似非デスゲーム~開幕

    作者:一縷野望


     つまみ食いのように気ままに人を殺すのもいいが、断然好きなのは趣向を凝らした『脱出系デスゲーム』だ。
     やってくる奴の身分や中身を問わなければ、人を集めるなんざネットを使えば簡単だ。
     廃ホテル、デパート、団地……おあつらえ向きのうち捨てられた箱だって探せば出てくる。
     バラバラの部屋に仕分けた後、一人を無残に殺して捨て置いて、助けも来ないし物理的に出られぬようにすれば、恐慌にて支配された舞台が完成。
    『知略を尽くしてさぁ脱出したまえよ! ああ実はその中にこの惨劇を企画した『私』が潜んでいるのだよ。『私』は躊躇わず人を殺すぞ、気をつけて!』
     なーんて。
     煽れば勝手に疑心暗鬼、ナイフを目につくところにおいておけば自衛の為と皆が手にする。
     なんでそんな面倒な事をするのだと問うてきたのは、先日序列維持の為に殺した同類の女だったか。
     ――どっかで読んだ漫画みたいで面白いからだよ。

     六六六人衆序列四六四位『羽柴』の足元、信じられないモノを突きつけられた憐れな羊の瞳は真っ平ら。
     にじょり……。
     粘液質な音伴い胸肉こそいで振り子のように揺れたのは、凝った銀細工の大鎌。ゴシックな造形に結わえられたアニメキャラのストラップが不釣り合いに見えて『そういう漫画』にはありがちセンス。
     ただ、もう血にまみれて元のキャラがなんだったのかなんてわからない。

    「胸くそ悪い縫村かぶれ」
    「あれみたいな特殊な仕掛けは一切ないけどね――だから助けられる可能性は、あるよ」
     唾棄の如くしかめっ面の一・葉(デッドロック・d02409)から転がり落ちた過去のダークネスの名へ、灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は頷きつつもまだ前向きな可能性を提示する。
     サイキック・リベレイターの照射により、葉が追っていたとある六六六人衆が起こす事件を探り当てる事が叶った。
     この序列四六四位の『羽柴』というダークネスを灼滅する為に組まれたのは、襲撃チームと撤退後に討ち取るチームの二段構えの作戦である。
     最初のチームは、彼女が殺人事件を起こす廃ホテルに向かい極力殺傷ダメージを負わせ、撤退させるないしは頃合いを見て自分たちで引く、そんな流れとなる。
    「キミたちには前半を担当してもらうよ」
    「介入できるタイミングはいつだ?」
     羽柴を追う中、全てが終わった残骸ばかりを目にしてきた葉の瞳には今度こそはとの斉一なる焔が宿る。
    「羽柴が2人目の殺人を犯してる時点だよ。正確な場所はわからないけど……3階か4階にいるはず」
     1階から遠くにいる隙に裏口をサイキックで壊し侵入、中に入れば玄関も開放できる。
     ただし、と標は指を立てる。
    「派手な音をたてて潜入したり玄関の封鎖を解くと、羽柴が『灼滅者が来た』と気づいちゃうから……」
    「速攻で趣味の悪い展開になりそうだな」
     お菓子のようなパッションピンクの横髪に手をやる葉へ、標は視線を斜めに流すと胸くそ悪い予想を返す。
    「…………まぁ人命救助に目をつぶるのが戦闘には一番有利ではあるよ」
    「結局は死なせちまうのかよ」
     反論待ちだとわかった上のドライな口ぶり。
     標もそれを見透かした上での続き語り。
    「気づかれぬよう留意して侵入、ホテル内に散った生存者20人を手分けして探しだし外へ避難させる――それが出来れば、既に犠牲になった2人以外は助けられるからさ」
     標は取り寄せた地図を灼滅者達へと託すと続けた。
    「元ビジネスホテルで6階建て。ただし今回使われてるのは4階まで。客室は2階より上にあって、1フロアには6部屋ずつあるよ」
     厄介なのは――と、厭世的な面差しで標は続けた。
    「生存者の正確な配置はわからない。あとは『人死にを前にして倫理感を壊されて疑心暗鬼に陥った彼らが、武器を手に戦いを始めてる』ってコトも念頭に置いといて」
     ロビーには十字に吊された一人目の無残な死体――。
     当然、怯え隠れて閉じこもる者もいる、彼らを見つけるには手間だが、力技で壁を壊したりなんてしたら羽柴にいいようにされるのがオチだ。
    「手分けって事は少人数で相手しなきゃならねぇ危険性があるわけか……」
     羽柴は2人目を殺した後で移動を開始する。救助中に羽柴に遭った時の対処も頭に入れておく必要がありそうだ。
     戦闘面でも、口先面でも――。
    「被害者たちは、連れてこられて間もないから、普通に接触すればキミたちもまた『連れてこられた被害者』と認識するはず」
     逆に言うと、年格好も似た皆を「助けに来た正義の味方」と最初から認識してもらうのは難しいとも言える。
    「……羽柴は『デスゲーム』漫画の登場人物を気取る奴だよ。更に『絶望』をかき集める為に被害者達の中で『信頼されている』立ち位置を築いてもいる――キミ達へ『疑心』を向けるぐらいは朝飯前だろうね」
     最後に、と標は予知を締めくくる。
    「羽柴のポジションはジャマーで殺人鬼と咎人の大鎌のサイキックと、シャウトを使用するよ」
    「キミたちが果たさなきゃいけないのは――羽柴にできうる限りの手傷を負わせるコト。人命救助に何処まで拘るかも含めてお任せするよ」
     救助ばかりに気をとられれば後のチームへ負担を強いるのは確実だ。下手すれば灼滅ができずに凶行を繰り返させてしまう。
     ――全てを救いたいならば、相応に自分たちの身を切らせつつも知恵を絞る必要があるだろう。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    森田・依子(焔時雨・d02777)
    雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)
    津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    ペーター・クライン(殺人美学の求道者・d36594)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ

