慈眼城のナミダ姫～皓炎

■リプレイ

　その異様さは、高層ビルを子供がデタラメに積み上げていったような、と表現してもよいだろう。かつて慈眼衆がゴッドモンスターを巡る争いのあと、ダークネスの敗残兵を収容したというブレイズゲート『慈眼城』。
　山中深く、大阪と京都にまたがる天王山トンネルの直上。今はどこか不吉で、それでいて放埒なありさまにも思える慈眼城の足元、彩瑠・さくらえ（幾望桜・d02131）はやや目を眇める。
　スサノオが比較的話の通じる相手であることは知っているが、だからと言ってそれが好意に転じるかどうかは別の話だ。昭和新山決戦の前に持たれたナミダ姫らとの交渉の席での記憶は、忘れようにも忘れられない。
　その時の思いも、昭和新山で抱いた一言では言い表せぬ感情も。
「さて、今回はスサノオの毛皮狩りを――」
「えーっと、なんでやねんって言う所？　ここ」
　関西出身の条件反射なのか、真顔で斜め上の発言をしたルフィア・エリアル（廻り廻る・d23671）へ三蔵・渚緒（天つ凪風・d17115）が苦笑いでツッコんでいる声に、さくらえは我に返る。いけない、集中しなければ。
「あれ、違うのか」
「倒して毛皮が残るなら、そこらじゅうムートン敷き詰めたみたいになっていると思うよ。ダークネスは死体が残らないことが多くてよかったね」
　適当なことを大真面目に言ってツッコミを待つのは構わないが、ルフィアがうっかり余計な事を言い出さないか渚緒は内心冷や冷やしている。一応、名目としては『たまたま偶然に慈眼城を探索していた』という体裁なので、『めっちゃ大きな毛皮』だとか、『ものすごく大きなスサノオ』だとか言い出されたらと思うと気が気でない。
「タイムロスが惜しい。行こうか」
　そこへ投げ込まれた乃木・聖太（影を継ぐ者・d10870）の冷ややかな声に、ルフィアと渚緒は気を取り直す。
　慈眼城内部は雑多に高層ビルを積み重ねた外観イメージそのままに、かなり適当に部屋と部屋が結合されていた。明かりが必要なほど暗くもないが、かと言って十分に明るい、とも言えない内部はナミダ姫が画策する儀式前であることを差し引いても存分に不穏な気配に満ちている。
「さあて今日は何階まで行け――、おっと」
　薄汚れた椅子の脇を通り抜けようとした天宮・黒斗（黒の残滓・d10986）の前に、突如青白い炎が沸き立った。
「さっそくお出ましって所か」
「まだ探索は始まったばかりだ、黒斗。飛ばしすぎるな」
「わかっている」
　油断なく愛用の【Black Widow Pulsar】を抜きつつ間合いを取り、吉沢・昴（覚悟の剣客・d09361）とアイコンタクトを取る。
「面倒だ、さっさとたたっ斬るか――ディープブルー・インヴェイジョン」
　身構えた黒斗に続き、解除コードを呟いた七瀬・麗治（悪魔騎士・d19825）の全身が甲冑へ覆われた姿へ変化した。
　青白い炎の中から慈眼衆壬生狼組を名乗る、浅葱色の羽織が特徴的な獣人型スサノオが数体現れる。壬生狼士、と聖太が低く呟き、手裏剣甲に覆われた左腕をロジンバッグの腰元へ下ろした。
「ま、勝ちゃなんでもいいんだよ」
　影道・惡人（シャドウアクト・d00898）が機先を制しレイザースラストを射出する傍ら、さくらえは不測の事態に備え目の前の壬生狼士の様子を注視する。儀式の影響で壬生狼士や壬生狼魂は強化されているというが、果たしてどれほどのものなのか。
　渚緒の相棒、カルラが壬生狼士に向かって顔を晒す。前衛が順に目標を一体に絞ってダメージを収束させるが、返ってきた反撃の重さが黒斗の記憶にあるものとは段違いだった。
「なるほど、強化ってそういう事か」
　サイキックソードごと黒斗を押し斬るつもりなのか、獣じみた唸り声を上げて壬生狼士が自重を刀に上乗せしてくる。
　ごく単純に体重の差でそのまま首元へ刃を埋めこまれかけた所を、黒斗はなんとか壬生狼士の刃を横へ滑らせて捌ききった。バランスを崩したたらを踏んだ壬生狼士へ、聖太の爆裂手裏剣が叩き込まれる。
　間合いを取って仕切り直した黒斗の横へ、さくらえが並んだ。大事ないかと視線で尋ねてくる気配に、黒斗はさすがに手の平へ滲んだ汗を隠さない。
「すまない、想像以上だった」
「問題ないよ。各人ができる事をやればいい」
　外見は通常の壬生狼士と何ら変わらないように思えるが、よくよく観察すると、なるほど言葉で表現するには難しい『何か』がある。
