とある地下にて建設が進められている、古代ギリシャ風の神殿内に用意された円卓の間。三十をゆうに超えるダークネスが集まる中、序列を持たない者が二名。
六六六人衆プロデューサーミスター宍戸、そして黒の王からの特使、銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)だった。朱雀門高校を失った埋め合わせをする為に、六六六人衆との同盟を持ちかけてきたのである。
同盟の条件は、爵位級ヴァンパイアが支配した世界の中で、『体制をゆるがせない範囲で、自由に人間を殺し楽しむ事』を認めるというもの。
「爵位級ヴァンパイアの支配する世界は想像がつきますが、随分と堅苦しい世界になるでしょう。灼滅者が支配した世界の方が、六六六人衆にとって、楽しめる世界になりますね」
「そうは言わはりますけど、武蔵坂はダークネス絶対殺す組織、灼滅者はダークネス絶対殺すマシンやで。同盟なんて、まずありえへんのと違います?」
六六六人衆にとって同盟候補は一つだけではない、と示唆することでミスター宍戸は会話の主導権を握ろうとしたのかもしれないが、それに対する右九兵衛の言葉にも充分な説得力があった。
「わかりました。武蔵坂学園との同盟の可能性が潰えたならば、爵位級ヴァンパイアとの同盟を受け入れましょう。ロードローラーさん――あなたの出番です。灼滅者との同盟の可能性、とくと調べてきてください」
そんな会話がなされた数日後、これまたとある地下駐車場において、黄色く塗られたロードローラーによって今にも轢死しそうな人物がいた。
「イヒッ。キミの悪事、聞いちゃったからには殺さなくちゃいけない」
深夜という時間帯のせいもあるだろう、駐車場には人頭のロードローラーと、煎餅じみた薄さにプレスされた高級外国車からほうほうのていで這いだした中年男性のみ。がらごろがらごろ、他に駐車されていた車やカラーコーンを次々ぺしゃんこにしながら、悲鳴をあげて逃げまどう男をロードローラーが追いかけまわす。
「複数の保険金をかけさせた挙げ句、事故を装ってぷちって殺しちゃったんだってね、イヒッ。その前は債権者の老い先短い母親から、オレオレ詐欺で金ふんだくって結局キュッて無理心中させちゃったんだったかな?」
頼む、もうあんなことはしないから命だけは、と泣きながら慈悲を乞う男――とある悪徳闇サラ金社長の四肢を、ロードローラーは順に丁寧につぶしていく。比喩ではなく文字通り轢きつぶすのだ。最初は右腕、だからまだ歩くなり走るなりして逃げられる。
「そうそう、学費を返せなくなった母親のかわりに娘を風俗に入れて、もう無理だって泣きついてきたらパーッと写真ばらまいて自主退学させてビデオ会社に売って、イヒッ、自殺しちゃった事もあったねえ」
さて次は左足、そうすれば立てなくなるが大丈夫、まだ這って逃げられる。
「そうそう上手上手。会社の建て直しのために借入額を増やしてほしいって頼んできた板金工場の社長を、工場の中で、はい、どーん♪ ……イヒッ、保険金だまし取ったんだったかな。まだまだあるよお、片腕あればまだ逃げられるもんねえ、芋虫みたいに! ――って、あれ?」
がらごろがらごろ、地下駐車場はすっかり血の海と化している。
「ちょーっとやりすぎちゃった、メンゴ☆」
てへぺろ、とロードローラーがあっけなく立ち去ったその後には、もうどこにも原形をとどめていない肉塊がちょうど人間ひとり分。
●ロードローラーの選別殺人~簡抜の日
「まず最初に、戦神アポリアの提案への対応、お疲れ様。色々思う事や苦しい決断もあったと思うけれど、皆の選択は尊重されるべきだと思う」
本当にお疲れ様、ともう一度繰り返してから成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)は教卓へルーズリーフを広げた。
「ほかにも朱雀門高校を完全破壊してロード・クロムを撃破できた事も、誇っていい成果だと思う。そんな所に矢継ぎ早の依頼で申し訳ないけれど、この件で『目と耳』であった朱雀門を完全に失った爵位級ヴァンパイアが六六六人衆との同盟を模索していることが判明した」
ちょうど戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)の危惧が的中した、という形になるだろう。
六六六人衆としてはまだ武蔵坂との同盟を諦めていないようだが、これが不可能だとわかれば爵位級ヴァンパイアと同盟を結ぶはずだ。そうなれば、武蔵坂の劣勢は免れない。
「ただ、たぶん宍戸の指示だろうと思うけど、武蔵坂との同盟の可能性を探るためにハンドレッドナンバー……まあ何と言うか、色々な意味で有名な『ロードローラー』が、動いてる」