    ●406号室
     六六六人衆にとっては殺すなんて花を摘むより容易い。
    (「もう少し争う素振り見せた方がいいよね」)
     真下に転がる筋骨隆々の男に『無理矢理連れ込まれた』逸脱者・羽柴は、ドアに耳あて外の気配を伺った。
     このフロアにいる『羽柴ちゃんの味方』な男4人が、武器らしきものを手に助けにくるまでの時間を計上すれば、笑いが止まらない。
     ――階下では灼滅者達が侵入しゲーム盤を壊しに来ているとも知らず。

    ●3階
    「お前さぁ、彼女が殺された癖に落ち着いてんだよッ!」
    「やっぱ彼女殺しを仕組む為にこんなことしでかしたんだなぁ!」
    「止めッ……」
     犯人捜しに耽る彼らに静止は通じずに、憐れランプのシェイドや椅子で殴りかかられる羽目となる。
    「待って下さい」
     かしゃん。
     だが玩具めいた音が弾けたのは彼ではなくて、森田・依子(焔時雨・d02777)の黒艶髪であった。
    「殺し合いは……首謀者を楽しませるだけ、です」
     両手をあげ害意はないと示す依子に気圧される5人。
     彼らへの叱責は現わさず青年へと手を延べたのは志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)だ。
    「殺人鬼は1階で殺人を行って、皆を4階に上げたいんじゃないでしょうか」
    「アッコはそんなのの犠牲に……」
     わざとらしく泣き崩れる青年は案外本気で……なんて勘ぐりは一瞬。水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)は控えめに。
    「それ本当? 怖くてあがってきたんだけど……探索してて、つい……」
     同好の彼らへ紗夜はもじもじ上目。可愛い女の子に見られまんざらでも内と空気がほぐれた所へ、怯えたカップル1組をつれた彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)が駆け寄ってくる。
    「うん、やっぱり降りるのが正解だ。行こう」

    ●2階
     3階の様子にも気を配っていた津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)は連れる女性へ促すように一団を指さした。
    「あ、ほら! みんなと一緒に1階に行った彼氏さんに逢いに行きましょう」
    「あ……」
     戸惑う彼女を迎え入れる一団は、鋭い音たて階段を駆け上がってきたペーター・クライン(殺人美学の求道者・d36594)に目を見張る。
    「死にたくないなら今は1階に来てはいけません」
     硬質的な声で手近なドアを開き巧みに灼滅者以外を押し込んだ。
    「一体何があったんですか?」
     ドアをあけたまま聞こえよがしに陽太は問いただす。
    「……1階に殺人鬼が現れました」
     立ちこめる恐慌を沈めるように良い情報もあると、ペーターは続けた。
    「裏口に解錠した痕跡が見つかりました、奴をやり過ごしたらでられます」
     音無く解錠した手口は実は自分たちがやった事、滑らかに口にして安堵を得る。
    「4階にも知らせた方がいいな。僕が行こう」
     敵か味方かわからぬ中で暴力的な言動から遠い安寧さ、だが口にする言葉は正義感に満ちあふれた男前。そんなさくらえは、既にこの一団のオピニオンリーダーだ。
     追随するように4階行きを口にしたのは勿論、藍、依子、紗夜の4階組。
     そんな中、禍々しい嗤いが階下から細く長く響いてくる――。

