慈眼城のナミダ姫~白炎の儀式

    作者:夕狩こあら


     慈眼城の直下、天王山トンネル内部。
     トンネルの両端を封鎖したスサノオにより、交通の途絶えた天王山トンネル内で、スサノオの姫・ナミダと、有力なスサノオ達が、儀式の準備を進めていた。
    「慈眼城のスサノオ化が成功すれば、我らの戦力は大幅に増強されるであろう」
    「それだけではない。この儀式が成功すれば、数多のブレイズゲートの全てのスサノオ化も可能になる。そうなれば、爵位級ヴァンパイアをも凌駕する事だろう」
    「だが、心配なのは灼滅者よな。この儀式には多くの力を結集してしまう。儀式の最中に、灼滅者の横槍が入れば、姫をお守りする事ができるかどうか……」
     スサノオ達が、儀式の意義と、そして懸念を示すなか、ナミダ姫は大丈夫であると言い切った。
    「灼滅者は、一般人を苦しめ殺すような行為を嫌うが、この儀式による一般人への被害は皆無なのだ。それどころか、ブレイズゲートが消失する事は、地域の安全にも繋がる。灼滅者が我らを邪魔する理由は無いだろう」
     その言葉に頷く、スサノオ達。
    「灼滅者達は、アンブレイカブルを合流させた六六六人衆との決戦を控えている。その上で、我らを敵に回すような愚挙は行わないであろう」
     その言葉に納得したのか、スサノオ達は会話を止め、無言で儀式の準備を進め始めるのだった。


    「兄貴、姉御~! 緊急っす、エマージェンシーなんす!」
    「あ、ノビ――」
     振り返る間もない。
     ドタバタと教室へやって来た日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、尊敬する灼滅者の姿を見るや否や、直ぐに口を開いた。
    「慈眼城の直下にある天王山トンネルが通行止めになってンすけど、これを不審に思った高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)の姉御が内部に潜入し、情報を持ち帰ってきてくれたンす!」
     彼女が得た情報によれば、スサノオの姫・ナミダとスサノオ達が、ブレイズゲートである慈眼城を喰らってスサノオ化するという儀式を進めているという。
    「……ブレイズゲートのスサノオ化……?」
    「スサノオ達が慈眼城を狙うという事については、エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)の姉御も警戒していたし、漣・静佳(黒水晶・d10904)の姉御もまた、スサノオ大神の力を得たスサノオ達により、ブレイズゲートが利用されるだろう事を懸念していたんすけど……事態は想定していた以上に深刻っすね」
     ノビルが柳眉を顰めるのも尤もだ。
     現時点で武蔵坂学園は、ナミダ姫率いるスサノオ勢力とある程度の友好関係があり、六六六人衆との決戦時にも、それなりの協力が見込まれている。
    「蓋しスサノオもダークネスっす!」
     その六六六人衆と根源では変わらぬ相手だ。
    「ああ……ブレイズゲートという強力な力をスサノオが喰っちまったら、ダークネス勢力の強化に繋がってしまうだろうな」
    「どうするのが正解かは自分には分かんないんスけど、見逃す事は出来なくて……」
     現場に向かい、各自の判断で行動を行って欲しい――と。
     解を見出せぬ丸眼鏡は、自分が最も信じる者達に道を託した。
    「大体の指針を決めねばな」
    「っすね!」
     灼滅者の声に、ノビルは力強く頷いて、
    「妃那の姉御の情報によれば、儀式の最中はスサノオ達の力は儀式に注ぎ込まれる為、戦いを挑めばスサノオの姫・ナミダの灼滅も可能な状況みたいっすね」
     ナミダ姫を守れるかどうか――それはスサノオ達も懸念するところ。
    「そうね。これまでスサノオ達とは幾らか交流があるけど、このままダークネス組織の強大化を見過ごすのも難しいし……灼滅を視野に襲撃するという選択はありえるわ」
     ここでナミダ姫の灼滅に成功したならば、スサノオ勢力を壊滅状態に陥らせる事ができる。
     ただ、攻撃を仕掛けたものの、肝心のナミダ姫の灼滅に失敗した場合、スサノオ勢力と武蔵坂学園は修復不能な敵対関係となる可能性が高く――攻撃を仕掛けるなら、万全を期す必要がある。
    「ナミダ姫への襲撃を行わない場合、慈眼城の攻略を行うという方法もあるッス」
     儀式の結果か、慈眼城には戦闘力が大幅に強化された『壬生狼士』や『壬生狼魂』が出現している。
     この『壬生狼士』や『壬生狼魂』を撃破する事で、『慈眼城』を喰う事で得られるスサノオの力を大きく減少させる事ができるだろう。
    「この方法を取った場合も、スサノオ勢力との関係は悪化するだろうな」
    「でも、この場合は『偶然ブレイズゲートを探索した結果だ』と言い抜けられるので、敵対するまで関係は悪化しない筈っす」
     ノビルはこっくりと頷いた後、三つ目の指針を提示した。
    「最後は、儀式中のナミダ姫の所に出向いた上で、慈眼城の儀式を認め、恩を売ったり友好を深めるという選択もありえるっす」
    「友好関係を結ぶのか」
     慈眼城の『探索』と『交渉』を同時に行う事で、スサノオの戦力強化を抑えつつ、関係の悪化を最小限に収める事もできるかもしれない。
    「……成程な」
     放っておく事が難しくなった勢力に対し、どんなものであれ、対応が求められている――灼滅者は暫し沈黙の後にノビルを見て、
    「ダークネスの中では決して強大と言うわけではなかったスサノオ勢力は、今回の『ブレイズゲートのスサノオ化』によって、その前提を覆してしまう危険を孕んでるッス」
     スサノオ勢力を壊滅させる好機ではあるが、今一度、彼等とどう向き合うかを考えて欲しい――。
     ノビルは真剣な面持ちで、
    「自分は兄貴と姉御を信じてるッス!」
     と、全力の敬礼を捧げた。