ロードローラーは複数の分体を送り出し、先の戦神アポリアの一件で灼滅者が提示した条件、つまり『犯罪組織トップ』、『確実に殺人を行っているが法で裁けずにいる悪徳経営者』、『法で裁けない犯罪者』、『ダークネスに積極的に協力する一般人』の襲撃と殺害を企てている。
これを黙認するか、それとも阻止しにくるかで同盟の可能性の有無を判断しようとしているのだろう。
「被害者は、ある悪徳闇サラ金の社長。自社社屋の地下駐車場で、追いかけ回されて轢き殺される」
そして、そうされても仕方のないくらいの悪事を無数に重ねている。基本は債権者に多額の保険をかけ殺したうえで金をだまし取るというものだが、隠蔽工作にやたら才能があるらしく警察にもまったくマークされていない。
また、何らかの手段で周囲の一般人は無力化されているので横槍も入らない。
「ロードローラーはご本人じゃなく分体のほうだから、灼滅者が仕掛けてくればいったん殺害を中止して迎撃してくる。ただこちらが撤退すれば追ってはこないし、灼滅者に止めを刺そうとする事もしないから、ある意味安心して阻止に行けるという事にはなるかな」
なんたって今ハンドレッドナンバーだからねロードローラー、と色々斜め上方向に名が知られてしまっている某重機に、樹はどこか半笑いになっている。
また、ロードローラーの分体が会話することはない。しかし分体が得た知識はロードローラー本体に伝達されるので、交渉は不可能だが伝言を伝えるくらいなら可能だろう。
「ロードローラーのサイキックというか能力としては、……まあ、あの通りなのでひたすらに追いかけて轢いていく感じ。わかりやすくていいけどね」
普通のロードローラーならば灼滅者が轢かれたところでどうという事もないが、相手は立派なダークネスである。当然轢かれたらものすごく痛いしものすごく重い。
「今後の戦いのみに絞って考えれば、この件は黙認するのが正しいのかもしれない。でも、それが『灼滅者として正しい行動』かどうかはわからない」
だからよく考えてほしい、と樹はこの場に集まった灼滅者を見回した。
黙認するとしても阻止するとしても、真剣に考えたうえでの選択ならそれこそが『正しい決断』なのだろう。
参加者 | |
---|---|
丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879) |
華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983) |
祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003) |
鈴木・昭子(金平糖花・d17176) |
空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198) |
イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082) |
真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302) |
エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136) |
がろんがろんがろん、とドラム缶を転がすような重機の駆動音がにぶく聞こえている。何かおかしな様子で裏返ったような男の悲鳴も。
ある悪徳闇サラ金自社ビル地下駐車場における、ハンドレッドナンバー『ロードローラー』の断罪。これを見逃すならダークネス一大勢力同士の同盟は見送られる。しかし空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)を始めとして、華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983)らの選択はそれを否とした。
「一度は否を突きつけたのだ、ここで件の悪徳社長を見逃すのは筋ではなかろう」
「難しいことはあんまりよくわかんないけど……とりあえず、社長への対応はお任せするね!」
地下駐車場への扉を開いたイサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)のあとに、エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)が続く。
六六六人衆とアンブレイカブル、そして爵位級ヴァンパイア。
