慈眼城のナミダ姫~それぞれの想い、それぞれの道

    作者:飛翔優

    ●スサノオたちの儀式
     慈眼城の直下、天王山トンネル内部。
     トンネルの両端を封鎖したスサノオにより、交通が途絶えていた。その中で、スサノオの姫・ナミダと有力なスサノオたちが、儀式の準備を進めている。
    「慈眼城のスサノオ化が成功すれば、我らの戦力は大幅に増強されるであろう」
    「それだけではない。この儀式が成功すれば、数多のブレイズゲートの全てのスサノオ化も可能になる。そうなれば、爵位級ヴァンパイアをも凌駕する事だろう」
    「だが、心配なのは灼滅者よな。この儀式には多くの力を結集してしまう。儀式の最中に、灼滅者の横槍が入れば、姫をお守りする事ができるかどうか……」
     スサノオたちが儀式の確認や懸念を語らう中、ナミダ姫は落ち着いた調子で大丈夫だと言い切った。
    「灼滅者は、一般人を苦しめ殺すような行為を嫌うが、この儀式による一般人への被害は皆無なのだ。それどころか、ブレイズゲートが消失する事は、地域の安全にも繋がる。灼滅者が我らを邪魔する理由は無いだろう」
     一応に、スサノオたちは頷いていく。
     見回した上で、ナミダ姫はさらなる言葉を重ねた。
    「灼滅者達は、アンブレイカブルを合流させた六六六人衆との決戦を控えている。その上で、我らを敵に回すような愚挙は行わないであろう」
     再び頷き、スサノオたちは作業を再開する。少しでも早く、そして確実に、この儀式を成功させるのだ!

    ●教室にて
     足を運んできた灼滅者たちと挨拶を交わした倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、メンバーが揃ったことを確認した上で説明を開始した。
    「慈眼城の直下にある天王山トンネルが通行止めになっていること、ご存知の方は居られるでしょうか?」
     不審に思い天王山トンネルに潜入した高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)が持ち帰った情報によると、スサノオの姫・ナミダとスサノオたちが、ブレイズゲートである慈眼城を喰らってスサノオ化するという儀式を進めている様子。
     スサノオたちが慈眼城を狙うという事については、エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)が予見し、漣・静佳(黒水晶・d10904)と紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)がスサノオ大神の力を得たスサノオたちにより、ブレイズゲートが利用されるだろうことを予期していた。けれど、それが考えていたよりも大事になりそうなのだ。
    「現時点で、スサノオ勢力とはある程度の友好関係があります。六六六人衆との決戦時にも、ある程度の協力が見込まれるでしょう。しかし、彼らもダークネスであることには違いがありません。ブレイズゲートという強力な力をスサノオが喰らってしまうことは、ダークネス勢力の強化に繋がってしまいます」
     どうするのが正解なのかはわからないものの、少なくとも放置するわけにはいかない。
     そのため現場へと向かい、各自の判断で行動を行って欲しい。
    「妃那さんの情報によれば、儀式の最中はスサノオたちの力は儀式に注ぎ込まれるため、戦いを挑めばスサノオの姫・ナミダの灼滅も可能な状況のようですね」
     これまでの交流はあるものの、ダークネス組織の強大化を見過ごすのも難しく、灼滅を視野に襲撃するという選択肢はありえるだろう。ナミダ姫を灼滅できたなら、スサノオ勢力を壊滅状態とすることができるのだから。
     もっとも、攻撃を仕掛けたはいいものの灼滅には失敗した場合、スサノオ勢力と武蔵坂の関係は修復不可能な敵対関係となる可能性が高い。そのため、襲撃を行うなら万全を期す必要がある。
    「一方、襲撃を行わない場合は、慈眼城の攻略を行うという手もあります」
     儀式の結果なのか、慈眼城には戦闘力が大幅に強化された壬生狼士や壬生狼魂が出現している様子。
     これらを撃破することで、慈眼城を喰う事で得られるスサノオの力を大きく減少させることができるだろう。
     この方法を取った場合も、スサノオ勢力との関係は悪化すると思われる。しかし、偶然ブレイズゲートを探索した結果であるといい抜けられるので、敵対関係とはならないはずである。
    「後は……儀式中のナミダ姫の所に出向いた上で、慈眼城の儀式を認め、恩を売ったり友好を深めるという選択もあるでしょう」
     あるいは、探索と交渉を同時に行うことで、スサノオの戦力強化を抑えつつ、関係悪化を最小限に収めることもできるかもしれない。
     以上で説明は終了と、葉月は締めくくる。
    「様々な思いはあるかと思います。ですが、皆さんならばよりよい未来へつながる道を選んでいけると信じています。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    片倉・光影(風刃義侠・d11798)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)