    参加者
    泉・星流(魔術師に星界の狂気を贈ろう・d03734)
    黒絶・望(運命に抗う果実・d25986)
    安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)
    秦・明彦(白き雷・d33618)
    月影・木乃葉(深窓の令嬢・d34599)
    シャオ・フィルナート(猫系おとこのこ・d36107)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)
     

    ■リプレイ


     車の往来を断ち、妙な静けさが沁む天王山トンネル。
     馬蹄形の穹窿を潜り、等間隔に連なるナトリウム灯を追って進んだ灼滅者達は、隧道奥部にて橙黄色に照らされるスサノオ達と、その中央に立つナミダ姫を発見した。
    「――灼滅者か」
     彼等も危惧していただけの事はある。
     既にその聡き耳に跫音を、鋭い嗅覚に匂いを捉えていたスサノオ達は、灼滅者の姿を視るなり牙を剥いて、
    「何をしに来た!」
     最初に影を見せた月影・木乃葉(深窓の令嬢・d34599)に、噛み付くような怒号を浴びせた。
     両手を挙げたまま漸近した彼は、そこで立ち止まり、
    「こちらに交戦の意思はありません!」
     と、先ずは害意のない事を伝える。
     凛然に満つ声は、続けて『ここを訪れた理由』を述べ、
    「何らかの大きな力が動いた事を確認したので、様子を見に来たんです」
     先の第一声――スサノオ達の最たる狐疑に答えを差し出した。
    「……」
    「――鼻の利く奴等よ」
     多くの力が集えば、灼滅者に嗅ぎつけられるのも仕方ない。
     スサノオ勢としては当初の懸念が形となった訳だが、それにしてもこの人数は、調査というには多く、儀式を妨害し、剰えナミダ姫を脅かすやもしれぬという危殆を抱かせる。
     儀式を前に神経を尖らせるスサノオらは、ナミダ姫を囲んで警戒を解かず――、緊迫した空気が流れる中、神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)が静謐の裡に声を置いた。
    「異変に気付いて動いたのは、この場に居る者達だけだ。情報を得る前にブレイズゲートの探索に出た者も居るようだが……」
     異変に気付いた者は、これで全員。
     そう明かすことで、慈眼城に向かった灼滅者達との関与を断つは狸か狐か、
    「此処で君達と会うとは、果たして偶然かな」
     坑道の真上を眺める炯眼に、沈黙が深まる。
    「……」
     そう、強大な力の終結に呼ばれた灼滅者達は、この動静に慈眼城と縁の深いスサノオ勢の影を読んではいたろうが、『儀式』については知らず、状況を探っているといった風。
     それは秦・明彦(白き雷・d33618)が分かり易いか、こちらはスサノオ達の剣呑たる相貌を興味深げに眺めて、
    「スサノオ達って普段何してるんだ? って思ってたら、意外と出会えるものだな。俺達は戦うつもりで来た訳じゃないから、色々聞きたいと思っているんだが」
     好奇心の赴く儘、気さくに話しかけてくる彼には、やはり裏など――妨害や灼滅といった下心など無いように思える。
    (「――如何思う」)
    (「解らぬ」)
     真偽の程を測りかねるスサノオ達が、牙を剥いたまま灼滅者達を注視していると、シャオ・フィルナート(猫系おとこのこ・d36107)が小さく一歩、踏み出る。
    「俺達に敵対の意思は無いの……それだけは、信じて」
     語彙に乏しく、たどたどしい語り口は、然し母に気持ちを伝えようとする子供のように必死で、一切の空音がない。
    「そのうえで……誤解の無いように、話し合いを……みんなのお話を、聞いてほしいの……」
    「――話、だと?」
     スサノオ達の尖った耳がヒクリ動いた瞬間、安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)は丁寧に一礼して、
    「いきなり大勢で押しかけて申し訳ありません。少なくとも、ここに居る者が皆さんに危害を加える事は無いと約束します。もし、不心得者がいた場合は、僕達が全力で止めます」
    「――っ」
     解放を得る殲術道具に全身の毛が逆立ったのも一瞬、その切先が指すは天。
     黒絶・望(運命に抗う果実・d25986)は彼の言を継いで、
    「私達は、話し合いが安全に進むよう、ナミダ姫を護衛すると同時、灼滅者の発言が妨害を受けぬよう、この場を守り抜きます」
     万一の事態にも直ぐに対応できるよう、臨戦の布陣を整える。
     丁度、スサノオ勢と灼滅者の間に陣取った七人は、双方の声に耳を澄ますようで――、
    「……この者達は敵では無い」
     スサノオ達の巨躯の合間から、ナミダ姫が静かに言った。
     その一声に反応したスサノオ達は、盾の厚みを解いてナミダ姫の姿を見せ、それを許諾の意思と受け取った泉・星流(魔術師に星界の狂気を贈ろう・d03734)が、箒型の【マテリアルブルームロッド・ゴットジャッジメント】を手に索敵に出る。
    「一応、襲撃の可能性を考えて……話し合いが終わるまで周囲を警戒しておく……交渉が終わったら声をかけて」
     ここで何らかの介入があっては、酷く信頼を落とす事になろう。
     少しでも交渉を円滑に運ぼうとする彼等の努力を見たナミダ姫は、続く言を待ち、
    「話は、班毎に纏まって、順番に行わせて頂きます」
    「……」
     その沈黙を是と受け取ったジェフは、眼鏡の奥から視線を送って、一歩踏み出る文月・直哉の姿を見届けた。


