ロードローラーの選別殺人～命を選ぶ者

■リプレイ

「相容れないなぁ、全く」
　夏の夜、昼のうだるような暑さが残る都市の片隅。外壁にひびが入った古びたビルを前にして、桜井・夕月（もふもふ信者の暴走黒獣・d13800）はそんな呟きを漏らした。
「六六六人衆……いえミスター宍戸と、ですか？」
　わずかな風に白銀の髪を揺らめかせ、涼しげな風情を漂わせる壱越・双調（倭建命・d14063）の問いに、夕月は左手で長い髪をかき上げながら投げやりに応じた。
「まあね。同盟や人を選別する理由も必要も、それ自体は納得できるけど」
　一瞬、眼が剣呑な光を帯びる。
「だからって他人の生き死にをこちらで選べってのは違くね？　ってこと。一番肝心な所を相手に丸投げするってのは……」
「同感です」
　双調の傍らに、静かに寄り添うように立つ黎明寺・空凛（此花咲耶・d12208）が静かに応じる。
「こちらの出方を、それも一部有志の行動を観察して己の方針を決めようというのは、つまるところ私たちを交渉相手として信用していないということですものね。もしその自覚自体がないのだとしたら」
　軽い溜息。
「社会人としても失格ですわね」
「ま、そうは言っても、知った以上は何もしないわけにもいかないしな」
　まだ見ぬ敵と救出対象に何を思うのか、月村・アヅマ（風刃・d13869）はビルを見据えたまま言葉を返す。
「一応、悪党といっても今の私達と比べてみたら普通の一般人ですからね。殺されるのを見逃す訳にはいきません」
　周囲の風景から少々浮いた感じのメイド服姿の双海・忍（高校生ファイアブラッド・d19237）の言葉は、きわめて素直なものだった。
「そうだね。悪いヤツだから殺していいってのは違うよね。それに……」
　仲間たちの顔を見回し、富士川・見桜（響き渡る声・d31550）は言葉を切って唇を噛む。
　確かに積極的に守りたい相手じゃない。
　しかし殺していいヤツなんかいない。
　かつて守り切れなかった仲間、己の信念のために灼滅した敵。それらのモノたちに向かって、そう言い切ってきたからには。
「……意地を張らないとね」
　己に言い聞かすように呟いた瞬間。轟音が響いた。続いてメキメキという破砕音。
　ビルの見えぬ反対側、硬く重いものを何度もぶつけて無理矢理何かを砕くような。
「来たね。行くよ、親友！」
　柔道着姿のビハインドに声をかけ、富山・良太（復興型ご当地ヒーロー・d18057）は真っ直ぐに走り出す。
「少々お待ちを」
　神無月・佐祐理（硝子の森・d23696）は一瞬眼を閉じ、己の内なる闇を解放した。両脚がひれのついた尾へと変じ、同時に白い肌を突き破って背に広がったのは茶褐色の巨大な翼だ。
「――では参りましょう！」
　魂以外を全て闇に明け渡した真の姿もそのままに、佐祐理は目を見開くと、不敵な口調で宣言した。素早く身を翻したその背が良太に続いてビルの入り口に消え、次いで残る灼滅者たちも一斉に走り出す。ビルの入り口のほの暗い空間が、合わせて８つの人影とそれより小さないくつかの影を飲み込んで――。

●
「……熊上樫男、３２歳。分類、『確実に殺人を行っているが法で裁けずにいる悪徳経営者』。罪状、幼児誘拐扶助、人身売買及び……」
　片側の壁が崩れたビルの一室。豪華な調度品が並んだ部屋では、壁を突き破って現れた巨大な紅いロードローラーによる部屋の主への死刑宣告が行われていた。腰を抜かしてへたり込んだままの男にむかって、やがてローラーに生えた生首が宣言する。
「条件に完全に該当、処分する」
「処分て、俺は何も悪いことなんざ……求められて供給してるだけで……」
　仰向けのまま逃げようとした男を、急加速したローラーが押しつぶそうとしたその刹那、開いた扉から三筋の疾風が舞い込んだ。