    ■リプレイ

    ●トンネルの中で交わる二つの道
     風の音さえも木霊していくトンネルに、いくつもの足音を響かせて。規則正しく並んでいる明かりに抱かれながら、数十名の灼滅者たちは歩いて行く。
     仲間の足音以外の音色が聞こえるたび、片倉・光影(風刃義侠・d11798)は鋭い視線を向けた。
     地面を転がっていく小石、風と擦れ合う僅かな傷……それが危険なものではないと知るたびに正面へと向き直っていく。
     同様に、隣を歩く九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)は光影を補うような立ち位置で警戒のアンテナを張り巡らさせている。
     一歩引いた場所を歩くシエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)は、警戒は保ったまま静かなため息を吐き出した。
    「出来るなら、ナミダ姫さん達とは敵対したくないですの……」
     今はまだ、誰かが言葉を返す余裕はない。
     それから程なくして、灼滅者たちの耳にスサノオたちの会話が飛び込んできた。警戒の念を強めて進む中、ナミダ姫の姿も見えてくる。
     光影は同道する仲間たちと共に間合いの外側で立ち止まった。
     代表して接触しに行く仲間たちを見送りながら、警戒は解かずにその場に留まっていく。
     スサノオの側もまた警戒する様子を見せていく。
     しかし、灼滅者の側に交戦の意思はない。長い時間をかけずにスサノオたちの態度が軟化していく様子を前に、淳・周(赤き暴風・d05550)が安堵の息を吐きだしていく。
    「今のところ上手く行ってるみたいだな」
    「ああ。後は、どれだけ交渉や会話ができるかだが……」
     緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825)が頷きながら、他のチームの様子を伺っていく。
     矢継ぎ早に質問を浴びせても不和を招く可能性があるし、何より返答も難しくなってしまう。機を待ち、自然な流れで質問していこうという空気になっていた。
     投げかけた言葉を重ねぬように、受け取った言葉を違えぬように……間違えても突き合わせて修正することができるように、周たちは先だって交渉を行う仲間たちとナミダ姫の会話に耳を傾けていく……。

