ロードローラーの選別殺人～汝、罪ありき

■リプレイ

●選別への介入
　腰を抜かした佐竹・秀の前に、青いロードローラーが鎮座していた。
「じゃあ、素敵な絶叫を聞かせておくれよ♪」
　途端、残っていた窓枠すら粉砕しながら鳥辺野・祝（架空線・d23681）が飛び込んだ。
「やり口が厭らしいんだよ畜生！」
　六六六人衆に加担しないのは彼らが描いた絵に乗っかるのが嫌、だからだ。
　履いた帰去来が炎を噴き上げ、彼女の炎を帯びた回し蹴りはロードローラーを部屋の壁へ弾き飛ばす。
「おっとーいらっしゃい♪」
　向きを変えるロードローラーの顔面へ、舞うように後に続いた黒嬢・白雛（ジュリエットに幸せの花束を・d26809）がしたたかシールドを叩きつけた。
「さぁ……断罪の時間ですの！」
　小柄な少女が構えた大鎌に焔が宿る。唖然とする秀の前を抜け、狼川・貢（ボーンズデッド・d23454）は眉を寄せた。彼は罪人だ。だが目前で失われようとしている、助けられる命を見捨てることは出来ない。
　破邪の光を放つ貢の斬撃が、自身に加護を与えながら青い車体を切り裂いた。
　エンジンを噴かすロードローラーと秀の間、漆黒のスカルコート・Dを翻して立ちはだかる天方・矜人（疾走する魂・d01499）の拳が雷光を帯びて青白く輝く。
「さあ、ここから先はヒーロータイムだ！」
　突進してくる車体に真正面から拳を捻じこむ。べこんと景気のいい音がしてフロントが歪み、勢いでロードローラーが数メートル後退した。
　その間に秀を庇う位置についた堀瀬・朱那（空色の欠片・d03561）がカラフルなステッカーサインの標識を構えた。non stopが警戒色を灯して前衛の仲間に加護を纏わせる。
「よ、よくやった。任せたぞ」
　呟きながら這って部屋を出ようとした秀に矜人が釘をさす。
「オレ達から離れたら死ぬぜ？　おっさん」
「へ？」
「大人ししとくんやな。動きゃ即狙われるヨ、間違いなく」
　振り返りざまの朱那の眼光に秀が震えあがった。
　そのやりとりにはお構いなしで、標識を掲げたロードゼンヘンド・クロイツナヘッシュ（花束を・d36355）が仲間に加護をかけながら声をあげた。
「久しぶりだなロードローラー！！　殴らせろよ？」
「わあひどい☆」
　なにしろロードゼンヘンドはつい先日、ロードローラーに襲われたばかりだ。
　青い車体が漆黒の瘴気を噴きだす。灼滅者の前列を巻き込み蝕む瘴気を裂いて、羽守・藤乃（黄昏草・d03430）の縹霄が宙を疾った。夜明け前のような縹色の護布が装甲を抉って戻る。
　瘴気に咳き込みながらも距離を詰め、稲垣・晴香（伝説の後継者・d00450）は運転席の凹みめがけてラリアットを喰らわせた。
「こんな戦いだけど、自分の美学は貫くわよ。だって私、プロレスラーだから！」
　大胆な真紅のリングコスチュームよりも、抜群のスタイルよりも、相手の攻撃を受け止めての反撃こそがプロレスラーの真骨頂なのだから。

