慈眼城のナミダ姫~仮初めの同盟

    作者:九連夜

     慈眼城の直下、天王山トンネル内部。
     トンネルの両端を封鎖したスサノオにより、交通の途絶えた天王山トンネル内で、スサノオの姫・ナミダと、有力なスサノオ達が、儀式の準備を進めていた。
    「慈眼城のスサノオ化が成功すれば、我らの戦力は大幅に増強されるであろう」
    「それだけではない。この儀式が成功すれば、数多のブレイズゲートの全てのスサノオ化も可能になる。そうなれば、爵位級ヴァンパイアをも凌駕する事だろう」
    「だが、心配なのは灼滅者よな。この儀式には多くの力を結集してしまう。儀式の最中に、灼滅者の横槍が入れば、姫をお守りする事ができるかどうか……」
     口々に儀式の意義と懸念を示すスサノオ達。だが仲間たちを見やるナミダ姫は一人微笑を浮かべていた。
    「灼滅者は、一般人を苦しめ殺すような行為を嫌うが、この儀式による一般人への被害は皆無なのだ。それどころか、ブレイズゲートが消失する事は、地域の安全にも繋がる。灼滅者が我らを邪魔する理由は無いであろう」
     かしずくスサノオ達はその言葉に一斉にうなずいた。姫の言葉はさらに続く。
    「灼滅者達は、アンブレイカブルを合流させた六六六人衆との決戦を控えている。その上で、我らを敵に回すような愚挙は行わないであろう」
     そして会話を止め、無言で儀式の準備を進め始めるスサノオ達――。

    「皆さん、現在、慈眼城の直下にある天王山トンネルが通行止めになっているのは知っているでしょうか?」
     教室に集まった灼滅者たちに向かって、五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)はそんな風に切り出した。
     それは自ら天王山トンネル内部に潜入した高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)が持ち帰った情報だった。
     スサノオの姫・ナミダとその配下のスサノオ達による、ブレイズゲートのスサノオ化。慈眼城を喰らうというその儀式が成功すれば、スサノオ勢力の大幅な強化につながるという。
    「スサノオ達が慈眼城を狙うという事については、エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)さんの予想にもありましたし、漣・静佳(黒水晶・d10904)さん、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)もスサノオ大神の力を得たスサノオ達により、ブレイズゲートが利用されるだろう事は予期していたのですが」
     実際にそれが確認されてしまった、ということだ。
    「ご存じのように、現在、我々とスサノオ勢力とはある程度の友好関係があります。近々行われることになるでしょう六六六人衆との決戦時にも、このままいけばある程度の協力を見込ける状況ではあります。ですが……」
     ダークネスはあくまでもダークネス。ブレイズゲートという強力な力をスサノオが喰らうことは「ダークネス勢力の強化」以外の何ものでもない。しかしそれをあえて黙認すれば、ナミダ姫との間の仮初めの同盟はいましばらく続くことになるだろう。
     姫子は皆の眼をのぞき込むようにして告げた。
    「これは正解のない問題です。しかし何もせず傍観するということは、はつまり「放置する」という選択をするということでもあります。それを望まないようであれば、現場に向かい、各自の判断で行動を行ってください」
     そして姫子は黒板に3つの選択肢を書き出した。
     その1。ナミダ姫を灼滅する。
    「妃那さんの情報によれば、儀式の最中はスサノオ達の力は儀式に注ぎ込まれる為、戦いを挑めばスサノオの姫・ナミダの灼滅も可能な状況のようです。これまでの交流はありますが、ダークネス組織である彼らの強大化を見過ごせないというのであれば、灼滅を視野に襲撃するという選択はありえるでしょう。ナミダ姫の灼滅に成功すれば、スサノオ勢力は実質的な壊滅状態となります。ただ……」
     攻撃を仕掛けておいてナミダ姫の灼滅に失敗した場合、スサノオ勢力と武蔵坂の関係はきわめて高い確率で修復不能な敵対関係となる。やるからには万全を期す必要がある。
    「それからもう一つ。若干、回りくどい手になりますが」
     その2。ナミダ姫への襲撃を行わず、慈眼城の攻略を行う。
    「儀式の結果なのか、慈眼城には、戦闘力が大幅に強化された『壬生狼士』や『壬生狼魂』が出現しているようです。それを撃破する事で、『慈眼城』を喰らう事でスサノオたちが得る力を大きく減少させる事ができるでしょう。もちろんスサノオ勢力との関係は悪化しますが、そこはそれ」
     たとえ白々しかろうがバレバレだろうが、「偶然ブレイズゲートを探索した結果」だと言い抜ける限りは決定的な敵対関係とまではならない筈。つまりは「同盟は継続したい」という意思を示すことにはなるのだから。
     そしてその3。儀式中のナミダ姫の所に出向いた上で、慈眼城の儀式を認める。
    「つまりは恩を売ったり友好を深めるということです。どうせ見逃すならむしろこの機会を活用したほうが良い、という考え方ですね。また難しい選択肢にはなりますが、うまくその2の慈眼城の攻略と組み合わせる事で、スサノオの戦力強化を抑えつつ、関係悪化を最小限に収める事も可能かもしれません」
     カン、と最後に黒板を一つ叩いてから姫子は灼滅者たちに向き直った。
    「これは、これまで成り行き的に進めてきたナミダ姫との仮初めの同盟を今後どのようにしていくのか、ある意味はっきりさせる好機でもあります。あくまでもダークネスとして壊滅させるべきか、それとも交渉可能な相手としていましばしの同盟を届けるべきか」
     そう言うと、姫子は灼滅者たちに軽く頭を下げた。
    「選択権は皆さん一人一人にあります。どうか悔いの無い選択をお願いします」