これらが手を結ぶなど、冷静に考えてみなくとも得策ではないことくらい誰だってわかっている。幸い、殺害対象として選ばれたのはこれまた誰がどう考えたって因果応報でしかない悪人ばかり。法の裁きではないかもしれないが、少しは溜飲を下げられる被害者や遺族もいるのかもしれなかった。
リスクを避け、当面の利を確保する。それは賢いやり方だということも十分わかっている。
しかしそれでも大勢において灼滅者達はダークネスの手は取らずヒトとしての信念を貫くことを選んだ。その理由や形こそ個々それぞれという違いはあるが、殺害を看過することはできない、とした者が過半数を占めた事実に変わりはない。
「しかし、次も都合よく助けが入るなど、ゆめゆめ思わないでいただければ、いいのです、が」
「まあ、こればっかりは仕方ないね。さんざん脅しつける位で精一杯だろう」
救いようがないうえ法の目を欺く悪人であることは間違いないし、ましてやそれを救出するなど鈴木・昭子(金平糖花・d17176)自身業腹なことだと思っているが、こうして無残に殺害されるだけの殺されるだけの因果があったとしても、その応報をダークネスが行うのは違うと思っている。
「俺達は神様じゃないし法の番人でもないんだ、自分の好き嫌いで未来を選んでる。その結果が他人から見て正しいほうに寄ってるか、そうじゃないか、それだけだ」
そんな、突き放したような事を笑って言う丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)の横顔をやや眩しげに、昭子は見上げた。
「……そう、ですね。わたしは、……わたしも、正義の味方ではありませんし、まして万人を救うなど」
訥々と零れていた声が不意に、情けない悲鳴でかき消される。がらごろがらごろ、どこかで超高級車の代名詞として見た覚えがあるな、というエンブレムを飾った外国車を挽きつぶしつつ、とてもいい笑顔をした黄色のロードローラーが今にも件の悪徳闇サラ金社長の右から回り込もうとしている所だった。
「ま、俺達はいつも通りやるだけだ。何も変わらないよ」
これからも、これまでも。
相棒のイツツバに後方を任せ、真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)がするりと最前列へ出る。正直なところ祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)としてはこんなクズ人間のお手本を見殺しにした所で、別段心は痛まない。しかしダークネスを灼滅するのは灼滅者の正義とは言っても、人を殺すのは灼滅者の属する人間社会では立派な犯罪だ。クズのせいでどこに出ても恥ずかしくない犯罪者に成り下がるのも、それはそれで少々癪と言える。
「ハンドレッドナンバーだし、めちゃつよの可能性もあるけど――」
実際どうなのかな、と彦麻呂はロードローラーとの間に割って入った櫟をアシストする形で螺穿槍を繰り出した。ターゲットとの間に突然割りこんできた灼滅者達に、ロードローラーはぎゃりぎゃりとドリフトのように横滑りしながら急停止する。
腰が抜けているのか這いつくばったまま動かない社長を肩越しに振り返った櫟は、股座をみっともない染みで汚しているその姿に、振り返らなければ良かったと一瞬後悔した。
「あのさ……ぼーっとしてないで早く逃げたら? そしてさっさと帰って寝なよ」
「ひ、ひあ、た、やすけ」
そのまま脚に縋りつかれかけたものの、ロードローラーから注意を逸らさず素早くバックステップで避ける。櫟の脳裏の片隅には、クズと銘打ったラベルをつけるとするならすぐに思いあたる顔がいくつも浮かんでいた。何だかそんな彼等とよく似た表情をするこの男に、縋られたくなどない。
「たのむ、頼む助けてくれ、オレにできることなんでもする、助けてくれたらいくらでも」
汗と涙と鼻水と涎で顔をどろどろにして懇願してくる社長をそのまま無視しきり、櫟はクロスグレイブを構えた。畜生の所業を本心から改めるなら助けてやると一言くれてやってもよかったが、心底腐りはてた根性でこんなに楽で愉しい生き方から足を洗えるとは思えない。
「別にあなたみたいな人を見殺しにしたところで、まったく心は痛まないんですけどね……さあどうします? お金で買収とかしてくれますか?」
にこり、と彦麻呂が笑って言った台詞に社長の顔が青くなる。圧倒的とも思えたロードローラーを妖の槍でいなし、イサや蓮二と共に押し返す姿に仰天したのか、それともあれだけ肝を冷やしたロードローラー以上のものが現れたと戦慄したのかは、彦麻呂にとっては心底どうでもよいことだ。
「一惺、櫟くん達をお手伝いして」
