ロードローラーの選別殺人~生かすべきか死ぬべきか

    作者:三ノ木咲紀

     地下深くに建設中の施設の一室に、円卓があった。
     円卓を囲むのは、三十体を越えるダークネス。
     ハンドレッドナンバー以上を持つ六六六人衆とアンブレイカブルばかりで、円卓の周囲は異様な雰囲気に包まれていた。
     円卓を囲むダークネスの中で、序列を持たないのは二人だけ。
     一人は一般人であるプロデューサー・ミスター宍戸。
     もう一人は、黒の王の特使である闇堕ち灼滅者・銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)。
     右九兵衛は黒の王の特使として、六六六人衆に同盟の提案を持ちかけに来たのだ。
     爵位級ヴァンパイアが持ちかけた同盟条件は、爵位級ヴァンパイアが支配した世界の中で、『体制をゆるがせない範囲で、自由に殺人を楽しむ事』を認めるというもの。
     奇しくも、六六六人衆が灼滅者達に持ちかけた同盟条件と近いものだった。
    「サイキック・リベレイターは、六六六人衆に対して使用されとります。つまり、近日中に武蔵坂学園が六六六人衆に対して大攻勢をかけてきますやろなあ。その時、同盟を結んでいれば、爵位級ヴァンパイアの主力が援軍として協力させていただきますえ」
     同盟のメリットを強調する右九兵衛に対して、ミスター宍戸は腕を組んだ。
    「爵位級ヴァンパイアの支配する世界は想像がつきますが、随分と堅苦しい世界になるでしょう。灼滅者が支配した世界の方が、六六六人衆にとって、楽しめる世界になりますね」
    「そうは言わはりますけど、武蔵坂はダークネス絶対殺す組織、灼滅者はダークネス絶対殺すマシンやで。同盟なんて、まずありえへんのと違います?」
     闇堕ち灼滅者である右九兵衛の言葉が、説得力を帯びて円卓に響く。
     武蔵坂学園も同盟候補として挙げることで交渉の主導権を握ろうとしていたミスター宍戸は、小さく息を吐くと円卓の一角へ視線を映した。
    「わかりました。武蔵坂学園との同盟の可能性が潰えたならば、爵位級ヴァンパイアとの同盟を受け入れましょう。ロードローラーさん」
     声を掛けられたロードローラーが、ピクリと顔を上げる。
    「あなたの出番です。灼滅者との同盟の可能性、とくと調べてきてください」
     ミスター宍戸の言葉に、ロードローラーは口の端を上げた。


    「……という訳で、殺害しにきちゃったのよねー♪」
     歌うように語ったロードローラーの分体は、怯える男の顔にローラーを寄せた。
     パーティ会場のホテルで上流階級と呼べる人々と歓談をしていた元外科医の病院経営者の男は、怯えた目でロードローラーを見た。
     他の参加者は、ロードローラーが放つ殺気に当てられて皆逃げてしまった。警備員すら呼んでも来ない。
    「お……お前の望みは何だ? 金か? 金ならいくらでも払う! 『商品』の融通でも何でも言う通りにするから助けて……」
    「そうやって命乞いする女たちを、殺して来たんだよね~♪」
     楽しそうに歌うロードローラーは、ステップを踏むように巨体を揺らした。
    「不法滞在外国人♪ 孤独な女をひっかけて♪ 『女として酷使』した挙句♪ バラして臓器を売り払う♪ ついでにポルノも売り払う♪ たまには奴隷も売り払う♪ えげつない外科医♪ 俺と同類♪」
     キシシシと甲高い声で笑うロードローラーに、外科医は狂人の笑みを浮かべた。
    「なんだそのことか」
     ひとしきり笑った外科医は、一つため息をついた。
    「生きていたってなんの役にも立たない女を一人を殺せば、数多くの『優秀な人材』の望みを叶えることができるのだ! どちらが有益か、考えなくても分かるだろう? これはむしろ社会貢献……」
    「じゃあこれも社会貢献♪」
     勢いをつけたロードローラーが、外科医を踏み潰す。
     全ての臓器を踏み潰された外科医の死体へ、ロードローラーは嘲笑を浴びせた。