     スサノオ勢にしてみれば、『ブレイズゲートのスサノオ化』という大事を前に、横槍を入れてきた灼滅者と話し合う義理はない。
     然し幾許か友好関係を築いてきた経緯もあろう、特に多くのダークネスと穏便な関係を保ってきたナミダ姫は、灼滅者との衝突を避け、この場での話し合いを許した。
     それは多分に彼等が見せた誠意もある、
    「なにぶん若輩者の集まりですので、至らぬ所はご容赦ください。こちらも大事な話し合いと分かっているからこそ、熱くなって周りが見えなくなることもあると思いますので」
     班で交渉や質問を持たず、交渉の場を護る事に専念した彼等の力は大きい。
     ジェフは進行を勤めながら、灼滅者の発言が一方的にならぬよう注意を配り、
    (「ここで仲間の裏切りや、第三者の奇襲があっては、双方の不利益にしかなりません……どんな状況に見舞われても、直ぐに動ける体勢と覚悟がなくては……」)
     橙灯に影を縁取る望は、足元にエクルベージュの【愛花・フィリア】を忍ばせつつ、全ての音と声を耳に集める。
     交渉の場を離れた星流は、先ずは起点に向かって、
    「少しの異変もあれば直ぐに知らせる。――或いは、どんな方法を以てしても」
     退路となる坑道口に戒心を配るは定石であろうが、もう一人、誰かと両端を護る事が出来ていたなら、彼の懸念と負担は今よりずっと軽くなったに違いない。
     勿論、交渉の場を疎かにするのも本末転倒だ。
     坑内に響く会話を緊張した面持ちで聴くシャオは、盾と癒しを為す【断罪の剣】を強く握り込め、
    (「一先ず……話を聞いてはくれそうだけど……俺達の気持ちや、みんなが伝えたい事……うまく、届くといいな……」)
     こんな時こそ、冷静沈着なる優に励ましを得たい処だが、いつも頭を撫でてくれる彼の手は、光弓【Shekinah】に矢を番えた儘、
    「――他の灼滅者達がブレイズゲートを探索している事実がある以上、完全に信用して貰う事は難しいだろうな。連中がどのタイミングでこの情報を得るかにも拠る」
     言は交していない筈だが、限りなく声量を抑えた低音が見解を示す。
    「……ボクもその時を心配しています」
     足元の薄闇に【影鰐】を泳がせる木乃葉の懸念も同様。
     ナミダ姫と交渉に来た灼滅者とほぼ同等の班が慈眼城に向かったのだから、スサノオ勢が想定する成果は確実に削られる事となる。
     問題は、儀式を進めるスサノオ達に融和的態度を見せながら、一方で彼等の目論見を中途に終わらせる『二枚舌』が露呈した時。
    (「個人的にはスサノオ達に良い感情を抱いているし……友好的な関係を続けられたらいいのですが……」)
     仲間の話力と、ナミダ姫の判断を信じるしかないか――と、手に汗が滲んだ。
     一方、交渉や情報収集を各班に任せた明彦は、護衛に専念する傍ら、未だ難しい顔をした儘のスサノオを見遣って、
    「食べ物はやっぱり肉? どうやって調達してるの? 洗濯は? 寝泊りは?」
    「……」
    「もし非効率な過ごし方をしているのなら、一般人が驚くような展開になるよりは、俺達も対応できるようになりたいなあ」
    「……」
     これは交渉というより、世間話であろう。
     ナミダ姫が見解を示すまでは一切の口を閉ざすスサノオ達であるが、にこにこと話しかける彼に他意の無い事は理解る。
     六六六人衆にアンブレイカブル、そこに爵位級ヴァンパイアが手を結ぶ事になった今、此処で事を荒立てたくないと――双方の事情が垣間見える様だった。