    参加者
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    深束・葵(ミスメイデン・d11424)
    壱越・双調(倭建命・d14063)
    庭月野・綾音(辺獄の徒・d22982)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)
    媛神・白菊(にくきゅうぷにぷにのおおかみ・d34434)

    ■リプレイ

     灼滅者たちにとってはおなじみの場所とはいえ、異形としか呼びようのない建物だった。幾つもの高層ビルをより合わせ融合させ、塔と迷宮をない交ぜにしたかのような奇怪な巨大地下城塞――慈眼城。
    「……相変わらずの継ぎ接ぎ建築。寧ろ安定ってやつ?」
     普通の城ならば天守閣にあたるその頂を額に手を当てて眺め、深束・葵(ミスメイデン・d11424)は大空洞を照らす偽りの空と同じ色の瞳をわずかに細めた。
    「すごいものじゃな。……実はわらわ、慈眼城に入るの初めてなのじゃ」
     媛神・白菊(にくきゅうぷにぷにのおおかみ・d34434)は胸の前で抱えた相棒のナノナノ「まつり二号」と共に、周囲を物珍しげにキョロキョロと見回した。
    「あ、ボクもはじめて。これは、お城かな?」
     白菊よりもさらに小柄な身体にはち切れんばかりの元気を全身に漲らせて、カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)は負けじと複雑な影を落とす建物のあちこちに目を向ける。
    「確かに初めて見ると驚きますよね。でも油断してはいけませんよ。ここにいる壬生狼士は決して弱い敵ではありませんからね」
     微かに吹く風に白銀の髪を揺らし、壱越・双調(倭建命・d14063)は穏やかな笑みを浮かべて少女たちに助言した。
    「そうですね。今回は『たまたま』彼らをいっぱい倒さなければなりませんから、頑張らないと」
     森沢・心太(二代目天魁星・d10363)は右足のエアシューズの先をトントンと地面に打ち付けて微妙に位置を直し、久々の実戦に向けて万全の構えを取る。
    「うん、もし僕らが何もせずにスサノオの力が膨れ上がったら……」
     万が一ということは常にある。だから少しでもリスクは減らさなければならない。そんな静かな決意を秘めた眼で、神凪・朔夜(月読・d02935)は己の進む先の闇を見つめた。
    「ん? 此度は一般人に危害を加えることは無いという話じゃろ?」
     その言葉を聞きつけた白菊が、ひょいと首を曲げて朔夜に問いかける。
    「いや、ナミダ姫が一般人に手を出さない理由はきっと、ただ学園との貸し借りの関係を考えてやらないだけ……まあ、それでも充分ありがたいけどさ」
     横から庭月野・綾音(辺獄の徒・d22982)が微苦笑を浮かべて口を挟んだ。
    「それにね。神凪くんの言うことも、もっともだと思うんだ。スサノオが強くなったら、一般人がスサノオに闇堕ちし始める危険性だって増えるはずだしさ」
     ダークネスはあくまでもダークネス。究極的にはサイキックハーツへの道を求めることも。そんなことを考えながら歩を進める綾音の横で、細身の若者がのんびりと笑った。
    「まあ、ともかく……あちらさんの本隊の動きは交渉役が抑えてくれてることだし。此方は此方の仕事を果たしますかね」
     あくまで自然体のレオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)の言葉に応えるように、カーリーが元気よく右腕を突き上げた。
    「がんばって攻略していこー! おー!」
    「そうそう、頭を使うことは交渉する連中に任せてさ」
     軽口気味に答えた葵の足が途中で止まった。わずかに口の端がつり上がる。
    「……アタシらは大人しくハンティングツアーと洒落込みますか」
     行く手の先、おぼろげな闇の中に幾つかの影が浮かび上がる。白と浅葱に染め上げられた羽織をまとう、人ならざるモノたちが。
    「ひい、ふう、みい。……先ずは準備運動がてら、いきましょうか」
     小さく笑った心太が仲間をその背で守ろうとするように前に出る。
    「了解です。それでは」
     簡潔に返した双調の視線を受けて朔夜がうなずいた。
    「『探索の邪魔は排除する』だね」
     同時に戦闘態勢に入った二人の背後、一歩下がった位置に軽やかにレオンが滑り込む。すでに右手にはマテリアルロッド、左手には長大なチェーンソー剣。宙に鈍い輝き斬線を刻むダイダロスベルトがその周囲を取り巻いている。
    「こちらも準備完了」
    「それじゃ始めよっか」
     特に緊張感もなく、当たり前のような調子でそう口にした綾音が無造作に構えたクロスグレイブ。
     唸るような詠唱音と共にそこから放たれた光の乱舞が、常ならぬ戦の開始を告げた。

