慈眼城のナミダ姫～喰うか喰わせるか

■リプレイ

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　ブレイズゲート、慈眼城。
　天王山にそびえるそこは、その日も探索に向かう灼滅者達の姿があった。
「風よ此処に――さて、それじゃ今日も探索しますか」
　カードの封印を解いて、リーファ・エア（夢追い人・d07755）が特に気負う事もなく中に踏み込んでいく。
「夏休みだと、授業をサボらないで探索出来るから良いよね」
「普段はサボってるのか……？」
　さらりと言った空井・玉（リンクス・d03686）に、平・和守（国防系メタルヒーロー・d31867）が思わず聞き返しながら慈眼城内部に続いていく。
　学生としては問題発言のような、武蔵坂学園の場合そうでもないような。そんな会話をする余裕がある程度には、灼滅者達の足取りは慣れた様子だ。
「しっかし、これだけキャリバー乗りが集まるのも珍し――お出ましっすね」
　先行する４機のライドキャリバーに視線を送っていた獅子鳳・天摩（幻夜の銃声・d25098）が、その先に沸き上がる白い炎に気づく。
　それらは狼の如き頭部を持ち、浅葱の羽織りを纏う獣人達に変わる。
　ヒュンッ、ガキンッ、ギギギギィンッ！
　直後、刃が風を斬り、斬撃がぶつかる金属音が断続的に響き渡った。
「っ！　今日はなんだかやる気、ですね」
　前口上もなく、盾役のライドキャリバー達を越えて斬り込んで来た２人の壬生狼士の刀を、リーファの紅く輝く剣が打ち払う。
「い、いつもより速い気が……確かめますね」
　そう言って、契葉・刹那（響震者・d15537）が杖を握りなおす。
（「関係悪化は避けたいですが……」）
　胸中で呟いて、刹那が放った魔術の風渦が壬生狼士達を飲み込んでいく。
　――本当は、確かめる必要などない。
　おそらくは儀式の影響で、今日此処に出現するスサノオは強化されている事は、知らされている。判っている。
　だが、偶然居合わせた体にする以上、儀式の事を知らないフリはしておくべきだ。
（「……気に食わないわ」）
　胸中で呟いて。
　近江谷・由衛（貝砂の器・d02564）は風の中から飛び出して来る壬生狼士の姿を見ながら、無造作に片足を振り上げる。
（「学園の現状で、新しく敵を増やそうとはしないだろう、だなんて。微妙に足元見られていそうなこの状況……偶然のフリまで必要だし」）
　軸足で軽く床を蹴って振り上げた足の慣性でふわりと浮いて、煌きを纏った由衛の靴底が踵から目の前の壬生狼士に突き刺さった。
「誰かが落としたお菓子でも広い食いしたんっすかね。自分のはあげないですよ」
　お菓子の入った鞄を抱えて、牧瀬・麻耶（月下無為・d21627）が飛ばした意思持つ帯が蹴られよろめく壬生狼士を撃ち抜く。
（「食べる方じゃなくて食べられちゃう方なのは、理解してるんですかね……ま、自分にはどーでも良いですけど」）
　気怠そうに口にした言葉とは全く異なる事を呟いて、麻耶は帯を更に操り後ろの壬生狼士も撃ち抜いた。
「どう言う事か判りませんが、僕たちはいつも通り探索するだけです」
　偶々探索に来た。その体裁のまま、新城・七波（藍弦の討ち手・d01815）が床を蹴って飛び出した。
　腕を獣のそれに変える七波の背に、和守が癒しの矢を突き立てる。
「狼の力を持つのは自分だけではないことをお見せしましょう」
　研ぎ澄まされた感覚と獣の力で閃いた銀の爪に引き裂かれ、壬生狼士はいつも通りに消えていった。

