慈眼城のナミダ姫～求めし道の彼方へ

■リプレイ

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「慈眼城のスサノオ化、以前クロキバといた時にブレイズゲートを喰ったのとはどう違うのかしらね」
「どうだろうな」
　エリノア・テルメッツ（串刺し嬢・d26318）の呟きに、軽く首を傾げたのはレイ・アステネス（大学生シャドウハンター・d03162）。
（「壬生狼魂、と言うよりは慈眼衆壬生狼組を狙って慈眼城をナミダ姫が喰うんじゃないかとは予想したけど、慈眼城のスサノオ化とは驚いたわね」）。
「余裕があれば、スサノオが進めている儀式の様子を見て、術式を覚えて帰りたい所ではあるけれど……魔力の流れや陣図の構成、覚えきれるかしら？」
「確かに儀式を見学したいという気持ちは私にもあるな」
　物思いに耽りつつ警戒を怠らぬエリノアを脇にアリス・バークリー（ホワイトウィッシュ・d00814）の呟きにレイが周囲への警戒を怠らぬまま、軽く返した。
（「さて……どうなるかな」）
　封鎖された天王山トンネルに向かいながらレイは思う。
　これから上手く行くかどうかわからない交渉に赴こうとしているわけだが、それでも久しぶりに疼く好奇心は抑えられない。
（「この1件で、何か手掛かりを得たいわね」）
　松原・愛莉（高校生ダンピール・d37170）は、とある知人との話を思い出しながらそう思う。
　――人と、灼滅者と、ダークネスの違い。
　交渉次第ではこの辺りの事を聞くことも出来るのだろうか？
「……いたぞ」
　天王山トンネルを潜り抜けた向こうにいたナミダ姫と有力なスサノオ達の姿を認め、神條・エルザ（イノセントブラック・d01676）が仲間達にそう促した。
「――灼滅者か」
　彼等も懸念していただけの事はある。
　ましてこれだけの人数だ。スサノオ達は灼滅者の姿を視るより先、その足音を聡い耳に拾い、鋭い嗅覚に匂いを捉えており、
「何をしに来た！」
　交渉の司会役を務めるべく先行していた月影・木乃葉に、噛み付くような怒号を浴びせた。
　木乃葉は両手を挙げたままゆっくりと近づき。
「こちらに交戦の意思はありません！」
　と、害意のないことを伝えている。
　それでも尚、スサノオ達の中には木乃葉達に続いている自分達へと敵意を示している者もいる。
「何らかの大きな力が動いた事を確認したので、様子を見に来たんです」
「……」
　ナミダ姫を囲んで臨戦態勢を取っているスサノオ達へと神無月・優が声を置いているのを聞き、白石・明日香（教団広報室長補佐・d31470）が同意するように頷いた。
（「出来ることなら、スサノオ達とは友好的でいたいが……どうなるんだろうな？」）
「異変に気付いて動いたのは、この場に居る者達だけだ。情報を得る前にブレイズゲートの探索に出た灼滅者も居るようだが……」
　儀式の事を知らず、状況を探っているのであろうか、真偽の程を測りかねるスサノオ達が、牙を剥いたまま自分達を注視しているのを実感する内に、司会班のシャオ・フィルナートが小さく一歩踏み出る。
「俺達に敵対の意思は無いの……それだけは、信じて。そのうえで……誤解の無いように、話し合いを……みんなのお話を、聞いてほしいの……」
「話、だと？」
　スサノオ達の尖った耳がヒクリ動いた瞬間、安藤・ジェフは丁寧に一礼して、
「いきなり大勢で押しかけて申し訳ありません。少なくとも、ここに居る人は話し合いに来たので、危害を加える事は無いと約束します。もし、不心得者がいた場合は、僕達が全力で止めます」
「、っ」
　解放を得る殲術道具に全身の毛が逆立ったのも一瞬、その切先は天に向けられる。
「私達は、話し合いが安全に進むよう、ナミダ姫を護衛すると同時、灼滅者の交渉が妨害を受けぬよう、この場を守り抜きます」