　黒と黒と白と茶。霊犬とビハインドがそれぞれ２体。
　空凛と夕月と良太、そして忍の命を受けた彼らはローラーと男の間に割って入り、ローターの回転を身体を張って食い止める。その直後に灼滅者たちが一斉に部屋になだれ込んだ。
「おほっ！　邪魔者の出現だあ♪」
　生首をぐるりと巡らし、一気に剽げた口調に変わったローラーが叫んだ。
「急いで殺しちゃうよーん☆」
　ローターの回転が上がる。ビハインドたちの腕がきしみ、足が後退する。ローラーの巨体が目前に迫った男は、身体を返すと四つん這いの姿勢で出口に向かった。
「あ……あわわ……あ？」
　その目の前に突然現れたモノを見て男は動きを止めた。
「何？　ヒレ？　魚？」
　鱗に覆われた胴体を追って顔を上げると、女の身体の上半身が見えた。巨大な翼も。そして妖艶な微笑を浮かべた黒髪黒眼の娘の顔も。
「幼女誘拐犯では、この姿で誘惑するのは無理、かしら？」
　伝説の魔物サイレンそのままの姿を晒した佐祐理は髪を掻き上げ、呆然としたままの男の顔を挑むように見つめた。しばし目を合わせたあと、ふとその視線が横を向く。視線を受けたアヅマは軽く肩をすくめた。
「了解です」
　その身体から穏やかな風が湧き起こる。学園で「魂鎮めの風」と呼ばれる眠りの風が。
「それでは行って参ります」
　風に巻かれて即座に眠りの淵に沈んだ男の身体を、一礼した忍が抱え上げた。荷物か何かのように肩に担ぐとあっという間に部屋から飛び出していく。
「逃がさないよ～ん♪」
　床の絨毯を巻き込むように剥いでむき出しのコンクリをガリガリと削りながら急旋回、そのまま部屋の出口に向かって加速しようとするロードローラーの前にアヅマと良太、見桜が立ちふさがる。さらに一旦引いたビハインドたちも加わり、強行突破は無理と見たかローラーの動きが止まる。
　一瞬の静寂が生まれた。破ったのは静かな風情でその正面に佇む見桜の一言だった。
「引くつもりはないかな？　彼を殺させる気はないけれど、あなたと戦う気もない」
　凜と発せられた言葉がローラーを打つ。だがそれは紅い生首の面上であっさり砕けた。
「邪魔者、排除排除ぉ～！」
　せせら笑うように答えた首の髪が生あるもののように伸び、とっさに構えをとった見桜の両腕を強烈に打ち据える。
「これは個人的な意見だけど」
　やはり無理か、と思いながら夕月も呼びかける。
「同盟は結構だけど、ここで彼を殺しても意味はないからここは退いてくれないかな？　君達が殺す理由まで責任持てないよ」
　仮に罪ある者を断罪するのだとしても、ただ殺すだけでは灼滅者が忌避するものは解決しない。そんな思いを込めた言葉に返されたのは、ローラーからの強烈な殺気の放射だった。
「……やむを得ません。ここは」
　双調が少し離れて立つ空凛を見た。空凛は深く頷いた。
「ええ。聞く気は無いようですが、言葉自体は届いているようですし、あとは伝えたいことだけを伝えた上で」
「灼滅、だな」
　気合いを入れ直すように帽子をかぶり直しながら答えたアヅマの一言が、実質的な宣戦布告となった。
「『灼滅者はダークネス絶対殺すマシン』と言う発言は、訂正願いたいですね」
　ローラーと対するように己の異形の姿を晒しながら佐祐理が突撃する。
「灼滅者と言えども、血の通った人間です！」
　両腕の注射器をローラーの硬い表面に無理矢理突き立て、反撃をかわして跳びすさる。入れ替わるように良太が前に出た。
「六六六人衆と学園では価値観が違い過ぎるので、同盟は無理です。まあ、ヴァンパイア側の使者の銀夜目先輩も学園の生徒でしたが……」
　エアシューズが唸りを上げる。炎が揺らめく。
「あ、あの人は詐術や裏切りが得意な人ですよ。同盟内容はともかく、彼個人には気を付けた方が良いですよ。学園もまんまとやられましたし」