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『ぬぐっ！』
　刃が閃き血が吹き出ると同時に、白銀の靴底が壬生狼士の顎を蹴り上げる。
「痛いですよ」
　リーファはそのまま壬生狼士を蹴り飛ばし、反動でそこから飛び退いた。
　入れ替わりに由衛が間合いを詰める。
「っ！」
　短い呼気を残し、由衛が背に引く様に構えていた縛霊手の拳で半円を描く。長さと重みを活かし遠心力を効かせた絡繰の拳が、壬生狼士を殴り飛ばした。
　だが、敵も複数。
　吹き飛ばされた壬生狼士の後ろから、刀を水平に構えた別の壬生狼士が飛び出す。
『ぬぅんっ！』
「クオリア」
　ギギギィンッ！
　一瞬三突。
　隊長格の壬生狼士の刃が、玉の指示で飛び出した鋼の機体と三度の火花を散らす。
　ガンッ！
　速度特化で放たれた杭と刀が四度目の火花を散らす。
　胴体を狙った杭は逸らされ、壬生狼士の肩を撃ち抜いた。
「これに反応するんだ？　普段からこれくらいの手合いがいてくれたら、装備のテストも捗るのだけど」
『抜かせ！』
　玉の言葉に反応したか、立ち上がった壬生狼士が床を蹴――。
「切り裂くっ」
　狼の足が床を蹴る前に、死角に回りこんでいた七波が刃を一閃。
「――ラプソディ、今です」
　背から足まで断ち切られ、たまらず膝を付いた壬生狼士に、刹那のウイングキャット・ラプソディの魔法が浴びせられる。
『ぬがぁっ』
　雄叫びを上げて刀を振り上げようとした壬生狼を、螺旋に回った刹那の槍が貫く。そのまま、炎が燃え尽きるように消えていった。
『おのれ！』
　霊力の網を振り解いた壬生狼士が、間合いを詰めずにその場で刀を振りかぶる。
『オォォ！』
「見たことあるんっすよ、それ」
　獣の咆哮そのものな雄叫びを上げて壬生狼士が刀を振り下ろすと同時に、天摩が銃口をそちらに向けて引鉄を引いていた。
　パンッ！
　放たれた気弾と飛ぶ斬撃が空中でぶつかり、互いに弾け飛ぶ。
「二の太刀はなさそっすね。けど、こっちは」
「複数なんでな」
　天摩の言葉を、ボウガンを構えた和守が引き継ぐ。放たれた矢は彗星の様に真っ直ぐに飛んで、壬生狼士の胸を撃ち抜いた。
「ま、強くなってようがやる事は変わりません」
　そう告げて麻耶が巨大な十字架を振り下ろす。一見無造作な一撃は、壬生狼士が咄嗟に振り上げた刀ごと砕いて、消滅させるに足る一撃だった。

「……まだ、このまま進んで大丈夫そうね」
「そうだな。ヒトマル達は消耗しているが、問題ないだろう」
　全員の状態を見て大きな傷が残っていない事を確認する由衛に、癒し手を担う和守が頷いて同意を示す。
「しかしなんですね。今日は、やけにスサノオが多いですね」
　何も知らない、と言う風にリーファが声を上げる。
「他にもいたよね。ソーセージとかピロシキとか――ただでさえ（略）とか」
「ただでさえ（略）は出ないなら出ないでいいっすね……」
　玉が数え上げた敵の容姿を思い出し、天摩が嫌そうな声を上げる。
　そんな話をしながら探索を進める灼滅者達だったが、その後も壬生狼士を含んだ敵との遭遇しては、それと戦い勝利を重ね。
　そして――。
「いつもより早くないですかね、これが出てくるの」
　七波の前には、目の前に漂い蠢く白い炎塊。
　少し前、広い部屋に踏み込んだ灼滅者達はこの炎塊に突如囲まれ、それは目の前で群れ集い巨大な塊になっていく。
　それは慈眼城の地下を探索した事がある者なら、一度は目にした事がある現象。分裂存在となったスサノオ同士の融合。
　ただし、いつもよりなんかでかい。
「……か、身体から生えてる刀も、多くないですか？」
　いつも以上に巨大なスサノオを見上げて、刹那が確認するように呟くと、数人が頷いて同意を示した。
　オォォォォォーン……！！
　戦意に満ちた咆哮を響かせる白炎の狼――壬生狼魂。更にはその周りに甲冑姿の壬生狼士達も数体出現していて、刀を抜いて身構える。
「もう帰っていいですか？」
　それらに向けて麻耶が発したのは、そんな本気とも冗談とも付かない言葉だった。