ただひたすらロードローラーへ攻撃を叩き込むことに集中しながら、灯倭は前へ出した一惺へ斬魔刀での攻撃補助を命じる。
二大勢力であるヴァンパイアと六六六人衆の同盟が成ることで、ややもすれば武蔵坂は取り返しのつかない苦境に陥るかもしれない。こうすることが正しかったのかは灯倭にはわからない、しかし恐らくそれはダークネスとの戦いの決着がついてみなければ本当の意味ではわからないことだ。
それに手の届く場所にある命が一方的に奪われようとしているなら、灯倭は後悔しない道を選びたい。恐らくヒトが生まれながらに持っているはずの良心と、その呵責の声に耳を傾けてくれる可能性を信じたかった。
そして、たとえこの悪徳社長が改心しなかったとしても、それでも灯倭自身はその時選べる最善の選択をしたと自分に誇ることができる。
「分体が得た知識はロードローラー本体に伝達される、んだよね」
たしか『ロードローラーは会話はしないが知識は伝達される』という事なので、キャッチボールはできないがこちらが投げることはできる、というあたりだろうと灯倭は考えた。妖冷弾で凶悪な突進を足止めしていた昭子も同じように考えたらしい。
「伝えて、もらえますか」
ごわんごわんと耳障りな金属音を轟かせながら迫るロードローラーをひたりと見据え、昭子は自分の身を守らせるように黒槍をかざした。ちりりと小さく震える鈴の音も、今は聞こえない。
「もしかしたら、既に、彼女から聞いたかもしれませんが。わたしは、選択肢を理不尽に奪う行いが、ゆるせないのです。殺して良いと一方的に押しつける行いを、見過ごせないだけ」
灼滅者は正義の、いわゆる正統な人類の守護者ではない。何が善で何が悪か、正しく判断することだってきっとできやしないと昭子は思っている。
「確かに、殺されても仕方がないような行いは、きっと世の中にはあるのでしょう。その裁きとして死を望む声だって、あるのかもしれません。それでも、それを、あなたたち六六六人衆に決められる謂われはありません」
「そうだな……確かに人としてこの男が、生かし守るに値するかどうかは甚だしく疑問ではある。しかし、だからと言ってダークネスにより殺される事が是とは言えない」
同盟を望むならサンプルを差し出せと言われて、ダークネスと歩みを同じくするなど到底受け入れられないと拒否した日と、イサの気持ちは変わっていない。
「ダークネスならば倒す、ダークネスに与するならば斬る。そうしてダークネスから人を守る。それが私の灼滅者としての生き方だ、これまでもこれからも、それを違えるつもりはない」
「そーそー、ついでに俺の主張も届けてくんないかな、いい機会だからさ」
横薙ぎにするように振るった杖でロードローラーが盛大に後退するのを見届け、蓮二はひとつ息をついた。分体という話だったが、ハンドレッドナンバーという言葉から想像するイメージと目の前のロードローラーの力量はあまり重ならないような気がする。
「少し前の話とも重なるけどさ、そっちの偉いやつに伝言してよ。殺されて当然――救われなくて当然な人間を探せなかったのは、救われて当然なんて人間もいないからだ、って」
ハ、と軽く鼻で笑ってみせたものの、笑顔を貼り付けたままのロードローラーの人頭を見る蓮二の双眸は鋭い。
「どうせ、救いなんてもんは対象を限定しちゃくれないんだ。救われるべきだと大勢に願われる人間が簡単に死ぬなんてあるあるすぎて、今更問題にもなりゃしない。一切合切全部救えなきゃ、そんなもん本当の救済じゃないんだよ。救いをえこひいきされたらきっと、そいつはそれだけで悪になる」
「まあ、釈明の余地が一切ないクズが被害者であることは間違いないか」
一定の距離を保っての睨みあいになり、陽太はそれ以上近づくなとばかりにクロスグレイブから制約の弾丸を打ち込んだ。戦闘となればスイッチが入ったように淡々とした声音になるのは、北海道での初めての依頼から数年を経ても変わらない。
「けれど、だからこそこいつは人の手によって裁かれるべきだ。ダークネスが横から余計な手を出してくるんじゃないよ。そういうのは巨大なお世話って言うんだ」
「あのっ」
【粗悪品調整器『インフェリア』】を手に、エメラルがやや勢いこんで声をあげる。
ロードローラー本体に伝わるなら、もしかしたら。
「水無月にも聞いてもらえるかな……水無月、蛍。もしできたら、ちょっとだけ伝言をお願いできないかな」
そう、もしかしたら六六六人衆の他の相手にも伝えられるかもしれない。酔狂なロードローラーのこと、気紛れに本人にこんな事があったと何かの話題にとりあげるかもしれない。戦神アポリアからの提案を伝達し、返答次第によっては殺害対象サンプルを連れ帰るために捨て駒とされ、そして傷だらけで帰還したはずのダークネス。
