慈眼城のナミダ姫～白炎の城

■リプレイ

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　幾度も通ったそのトンネル内へと、灼滅者達は足を入れた。
　そのトンネルの名は『天王山トンネル』。ブレイズゲートである慈眼城へ向かうには、そのトンネルを通らなければならない。
　――が、そのトンネルの入り口が封鎖されていた。
「まさか本当にスサノオがブレイズゲートを利用するとはね」
　集まった仲間達と共にトンネル内部へと侵入した紫乃崎・謡（紫鬼・d02208）はぽつりとつぶやき、歩く。
　謡の危惧は的中した。他の仲間達の調査によってスサノオがブレイズゲートである慈眼城を喰らってスサノオ化するという儀式を進めているというという事を知った灼滅者達はいくつかのチームに分かれ、そのチームは2つの目的をもって行動している。
　ひとつは、スサノオの戦力強化を抑えるべく慈眼城攻略へと向かい、もう一つは慈眼城の儀式を認め、友好を深めようという交渉に向かっている。
「交渉……を、しようと思ってたんだけど、色んな話を聞いて、色々考えているうちに、分かんなくなってきたんだよね」
「大丈夫だよ彦ちゃん」
　ナミダ姫とは1年前に会ったきりだ。祟部・彦麻呂（快刀乱麻・d14003）の緊張を月夜・玲（過去は投げ捨てるもの・d12030）がにこりと和らげ、様々な思案を胸に戒道・蔵乃祐（逆戟・d06549）は仲間達と共に、歩く。
　ナミダ姫へ問いたい事も、交渉したい事も幾つもある。
「考え過ぎは良くないよ、蔵乃祐」
　気遣う比良坂・柩（がしゃどくろ・d27049）の胸中にあるのは、利を得る為に憎悪を抑え、交渉に挑む思い。
（「ナミダが大神となることを望んでいるのであれば、いずれ戦わなければならない相手だ」）
　ダークネスと共存できると柩は思っていない。だからこそ。
「武蔵坂学園は首魁を戴かず、生徒個々の意見表明を元に意思決定を行う組織じゃ。スサノオの戦力を削ぎつつ、今の関係を維持できるかは妾らの腕次第じゃのう」
　乱れそうになる着物の裾を直し、外道院・悲鳴（千紅万紫・d00007）は言う。
「まぁ緊張していても始まらん、気楽に行かせてもらおうかのう」
「先の事も見通してお話しましょ」
　悲鳴に千布里・采（夜藍空・d00110）も言えば、共に歩く魂の片割れ、雑種の霊犬が何かに気付いた様だ。
「何にせよ今は穏便に済ませたいわ」
　歩を止め神夜・明日等（火撃のアスラ・d01914）は仲間達も気付く気配へと目を向ける。
　目前にはスサノオ達が儀式の準備を行っていた。

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「何をしに来た！」
　吠えるスサノオの声は先頭を行く別チームに向けられたもの。
「こちらに交戦の意思はありません！」
　噛み付くような怒号を浴びる一人の灼滅者は両手を上げ、スサノオ達へと近づいて行った。
　蔵乃祐はナミダ姫の姿を探すが、ここからはその姿を見る事は出来なかった。スサノオ達が守るべく取り囲んでいるのだろう。
「何らかの大きな力が動いた事を確認したので、様子を見に来たんです」
「異変に気付いて動いたのは、この場に居る者達だけだ。情報を得る前にブレイズゲートの探索に出た灼滅者も居るようだが……」
　スサノオ達に誤解を招かぬ様にと仲間達の説明を采も聞く。
　どうやら慈眼城攻略チームは事情を知らない、偶然探索にやって来たという事にしたようだ。そして、ここで事情を説明しているチームはナミダ姫との話し合いを取り持つ事と、ナミダ姫と灼滅者達に万が一の事態が起きぬ様に対応するという。
　しばらくの静寂が続き。
「……この者達は敵では無い」
　静かな声。
　そして、柩は盾の厚みを解いたスサノオ達の合間から姿を表すナミダ姫の姿を見る。明日等にとってはこれが二度目の邂逅だ。
「話は、班毎に纏まって、順番に行わせて頂きます」
　その声にまず最初のチームが前に歩み出た。
　どうやら最初に交渉するチームは、ナミダ姫の最終目標が何かを聞き出そうとしているようだ。
　明日等と彦麻呂は興味深く耳を傾け、
「君たちにしてみれば対たる存在……になるのかな、イフリートやガイオウガは」
　玲はそっと離れスサノオへと声をかけたが、ぎろりと睨まれてしまう。
　さすがにこの状況では雑談など出来る筈もなかった。
「では、次の班の皆さん、どうぞ」
　どうやら聞き終えたようで、自分達のチームに順番が回る。
「私達や一般人への気遣いには感謝はしているわよ」
　礼儀正しく言う明日等は改めて儀式中に押しかけてきた事への謝辞を、謡もまた一般人の犠牲を出さない考慮された儀式への謝辞を述べ、悲鳴は秩父で共に戦ったスサノオ達の姿を目に留めた。
　やはり、彼らは儀式に参加していた。
　さて、交渉はどうなるか。