    「戦神アポリアの提案への対応、お疲れ様や。色々難しい選択やったけど、皆が選んだ選択や。胸を張ってええと思うで」
     労いの声を掛けたくるみは、ふと表情を曇らせた。
    「せやけど、戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)はんが心配してはった通りのことが起こったで。ロード・クロムの撃破で朱雀門を完全に失うた爵位級ヴァンパイアが、『目と耳』の代わりに六六六人衆に同盟を持ち掛けとったんや」
     六六六人衆側は、未だ武蔵坂学園との同盟を諦めてはいないようだ。
     だが、それが不可能となったら爵位級ヴァンパイアとの同盟を締結してしまうだろう。
     六六六人衆と爵位級ヴァンパイアが同盟を結んだ場合、武蔵坂の劣勢は免れない。
     灼滅者との同盟の可能性を探るために、ロードローラーが動き出している。
     ロードローラーは灼滅者が提示した条件である『犯罪組織トップ』『確実に殺人を行っているが法で裁けずにいる悪徳経営者』『法で裁けない犯罪者』『ダークネスに積極的に協力する一般人』を襲撃しようとしているのだ。
    「このロードローラーの襲撃を、皆が認めるか認めへんか。これで同盟の可能性の有無を判断しようとしとるみたいや」
     ロードローラーは都内の高級ホテルで行われているパーティ会場に現れ、外科医を殺害する。
     ロードローラーが現れた際に、殺界形成に似た能力で人払いがされており、他の一般人が巻き込まれることはない。灼滅者達による人払いも不要だろう。
     くるみはふと表情を曇らせると、ため息をついた。
    「この外科医やけどな、冤罪やのうてホンマもんの悪人や。ロードローラーが言うとったことは事実やし、反省も後悔もしとらん。これからもせんやろう」
     ロードローラーは分体であるため、灼滅者達が攻撃を仕掛けて来た場合は外科医の殺害を中止して迎撃してくる。
     灼滅者達が撤退すれば追撃はせず、止めを刺しに来ることもない。
     ロードローラーのポジションはクラッシャー。殺人鬼とロケットハンマーに似たサイキックとシャウトを使う。
     ロードローラーは分体の為、語る言葉に意味はない。
     会話は成り立たないが、分体が得た知識は本体に伝わる為、伝言を伝えることは問題なくできるだろう。
    「……今回、どうするんが最善なんかはうちも分からん。うちはただ、皆がよう考えて出しはった結論を支持するだけや。難しい問題やけど、よう考えて決断したってや」
     表情を見せないくるみは、静かに頭を下げた。


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    古海・真琴(占術魔少女・d00740)
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)
    雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)
     

    ■リプレイ

    「じゃあこれも社会貢献♪」
     わめく外科医を踏みつぶそうと迫るロードローラーに、炎の拳が突き刺さった。
     握り締めた拳に白焔剛気・阿修羅を纏わせた大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)は、動きを止めたロードローラーを睨みつけた。
     攻撃を相殺され彩の視線を受けたロードローラーは、ローラーを止めると楽しそうに巨体を揺らした。
    「やあやあ来たね灼滅者♪ 助けていいの? 人殺しなのに♪」
    「いくら極悪人だからといってお前達が殺していい理由にはならないし、世界の支配者になる気もない!」
     怒りと共に振り抜かれる彩の拳に、ロードローラーは小さく後退する。
     彩の攻撃を受け止めたロードローラーは、動けない外科医へローラーを向けた。
    「助けていいの? いいのかな♪ きっとこいつまた殺す♪ 未来の被害者、見過ごすの♪」
     踊るように巨体を揺するロードローラーを黙らせるように、黙示録砲が放たれた。
     さくら・くるすの照準から目を離した羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は、ロードローラーを静かに見据えた。
    「……確かに救いようのない悪人だとは思います。この人は改心などしないのでしょう。けれど」
     ロードローラーから視線を離さない陽桜は、外科医を守るように片腕を広げた。
    「だからと言って『殺されてもかまわない』とは言えない。人間は人間の社会の中で裁かれる必要があります」
    「その通りやねぇ」
     どこかのんびりとした口調と共に、黄色い光が前衛を包んだ。
     交通標識を構えた雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)は、「ローラー注意」と書かれた標識を構えると外科医を振り返った。
    「頑張って立件して、外科医さんを犯罪者さんにせんと」
    「罰は司直に委ねます。ですが……」
     前衛へ向けてGolden Dawn-TAROTを構えた古海・真琴(占術魔少女・d00740)は、殊更派手に防護符を解き放った。
     舞うように前衛へ癒しと防護を与えた真琴は、脅すように外科医の鼻先へと護符揃えを構えた。
    「私はあなたを何時でも殺せますよ。……なんてね」
     脅しを込めてにっこり微笑む真琴に、外科医は青ざめた。
     動けない外科医とロードローラーを引き離すように、伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)が割って入った。
     雷を纏わせた拳が、ローラーに炸裂する。
     派手な雷光を纏わせた拳を握り締めた蓮太郎は、腰を抜かす外科医をチラリと振り返った。
    「ロードローラーの襲撃からは助けてやる。さっさと行け」
     蓮太郎の言葉に息を吐いた外科医は、大声を出しながら暴れだした。
    「け、警備員! 警備員はどこだ! 不審者……」
    「大人しくしていただけませんか? 下手に動くと……」
     大声で喚いて逃げ出そうとする外科医の肩を叩いた神凪・燐(伊邪那美・d06868)は、全身に金色のオーラを纏わせ威圧した。
    「痛い目に遭いますよ?」
     燐のオーラに中てられ、大人しくなった外科医の腕を、睦月・恵理(北の魔女・d00531)は掴んで引き起こした。
    「こっちへ」
     引きずるように外科医を連れた恵理は、控室のドアを開けると外科医を押し込んだ。
     ドアを閉める恵理に、外科医はいやらしい笑みを浮かべた。
    「いやぁ、助かったよ! 君には相応の礼を……」
    「追ってた芋蔓を勝手に殺されては困る。それだけです」
     冷酷に言い放った恵理は、笑みを浮かべる外科医の両手首を結束バンドで拘束した。
     外科医を壁際の手すりに拘束した恵理は、突然のことに目を丸くする外科医に微笑みを浮かべた。
    「逃がすよりは殺せって言われてますから、大人しくね?」
     まるで逃げることを期待するような笑みに、外科医は目を見開く。
     何事か喚く外科医を放置した恵理は、急いで戦場へと戻った。


