慈眼城のナミダ姫～選ぶべき道は

■リプレイ

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　天王山トンネル内部は、ぴりとした空気が満ちていた。
　灼滅者たちが姿を見せるよりも早く、スサノオたちはその鋭い感覚に捉えていたのだろう。
　何をしに来たと吼える怒号に、びくりとトワ・トキアナライズ（アイアムレジェンド・d37796）が身を震わせた。
「大丈夫です……落ち着いて」
　経験の浅い彼をかばうように後ろへ下がらせ、海川・凛音（小さな鍵・d14050）は先に立った灼滅者たちの様子を伺う。
　彼らはスサノオを滅するためでなく、彼女たちとの交渉の場を整えるために前へ出ている。
　臨戦態勢を取るスサノオたちに護られ囲まれるナミダ姫の姿を確かめ、
「スサノオのお姫様には、以前から会ってみたいと思ってたっす。『姫』ってだけでそそられるっすね」
　頬を緩めたギィ・ラフィット（カラブラン・d01039）の呟きに、近くにいた仲間たちから批難めいた視線が向けられ、慌てて撤回する。
「……も、もちろん、お役目は忘れてないっすよ？」
　そうでなくては困ると、周囲から溜息がこぼれた。
　息を呑むのも憚られる緊張の中、
「……この者達は敵では無い」
　スサノオ達の巨躯の合間から、ナミダ姫が静かに言った。
　その一声に反応したスサノオ達は、盾の厚みを解いてナミダ姫の姿を見せ、不審に思われないよう注意しながら六条・深々見（螺旋意識・d21623）は彼女を見る。
　ナミダ姫とは一応過去に少しだけ面識があるが、でもまぁ向こうは覚えてない程度の関係かな、と彼女が思っているとおりであったかは分からないが、スサノオの姫は彼女に対して特別な反応は見せなかった。
　願いを押し抱いてナミダ姫を見つめる無常・拓馬（カンパニュラ・d10401）の表情に、鏡峰・勇葵（影二つ・d28806）は密やかに息を吐く。
　少しでも交渉を円滑に運ぼうとする彼等の努力を見たナミダ姫は、続く言を待ち、
「話は、班毎に纏まって、順番に行わせて頂きます」
「…………」
　その沈黙を是と受け取った安藤・ジェフ（夜なべ発明家・d30263）は、眼鏡の奥から視線を送って、一歩踏み出る文月・直哉（着ぐるみ探偵・d06712）の姿を見届け、黒鐘・蓮司（グリムリーパー・d02213）もまた彼とナミダ姫を見やる。
「（……天海のオッサン以来っすかねぇ、人的被害に言及してくる奴ぁ。あくまで犠牲は已む無し、って連中が大半っつーんだから尚更……）」
　思案する彼のやや後ろで、夜伽・夜音（トギカセ・d22134）はきゅ、と服の裾を掴む。
「（ブレイズゲートについては随分長く追ってきたつもりだけれど、未だに謎だらけ。……わかること、あるといいな）」
　彼女は人も、灼滅者も、ダークネスも共にあれるよう願う、共存派だ。
　だからこそダークネスを皆殺さなくていいブレイズゲートは維持したいし、一般人被害の懸念は押さえておきたいという気持ちがある。
　結果がどうなるのであれ。
　スサノオと灼滅者の駆け引きが始まった。

