「メデューサをご存知ですの?」
振り向かず尋ねるシエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)に幾つかの頷く気配が伝わった。
メデューサ。もしくは、メドゥーサ、メドゥサ。
ギリシア神話に登場する、無数の毒蛇の頭髪を持った醜い怪物。
宝石のように輝く瞳で見たものを石に変える能力が有名な化け物だ。
「それがここ……ミラーハウスに現れたですの」
シエナが案内している場所は、閉園し、放置された遊園地。
誰もいないそこを先導し、ミラーハウスの入口の前で足を止める。
そこはちょっとした広場になっていて、元は園内に点在していたのであろう、動物やマスコットキャラクターの石像が集められていた。
……ミラーハウスの中をメデューサが彷徨っている。
そんな噂が生まれたのは、そのせいもあるかもしれない。
「ミラーハウスは鏡の迷路。
道が分からない上に、そのどこにメデューサがいるかも分かりませんの」
すぐ近くにいると思ったら鏡像だったり。
逆に鏡像と思っていたら本物で……という可能性もある。
とはいえ相手は都市伝説。
直視されただけで石にされるようなことはないだろう。
攻撃にはもれなく【石化】が山盛りでしょうが。
それに、相手はメデューサ1人だけ。
「油断さえしなければ、手こずる程の相手ではないと思いますの」
だから倒す事自体は簡単だろうとシエナは推測する。
ゆえに問題は、ミラーハウスのどこにメデューサがいるのか、という部分。
古い遊園地ゆえに迷路の地図など存在せず。
構造不明な場所を彷徨って相手を探すしかないだろう。
敵が強くないのなら、手分けをするのも1つの作戦かもしれない。
シエナは、近くにあったウサギの石像に近づき、そっと撫でて。
「さあ、わたし達がペルセウスになるですの」
顔を上げるとミラーハウスの入口を指し示した。
参加者 | |
---|---|
六合・薫(この囚われない者を捕らえよ・d00602) |
ヘルミ・サブラック(小学生魔法使い・d05618) |
コルト・トルターニャ(魔女・d09182) |
彼岸花・深未(石化系男子・d09593) |
シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905) |
河本・由香里(中学生魔法使い・d36413) |
十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806) |
エリカ・バターフィールド(封印教会・d37830) |
●ミラーハウス
入口を示した手を戻したシエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)は、改めて仲間達を見渡してから、そっと目を伏せた。
(「まさか、都市伝説を見つけるとは思わなかったですの……」)
元々シエナが探していたのは、静かに考え事ができそうな場所だった。
閉園した遊園地なら誰も立ち寄らないだろう、と足を向けたところで予想外の情報を得てしまった、というのが今回の顛末。
ではあるのだが。
「ミラーハウスですか。少し楽しみです」
遊園地自体初めてだと、わくわくする十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)に。
「この静まり返った空気が心地いいわ。
人気もないし、絶好のコレクションスポットかもしれないわね」
うんうんと満足そうに頷くコルト・トルターニャ(魔女・d09182)。
その視線がすっと斜め下に反れて。
「……迷いそうだけど」
「あ、そうですね。迷路なんでした」
ぼそりと呟くコルトに、朋萌がぽんっと手を打った。
そんな友人達の楽し気な様子を見ていると、見つけてよかった、とも思う。
「まったく。メデューサがミラーハウスに居るなんて、凄い皮肉よね」
呆れたようにため息をつくのは、エリカ・バターフィールド(封印教会・d37830)。
思い起こすのは、有名なギリシャ神話の一部だ。
見た者を石に変えてしまう怪物メデューサは、磨き上げられた盾を鏡として駆使した英雄ペルセウスに首を切り落とされ退治される。
だからこそ、鏡と石像からこんな都市伝説が生まれたのだろう。
「都市伝説も色々いるもんだね」
3つ目、と何かを数えて呟く六合・薫(この囚われない者を捕らえよ・d00602)は、のんびりとスマホをいじっていた。
