●契約履行試験
地下に建設途中の古代ギリシャ風の神殿。
一角に設けられている円卓の間には、ハンドレッドナンバー以上の序列を持つ六六六人衆とアンブレイカブルが集まっていた。
三十体を優に越える位相異様なダークネスの中で、序列を持たない出席者は二名のみ。
一人はプロデューサーである一般人、ミスター宍戸。
もう一人は、黒の王からの特使である銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)。
右九兵衛は失った朱雀門高校の埋め合わせとして、六六六人衆との同盟を結ぼうとしているのだ。
六六六人衆は高い戦闘力を持ち制御を受け付けない性質がある一方、世界支配への関心は低い。そのため、倶に天を天を頂く事が可能な勢力であると黒の王が判断したのだろう。
黒の王が提示した条件は、爵位級ヴァンパイアが支配した世界の中で、体制を揺るがせない範囲で自由に人間を殺し楽しむ事を認めるというもの。
「サイキック・リベレイターは、六六六人衆に対して使用されとります。つまり、近日中に武蔵坂学園が六六六人衆に対して大攻勢をかけてきますやろなあ。その時、同盟を結んでいれば、爵位級ヴァンパイアの主力が援軍として協力させていただきますえ」
間を置かず、ミスター宍戸は返答した。
「爵位級ヴァンパイアの支配する世界は想像がつきますが、随分と堅苦しい世界になるでしょう。灼滅者が支配した世界の方が、六六六人衆にとって、楽しめる世界になりますね」
瞬く程度の間を置いた後、右九兵衛が切り返す。
「そうは言わはりますけど、武蔵坂はダークネス絶対殺す組織、灼滅者はダークネス絶対殺すマシンやで。同盟なんて、まずありえへんのと違います?」
右九兵衛は闇落ち灼滅者。言葉の証とするには充分すぎるほどだろう。
そして、ミスター宍戸も理解しているのだろう。少しだけ考える素振りを見せた後、視線を移す。
「わかりました。武蔵坂学園との同盟の可能性が潰えたならば、爵位級ヴァンパイアとの同盟を受け入れましょう。ロードローラーさん」
ハンドレッドナンバーの一体、ロードローラーに。
「あなたの出番です。灼滅者との同盟の可能性、とくと調べてきてください」
不気味なほどに静まり返った山中の廃工場の中。黄色いボディのロードローラーの分体が、腰を抜かした男の元へと迫りゆく。
「あなたは今まで相当悪いことをしてきましたね」
「な、何の話だ!」
「表立ってお金を借りられなくなった人にお金を貸し、法外な金利で長く長くむしり取る。返済能力がないと見るや部下や協力関係にある組織を用いて殺害し、その保険金で補填する。あるいは風呂に沈めたり、臓器の密売を手配したり、麻薬の売人に仕立て上げたこともあったとか」
男は腕の力だけで後ずさりながら叫ぶ。
「そんなことはしていな」
「証拠もありますので言い逃れは無意味です」
曇りのない言葉が響いた時、男は顔を驚愕に染め動きを止めた。
「そんな……そんなはずはない、証拠など、あるはずが……」
「これより刑を執行します」
ロードローラーは速度を上げた。
悲鳴を挙げさせる暇も与えずに男を轢き潰す。
不気味なほどの静寂が漂う中、ロードローラーは他には脇目も振らずに後退を始め……。
●教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、メンバーが揃ったことを確認した上で口を開いた。
「戦神アポリアの提案への対応、お疲れ様でした。苦しい決断もあったと思います。ですが、皆さんが誇りをもって選んだ選択は何よりも尊重すべきもの。また、朱雀門高校を完全破壊しロード・クロムを撃破したことも、素晴らしい結果だったと思います」
しかし、戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)が危惧していた通り、朱雀門を完全に失った爵位級ヴァンパイアが、失った目と耳の代わりに六六六人衆との同盟を提案していることが判明した。
六六六人衆は灼滅者との同盟を諦めていない様子だが、それが不可能となれば、爵位級ヴァンパイアとの同盟は締結されてしまうだろう。
強力な力を持つ両勢力の同盟が実現した場合、非常に厳しい戦いを強いられることになる。
