ミートハンマの『つまらない』殺人

    作者:空白革命

     殺人なんてつまらない。
     そう考えている。
     考えているが、やらずにはいられない。
     巨大なミートハンマーを掴み、担ぎ、振り下ろす。
     できるだけ重く、できるだけ早く、できるだけ有無を言わさず強引につぶせれば良い。
     技を磨くことは効率を磨くことでもあるし、効率を磨くことはすぐに終わらせることでもあった。
     だからつまらない。
     つまらないから、すぐにすませたい。
    「あーあ、やめたい」
     金髪ボブカット。真っ赤なドレスを身に纏った女だった。
     彼女は今日も、その辺の一般人を原型が無くなるまでたたきつぶしていた。
     いつか血湧き肉躍る瞬間が来るだろうと、ただただ待つかのように。

     ――以上は、リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)の調査記録から連想したものである。

    「六六六人衆序列五九六『ミートハンマ』の百該・無利(ひゃくがい・ないり)……それが、私が見つけたダークネスの名前よ」
     リディアは記録したメモを指で弾いて見せた。
    「いつも決まったルートで巡回して殺人対象を探しているの。ここが、そのルートってわけね」
     集まったメンバーを順に見て、リディアは頷いた。
    「序列の低い六六六人衆だし、私たちで充分灼滅可能なダークネスよ。けど、個人戦闘力トップクラスの種族が相手だってことを忘れないで。どんな非常識なプレイを仕掛けられるか、わかったものじゃないわ」
     そう一通り説明してから、リディアはスレイヤーカードを取り出した。
    「今は情勢があれやこれや動いてるみたいだけど、それはそれでこれはこれ。見つけたからには、叩きつぶすわよ」


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)
    サマンサ・レーヴェン(彷徨う猟犬・d33026)

    ■リプレイ

    ●人生が『つまらない』から、やめれば『たのしく』なれるのか。
     かりかりと。
     からからと。
     がらがらごつんと。
     巨大な挽肉槌を引きずって、金髪の女が歩いている。
     からからと。
     ごつごつと。
     ごとごとこつんと。
     巨大な碑文石を引きずって、金髪の女が立ち止まる。
     向かい合い、顎を上げ、見下ろすように見つめ合う。
     六六六人衆序列五九六番、ミートハンマの百該・無利。
     対して。
     武蔵坂学園殺人鬼、リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)。
     目を合わせたその段階で、相手はこちらの目的を理解した。
     理解して。
    「つまらない」
     と呟いた。
     呟いて、潰した。