　良太の前進と言葉を共に封じようとするかのように再び生首の髪が伸び、シューズに絡みつき締め上げる。だが良太の前進は止まらなかった。
「まあ、宍戸が腹芸が出来ないとは思いませんが！」
　髪を振り払って回し蹴り気味に放ったシューズの炎はローラーへと移り、そのボディをさらなる紅蓮で染め上げた。
「まぁ……悪党だってのは間違いないんですけどね」
　横合いからアヅマが突進した。右腕の縛霊手を掲げる。
「とはいえ『コイツを殺してはい終わり』なんて訳にもいかないんですよ」
　灼滅者個々人の意見の違いはあれど、「六六六人衆の理屈を押しつけるな」の一点でこの場の８人は一致する。拒絶の意を込めた鬼神変の一撃はローラーの横腹に命中し、頑丈なボディを大きくへこませた。
　そしてさらに数分、紅いロードローラーと灼滅者たちの激闘が続く。
「戻りました！」
　開いたままの扉を律儀にノックしながら忍が部屋に飛び込んできた。
「あいつは？」
　ローラーから伸びた髪をはたき落としながらの佐祐理の問いに、忍は元気に答えた。
「大丈夫です、入り口近くの安全そうな部屋に捨てて……いえ、保護してきました。まあ」
　ちらりと毒の入った笑みが漏れる。
「眠った状態ですから、どんな夢を見ているかは知りませんけどね。眼が覚めた時からが悪夢の始まりかもしれませんとは予告しておきました。それより」
　メイド服姿の少年は目を輝かせた。
「これが噂のロードローラーさんですか。一度は戦ってみたかった相手です」
「ああ」
「なるほど」
　忍の発言を聞いてアヅマと夕月が顔を見合わせた。それまで何となく感じていた違和感の原因を理解したのだ。
　弱いのだ。三年ほど前にもロードローラーの分体が猛威を振るい、二人は種類は違えどそれぞれにローラーと対決した。自身の成長分を差し引いても、今回のローラーは確実に弱い。
　となれば。
「さっさと片付けようか」
「同感」
「合わせます！」
　再び突撃したアヅマの後に夕月が続き、それを援護するように忍のダイダロスベルトが伸びた。縛霊手２つの同時攻撃にベルトの一撃が重なり、生首周りの装甲板が一気に削り取られる。
「おほっ！　まぁだまだぁ☆」
　すでに修理困難なレベルの損害を受けつつもローラーはなおも強大な殺気を放出する。ティンと良太が直撃を受け、その膝がわずかに落ちかかる。だがそこまでだった。
「ミスター宍戸に伝えて。損得でなびくようなものを信念って言わないから」
　言葉と共に見桜のクルセイドソードが躍る。天井すれすれからの垂直落下と共に非実体化した剣はローラーを通過すると同時に霊的防護を破壊する。さらに良太の縛霊手がえぐり、そこへ佐祐理の黙示録砲が直撃する。あと一押し、と見切った双調が朗々と述べた。
「一度、人殺しを伴うような同盟はお断りしたはずです。一部の人が容認したとて、私達は多数います」
　唱和するように空凛の声が続いた。
「交渉とは、交渉を望んでる本人が交渉の場に出向くものです。それが常識です」
　何かを呼び出すように片腕を掲げた双調の周りに次第に強い風が巻き起こる。風に乗って声が届く。
「一部の情報だけで判断しないで、自ら宍戸ご本人が現場に出て、相手の意見を聞いてみたらどうでしょうか？　それ位しないと」
　空凛が片膝をついてガトリングガンの狙いをつける。己の意を告げ知らせる声はそのままで。
「実際に相手の出方を見たいなら、宍戸、貴方ご本人が場に出向いては？　それ位の誠実さを見せないと」
　満身創痍のローラーが振り向いた。
「「信用されませんよ」」
　二人の重なった声と共に風が切り裂き、弾丸の嵐が降り注ぐ。
「ぐぉ、お、ぉを！」