     立ち去る外科医の背中を見送ったロードローラーは、大げさに首を傾げた。
    「いいのかな? いいのかな? このままだったら同盟できないよ♪」
    「結構です。自ら交渉の場に出ずに、相手の動きを誤った情報の元に窺う宍戸のような人物は社会人としても全く信用していませんから」
     きっぱりと言い放った燐は、バトルオーラ・黄龍を纏わせた拳を構えた。
     腕全体から放たれる強力なオーラに車体をゆがませたロードローラーは、揺らしていた巨体をぴたりと止めた。
    「えーなんで? せっかく本体と一緒に、殺す人間を選べるチャンスなのに♪」
     地団駄を踏むようにその場で大きくジャンプしたロードローラーは、ローラーを床にたたきつけた。
     大地震のような振動が、前衛を襲う。
     床を割るかのような振動と衝撃波をまともに受けた彩は、襲う衝撃に息を呑んだ。
     衝撃をやり過ごした彩は、白焔鏖琴・沙羅曼蛇を構えた。
     奏でられる音楽が前衛を癒し、傷を塞いでいく。
     演奏を終えた彩は、バイオレンスギターをロードローラーに突きつけた。
    「何度でも言うけどお前達六六六人衆と同盟を組む気はない! ていうか断ったのに何度もしつこいんだよ! そもそも今まで散々人殺しといて、今更同盟とか受け入れられるわけないね!」
    「命の選定など、灼滅者のすることではないだろう。それはもはやダークネスの所業であると思うぞ」
     バベルブレイカーを構えた蓮太郎は、ジェット噴射と共にロードローラーとの距離を一気に詰めた。
     巨体にめり込むように突き刺さったバベルブレイカー越しに、蓮太郎はロードローラーを睨みつける。
     睨みあうことしばし。
     反動をつけて離れた蓮太郎に、ロードローラーは高笑いを上げた。
    「お前たちも、命を選ぶ♪ 選んで来たでしょ今までも♪ 何を今更♪」
    「……確かに。私もかつてデモノイド灼滅のために、アマチュアカメラマンを見殺しにしました。淫魔の誘いに乗った方も見殺しにしました」
     ロードローラーの声に過去の戦いを思い出した真琴は、我知らず手を握り締めた。
     命を選ぶこと、それ自体は決して罪ではない。そう言っていた人もいる。
     それは事実なのだろう。だが。
     真琴は大きく息を吐くと、火石槍をロードローラーへ突きつけた。
    「ただし! 『灼滅者はダークネス絶対殺すマシン』とまで言われては、癪、ですね。灼滅者と言えども、ダークネスを倒す力こそ得てはいるけど、人間です!」
     妖の槍から放たれる氷の礫が、ローラーを氷結させる。
     氷がローラーに挟まって生まれた隙を突き、真琴のウイングキャット・ペンタクルスのリングが光った。
     しっぽのリングから放たれる癒しの光が、前衛の傷を癒していく。
     動きを止めたロードローラーの車体が鋭い槍で切り裂かれた。
    「選んで殺すなんて何様や!《DORPHAL BAGLE A GRU AZIAGIAR DLVGA A TELOC.》」
     怒りと共に妖の槍を振るった丹の声に、謎の声が重なって響く。
     その声には気づかない様子で、丹は続けた。
    「ウチは人の生き死に決めれる程偉くあれへん、ゆーのに」
    「だから、外科医は見殺しにしません。生きて罪を償わせます。法で裁けないなら、社会的な制裁をもってしてでも」
     傷が癒えきらない前衛へ清めの風を送った陽桜へ、ロードローラーは挑発するような声を掛けた。
    「裁けるのかな♪ 罰下すのも、所詮は人の子♪」
     ロードローラーの指摘に、陽桜は頷いた。
    「社会的上流階級特有のコネクションでやってきたことが潰されてきて今に至っているのなら、そのコネクションも外科医の心ごと叩き壊してやります」
    「復讐も社会の是正も、関係者に見えてこそ意義があります。何より私は祖国の誇る灰色の脳細胞や指輪の教えに賛成です」
     絶斬鋏を構えた恵理は、ローラーを無造作に断ち切った。
    「あららやっぱりこうなった♪ 石頭灼滅者はぺっちゃんこ♪」
     傷ついたローラーでゴロゴロと動いたロードローラーは、甲高い声で笑うと突進を仕掛けた。