     人間というものは血と骨と肉、タンパク質とアミノ酸とカルシウムと水とあとなんかでできている。
     それらは多くの人が知っているように、重くて硬くて大きいものを叩き付けると簡単に壊れて潰れてしまう。
     極論すると、人間は簡単に潰れてしまう。
    「――ッ」
     リディアはそれを瞬間的に理解して、理解した上で回復した。
    「つまらないか。人殺しがつまらないか。ナニがドウして、そうなったんだろうなあ」
     ため息のようなささやきで、戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)が現われた。
     コンクリート製の地面を覆うように、白い炎が覆っている。まるで草むらのように風になびき、草を踏むように蔵乃祐はあるいていた。
     垂れた前髪を、乱暴にかき上げる。
    「考えずにはいられない。けど、殺す」
     蔵乃祐は手を翳し、リングスラッシャーがエネルギーを伴って浮き上がった。
     それを盾にして突っ込んでいくギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)。
     対抗して叩き込まれたハンマーがシールドに阻まれ、余ったエネルギーが火花として散った。
     対してギィの剣もまたハンマーの重量とパワーによって阻まれ火花としてエネルギーが散っていく。柄の宝石がギラリと怪しく光った。
    「ちはっすミートハンマ、毎度おなじみ灼滅者っすよお! 殺人がつまらないならやめればすむっすけど? そもそも意味あるんすかね? 死ぬべき相手はダークネスのほうっしょ? だったらダークネスだけ殺してくれればいいんだけどそうはいかないっすよねえ、知ってたっす、知ってたっすよ!」
     目を見開き、早口でまくし立てるギィ。
     次の言葉に移ろうとしたところで、ハンマーの強引さによって吹き飛ばされた。
     シールドのエネルギー障壁が粉砕され、突き抜けた衝撃がギィの胸と内臓を潰していく。
    「つまらないならやめればいい。やめたいなら尚のこと。彼の言うとおりだな」
     遠夜・葉織(儚む夜・d25856)が影業を螺旋状に展開。その全てをミートハンマへ解き放った。
     影に囲まれるその寸前、別方向から伸びてきた影がミートハンマの手足へと巻き付いていく。
    「おッ肉やサーン! あッそびましょ☆」
     隙を突くように駆け寄り、跳躍し、楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)は柄のきわめて長い短刀(長巻とも呼べないほどに柄が長い)を両手持ちで振りかざした。
    「生きる為にお肉を食ッたり作ッたりは大事だケドも、杜撰なオシゴトは見逃しておけねェッてナ」
     刀身が赤く輝き、ついでに盾衛のメモ赤く光った。
    「いッちょ殺ッたろうかィ!」
     首を直接切り飛ばすような斬撃コース。
     しかしミートハンマは巻き付いた影を引きちぎるほどのパワーで、覆う影が吹き飛ぶほどの重さで、斬撃ごと盾衛をなぎ倒すほどの強引さでハンマーを振り込んだ。
     ルーチンワークと『つまらなさ』が生んだ、卓越されすぎた殺人技術である。
     だがこちらとて人外魔境の灼滅者。
    「――」
     口元を布で覆った暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)が死角から急接近。
     急所をひとつきにするような鋭いコースを描いて忍者刀を突き立てた。
     しっかりと刺さる、根元までねじ込み、内部をえぐるようにひねる。
     対して、まるでブレることなくハンマーを握るミートハンマ。
     今からこのハンマーをゴルフのショートスイングの要領で振るのだなとみて分かるフォームだ。にもかかわらず、あまりの速さと重さと強引さがゆえ。避けることがかなわない。
     直撃をうけ、大きく吹き飛ばされるサズヤ。
     飛んできたサズヤの襟首をキャッチして、咬山・千尋(夜を征く者・d07814)は吐き捨てるように言った。
    「あたしもやめたいよ、灼滅者なんて。お前らみたいなのを相手にしないといけないからな。あんたもそんなにつまらないなら」
     どこからともなく取り出した槍に氷を纏わせると、千尋は思い切り投げつけた。
     それをハンマーで打ち砕くミートハンマ。
    「今すぐ死んで、あたしの養分になってくれ」
     砕け散った氷に混じるように急接近した千尋が、鋭い膝蹴りを繰り出した。
     と同時に。
    「六六六人衆ってほんと、臭くてたまったものじゃないわね」
     急接近していたサマンサ・レーヴェン(彷徨う猟犬・d33026)が輝く拳を叩き込んだ。
    「そんなにつまらない顔しないでよ。もう笑えなくなるんだから、今のうちに笑っときなさいな」

     これは現実のような物語。
     呪われたようにやめられない。
     呪われたようにやめたくなる。
     つまらなくもつまらない、人生のような物語である。

    ●『つまらない』ことをやめたなら、『たのしい』ことは増えるのか
     右手にはわき上がった影業の手袋を、左手には祝福された白い手袋を。
     そして両手には巨大な碑文石を握り込み、リディアはミートハンマに対抗していた。
     対抗である。
     斜めに振り下ろされたハンマーに斜めに振り上げた石をぶつけ。
     横薙ぎにしようと繰り出されたハンマーを薙ぎ払うように石を叩き付ける。
     リディアの青い目と、ミートハンマの黒い目が、互いの奥底を見たようだった。