    ●1階
    「ジャジャジャーン!」
    「ひ!!」
     出口を求め遠くばかりを眺めていた男は、突如視界に飛び込んできたパッションピンクに喫驚し無様に尻餅。
    「あらまぁ仔羊ちゃんってば腰抜けちゃった? じゃーあ次の犠牲者決定な」
     なんて事嘯きながら、一・葉(デッドロック・d02409)は紅で染まる灰燼のスイッチへ指を伸ばす。見せつけるように、わざと緩慢に。
    「……あぁ、ぁう」
     直後、ガクガクと震える青年は空間から奪われるように姿を消した。
    「静かに!」
     青年を引き込んだ雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)はソファの影にて人差し指をたて唇に宛がった。保護済みの背後の男女も『殺人鬼』に追い立てられて息も絶え絶えだ。
    「あぁ? 何処へ隠れやがった!」
     苛々と反対側のソファを蹴飛ばす葉。反響する音に紛れ菖蒲は口早に告げる。
    「裏口が壊されてました、4人でそこから逃げましょう」
     勿論人数を告げたのは聞こえよがし。
     ギュイン!
     耳障りな駆動音。汚い言葉でそこいら中を蹴飛ばして、その実階段から裏口への障害物を排除しきった葉は、一段抜かしで2階へとあがって行った。

    ●201号室
     足元伝う蛇を『殺人鬼』の到来と認識できるのは、2人。
    「1カ所に固まっちゃって、バカじゃないの?」
    「危ないですっ」
     女性を突き飛ばした陽太はチェーンソーで頬に血筋を作った。
    「こっちです」
     すかさずペーターが廊下へと誘導する。
    「あいつ、見捨てるのかよぅ?」
    「僕は大丈夫です、はやく逃げてくださいっ」
     後は義憤に駆られて飛びかかる陽太と、
    「残った所で餌食です、違いますか?」
     冷静なペーター。
    「うん正解ー♪」
     陽太から反転した刃、反論を口にした男の代わりにペーターは肩を切らせた。
    「……はやく。足を引っ張らないで、俺はここで死ぬ気はない」
     茶番。
     だが見ている彼らにはリアル。何処にいるかわからぬ羽柴への崇拝めいた信頼なんぞ消し飛ぶ程に。
     恐怖に背を押される面々を再び暖かくしたのは踊り場からあがる菖蒲だ。
    「この中に森さんって方いらっしゃいますか?」
    「わたし……です」
     柔らかく口元解き怯える肩を叩く。
    「彼が出口で待ってますよ。みなさんも、もう大丈夫ですから……」
    「ああ、よかっ……た」
     そんな菖蒲が見上げる210号室では、3階までの救護者の人数共有取り交わされていた。