●
「久しぶりじゃのう」
　仲間達と共に前に歩み出た悲鳴の瞳の先に立つのは、ナミダ姫のそばに立つ、人の姿をした、ヒトならざる存在。
　胴着に袖を通さず羽織りを羽織った男――いや、スサノオ・ギンロウ。
　ギンロウも悲鳴に気付いていたようだ。あの時戦った3体のスサノオもいる。
「どうやら、縁は君達をここへ導いたようだな」
「そのようね」
　ウイングキャット・リンフォースを伴う明日等は言葉を向け、
「武器は最低限の自衛手段で手離せない、御容赦下さい」
　得物を手にしたまま蔵乃祐にナミダ姫は気にしないと手で示した。
　そして、采は言う。
「この班からの提案はありませんよって休憩しませんか」
「提案はない、じゃと？」
　交渉の場に立つというのに何も提案しないという言。眉をひそめるナミダ姫が見れば、采の足元で白い霊犬がちょこんと座っていた。
「まあ、フレンドリーに行こうじゃないか」
　言いながら玲はふと、何か差し入れを持って来ればよかったと思うが、隣にいる彦麻呂が買い物袋を持ち上げて見せる。
「ええっとほら、陣中見舞いってやつですよ、差し入れも持ってきましたよ！」
「さすが彦ちゃん」
　彦麻呂が両手に持つそれを見れば、飲み物から食べ物まで様々な差し入れ物が詰め込まれていた。きっと喜ぶに違いない。
「提案はないと申したが、せっかくの場じゃ。何か申したい事があれば申すが良い」
　ダークネスと灼滅者達の間にふわりと和やかな雰囲気が漂う中、ナミダ姫は言う。
「幾つか提案や質問したい」
「申してみよ」
　謡に柔らかくナミダ姫は頷くが――その瞳はすと細まった。
　和やかな雰囲気は一瞬で消え去ると、周囲のスサノオ達が何やらざわめきだしたのだ。小さなそれは次第に広がり、大きくなっていく。
　その様子を紫の瞳がぐるりと見渡し、謡は耳を澄ませてそれを聞く。
　――慈眼城で、灼滅者のチームが暴れている。このままでは儀式に影響が出てしまう。
　幾重にも交わされるそれ注意深く聞き、ざわめきの正体を知った柩も感付かれぬよう注意し仲間達へと視線を向けた。
「慈眼城で君達の仲間が戦っているそうだ、儀式に影響が出るほどの規模でね。我々が儀式を行っている中での、この騒ぎ。少々、不自然すぎると思わないかね？」
「不自然すぎる？　そうかしら？」
「たまたま攻略したいと思った者達が多いだけじゃろう」
　静かなギンロウの声に明日等と悲鳴は言葉を交わすが、周囲のスサノオ達はそう思わなかったようだ。
「どう考えても不自然過ぎる！　お前達は儀式の妨害を隠す為に来たんだろう！」
「お前達が持ってきたそれも、我等を油断させる為に違いない！」
「殺せ！　儀式の邪魔をする者は皆殺しだ！」
「かいどー先輩……」
　怒号に近いそれに彦麻呂は言葉に詰まり、玲はちらりと視線を向ける。
　現在、交渉をするチームとは別の仲間達が慈眼城の攻略を続けていた。それは慈眼城を喰い、現れるスサノオを弱体化させる為。
　武蔵坂の真意を感付かれては折角の交渉の機会が失われてしまう。後に続く仲間達の交渉も途絶えてしまうのだ。
　どう動くべきか思案する灼滅者達だが、ダークネスに攻略を悟られる可能性はもちろん考えていた。
「ごめんなさい」
　蔵乃祐は静かに、誠意を含んだ声で頭を下げる。
　スサノオ達の声はぴたりと止み、腕を組むギンロウもナミダ姫と共に瞳を向けた。
　余計な事を言えば、その分だけ疑いは増していくだろう。ならば、素直に謝るしかない。
「認めるのかね」
「妾達は本当に何も知らぬ。今回は偶然が重なっただけなのじゃ」
「慈眼城の異変は決戦を控える今、未確認の異常事態。情報収拾の筈が、貴女方への過失となりました。賠償が必要ですね……」
　何としてでも攻略チームの行動は偶然だという主張は貫かねばならない。悲鳴の言葉に蔵乃祐は続き、
「事前に連絡してくれば、次からは調整ができると思うよ」
「確かにそうね。偶然とはいえ、慈眼城を攻略している私たちの仲間が儀式の邪魔をしてすみません」
「仲間達のせいで迷惑をかけて悪かったね」
　交わす玲と明日等に柩も言う。
「今までご尽力いただいた事もあります。それに免じて友好を続けて貰えませんか？」
「信じてほしい、ここ集まった者達は儀式を見守る意志ある者達だという事を」
　采と謡も重ねる言にすと手を持ちあげナミダ姫は静かに言う。
「もう良い」
　その声にギンロウの瞳はちらりと動いた。
「偶然と言うのならば偶然なのじゃろう。もし、この儀式を阻止しようと動いているならば、ここに灼滅者が来るのはおかしい事。そうは思わぬか？」
「……確かに」
　少し間が空き、言葉が返る。
「スサノオはこれまでも不幸な偶然を乗り越えて、多くのダークネス組織と歩調を合わせてきた。これも、そのひとつであろう」
「今までご尽力いただいた事もあります。それに免じて友好を続けて貰えませんか？」
　するりとヴェールを揺らし、ナミダ姫は采、そして灼滅者達へと頷くとスサノオ達も納得したようだ。少なくとも表面上は。
　――疑われている。
　そう、それは直感だ。
　揺れる髪を抑える姿を目に悲鳴は内心を悟られぬ様、表情を崩さず息を呑み。柩は危機感を胸に思案する。
　ナミダ姫は慈眼城の攻略が偶然ではない事に気付いているのかもしれない。それなのに、その主張を認めた。相手の言い分を認めつつ、関係を破綻させないように振舞えるというのは、もしかしたら、とても厄介な敵になるのかもしれない、と。
（「さすが、邪悪なダークネス組織と穏便に関係を結んできた勢力だね」）
　ゆらりと銀糸が揺れ、そして。
「して、次の者達は何を儂に申すのか？」
　進行を担う者へ向けた声は、自分達に与えられた時の終わりを意味していた。