    ●願いと望みと未来の話
     ナミダ姫の最終目標は、ガイオウガに押さえつけられていたスサノオの力を全て取り返すこと。
     それに対する危惧はある。しかし、それを解決する良い手段はすぐに見つかるようなものではない。
     保留にして次の質問へと移った時、スサノオたちが騒ぎ始めた。慈眼城で別働隊が暴れ始めたという情報が入ってきたらしい。
     灼滅者たちは謝罪しながらも、それは偶然であると押し通す。事前連絡さえあれば調整できるとも付け加えながら。
     ナミダ姫はそれを飲み込んだ。言葉の裏に疑念を隠しながらも、そういうことにしてくれた。
     ナミダ姫の計らいにより滞りなく進んでいく交渉を前に、周は深い息を吐き出していく。
    「なんというか、本当に穏当に関係を続けていきたい相手だな」
    「……そうだな」
     隣に立つ光影は頷くことはせずに目を細める。
     さなかにも仲間たちの交渉は進んでいく。
     分割存在は、儀式が終わりブレイズゲートがスサノオとなった時に死亡するらしい。
     古の畏れに対する懸念などもスサノオへと伝えられ……。
    「あっ」
     羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)が声を上げ、周やシエナと視線を交わしていく。
     仲間たちが質問してくれるのならばそれで良いと、短く語らい頷きあった。
     再びナミダ姫たちへ意識を向ける中、語られたのは古の畏れが発生するメカニズム。
     もとは過去の時代の都市伝説がスサノオ大神の力を利用して生き延びてきた存在であり、スサノオがスサノオ大神の力を回収しようとすると実体化してしまう存在。
     古の畏れとスサノオ大神の力を回収しようとすると、古の畏れが実体化してしまうのだ。
     今まではスサノオの側に古の畏れを邪魔する理由がなく、放置していた。しかし、今後は発生した古の畏れを滅ぼしてから去るようにしたい。
     契りが交わされていく様子を見て、結衣菜は安堵の息を吐き出していく。
    「これで、懸念事項は一つ減ったわね。後は……」
    「うん、分かってる」
     視線を受け止め、美影が一歩前に踏み出した。
    「色々と要望を聞いてくれてありがとな。で、今ん所お互い争うことなく共存したいってのは、共通する願いだと思う」
    「ああ、違いない」
    「そして協力体制が取れるだろうってことも示してもらった。だから聞きたい、スサノオ側の条件……俺たちに対する要望をさ」
    「流石に、一般人や学園で保護したダークネスを害する事を前提とした内容の要望を受け付けるのは難しくなってしまうのでございますけどね……」
     横からシエナが顔を出し、最低限の線引を伝えていく。
     ナミダ姫はしばし考える素振りを見せた後、真っ直ぐに灼滅者たちを見つめながら口を開いた。
    「これからも、ブレイズゲートに対する儀式を行っていく予定だ。そのため、儀式中のブレイズゲート探索は控えて欲しい」
     今回のような混乱を産まないためにも。
     一拍置き、美影は頷いた。
    「そうだな。その要望は問題ない、と断言できると思う。それで、その場合に連絡手段はどうする?」
    「儀式を行う前に、ブレイズゲートの入口付近に説明役のスサノオを派遣して、儀式を行う期日を告知しようと思う。その際はよろしく頼んだぞ」
    「ああ、分かった」
     美影が頷き、一瞬だけ同道してきた仲間たちの様子を伺っていく。
     皆無が問題ないとうなずき返してくれたから、再びナミダ姫へと向き直った。
    「それで、他には何かあるかな」
    「そうだな……」
     少々声音を変え、ナミダ姫は語りだす。
    「安易にダークネス組織を滅ぼすのは控えて欲しい」
     この世界は非常に広く、一つの勢力が世界を支配する必要はない、行うべきではない。
     多様な組織が様々な形態で自分の領地を支配する事で、世界は多様性を得る事ができるのだから。
    「もしもたった一つの組織が世界を統治してしまえば、その組織の下では行きていけない者達が生存する事ができなくなってしまうだろう」
     勿論、争ってはならないというわけではない。
     互いに違う存在。許せないこともあるのだろうから。
    「だが、意見が違うからといって相手を滅ぼすまで戦い続けるというのは、六六六人衆の原理主義者のようで、あまり好きではない」
     小さな息を吐くと共に、ナミダ姫は言葉を終えた。
     迷う素振りを見せながら、美影は仲間たちへと視線を送る。
     結衣菜は瞳を伏せた。
     皆無は小さく小さく頷いた後、視線をトンネルの外側へと向ける仕草を見せた。
     それは、武蔵坂学園がある方角で……。
     美影はうなずき返し、ナミダ姫に向き直る。
    「了解だよ。ただ、この件に関しては俺たちだけで答えを出せる範囲じゃないみたいだ。だから、一度持ち帰って話し合いをさせてくれないかな」
    「勿論。互いにとって良い結論に至ることを願っている」
     雰囲気が若干だけれど和らいでいくような気配を感じながら、交渉を見つめていた皆無は視線をそらす。
     要望そのものは、多くのダークネス組織と友好関係を結んできたスサノオらしい穏当な意見。
     恐らく、武蔵坂学園もダークネス組織の一つとして認識し、こういった要望を投げかけてきているのだろう。
     そう、灼滅者組織ではなく、ダークネス組織。
     確かに、灼滅者の強力な組織というものは今まで存在していなかったのだから、仕方のない面もあるのだろう。
    「……」
     あるいは、互いの認識の齟齬がいつか悲劇的な結果を招いてしまうかもしれない。
     そうならないように祈りたい……と改めて視線を戻す中、交渉に対する礼を述べた美影が戻ってくる様が見えた。
     出迎えながら、シエナは胸中に思いを巡らせていた。
     個人的に聞きたい事もあったが、今、この場で聞くには様々な条件が足りないだろう。
     続く仲間たちが新たな交渉に入っていくのを目にしながら、シエナは小さく肩を落とす。
     右肩に温もりある重さを感じ、視線を送った。
     光影がどことなく優しい表情を浮かべていた。
    「……ありがとうございますの」
    「いや、何」
     手を外していく光影にペコリと頭を下げた後、シエナはナミダ姫へと向き直った。
     それから続いていく新たな交渉も、概ね滞りなく進んでいく。そして……。