画面を見つめてしばし、ふと思いついたように顔を上げて。
「メデューサ……鏡で自滅しないのだろうか」
「それだと私達がここに来た意味がなくなる気がするわね」
薫の素朴な疑問にエリカはまたため息をつき、スレイヤーカードを解除すると、白地に青のラインが映える戦闘用コスチュームに身を包む。
「神話みたいに怪物なのか、ゲームみたいに美女なのか……気になりますですの」
ヘルミ・サブラック(小学生魔法使い・d05618)は、早くメデューサに会ってみたいと言わんばかりに顔を輝かせて。
「でも、興味本位で入った人が石像にされるのはさすがに危ないですぅね……」
興味本位な自分自身を隠すように、彼岸花・深未(石化系男子・d09593)は抱えていたもふもふウサギのぬいぐるみに顔を埋めた。
軽く考えるような仕草を見せた河本・由香里(中学生魔法使い・d36413)は。
「……私達がそんな石像群にされちゃったりして……」
「みんな仲良く石像ですぅ……」
「石像になって動けなくても、鏡で色んな向きの自分を観察できるですの。
ミラーハウスでよかったですの」
心配よりも期待が強い呟きに、深未とヘルミもそれぞれに楽し気な表情を零す。
視線と頷きを交し合うけれども、はたと気づいて由香里は首を左右に強く振り。
「いや、私達ならメデューサなんかには負けない! 油断しなければ!」
想像を打ち払いながらミラーハウスの入口へと足を踏み出した。
「これ、出口側から入ってもいいわよね?」
「虱潰しに探すにはそれもいいですの」
「ボクもそっちに行きますぅ」
コルトとヘルミがもう1つの侵入口を探しに動き出せば、深未もその後を追い。
シエナは無言のまま、1人入口から入っていく。
「み、皆さん!? 単独行動は危険で……ああっ、待ってください!」
バラバラなその動きに朋萌はおろおろと慌てて、迷った末に入口から追いかける。
そんな皆から出遅れて、ぼーっとしていた薫だが。
「六合先輩、一緒に行かない?」
かけられた声に振り向けば、エリカの笑顔があって。
「万が一何かあったら困るし、2人なら楽勝だしね!」
「えーと……ありがと」
こくりと頷いてから、ミラーハウスへと足を揃えて向かっていった。
●石像と鏡像と
鏡で作られた迷路の中で、朋萌はそれを見つけて足を止めた。
何かを叫ぼうと口を開き、恐怖に耐えるようにぬいぐるみを強く抱き、助けを求めるように手を伸ばした、涙目の深未の、石像。
「深未くん!」
同じものを見つけた由香里が、慌てて近寄ろうと駆け出すが。
ゴンッ! と鈍い音がと思ったら、おでこを抑えて蹲る由香里の姿が鏡に映っていた。
どうやら最短距離と見た道は、鏡像だったらしい。
また鏡にぶつからないようにと今度は気をつけながら、由香里は周囲を探りつつこちらに来ようと移動を始める。
その様子からふと視線を横にずらすと。
膝を抱えて座り込んだシエナの石像が別の鏡に映っていて。
シエナを触ったり揺すったりしていたヘルミが頷いた。
「返事がない、ただの石像のようですの」
「こうして見ると普通の石像ね」
並び立つコルトも、シエナを弄っていた手を離し、満足したように立ち上がる。
そして、ふっと振り向いたコルトの髪が蛇のようにざわりとうねり。
「私もメデューサの力を持つ端くれ。逆に貴女を素敵な石像にしてあげましょう!」
誰かに向けてそう叫ぶと、その相手を石に変えるが如く、カッと目を見開いて。
そのままコルトの身体が石に変えられていく。
気づいたヘルミが手を伸ばし、コルトの胸に遠慮なく手を当てて。
「胸が全く揺れないのも違和感凄いですの」
そんな呑気な言葉の前で、石像が1つできあがる。
思わず拍手でも送りそうな表情で、ヘルミ自身もほどなく石像と化した。
朋萌の前で次々と増えていく石像。
「せ、んぱい……身体が熱いの……」
別方向から聞こえた声を追えば、エリカが薫に抱き込まれていて。
「エリカ……巻き込んで、ごめん……」
「石になんか……なら、にゃい……」
抵抗もむなしく、身体を密着させたまま2体の石像になる。
呆然とその様子を見つめていた朋萌は、はっと我に返り。
残る1人を探して周囲を見渡す。
だが、ある鏡の中に見つけた由香里は、またぶつけたらしくハの字座りで座り込み、おでこに手を当てたまま顔を上げて……既に石像とされていた。
仲間の石像とその鏡像に囲まれた朋萌は、ただただ立ち尽くし。