    ●初戦
     綾音の放った光輝を追うように葵のダイダロスベルトが伸びた。灼滅者たちの姿を認め突撃しようとした羽織姿の獣人――壬生狼士たちの鼻先を過ぎて回り込み、背後からその一体の背を切り裂く。直後に動いたのは朔夜と双調だった。走り始めた二人は言葉も発さず視線すら交わさず、しかし同時に鏡像のごとく左右に分かれて両端の獣人二体に同時に鬼神変の力を叩きつける。
    「「グゥッ!」」
     二体が同時に呻き、これも同時に飛び離れた二人を血走った目で睨み付けた。
    「キサマラ、マサカコノダイジナ日ニ……」
    「探索の邪魔は排除、だねぇ」
     嘲笑うようなレオンの声と共に煌めくベルトが薙ぐように宙をうねり、躱し損ねた双調の前の獣人の足に絡みつき動きを封じた。
    「ナメルナ!」
     咆哮めいた声と共に刀を構えて飛び出した一体が葵に向かって斬りかかり、主を守るように飛び出したライドキャリバー「我是丸」のハンドル付近に食い込んで火花を散らす。とっさに心太が張り巡らせた防御障壁のおかげで副次効果の影響は免れたようだ。
    「確かに強いのう。だが」
     歌を口ずさむように言った白菊の眼が金色に輝く。
    「強すぎはせん!」
     飛び込むと同時に腕が目の前の狼人と同じ白い剛毛に覆われる。すれ違いざまに敵の肩口を薙いだのは巨大な爪。悲鳴を上げる敵がその背を追いかけるように手にした刃を振るった。
    「!」
     放たれた衝撃波は予想以上の威力だった。葵とエルミールは受け止めた。綾音はかわした。背を向けていた白菊は避けられずその前にいた「まつり二号」が代わりに食らう形になり、身体を大きくひしゃげさせたナノナノは悲鳴を上げた。
    「だいじょーぶ、直すよ!」
     カーリーがすかさず手を挙げ、その指先から流れ出たオーラは暖かな光へと変じてまつり二号の身体を包み込んだ。
     さらに怒号が飛び交い、刃が交わされること数合。幾つかの傷を負いながらも、灼滅者たちは着実に壬生狼士たちを追い込んでいった。
    「あばよ忠臣。地獄で会おう」
     戦闘前より明らかにテンションを上げたレオンが言い放ち、「解体者」の銘を持つチェーンソー剣を容赦なく狼士の首筋に叩きつけた。崩れ落ちる余裕すら与えずその姿が中空に掻き消える。それを見た仲間の獣人が吠え、突進する。振り下ろされた斬撃は凄絶な威力だった、が。
    「この程度でなくては」
     双調に向けられたその刃を、横から割り込んだ心太が顔色も変えずにその身体で受けた。そのまま踏み込んだ。
    「実戦の勘は取り戻せません!」
     下から上へ、逆しまに迸る雷のように放たれた右の拳は狼の顎を直撃した。
    「ガフッッ」
     くぐもったうめき声と共に身体が揺らぐ。そのまま仰向けに倒れたその姿は、地面に触れる前に消え失せていた。
    「あと一体かの」
     白菊が傍らの宙に浮かぶクルセイドソードを放とうとしたとき、横を通り過ぎる影があった。綾音だった。
    「見過ごせないからね」
     独り言のように口にしながら、水たまりでも飛び越すような低く軽い跳躍。同時に上げられた右腕が巨大な異形の刃と化し、唐竹割りに振り下ろされたそれは気づいて向き直る直前の狼士の身体を一瞬で両断した。
    「グ」
     小さな声と共に敵影は消滅し、そして周囲に静寂が戻った。
    「確かにいつもより強いですね。気をつけなければいけません」
     小さく息をついた双調が観察結果を口にする。
    「ああ、捨て置けないね」
    「ん。まあでも、このぐらいなら」
     朔夜の同意にカーリーの楽観的な言葉がかぶさり、葵が我是丸の損傷を癒やしつつ顔を上げた。
    「この様子じゃ、慈眼衆からスサノオに主が代わるのは確定っぽい感じだね。ま、それならそれで」
    「うむ、同盟は維持したいが、必要以上に力を付けられても困る。虫のいい話ではあるがな」
     白菊が大仰に頷き、新たな敵を求めるように踵を返して歩き始めた。