　突如、改めて攻めこもう身構えたルフィアの横っ面をかすめ、後方から打ち込まれたフリージングデスが壬生狼士の足元を白く凍りつかせた。
「危ないな！　あともう少しで私に当たっていたぞ！」
「あ？　んなもん知るか。さっさと殺って帰りてえんだよ」
「迅速は結構なことだが、もう少し安全という言葉をだな」
「うるせえ」
　ルフィアの抗議を聞き入れる気はまるでないらしく、惡人は最後列から次々と壬生狼士をレイザースラストを織り交ぜつつ的にしていく。ここは文句を言っても無駄と諦め、ルフィアは目の前の敵に集中した。
　寄生体に覆われたクロスグレイブから、どこからどうみても有毒、という紫色の光線を撃ち出している麗治を一瞥し、渚緒は昴へ防護符を施す。
「斬った張ったが一番盛り上がるのはお前ら相手だな！」
　昴当人は無骨なフォルムの毛抜形太刀が象徴するように、壬生狼士との渡り合いを楽しんでいるようで何よりだ。強敵との対決を喜ぶのは剣客の性とらしいと渚緒は納得することにしておく。
　さらにその昴のアシストを受けつつ、最前列で切り結ぶ黒斗とさくらえの動きはまるでよくできた舞台のようだ。……足技も辞さない黒斗と学ランに華麗な着物地を飾ったさくらえを、男女逆に錯覚してしまいそうではあるものの。
　スサノオの実力が相当高そうだという事実を踏まえるなら、儀式の終了という明確な終わりが見えない長丁場だけに消耗はなるたけ抑えねばならない。前衛はある程度織り込み済みとしても、ここはクリーンヒットを狙える惡人や麗治らに存分に働いてもらうべきだろう。高いダメージを続けて叩き出せば、それだけ前衛の消耗が少ないうちに戦闘が終わるのは自明の理だ。
　一体ずつ確実に落とす方針はそのままでよいだろう。渚緒の表情が一瞬だけ曇る。
「……ままならないね、どうにも」
　ダークネスと言ってもスサノオとは何度か共闘もした間柄だ。この先、絶対に敵対関係にはならないと互いに確約することもできない以上、またこうして鉾を交える日が来るかもしれない。心が揺れてしまうのは、弱さか、それとも。
　しかし今は目の前のスサノオ撃退に集中すべき、と渚緒は気分を引き締める。
「忍びの世界では常識など通用しない、が」
　騒ぎを聞きつけたのか、奥の方の暗がりで次々と白い炎がたちのぼり増援が湧いて出てきた。手裏剣を手繰るまえにロジンで白く染まった指先を軽く吹く。
「ブレイズゲートもまた然り、か」
　囲まれれば劣勢を免れないと判断し、聖太は手早く手負いのものを巻き込みながら壬生狼士を仕留めにかかった。スサノオの群れへ投げ込まれた手裏剣が爆発する破砕音に混じって、複数の断末魔の声が耳に届く。
　元々ルフィアやさくらえ、惡人などの高い実力を持つメンバーが要所を固める布陣だ。他にも経験豊富な者が顔を揃えることで隙はなく、何より依頼を共にした者どうしも多いことは細かな齟齬もあっという間に埋めてしまう。
　一度各個撃破の方針がうまく回り始めれば、その進軍が破竹の勢いになるのは当然のことと言えた。
　もしダークネスの死体が残るとするなら、ルフィアの言ではないが彼等の進んだ後にはスサノオの毛皮がうずたかく積まれていたに違いないなと麗治は考える。増援に次ぐ増援も難なく撃破し、その合間に現れた壬生狼魂をも斬り伏せ、さらに深層部へと突き進んだ。
　しかし、もう何体スサノオを斬り伏せたかもわからなくなった頃、不意に麗治は遠く遠く響いてくる地鳴りに気付く。それは他メンバーも同じだったようで、昴はすぐに片腕をあげて後続を立ち止まらせた。
「……なんだ。地鳴りが聞こえる……」
「あ？　んなもん知るか、次だ次」
　後衛前衛おかまいなしに一人で先行していってしまう惡人の背中を負うべきか迷いつつ、昴は外の状況がどこかから伺えないものかと室内を見回す。ほとんど延々と密室が続いているので状況がわかりにくい。
　麗治が数瞬地鳴りがおさまらないか様子を見ようとしたものの、地鳴りはやがて轟音となり、次いで見た目にも明らかに床が揺れはじめた。
「地震だ、――大きいぞ！」
「これからって時に……仕方ない、退避だ。先導してくれ、黒斗」
　言われるまでもない、といった表情で昴に首肯してみせた黒斗が駈けだしていく。さすがに地震とあっては探索を中断せざるを得ず、先を行く黒斗と殿を守る惡人に挟まれる形で渚緒達は慈眼城から脱出した。