     客観視というものは、えてして当人が意図しないような側面をとらえるものである。
     本来ならまるで対抗できやしないミートハンマとの実力差を回復支援という形でフォローしていた蔵乃祐は、リディアとミートハンマを客観視していた。
     きかっけは考察だった。
     ミートハンマの二つ名をもつ六六六人衆がいかにして生まれたのか。殺人衝動に呑まれて消えた人間的人格は、現在の彼女に何を望み何を託したのか。
     もしかしたら人道に背くようなものだったのかもしれない。
     世界から呪われるようなものだったのかもしれない。
     けれどそれは、彼女の夢だったのではないだろうか。
     今の彼女は、夢そのものではないだろうか。
    「……」
     テレビニュースは今日も世界のどこかで人が死んだと言い、インターネットには年間自殺者は三万人だという。死者に至れば秒単位で生まれているのだと。
     それらはダークネスの通常軌道の一環として死ぬこととどう違うのか。
     夢をもって生まれた彼らと、それによって生まれた死。
     一方蔵乃祐は、ダークネスの灼滅ばかりが得意な大人を自覚していた。
    「僕らは、彼女とどう違う」
     蔵乃祐の気持ちを知ってか知らずか、ギィがミートハンマへと割り込んでいく。
     反対側からはサズヤが飛び込み、二人で絶え間ない斬撃を叩き込んでいく。
     さらには刀の柄を展開した盾衛が複雑怪奇な軌道を描いて斬りかかる。
     その全てを強引に振り回し、強引に振り払うミートハンマ。
     一人素早く、ギリギリで回避しながら、サズヤは目を細めた。
    「……」
     灼滅者がダークネスを殺さなければいけないように、ダークネスもまた人を殺さないといけないらしい。
     つまらないからといって、やめられる話ではないのだ。
     いや。
     首を振って、サズヤは思考を切り替えた。
     都合も感情も、この際考えなくっていい。
     強いて言うなら。
    「満足して死ねればいい」
     ――俺とお前が殺したすべても、そしてお前自身も、殺されていい命じゃあなかったんだろうから。
    「ヒャッハー!」
     振りにおける退路をふさぎ、影業を螺旋状纏わせた足で蹴りつける盾衛。
     小さくとも確実な隙を生んだ彼に続いて、ギィは黒色の炎を剣に纏わせ、強引に叩き込んだ。
     柄で受け止め、吹き飛ばされることを回避するミートハンマ。
    「そこだ」
     影業を再び練り上げ、巨大な槍のようにして放つ葉織。
     一方で千尋とサマンサが別方向から接近。
     千尋は取り出したハサミをくるりと逆手持ちに握ると、ミートハンマめがけて突き込んだ。
     別方向から突き込まれたサマンサの突きは、接触した時には腕が砲台化し、死の光線を零距離から発射した。
    「さて、お前の血はどんな味がするのかな」
     千尋は、軋むように笑った。
     笑って、ハンマーを握り込む。
     サマンサはその反対側を握り込む。
    「そのハンマーぶっ壊させてもらいやしょうか」
     そしてギィが、ここぞとばかりにハンマーの柄に剣を叩き付けた。

    ●『つまらない』のにやめられないのは『たのしかった』ことがあるからか
     折れた。
     あまりにもあっさりと、本当になんだったのかと思うくらい簡単に、ハンマーの柄がへし折れ、ミートハンマはその二つ名の由来を喪った。
     ミートハンマはいまや、ミートハンマではない。
     ただの百該無利であり。
     ただの百該無利であるがゆえに。
    「ああ、つまらなかった」
     喉を掴み、握り、潰した。

     捻りきった。
     引きちぎった。
     突きつぶした。
     弾きとばした。
     ごくごく単純に、しかし高速で、早く重く強引に、百該無利は立て続けに殺した。
     ギィを、サズヤを、リディアを、葉織を、サマンサを。
     気づいた頃には殺していた。
     が、重ねるようではあるが、こちらも人外魔境の灼滅者である。
    「ハッ、ははは……」
     喉を押さえ、ギィが目を見開いた。
     剣を叩き付け、握り込まれ、握りつぶされるも、至近距離で叩き込んだ拳が百該無利の腹にめり込んだ。指輪を中心にオーラの逆十字が生まれ、相手の肉を切り裂いていく。
     サズヤは片腕だけで刀を握り、百該無利の腰に突き立てて固定。
     目を大きく見開いた蔵乃祐と盾衛が、両サイドから斬りかかる。
     盾衛の刀が首を、蔵乃祐のリングスラッシャーが首を、それぞれ両サイドから切り裂いた。
     それでも動く百該無利の腕。
     それをも切り裂く葉織の影業。
     螺旋状に相手の腕を覆い、締め付けるように切り裂いた。輪切りのようにされた腕を捨て、手探るように伸びるもう一方の腕。
     サマンサは舌打ちしたような顔をして、どこからか取り出したサイキックソードでその腕を切り落とした。
     よたよたと、ざりざりと、後じさりして立ち止まる。
     その胸に、リディアの手が添えられた。
    「あなたと戦えたこと、忘れないわ。あなたはどうだった?」
     問いかけに、地面へ落ちてつぶれかけた首が応える。
    「なあに、いまさら」
     首は笑って、くずれながら。
    「とっても醜くて、とっても汚くて、とっても野蛮で、とってもとっても……『たのしかった』わ」
    「そう」
     リディアは目を閉じ。
    「私も……」
     相手の胸に殺意がしみこみ、内側からはじけて飛ぶ。
     爆発した百該無利の身体は、あとかたも残ること無く消え去った。
    「つまらなくは、なかった」

     つまらなくても、やめることなどできはしない。
     ならば。
     いっそ。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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