    ●鳴動
     それからも幾つもの敵との遭遇があった。
     2人組の敵は双調と朔夜のコンビが簡単に片付けた。
     4人組は心太が2体を打ち砕き葵の連射が1体を滅し、半ばお遊びで奏でたカーリーのディヴァーズメロディが残る者も消滅させた。
     強力な一体を含めた5人組相手はやや苦戦したが、意外にも我是丸の機銃掃射がまとめて片をつけた。
     そんな風にして慈眼城の探索は進み。
    「うむ?」
     自身にも似た何かの気配を感じた白菊が足を止めた。
     前方を見た。
     先に広がる広間。その中央に白い巨大な炎が燃えさかっていた。灼滅者たちに気づいたように揺らめき、収斂し、形を作る。全身から刃の生えた大型の狼。「壬生狼魂」。
     それが唸り声をを上げるのと、即座に戦闘態勢に入った灼滅者たちの突撃がほぼ同時だった。
     双調と朔夜の豪腕が叩き込まれ心太のシューズが炎があげレオンの刃が穿った。凄まじい連撃に狼は苦痛の咆哮を上げ、お返しとばかりに全身に生えた刀を体毛のように逆立て、強烈な衝撃波を撃ち放った。今し方攻撃してきた者たちではなく、その後方で武器の狙いをつける者たち、すなわち後衛陣へ。油断していたわけではないが、避ける余裕も与えず葵、綾音、白菊たちの身体を圧倒的な力が揺さぶりかき回した。
    「だいじょーぶ、このぐらい、ボクが全部直す!」
     自身も少なからぬ傷を負ったはずのカーリーが即座に宣言し、その口から続いて癒やしの歌声がこぼれ出す。同調したようにまつり二号も宙にハートマークを浮かべてその手伝いに乗り出した。
    「バックアップから狙うなんて、ケダモノのくせに知恵があるね。でもさ!」
     そのほうが狩りがいがある。そんな眼をしてガトリングガンを撃ち放つ葵の横を白菊が駆け抜けた。
    「それで良い。魂の昏さは違えど、狼の眷属たるものそのぐらいでなければならぬ!」
     同族には同族の礼を、とばかりに左右の手が変じた獣の爪が、刃を折り取るように狼の体表をえぐる。
    「やれやれ」
     やる気満々の仲間たちへのつきあいとばかりに前に出た綾音もクロスグレイブを突き立てた。
     さらに敵から衝撃が飛ぶ。狙いは再び後衛陣。
    「大丈夫ですか?」
    「何のこれしき!」
    「ボクの出番♪」
     気遣いへの問いへの白菊とカーリー、少女二人の即答を聞いて双調は虚勢ではないと判断した。
    「ならばやるのみです。確かに強くなっているようですが」
    「この8人なら十分!」
     双調の拳の連撃に朔夜がロッドの狙い澄ました一撃で合わせる。
    「狙うなら僕を」
     一瞬遅れて心太が敵の体表の刃のすれすれまで踏み込んだ。拳と共に繰り出された雷が狼の喉を貫く。
    「はは」
     躍り込んだ笑顔のレオンも解体ナイフで切り刻む。
     そのまま激闘は続き、壬生狼魂はなおも衝撃を打ち放ち後衛の切り崩しを狙うが、響き渡るカーリーの癒やしの歌の前についに作戦は失敗に終わる。やがて無数の打撃を受けてその姿がぐらついた。
    「これで終わりかな」
     最後はマイペースの綾音の、クロスグレイブでの容赦なしの殴打。刃を打ち砕かれて苦鳴を上げて、白い狼は消滅した。
    「さてと。まだやれますかね」
     一息ついたレオンが皆を見回した。問題ない、と次々に力強い言葉が返ってくる。
    「じゃあ先へ……」
     服について埃を軽く払って、葵が言いかけたときだった。
     空間全体が鳴動した。
    「なにこれ、地震?」
     慈眼城については素人のカーリーが辺りを見回す。朔夜と双調がちらと目配せを交わした。
    「うんこれは地震だね」
    「すぐに避難しないといけませんね」
     どこか棒読み口調の二人にレオンが苦笑いした。
    「そこそこの結果はだせたようだし、ここは退散かね」
    「ああ、交渉班が上手く纏めてくれたのだと、よいのじゃがな」
     天井を見上げた白菊の前に、微かに何かの破片のようなものが降ってくる。どうやら本当に異常が生じているようだ。
    「確かに引き時かな」
     やや真剣な面持ちで綾音も高い天井を見上げる。
    「うん、十分に戦えましたしね」
     これでリハビリは終了、とばかりに心太は大きく伸びをした。
    「みんな白々しすぎ。って、まあいいか。どうせ向こうもこっちの意図は先刻承知だろうしね」
     仮にどこかから見張られていたのだとしても、互いの陣営に「大人の事情」がある限りは見なかったふりをされるだろう。そんなことを考えながら、葵は出口への続く道へとさっさと足を運んだ。