　しかし外へ走り出て、麗治が目を瞠る。
「何だ……？　揺れていたのは慈眼城だけか？」
「……不思議なこともあるものだな」
　これもナミダ姫の儀式の影響だろうか。
　そして油断なく周囲を伺っていたさくらえの目の前で、何の前触れもなく白い炎が燃え上がる。
　舐め上げるように慈眼城全体を覆いつくした炎の下で巨大な何かが身じろぐのを、ルフィアは見た。不測の事態に備え炎に巻き込まれぬよう慈眼城からさらに距離を取る。
　惡人も聖太も、すぐには言葉が出てこない。
「――あれは」
　不意に、ゆうらり、と見上げるほどに大きな白狼がどこか気怠げに首を持ち上げた、そんな気がした。
　白い炎に飲みこまれた慈眼城のあとに姿を現したもの、それは1体の巨大な白狼――スサノオ。その足元には壬生狼型のスサノオの軍勢が群れている。正確な数はいっさい不明だが、無数の、と表現しても過言ではないほどおびただしい数だ。
　ところが一瞬の間のあと、軍勢のおよそ半数近くだろうか、スサノオ達の輪郭が崩れはじめる。崩れていく壬生狼型スサノオと入れ替わるように、残りの壬生狼型スサノオ達は確かな実体を得た。
　この世に生まれ出でる事が叶わなかった壬生狼型スサノオを悼むような、哀切に満ちた遠吠えが山中にこだまする。
「……」
　こちらには目もくれずどこかへ去っていくスサノオを茫然と見上げていたさくらえは、その足元へ群れていた壬生狼型スサノオから向けられている鋭い敵意に我に返った。
　ぎらぎらと怒りに燃える目、牙を剥いて唸るいくつもの狼面。まさかここでこの数を相手取ることになるのかと一瞬肝を冷やしたが、壬生狼型スサノオはそれ以上こちらへ近寄る気配を見せず、巨大スサノオと同じように何もせずどこかへ撤退していく。
　……今のは、何だったのだろう。巨大スサノオが現れたということはナミダ姫の儀式は首尾良く終わったということだ。内部のダークネスを多く倒せば倒すだけ、現れるスサノオの力を削ぐことができるはずだったが、さてどれだけ削れたものか……。
「壬生狼型スサノオのおよそ半数が実体化できなかったという事は、それだけ削ることができたということか？」
「さあ、そのあたりは今ここでは何とも……交渉班の結果も気になるところだけど」
　ナミダ姫の儀式終了までこの場に残るか、あるいは儀式終了後の姫の追跡を検討していた者は多かったが、やはり偶然ブレイズゲートを探索していたという体裁上、ここでこれ以上藪をつつくような真似は必要ないだろう。麗治の予測に、なんとも言えない、といった顔をして渚緒は首を横に振った。
「あちらはあちらで上手くやってくれたものと信じよう。今はね」
「何だもう終わりか。暴れ足りねえ」
　これ以上の戦闘はないと知るや、惡人はさっさとその場を離れていく。麗治もまた、ここにもう用はないといった様子で背を向けた。
　無言のまま二人の背中を見送り、巨大スサノオと壬生狼型スサノオが姿を消した夏山の稜線をながめながら聖太はじっと考えを巡らせる。
　これから先、学園はスサノオとの関係をどのような方向で保つつもりなのだろうか。
　所詮いつかはナミダ姫とも雌雄を決さなければならない。言い分が信用できそうかそうでないかの違いこそあれ、同盟を蹴った六六六人衆とスサノオはどちらも根本的に邪悪な存在のダークネスだ。なのに、何故かナミダ姫に感情移入する者が現状では多数を占めており、聖太は不安をぬぐいきれない。
　もっとも今回ナミダ姫と直接鉾を交えるのを回避したのは、爵位級ヴァンパイアと六六六人衆、そしてアンブレイカブルの三勢力を敵に回したうえで危ない橋を渡るのは避けるべき、という戦略上の理由が大きいのだが。
「……僕は僕のできる事を、するだけだ」
　やがて一人、また一人とその場を去ってゆくメンバーを肩越しにながめ、さくらえは重い溜息を吐く。恐らく高い戦果も上げられ、山の梢はすがすがしく風に揺れているというのに、なぜか息が詰まりそうだった。

作者：佐伯都	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年8月1日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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