「何も変わらなくても、変えられなくても。それでもやっぱり、あの時キミと少しでも話ができたことは、無駄じゃなかったと思うの!」
みんなが笑いあえる世界になればいい。そうなればどんなにか良いだろう。心の底からエメラルは今でも思っている。きっとみんなが互いを受け入れて、笑顔で抱きしめあえる世界はまちがいなくあたたかな幸福に満ちて色彩豊かに輝いているに違いない。
「だから、ありがとう! 戦いになったら、きっとボクもキミも戦うけれど、」
でもそれが夢でしかないことも、どうにもならない現実が目の前に横たわっていることもエメラルは知っている。諦観にも似たひどく冷えた、色褪せた気持ちで。
みんなが笑いあえる世界になればいい。そうなればどんなにか良いだろうに、エメラルには世界を変える方法がまだ思いつかない。
「それでもこの気持ちは、本当のモノだよ」
こうしてエメラルがロードローラー本体宛てではなくただの六六六人衆個人にとった行動も、実は何の意味もなく終わるのかも知れない。でもそれでもいい。何らかの行動を起こしたことで、何もしないで終わっていた未来よりも多少なりとも変わるのならば。
一応殺させるわけにはいかないので櫟が庇ったままの悪徳闇サラ金社長が、さんざんな言われように涙目になっている。それでも一応こちらが救出しに来たことは理解したようなので、櫟は軽く釘を刺しておくことにした。
「勘違いしないで欲しいんだけどさ」
正直視線が交わることさえも嫌だったので前を見たまま告げる。
「俺達はどちらかと言えばお前に死んで欲しくないんじゃなくて、それを許したらヒトデナシだからそうしないんだ、って事を覚えときなよ」
ひぐ、と涙混じりの押し殺した声が漏れて櫟は眉をしかめた。本体に伝えたいことは皆言い終えたのか、どちらからともなく戦闘が再開される。
打ち合ううちに、正真正銘のハンドレッドナンバーである本体ならいざ知らず、分体は本体ほどの力量はないのかもしれないとイサは考えた。撤退さえ選べば負ってこず灼滅必須ではないというあたりがこのたびの難易度をよく表しているのだろうと思っていたが、どうやらロードローラーの実力という側面もあるのかも知れない。
「それはそれで好都合というもの。遠慮なくいかせてもらおう」
「あまり苦労せずに終わりそうで何よりだよ」
ばさりとウィザードローブの裾を払い、陽太は酷薄な笑顔を浮かべる。狙い澄ましたサイキックを人頭に浴びせて確実に削っていくと、ほどなくして表情も変えずにロードローラーは沈黙した。
がらごろと部品が脱落し消滅していくロードローラーを尻目に、涙ながらに駐車場の外へ連れ出された社長へこれ以上言うべき言葉をエメラルは探せない。
「神様は弱い者を助けないよ」
お前もよく知ってるよね、と念を押して櫟は声へ力こめる。
「……次はないんじゃないかな。いつ殺されても仕方ないんだから、それまでせいぜい楽しく愉快に生きれば良いとは思うけどね」
「ああ、今日は見逃そう。しかしお前はそれを幸運だと思い、後悔も反省もせずほくそ笑むのだろう? 違うか?」
そんな事ははないと社長は必死に首を振るものの、イサは容赦がない。
「だが、忘れるな。天秤の傾きが違えば すぐにでも狩れる者達がいることをな」
「僕らの助けはたった一回きりのお情けだ。今晩お前を襲ったアレは、これから毎晩お前を襲うよ」
もはや戦闘は去ったとばかりに濃色のローブの裾を広げ、陽太は怯えきっている社長にぐいと幅寄せした。
「お前が自首するまで、アレはいつまでもお前を殺しにくるだろうね」
毎日来るとかそんな嘘、1日でバレるのに……と思いつつも、彦麻呂は黙って聞いている。警察に突き出して何とかなるならとっくに捕まってそうというのが正直な所であるし、見殺しにしないという選択した時点でサラ金社長に関しては諦めているだけだ。
社長が自宅に戻るべく這々の体、といった雰囲気をにじませながら逃げ出していくのを見送り、昭子がおもむろにスマフォを手にする。
「あ、もしもし。警察、でしょうか」
この夜からほどなくして連日ロードローラーの悪夢に悩まされ続けたとある悪徳社長が逮捕されるのは、また別の話だ。
作者:佐伯都 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年7月26日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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