　万一の事態にも直ぐに対応できるよう、彼の言を継いだ黒絶・望達の後背を守る様に魅咲・狭霧（高校生神薙使い・d23911）が万が一の襲撃に備えて見守っている。
　丁度、スサノオ勢と灼滅者の間に陣取った七人は、双方の声に耳を澄ますようで――、
「……この者達は敵では無い」
　スサノオ達の巨躯の合間から、ナミダ姫が静かに告げた。
　その一声に反応したスサノオ達は、盾の厚みを解いてナミダ姫の姿を見せ、それを許諾の意思と受け取った泉・星流が周囲の見回りに出ていく。
　――続く言をナミダ姫が待つ様な静けさが、束の間周囲を満たしていく。
「話は、班毎に纏まって、順番に行わせて頂きます」
「……」
　沈黙を是ととったか応じたジェフが、眼鏡の奥から視線を此方へと送って来る。
「先ずは俺達から話をさせて貰うぜ」
　それまでじっと考え込む様に口を閉ざしていた文月・直哉（着ぐるみ探偵・d06712）が、ジェフの視線に答えて静かに前に歩み出るのだった。

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「して、汝等の話とは何だ？」
　纏う白いヴェールを翻し静かに問いかけるナミダ姫。
（「……まだ、攻略班の事は気付かれていないみたいだな」）
　ナミダ姫の様子を見ながら、直哉はふと思う。
　であるならば、今はまだ彼等について説明するのは控えたほうが良さそうだ。
　下手につつけば藪蛇になる恐れがあるだろう。
「今の所、襲撃の様子はないぞ」
　エルザの耳打ちに一つ頷いてから直哉はナミダ姫へと一礼をする。
「先ず、お礼を言わせてくれ。人命被害が出ないように配慮してくれていることにな」
「汝等、友好組織に配慮するのは当然であろう。儂等も無用な争いは好まぬ」
「そうね。此処はお互いに実りのある話をしたいわね」
　アリスが同意するようにそう告げればナミダ姫は然り、と言う様に静かに頷き返し。
「して、汝等の聞きたいことはなんじゃ？　儂に答えられる範囲であれば答えよう」
「あの、この様な大掛かりな儀式をされた場合、ナミダ姫さんに掛かる負担はかなりな物なのですか？」
「儂は『スサノオを蘇らせる責任者』であり、故に姫と呼ばれておる。その様なことは思いもよらなんだな」
　狭霧の問いに静かに答えるナミダ姫に、特に何らかの苦痛の様なものは無い。
（「そう言えば、ナミダ姫は『スサノオ達を蘇らせる責任者』だったわね」）
　周囲の警戒を怠らないようにしつつ愛莉は思う。
「貴女の最終目的は何かしら？」
　アリスがそう問いかけると、ナミダ姫がヴェールの向こうで僅かに目を細め。
「汝等が聞きたいことは其れなのか？」
「そうだ」
　アリスの言葉を補足するように頷く直哉。
「勿論、其方にも事情があるのは分かっている。けれども、ナミダ姫達が最終的に何を目指しているか分からないから、今回の様に急激な戦力拡大に不安を抱く者もいるんだ。だから、可能な範囲で教えて欲しい」
　直哉の問いかけに、ナミダ姫が暫し黙する。
「……儂等と同じ様に汝等の中にも不安を持つ者が居るのは当然か」
「……同じ？」
　ナミダ姫の言葉を反芻するように愛莉が呟くが、ナミダ姫はそれには答えず此方を見据えていた。
「儂等の目的は一つ。ガイオウガに抑え付けられていたすべての力を取り戻すことじゃ」
「……」
　ナミダ姫から聞かされた言葉に、一瞬黙するアリス。
　予想できない話ではない。それでも実際に聞かされてしまえば思うことが無いわけではない。
「クロキバといた時、ナミダ姫はブレイズゲートを喰っていたわね。それも関係があるのかしら？」
　エリノアの問いにナミダ姫が首肯を一つ。
「汝等は、ブレイズゲートの事を何だと思っておる？」
　ナミダ姫の問いかけに、エルザが答える。
「巨大な白い炎の柱で未来予知が遮られる場所だな」
　エルザの言葉に、ナミダ姫が一つ頷く。