●
　自分たちより先に交渉を進める灼滅者とナミダ姫たちの会話を聞きながら、深々見は思案する。
　スサノオとブレイズゲートの共通点である、『白い炎』の意味を訊くつもりだったのだが、それは先の班とナミダ姫とのやり取りの中で判明していた。
「（同質のものなのかな、とは思っていたけど……）」
　具体的にどういうもの？　ってなるといまいちわかんなかったけど、と口の中で呟く彼女のそばに、ウィングキャットのきゅーちーが寄り添う。
　彼らを取りまとう空気もピンと張り詰め、普段は元気いっぱいのトワも、さすがに空気を読んで神妙な感じにしていた。
　元より彼の行動方針は周りの意見に従うことである。大人しくしていることが最良だった。
「ブレイズゲートはもともとスサノオ大神の一部になるはずだった力、か」
　それを取り返すためにブレイズゲートを食らっていると。
　常には柔和な表情を浮かべる勇葵も今はかすかに眉をひそめ、その意味に惑う。
　彼も人狼であり、狼としてずっと過ごしてきた。
　やっぱり自分の起源が知りたいし、スサノオに関してはもっと良く知りたい。
　そう思っている彼にとって、ナミダ姫の言葉は重大な意味をもたらした。
「大事なのはスサノオが人間を犠牲にしなくても繁栄できるのかどうかだ」
　噛み締めるように拓馬が言う。
　そうだとすれば古の畏れを除けば、灼滅者と人間はスサノオと共存の可能性を探れる。
　灼滅者もダークネスを灼滅すること以外の存続方法を探しているから。
「それが互いの種族繁栄に繋がると信じている」
　自分自身へと言い聞かせるかに口にし、仲間たちもスサノオの姫の言葉を吟味する。
　スサノオの白炎。エクスブレインも見通せない、ブレイズゲートを包む白炎。
「証明はできないけど、可能性は低くないと思うわ」
「じゃあ……」
　深々見の言葉に勇葵と拓馬が視線を交わす。
　慈眼城攻略に対する危うい事情説明を承諾し交渉が終わり、ジェフが次の班、つまり彼らへと合図をした。
　交渉が円滑に進むように裏方に徹する凛音は、それまでに行われた会話の内容を反芻して矛盾が出ないか確認し、聞くべきことと要請したいことを検めてから仲間たちへ頷いた。
「ナミダ姫さん。僕からも質問、いいかな？」
　いっぽ前へ出て、もう昔に終わった話だけれど。と夜音が前置きし、無理に答えられないことには答えなくていいからと勇葵が添える。
「クラブのシャドウ、ベヘリタスが用意していたベヘリタスの秘宝って物があったんだ。その力は、分割存在のひとりに、己の力を復活させる。というもの」
「ふむ」
「ナミダ姫さんはブレイズゲートを喰らうとき、中にいた分割存在のダークネスをどうしてるの？　分割存在って、ブレイズゲートでダークネスが細切れになってしまっているものだと思っていたんだけれど……ブレイズゲートを取り除くだけで、ばらばらになっていたダークネスが統合されちゃうのかなって」
　そこまで言って、夜音は一息置く。
「それは灼滅者的に見過ごせないって僕は思うよ。ブレイズゲートの中に居たなら一般に被害を出さなかったものが、外に自由に出れちゃうことになっちゃうんだから」
　ナミダ姫さんは僕たち灼滅者が一般人被害を抑えたいってことを知ってくれている。
　だからこそ、答えてもらえたらって思うよ。
　そう信じて真摯に向けられる赤い瞳に、ナミダ姫は案ずるなと応えた。
「皆死ぬ」
「死……え？」
　予想していた答えだったか夜音がその言葉を反芻すると、スサノオの姫は言葉を続ける。
「我らスサノオとて例外ではない。しかし、一度死した後に、別のスサノオとして再び実体化するのじゃ」
「でも、それじゃあ……」
「そなたら灼滅者にとっては個は重要であろうが、我らにとって個が融合することにも分離することにも違和感はない」
　問題ないと告げるナミダ姫に、夜音の顔から緊張がほどけた。彼女が危惧していた疑問が解消されただけではないだろう。
「もしも分割存在のダークネスが統合されたりして外に出られちゃって、そのまま野放しになったら危険だと思ったのだけれど。そうでないなら安心だね。ナミダ姫さん、答えてくれてありがとう」
　ぺこりと頭を下げる夜音に、ナミダ姫はゆるりと頷く。
　と。すと手が挙がった。
「一匹狼のスサノオが、曰く付きの場所で古の畏れを呼び覚ます事ってよくあるじゃないっすか」
　ギィの言葉に、スサノオの姫は顔を向けた。
「その後は自分達が古の畏れを灼滅してるんすけど、これを呼び覚ましたスサノオ自身に古の畏れを始末するよう号令していただけないっすか？　そしたら、自分達もそのスサノオを追い詰めて灼滅することはしないっす」
　古の畏れをスサノオ側で排除できねぇんなら、せめてそっちで統制してもらえません？
　要求にナミダ姫はすぐには応えず、蓮司が補足するように後を継いだ。
「今まではずっと俺達で対処してて、結果的にスサノオにも矛先を向ける事がありました。けど、そっちが上手い事管理してくれんなら、アンタらは古の畏れを理由にちょっかいかけられる事はなくなる。こっちもこっちで、安心して他の活動に専念できますし」
　それを聞いたナミダ姫の応えは是でも非でもなく、そうであったか、と。
「古の畏れは我らスサノオが生み出しているわけではない。過去の時代の都市伝説が、スサノオ大神の力を利用して生き延びてきたものじゃ」
　その言葉に、幾人かは心当たりに気づく。
　そうだ。古の畏れは時代がかったものではあるがその本質は噂や伝承。つまり、都市伝説だ。
　生み出そうとしてそうなったわけではないのかと訊くと肯定が返った。
「我らがスサノオ大神の力を回収しようとすると、古の畏れが実体化する。そして古の畏れからスサノオ大神の力を切り離した結果、古の畏れは都市伝説として活動していた当時のような行動を行うようになり」
　その結果一般人を襲うことになるのだと言う説明に、ああ……と溜息のような納得のような声がこぼれた。
「我らはスサノオ大神の力を得られればそれでよい。故に古の畏れを邪魔することもなく放っておいたのじゃが」
「物騒っすね……」
　だが、当然のことだろう。彼女たちにしてみれば、後始末をする理由などないのだから。
　それならばと蓮司は提案の利点を説明する。
「姫さん方にとっては、古の畏れを呼び出して力を増した同胞が合流してくる。自分達にとっては、スサノオが起こす事件に手を取られることがなくなる」
　お互いにいいことずくめじゃないっすか？
　念を押す灼滅者に、ナミダ姫は鷹揚に頷いた。
「よかろう。そういうことであれば吝かではない。今後は発生した古の畏れを滅ぼしてから去ることとしよう。それでよいか？」
「充分っす」
　無表情の中に感情を含み、蓮司は丁重すぎるほどに深く頭を下げ、それから。
「……アンタらほど一般人に配慮してくれる連中、今じゃ珍しいですからね。殺る、殺られるってだけだったダークネスとの構図、それが変えられるかもしれねーんなら、賭けてみんのも悪くねぇのかもって、思っちまいまして」
「『スサノオの姫』という以上、姫さんにはスサノオの末端まで指示が届くんすよね？」
　ギィが問い、沈黙を肯定と取ると続ける。
「今もこうして一般人に被害が出ないようにしてくれてるのには感謝と敬意を表すっすよ。その方針を今後も貫いてくれれば、自分達とスサノオは手を取り合っていけると思うっす」
　礼を告げる灼滅者たちにスサノオの姫は、そうであればよいがと答えた。
　丁重に礼の言葉を述べて、勇葵は僅かながらと茶菓子を渡そうとして差し出す。
　次いで、今後の武蔵坂学園との協力関係を築いていかないかと誘うが、こちらが望むような色好い応えは得られなかった。
　だが、決して悪い結果ではない。
　拓馬は、やり取りを見守っていたジェフに次へ繋げてくれと伝える。