そこにゆらりとメデューサが姿を現して、ついに朋萌も……。
「……というのが最悪の展開かもしれませんの」
「え、縁起でもない想像しないで欲しいです……」
淡々と進むシエナを追いかける朋萌は、紡がれた妙に詳細な想像にぎゅっと自身の身体を抱きしめる。
シエナの調査では、メデューサに見ただけで相手を石像と化す能力まではなさそうで、神話から姿を映しただけの存在のようではあるのだが。
未知の相手への警戒から、朋萌はぼんやりしている表情を頑張って引き締めて、決意と共に強い頷きを見せた。
「単独行動はやっぱり危険です。やはりすぐにでも皆さんを探して合流……」
だが同意を求めた先で早速、シエナの後ろ姿が小さくなっていて。
「シエナさん!? 危険ですって言った傍から……あいたあっ!」
慌てて駆け出した朋萌は、鏡に激突して見事に倒れた。
痛む頭を抑えながら起き上がれば、シエナの姿はどの鏡にも映っておらず。
いつの間にか傍らに、シエナのライドキャリバー・ヴァグノジャルムが佇んでいる。
その姿をじっと見つめてから、はぁ、とため息1つ。
「……行きましょうか」
ヴァグノジャルムに声をかけ、朋萌はとぼとぼとミラーハウスを彷徨い始めた。
●石化の怪物
朋萌の心配などどこ吹く風で、他の皆はそれぞれ別々にミラーハウスを進んでいく。
「こういう迷路って奥に空間がありそうでなかったり、鏡に混じって透明なガラスの壁があったりで、注意して進まないと結構危ないんですよね」
楽しそうに独り言ちながら、軽い足取りで行くのは由香里。
視覚だけに頼らずに、時折周囲に手を伸ばして、実像と虚像とを見分けながら。
手堅くも容易に進めているようですが、よく見るとその額が何かにぶつかったかのように赤く腫れていたりします。
「鏡の迷宮を突破してメデューサを倒せ! ってアトラクションな気分ですね。
それなら外より中に石像群があった方が雰囲気でますが」
気楽な声は続けつつも、やっと辿り着いた攻略方法を手堅く守って、由香里は気軽に、だが狭い歩幅でゆっくりと確実に、迷路を進んでいく。
別の場所では、深未が、あまり入ったことのないミラーハウスを楽しんでいたが。
「迷ってしまいましたぁ……!?」
敵捜しどころか来た道すらも分からなくなって、ウサギをぎゅっと抱きしめる。
大声で助けを呼ぼうか、と考えたところで、視界の端に人影が映った。
ぱあっと表情を輝かせ、駆け出した深未の前で、くるりと人影が振り返り。
整った顔立ちながらも牙と長い舌を生やし、無数の蛇が蠢く頭髪を揺らすメデューサが、虚ろに深未を見据える。
「た……助けっ……」
へたりと思わず座り込む深未は、身体を震わせ涙を浮かべて。
「大丈夫ですの?」
そこにひょいっとヘルミが顔を出した。
驚きと恐怖とで引きつる深未の視線を追って振り返ったヘルミは、鏡に映っていたメデューサの姿が見切れるのを見る。
虚像の敵と、実像の味方。
「こ……怖かったですぅ……!」
思わず抱き付いてきた深未に、ヘルミは驚きながらも苦笑して、ぽんぽんとその頭を優しく撫でた。
「先輩は何かスポーツしてるの? 私は新体操してるんだけど」
「新体操……は気になる程度、かな」
唯一複数人で入ったエリカと薫は、慎重に進みながらも話に花を咲かせて。
「そういえば駅前に美味しいケーキのお店があるんだって!」
「あ、それも、ちょっと気になるかも」
話しすぎちゃうエリカに、辿々しくもどこか楽し気に応える薫。
一応依頼中だし寂れたミラーハウスだし、女の子の楽しい会話、と言うには雰囲気がちょっとアレではありますが。
「六合先輩はどんなケーキが好き?」
「私、は……」
弾む話に気を取られ、メデューサの鏡像の前を歩き過ぎて行く。
明るい仲間達とは一転、シエナは無言無表情のまま陰鬱に、鏡を叩きながら歩いていた。
コン、コン、と響く鈍い音が、不意にその音色を変えて。
シエナはぴたりと足を止める。
じっと鏡を注視して、見つけたのは隠された取っ手。
それを引くと、隠し通路のように非常口が現れた。
「…………」
シエナは表情も変えず、無言のままでその通路に入り、扉を閉めて。
そのまま座り込むと壁に頭を預け、マジックミラーになっていた扉越しに、ぼんやりと迷路を眺める。
ふと思うのは、神話に語られるメデューサの物語。
神の怒りをかってしまった美しい乙女が、呪いを受けて醜い怪物となった。