    ●406号室前
    『……やっ!』
     遠目には部屋から突き出された羽柴の前でドアが閉まった、そんな情景描写だろう。
     読者は?
    (「愉しむのは私だけさ」)
     なんて。
    『開けてくれよ! 高木さんッ!』
    「羽柴ちゃん!?」
     ドタドタと駆付けてくる男達の足音を背に、ガチャガチャ回すドアノブは鍵なんざ掛かってない。
    「羽柴さん?! どうしたの?!」
    『――ッ』
     男達を追い抜き真っ先に駆け込んできたさくらえに、羽柴は鍵をかけるのも忘れてギョッと目を剥く。
    (「灼滅者?! なんだって……まぁたった1人なら」)
    「怪我……大丈夫、ですか?」
     一般人を押しのけ反対側に立つ依子は沈痛な面持ちでドアノブの手を掴んだ。
    『キミたち……誰?』
     こんな奴いなかった。
     当たり前だ、だってこいつら灼滅者。完全イレギュラー。
     ――敵対させるシナリオへ修正せねば、手元にある駒で。
    『どうしたのって……よく言えるね……?』
     ドアノブから依子を引きはがそうとするも腕力勝負は見せられない。ならばと背に隠し淡々とした口元を震わせれば、ほおら武器持った仔羊がさくらえと依子に疑心を向ける。
    「羽柴ちゃん、高木となにがあったの?!」
    『高木さんに呼ばれて部屋に入ったら、その人達が……』
    「羽柴さん」
     成程。アドリブ芝居、のりましょう?
     さくらえは内心の悦を殺し悲しみを無理矢理笑みで押し殺す素振りを見せる。
    「脅されたのかな……僕を悪者にしたら助けてくれるとか、怖かったんだね……」
    (「優しく騙って『嘘つき』被しなんて、彼も人が悪いね」)
     一般人の隙間からひょこりと頭をつっこみ這い出した紗夜は、黒目がちな漆黒でわざと疑心を羽柴に向けた。
    (「ちっ、灼滅者3人目か。いや、駆け込んでくるあいつもそう。でも4人なら殺れる」)
     いっそ攻撃を仕掛けてくれれば一般人も一緒くたに殺せるのに! なんて焦りは握りつぶし羽柴は唇を走らせる。
    『違う、騙されないで。高木さんさ、私がそいつを信じてるの知っててわざと引き離すように連れ込んでくれた。でも既にあの子がいて』
     ブーーーー!
     視線を向けられた藍はわざと取り落とした防犯ブザーに口元押さえ慌てる。
    「ごめんなさい」
    「良かった。みんな無事だったんですね……」
     堪える息を吐き出す陽太は、4人へ聞かせるように皆が1階の出口を見つけたと大きく告げる。
    「殺人鬼が紛れてます、だから……」
    「もういるぜー。れっつぱーりー?」
     またも突如蛇より変じた葉に羽柴は喫驚一瞬、すぐにほくそ笑む。スケープゴートが来てくれたとでも言いたげに。
    「へいへいへーい! まーだタルイお芝居続いてんのか? 羽柴チャン」
    『?! 何言ってるんだい!』
     ……速攻の仲間認定に素で驚く羽柴へ、危うく忍び笑いを零しそうになる灼滅者達。
    「ひどいよお羽柴チャン。冷たくしないでー? 俺たちクソ同士じゃん」
     殺す気のない大ぶりチェーンソー。気づかぬフリで羽柴を庇うべく身を切らせたのは勿論さくらえだ。
    「……ッく、羽柴……よかっ……」
     手加減攻撃が裂いたのは首の皮、派手にぶちまけられた血は勿論フェイク。だが一般人には効果覿面。後ずさる者がまずは2名ほど。
    「逃げてください」
     すかさず藍が促して彼らは脱兎の如く階段を駆け下りた。
    「! このっ」
     殺人鬼へ飛びかかる陽太、勿論羽柴近づくのが狙いだ。
    「妹みたいなのは沢山だから……羽柴は助けたくて……」
    『助けたいって……私、もう一杯一杯なのに……! そうだよ! 実は君が首謀者だって高木さんに脅されて……』
     紛れもない本音を吐き出しつつも、羽柴は脳内でシナリオを高速で組み替える。まずはスケープゴートの殺人鬼に罪をかぶせる……それから?
    (「ちっ、今回のゲームは終わりか。いや、こいつら片付ければまだやれる」)
     ――殺人ゲームがやりたいのか、人を殺したいのか。
     まさか真っ向から灼滅者がのってくるとは思わずに、明らかに混乱していた。
     でもこのイレギュラーを書き替えられれば最高のゲームとなる、なんて誘惑も疼くのだ――。
    「ねえ、さっきの話。部屋に既にいたのって誰かな?」
     矛盾に溺れる羽柴がわざと曖昧にしていた点を、紗夜が突く。
    『そ、そのバカみたいなピンク頭だよ』
    「へぇー……」

     ――こんな年上のお兄さんを『あの子』って呼ぶなんて、すっごく変だね?

     最初は藍をさしてた。けれどドサクサ紛れで流れたと知り紗夜は仕掛けた。咄嗟の辻褄合わせもできないなんてアドリブ使いとしては三流もいいところである。
    「あの子」
     にやり。
     紗夜のタチが悪い笑みに葉はノリノリで呼応し、チェーンソーを振り回す。
    「うんそうなのぉ! あの子な俺と羽柴チャンはぁクソ同士♪」
    「危ない、です!」
     うまく一般人に引っ掛けてきたチャンスを逃さずに、依子は一般人を庇う素振りで階段側へと押し出した。
    「逃げてください……ああ、それと」

     ――鍵は掛かってませんでした。

     依子の疑心を最高に煽る台詞は、階下の安全確保を完了した仲間の合流を認めたからに他ならない。
    『!!! ここまでコケに……後悔するがいい!』
     プライドを引き裂かれた羽柴の手に現れた大鎌にはまだ新しい血の跡。吹き出す鏖殺に対して依子とさくらえは一般人の盾となる。
    「あら、まだはじまったばかりですか?」
     戯けた菖蒲が招く黄金のサインに紛れ駆け込んだペーターは、手にした十字を思う様振り抜く。
    「忌々しい」
     強者として、弱者を支配する優越感に従ってはならない。
    『く』
     打ち据えられ俯く少女を前に胸の鍵を握りしめ。