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　彼らに続いた班からは、ナミダ姫からの要望がないかと問う。
　スサノオの姫は、これからも儀式を行うが事前に連絡をするので儀式中のブレイズゲートの探索を控えてほしい。安易にダークネス組織を滅ぼすのを控えてほしいと答えた。
　灼滅者たちは前者については承諾できたが、後者に関してはこの場では判断できないということに留まった。
　こちらから他のダークネス組織に協力しないでほしいという要望を伝えると、スサノオは受けた恩を返し続けることで信頼を得てきた。
　それを裏切れば二度と信頼は得られないと断られた上で、武蔵坂学園から大きな恩を受けていれば、武蔵坂学園に敵対するダークネス組織の協力を断る理由になるだろうとの妥協案を示される。
　それが守られるのならば、六六六人衆とアンブレイカブルとの決戦時には、スサノオは武蔵坂学園に協力するとも。
　スサノオが儀式を行うブレイズゲートは半数のみとし、残りは武蔵坂学園が管理するという提案については、ガイオウガの尾をスサノオに引き渡した場合、スサノオはブレイズゲートの半数を武蔵坂学園が管理することを認めるという答えで、これについてもこの場では即答できないということで終わった。
　一通り交渉が終わった後、突如、頭上から、狼のものと思しき遠吠えが上がった。
「な、に……？」
　突然のことに夜音がぐるり周囲を見回し、凛音は不慮に即応できるよう警戒する。
　トンネル内に反響し大気を震わせるそれは、けれどどこか哀切を帯びているように、灼滅者たちには感じられた。その遠吠えに、ナミダ姫の視線がトンネルの天井に向けられる。
「……どうやら、儀式は無事完了したようじゃ。ならば、儂等も最早ここにこれ以上留まる理由もない。疾く去るとしよう」
　ナミダ姫が、交渉はここまでというように、そう宣言した。それから、付け加えるように、
「儂は汝等を敵に回したいとは考えておらぬ。願わくば、汝等もまた同じ思いであるとよいのだが」
　そう告げると、身に纏ったヴェールをはためかせながら身を翻す。
　そのまま振り返ることなくトンネルの出口へと向かうナミダ姫の後に、他のスサノオ達も、続いていった。
「……びっくりしたぁ」
　はあっと大きくトワが息を吐く。
　これまでの交渉の内容を吟味し思案する深々見は、ふと決意を聞く。
「俺の理想は人間と灼滅者、そしてダークネスが共存し、幸福に生きられる世界。たとえ夢物語の奇麗事でも、そこに辿り着くと俺が決めた」
　コルネリウスを目の前で死なせたため、彼女の理想を自分なりの形で叶えると決意した。
　スサノオの姫の姿をまぶたに映し思いを強める拓馬に、そうだねと頷いて。
　ナミダ姫とスサノオ達が去った天王山トンネルに残されたものは、ただ静寂のみだった。

作者：鈴木リョウジ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年8月1日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 7
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