    ●未来への選択肢
     スサノオは、恩の大きさで協力相手を決めるという情報。
     若干の紆余曲折を経て、武蔵坂学園に所属しているガイオウガの一部をスサノオ側に引き渡してくれるならブレイズゲートの半数で儀式を行わない……という提案。
     後者は即答はせず持ち帰る事となった時、儀式の完了を示す狼のものと思しき遠吠えが轟いた。
     交渉も概ね終わっていたからだろう。ナミダ姫が交渉の終了を宣言し、改めて武蔵坂学園を敵には回したくない願いを語り立ち去っていった。
     光影は肩の力を抜き、来た方角へと視線を向けていく。
    「概ね問題なく終わったな。相談事もある。今はとりあえず、帰還しよう」
    「ええ、そうですね。色々考えるのは、帰ってからにしましょうか」
     皆無が頷き、踵を返す。
     灼滅者たちはトンネルの外に向かって歩きはじめていく。
     考えるのは帰ってから……けれどやはり、思考は巡ってしまうのだろう。ふとした調子で、皆無は呟いた。
    「古の畏れはあくまで副産物だったのですね。スサノオ側がなんとかしてくれるようになって、私たちの負担も少し減りましたか」
    「そうだな。発生現場に最も近いスサノオ本人が対処してくれるのなら、それに越したことはない」
     光影が頷いていく。
     同様に周も頷きながら、語り始めた。
    「それにしても、ナミダ姫も案外大胆だよな! いや、ナミダ姫たちにとっちゃやるべき時にするべきことをしているだけなのかもしれないけどさ」
     もっとも、お陰で交渉の場を設けることができた。
    「この難しい時期だけど、上手いこと穏当に関係続けることができりゃいいんだが……」
    「甘っちょろいかもしれないけど……だれかを犠牲にして保たれる関係じゃなくて、互いに協力し合えればなーって思うんだ」
     美影もまた、祈るように目を伏せる。
     結衣菜は天井を仰いでいく。
    「そうだね。できるだけ長く、仲良く……もちろん、ある程度の緊張関係は保たないといけないけどね」
     まずは、この場では判断できなかった提案に対する相談から。
     協力関係を築くには、保ち続けていくには、互いが努力し続けていくことこそが必要なのだから。
    「悪化しても中立、くらいで収められるといいんだけど……」
    「それも含めて、願いますの。今後の関係が、良い方向へつながる事を。これが、良い機会であったことを……」
     頷き、歩調を速めていくシエナ。
     気づけば外は、もう目の前。
     示された未来を選ぶため、さあ、武蔵坂学園へと帰還しよう。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月1日
    難度:やや難
    参加:6人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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