     戦いは灼滅者有利に進んだ。
     分体といえど強力な力を誇ったロードローラーだったが、この個体は以前ほどの体力はない。
     弱い個体なのかも知れないが、それでも攻撃は強力でダメージは累積していった。
     追い詰められても逃げる気配はない。
     多彩なサイキックを使い灼滅者達を翻弄するが、連携の取れた攻撃と隙のない回復に徐々に追い詰められていった。

    「あと一息です!」
     真琴が構えた火石槍から放たれる妖冷弾が、ロードローラーを氷結させる。
     氷でローラーを床に縫い止められたロードローラーが、抜け出そうともがく。
     その隙を逃す灼滅者ではなかった。
    「畳みかけます!」
     矢車菊を起動し、炎と共に床を蹴った燐のエアシューズがロードローラーの車体を陥没させる。
     同時に駆け出した霊犬のあまおとの斬魔刀が、陥没した車体を切り裂いていく。
     切り裂かれた車体が、更に陥没した。
     勢いよく蹴りつけた彩の白焔浄靴・伊邪那伎の炎が車体に燃え移り、炎上する。
    「外道な行為で私腹を肥やしてきた外科医さんには、正直心底腹を立てています。ですが、だからこそ、しっかりと裁判で有罪にしてもらいます!」
    「やってみなよ♪ できるなら♪」
     歌うロードローラーの辮髪が、ふいに消えた。
     鋭い辮髪の毛先が蓮太郎の死角から放たれる。
     必殺の一撃はしかし、飛び出した霊犬を切り裂いた。
     辮髪の攻撃から蓮太郎を庇ったシロへ感謝の視線を送った蓮太郎は、ボロボロになったローラーへ閃光百烈拳を放った。
     無数の拳が、ロードローラーを叩き壊すように突き出される。
    「消えろ」
     止めの一撃を食らったロードローラーは、車体が崩れかけるのも構わずに何事か歌っていた。
     消えそうなロードローラーに、陽桜は語り掛けた。
    「ウツロギさん、聞こえてますか?」
     陽桜の声に、ロードローラーはピタッと動きを止めた。
    「みんな、あなたの帰りを待っています。待っててくださいね。あたし達は、絶対に貴方を闇から連れ戻しに行きますから!」
    「いーいこと聞いちゃった♪」
     息を吹き返したように踊り出したロードローラーは、ケタケタ笑いながら車体を揺らした。
    「言ーってやろ、言ってやろ♪ 本体に言ってやろ♪ お前たちの言葉、みんな本体に言ってやろ♪」
     歌うロードローラーの体が、ぼろりと崩れる。
     黒い霧となって消えたロードローラーを、灼滅者達は静かに見送った。