●問うべきもの
　ロードローラーの巨体が軽々と室内を舞った。跳び退った晴香と矜人が挟撃に動く。
「オレは一般人を助けはするが、裁きはしねえ。一般人は一般人の法で裁かれるべきだ。灼滅者もダークネスも、そこに関わるべきじゃねえのさ」
　聖鎧剣ゴルドクルセイダーの刃に破邪の光が宿った。
「たとえ相手が、極悪人だったとしてもな！」
　矜人の斬撃を車体で受けとめ、ローラーが絨毯を巻き込み踏ん張る。晴香はその反対から雷光をまとうエルボードロップを喰らわせた。
「『法で裁けぬ悪を斬る』ってのは、昔から庶民の不満のはけ口よね。だけど、それを実行できちゃうのは『彼らがダークネスだから』。超越者にとって法は無いも同然だものね」
　大きく車体を凹ませて不敵に笑う。
「繰り返して言うけど、私は『人である』ことに拘るわ。そこにどんな結末が待っていても、ね」
「佐竹は、司法にかかれば極刑に値するのかもしれません。けれど私達は灼滅者であって警察でも裁判官でもないのです。人を裁く権利などありはしない」
「それって綺麗事だよね♪」
　嘲笑うロードローラーが藤乃へ突進する。避けた藤乃の足元から鈴を連ねたような花影、fairy laddersが滑り出た。青い車体を呑みこみ、揺れて、吐き出す。
　佐竹に思うまま制裁を加えるのはダークネスと同じだと思えてならない。唇を噛む藤乃に代わり、声をあげたのは貢だった。
「宍戸に伝える事があるとすれば、躾の行き届かない六六六人衆は間違いなく甘受出来ないという事だ」
　ロードローラーの急所と思しき駆動系をめがけ、クルセイドソードの斬撃を食らわせる。
「俺は、人の命を切り捨てることは出来ない。たとえ偽善と言われても、たとえ俺が憎まれても、人としてそれは――出来ない」
　それはあの日――助けてと呟いた妹を救えないただの人間だった俺の。俺が人造灼滅者になった理由の、ここまで歩いてきた意味の大事な部分を失うことになる気がするから。
「来いよ序列六三位の分体。止めてやる！」
　死角から飛び出した祝の斬撃が、ロードローラーの装甲を引き剥がし裂いた。
　青い車体が蠢動し、再び衝撃波が灼滅者めがけて迸った。咄嗟に白雛が晴香の、貢が矜人の前に立ちはだかる。そして流れ弾ならぬ衝撃波が秀へも迸った。
「ひ、ひい！」
　言葉にならない悲鳴をあげて目を閉じる……が、衝撃は来ない。目を開けた秀の前には、彼を庇って血を滴らせる朱那がいた。秀を睨みつけて言い捨てる。
「目ぇ瞑るんじゃナイよ。アンタが辿る筈だった末路はこんなモンじゃない」
「冗談じゃない！」
　喚く秀を眺め、前衛の仲間たちを治療しながらロードゼンヘンドが唸った。
「……殺されても仕方がなさそうな奴だな」
　もし自分の家族が佐竹のような奴から被害にあったらと思えば、嫌悪感を禁じえない。六六六人衆に狙われているから仕方なく来ているだけだ。
「これは貴方の悪業の報い。悪業を続けるならば何度でも襲ってきますわ」
　一般人を守る姿勢を貫き、言葉を届けることには幾許かの意義があると信じて、藤乃も語調を強めた。
「ダークネスは断罪致しますの！」
　黒と白の炎に包まれた小柄な身体を血に染めて、白雛が大鎌を振りかざす。守るべきは他者、そして仲間。大鎌に凝る死の力は唸りをあげてロードローラーを引き裂いた。
　隙を逃さず、non stopを手に朱那が色彩の尾を引きながら躍りかかる。打撃は車体を揺るがし駆動系にダメージを与えた。
「勘違いしないでヨ。これは同盟への答えじゃない、アンタの遣り口への答えだ！」
　朱那の怒声はミスター宍戸への伝言だ。雷を宿した拳を構えた矜人が笑って続ける。
「あとな、そろそろ帰ってこいウツロギ。心配しなくても、まだ学園にはお前の帰る場所はあるぜ。それとアポリアには、戦神というなら後ろでこそこそしてねえで出てきやがれと伝えろ」