    「学園は一枚岩ではないけれど、ダークネスと共存を望む灼滅者も確かに居て、またダークネスの中にも同様の気持ちを持ち、灼滅者の存在や考え方を尊重してくれる者も現れてきている……」
     だからこそナミダ姫にもその輪に加わって欲しいと、少しでも良い印象を持ってもらうべく護衛を勤めた星流は、此度の会談の結果を後で詳しく知る事になるのだが、その成果は決して悪くなかったろう。
    「スサノオは『儀式』を行う前に、武蔵坂学園に告知し、通達を受けた武蔵坂学園は、可能な範囲で探索を控えるなどして邪魔しない――という事ですね」
     話の纏めに移ったジェフは、あくまで中立の立場を崩さぬが、内心はこの場で取り決めが得られた事に安堵している。
     ブレイズゲートのスサノオ化を事前に知らされる事になった以上、灼滅者達は今回のように偶然の探索を装って戦力を削ぐ事は出来なくなったが、ブレイズゲートに関する認識と扱いを共有できた事は大きい。
    「……この約束が守られるのならば、六六六人衆とアンブレイカブル勢力との決戦が行われた際には、スサノオは武蔵坂学園に協力してくれると……」
     先の会話を反芻した木乃葉は、確かにそうだと頷くナミダ姫を見る。
     多くのダークネス組織と友好関係を結んだスサノオ勢としては、そのような決戦が行われる事そのものを良しとしていない様だが、武蔵坂学園に敵対する勢力からの協力を断って貰えれば、窮地に追い遣られる危険は薄まろう。
    「武蔵坂学園の中でも様々な意見があるんだが、ナミダ姫は一般人に被害を出さないよう心掛けているし、約束は守る奴だと――俺はそう思ってる」
     ダークネスだから、ではなく、本質で「良い奴は良い、悪い奴は悪い」を見る明彦は、この場で言を交したナミダ姫が、虚偽を以て場を収めた訳でないと受け取る。
     ダークネスだからと言って安易に組織を潰せば、多様性を喪った世界で、一種族の原理主義が蔓延しまうという、彼女らしい意見も聞けた。
     また、協力に関する件では、スサノオ勢が武蔵坂学園を脅威と――有力なダークネス組織の一つとして認識している事も分かり、
    「俺達の二枚舌を見破りつつ、それでいて関係を破綻させぬよう寛容を見せたナミダ姫には、今後行われる『儀式』も相俟って、厄介な敵になるかもしれないという危惧もあったが……」
    「スサノオ達も……俺達を強力な……ダークネス組織と見ているなんて……」
     優の言を与ったシャオは、そっと眉根を寄せて、
    「その、俺は……ただ、争いたくないだけなの。できればこれからも、仲良くしていきたいし……お互いに、助け合っていけたら、嬉しいなって……思うのに……」
     認識の齟齬が綻びとならぬよう祈るばかりだった。
     全てが解決した訳ではないと、双方に確認を取るは望。
    「武蔵坂学園が『ガイオウガの尾』を引き渡した場合、スサノオ側はブレイズゲートの半数を学園が管理する事を認める――こちらについては、持ち帰る案件になったでしょうか」
     ガイオウガの尾。
     彼等の口からそれが出た瞬間は、外部から物理的でない――情報操作的な妨害をされたような緊張が走ったが、武蔵坂学園とスサノオ勢力の歩み寄りを懸念する者が確かに居る、という事実は実感できたろう。
     だからこそ、このチームの者は何より灼滅者の闇堕ちを警戒していたのだ。
     結果的に妨害はなかったが、その配慮と尽力が、これだけの交渉を円滑に進ませたことは間違いない。
     七人は、ここで漸く深い呼吸を得た。