　破砕された生首が上げた奇妙な断末魔の声を残して、紅いロードローラーはその任務を果たすこと無く灼滅された。

●
「な、なんなんだよおい。新手の妨害か？　それとも売り込みか？」
　戦いが終わって揺り起こされたとき、目覚めた男の――悪徳経営者・熊上樫男の第一声がそれだった。殲術兵器を手にしたままの一団にサイレンの姿のままの佐祐理、さらに霊犬とビハインド。ある意味ロードローラーにも劣らぬ異形の集団に対し、彼は何とか己の理解できる範囲に事態を押し込めようとしているようだった。
「今のロードローラーは『法で裁かれてない悪人』を狙って来ます。また来るかもしれませんね」
　言葉に籠もる嫌悪感を隠しきれぬまま、良太が告げた。
「今回は助けましたが、二度目は無いですよ。僕達も暇ではないので」
「ああ？　……つまり金か？　助けてやるから金をだせってことだろ？　それとも仲間に入れろってか？」
　良太の言葉を見事に誤解した男の顔に、わずかに喜色が浮かんだ。さらにおそらく頭の中で何かの利益の計算と、灼滅者たちの値踏みまでしているであろう小狡い表情が見え隠れしている。それを見て見桜は頭の中が真っ白になるような感覚を覚えた。打ち合わせでのエクスブレインの激怒の理由を理解した。
　こいつには信念どころか、善悪の観念すらない。ある種の弱肉強食の論理に従う「人の天敵」六六六人衆が持つ理性と矜持さえもない。救う命、犠牲にする命を選ぶ現実的な力を持ちながら、ただ己の利益のことしか考えていない。
　本物の屑だ。
（「いや、それでも」）
　そう思って顔を上げた見桜を制し、忍が前に出た。見桜は止められなかった。他者を止めるまでの言葉は持たなかった。
「部屋が散らかってしまいましたので、少々、後片付けをさせていただきました。物持ちでいらっしゃいますね」
　その手には本革の手帳が握られていた。それから携帯電話。いくつかの通帳も。
「あ！　おい返せ、それは……」
　たちまち本性を剥き出しにして飛びかかろうとした男の前に空凛と双調が立ちはだかった。縛霊手とガンナイフを突きつけられて動きが止まった。
「中を見せていただきました。随分と稼いでいらっしゃるようですね」
　空凛の笑顔は怖いほどだった。
「１０歳以下で５０人以上、ですか」
「是非とも私たちにも商売のコツを教えていただきたく」
　双調の穏やかすぎる声に夕月の微笑が続き、さらに佐祐理が殺人注射の針で男の頬を撫でた。
「ええ、一から十まで。叫び声上げようとも通じませんよ」
「証拠のＰＣを運び出してくる。あとは頼んだ」
　むしろここからが本当の戦い。そんな眼をしたアヅマが帽子をかぶり直して部屋を出て行った。
「……なんだよこりゃあ？　夢か？　夢なんだろ、これ」
　ついに泣き笑いの声を上げ始めた男の鼻先をオーラキャノンの衝撃が掠めた。良太だった。
「これも夢ですか？」
　容赦の欠片もない仲間たちを見て溜息をつき、見桜はそれでもなお男に向かって声をかけた。
「生きている限り、また始めることはできる。何を始めるかは、あなた次第」
　そう、と見桜は自身に言い聞かせる。
　人ならざる者の断罪で人の生命が奪われてはならないと、そう信じて自分たちはこの屑男の生命を救った。つまりは己の意思で誰かを救うという一点において、自分たちとこの男は変わらない。だからこそ考え続け、問い続けなければならない。
　生命を選ぶことの意味を見失ったときの自分たちの末路、それがきっとこのような姿なのだから。

作者：九連夜	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年7月26日 難度：やや易 参加：8人 結果：成功！
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