●裁きはなされず
　灼滅者とロードローラーの激しい戦闘のさなか、一度はおとなしくなった秀は呆れたことに逃走を図る気力が戻っていた。這って逃げようとしている。
「一体何が……げほ、た、助けてくれ！」
「貴様の因果を、そこで見ていろ」
　心中では胸倉を掴みたい程憤ってはいる貢が、秀の首根っこを掴んでその場に座らせた。兄とも思う貢を手こずらせる秀に苛立ち、祝が鋭い声を叩きつける。
「別に助けたくて助けてる訳じゃないからな！　六六六人衆の思惑に乗らない事と、お前の所業を許すかどうかは別の話だ！」
　怒声を浴びた秀が腰を抜かした。
　花結びを放った祝が引き、ロードローラーが引きちぎらんと踏ん張る、一瞬。装甲が鋼糸に刻まれて吹き飛び、貢が蹴りかかる。床を滑った一瞬で噴き上がった炎は車体を焦がし、蹴撃の勢いで弾んだロードローラーはローラーを軋らせて踏ん張った。
「……なあ。この分体、思ったより弱くないかい？」
　考え込んでいたロードゼンヘンドの言葉に、ロードローラーとの交戦経験がある矜人や朱那が頷いた。
「ああ、弱いな」
「なんだろネ。まあ、潰すンだけど」
　床に降り立つ貢の向こう、藤乃の手がすっと上がると部屋の温度が急落する。
「ロードローラーであれアポリアであれ、僅かなりと灼滅者へ戻る希望があるならば、手を伸ばし続けますわ」
　それはかつても仲間と共に彼女が選んだ決断。
「反面、ミスター宍戸の手を取ることはありません。私達は人と向き合い、ミスター宍戸はダークネスと向き合っているのでしょうから」
　凛と響く声と共に、ロードローラーは中心から熱を奪われて凍りついた。白い霜が車体を覆い尽くしかけたが、息を吹き返したようなエンジン音で色を取り戻す。
　もうロードローラーの攻撃はろくに命中しない。ロードゼンヘンドは光の輪を操って、後部ローラーのシャフトに深い傷を入れながら笑いかけた。
「まだ、前に襲ってきたこと根に持っていますからね？　早く先輩に戻って殴らせてくれないと許さないよ」
　もちろんロードゼンヘンドとしても本気ではない。小突くぐらいの予定だ。
「お前が終われば本体……先輩、殴りに行くからな！」
　炎に包まれたロードローラーが回転、停止状態から射出のような急加速で白雛めがけて飛び出した。
「ネバーギブアップなんだよ☆」
　傷は嵩んでいるものの、余裕のある足取りでひらりと白雛は攻撃をかわす。自在に操る罪救炎鎌ブレイズメシアの刃に死の力が宿り、すり抜けざまの反撃は青い車体をざっくり切り裂いた。
「壊滅した朱雀門の代わりを爵位級ヴァンパイアが探していますわ。精々足元を見られないように注意することですの」
　向きを変えようとするロードローラーの真横に踏み込んだ朱那が、non stopでしたたかに打ち据えた。ハンドルが弾けとんで運転席が歪む。エンジンが唸った時には、矜人がサイドに回りこんでいた。
「スカル・ブランディング！」
　腕の延長のようにタクティカル・スパインがしなって亀裂を抉り、装甲が弾け飛んだ。流れこむ魔力の爆発で床から浮き上がったロードローラーのバンパーを、晴香が捉える。
「どんな巨体でも、私の投げには抗えないわよ！」
　車体が応接間の天井をばきばきと抉り、大穴を開けながら弧を描く。二階の床まで割りながらの晴香のバックドロップは、床板をぶち抜いて巨体を叩き落とした。
「わお。天地無用☆」
　車体を這う炎と氷の呪いが勢いを増し、軋む音が耳障りに響いて。
　ロードローラーは大爆発を起こして動かなくなった。