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『オォォォォン！』
　壬生狼魂が咆哮を上げると同時に、その口内から白炎が膨れ上がる。
「仕方ないですね……突撃」
　リーファの指示で車輪を回転させ飛び出したライドキャリバー・犬と、砲弾の様な白炎が空中でぶつかり合う。
　ガタンと重たい音を立てて落ちた機体は、プスプスと煙を上げて消えていった。
『グルルッ……！』
「ちぃっ、ミドガルド！」
　炎を吐いたばかりの壬生狼魂が四肢に力を篭める。立て続けの攻撃の気配に、天摩の指示が飛ぶ。
『ガウッ！』
『ガゥ！』
　その全身に生えた武士の魂たる刀に炎を纏わせた巨体の突進。
　ガランッ。
　緑光のラインが入ったミドガルドの機体が焼き斬られ、そのまま消えていった。
『壬生狼魂に続け！　今こそ、天誅の時ぞ！』
　敵の前線が崩れかけた機を逃さず壬生狼士達が、間合いの外で刀を振り下ろす。
「ぐっ！」
　盾役が減った事で前線で止め切れなかった飛ぶ斬撃の１つが、和守の装甲を破って肩を切り裂いた。
「壬生狼魂を先に――あれさえ倒せば、俺１人で支えられる！」
　自身の傷を無視して、和守が２本の矢を放つ。癒しの力を持つ矢が、前で戦う仲間に飛来し傷を癒す。
「ヨタ。はよ回復」
　麻耶の雑な指示にふてぶてしさのあるウイングキャットが尾のリングを光らせ、２本の矢では足りない範囲をカバーする。
「当て易いように、多方面から攻めていきましょう」
　矢の持つ力で研ぎ澄まされた感覚で、刹那は壬生狼魂の全身に生える刃を掻い潜る。その横腹に螺旋の捻りを加えた槍を突き刺した。
『ガァッ！？』
「黒い孔雀の視線、味わってみるっすよ」
　身を捩って離れようとした壬生狼魂に、天摩が漆黒の弾丸を放つ。
　天摩の影で作られたそれは、壬生狼魂に当たった直後、黒い孔雀の尾羽に変わって壬生狼魂を包み込んでいく。
『グ……ガ……』
「なにが見えてるのか知らないけど――追加で」
　影が見せるトラウマに呻き、後退さる壬生狼魂を追って、由衛が葉と桜を纏う大鎌に更に影を纏わせて叩き付けた。
　壬生狼魂にだけ見えていた、尾羽の模様１つ１つに描かれた瞳が増えて、四方八方から見据え睨みつけてくる。
「うん、だいぶ効いてるみたいですね――っと」
　局長格の壬生狼士の刃を掻い潜り、リーファは白銀の靴底を擦らせ駆ける。摩擦で燃え上がった炎を纏った一撃が、壬生狼魂の顎を蹴り上げる。
「とっととやられてくださいよ」
　気怠げに言って、麻耶が冷気が集う槍を壬生狼魂に向ける。
「本当に、今日は実にいいテストになるよ」
　玉が構えた朱い十字の碑。荊の紋様が刻まれたその先端にある砲口に、光が灯る。
　鋭い氷柱と冷たい光弾。
　別々の方向から放たれたそれらが、壬生狼魂の身体を刃ごと凍らせ――。
「砕け散れ」
　凍った刃を叩き折り、七波が杖を突きつける。
　数秒後、流し込まれた魔力が壬生狼魂の内側で弾け、凍った身体が砕け散る。
　次の瞬間、白い炎が吹き散らされるように消えていった。
　いつもの探索時と同じ、壬生狼魂の最後だ。
『ぬぅ。だが、壬生狼の魂は死な――』
　ゴゴ……ゴゴゴゴゴゴッ！
　残る壬生狼士達が刀を構え直し、灼滅者達も身構えたその時だった。
　足元が揺れる。壁も、視界も。
　この場の空間全てが、鳴動していた。
「地震？　……これは、さっさと退散した方が良いかな」
　状況の急変に、玉の指先が思わず以前前髪があった位置に伸びる。
　灼滅者達はまだ残る壬生狼士を無視して踵を返し、急いで来た道を戻り、慈眼城の外へと飛び出していく。
　周りを見ると、他にも探索をしていたチームも異変を感じて退散して来ていた。
　だが、そこは――慈眼城の周りは、天王山は揺れていない。
「地震かと思って慌てて飛び出してみたら、外は揺れてないんですね。いやー、不思議な事ってあるもんですねー」
　リーファが割とわざとらしさの残る声で言った直後、灼滅者達の見ている前で慈眼城全体が白い炎に包まれた。