    ●下準備
     開かれた406号室の向こう、転がる『高木さん』へペーターは一瞬の黙祷を捧ぐと帯を放った。永遠の安息を祈るのは後、まずは快楽殺人者の排除だ。
    「逃げられるなんて思わないことですね」
     存分に研ぎ澄まされた氷弾は、窓へ向かう羽柴を追い返すように次々刺さる。勿論菖蒲の台詞はブラフ。後続などいないここで討ち取るというプレッシャーに他ならない。
    『ちっ! ……どこから嗅ぎつけたんだい?!』
    「世情に疎いんですね」
     左振り下ろされた藍の巨腕はかろうじて躱す羽柴を前に、陽太は膨れた腕をおろし神の刃を構え直す。短期決戦で極力手傷を負わさねばならない、ならば。
    「こんなゲームバカげてる!」
     こいつを生かしたらまた繰り返される、だから的確に後続班に繋ぐのが僕たちの仕事だ。
    『あぅっ』
     打ち消し鏖殺をくぐり抜け正確に刺さる光刃にて追い詰められたそこは壁。
    「ねぇ今どんな気持ち?」
     そこへ更に避けづらい軌跡の葉の十字架が土手っ腹を抉り、上を向いた銃口からの弾丸が顎を貫き平衡感覚を狂わせていく。
    「アホな一般人共捕まえて殺して楽しかったか? お前ほんとクソだな」
     蹈鞴を踏んだら支えるように操り糸。
    「狩られる側になった気分はどう?」
     さくらえの伸ばした意図が腹に巻き付き封じ込む、ぷつりぷつり消えぬ疵を少しでも少しでも。
    「十分に楽しめた?」
     凍える赤色。
    『はは! 楽しいさ! 君らと私、所詮やってるコトは同じ』
     攻撃を当ててくる射手が厄介と、虚空彷徨うギロチン投げつけ憎まれ口。
    「そうやって追い詰めてるつもりですか」
     しゃらくさい。
     葉に向かう軌道に割り込む依子は、そのまま全て燃やし尽くすよに、回し蹴り。
    「貴女のやり方は生きる為ですらない」
     本当、悩むのもしゃらくさい、と焔の姉は嘯いた。
    「浅いな」
     そろそろこの幕は終わりか。
     継戦であれば自分を含めた後衛にあやしの煙りを包むが定石、だが――紗夜が目映い矢を向かわせたのは、藍。
    「作る側に執心して、崩される側に慣れてないなんて」
     嗚呼、舞台は崩壊イレギュラーがあるからこそ唯一無二へと昇華されるというのに。
    『漫画の駒が勝手に動くわけないだろ。こんなクソ漫画、打ち切りでいい』
    「あっ! 窓です逃げる気ですよ!」
     爪で切り裂き下がる菖蒲の注意喚起にあわせ踏み込んだのは陽太だ。
    「犠牲者なんてこれ以上出させるかよぉ!」
     さくらえの敷いた糸の僅かに遅れた一歩、立て直そうにも撃ち抜かれた顎に判断がブレた……それを逃さず掠め取るは、捻りの刃。
     ずぐり。
     背後から心臓掠め右へとそれた螺旋に羽柴は奥歯を噛みしめる。人を励ます為笑み浮かべる屈託ない印象の陽太だが、今はとめどない嫌悪と憎悪を容赦のない一突きにのせた。
    「強者が弱者をいたぶる、そんなものに快感を抱く気持ちはわかりません」
     定まる狙いに心地よさを感じ紡がれた藍の真っ直ぐな言葉に、
    「――……」
     ペーターは一瞬だけ黙りこくる。
     だが指は動き、殺戮に耽る娘の額に罪の印を刻み込んだ。
    (「これは、必要悪」)
     溺れてない、決して。
    「強者は常に自分を律しなければならない。お祖父ちゃんからの教えです」
     そんな陰りなど知らぬ藍の拳は目映いばかりの輝き放つ。
    「だから」
     許せません。
     頬に腹に、しこたま殴打を喰らった羽柴は堪えきれぬと血反吐を吐いた。
    『……ッ、新しい漫画なんて幾らでも描けるさ』
     背にした壁を柄で殴りぽかりと口開けた穴へと身を躍らせる。
    『バイバイ、クソ編集者』
    「あなたに新連載はありませんよっ」
     伸ばした手は届かず。菖蒲は穴から苦渋の双眸を見せるも、それもまたフェイク。
     せいぜいがあざ笑ったつもりなのだ、羽柴は。
     だが――。
     この退場が後続班のもたらす『作家生命の完全断絶』に続くと知る灼滅者達にはひどく滑稽に、見えた。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月24日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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