●清算しきれぬ罪
　火災報知機がけたたましく鳴って、秀は安堵の息をついた。
「……や、やった……？」
　途端に何かが頭上をかすめて声をつまらせる。爆発で秀に飛んできた金属片を、朱那が頭ぎりぎりで蹴り飛ばしたのだ。
「ドウ？　自分の命がカネにすらならない気分は？」
「襲ってきたのがアレでなく、貴様に恨みある人間だった場合、俺たちは絶対に来なかった。そして、そういう人間はどれ程の金を積まれても貴様を殺す」
　貢の指摘に、秀が茫然とした顔になった。それを横目に祝が部屋の隅にあった金庫の扉をもぎ取る。案の定、借用証明やら帳簿やら名簿がどんどん出てきた。
　戦いの間と同じ笑顔を秀へ向けて、ロードゼンヘンドも釘をさすことにした。
「もし、もしこれからも今までと同じことを続けるようであれば……どうなっても知らない」
「俺を、見捨てるつもりじゃ……」
　縋りつくような目の秀を、藤乃は表情を凍らせて見下ろした。手を下さないのは彼に罪がないからでは決してない。藤乃が人であるから、だ。
　祝を手伝って金庫の中身を床に放り出しながら朱那が続けた。
「アレは人の法で裁かれない者を襲うバケモノ。アンタが裁かれない限りやってくるヨ」
　いっそ丁寧に晴香がわかるように説明してやる。
「貴方は『彼ら』の様な存在から『殺されても仕方ない人間』として選ばれたの。理由が分かるなら、大人しく自分で証拠を持って警察なり検察なりに自首することね」
「罪を認めて罰を受ければ、今後アイツに狙われる事はなくなるだろう。それでも自首しねえってならそれも良い」
　タクティカル・スパインを携えた矜人も容赦なく現実を突きつける。
「ええ、別に従わなくても構いませんのよ？　次あれが来た時に……こうなるのは貴方ですから。いえ、次に来るようなら……私が先に断罪致しましょう」
　白雛が炎を灯した大鎌で、壊れた屋内と消えていくロードローラーを示して告げた。
　彼の罪の証が呆れるほどに床に積み上げられて、祝は気分が滅入ってきた。
　相応の因果を受ければ良いとは思うけれど、それをして良いのは被害者か人間社会だけだ。通りすがりの自分や六六六人衆がやって良い事じゃない。
（「復讐なんてのは、他人が肩代わりするもんじゃないだろ」）
　やり場のない祝の想いを読んだように、貢が厳しい口調で念を押した。
「……お前は今日死ななかっただけだ。早晩、報いが訪れるだろう。心を入れ替えるか、自首でもしない限りな」
　何か言おうとして声の出ない秀に、まだ血にまみれた晴香が語りかける。
「ホントなら、貴方に『死ぬより苦しい』痛みを与えてやりたいわ。でもやらない。なんでかわかる？」
「なんでって……」
「どんな力を持っていても、私は人間だからよ。不急不正の力は振るわないわ」
　落ちる寸前までスリーパーホールドをかましてやりたい本音を、彼女は呑み下した。
　押し時とみた矜人もぐいと秀に顔を寄せて囁く。
「オレも、アンタがまた襲われれば、また助けるだろう。ただし――今度オレが到着するのは、アンタの腕か足が無くなってからかもしれねえ。物語みてえにいつも都合よく間に合うとは思わないこった」
「お優しいですわね。私は守れそうにありませんわ。法の外に身を置いたのは自業自得ですし、この様子では狙われ続けるでしょうけれど」
　白雛は、冷たい一瞥をくれて身を翻した。ここまで言葉と力を尽くしたのだ、伝わっていると思いたい。
　震える秀の目の前に書類を放り、朱那はトドメの一言を叩きつけた。
「コレは幸運ナンかじゃナイ。アンタの命はバケモノらの掌の上……二度は無い、確実に」
　自分とてバケモノの類。そんな想いをこめた彼女の表情は、割れた窓から吹き込む風で舞う書類に隠れた。秀の背中が急に丸まって肩が落ちる。
「……待ってくれ、行く。行くから、待って……」
　書類を拾い集め始めた秀を置いて、灼滅者たちは屋敷を後にした。

　彼がこれからどうするのかを知る術はない。
　しかし事件は恐らく彼の未来を変えるだろう――灼滅者たちが望んだ通りに。

作者：六堂ぱるな	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年7月26日 難度：やや易 参加：8人 結果：成功！
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