「そして、灼滅者との同盟の可能性を探るためなのか、ハンドレッドナンバーのロードローラーが動き出しています」
ロードローラーは灼滅者が提示した条件である、犯罪組織のトップ、確実に殺人を行っているが法で裁けずにいる悪徳経営者、法で裁けない犯罪者、ダークネスに積極的に協力する一般人……といった人々を襲撃しようとしているのだ。
「恐らく、このロードローラーの襲撃を認めるか否かで、同盟の可能性の有無を判断しようとしているのだと思われます」
続いて……と、葉月は地図を開いた。
「皆さんに赴いてもらいたいのは、この山中の廃工場。裏取引に使われている、なんて噂もある場所ですね」
そして、その噂は真実であると葉月は語る。
「この場所を取引場や処刑場として利用している闇金融業者がいました。その闇金融業者の社長が、今回のロードローラーの標的になっています」
協力関係にある非合法組織が防波堤になるなどして警察の捜査を受けることがなかった闇金融業者。しかし、証拠自体は残しており、非合法組織を無視できるのならば真実にたどり着くことは容易。
まず間違いなく殺人を始めとした様々な悪事に手を染めている、そんな組織だった。
「もっとも、ロードローラーは条件内容通り、闇金融業者の社長だけを殺すつもりみたいですね。同行していたらしい社員は、ESPによって無力化されています」
また、ロードローラーは分体であるため、灼滅者が攻撃を仕掛けてきた場合は一般人の殺害を中止して迎撃してくる。また、灼滅者が撤退すれば追撃せず、灼滅者にトドメを刺そうとすることもないようだ。
「それから、ロードローラーの分体が会話を行うことはありませんが、得た知識は本体に伝わるみたいです。ですので、伝言を伝えるということは問題なくできると思われます」
最後に、戦闘能力について。
戦闘方針は攻撃特化。
プレッシャーを与えながらにじり寄り轢き潰す、ジャンプし加護ごと押しつぶす、地面を砕き礫を飛ばし連続したダメージを与える、といった行動を取ってくる。
「以上で説明を終了します」
葉月は地図など必要なものを手渡し、締めくくった。
「私が言えることはただ一つ。どうか、後悔のない選択を、そのための行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085) |
紫乃崎・謡(紫鬼・d02208) |
無常・拓馬(カンパニュラ・d10401) |
秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451) |
葦原・統弥(黒曜の刃・d21438) |
●夢幻は現のもの
月のない夜。
風もなく静まり返った山中の、奥の奥。滅びを待つのみとなった廃工場と言う仮面を被せられ闇に半身を預けた者たちの処刑場と化していた場所に、甲高い音色が響き渡った。
「……」
地面にへたり込んでいる男へとにじり寄っていた、顔を持つ黄色いロードローラー……六六六人衆の分体の進行を、黒い刀身に黄金の王冠が描かれている巨大な刀で受け止めた葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)は全身に力を込めて押し返す。
両者の間に僅かな空隙が生まれた瞬間、物陰から灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)がホロサイトなど様々な機能が追加されているライフルを両手に飛び出した。
まずは抑えると間に割り込んで、顔面に銃口を突き付けていく。
エンジン音を唸らせながら、ロードローラーは後退し始めた。
不意の一撃を防ぐため、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)もまた間に割り込み槍を両手に構えていく。
「……」
「……」
無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)も隣に並ぶ。
槍を構えたまま、真っ直ぐにロードローラーの瞳を見つめていく。
近くにいる仲間の呼吸すらも聞こえる沈黙が訪れる中、へたり込んでいた男へと向き直った統弥を優しい光が包み込む。
「……」