「左様、ただそれだけでは足りぬ。汝等は既に承知の事であろうが、ブレイズゲートはセイメイの白炎換界陣によって生み出されたガイオウガの大地の楔によってスサノオ大神の力が分割されたもの。故にブレイズゲートはスサノオ大神の力の欠片なのじゃ」
「そうか。つまり、スサノオ大神の力を取り戻すためにブレイズゲートをスサノオ化……または、その力を喰らうことは当然、と言うことだな」
「左様じゃ」
　レイの頷きに、頷き返すナミダ姫。
　そこまで話をしたところで、アリスが小声で呟く。
「……ダークネスとしての理論としては間違っていないんでしょうね」
「……そうね」
　エリノアが同意するように頷くと、直哉が僅かに表情を曇らせた。
（「アスカも……」）
　イフリートとしてガイオウガと一体化し、ガイオウガに自らの意志と力を蓄えさせていた。
　それと同じ様にスサノオ大神を蘇らせる為に、ブレイズゲートをスサノオ化し、全てのブレイズゲートを喰らって力を蓄えるのはあの時のイフリートとガイオウガの関係と似ているのかも知れない。
「ですが、もしスサノオが全盛期のガイオウガの力と同等の力を持つ事になれば、新たなサイキックハーツを引き起こす可能性はありませんか？」
　狭霧の呟きに、アリスが小さく溜息を一つ。
「……現状を考えるとサイキックハーツについて説明するのはやめておいた方が良いかもしれないわね。……そもそも説明しても信じてもらえるかどうか分からないし」
「まあ、スサノオがブレイズゲートを喰らうのを放置するのは考えた方が良さそうだな」
　レイの呟きに狭霧達が小さく頷きかけたところで。
「何か、他に聞きたいことはあるか？」
　ナミダ姫の問いに、個人的な興味なのだけど、と続けるはエリノア。
「壬生狼組は貴女達からすればどういう立場になるのかしら。そもそもなんで天海の配下だったのかも私達は知らないし」
「儂等が同胞であり、一部である者達だ。奴等もまた、儂等と同じスサノオじゃからな」
「そう……」
　ナミダ姫の解に頷くエリノアに続けて問いかける明日香。
「なあ、あんたにとっての義理ってなんだ？」
　明日香の問いにナミダ姫の被るヴェールが風にヒラリと舞う。
「義理は、義理じゃ。何かあった時に手を貸しておけば、今度はその者に手を貸して貰える。相互扶助というものであろう」
「そうかも知れないが気になったんだよ。あの時、胎蔵界戦争の時はオレ達に義理があるから手を貸してくれて助かったけれど、でも義理ある屍王達を裏切ることになった。もしかして、あんたの考える義理とオレ達の考える義理は違うんじゃないか？」
「それは、汝等の義理の定義次第であろう。ただ、双方に義理を受けていてそのどちらの義理の方が大きいかを考えれば、より大きい方に手を貸すのはおかしな話ではあるまい」
「……屍王達は、自身が把握していたスサノオ大神の情報をスサノオ達に与えませんでした。一方で私達はスサノオ大神の力を得る為の助力をしたからその分手を貸した、ということですか？」
　補足する様に狭霧が呟くのに、然と頷くナミダ姫。
「私からも、一つだけ良いでしょうか？」
　周囲を警戒していた愛莉の問い。
「一般人と灼滅者、そしてダークネスの違いって、どう考えています？」
　愛莉の問いに意外そうに眼を瞬くナミダ姫。
「何を聞きたい？」
「灼滅者の中には、ヒトと灼滅者とダークネスの違いで悩む人がいるんです。感情があるのは、皆同じだから……」
　そう言って僅かに下を向く愛莉。
　そんな彼女をヴェールの向こうから見つめるナミダ姫。
　――それは、ほんの微かに笑っているかのようで。
「儂はスサノオの姫。故に汝の言う感情をスサノオ達に抱いている」
　周囲を護衛するスサノオ達を見回しながら、頷きを一つ。
「汝も、儂も他人に対して何らかの感情を抱くのであれば……何が異なるか、と問われれば異ならない存在なのではあるまいか？」
「……ありがとう」
　さりげなく呟かれたナミダ姫の其れに含まれた言外の意味に気付かず一礼する愛莉。