    ●仮初めの
     それは崩壊ではなく、変貌だった。確かな実体だった壁が、床が、天井が、異形の建物全てが白く揺らめく炎へと変じていく。それは「力」そのものでもあるブレイズゲートがその仮初めの姿をかなぐり捨てて本来の姿を取り戻していくことでもあった。
    「儀式は成功、か」
     変貌の本質を見極めようと目を凝らしていた綾音が呟いた。白い炎の中からやがて現れるものは予想がつく。先ほど相対した怪物がそうであったように。
    「他の班も無事ですか」
     ほぼ同時に、城跡を囲むように別方向から出てきた仲間たちの姿を遠目に確認して小さく頷いた。その間にも炎は揺らめき、渦巻き、何かの形を取ろうとしては崩れることを何度も繰り返す。そして。
    「あれ、スサノオだよね。すごい!」
     ほぼ城そのままの大きさの白い炎の巨狼。神話伝説のたぐいに出てきそうな荘厳なる姿に、カーリーはむしろ目を輝かせた。
    「それだけじゃなさそうですよ」
     心太がさりげなく腰を落として戦闘準備に入った。巨狼のその足下に、浅葱と白を纏う無数とも見える影が現れつつある。だが巨狼が揺らめきの大半を捨ててついに完全な形をとったその時、悲鳴のような声が聞こえた。せっかく形を取りかけた浅葱と白、そのほぼ半数が確固たる姿を取ることなく崩れ空中へとその姿を霧散させたのだ。
    「大戦果だねえ」
     レオンがそれだけ言って小さく笑った。その声を掻き消すように、耳をつんざく悲しげな声が周囲を覆った。白い巨狼の遠吠えだった。そのまま身体を返し、去って行く。灼滅者たちに与り知らぬ何処かへと、おそらくは新たな戦いに備えるために。
    「……用意を」
    「了解」
     短く言葉を交わした双調と朔夜が心太に続いて皆をかばうように前に出た。残った半数の壬生狼士――スサノオたちは、明らかにこちらに敵意を向けていた。
     だがそれも長いことではなかった。やがて個々に背を向けると、巨狼の姿を追うように足早に去って行く。
    「恨む気持ちもわかるけどね。生存競争だからさ、これは」
     静かに退いていく浅葱の波を、葵はそれが礼儀だとでも言うように胸に手を当てて見送った。
    「来るべき戦で、彼らが力を貸してくれると良いのう」
     その横に並んだ白菊も複雑な表情で、おそらくは成立したであろう仮初めの同盟の、その新たな同盟者たちの背中を見やった。

     そんな幾つもの愛憎恩怨や各勢力の思惑を飲み込んで、やがて世界は再び大きく動き出すこととなる。

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月3日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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