光の担い手たる秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)はナノナノのサムに彼の治療をお願いしながらロードローラーへと向き直った。
ロードローラーの瞳の中にはもう、へたりこんでいた男の姿はない。
同様にロードローラーの様子をうかがっていた統弥が、安堵の息を吐きながら男を担ぎ上げた。
わけがわからないといった表情を無視し、改めてロードローラーへと向き直っていく。
「僕は、灼滅者が上の立場で、本当に宍戸勢力が罪無き一般人を手にかけないか、武蔵坂学園が監督するなら同盟に応じて良いと思います。また無常さんの提案には同意しています」
返事は待たずに視線を外し、廃工場の外を目指して走り出した。
ロードローラーが追いかけてくる気配はない。
代わりに聞こえてくる金属と金属がぶつかり合う音色を聞きながら、統弥はいち早く戦場から離脱した。
胸に六六六人衆及びミスター宍戸への思いを巡らせながら。
手の中にいる男への……様々な犯罪に手を染めてなお捕まらずにいる闇金融の社長という一般人に対する複雑な思いを抱きながら……。
地面に転がる工場の破片を砕きながら進軍してきたロードローラー。
素早く横を抜けたフォルケは腰元から軍用山刀を引き抜いて、ローラーの駆動部分に僅かな切り傷を刻んでいく。
若干進行速度を落としたロードローラーの間合いから、仲間たちは次々と離脱していった。
間合いを外されたロードローラーが動きを止めるのを待った上で、謡と拓馬が間合いの内側へと踏み込んでいく。
攻撃を行う素振りは見せず、ただただ無機質な視線を受け止めながら、謡が胸を張り自らを示すような仕草を取った。
「ボクは前回交渉で水無月蛍を退けた者だ。彼女に現状の合理的で人命糧にした同盟は反対だが、ダークネスが他者殺害なしに灼滅者がダークネス灼滅なしに生きる理想追う者が居ると伝言を頼んでね」
今はまだ、それが夢幻であることも知っている。
「世界脅威たる首魁達と決着付けば、夢物語追う道もできる」
しかし、夢幻の世界へと行く手段はある。
「精神世界の謎が今は鍵。再度騒乱の可能性あれど今死ねば理想の道も辿れまい。学園内でも少数意見だろうが、どうか宍戸と首魁に伝えて、全ては動かねば始まらぬから」
それでもなお、文字通り夢幻の域を出ていない提案。
「また、多様な発想思想持つ学園には宍戸の理想望む者もおり、同盟すれば最終的には世界住分けもできるかもしれない」
同時に別案も提示しつつ、ロードローラーの様子をうかがった。
表情にも態度にも変化はない、
変化はなくとも、ミスター宍戸を中心とする六六六人衆と伝わるはず……そう、聞いている。
だから……。
「っ!」
不意に高く飛び上がっていくさまを見て、拓馬は影の下から離脱した。
ロードローラーは何もない地面を砕き、世界を激しく揺さぶっていく。
揺れが収まるのを待った上で、拓馬は立ち上がり口を開いた。
「前回の交渉で殺人が同胞を増やすため必要行為であるのは理解した。なら他の方法でそれを満たせばいい」
もう一度、同じ意志を伝えるため。
「こちらは現在の宍戸連合と共にサイキックボード探索を行い、その成果を共有することを同盟再交渉の第一歩として提案する」
現実を理想に近づけるため。
「ソウルボードには高確率で闇堕ちに関する秘密が眠っている。しかも今シャドウはソウルボードへ入ったら消滅する。出入口を作れるのは灼滅者だけ。その絶対的権益をお前にも渡す」
口元を歪めながら。
目元を淡く緩めながら。
「武蔵坂が最も危険視する連中と俺達が、世界の命運を賭ける地を共に探索する。狂っていて楽しいと思わないか? これをセッティングできるのは宍戸、世界でお前だけだ」
得物を収め、手を伸ばす。
「吸血鬼より楽しい世界の一端、見せよう」
返答はない。
拓馬は小さな息を吐きながら構えを解き、清美とフォルケに視線を送った。
「言いたいことは言い終わったよ」
「わかりました」
「Ja」
清美がロードローラーの間合いに踏み込んだ。
一方、フォルケは謡、拓馬と合流し一歩、二歩と後ずさり始めていく。。
逃さぬというほどの意志はないがやすやすと見逃すつもりもない……といったところなのだろう。
ロードローラーがエンジン音を唸らせ加速してきた。
唯一間合いの内側に残っていた清美が四輪タイプのローラーシューズによる回し蹴りを放つ!