●
　スサノオ達への説明だけで時間を費やしてしまい、交渉を行う事は叶わなかった。
　だが、交渉は自分達だけではない。他のチームがそれを引き継ぎ、その中で問いたかった事や交渉したかった事を聞く事もできた。
　全てのチームの交渉は終わり、武蔵坂はスサノオと以下の結果を得る事ができた。

　スサノオは儀式を行う前に、武蔵坂学園に告知する。
　武蔵坂学園は可能な範囲で探索を控えるなどして儀式を邪魔しない。それが守られるのならば、六六六人衆とアンブレイカブルとの決戦時には、スサノオは武蔵坂学園に協力する。
　ガイオウガの尾をスサノオに引き渡した場合、スサノオは、ブレイズゲートの半数を武蔵坂学園が管理する事を認める。

　スサノオとのこれまでの関係も、単に利害が一致しただけだろう。いずれ戦わなければならない相手との交渉結果はこの先、何をもたらすのか。
　そんな事を考える柩だが、突如、頭上から、狼のものと思しき遠吠えが上がった。
「くっ……」
「何なのいきなり！」
　突然のそれに耳を塞ぐ彦麻呂と玲だがトンネル内に反響し大気を震わせるそれは、どこか哀切を帯びているようにも感じられた。その遠吠えに、ナミダ姫の視線がトンネルの天井に向けられる。
　視線の先には何が見えるのか。ナミダ姫と同じように蔵乃祐も見上げるが、そこにはただ天井があるだけで。
「……どうやら、儀式は無事完了したようじゃ。ならば、儂等も最早ここにこれ以上留まる理由もない。疾く去るとしよう」
　交渉はここまでというように、ナミダ姫はそう宣言した。
「儂は汝等を敵に回したいとは考えておらぬ。願わくば、汝等もまた同じ思いであるとよいのだが」
　そして付け加えるようにそう告げると、身に纏ったヴェールをはためかせながら身を翻す。
　そのまま振り返ることなくトンネルの出口へと向かうナミダ姫の後に、他のスサノオ達も、続いていった。その中には緩やかに揺れる羽織りもある。
　ナミダ姫とスサノオ達が去った天王山トンネルに残されたものは、ただ静寂のみ。
「行ってしまったのう」
　悲鳴の呟きに采はダークネス達が去った出口へ夜明色の瞳を向けた。足元の霊犬がふわりと尻尾を揺らし、不安などないと言いたげな瞳で見上げてくる。
「縁の導き……」
　見えない縁が自分達とスサノオを結んだに違いない。そう思い、明日等は去ったダークネス達の後ろ姿を思い出す。
　導きがあれば、3度目の邂逅もあるだろう。

　今はまだ敵対の意志を示さぬダークネスは去り、灼滅者達の胸中には様々な思いが残る。
　縁が導く先はまだ、見えない。

作者：カンナミユ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年8月1日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
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