「……話を聞いてくれてありがとうな」
　一つ息をつき、直哉が静かにそう呟き。
「これからも協力関係でいられるならそうありたいと私達は心から思っている」
　エルザの呟きに此方もだ、と言う様にナミダ姫は静かに頷き返した。

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　――此処までは比較的好意的な話が出来たのだが、其れから程なくしてナミダ姫の周囲を警戒していたスサノオ達が騒ぎ始める。
　同じく、周囲を警戒していたエルザやエリノアも身構えるが、特に周囲から誰かが襲撃してくる気配はない。
　恐らく、攻略班たちの活動にスサノオ達が気が付いたのだろう。
　次班が攻略班の弁明を行って仕切り直しとなり、その後のやり取りの末、灼滅者達とナミダ姫の交渉の大まかな結果は以下の4つに収束することになる。
　1 スサノオは儀式を行う前に、武蔵坂学園に告知する。
　2 武蔵坂学園は可能な範囲で、探索を控えるなどして儀式を邪魔しない。
　3 それが守られるのならば、六六六人衆とアンブレイカブルとの決戦時には、スサノオは武蔵坂学園に協力する。
　4 ガイオウガの尾をスサノオに引き渡した場合、スサノオは、ブレイズゲートの半数を武蔵坂学園が管理する事を認める。
　それらのことを確認した直後、頭上から、狼のものと思しき遠吠えが上がった。
「この声は……？」
「何だ……？」
　愛莉と明日香が互いに顔を見合わせ、その咆哮に備えて身構えている。
　トンネル内に反響し大気を震わせるそれは、けれどどこか哀切を帯びている様だ。
　その遠吠えに、ナミダ姫の視線がトンネルの天井に向けられる。
「……どうやら、儀式は無事完了したようじゃ。ならば、儂等も最早ここにこれ以上留まる理由もない。疾く去るとしよう」
　ナミダ姫が、交渉はここまでというように、そう宣言した。
　それから、付け加えるように、
「儂は汝等を敵に回したいとは考えておらぬ。願わくば、汝等もまた同じ思いであるとよいのだが」
（「さっきも同じ様なことを言っていたな」）
　ナミダ姫の言葉に先程の会話のやり取りをしたエルザ、じっと状況を見据えていた明日香が思う間に身に纏ったヴェールをはためかせながら身を翻す。
　そのまま振り返ることなくトンネルの出口へと向かうナミダ姫の後に、他のスサノオ達も、続いていった。
　ナミダ姫とスサノオ達が去った天王山トンネルに残されたものは、ただ静寂のみだった。

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「……また、厄介な問題が出て来たな」
　明日香が小さく溜息を一つ。
　必死で回収したガイオウガの尾を引き渡せ、と言うのは多くの灼滅者達から反発が出る事は相違ない。
「そう、ね……。……同じ、ね」
　ナミダ姫の言葉を思い起こし、ぽつりと愛莉が呟く。
（「流石に気付かれたが、それでもこの嘘を貫き通せただけ、良かったんだよな」）
　自分達の班の質問が終わった直後に起きた出来事を反芻し、直哉が一つ息をつく。
（「全てが死亡する、ね。それならそれでいいのだけれど」）
　他班の会話の中で出てきたスサノオ化されたブレイズゲートにいた分割存在がどうなるのかを知り、安堵とも取れぬ息をつくはエリノア。
「さあ皆さん、行きましょう」
　今までの話の流れを一通りメモに取った狭霧に促され灼滅者達はその場を後にした。

作者：長野聖夜	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年8月1日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 6
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