     ロードローラーを見送った灼滅者達は、控室へ場所を移した。
     彩は尋問中邪魔が入らないように、改めて殺界形成を放った。
     喚き散らし助けを呼ぶ外科医の声にサウンドシャッターを使った陽桜は、外科医と視線を合わせた。
    「最初に聞きます。今までの悪事を、自分から話してはくれませんか?」
    「は? 悪事? 何のことだ?」
     予想通りしらばっくれる外科医は、視界の端に入った巨大なウニにぎょっとした。
     自然界のウニにはあり得ない巨大なウニは、何も喋らずただ威圧するようにそこに在る。
     拷問器具にも見える棘球に、外科医は本気で怯えた声を上げた。
    「ひっ! な、なんだその棘は! それで何をする気だ!」
    「何もしませんよ」
     冷淡に言い放った恵理は、外科医の内ポケットを探った。
     分厚い財布を開き、中身を確認する。
     札束には目もくれずカードを確認した恵理は、目的の品を抜き出した。
    「身分証と名刺は、と……」
    「やめろ! 返せ!」
     喚く外科医の頬に、平手が走った。
    「あ、騒いでも無駄ですよ? 誰も気にしませんから。だってあなた、私達より価値が無いんですもの」
    「な! 何を言う小娘が! 俺を誰だと思っている! 俺の顧客には、お前達を社会的に抹殺できる……」
     逆上し喚きたてる外科医に、恵理はため息をついた。
    「ね、無駄でしょ? どうせ嘘ばかりですし、殺していいですよね」
     恵理の目が、危険な色に輝く。
     外科医の目の前で右手を銀狼のそれに変化させた恵理は、本物の殺意を込めて突きつけた。
    「や、やめろ、助けて……」
     本気で怯え、逃げ出そうともがく外科医の視線の先には、威圧する異形。
     他の灼滅者達に救いを求めるが、誰一人として救いの手を差し伸べない。
     絶望の涙を流す外科医に、銀の爪が振り上げられた。
    「さようなら」
     恵理の爪が外科医を切り裂く寸前、鋭い声が響いた。
    「恵理さん! 駄目!」
     燐の制止の声に、銀狼の爪が振り下ろされる。
     外科医の頬を掠め、背後の壁を引き裂いた爪に、身を小さくしていた外科医は大きな息を吐いた。
    「た、助かっ……」
     外科医の安堵の息がぴたりと止まる。
    「助かりましたか? 本当に?」
     むしろゆっくりと振り上げられた燐の拳が、外科医の頭に突き出される。
     安堵から突き落とされる恐怖に、外科医は目を見開いたまま息もできない。
     眼前で寸止めした燐は、しゃがんで視線を合わせると冷たい声で言い放った。
    「貴方は今感じた恐怖以上の事を被害者に与えたのです。自覚して頂かないと」
     恐怖に目を見開き、何度も頷く外科医に恵理は大きなため息をついた。
    「……あーあ」
     恵理は影業を伸ばすと、外科医の周囲へ放った。
     周囲の壁や床が次々と影へ沈み、咀嚼される気配に、外科医はもはや何も声にできない。
     失神しそうな外科医の耳に、彩の声が届いた。
    「その辺にしておかない? こんなのでも身内の人がいるだろうし……」
     彩の制止に、恵理は残念そうなため息をついた。
    「そんなに美味しそうな魂をお預けなんて……」
     身動きできない外科医の肩を、蓮太郎は叩いた。
    「俺たちを若いと見て甘く構えない方が良い。先ほどのロードローラーと同程度のことはできるわけだが、これ以上わざわざ体験してみたいとは思わんだろう?」
     もの凄い勢いで頷く外科医に、王者の風が放たれた。
     真琴はにっこり微笑むと、携帯電話の録音機能をオンにして外科医へ突きつけた。
    「さて。『商品の融通』等の証拠書や『新着商品』の居場所、喋ってもらいましょうか?」
    「あ、ああ……」
     恐怖に晒された外科医の告白を録音し終えた灼滅者達は、改めて外科医を拘束すると警察へ突き出すべく歩き始めた。
     外科医の後ろから威圧していた丹は、ふと俯くとウニの棘をうにうにさせた。
     ウニギャグをやめると、自分の姿は無慈悲な拷問器具にしか見えない。
     分かってはいたが、怯えられるとほんのり傷つく。
     元気がない丹の隣に立った陽桜は、丹に優しく語りかけた。
    「……お疲れ様でした、丹さん」
    「ありがとお、羽柴さん。怯えられるの、悪人ならちぃーっとも気にならぬ……」
    「訳じゃ、ないですよね?」
     陽桜の声に、丹はこくりと頷く。
    「乙女心は、複雑なんよぉ」
    「大丈夫ですよ。あたしは丹さんが優しいってこと、知っていますから」
     にっこり微笑む陽桜を見上げた丹は、小さく頷いた。
    「ありがとぉなぁ、羽柴さん」
     ウニの棘をうにうにさせた丹は、仲間の後を追いかけた。

     その後。
     多数の証拠と共に警察に突き出された外科医はマスコミを大いに賑わせたが、それはまた別の話である。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月26日
    難度:やや易
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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