅の大剣【Tyrant】を振り被り、
「俺はまだ何も得ていないからこそ、先に進める強さがある! 『久遠・翔』って男を連れ戻せる!!」
霹靂閃電。
迷いなき斬撃が、往くあてのない狂気を両断した。
「あああ嗚呼アアアッッッ!!」
痛みを取り戻して叫ぶ声は、果たしてどちらのものであったろう。
痛苦をぶつける様に振り回された狂刃は、当初の精彩を欠いていたが、身ごと楯と進み出た睦月は、之を肩口に受け止めて、
「先輩、アンタが戦う『本当の理由』は何だ? 何の為に戦う?」
――先輩。
互いに血に滑る躯を引き寄せ、耳元に告ぐ。
「おれは皆を『護る』ために戦う」
彼が言う『皆』には翔も含まれているであろう、男の矜持を聴いた闇は、
「……――」
返してやる、と言った――気がした。
●
「ご無事で良かったです」
何とも清々しい明彦の声と、
「――楽しかったですか?」
何とも静寂な銀静の声で、穏やかに目覚める。
長い睫毛を震わせ、重い瞼を持ち上げれば、そこにはホッとした表情を見せる双子が居て、
「……良かった。翔さんだ」
「……おかえりなさい」
朔夜は肩の緊張を解きつつ、陽和は安堵を噛み締めるように、ほろと咲んだ。
二人の傍には神凪家の家族と、微笑を湛えた蔓が目覚めを迎え、
「――そうか」
覚醒を確認するや、イヤーデバイスの電源を切り、薬を飲んで素早くその場を離れる宥氣といい、深淵より記憶を掬い上げた翔は、惨澹たる戦いと、その合間に掛けられた言葉の数々を思い起した。
「済まない」
そっと謝辞が唇を擦り抜ければ、睦月は精悍な笑みに答えて、
「何としてでも元に戻す。自分の言葉通りにしたまでさ」
一方の凛凛虎は大きな吐息をひとつ、
「手間のいる奴だ。昼飯ぐらいは奢れよ」
反応は全く違っても、揃って手を差し伸べるとは面白い。
但し、翔も彼等も損耗は甚大で、
「あの、まだ立たない方が良いです」
「酷い傷だらけで、血も流して、大変なんだから」
回復役の陽桜とマキノはまだ手が休められぬと、よろめく一同を支えてやった。
「……懐かしいな」
灼滅者の時分に、幾度と無く触れた癒しに包まれた翔は、深く項垂れた後に麗顔を持ち上げ、
「ありがとう」
侘びるより感謝を告ぐか、広いフロアに声を染ませた。
斯くして、梅雨が明ける頃――。
名を冠さぬ凶刃の逍遥が、終わりを迎えた。
作者:夕狩こあら |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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