その怒りの内容には諸説ある。
そして、英雄ペルセウスが退治に向かった理由も、被害が出ていたからとか、神が呪いだけでは気が済まずに差し向けたとか、いろいろパターンがあったりする。
メデューサは加害者なのか被害者なのか。
何が正しくて何が悪いことなのか。
揺れる悩みをギリシャ神話に重ねながら。
(「このまま武蔵坂にいて、本当にいいのかな?」)
1人迷宮に座り込むシエナの前を、鏡越しにコルトが気付かぬまま歩いていった。
「……他の皆は大丈夫かしら?」
捜索の効率を優先したコルトだが、確かに単独行動はマズかったかなと思ったりもして。
仲間を心配しながらも身の危険も感じ、緊張しながら道を進む。
そんなコルトの目の前に不意に現れた人影。
「そこね!」
勢い込んで、石化には石化と指輪から呪いを放つけれども。
「きゃっ!?」
それは人影……由香里のすぐ前を掠めていく。
「あら大丈夫かしら?」
驚きに目を見開く由香里に、軽い口調で安否を確認するコルト。
……メデューサよりもコルトの方が怖いかもしれない。
ふとそんなことを思いながらも口には出さず、由香里はこくこくと頷いて見せた。
「それにしてもメデューサ、見つからないわね」
コルトはため息をつきつつ、手にしたナイフをゆらゆらと揺らす。
文字を虚空に書き込むように、呪文を刻み込むかのように。
同意しかけた由香里は、ふと、コルトの向こうの鏡に映る光景に気付いた。
広がるのは氷の魔法。
深未からのその援護を受けて、ヘルミが石化の呪いを放つ。
氷に石化にとBSを刻み込まれていく相手は、探していたメデューサだった。
別の鏡に映った朋萌も戦いに気付いたようで、傍らのヴァグノジャルムと共に走り出し。
「すぐに支援に参りま……あいたあっ!」
見事に鏡にぶつかり綺麗に後ろに倒れていく。
由香里と頷き合ったコルトも合流しようと進むけれども、鏡に映るヘルミと深未には余裕すら感じられる。
メデューサには予想通り、見た者を石像にする能力などなく、石化のBSは多かれども弱い相手のようだ。
しかしすぐに決着がつくこともなく、戦いは長引いていて。
何故かしらとコルトが疑問に思ったその時。
「メデューサなんかに負けないんだから!」
先に合流したエリカが、光の砲弾を撃ち放ち。
「吹雪き、包みこみ、そして……砕ける。フローズンだね」
薫が七不思議の1つ『ミス・アイスメイカー』を紡ぎ奏でる。
ヘルミは薫へにっこり笑って見せると、指輪をつけた手を迷いなく伸ばして。
最後の呪いにメデューサが倒れるその時。
迎え入れるように手を伸ばした薫が、それを吸収した。
●迷いの出口は
「な、なんとかなったわね……」
ミラーハウスの外に出たエリカは、身体のコリを解すように、んーっと伸びをする。
「被害が出なくてよかったですぅ!」
にこにこ笑う深未に、そうね、と頷きながらも。
「……メデューサもミラーハウスもしばらくはゴメンかも」
小さく呟いた声が聞き取れなかったか、深未がきょとんと首を傾げた。
「あと4つかぁ……都市伝説マスターへの道は長い」
「頑張ってくださいですの」
軽く手を握る仕草を見せる薫に、3つ目の協力をしたヘルミがくすりと笑いかけ。
「お持ち帰りどころか、石像の1つもできなかったなんて……」
「石像との記念撮影も素敵だったかもしれませんね」
残念さを隠す事なく落胆するコルトの隣で、カメラを手にした由香里も苦笑する。
和やかな空気が流れる中、だが朋萌は心配そうにミラーハウスを見つめていた。
その傍らには、ヴァグノジャルムが主不在のまま静かに佇んでいる。
「シエナさん、出てこないですぅね……」
深未がまたウサギに顔を埋め気味に、朋萌の隣に並び。
「じゃあ、皆で迎えに行く?」
ぽやーっと口にした薫の言葉に、皆は顔を見合わせ、頷き合った。
「何ならメデューサ、出すけど?」
「それは止めて」
本気だか冗談だか分からない提案にはエリカが即座にストップをかけて。
灼滅者達は今度は友人を迎えるべく、揃ってミラーハウスへと入っていった。
作者:佐和 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年8月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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