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　白い炎そのものとなった慈眼城がその形を変えていく。
　１つの大きな炎塊と、その麓に広がる炎群に。
　やがて、炎塊はそのまま狼、巨大スサノオへ、その足元に広がる炎群は、壬生狼型のスサノオ軍勢へと変化し、形を持っていく。
　慈眼城にはスサノオ以外のダークネスもいた筈だが、現れるのはスサノオばかり。
　次々と壬生狼の軍勢が実体を得ていく中、突如、その半分近くが崩れて消えた。
　ォォォォォーン……！
　それを見た巨大スサノオが、遠吠えを上げる。
　その鳴き声は、どこか物悲しく天王山に響き渡った。
『……！！』
　一方、壬生狼型スサノオ達は、こちらに明確に敵意を向けていた。
「なんっすか？　偶々探索してたらブレイズゲートがこんな事になって、俺らも驚いてるっすよ」
　壬生狼達の出方を伺いながら、天摩が声を出す。
（「怒るのも判らなくもないけどね。儀式の効果が全く弱まらない機会なんて、そもそもあるのか……？」）
　声には出さず、玉は胸中で呟く。
　半減したとは言え、数が数だ。もしもあの軍勢が本気になって攻めてきたら、ここは逃げるしかない。
　だが、その心配は巨大スサノオがくるりと尻尾を返した事で、杞憂に変わった。
　巨大スサノオの動きに気づいた壬生狼スサノオ達が、その後に続いて行く。
　スサノオの軍勢が去り、その敵意が感じられなくなるまで時間は掛からなかった。
「危ない所でした……駆け引きと言うのは、難しいですね……」
　緊張からか、頬をやや紅潮させた刹那が安堵の息を漏らす。
「デカブツは止められなかったが、悪くはないな」
　敵の軍勢を半分減らせたのは悪くない以上の戦果だが、和守にとっては『指向性のある災害』になり得るかもしれない存在を、半分減らせたと言う意味もあった。
「削れる時に削っといて良かったですね。爵位級以上になられる上に、あの軍勢とか」
「軍勢強化にこんな手段があるなんて、ちょっと怖いものですね、スサノオ」
　麻耶のぼやきに、リーファも頷く。
「そうね。あまり強くなられると、色々弊害も出てくるし」
（「だから今回で清算するのも良いかと思ったけれど……その機会は見送りね」）
　由衛も同意を示してから、胸中で続ける。
「今回の僕達の判断が、どういう結果をもたらすか……後はそれを待つのみ、ですね。交渉の結果も気になりますし、そろそろ戻りましょう」
　他のチームも去り始めているのを見て、七波が仲間にそう声をかける。
　ナミダ姫達との交渉の裏で、いつもと変わらずに行われた慈眼城探索は、いつもと違う結果で幕を閉じるのだった。

作者：泰月	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年8月1日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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