     時が許せば、スサノオ達とも歓談して交友を築きたい――。
     集まった有力なるスサノオ達の中に、見知った顔を捉えた幾人かはそう思ったろうが、坑内に響く振動が、灼滅者の顔貌に浮かび始める笑顔を遮る。
     スサノオ達の尖った耳が動いたのも同時だった。

     ――オオオオオオオオオオオーン…………。

    「……遠吠え……?」
    「――上からだ」
     人狼をルーツにする木乃葉と、人狼をポテンシャルとする明彦が、真っ先に顎を向ける。
     トンネルの天井より更に上、空気を震わせて届く咆哮はまるで狼のそれで、声量や振動から伝わる力の大きさは相当のもの。
    「でも、どこか悲しそうに……聞こえるの……」
    「シャオ姉様、それは――」
     望が言いかけて、噤む。
     何故なら彼等はその理由を理解っていて――慈眼城を探索していた灼滅者達が大きな戦果を齎した結果だと、言わずとも知れるからだ。
     坑内に幾度も反響し、鼓膜はおろか肌をも震わせるそれは、深い哀切を帯びて、厚きコンクリートに空間を隔てるスサノオ達に叫ぶよう。
     ナミダ姫もまた、トンネルを越えた遥か上方に視線を繋いで、
    「……どうやら、儀式は無事完了したようじゃ。ならば、儂等も最早ここにこれ以上留まる理由もない。疾く去るとしよう」
     其は「交渉はここまで」という幕引きの宣言。
     彼女は長い睫毛を落とすと、濃灰の舗装路に踵を返して、
    「――儂は汝等を敵に回したいとは考えておらぬ。願わくば、汝等もまた同じ思いであるとよいのだが」
     身に纏うヴェールが軽やかに翻るや、その裾の先を追う間もなく、スサノオらの魁偉が彼女の華奢を遮る。
    「振り向かず去るか」
     当然だな、と優が言ちる。
     それは彼等もまた此度の交渉で成果を得たからで、灼滅者と接触した事実は、儀式を成功させた以外にも、スサノオ側に大きな変化を齎す事となるだろう。堂々背を見せて去る姿も、十分な手応えを感じさせた。
    「……僕達も学園に戻ろうか」
     交渉の終了を伝え聞いた星流が戻る。
     不穏な振動はあったものの、一同の退路は彼によって確保されており、全員を揃えて護衛の完了を確認したジェフが首肯を返した。
    「はい。伝えなくてはならない事、話し合わなくてはならない事を持ち帰らねば」
     先ずは、慈眼城に向かった灼滅者達と情報を摺り合わせたい。
     無機質なアーチを見詰めた彼は、来た時と変わらぬ橙黄色に照るトンネル灯に、今度こそ深い吐息を零した。

     斯くしてスサノオが去り、灼滅者が去り、天王山トンネルに再び静寂が沁む。
     慈眼城直下で行われた両勢の会談が、今後どのような展開を齎すかは分からずとも、世界を動かす転輪の音が聞こえたような――謎めいた沈黙が坑道を抜けるようだった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月1日
    難度:やや難
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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