僅かにロードローラーの進路をそらしながら側面へと離脱し、背後へと回り込む。
ウィリーのごとき動きを見せながら、ロードローラーが後を追いかけてきた。
清美は廃工場の壁を駆け上がる。
ロードローラーの高さほどまで上り詰めた直後、膝をバネに見立てて跳躍。
迫りくる大型重機を飛び越えて、ほぼ離脱を完了している仲間たちとの合流目指して走り出した。
半ばにてサムと合流し、治療のためのハートを受け取っていく。
その頃にはもう諦めたのか、ロードローラーが近づいてくる気配はない。ただただ寂しげな駆動音を響かせながら、その場に留まり続けている。完全に自分たち灼滅者の姿が見えなくなったのなら、いずこかへと撤退していくことだろう。
後は……。
「……」
先に離脱した統弥と男を思い浮かべて清美は深い深い溜息一つ。
どことなく吐息に滲んでいた怒りは誰に知られることもなく、山林の間に消えていく……。
●光の下へと晒すために
廃工場から離れ、街へと下山した方角にある大樹の下。灼滅者たちは腰が抜けているらしい男を根の上に座らせている統弥との合流を果たしていく。
五つの瞳に見つめられ、歯をガタつかせながら怯える男。
拓馬はため息をつくと共に視線を外し、男を包囲する輪から離れていった。
同様に謡が距離を取っていくさまを見送った後、フォルケが改めて男へと近づいていく。
体をビクつかせながらも動けない男の手足を縛り、麻袋を頭にかぶせた。
声にならない悲鳴を漏らしていくのを聞きながら、フォルケは男の耳がある場所へとゆっくりと唇を近づけていく。
「社長さん探しましたよ? ……うちのBOSSが最近とても機嫌が悪いんですよ……あなたがうちの商売を邪魔してるじゃないかって……違うかもしれないですし、できれば確認させてくれないですかね?」
ナイフを首筋に当てたなら、男は小さな悲鳴を上げた。
構わずナイフを当て続ける中、男の呼吸はさらに強く激しいものへと変わっていく。
全身の震えは止まらず後ずさる様子を見せてもいるけれど、両手両足を縛られ大樹を背にしている状態ではとてもではないが逃亡など叶わない。
逃げ場などないと、統弥がフォルケとは反対の側面へと回り込んだ。
「僕たちはまだ、優しいのですよ? あなたに選ばせてあげるんですから。死すらも生ぬるく思えるほどの制裁か、刑務所での生活か……」
「選ぶまでもないと思いますけどね。塀の中なら我々も手を出せないわけですから」
フォルケが言葉を重ねながら、男の首筋をナイフで軽く叩いた。
身をすくませた男は血が滲むほどに拳を握りしめ、耳障りなほどに歯をすり合わせ……。
直近の仕事でまだ処分依頼がすんでいない証拠や、互いに裏切れない証として残しておいた書類の場所。それが収められている金庫の番号や鍵の場所……洗いざらいの情報を男はぶちまけた。
真実なのかどうかは、今の段階ではわからない。
ひとまず区切りをつける必要があるから、フォルケは男にかぶせていた麻袋を取り去った。
涙などで顔をぐしゃぐしゃにしている男の瞳に映るのは、清美。
清美は真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりと歩みよっていく。
「さて、あなたには相応の報いが待っています。こんなふざけた格好の小学生がとお思いでしょうが……」
猫に変身し、男の頭に乗っかった。
驚いている気配を感じるとともにもとに戻り、体重をかけてのしかかっていく。
「ご覧の通り私は普通の人間ではありません。襲ってきた怪物はこれ以上の事ができます。アレは法で裁けない悪人を狙って来ます。死にたくなければ、大人しく出頭することですね」
炎に染めたナイフも示し常ならぬ力の存在を見せつけた上で、力を用いて気絶させた。
遠い場所で見守っていた謡は、ゆっくりと瞳を閉ざしていく。
先程語られた言葉が真実ならば、あるいは恐怖が魂に刻まれたなら、きっと……。
●未来への帰路
後は、司法の手に委ねるだけ。
事後処理の内容を反芻し、清美は深い息を吐き出していく。
「ひとまず終わりましたね」
「彼は人々がさばいてくれるでしょう。一方のミスター宍戸が、どういう沙汰を下すのかはわかりませんが……」
統弥は肩をすくめ、廃工場の方角へと視線を向けた。
一方のフォルケは街の方角へと向き直っていく。
「では、帰りましょう。私達も、学園にこのことを伝えなくてはなりません」
「ああ、そうだね」
うなずき、謡が横に並んでいく。
灼滅者たちが次々と帰路についていく中、拓馬は謡の背中を見つめひとりごちた。
「君の理想を聞いて俺は決めた。正解よりも最良を。俺の前で消えた影のお姫様……彼女の理想を俺の手で実現すると」
今宵のできごとはその楔となったのか、それとも……。
月のない空は何も語らない。
風も吹かず、言葉は山林の間に紛れていく。
願いが揺らぐことはない。
ただただ、胸の中で未来を描き続けていて……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年7月26日
難度:やや易
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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